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ナイン・ドラゴンズ



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ナイン・ドラゴンズの評価: 7.00/10点 レビュー 3件。 Bランク
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全2件 1~2 1/1ページ
No.2:
(8pt)

ボッシュ、東方へ!

アメリカの警察小説のシリーズ物ではアクセント的にアジアのマフィアもしくは悪党と主人公が対峙するという話が盛り込まれるようだ。ディーヴァーの『石の猿』然り。
アメリカ人にとって独特の文化でどこの国でも根を下ろして生活するアジア圏の人々、殊更中国人というのは実にミステリアスな存在であり、また中国マフィアが世界的にも大きな犯罪組織であることから、西洋文化と東洋文化の衝突と交流というミスマッチの妙は題材としては魅力的に映るのではないか。
ボッシュシリーズ14作目の本書はボッシュもアジア系ギャング対策班、AGUの中国系アメリカ人捜査官デイヴィッド・チューと組んで中国系マフィア三合会を相手にする。

しかしコナリーが凄いのは単に事件を介して中国系アメリカ人や在米中国人たちの文化や生活、思想に触れることでの戸惑いを描くことで作品に興趣をもたらしているだけでなく、中国系マフィアとの戦いに主人公ボッシュが必然的に深く関わるように周到に準備がなされていたことだ。

ボッシュの前妻エレノアが娘マデリンを連れて香港でプロのギャンブラーとしての生活をするのが11作目の『終決者たち』で説明がなされている。それ以降、作中では香港にいる娘との連絡を時折していることが触れられており、途中2作を経てLAに住むボッシュが在米中国人に起きた事件を捜査することで中国文化圏で生活する彼女たちに危難が訪れる本書を案出するのだから、全く以てコナリーの構想力には畏れ入る。

まず本書でボッシュが6年間香港への通い夫を務めていたことが明かされる。年に2回香港に行き、娘と妻と逢い、そしてその年には娘1人でLAを訪れ、2週間色んな事をして街を散策して過ごしたことも描かれている。娘を香港に帰した瞬間は心にぽっかり穴が開いたような思いがしたとも。
次の逢瀬を待ち遠しく思いながら年月を過ごすボッシュの述懐も書かれている。

そんな娘煩悩なボッシュに訪れるのが担当した事件の容疑者、三合会というマフィアの構成員を逮捕したことによる代償としての娘の誘拐。しかも自分の手の届かない香港という異文化都市。
これは子を持つ親ならばこれ以上ない恐怖であることが解るだろう。不屈の男ボッシュもまたその例外ではない。

人は護るものが出来ると強くなる。
しかし同時に護るものが出来ることで弱くもなる。

護るものが出来るとその人にとって支えが出来る。どんな苦難に陥っても護るものがあることでそれを乗り越える原動力となるのだ。自分を必要としている人がいることで心に一本の芯のようなものが出来る。

一方で護るものはそのまま弱点ともなりうる。自分の支えとなっているものを失うことで人は弱くなる。、自分を必要としている人は即ち自分が必要としている人だったことに気付かされ、それを失うことが恐怖に変わる。

ボッシュは自分の娘マデリンを授かった時に自分が救われたと同時に負けたことを知ったと云い放つ。自分が悪に対して異常な執着心を持って立ち向かうためには弱みのない人間でないといけないと思っていたが、娘が出来たことでそれが一転する。

娘は彼にとってかけがえのないとなった瞬間、弱点になったことを。刑事という職業に就く人間はおしなべてこのような想いを抱いているのだろう。

娘を誘拐されたボッシュの焦燥感は子を持つ親ならば誰もが理解できる気持ちだ。
特にボッシュが娘を持つようになったのは作者コナリー自身が娘を持ったことで得た気持ちをそのまま反映しているからだ。従って本書でボッシュが抱く、云いようのない恐怖感はそのまま作者が同様の状態に陥った時に抱くであろう心持と同義なのだ。

