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虎よ、虎よ!
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【この小説が収録されている参考書籍】
虎よ、虎よ!の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.06pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全69件 41~60 3/4ページ
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往年の名作が新装版になって登場して、本書を知らない読者は新刊かと見まがうくらいで、カバーのデザインもクールです。 読んでいたSFに引用されていたのが、読むきっかけでした。読んでいると後年に多くの書き手に影響を及ぼしたが分かってきます。私が反応したのは、主人公が怒ると貌に虎のような模様が浮んでくるところと、歯のスイッチを操作することにより加速装置が起動して周りが極端にスローモーションになってしまうところです。前者は「仮面ライダー」、後者は「サイボーグ009」の原作がオマージュしています。今は亡き石ノ森章太郎先生は本作をこよなく愛していたのだと思います。 では、私の感想はどうかといえば、全体を俯瞰してみると「あまり面白くなかった」というのが正直な感想です。ですので、このレビューもUPするのは当初止めようかと思ったのですが、私一人が面白くなかったといっても本作品の価値が下がることはないだろうという結論に達し、本レビューを書いています。その理由ですが、自動車などの工業製品にたとえると、往年の名車を現在の公道で走らせたときの感覚に近いのではないのでしょうか。その名車を以前から知っており、憧れの対象だったり、歴史的価値を十分知っている人にとっては、それを運転することは、大きな喜びとなるのだと思います。一方、名車の技術を基に進化した現代のハイテクノロジー車に乗りなれている人にとっては、時代遅れで、クールでないという評価をつけられてしまうかもしれません。 しかし、往年の名車を同様、関心の低い人にとって冴えないものであっても、その価値というものは揺るがないというのが本書なのだと思います。 | ||||
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ガリヴァー・フォイルは、遭難した宇宙船ノーマッドでただ一人生き残った。漂流から6ヶ月目、ようやく付近を航行した宇宙船ヴォーガに救難信号を送るものの、ヴォーガはそれに気づきながら反転して去ってしまう。そしてその絶望は、無学で粗野で気力もないフォイルに、復讐という原動力を与えた。 懸命になってノーマッドの機能を回復させ生き延びようとしたフォイルは、アステロイドベルトで異文化の人々に捕らえられ、顔中に虎のごとき縞模様の刺青を施されてしまう。何とか脱出して地球に生還したフォイルは、ヴォーガと、それを所有するプレスタイン一族に対して復讐を開始する。その行動は知らぬうちに、宇宙における政治・経済戦争の行方とも関連することになるのだった。 人類にジョウントという瞬間移動の能力が目覚め、それを利用した悪行が蔓延り、治安が悪化してしまっている世界において、見殺しにされたという怒りのみで行動する男が、2人の女性ロビン・ウエンズバリやジスベラ・マックイーンを利用し傷つけながら、しかし最終的に大きな成長を果たすことになる。 この作品世界は、ジョウントという便利な能力が開花してしまったために、それを悪用する者が現れ、そして争いが絶えない場所となってしまった。そして、それを悪用して楽をすることしか考えず、自らを理解し鍛えるという考え方が失われてしまっている。 しかし逆に考えると、ジョウントさえなければ人類は立派な世界を営めていたと見ることも出来るわけで、作者の人類に対する希望が失われていないことも示唆しているといえるだろう。 ジョウントは、人の他者に対する物理的境界を強引に無視する能力だ。たとえ自宅の中にでも突然現れることが出来るため、一時も心の休まる時がない。この物理的な能力に対応する様に、精神感応という、相手の精神の壁を強引に乗り越えて意思疎通を図る能力も登場する。これも、自分が知られたくないと思っていることを筒抜けにしてしまうという意味で、恐ろしい能力だ。 そんな中で作者がフォイルのパートナーの一人に選んだロビンは、自分の心は駄々漏れになるが相手の心は読めないという不完全なテレパスだ。この能力は本人にとっては不幸だが、他人から見れば悪意を隠しておくこともできないので、騙される心配のない人物ということになる。 物理的であれ精神的であれ、相手の意志や立場を無視した強引なやり方は、悪意や闘争の種となる。相手を慮り、相手の意志を尊重して、相手の考えを誤解することなく理解する。そういうやり方が素晴らしい世界を築くヒントだ。そんな考え方が、この本のラストからは読み取れるような気がして仕方がない。 | ||||
