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東京島
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東京島の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点2.99pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全66件 61~66 4/4ページ
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極限状態にある人間たちの、 おどろおどろしい物語かと思いながら読み始めましたが、 途中から、とにかく笑いどころが満載の、 ハッピーな冒険小説という印象に変わり、 登場人物がみんな愛しく思えました。 | ||||
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メタボラにしてもそうだったのですが、 最近桐野先生はすぱっとまとめに入るなあと思いました。 恐らくまとめに入らないと 本のページがありえないことになったり あるいは終結の方向性が変わってきたり まとまらなくなったりするのでしょうが 東京島に関しては、もう少し長くてもよかったかもしれません★ せっかく登場人物が多いので、語り手があと二人くらいいてもよかったかも。 ワタナベが語り手の話では思わず声を出して笑ってしまうこともありました。 やはり問題児の視点は面白いです。 隆の日記(?)も笑いました。 桐野毒舌は健在のようです。 島という隔離された、要は巨大な密室で 事件よりも人間性の崩壊というか構築というか そういったものをうまく書き出すのはさすが!と言えるでしょう。 | ||||
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本作品は現代人が無人島に漂流して自給自足を余儀なくされたら、どのような行 動をとるのか?がテーマになっています。彼らは望郷からか無人島にダイバ、コウ キョ、チョーフといった東京の地名を付けて生活を始めます。始めは秩序を保って 生活していますが、漂流者で唯一の女性清子の夫の隆が死んで均衡が崩れて行きます。 人間の心の闇を描く著者の作品は、日本でも類を見ないアプローチをしていると 思います。登場人物は自分勝手で弱く、簡単に人を裏切ります。普通なら不快で読 むに堪えないはずなのですが桐野夏生の作品だけはまた手に取ってしまいます。 彼女の描く心の闇は特別な闇ではなく、おかれた環境や状況によって誰もが迷い 込む可能性のあるため、自分も登場人物の誰かになり得るリアリティを持っている からなのでしょう。 | ||||
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前作の「メタボラ」では沖縄の民宿とそこにたむろする若者が 描写されすっかり桐野ワールドもここで無くなったかと思われた。 内容は夫婦で世界一周のヨット旅行途中に遭難し、無人島に流れ着く。 その後流れ着く男たち。あわせて男31人と女1人の無人島生活。 そりゃエロい話も出てきますわ。形を変えた桐野ワールド。 無人島において人間とはこうも変るもんですか?! そのあたり人間の行動心理みたいなものがおもしろい。 | ||||
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ずっと放置されていた『メタボラ』も読み始めると止まらなくなってしまった。 あの物語の(主人公たちの)情けない疾走感みたいなものが心地よく、物語の切れ方はセリーヌの『夜の果ての旅』みたいにいかしてた。 さて、『東京島』である。 無人島に漂着した31人の男と1人の女。あたしは必ず脱出してみせる・・・と、帯にある。 しかし、やはり桐野女史、西村寿行みたいな展開にはなるはずもなかった。 性の饗宴みたいなシーンはほとんどなく、たった一人の女性である清子独壇場の展開などでも決してなく、 話は予想しがたく展開してゆき、ワープして(ワープなんて今どきでも使うのかな?)予想しがたい結末を迎える。 これ以上は控えるが、 思ったのは、彼女のストーリーの登場人物は、 他者と触れ合いそうで触れ合うことはない。 肩に触れたと思っても、そこをすり抜けていってしまうのである。 だから他者は自分の中に取り込まれた亡霊として登場するときに最もリアリティを持つのだろう。 それが現代なのか。 誰かを殺し、死体を平然と切り刻み、ディスポーザーやら下水に投棄する。 知らぬ顔してインタビューに答え、素知らぬ顔で淡々と仕事を続ける。 例えば誰もが自分の中に手負いの獣を飼っている、なんて表現を昔はした。非常にブンガクテキに聞こえちゃう。 多重人格なのか、分裂してしか存在し得ない自我なのか、 しかし、そんなんで自らの命絶ったり絶たれたりじゃあたまらんと思うんだが、 乾いた眼で、肋骨下縁に、エッジの鋭いナイフが音もなく忍び込み、小腸を超え、大動脈に至る、 そんな感じかな。 登場人物は非常に多く、それぞれがそれぞれの存在理由を持っているのに前述したように、彼らは個でしかあり得ないのだ。 ワタナベとグンジというキャラの最後あたりがもうちょっと知りたいと思ったけど、そういったぶつ切れで終わらせてしまうのがやはり作家の度量なんだろう。 | ||||
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ずっと放置されていた『メタボラ』も読み始めると止まらなくなってしまった。 あの物語の(主人公たちの)情けない疾走感みたいなものが心地よく、物語の切れ方はセリーヌの『夜の果ての旅』みたいにいかしてた。 さて、『東京島』である。 無人島に漂着した31人の男と1人の女。あたしは必ず脱出してみせる・・・と、帯にある。 しかし、やはり桐野女史、西村寿行みたいな展開にはなるはずもなかった。 性の饗宴みたいなシーンはほとんどなく、たった一人の女性である清子独壇場の展開などでも決してなく、 話は予想しがたく展開してゆき、ワープして(ワープなんて今どきでも使うのかな?)予想しがたい結末を迎える。 これ以上は控えるが、 思ったのは、彼女のストーリーの登場人物は、 他者と触れ合いそうで触れ合うことはない。 肩に触れたと思っても、そこをすり抜けていってしまうのである。 だから他者は自分の中に取り込まれた亡霊として登場するときに最もリアリティを持つのだろう。 それが現代なのか。 誰かを殺し、死体を平然と切り刻み、ディスポーザーやら下水に投棄する。 知らぬ顔してインタビューに答え、素知らぬ顔で淡々と仕事を続ける。 例えば誰もが自分の中に手負いの獣を飼っている、なんて表現を昔はした。非常にブンガクテキに聞こえちゃう。 多重人格なのか、分裂してしか存在し得ない自我なのか、 しかし、そんなんで自らの命絶ったり絶たれたりじゃあたまらんと思うんだが、 乾いた眼で、肋骨下縁に、エッジの鋭いナイフが音もなく忍び込み、小腸を超え、大動脈に至る、 そんな感じかな。 登場人物は非常に多く、それぞれがそれぞれの存在理由を持っているのに前述したように、彼らは個でしかあり得ないのだ。 ワタナベとグンジというキャラの最後あたりがもうちょっと知りたいと思ったけど、そういったぶつ切れで終わらせてしまうのがやはり作家の度量なんだろう。 | ||||
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