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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1393件
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2020年の江戸川乱歩賞受賞作家の受賞第一作。周囲から羨望の目で見られる高級住宅街で起きた一家失踪事件と幼児誘拐事件、二つの事件の背後にうずくまる忖度と同調圧力の「村八分」社会を暴いていく、社会派ミステリーである。
真崎が調査員を勤める法律事務所を訪ねて来た若い娘は望月麻希と名乗り、「所長の昔の友人・望月良子の娘」だと主張した。望月一家は19年前に失踪し、赤ん坊だった自分は捨てられ施設で育ったという。言ってることにはかなりの信ぴょう性があり、所長は真崎に経緯を調べてほしいと言う。現在の住まい、麻希が育てられた施設などを訪ね歩いた真崎は、一家が失踪当時に住んでいた町へ足を運んでみることにした。すると、町の住人は外部の人間にはまともに口を聞いてくれず、真崎は誰かから監視されている気配を強く感じるのだった…。 一家失踪の謎を探る調査が、その3年前に起きた幼児誘拐殺人に繋がり、町ぐるみでの隠蔽工作と対峙することになる調査員ものではよく目にするストーリーだが、町の住民たちの同調圧力の凄まじさが本作の読みどころ。日本中、どこにでも同じような町や村があるよなぁ〜と苦笑させられた。また、真崎をはじめとする調査側が無敵のヒーローではなく、それぞれに弱点を抱えた弱い人なのも感情移入を誘う。 謎解きと日本人ならではの人間ドラマが楽しめる作品としてオススメする。 |
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日本でも「破果」が大ヒットした韓国の女性作家の新作。「破果」のヒロインがいかにして作られたかをハードな文章で描いた、「破果」の外伝である。
わずか80ページほどの短編だが、二十歳前の少女が殺人マシーンになるための厳しい訓練がクールに濃密に描かれており、アメリカン・ハードボイルドの短編を読んでいるような味わいがある。さらに、女性の主人公ならではの脆さ、若い主人公ならではの未熟さもいいアクセントになっている。 「破果」を高評価した人はもちろん、未読の方も楽しめるエンターテイメント作品としてオススメする。 |
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「業火の市」、「陽炎の市」と続いた「ダニー・ライアン」三部作の完結編にして、ドン・ウィンズロウの最後の作品。ラスヴェガスでカジノホテル経営に成功したダニーが東海岸時代からの因縁に絡め取られ、再び地で血を洗う暴力抗争を繰り広げる壮大な物語である。
ラスヴェガスのホテル業界で覇権を争う実力者となったダニー。さらなる夢を求めて新たなホテルを構想した結果、最大のライヴァルであるワインガードと対立することになった。なんとか妥協点を見つけようとしたのだが、些細なことから両者の関係に亀裂が生じ、ダニーは争いに勝つために昔の恩人、イタリアン・マフィアの大物の力を借りた。当然、ワインガードが黙っているはずはなく、ビジネスと家庭だけに専念したいというダニーの願いも虚しく、古くからのアイルランド・マフィアの仲間とともに命をかけた戦いを余儀なくされた…。 後ろ暗いとことがあるビジネスの常として犯罪組織との関係が深く、個人の力ではどうしようもない状態になっているギャンブル業界の非常さ、冷酷さ、権謀術策が縦横に登場し、ビジネス小説でありなが濃密なノワールとなっている。また、家族の絆に対するダニーの熱い思いが迸るエピソードも多く、世代を超えた血の物語でもある。 三部作の完結編として壮大なロマンをまとめ上げようとしたためか、細部の描写、話の転換の機微がややおろそかな感を受けたのが、ちょっと残念。巨匠ウィンズロウも力を使い果たしたということか。 それでも、ウィンズロウ・ファンには必読の一冊であることは間違いない。 |