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理不尽に囚われの身となった主人公が,同じく収監されている囚人の協力を得て脱獄し, その後別人に成りすまして,莫大な財産を利用して復讐を開始するという設定は,まさに デュマの「モンテクリスト伯」に習った復讐物語であるが, 本作品の魅力は,復讐そのものよりも,加速装置などのガジェットを利用したアクションの描写や ジョウントというテレポーテーション能力を持つにもかかわらず,その能力を発揮するためには 現在位置を正確に把握しなければならないという制限を設けることで, 緊迫感のある状況設定に成功している点にあるのではないだろうか。 私がもっとも感心したのは,25世紀という未来が舞台であるにもかかわらず 囚われとなった監獄から脱出するのに,監獄から通じる洞窟内へ移動し,洞窟内に流れる地下水脈を利用して脱出するという 非常にアナログ的な手法を使っている点である。 未来を舞台にしたSF小説のジャンルに入る作品であるが,そのジャンルに止まらず,なぜ生きるのか,救済とは,人類の未来は といったテーマにまで発展していくこの作品の魅力に,触れてみるのもいいかもしれない。 | ||||
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プロローグを紹介してしまおう。 ある科学者が研究をしている。それは、人は死の危険が近づいた時、瞬間移動能力を発動するというものである。死の恐怖は、瞬間移動能力を発動するというものである。 (これって、藤子・F・不二子先生のエスパーマミがパクッてるよね。つまり、その元ネタである) まあ、中盤が読んでいてダルいのは認めよう。 しかし、この小説は、おれが自分の手で脚色して映画化したいSFの第一位である。 | ||||
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続きが気になる。でも読んでしまうのが勿体ない。そんな最高の読書体験の一つです。 猥雑で豪奢なビジュアルイメージと頽廃的な未来像。王道のストーリー。 主人公がぐいぐい自力で道を切り開いていく成り上がりっぷりは気持ちがいいです。 陳腐ながら個性豊かなキャラクター。女性キャラのやっつけぶりはご愛嬌。 そして何よりも、圧巻のラスト(解説のある部分を読んだら魅力が半減するのでご注意を!)。 個人的には暗い最後だとは思いません。 鬱憤をスカッと晴らしてくれるこの読後感に中高生時代に出会いたかった。 | ||||
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萩尾モト『スターレッド』のクライマックスシーンに 強い影響を与えたと思われるのが、本作のラスト近くで 描かれる「感覚融合的」な「時空間ジャンプ」のシーン。 昨今では映画『ジャンパー』の影響か、テレポーテーション能力が 「空間ジャンプ能力」と言われる事が多いようだが、本作では 偶然、発見されてしまった人間の持つ潜在能力として描かれ 「ジョウント能力」と呼ばれている。殆ど、すべての人間が 訓練しだいで身に付けることが出来るので、現実世界に 当てはめると「自動車運転能力」のようなものである。 実際に、作品中では単なる「移動手段」として扱われ 殆ど「通勤手段」の様に日常的な「行為」と為っている。 主人公は最初は、兎に角「無気力うぅ〜」である。宇宙貨物船の 下級乗組員だったが、船が遭難し唯一人生き残り、 難破船の中で「後は死ぬだけ」と思っていると・・引きこもりの 大学生みたいである。・・突然、 宇宙空間を一気に飛び越える「ジョウント能力」に目覚めてしまう。 この「覚醒」により、極端にドラマチックな「復讐劇」が 開始される。・・何か、東大入学後3年目か、4年目のホリエモンの ようでもある。・・ で、その後の「熱血うぅ〜」の部分はこのレビューでは扱わない。 興味を持たれた向きは実際に読まれたし。 | ||||
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ベスターの長編第2作。歴代SFベスト5入りの常連として有名な名作で、よく言われる評が、「10年に1度の傑作」。 30数年前、初めて読んだSF「宇宙船ビーグル号 (ハヤカワ文庫 SF 291)」(A.E.V.ヴォクト)で、世の中にこんな面白い種類の小説があるのか、とSFにのめりこんだが、なかでもこの「虎よ、虎よ!」の衝撃は特に忘れがたい。 読了の瞬間、自分のいる場所がわからなくなった、と言っても信じてもらえるだろうか。ストーリーもほとんど憶えていないが、これが「世にも珍しい、再読を許さない傑作」であるとわきまえているので1度しか読んでいない。むしろ設定やストーリーといった、小説としてのパーツやテーマなどを分析しだすとアラばかり目につくだろうこともよくわかる。 つまり、これは「体験」なのであって、二度はないし、繰り返しもないのだ。そしてこれこそがSFの感動なのだ。 小説として読むなら、この前作にして作者の初めての長編SFである「分解された男」が断然お勧めである。