従って本書はこのマデリン誘拐をきっかけに静から動へと転ずる。
愛娘を誘拐されたボッシュの焦燥感と三合会への怒りをそのまま物語のエネルギーに転じ、コナリーはボッシュを疾らす。ボッシュ自身常に動いていないとダメだと常に口に出す。それは誘拐事件が発生からの時間が長引けば長引くほど解決する確率がどんどん低くなるからだが、やはりここはボッシュが娘の安否に対して気が狂わんばかりに焦っているからだ。

彼は地元の香港警察の三合会対策課の手を借りようとも思わない。誰が三合会と通じているか解らないからだ。

彼は妻エレノアの協力も疎ましく思う。自分で招いた種をどうにか回収したいからだ。

彼はエレノアの新恋人サン・イーの協力も疎ましく思う。

彼はAGUのデイヴィッド・チューへ協力をお願いするのも躊躇う。チューもまた情報漏洩者と疑っているからだ。

彼はとにかく動く。直感的、本能的な行動力はエレノアをして一匹狼のように置き去りにして動かないでくれと詰られるほどに。

撃ち込まれた一発の銃弾。ボッシュはかつてエレノアのことをそう呼んだ。どんな女性と付き合おうが最後はそこに帰っていくボッシュにとっての不変の存在がエレノア・ウィッシュという女性だった。
彼女は今回ボッシュが担当した事件のせいで自分の娘が誘拐されることになったことを知り、ボッシュを激しく非難し、今後の娘との2人の時間を作ることは許されないとまで云われながらも、ボッシュはその怒りでエレノアがこの困難に立ち向かえるのなら甘んじて受けようとまで思う。
エレノアはボッシュ程にはボッシュのことを強く思っていないように見え、更には仕事で知り合ったボディガードのサン・イーという新たな恋人が出来たことを目の当たりにしてもボッシュは最後には2人は一緒になるのだという、離れがたい絆を感じていた、それがエレノア・ウィッシュという女性の存在だった。

娘を亡くした時に自分は今後生きていけそうになくなることを意識し、ボッシュはこの未知の地香港で残されたサン・イーに協力を求める。同じ女性を愛したこの男を信頼し、相棒となるのだ。

本書はこの相棒の物語とも云っていいだろう。

まずは前作から引き続いてボッシュの相棒を務めるイグナシオ・フェラス。
しかし彼は前作で捜査中に負った負傷がトラウマとなり、事件現場に行くよりも刑事部屋で事務仕事、書類仕事をしていることを選ぶ。3人の子供の子守疲れを理由にし、午後3時40分から帰り支度をはじめ、定時に署を出る、典型的なサラリーマン刑事となっている。担当する事件があるのに週末は病気だと称して家にいて、上司のギャンドル警部補からも役に立たなかったと云われる始末。しかも自分の思い込みで犯した捜査のミスをお互いに擦り付け合う、実に下らない刑事に成り下がってしまっている。
ボッシュはこの事件の後、コンビ解消を上司に依頼することを決断する。

このフェラスに変わって実質的に相棒を務めるのが、中国人殺害事件で援助をしてもらうことになったAGUのデイヴィッド・チュー刑事だ。アメリカ生れながら両親の教育で中国語を話すこの刑事もまたボッシュに全面的な信頼を置かないでいる。

というよりもこれはボッシュの、初対面の相手に対する疑い深い性格から来ており、チュー刑事は読者の目から見ても着実に任務をこなす実直な刑事として映る。
彼はボッシュが中国人を見る目に差別的な物を感じとる。事件の主導権を常に握り、あまり情報を共有しないボッシュの態度も含めて彼はボッシュがかつてヴェトナム戦争に出兵し、ヴェトコンを多数殺害したことに由来してアジア人をそのように見ているのではとまでボッシュに云い詰る。