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黒澤明監督「天国と地獄」の原案として有名な古典的名作の堂場瞬一氏による新訳版。自分の息子と間違われて誘拐された運転手の息子の身代金を要求された富豪の苦悩を描いたヒューマン・サスペンスであり、警察小説でもある。
社内の権力闘争を勝ち抜く資金を準備してきた製靴会社幹部のダグラス・キングのもとに「息子を誘拐した。50万ドルを支払え」との脅迫電話があった。しかし、誘拐されたのは彼の息子に間違えられたお抱え運転手の息子だった。50万ドルは用意できるのだが、それを払うと、キングは社内闘争に敗北してしまう。人情としては運転手の息子を助けたいのだが、自分の生涯をかけた野望も捨てられない。87分署の警官たちのサポートを受けながら交渉するキングだったが、犯人探しは難航し、刻々と交渉期限が迫ってくる・・・。 人間としての情と人生が崩壊する恐怖の板挟みになったキングのジレンマがホットに、ヒリヒリと伝わってくる。事件発生から解決まで、わずか二日間の密度の濃いストーリー展開は実にスリリング。87分署シリーズではあるが本作の主役はキングで、警察捜査ミステリーというよりキングと周辺人物たちとの心理サスペンスに力点が置かれている。 映画「天国と地獄」とは異なる傑作ミステリーであり、時代を越えたテーマ性を持つ名作として多くの人にオススメしたい。 |
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ルメートルの12作目の長編で本人の弁によると「最後の犯罪小説」だという。一人暮らしの裕福な老婦人が実は腕利きの殺し屋なのだが認知症が現れはじめ、依頼された任務以上の残酷な殺害を繰り返すようになり、ついには衝撃的な事態を招くというノワール・サスペンスである。
医師だった夫の遺産で優雅に暮らす63歳のマティルド。その正体は冷血な対ナチスのレジスタンス兵士で、戦後はレジスタンス時代の「司令官」アンリを窓口に殺し屋稼業を楽しむプロフェッショナルだった。だが、自覚のないまま認知症が進行し、次第に短気で非情な一面が現れるようになった。時々、物忘れがあることには気付くのだが、それもすぐに忘れてしまう。しかし、マティルドの行動が荒っぽくなりもはやコントロールできなくなったことに気付いたアンリは組織のルールに従って、マティルドを排除する苦悩の決断をする。レジスタンス時代からお互いに淡い恋心を抱いてきた二人は過酷な運命に導かれ、ついに破滅的なラストに突き進んでいった・・・。 殺し屋が主役のノワールでありながら、全編に認知症が引き起こすブラック・ユーモアが散りばめられ、さらに読者を驚かす冷酷非情な展開が繰り広げられ、最初から最後まで目が離せない。本人の序文によると「1985年に書いたまま出版社に送りもしなかった小説」でほとんど書き直していないという。作家の全ては処女作にあることの典型的な証というべきか。ルメートルの世界がここに見事に現れている。 作品誕生の経緯など関係なく、面白いノワール・ミステリーとして多くのミステリーファンにオススメしたい。 |
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「探偵・畝原シリーズ」の第5作。女子高校生の素行調査から殺人事件に巻き込まれていく畝原の冷静沈着な思考と熱い家族愛が融合したハードボイルド家族小説である。
高校生の娘の素行を案じる継母からの依頼を受けた畝原は、自分の思い込みを破壊する彼女たちの言動に驚愕した。あまりにも想像外のことに、大学生になった長女・真由に助けを求めて状況を理解しようとするのだが、その過程で地元不良グループが起こした事件に巻き込まれてしまった。さらに、地元名士から脅迫状について相談を受けて会いに行ったのだが、依頼者の駐車場に停めた自分の車のタイヤがパンクさせられ、しかも駐車場管理の老人二人が殺害された事件にも巻き込まれてしまった。事件は地元名士を狙ったものか、自分を狙ったのか。調査を進めると二つの事案に共通するものが見えてきた・・・。 いつも通りに事件を解決していく物語だが、今回は事件のスケールが小さく、背景となる社会病理もややあやふやでミステリー、サスペンスとしては小粒な印象。それよりは畝原家族を始め、事件関係者の家族関係の物語の方が数倍読み応えがある。特に、畝原との娘たちの関係性の変化、親としての心情の揺らぎが面白い。 安定した面白さが味わえる良作で、シリーズ愛読者はもちろんハートウォーミングなハードボイルドのファンにオススメしたい。 |