わかりやすいし、実にエネルギッシュな傑作。これ1冊でもSFの歴史に名を残すと思われるのに、ベスターはさらに先に進んで、第2長編で不朽の名声を手に入れることになった。ただし、満々たる自信でもって発表されたこの作は発表当時、激しい毀誉褒貶(最高!と、最低!)にさらされ、現在の評価が定着するまで10年以上かかっている。(そして毀誉褒貶はおそらく、今も変わらない!) 最高のSF作家としてはベスターの名は挙がらないかもしれない。ベスト10には入れても、レムやディックといったノーベル賞級の作家と同列とはいかないだろう。しかし単独作品としての「虎よ、虎よ!」は、すべてのSF作品を超えて世界最高・唯一無二といえる。この、類のない強烈な感動はSF以外の「普通小説」では存在しないのだ。この作こそが「SFだ!」といえる。 ちなみに、「虎よ、虎よ!」を「アメリカSF唯一の傑作」とたたえるSF作家サミュエル・R・ディレーニイの「バベル17」をご存知だろうか。これは舞台が「虎よ、虎よ!」、ストーリー展開が「分解された男」というベスター・リスペクトの最高の1作である。 バベル17 (ハヤカワ文庫 SF 248) | ||||
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ベスターの長編第2作。歴代SFベスト5入りの常連として有名な名作で、よく言われる評が、「10年に1度の傑作」。 30数年前、初めて読んだSF「宇宙船ビーグル号 (ハヤカワ文庫 SF 291) (ハヤカワ文庫 SF 291)」(A.E.V.ヴォクト)で、世の中にこんな面白い種類の小説があるのか、とSFにのめりこんだが、なかでもこの「虎よ、虎よ!」の衝撃は特に忘れがたい。 読了の瞬間、自分のいる場所がわからなくなった、と言っても信じてもらえるだろうか。ストーリーもほとんど憶えていないが、これが「世にも珍しい、再読を許さない傑作」であるとわきまえているので1度しか読んでいない。むしろ設定やストーリーといった、小説としてのパーツやテーマなどを分析しだすとアラばかり目につくだろうこともよくわかる。 つまり、これは「体験」なのであって、二度はないし、繰り返しもないのだ。そしてこれこそがSFの感動なのだ。 小説として読むなら、この前作にして作者の初めての長編SFである「分解された男」が断然お勧めである。わかりやすいし、実にエネルギッシュな傑作。これ1冊でもSFの歴史に名を残すと思われるのに、ベスターはさらに先に進んで、第2長編で不朽の名声を手に入れることになった。ただし、満々たる自信でもって発表されたこの作は発表当時、激しい毀誉褒貶(最高!と、最低!)にさらされ、現在の評価が定着するまで10年以上かかっている。(そして毀誉褒貶はおそらく、今も変わらない!) 最高のSF作家としてはベスターの名は挙がらないかもしれない。ベスト10には入れても、レムやディックといったノーベル賞級の作家と同列とはいかないだろう。しかし単独作品としての「虎よ、虎よ!」は、すべてのSF作品を超えて世界最高・唯一無二といえる。この、類のない強烈な感動はSF以外の「普通小説」では存在しないのだ。この作こそが「SFだ!」といえる。 ちなみに、「虎よ、虎よ!」を「アメリカSF唯一の傑作」とたたえるSF作家サミュエル・R・ディレーニイの「バベル17 (ハヤカワ文庫 SF 248)」をご存知だろうか。これは舞台が「虎よ、虎よ!」、ストーリー展開が「分解された男」というベスター・リスペクトの最高の1作である。 バベル17 (ハヤカワ文庫 SF 248) | ||||
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SFというジャンルでありながら科学的根拠無し、超ハイテンポのストーリー展開は軽薄と捉えかねない。しかし、この物語は面白い。豊富なアイディアと巧妙緻密に練られた構成は、純粋に文章を読む快楽を与えてくれる。豪快・緻密・テキトーさが極端な所がアメリカっぽい。 ティーンエイジャーの頃の新鮮な感覚が呼び起こされる。 | ||||
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後書きにもあるように、やはり「岩窟王」が構想の下地にあったようで、僕もそれを思い浮かべました。確かにSFなんですが、ファンタジー小説や抒情詩のように幻想的かつダイナミックな表現が非常に魅力的です。論理的な「空想科学小説」としてのSF好きには好まれないかも知れませんが、「サーガ」と表現するのがぴったりなのかも知れません。主人公ももちろん、それを取り巻く女性たちの躍動的な姿が目に浮かぶよう。50年も前の小説とは思えないほど、今も活き活きとしています。大人よりも中高生くらいのほうが素直に楽しめるかも。 惜しむべくは、恐らく日本語に訳すことによって、本来の迫力の大部分が失われているのだろうなぁと思われること。原文を読むだけの英語力が欲しいです。 しかし、SFやファンタジーが好きな人にはお奨めできる、傑作だと思います。 | ||||
