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屍者の帝国
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屍者の帝国の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.36pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全114件 21~40 2/6ページ
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伊藤計劃氏の設定を円城塔氏が引き継いだ作品。映画を先にみてしまったのが良かったのか悪かったのか…。 社会インフラを屍者が支える世界の、その屍者の行動を司るOSをめぐる物語、と言い換えることが出来る。伊藤氏の設定を円城氏が解題した作品であるが、ちょっと冗長。メアリー・シェリーやリラダン・聖書など、いろんな作品が下敷きに有り、日本の幕末の描写も多い、それらを知っていると楽しめるが、知らないと読み進め難いかもしれない。半分くらいに切り詰めたらもっと読みやすかった。そういう意味では、映画はすっきりとしていた(内容評価には異論があるかも)。 決して円城氏を貶めるつもりは有りません、一つの作品として仕上げてもらったと思います。 しかし、伊藤計劃氏の夭折は今更ながらに惜しい。 合掌。 | ||||
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色々なご意見ありますが、読み易いか?と言われれば読み難い類でした。でもSFはそんな文体のものが多く、まだ読み易いほうですかね、 伊藤計劃氏が遺されたブログ、作品に目を通してきましたが、氏の思想や精神がここにはあります。実装が円城塔氏によるものではないか?プロローグは伊藤計劃氏、エピローグは円城塔氏?などと勝手に思いを馳せながら、これから円城塔氏の作品を読んでみたいと思います。 | ||||
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映画版の表紙だったら電車で読む時など、ちょっと恥ずかしいなと危惧していたのですが、普通(?)の表紙の本が届いて一安心しました。 友達が伊藤プロジェクトさんのファンで、屍者の帝国の映画に誘われて鑑賞したことが彼の本を知る最初のきっかけになって、映画がとても面白かったので本も購入しました。 まだ最後まで読んではいないのですが、無知な私にも割と読みやすくて愛読しています。 大学でイギリス近代史を専攻していたこともあって、こういう事実とはかけ離れたifの小説を読んでいると知らず知らずのうちに心が昂ります。 最後まで読み終えたら、まとめて買ってあるハーモニーと虐殺器官も早く読破したいと今からワクワクしています。 | ||||
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夭折した伊藤計劃が残した書き出しを円城塔が書き継いで完成させた共作。全然違う作風のSF作家2人だが、「難解」と言う共通点がある。ところが出来上がった本作は、難解さとは無縁な超弩級B級エンタテイメント。もしも人類が死者を復活させて使う技術を開発していたらどうなるか、と言う歴史改変物で、個人的にちょうど司馬遼太郎の「翔ぶが如く」を読んでいる所なので、日本について書かれた部分がとても面白かった。伊藤計劃作品が持つ現実世界を告発するような重いテーマ性はなく、魅力的なキャラクターの冒険活劇を堪能する事が出来た。 私見では、伊藤計劃は物語全体を見通しラストに向けて書いていく逆算型の作家であり、反対に円城塔は物語の設定を決めたら後はキャラクターが動くのに任せる正算型の作家だと思う。従って伊藤計劃の書き出しで円城塔が書いていくのは2人の特質から絶妙の組み合わせだったのではないか。あえて欠点を探すと長すぎる事で、読破に時間が掛かったが、全く飽きる事はなかった。繰り返すがあくまでB級の傑作である。 | ||||
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伊藤計劃氏の作品だと思って読むと期待外れかもしれません。 伊藤計劃氏の書きかけの作品を円城 塔氏が完成させた作品となっていますが、伊藤計劃氏のテーストとは異なり、そのつもりで読むとガッカリと言うか、とてもテンポが違い読みづらいです。 私は円城 塔氏の作品は読んだことがありませんが、そちらに近いのかもしれません。 | ||||
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映画を見て興味がわき、思いきって買ってみました。そしたら、思ったよりも内容がよくて、最高でした! | ||||
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円城塔さんは読者を選ぶね。伊藤計劃とはやっぱり別物。伊藤計劃経由で本作を手に取った自分は文章の読みにくさに何度もくじけそうになって、世界観を味わうどころではなかった……。 | ||||