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コナリーの長編37作目、レネイ・バラード&ハリー・ボッシュ・シリーズの第4作。ロス市警に未解決事件班を復活させたバラードがボッシュを呼び戻し、二つの未解決事件に挑戦する警察ミステリーである。
班の責任者であるバラードは班の復活に尽力してくれた市会議員・パールマンが望んでいる30年前の事件(パールマンの妹が強姦殺害された)を最優先に取り組みたいのだが、ボッシュは自分が関与した一家殺害事件に取り憑かれており、相変わらずの独断専行で捜査を進めようとする。さらにボランティアで構成されたメンバーは統一感がなく、強すぎる癖でバラードを悩ませるのだった。それでも衝突と妥協を繰り返しながボッシュとバラードは新たな視点、証拠、科学捜査力を駆使して議員の妹殺害の容疑者を絞り込んでいく。さらにボッシュは独自の執拗な聞き取り調査で一家殺害の容疑者を特定し、犯人が潜伏するフロリダに単身で乗り込んで行く・・・。 初登場から30年以上が過ぎ、70代になった(はず)ボッシュだが正義を求める怒りの炎は消えることなく、というか肉体的衰えは隠せないものの精神的強靭さは一層高まってきている。よく言えば不滅の刑事魂だが、一歩間違えると独善的でゆとりがない老人が顔を見せている。作者、主人公が年相応に老いてきた証なのだろう。 なかなか意味深なエピローグもあり、ボッシュ・シリーズのファンには必読。正義感と銃で問題解決するアメリカン警察小説のファンにもオススメする。 |
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フランス人ミステリー作家の本邦初訳で、フランスの文学賞・ランデルノー賞ミステリー部門の受賞作。フランスの山岳地帯の村で殺害された女性の事件を巡り、関係者5人の独白を繋げて真相が明らかにされる凝った構成のミステリーである。
フランスの山岳地帯の小さな村で、家業(畜産業)を嫌って都会に出て成功し、豪邸を建てて帰郷した実業家の妻が行方不明になった。トレッキングにと言って家を出て、車がトレッキングコースの入り口あたりで発見されたため、当日に発生した猛吹雪に巻き込まれたのではないかと見なされた。だが実際は殺害され、死体が思わぬところに隠されたのだった。その謎を解いていくのが、畜産業者を訪ね歩く福祉委員の女性、その不倫相手の羊飼い、村に移ってきた若い女性、アフリカでなりすまし詐欺を働いている男性、最後に福祉委員の夫という5人の関係者の愛と欲望、孤独と執着の物語である。語り手が変わるたびに事件の真相が違った絵柄になり、最後に愛することの悲喜劇が読者を嘆息させる。 何と言っても、物語の構成が見事。犯罪ははっきりしているのだが、動機、様相が全く見えていない状態から思わぬ結末に導かれるまで有無を言わさず引っ張っていく力強さがある。5人の心理描写、愛と孤独の考察も読み応えあり。暴力やサイコが登場しなくても高レベルな心理サスペンスが書けることを証明する作品である。 単なる謎解きではない、心理サスペンスのファンにオススメする。 |
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デビュー作ながら圧倒的な人気を博した「自由研究には向かない殺人」の続編。友人・コナーの兄・ジェイミーが失踪し、またまたピップがSNSを駆使して真相を探り出す謎解きミステリーである。
全体的な印象は前作を受け継いでおり、謎解きと青春物語がミックスされたオーソドックスなミステリーである。正統派イギリス・ミステリーらしく凄惨な暴力シーンはないのだが、ピップの正義感が暴走気味なのはちょっといただけない。また犯罪の動機や背景、関係者の言動にもイマイチ納得がいかず、途中で中だるみになる。結論としては「二匹目のドジョウはいなかった」。 前作を高評価した方は肩の力を抜いて読むことをオススメする。 |