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ワイドスクリーン・バロックの傑作です。 これでもか、と投入されるアイデアの嵐。 高校の時に読んで以来、何度読んだかわかりませんが、 何度読んでも楽しんでいます。 日本のコミックやアニメにも多大な影響を与えた作品です。 サイボーグ009、仮面ライダー、銃夢、カールビンソン、などなど。 読んでない人は早く読んでください。 でもこの面白さは独り占めしたくもあり、読んでほしくなかったり。 | ||||
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クラークの「幼年期の終わり」やスタージョン「人間以上」を押しのけてヒューゴー賞を受賞したという、非常に評価の高い作品だ。 ジョウントという空間移動手段が日常となった時代に、復讐に燃える異形の主人公が地球と宇宙を舞台に活躍する。超能力を基本とした仕掛けがチープに陥りそうなところを、テンポの良い展開と登場人物のキャラクターでうまく切り抜けているように思える。寺沢武一「コブラ」などの作品を読むときに感じるのと同じ、小さい頃に思っていた「ひとりの超人的なヒーローが宇宙を舞台に活躍するフィクション」がここにある。 科学的合理性、深遠なテーマやメッセージを備えた作品ももちろん面白いのだが、その入り口にあったのは必ずこうしたワクワク読める作品だったと思う。SFって面白いなぁ、と感じさせる。そんなところが高い評価を得ているのではないだろうか。 復讐心が自己回帰していくエンディングも素敵だ。そういえば小学生の時に、この作品のモチーフとなった「厳窟王」を夢中で読んだものだった。 | ||||
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うーん、以前から薦められていたんで読んだんだけど。 前評判が高すぎた事と、「当時」今からずいぶん過去の作品という事を考慮しても、そんなにすごい面白いとは思えないんだけど…。 むしろ…ごめん、あんまり面白くないんだけど。 ラストがどうの…という好みの問題では無くて、単に読んでてのめり込めない。 設定のSFっぽさも中途半端だし、何よりも登場人物の心の動きが唐突過ぎて共感も理解もしづらい。 心の動きというのは唐突だったとしても、そうなる理由というのは小説ならば書かれなければストーリーとして成り立たないと思うが、この話ではその部分は大抵、放棄されている。 「SF版厳窟王」と言われているが…デュマの描いた厳窟王の緻密な描写や、人物の感情の書き込み、風刺ユーモア、エンターティメント性、などとはかけ離れているし、結局はストーリーも、その話の中に流れる意図も全く違う。 好みもあるから…と、思ったのだが、あまりにも高評価過ぎるので、これから読もうか迷っている人には、一応こんな感想もあるよと伝えたいと思って書きました。 | ||||
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ベスターの長編第2作。歴代SFベスト5入りの常連として有名な名作で、よく言われる評が、「10年に1度の傑作」。 30数年前、初めて読んだSF「宇宙船ビーグル号 (ハヤカワ文庫 SF 291) (ハヤカワ文庫 SF 291)」(A.E.V.ヴォクト)で、世の中にこんな面白い種類の小説があるのか、とSFにのめりこんだが、なかでもこの「虎よ、虎よ!」の衝撃は特に忘れがたい。 読了の瞬間、自分のいる場所がわからなくなった、と言っても信じてもらえるだろうか。ストーリーもほとんど憶えていないが、これが「世にも珍しい、再読を許さない傑作」であるとわきまえているので1度しか読んでいない。むしろ設定やストーリーといった、小説としてのパーツやテーマなどを分析しだすとアラばかり目につくだろうこともよくわかる。 つまり、これは「体験」なのであって、二度はないし、繰り返しもないのだ。そしてこれこそがSFの感動なのだ。 小説として読むなら、この前作にして作者の初めての長編SFである「分解された男 (創元SF文庫)」が断然お勧めである。わかりやすいし、実にエネルギッシュな傑作。これ1冊でもSFの歴史に名を残すと思われるのに、ベスターはさらに先に進んで、第2長編で不朽の名声を手に入れることになった。ただし、満々たる自信でもって発表されたこの作は発表当時、激しい毀誉褒貶(最高!と、最低!)にさらされ、現在の評価が定着するまで10年以上かかっている。(そして毀誉褒貶はおそらく、今も変わらない!) 最高のSF作家としてはベスターの名は挙がらないかもしれない。ベスト10には入れても、レムやディックといったノーベル賞級の作家と同列とはいかないだろう。しかし単独作品としての「虎よ、虎よ!」は、すべてのSF作品を超えて世界最高・唯一無二といえる。この、類のない強烈な感動はSF以外の「普通小説」では存在しないのだ。この作こそが「SFだ!」といえる。 ちなみに、「虎よ、虎よ!」を「アメリカSF唯一の傑作」とたたえるSF作家サミュエル・R・ディレーニイの「バベル17 (ハヤカワ文庫 SF 248)」をご存知だろうか。これは舞台が「虎よ、虎よ!」、ストーリー展開が「分解された男」というベスター・リスペクトの最高の1作である。 バベル17 (ハヤカワ文庫 SF 248) | ||||
