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カーテン
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【この小説が収録されている参考書籍】
カーテンの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.33pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全48件 1~20 1/3ページ
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| 友(へィスティングス大尉)を想うポワロが秀逸。 他の作品に登場する犯人とは全く性格(財産、資産、宝石貴金属に執着していない)の違う犯人も秀逸。 | ||||
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| 母がミステリー好きで、アガサクリスティーを3冊購入しました。喜んでもらえました。 | ||||
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| 随分久しぶりの再読になります。 ポアロに関するある事柄は分かっていたので、そこの驚きはありませんでした。 しかし、事件のからくりや犯人の正体などに関してはほとんど忘れてしまっていたので、ラストで明かされる大技には、「事件の〝カーテン〟の裏側では、こんな暗闘が繰り広げられていたんだ。ひゃー、すげぇなあ」と、唸るしかなかったです。恐るべき深謀遠慮に、ぞくぞくしながら頁をめくってました。 1975年に発表された本作品が、実際には第二次大戦中の1943年に書き上げられていたっていうのも凄いです。それこそ、著者アガサ・クリスティーの謀(はかりごと)いうか、先を見通した叡智(えいち)の見事さに触れる気がして、脱帽するしかないっす。 田口俊樹(たぐち としき)の訳文。 文章、会話文とも、違和感なく読み通すことができました。見事な出来だと思います。 | ||||
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| ポワロ登場の最初の事件、スタイルズ荘を舞台に再び事件が。そして、全編を通してこれまでの作品では見られないストーリー展開と、登場人物たち。結末まで一気に読み進め、また読み返したいと思える傑作。 | ||||
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| ポアロが...とは知らず、途中で悲しくなった。 一連の殺人事件の真相にはさすがに無理があるとは思うが、 ポアロ作品の締めくくりとしてふさわしい作品だと思う。 | ||||
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| 表向きは何ら関係がなさそうな複数の事件で、裁かれない真犯人が存在し、それをポアロがある意味で解決する。ポアロの最後ということで、単純な犯人捜しではないのだろうなと想像はしていたが、最後だと皆が知っているから可能になったミステリーだと思う。ポアロの喜怒哀楽はシリーズで楽しんだが、本作品では人間ポアロが最後の手記に出ていた感じがした。そしてポアロ最後の事件である。このように名探偵がお亡くなりになることでその存在は読者の心の中で生き続ける。知らない間に消えていなくなる芸能人のような「あの人は今」ではなく、きちんと最後を描いたことで、あたかも自分のお爺ちゃんのような存在にも思えてくる。終わりがちゃんとあるというのは重要なのだな。 | ||||
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| 泣いた まごうことなき名作で古くならない衝撃作だと思う。アガサクリスティすごい。 | ||||
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| 最後までハラハラドキドキでした | ||||
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| 読みごたえ充分 | ||||
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| ポアロの終わり方が想像を超えて、さすが、アガサだと、脱帽です。 | ||||
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| 最後の最後の最後の最後にポワロは自らの信念を変えてしまう。 | ||||
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| ホームズが好きなんですが、この作品を読むとポアロのほうが探偵としては偉大だと思わざるを得ない。 ポアロですら、この方法をとらざるをえなかったのか。 トリックを使う本格推理小説としてももちろん満点です。 | ||||