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スウェーデンからまた登場した新星の本邦デビュー作。現代社会の病理である憎悪犯罪、差別、暴力肯定などのテーマをスリリングなストーリーで描いた、傑作サイコ・サスペンスである。
ストックホルムで25歳の女性・エメリが殺害され、交際相手のカリムが容疑者と断定された。カリムは服役中だったが事件当日は仮釈放で外に出ており、また面会に来たエメリを「殺してやる」と脅迫したことがあり、しかも刑務所に戻った彼の靴にはエメリの血液が付着していた。証拠は万全と思われたが、カリムを知る殺人捜査課警部ヴァネッサは「あの狡猾なカリムがそんなミスをするはずはない」と疑問を持った。だが警察もマスコミもカリムの犯行を疑わずカリムが起訴されようとした時、「彼は殺していない」と語る女性・ジャスミナがヴァネッサのもとに現れた。彼女は事件発生時、カリムを含む複数の男に暴行されたのだが、恥ずかしさと怖さで警察に訴えていなかったという。血の気の多い乱暴者の単純な怨恨という事件の構図は、まるで違っていたのだった…。 エメりの殺人に加えて、テレビ局スタッフの殺人、ジャスミナの暴行が並行して描かれ、だんだんつながっていく展開は実にスリリング。その背後にある社会病理の不気味さも真に迫り、ページを捲る手が止まらなくなる。また、ヴァネッサをはじめとする登場人物の言動は生き生きしており、捜査陣と犯人との攻防だけでなく、市井の人々の生活や想いも丁寧に拾い上げられていて、これぞ北欧ミステリーという仕上がりだ。 本作はすでに5作が刊行された「ヴァネッサ・フランク警部」シリーズの2作目ということで、第1作からの邦訳を強く希望したい。 北欧ミステリーファン、サイコもののファン、社会派ミステリーのファンにオススメする。 |
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探偵・畝原シリーズの第3作。浮気調査のはずが意味不明の事態に巻き込まれた畝原が、札幌を牛耳る行政と警察、業者の利権構造を暴いていく傑作ハードボイルドである。
浮気の現場写真を撮るために待機していた公園で畝原は奇妙な事態に巻き込まれ、調査を依頼してきた女の身元を調べ始めた。すると常軌を逸した嫌がらせが始まり、さらに札幌市内の数カ所に死体の一部が投げ込まれる事件が発生し、畝原の親友・横山の家にも死体の右足が投げ込まれた。危険を察知した横山は息子の貴を畝原のもとにやり、事件の情報集めを依頼して来た。誰が何のために死体をバラバラにして投棄しているのか、また奇妙な浮気調査を依頼して来た女の正体、狙いは何なのか? 浮気調査とバラバラ死体の投げ捨て、2つの事件を調査するペースはゆったりで、前半はややまどろっこしい。だが事件に関係しているらしいホームレスの捜索辺りから話のペースがぐんと加速し、どんどん盛り上がってくる。もちろん、事件解明の本筋が充実していることは確かだが、それ以上にキャラクターが際立つ人物たちの言動、エピソードが面白い。レギュラーメンバーはもちろん初登場の人物もなかなかの曲者揃いで、この辺りの筆者の筆の運びは素晴らしい。 シリーズ愛読者はもちろん、日本のハードボイルドのファンに自信を持ってオススメする。 |
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夕刊紙連載をベースにした6作品の連作長編。ホスピスに勤務する医師が苦痛を訴える患者とどう向き合うかを考え尽くす、医療ヒューマン・ドラマである。
ホスピスに勤務するベテラン医師が3件の安楽死で逮捕され、裁判に掛けられた。仕事熱心で患者思いの先生として慕われていたが、なぜ安楽死に関わってしまったのか。起訴された3件を含む6つのケースについて、そこに至る事情が医師の視点、終末期患者の視点、家族の視点から語られる。6作の通奏低音は安楽死の是非、医療と死の境界の曖昧さ、誰が決断するのか、決断の責任は誰にあるのかなど、極めて重く、明快な答えが得られていないテーマである。6つのケース、それぞれに事情がありドラマがあるが、解かれるべき謎はない。従って、ミステリーというよりヒューマンドラマとして読むのが正解だろう。 安楽死問題に関心がある方にオススメする。 |