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「まったく面白くない」ということはない、ないのだが、 平均的な評価が高すぎるように思う。 普通にSFをよく読んでいる人なら ディティールが甘すぎるように感じられるだろう。 精神によって物理的な移動を行うというアイデアが古い。 科学的な説明が一切ない。 今は亡き精神万能主義の末裔で、 アイデアにリアリティがないために「ざんねんでした」感が全編に漂う。 序盤は物語の展開が遅く、イライラする。 物語に引き込まれる感じがしない。 後半はまったく説明が不足で読み応えがない。 作者に文学を書く者としての基本的な素養が不足している。 (もちろんそんなものが不要であるほどにアイデアが優れている場合もあるが) んー、発想が中学生なんですよ。 ライトノベルと実質的に変わりがない。 もちろんはじめからライトノベルとして読めばそこそこ楽しめるんだけど、 そんなものはぜんぜん期待していない。 この本からわかることは ライトノベルは捨て去られる程度の価値しかないということ。 将来に渡って記憶に残ったりしない。 軽すぎる。 | ||||
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中学時代の初読以降、何回読んだかわかりません。 これほど取り込まれた小説はありません。 年齢に応じ、心に残るところが変わります。 娯楽として面白く、私にとっては深みもあります。 (最初は、風呂に潜って息を止めてみました。) 詳しく感想を書きたいのですが、ネタがばれないようにやめます。 ただ、私はこれ以降、30年以上SFを読み続けてしまいました。 でも、虎よ!虎よ!は一冊しかない。 未読の方には、是非おすすめしたい一冊です。 私も、未読に戻りたい。 | ||||
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絶望がありました、という救いのなさが、あまり好みではありませんでした。 最後のシーンを主人公の救済(というか再生)と思うことも可能ではあるのですが... 基本的なストーリーは太陽系岩窟王不幸版、といった感じですが 仕掛けは色々あって、50年前に書かれたのだとすると、当時は さぞかし斬新だったろうと思います。が、あるきっかけで急に粘着質 復讐鬼になる(でもリビドーありまくりな)、元無気力ヤンキーな主人公に 感情移入することもできませんでした。 この低い評価の理由は、私の好みではなかった、ということにつきます。 決して話が破綻している、とか言うことではありません。 あらすじなどを見て、買いだと思えば買って後悔はしないでしょう。 私も後悔はしていません。 | ||||
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最後の解説文にあるように、確かに色々なアイデアが ぎっしり詰め込まれていて、きっと初出時は斬新な 小説だったのだろうなぁ、と感心する事しきりです。 しかし、大づかみな話としては、 「太陽系巌窟王やや不幸版」で、 それほど驚く様な事は有りませんでした。 最後があまりハッピーではないので、 あまり自分の趣味には合いませんでした。 | ||||
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とにかく主人公の迫力が凄い! こういうの大好きです。 内面の描き方が半端ではないですね。 復讐のドラマとかが好きな人にはたまらないはずです。 特に中盤までの主人公ががむしゃらに一直線に敵を追い求めるところの迫力は ワクワク、ゾクゾクしました。 若干後半は小説としてはまとまりがなくなるような気がしますが、 こういった感覚的な表現が好きな人もいるかもしれませんね。 こういったSF作品が50年前以上に書かれたとは正直驚きです、 いろいろな書評で、紹介されているのも分ります。 この作者の文章の特徴で、たまに文章のつながりが悪かったり、説明が雑なところも ありますが、好意的に解釈すれば、それが作品の持つ荒々しさのイメージにつながっているのかな、という気もします。 人間が4、5人で会議している場面では、たまに誰が誰だか分りにくいところもありましたが。 | ||||
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一人の凡庸な男が、圧倒的な《情念》の力によって、時間と空間を越えてしまう物語。時間と空間が、絶対的な《実在》ではなく、相対的な《現象》にしか過ぎない可能性が出て来た今、この作品を、もう一度読み直すというのも、また面白いです。 | ||||
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