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| ポアロシリーズ全てが伏線といっていい。スタイルズ荘であり、毒であり、シンメトリーであり、鍵穴であり、錯誤の誘導なのだ。 ポワロ・シリーズというのは、この作品のために存在した伏線にしかすぎないという、壮大なトリックの中に私は入れらていたことに気が付き、背筋が凍る思いだ。 クリスティ、この類稀なる才能を小説という形態で読める幸せを噛み締めたい。 | ||||
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| 1945年に執筆された本作は、作者の死後公表され、作者の娘への遺産の一部を得ることになる予定でした。 しかし、突然1975年に作者は翻意して英国において本作を刊行。本作のトリックの一つは、非倫理的なものであったのですが、米国の出版世界では、すでに1933年に同種のトリックがエラリー・クイーンにより用いられていたこともあり、珍しくもなくなっていたのでした。 世のうつりゆきとともに倫理基準も変化するものですが、昨今のコロナウイルスにかかる世情においても、同様な変化がいくつも見受けられます。したがって、社会が立ち至るある相=phaseを叙述してみると、鏡像を立ててみて、非倫理の世界が新たに出現しているという条件も生まれているのです。 | ||||
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| ポワロ最後の事件。ポワロファン必読です。 | ||||
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| あまりにも有名な、ポアロ最期の事件。 とは言え、単独の推理小説としての評価は微妙で、これまで読んだことがなかった。 老人となった二人の寂しさ、特にヘイスティングスと末娘のジュディスとのやりとりに見えるように、彼のオツムの劣化はさらに進行していて、前半は(クリスティー作品としては)リーダビリティが低くてつまらなかった。 しかし読了して思うのは、やはり見事ということ。 『竜臥亭幻想』のように、アホアホのヘイスティングスに最後の活躍を譲っても良かったと思わないでもないが、人の心を見据えるポアロは、『スタイルズ荘の怪事件』と同じように冴えわたっている。 二十数年前、26歳の著者に創造された初登場のポアロは、すでにベルギー警察を引退していたのだから、著者53歳で書かれた本作品でのポアロは80代を迎えていた筈だ。 しかし老衰著しいポアロへの労りはあるものの、著者の病床の女性への目線は辛辣だ。 病弱のフランクリン夫人に対して、ヘイスティングスの娘ジュディスは「大騒ぎしてみせるのが好きなだけ」と薄情だし、ミス・コールは「病気を楽しんでいるんですわ」と冷ややか、アタマの一文だって、クレイブン看護婦の夫人を評する台詞である。 ジュディスに至っては、役に立たない人はこの世から取り除くべきだなんていうラディカルな思想を口にする。 すべて同性に対する評価というのがポイントで、十二分に自立できたクリスティにとっては、他人に依存しながら操ろうとする態度が我慢ならないのかもしれない。しかし後遺症に生活レベルがグンと落ちたわたしにとっては、病気を“楽しんでいる”と思われるのはかなりイタい。 しかし何と言っても、1943年に書かれた作品を、著者が86歳になった1976年まで世に出さずに温存していたのだから、なんともはやすさまじい……。 1943年というと、前作『スタイルズ荘の怪事件』が第一次世界大戦の真っただ中の1916年に書かれたのと同様、本作の作中時期も1943年近辺と思われるが、見た目上の舞台は、いつものように田舎ののんびりした暮らしで戦争の影は見えない。【注1】 いまだノルマンディー上陸作戦前ではあるが、バトル・オブ・ブリテンの空中戦やザ・ブリッツと称されるロンドン大空襲は、は1940年~41年だったから、英国的には一息つけるようになっていたということか。【注2】 なにもしないで傍観しているのかという例えに、チェンバレンではなく、第一次大戦当時のアスキス首相を挙げているのが、進行形の戦争関連は未だ総括されていなかったということで、興味深い。 【注1】戦時国債がどーのという記載があった。 【注2】ノルマンディー上陸作戦は1944年6月6日。スターリングラード攻防戦で、独軍が降伏してソ連が勝利宣言したのは、その一年前、1943年2月2日。 | ||||
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| あまりにも有名な、ポアロ最期の事件。 とは言え、単独の推理小説としての評価は微妙で、これまで読んだことがなかった。 老人となった二人の寂しさ、特にヘイスティングスと末娘のジュディスとのやりとりに見えるように、彼のオツムの劣化はさらに進行していて、前半は(クリスティー作品としては)リーダビリティが低くてつまらなかった。 しかし読了して思うのは、やはり見事ということ。 『竜臥亭幻想』のように、アホアホのヘイスティングスに最後の活躍を譲っても良かったと思わないでもないが、人の心を見据えるポアロは、『スタイルズ荘の怪事件』と同じように冴えわたっている。 二十数年前、26歳の著者に創造された初登場のポアロは、すでにベルギー警察を引退していたのだから、著者53歳で書かれた本作品でのポアロは80代を迎えていた筈だ。 