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ベトナム戦後にオーストラリアに移住し、現在はL.A.在住のベトナム系女性作家のデビュー作。シドニーのベトナム人街から抜け出しジャーナリストとして活躍する女性が弟が殺されたために帰省し、事件の真相を探るうちに自分の過去やオーストラリア社会の人種差別に向き合っていく、文芸色の濃いエンターテイメント作品である。
メルボルンで記者として活躍するキーが久しぶりに帰郷したのは、5歳下の弟・デニーが殺されたからだった。生まれた時からオーストラリア育ちで家族の希望の星でもあった優等生のデニーが友人たちと高校卒業を祝っていたレストランで殴り殺されたという。大きなショックを受けた両親は茫然自失状態だし、警察は若者同士の違法薬物がらみのトラブルだとして軽視しているようだった。しかも、現場にいた同級生、他の客、店のスタッフたちは全員が「何も見ていない」と言っているという。納得できないキーは真相を探るために、現場に居合わせた人々を一人ひとり訪ね歩くことにした…。 誰も何も喋ってくれない。その背景には開かれた国・オーストラリアに潜在する人種差別のみならず、移民家族の世代間のギャップが広がっている。現在、世界中で起きているマイノリティ差別とそれに対する怒り、絶望的なまでに細い融和への道を著者は信念を持って歩んでいるように見えた。非常に重苦しいテーマだが、殺人事件の動機探しというミステリー仕立ての部分もよくできているのでエンターテイメント作品としても一級品である。 ミステリーというよりも、マイノリティ文学、シスターフッド文学として読むことをオススメする。 |
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ワイオミング州猟区管理官「ジョー・ピケット」シリーズの第17作。ジョーに復讐を誓うダラス・ケイツ(15作目「嵐の地平」の悪役)が出所し、ジョーの家族に危機が迫ったためジョーが激しく容赦ない反撃を加えるアクション・サスペンスである。
本シリーズはアメリカ社会が招いてしまった様々な社会悪と、大自然に自分の根拠を置く正義感の塊・ジョーが否応なく対立してしまう、社会派ミステリーだったのだが、前々作あたりから悪と認定したものには容赦無く実力行使する、正義暴走型のアクションものに変わってきたようで、ランボー・シリーズを見ているような薄っぺらさが目立ってきた。 もちろん、ストーリー構成は堅実で、人物のキャラ、エピソードもしっかりしているので、アクション・サスペンスとして一級品であることは間違いない。 シリーズのファン、シンプルな勧善懲悪サスペンスのファンにオススメする。 |
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2010年代前半に3作の邦訳が日本でも評価されたS.J.ボルトンの10年ぶりの邦訳作品。6人組の若者たちが交通死亡事故を起こし、その責任を一人で負った女性は20年の刑期を務めて出所。他の5人に20年前の約束を果たすよう要求する、傑作心理サスペンスである。
オクスフォードの名門校の優等生グループの男女6人は大学入学資格試験の結果発表の前夜、仲間の家に集まり、酔った勢いでいつもの「肝試し」に乗り出した。深夜の高速道路を逆走するという危険な遊びで、これまではヒヤッとするスリルを味わうだけだったのが、ついに事故を起こし相手の車の親子3人が死亡した。現場から逃走した6人は「どう始末をつけるか」激論を交わした末に、メーガンが一人で責任を取る代わりに出所したら償いをしてもらうと提案、真実を書いた念書を作成し全員が署名した。それから20年、出身校の校長、会社経営者、腕利きディーラー、辣腕弁護士、首相候補に挙げられる政治家として成功している5人の前にメーガンが姿を現した。 メーガンは5人に償いとして何を要求するのか、5人はそれをどう受け止めるのか、そもそもメーガンが身代りになったのはなぜか・・・そのストーリー展開は予想を裏切り、ショックを与え、読者を捉えて離さない。文句なしのページターナーである。6人のキャラの書き分けも見事で、さまざまに感情移入しながら読み進むことになる。ただし、フィナーレだけはちょっと弱い。 物語の結末には賛否両論があるだろうが、心理サスペンスのファンならきっと楽しめる傑作である。 |