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人が死ぬと、生前よりも約20グラムほど軽くなるのだ、という。その差分がすなわち、霊魂と呼ばれるものの質量である。 19世紀末、大英帝国帝都、ロンドン。 その世界では、生者より20グラム分軽くなった屍(しかばね)に、パンチ・カードによるオペレーティング・システム(汎用ケンブリッジ・エンジンという呼称がついている)を相応の電圧で脳組織に記述(インストール)することにより、疑似霊素を発生させることができる。疑似霊素によって再起動した屍は、生者のように自由に思考する魂をこそ、持つことはない。したがって、ものを話したり、意思を表現することはない。ただ、動く屍として、“屍者”として人間に使役させられるために歩き始める。 その屍者の始祖たる、ヴィクター・フランケンシュタイン博士によって起動させられたクリーチャーから数えて100年の後、屍者の存在は日常となった。ロンドンの街を往く馬車の御者として、危険な炭鉱で働く労働夫として、そして軍用のOSを書きこまれたものは兵卒となって、世界の戦場で稼働しはじめていた。 若き英国諜報員ワトソンは、ロンドンからアフガニスタンへと、かつて人類の魁(さきがけ)であったエデンの園が存在したとされる場所にいまふたたび息を吹き返そうとしている、と噂される屍者の帝国を探しに出掛ける。その冒険の旅はアジアを越えて、200年の鎖国の末、内乱を経て富国強兵に向かう極東の日本へ、そして新文明の萌芽をきざすアメリカへと続いてゆく。世界を滅ぼすかもしれない極めて深遠な謎解きを背負いながら。 道中、旅の相棒にこの主人公の諜報員は尋ねる。 ------------------------ 「あんたは、生命とはなんだと思う」 笑い飛ばされるかと思ったが、振り返ったバーナビーは不思議そうな顔で淡々と告げた。 「性交渉によって感染する致死性の病」 (屍者の帝国, 伊藤計劃/円城塔, 319p) ------------------------ エンターテインメント長編、という看板を掲げられた本書はしかしながら、極めて哲学的な示唆に富む深みを随所に見せる。 屍者と呼ばれる疑似生命体を自らの手で作り出した時、人はその思考せぬ物言わぬ人の似姿をした何者かに、逆に魂とは何かという問いを突き付けられる。それは、物理的には脳細胞の中でやり取りされる生理的電気信号である、と規定するならば、鳥や犬やウサギたちにも魂は存在する。しかし実際には、人間だけが言葉を話し、美を理解し、笑いと憎しみを感覚し、その結果単なる生殖活動は性愛となり、また大規模で組織的な同族殺しをドライブする。物言わず、愛さず、憎まぬ屍者たちは、痛みも覚えず苦痛を知らないが、それだからこそ彼らは戦争を起動させないし、また、適切な栄養を与え続ければ、死ぬことすらない。何故なら既に彼らは屍であるからだ。 『性交渉によって感染する致死性の病』という言葉は、この物語のテーマの一つを、実に適切に捉えている。 この、疑似霊素をOSとしてインストールされた屍者、という設定であり概念は、二重三重の意味で、この物語を包み込んでいる。 この物語は、伊藤計劃と円城塔という二人の作家によって共作されている。実際のところは、ほんの20ページ程度のプロローグを伊藤が、後の450ページ以上に渡る本編を円城が書いている。 円城は2012年に「道化師の蝶」によって芥川賞を受賞した作家であり、伊藤は2007年に「虐殺器官」で颯爽とデビューし、わずかな作品を残して2009年に34歳の若さで急逝した今は亡き作家だ。 本書は伊藤の示したわずかなプロットとプロローグと資料を、伊藤の盟友であった円城が引き継ぐ形で執筆を開始し、3年の月日を経て世に出た書き下ろし、となっている。 円城の本を手に取ったことがないのでいささか心許ない物言いであるが、本書は、夭逝した天才の“魂”が全編にわたってありありと感じられる物語である。国家と個人、というテーマ。言語、というファンクションに宿る霊性、神性というテーマ。どれも伊藤がそのごく短い作家生活の中で好んで描いたモチーフであった。本書はまるで伊藤計劃(project Ito)という疑似霊媒を、円城塔にインストールして描かれたような気がしてならなかった。 冒頭で示したように、屍にインストールする汎用ケンブリッジ・エンジンなるオペレーティング・システムは、「パンチ・カード」と呼ばれる、カードに多数の穴を空けることで記述される言語を用いてインストールされる。 再び本文を引用する。 ------------------------ ―――このパンチカードは、人間の欲望や危惧を増幅し、読み手に書き込み直す書ではないのか。読み手が望む文章を秘めるように見せかける性質を持つ、得体の知れない文章なのでは。更に進めて、カードの意思を人間に実行させる命令文なのではないか。<自立する物語>として<自らの意思を持つもの>としてカードは目覚めているのではないか―――。 (屍者の帝国, 伊藤計劃/円城塔, 319p) ------------------------ この一文を、果たして円城はどのような気持ちで書いたのだろう。その「パンチカード」を死者の残した遺稿と代入すれば、それはまさに、伊藤によって円城にインストールされたオペレーションシステムそのものが、本書であった、と解釈することもできる。また逆に、今は死者となった伊藤は、既に死んでいるが故に、永遠を手にし、生者である円城を自在にドライブして本書を書かせたのだ、と物語化することだって大袈裟ではない。 死者と生者、そして屍者。 それらを分離するのは、魂の存在のはずだが、果たして我々が魂と認識するその約20グラム程度の質量を持つ何物かは、一体誰のものなのだ、というのが本書のテーマだ あなたの魂は、神から授けられたあなただけのものなのか? 我々はその問いに、さしたる疑問もなく、首を縦に振るだろう。しかし、既に死んでしまった者が、生者をドライブして描かせた本書を一読した後その問いに、素直に頷くことは難しい。 フランケンシュタインの生んだ“彼”明かした真実を知ったその後では……。 (長文レビュー失礼》 | ||||
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伊藤計劃の意思を引き継ぐのであれば「伊藤計劃ならこう書くだろう」と考えながら書くべきだと思う。円城塔から伊藤計劃への感謝の言葉なんてこの物語には必要無い。そんなのはどこか別のエッセイなんかで書いてほしい。 こんなのは伊藤計劃の本ではない、私はそう思いました。 | ||||
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「Self-Reference ENGINE」に衝撃を受け、円城塔の著作であることを前提にこれを買ったが、ストーリーテラーとしての円城氏は力不足ではないかと思った。 小説上の登場人物であるカラマーゾフや歴史上の人物をぶち込んで来る辺りは円城塔らしくニヤリとしたが、物語としては些か冗長に過ぎるのではないかと。 伊藤計劃氏についてはさほどファンでもない。 作品は読んでいるが、伊藤計劃ファンが読むと面食らうだけだろう。 ではこの屍者の帝国を円城塔作品と呼ぶべきかと言われれば、やはり伊藤計劃の構想が無ければこの小説は成り立たなかったわけで、共作という他ないだろう。 円城塔を擁護するとすれば、そもそもポストモダンという変わった作風に当て嵌まる作家で、こういったストーリーものを書く作家ではないのは事実である。 伊藤計劃氏に対するリスペクトの為にそういった遊びがあまり出来なかったのではないかと個人的に思う。 伊藤計劃の構想を別人が書いた作品、又は円城塔が色々と遠慮してしまった作品と個人的には受け取ってしまい、両者の良さが相殺されてしまったのではと読後に思った。 しかし円城塔の捏ね繰り回すような文体はそれはそれで面白く、また遠くない内に再読してみようと思う。 | ||||
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未完の作品は完成させる必要はないとわかる作品でした。 二次創作物扱いが妥当だと思います。読み進むにつれ冷静につまらないな、という感覚になり、読了時には腹が立ちました。舞台も途中でハーモニーを意識したような似た場所があり、なんだかな、と。 同人誌ですね。 | ||||
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伊藤計劃のファンなので読みました。エジソンなど名前を聞いた事のある歴史上の人物が、ワトソンやカラマーゾフなんていう架空のキャラといっしょくたに出てくるアイデアなんか遊び心があって面白い。しかし私は元来ゾンビが大嫌いなので二章ですっかりしんどくなり、途中で同作品のアニメ化映画を見ることに。 アニメと小説はストーリーが若干違うのですが、アニメで展開がいきなりな感じがしたところは小説を読んでなんとなく納得。しかし小説の結末で、人間の魂が実は〇〇であるというのは随分な飛躍というか、いくらSFでも唯物的過ぎるように私は思いました。この結論にナルホドと手を打つ人はあんまりいないんじゃないだろうか。アニメ版ではこの論を採用していないせいで展開が無理なところがあるのかもしれないが、私でもあの論はちょっと肯定できないなあ。 | ||||
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プロローグは伊藤計劃で、以降は円城塔。 わかってはいたのだが、それでもぜんぜん違うことにおどろいた。 伊藤計劃の文章は、説明部分にもユーモアを感じることができて、飽きず疲れず読める。一文の長さや語彙の選択など巧みだった。デリカシーのない友人キャラの配置・使い方など、ほんとうに配慮がなされている。それに、物語のひっぱりかたが、主人公の物語るストーリーとして一直線なので、わかりやすく、だからこそ世界観や心情描写に深みを感じることができた。 円城塔による一部以降は、正直言ってつらかった。描写より先に説明が立っていて、説明しだしたら、主人公が物語っているという感覚が一気に薄れてしまう。この物語は三人称だったか?と何度も思った。それに文章もやさしくない。舌触りが悪いというか、リズムが悪い。短文ふたつに分けてはどうかというほど情報を詰め込んだ長文が多い。これが三人称ならよかったと思う。一部以降のストーリーは、主人公が物語っているというにはあまりにも心が遠すぎた。一人称なのに俯瞰視点で読まされたのは初めてだ。 | ||||
