謎のクイン氏
- 幽霊 (229)
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普段は聞き役に徹し、他人の人生の傍観者となることを享受していたサタースウェイト氏。 いつもどこからともなく現れるクィン氏は、そんな彼を表舞台に立たせ、彼の人間観察に長けている能力を活かすよう導いていき、謎や事件の真相に辿り着かせる…という、12篇からなる連作短編集です。 この作品はミステリーというより幻想小説と言っていいかもしれません。 クリスティの作品はポアロやマープルをはじめ沢山読んできましたが、そのどれとも毛色が違う、かなり独特の世界観がありました。 息を呑む展開や鮮やかな謎解き、真相が暴かれた時の衝撃やカタルシスなどは一切無く、全体的に淡々としていて地味な作風です。 しかしどの話にも不思議と惹き込まれる魅力があり、とても楽しめました。 こういう作品も描けるなんて、クリスティは本当に凄い作家なのだと改めて痛感しました。 | ||||
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アガサ・クリスティといえど、出来不出来はある。 これはAランク。私は中で、クルピエの心情がピタッときた。モーパッサンからアクを取ったようなーと言うか。歴史のないアメリカ的な考え方とヨーロッパ的な?人情とが、交差する。そこが面白い。 今はアメリカ的なものの見方が主流だけれど、たまにはこんな男女も心の入れておくと、人生が豊かになる気がする。 | ||||
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神秘的、詩的な雰囲気がなんとも言えない妙味を醸し出す連作短篇集。 出版年は、1930年。 1924年から1929年にかけて発表された12の短篇で構成されています。 まず目を引かれるのは、サタースウェイト氏とハーリ・クィン氏の不思議な、風変わりな関係ですね。 事件を実際に解決へと導くのはサタースウェイト氏なんだけど、事件の鍵を彼に示唆したり、さりげなく霊感やヒントを与えたりするのはハーリ・クィン氏。どこからともなく忽然と現れて、事件が解決するや、いずこへともなく去ってゆくクィン氏。その超自然的な雰囲気は全く独特で、不思議に忘れがたいキャラクターだなあと。 それと、今回久しぶりに再読してみて驚いたのは、第三話「〈鈴と道化服〉亭奇聞」に書いてあるんだけど、話の中の時間が2025年になってるんですよね。てっきり、アガサ・クリスティーがこの話を書いた1925年辺りの舞台設定だとばかり思ってたんで、かなり意表を突かれました。それが分かる箇所を、引用させていただきます。 《ハーウェル大尉の失踪が、百年前に起きたと想像してみるのです。二〇二五年の現在から、過去をふりかえりましょう》p.114 《「百年前は、白粉(おしろい)とつけぼくろの時代でした」と、彼は言った。「一九二四年は、さしずめクロスワード・パズルと天窓強盗の時代とでもいいましょうか?」》p.115 12の短篇のなかでは、第五話「クルピエの真情」と第六話「海から来た男」が気に入りました。時を超えたロマンスの香りに魅せられました。 | ||||
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ハヤカワクリスティー文庫の短篇集としては、11月からやや間が空いたが、やはり短篇集をKindleで読むと、余計に腹立たしい。 相変わらず、どの作品のどこを「メモとハイライト」や「栞」で残そうが、表示されるのは「目次」だ。添付した画像の赤丸で囲んだ箇所で、本来なら上二つが「〈鈴と道化服〉亭奇聞」、下二つが「空のしるし」と示されるべきである。【注1】 本文には換算ページも表示されないし、青空文庫ならともかくそろそろパブリック・ドメインになっても不思議でない時代の本に高い価格をつけて売ってるのだから、せめて設定くらいまともにしてほしいものだ。察するに、著者の親族などがしっかししたパテント管理会社を作っているのかも……。 加えれば、Kindleではそうそう表紙を見返すことはないが(白黒だし)、Amazonの商品ページのもの(紙の本の表紙画でもある)と違って、なぜかクリスティーの肖像写真である。(添付画像) 整理すると以下の通り。 〇電子書籍版発行……2012年6月25日 「メモとハイライト」機能……×(本文のどこにハイライトを入れても、「目次」と表記) 表紙……×(なぜか著者の肖像写真) ページ表記……×(位置No.のみ) さて、気を取り直して感想を。 本書を読んで驚愕したのは、麻耶雄嵩の『神様ゲーム』の遥か以前の推理小説黄金期の作品だというのに、事件についてなんでも知っている全能の存在が登場して、視点人物が彼と会話することで真相に気づくという構成の作品がすでに存在していたこと……。 まぁ本書の存在は、霜月蒼の『アガサ・クリスティー完全攻略 [決定版]』で知ったわけだがw ただし同書では、総論としての結論に「クリスティーは演劇だ!」があるので、それに沿うような流れ、重みづけで解説されているが、クリスティーの発想の順番は逆だと思う。 