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2000年代の最初の十年間に邦訳された本格ミステリーの頂点に選ばれたという、英国女性作家の1987年の作品。無実の殺人事件で16年の刑に服した男が復讐を誓い、真犯人を暴き出すフーダニットの傑作である。
1970年、イギリスの大企業役員のホルトが不倫相手の女性と現場を目撃したらしい私立探偵の2人を殺害したとして逮捕された。身に覚えがないホルトは無実を主張するが、数々の状況証拠によって有罪とされ、16年後に仮釈放されたホルトは同じ会社の役員の誰かが自分を罠に嵌めたと確信し、真犯人を暴き出し殺すために執拗に関係者を訪ね歩き、仮説を立て、検証し、さらに推理を重ねていく。全てを犠牲にして謎解きに邁進する「復讐の鬼」ホルトはついに真相を突き止めたのだが…。 事件発生時と現在を行き来する展開がやや分かりづらいし、16年も前の出来事を執拗に聞き出すプロセスも同じようなシーンの繰り返しで冗舌である。まあ、それが英国本格派といえば、それまでなのだが。 名探偵による最後の謎解きシーンが楽しみで、伏線や気になるヒントを探して前のページを繰るような本格謎解きマニアにオススメする。 |
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技巧を凝らした語りで「どんでん返しの女王」と呼ばれるフィーニーの第6作(邦訳は4作目)。10代、30代、50代、80代の4人の女性の複雑に絡んだ関係をあざといミスリードで幻惑し、意表を突くクライマックスで読者を楽しませるエンタメ作である。
娘のクリオにケアホームに入れられた80歳のエディスは、ホームの職員である18歳のペイシェンスとは馬が合い、その助けを借りて脱出を計画していた。ペイシェンスは事情があって本名を名乗れず、低賃金の不安定な仕事を我慢せざるを得ない状況だった。テムズ川に浮かぶボートで暮らす38歳のフランキーは一年前に家出した娘を探すために、現在の全てを捨てる覚悟で行動を開始した…。 エディスのホームからの脱走、それと時を同じくして起きたホーム施設長殺害事件、この2つを軸に4人の女性たちの交互に絡み合った事情が徐々に解き明かされていく。ミステリーとしては殺人事件が起きるのだが、それより4人の関係性の方がミステリアスで比重が重い。登場人物が全員、嘘をついているようで読者は常にセリフの裏を読みながら関係を探って行くことを強いられる。そこが本作の肝であり、物語の始まる前の一文「世の母親と娘たちへ…」が示すように母と娘の物語である。 前半はちょっと混乱するが4人の関係がぼんやり分かってくる途中からはリーダビリティも良くなり、最後にはそれなりのクライマックスが待っている。 あざといまでの技巧を凝らしたストーリーが違和感なく楽しめる方にオススメする。 |
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ノルウェーのトナカイ警察(本当に存在するらしい)の警官コンビが不可解な殺人事件を解明する、警察ミステリー。主人公も舞台もノルウェーであり、間違いなく北欧ミステリーなのだが、作者は20年以上に渡って「ル・モンド」紙の北欧特派員を勤めたフランス人でフランス語で書かれた作品である。本作はデビュー作にも関わらずフランスで数々のミステリー賞を受賞し、ドラマ化、漫画化された他、19ヶ国語で翻訳され、「トナカイ警官シリーズ」として大成功をおさめている。