しかし老衰著しいポアロへの労りはあるものの、著者の病床の女性への目線は辛辣。 病弱のフランクリン夫人に対して、ヘイスティングスの娘ジュディスは「大騒ぎしてみせるのが好きなだけ」と薄情だし、ミス・コールは「病気を楽しんでいるんですわ」と冷ややか、このレビューのタイトルだって、クレイブン看護婦の夫人を評する台詞である。 ジュディスに至っては、役に立たない人はこの世から取り除くべきだなんていうラディカルな思想を口にする。 すべて同性に対する評価というのがポイントで、十二分に自立できたクリスティにとっては、他人に依存しながら操ろうとする態度が我慢ならないのかもしれない。しかし後遺症に生活レベルがグンと落ちたわたしにとっては、“楽しんでいる”と思われるのはかなりイタい。 しかし何と言っても、1943年に書かれた作品を、著者が86歳になった1976年まで世に出さずに温存していたのだから、なんともはやすさまじい…… 1943年というと、前作『スタイルズ荘の怪事件』が第一次世界大戦の真っただ中の1916年に書かれたのと同様、本作の作中時期も43年近辺と思われるが、見た目上の舞台は、いつものように田舎ののんびりした暮らしで戦争の影は見えない。 いまだノルマンディー上陸作戦前ではあるが、バトル・オブ・ブリテンの空中戦やザ・ブリッツと称されるロンドン大空襲は、は1940年~41年だったから、英国的には一息つけるようになっていたということか? なにもしないで傍観しているのかという例えに、チェンバレンではなく、第一次大戦当時のアスキス首相を挙げているのが、進行形の戦争関連は未だ総括されていなかったということで、興味深い。 | ||||
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| 重い作品です。『スリーピング・マーダー』をアコースティックな演奏のフォーク調の音楽になぞらえるなら、『カーテン』はピンクフロイドの「ザ・ウォール」のような重たいロックという感じです。 何が重いって、ポアロにしてからが『邪悪の家』で「私のことを人に紹介するなら、比類なき世界一の名探偵と言いなさい」とヘイスティングズに要求したような陽性な気分は、全く漂わせていません。鍵穴からのぞくなんて紳士のやるべきことではないと言うヘイスティングズに「私は鍵穴からのぞいたのだよ」と告げる、苦笑を誘うそのユーモアがわずかな救いとなっています。 「私は法律だ」というせりふこそ吐きますが、それは大言壮語ではなく、むしろ痛みの表白です。神の懲罰が下ることこそが慈悲を受けることだとまで思い込むほどの痛み。 描写自体はいつものクリスティらしく平明ですが、想像しながら読み進めると重く暗い。 主要な登場人物aとbは、現実世界と接続するようなところがあって重いです。 aは、成長の過程で人間関係に恵まれなかったため、いびつな人格を形成してしまった。生き延びるために彼はいかに物狂おしいまでの努力を払ったことか。しかも、それが悲劇を生む。 bは、過去の行為についてやるべきだったかどうかで迷う。今さら取り返しがつかないから肯定してしまえと自分に言い聞かせて楽になろうとするのではなく、肯定と否定をめぐる永久運動にとらわれます。 いずれも現代的なテーマに直結します。 犯人の手口をポアロは、シェークスピアの『オセロ』を引いて説明します。『邪悪の家』でもちらっと同様の説明をしているところを見ると、クリスティにヒントを与えたのは『オセロ』なのかもしれません。 でも、江戸川乱歩が大正時代(「人間椅子」と同じ1925年)に発表した作品を想起させます。クリスティは乱歩を読んでいたのかどうか。戦前の乱歩は海外に紹介されていたのかどうか。 大正時代の日本は、大正デモクラシーという社会現象が見られる一方、変態心理がブームになってもいました(変態といっても、心霊現象や犯罪実録など様々なものを含んでいたようです)。大正デモクラシーと変態心理ブームが、エログロナンセンスとテロとファシズムの昭和へとなだれ込んでいこうという時代の曲がり角。 乱歩作品をその時代の雰囲気の中で読めば猟奇的な娯楽だったでしょうが、現在では一層恐ろしい感じを与えます。 もし人間心理の裏も表も正確に読み取ることのできる人物がいたとして、その敏感な共感スキルを利用して相手の欲望を引き出し、それを肯定して背中を押すような行為をするとしたら? そして、もし彼がそれを政治的意図を持って一定の方向で行なうとしたら? そんな巧妙なプロバガンダをやられた日には、抵抗するのは難しいような気がします。その危機感が乱歩やクリスティにあったのでしょうか? | ||||
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| 届きました。 ありがとうございました。 | ||||
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| 1940年頃に書かれた作品で、発表はクリスティーの死の前、1975年頃らしい。舞台はスタイルズ荘。ポワロの作品を読むのはアクロイド殺しに次いで2作品めで、かつそれも6年ぐらい前に読んで、内容を覚えてないので、他の作品を読み進めたくなる魅力にはあふれている。 | ||||
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