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十九世紀を舞台にした小説で、『フランケンシュタイン』の技術を使って、蘇らせた?死者に労働をさせている世界を描いている。パラレルワールドを扱った「歴史改変」ものだ。あるいは「スチームパンク」というジャンルだ。文章が、古典の翻訳小説みたいで読みにくかった。内容も、スチームパンクが好きな人にははまるかもしれないが、わたしの場合、SFといと、近未来の洗練された技術を思い描いてしまうので、スチームパンク特有のレトロな技術の積み重ねからなる世界には興味が持てなかった。 | ||||
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死者が物語のキーだし、舞台はヨーロッパだからでしょうがキリスト教用語がよく出てくる。 しかしその扱いととても薄い。 日本人が書くならそれくらいの観点だろうなあとは思うけど、せっかくの死と生と宗教が出てくるなら もうちょっと信仰的な葛藤が絡んでくると重厚になったんじゃないかなあというのが個人的な感覚。 話はきちんとした文章のラノベでした。 | ||||
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とにかく読みづらい一冊。 伊藤計劃氏のムダのない素敵な文章はすぐに終わり、あとはひたすら知識量を自慢したいだけのような文字の羅列が続く。 確かに作家が切り替わる点は覚悟していたが、これだけ毛色が違う人材を持ってくる意図がわからない。 氏の急逝が尚更惜しまれるような本でした。 | ||||
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いやーまいりました。 あとがき読んで納得しましたが、ジョン・ワトソンがジョン・ワトソンであることがわかったところからもう、ここは笑っていいところ?いいんだよね?って何度幾度思ったことやら。 それが最後まで続くんだから大したものです。 文句なしに色んな意味で面白く楽しい物語でありました。 そう、物語です。 スチームものには抵抗あったのですが(あなたのせいだOTMさん!)そんなの軽く吹き飛ばす力強い言葉の奔流に身をまかせる心地よさといったら。 やっぱりイイ本はイイんだよねとしか言えませんね。 ふう。 しばらくしたらもっかい始めから読んでみよ。 | ||||
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小難しくて何を言いたいのかわからないし所々英語を使っているのがきもい。 非常に残念。 | ||||
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文庫版あとがきによると、 『伊藤計劃が遺したA4用紙30枚ほどの下書きとプロットを基にしている』 とあり、伊藤計劃の遺作というよりは 伊藤計劃をリスペクトした円城作品と観るべきでしょう。 本作は予備知識として、 メアリーシェリーの『フランケンシュタイン』 もしくは、和月伸宏の『エンバーミング』あたりを推奨します。 随所で伊藤計劃オマージュやビックリの大風呂敷(きちんと畳むよ)があり、 なかなか面白い作品でした。 だが、やはり作風の違いが気になりました。 特に違いを感じたのが、 クライマックスの描写とラスト。 クライマックスは、 『頭のなかでCG画像をイメージしながら読んでね』 という感じで、SF映画的です。 特にラストは明確に作風の違いがあります。 伊藤作品では主人公はある意味『煉獄・地獄』に落ちると言えますが、 本作のラストはとある変革を迎えますが、世界は滅亡するわけではありません。 ポジティブじゃないか、円城作品。 アニメ映画版は近くで公開されていなかったので、鑑賞できていません。 伊藤作品の中では比較的映像化しやすいと思うので、 DVDが出たら鑑賞したいと思います。 | ||||
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クッソつまらなかった。 博覧強記だが、冗長で、小難しい言葉をいたずらに羅列し、 登場人物が皆知的水準が高く、引用好きで、 場面展開が急で…もうネガティブなことしか読んでる最中思わなかった。 伊藤計劃が書いたプロローグしか面白くなかった。 | ||||
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