トナカイ飼育者間のトラブル解決を主任務とするトナカイ警察のベテラン警官・クレメットと新人のニーナが勤務するラップランドの警察署に、全く日が差さない四十日間の極夜が明ける祝い事の日に苦情電話がかかってきた。トナカイ放牧者・マッティスのトナカイが境界線を越えて来たという隣人からの苦情である。同じ日、地元の博物館から先住民族サーミ人の神聖な太鼓が盗まれているのが発見された。さらに、訪問したばかりのマッティスが殺害され、両耳が切り取られているのが見つかった。トナカイの放牧を続けるサーミ人と開発・自然破壊を進める開拓者である北欧人の対立が激化したのか、サーミ人同士の争いか。 世界中どこにも見られる先住民に対する人種差別に加え、国境など関係ない生活を続けてきた人々とルールを強制るる現代社会との軋轢、厳し過ぎる環境を生き延びるための合理的とは言えない習慣や信条などが複雑に影響し合い、単なる殺人の謎解きでは終わらない長編物語である。見たことも、聞いたことも、想像することもなかった極北の先住民族サーミ人の暮らしが印象深い。 いわゆる北欧ミステリーとはちょっと違うテイストだが、警察ミステリーの基本はしっかり守られているので、北欧ミステリーのファンには安心してオススメしたい。 |
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順調に邦訳が続く「P分署捜査班」シリーズの第4作。はみ出し刑事たちがゴミ集積所に置かれた生後間もない赤ちゃんと行方不明になった子犬のために奔走する、群像警察小説である。
妻から別居を通告され傷心のロマーノ刑事が分署のそばのゴミ集積所で放置されている赤ちゃんを見つけ慌てて分署に運び込み、病院へ同行したのだが、赤ちゃんは予断をゆるさない状況だった。ロマーノをはじめ捜査班のメンバーは親探しを始めたのだがまもなく、母親と思われる女性が殺されているのを発見した。殺人事件も絡んできて混迷を深めた捜索だったが、ピザネッリ副署長が親友の神父から聞いた情報が捜査の方向を指し示してくれた。同じ頃、アラゴーナ刑事は街で出会った移民の少年から行方不明の犬を探して欲しいと頼まれる。「分署で一番の有能な警察官」とおだてられたアラゴーナが犬探しを始めると近隣で何匹もの犬や猫が行方不明になっていることが分かった…。 捨てられた赤ちゃん、拐われた子犬、二つの弱きものを助けるために奮闘するはみ出し刑事たち。これまでの3作とは少しテイストが異なる物語だが、謎解きミステリーとしての構造がしっかりしているのでシリーズ・ファンにも違和感を抱かせない。さらに、これまでも個性が強かったメンバーたちのキャラ、人間関係がより深く描かれることでヒューマンドラマとしても読み応えがある。 シリーズ未読でも十分に楽しめる社会派ミステリーであり、多くの人にオススメしたい。 |
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今一番脂が乗っているアメリカン・ノワールの俊英の最新作(2023年刊)。アメリカ南部の町を震撼させた残酷な殺人犯を黒人保安官が追い詰める警察ミステリーであり、重厚な犯罪小説である。
事件などほとんど起きない南部の田舎町の高校で教師が銃撃され、駆けつけた保安官たちが容疑者を射殺した。人種差別が色濃く残る町で白人の保安官補が容疑者の黒人青年を射殺した事件は大きな波紋を引き起こし、黒人保安官であるタイタスは犯行動機の解明と同時に人種間対立の沈静化にも苦労することになる。容疑者の黒人青年はタイタスの旧友の息子で、射殺される前に「先生の携帯を見ろ」と叫んでいた。人望厚い教師だった被害者の携帯を調べると、そこには想像を絶するおぞましい記録が残されていた…。 人間が抱える闇の深さ、差別意識の根強さ、法や善の力の限界など、本作に含まれるテーマは宗教的なまで深遠で、主人公の黒人保安官のストイックな捜査が強烈なインパクトを与える。だが決して重苦しくはなく、犯人探し、動機解明のサスペンス・ミステリーとして抜群に面白い。 コスビーの長編第4作(1作目は未訳のため邦訳では3作目)だが、現時点では著者の最高傑作として、ミステリーファンならどなたにもオススメしたい。 |
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