しかし彼はそんな蟠りをボッシュに持ちながらもボッシュの無理難題にきちんと対応する、生粋の刑事だ。

そして香港で相棒を務めるのがエレノアの恋人サン・イー。最初ボッシュは彼から三合会に情報を洩れることを恐れて排除しようとし、ほとんど信用せずに運転手としてしか扱わないが、同じ女性を愛した者として、ボッシュが自分の犯した過ちを吐露し、そして通じ合う。
サン・イーはかつて自分が三合会のメンバーだったことが左目をカタに三合会を抜けたことを告白する。そしてマデリンを自分の娘のように思い、ボッシュに協力を惜しまない。

そして最後の相棒はなんとあの弁護士ミッキー・ハラーだ。
ボッシュが娘救出のために元妻を喪い、三合会の手によって殺されたマデリンの友人一家、そしてマデリンを誘拐した一味を殺害したことを聴取するためにロス市警を訪れた香港警察が全ての事件をボッシュとサン・イーに押し付けようとするのを見事な弁舌で未然に防ぐ。

フェラスは別にしてボッシュは今回相棒たちの協力と配慮で助けられる。しかしボッシュは彼らに対して決して全てを委ねるほど気を許さない。実に自分本位な人間に移る。ハラーにでさえ、彼の娘がボッシュの娘と同世代だから今度一緒に逢わせようとの提案もハラーと距離を置きたいボッシュ自身の気持ちから保留にする。
いやはや何とも付き合いにくい男である。

またこれはディーヴァー作品でも感じたことだが、昨今のアメリカの警察小説はどうやら話題のドラマの影響を受けざるを得ないようだ。刑事の勘や写真やビデオ、そして書類の中から齟齬や手掛かりを発見して犯人を見つけるのが醍醐味の1つであったコナリー作品においても、『csi:科学捜査班』などの影響を受けたかのように、今回犯人を特定するのに最新技術が用いられる。

それは静電向上という技術でこれは今まで薬莢についた指紋は発砲された際に起こる爆発で消えてしまい、例え薬莢を拾ったとしても大きな手掛かりにならなかったが、汗に含まれている塩化ナトリウムが真鍮と反応して腐蝕させる極微化学反応を利用して、電圧をかけて炭素の粉を掛けて指紋を復活させる手法だ。この(当時の)最新技術が事件の突破口を開くのだ。いやあ、ボッシュシリーズも変わったものだ。

しかしこのシリーズは今まで色んな新展開を見せながらも結局はボッシュが一匹狼に戻ることを選択してきた。恐らく作者自身、ボッシュという人物は常に業を抱えて生きている男として設定しているので、幸せな家庭や娘との温かな交流が向かないと思っているのだろうし、また書きにくいのだろう。




▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

映画向きの派手なアクションと涙

おなじみ「ハリー・ボッシュ」シリーズの最新翻訳作品。期待にたがわない、アクションミステリーである。
LAのダウンタウンで酒店を経営する中国移民の店主が銃撃で殺され、レジの売上が奪われた。単純な強盗殺人事件と思われたが、事件の背景に中国系の闇組織・三合会の存在が浮かび、ボッシュは香港に逃亡しようとした容疑者を空港で逮捕する。ところが、「捜査をあきらめろ」という脅迫電話がかかってきたのに続いて、香港に住むボッシュの娘・マデリンが監禁されている動画が送り付けられてきた。
娘を救出するために香港に飛んだボッシュは、前妻・エレノアと彼女の恋人の力を借りながら、香港の裏社会を駆け巡る・・・。
特に、香港に舞台を移してからは派手なアクションの連続で、まさに映画的な展開を見せる。また、これまでのシリーズ作品ではあまり描かれていなかったボッシュの人情的な弱点、娘とのぎこちない交流に重点が置かれているところも、シリーズ読者には新鮮味がある。マイクル・コナリー自身が本人のHPの「ナインドラゴンズを書いた理由」という文章で、「ハリーと彼の娘の物語である。(中略) そして何よりも父親としての脆弱性(よわさ)を描いた物語である」と書いているように、今後のハリーの転換点になる作品となるのかもしれない。
登場人物それぞれに、ぴったりな俳優を想像しながら読んでみるもの面白いと思う。

iisan
927253Y1

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