ハーリ・クィン氏が普通の人間でないことは読むほどにわかってくるが、サタースウェイト氏が彼をみて最初に感じた印象で、「クィン氏の到来は、けっして偶然ではなく、出番が来た役者が舞台に上がったようなものだった」(No.202)、や「彼がこの芝居を演出し、役者たちに出番の合図を出しているのだ」(No.206)と感じているから、まず芝居的に表現したそのあとで、高次の存在としての匂わせがあるわけだ。 自伝は読んでいないし、著者が芝居を好むようになった時期は知らないが、彼女が芝居に興味を持っていたのは間違いないところだから、かなり若い時期からであっても不思議ではない。 その著者の発想として、芝居の演出家というのは神様みたいなものだわねというのがまずあって、そこに幻想小説風の装いをさせることで、この一風変わったシリーズが生まれたと考えるのがきわめて自然だろう。 著者の長い作家人生の中では、比較的初期の作品だというのに、こんな異色作がよく書けたなと一読して驚いたのだが、このように考えると、発想自体は不思議ではないように思う。 もちろん発想の原点はともかく、作品として昇華させるお手並みはまったく別の話で、幻想味がよい方向に作用したよい短篇集だと思うが、――いつも霜月蒼を引き合いに出して恐縮だが――、彼曰く、この1930年刊行の第三短篇集が、先行の二短篇集『ポアロ登場』『おしどり探偵』と比べて、(良い意味で)まるで別人のようだと評していることには、若干の異論がある。 先行のその二冊はアマチュア気分の抜けない習作で、本書に至って出来栄えが一段進化したといった印象を読んでいて受けたが、クィン氏の初登場作品、その名も「クィン氏登場」の雑誌掲載は1924年3月号だから、『おしどり探偵』の諸作品と同時期、どころか多くの作品よりも執筆は早いだろうからである。 呼び方は探偵小説でも推理小説でも構わないが、やはり核となる「解明されるべき謎」は重要である。それが論理的に説明され切ったところにカタルシスが生じるわけだが、さすがに箇条書きで示されると味気ない。核は重要だが、作家としては、そこに何を/どのように/どれくらい装飾して提示するかというところが腕の見せ所なわけだ。 それが本書では幻想小説風の装いであり、『おしどり探偵』では他作家の探偵のパロディだということ。 霜月蒼は、推理小説好きが肯定的に使う「稚気」も、あまりに狎れあいが進めば、「幼稚」に堕すると厳しいが、そこに本質的な高低はない。 当然個別の出来不出来はあろうが、読み手の好みが大きく影響するだろう。 また著者の教養への信頼もありそうだ。 例えば、麻耶雄嵩の『翼ある闇』はトンデモな展開で、それこそバカにする読者も多いように思うが、その後の作品も鑑みて、著者の推理小説/ミステリへ傾注する努力を感じるようになれば、遡って、『翼ある闇』の感想も変わるだろう。 もっと解りやすい(かどーかw)例を挙げれば、山田風太郎の忍法小説はそれこそトンデモ設定の連続だが、著者の歴史に対する造詣の深さも伝わってくるので、好き嫌いはあれど、頭から幼稚と言われることはないだろう。 それらを援用して、霜月蒼が幼稚と書き、わたしも今ひとつ物足りなかった『ポアロ登場』や『火曜クラブ』は、若書きや頁数の問題で、「稚気」に感じられるだけの周辺武装が足りなかったのかもしれない。 なんて書いてみたが、わたしは中高生の頃に『秘密機関』や『おしどり探偵』を読んで、トミー&タペンスに親しんだので、想い出補正されているかも。今読めば霜月蒼の意見にぐぐっと傾くかもしれない……。 実際、『ポアロ登場』や『火曜クラブ』は本書よりも落ちる気がするしw つらつら考えるに――著者の作品ではないが――、『不可能犯罪捜査課』の感想で、「犯人の皆さんは「実行が不可能とは言えないので成功することもあるだろう」といったレベルで作為をする人が多過ぎる」と書いたことを思い出した。 ここを「幼稚」だと指摘することも可能なのだが、特筆すべきは、本シリーズにおいて、その指摘には次のように反論できる。 いや、因果律を調整できるのだから、そこに無理はないよw 雰囲気に対する好み以外にも、こういった理屈もあげられるかもw ところで、サタースウェスト氏は貴族ではない様だが、かなりの資産家である。 毎年冬の間はリヴィエラ【注2】で過ごし、ロンドンでの移動は運転手付きのリムジン。シーズン中は、週二日オペラハウスのボックス席をキープしている。 観察好き、世話好きとは言え、物静かでつつまし気な紳士で、彼と話すと、誰もがついいろいろ話してしまう好人物である。62歳だというから職を辞していても不思議ではないのだが、とにかく仕事をしている気配は一切ない。 彼の裕福な生活を支えているのが、植民地からのあがりである可能性はかなり高いのではww 【注1】本書が電子化された2012年当時、Kindleの機能のほうが追いついていなかったという可能性はあるかもしれない。――が、電子書籍だからこそ、パッチでアップデートできる筈。 【注2】フランスからイタリアに渡る地中海北岸の一帯。ほぼ真ん中にモナコ公国がある。 | ||||
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ミステリというかホラーというか、短編は明るくハツラツとした話が多い気がするクリスティには珍しい、ある意味らしくない、静かで落ち着いた暗いトーンの連作短編です。 しかしとても味わい深い。 | ||||
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