■スポンサードリンク


大忙しの蜜月旅行(忙しい蜜月旅行)



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!

大忙しの蜜月旅行(忙しい蜜月旅行)の評価: 10.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点10.00pt

■スポンサードリンク


サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(10pt)

セイヤーズが英ミステリの大御所になった証拠がここにはある

前作『学寮祭の夜』でついに結ばれることとなったハリエットとピーター卿。
彼ら2人がハネムーンに選んだ先はハリエットの生まれ故郷パグルハムだった。そこでピーター卿はハネムーンに先駆けて「トールボーイズ」という名の屋敷を購入していたが、訪れてみると主であるウィリアム・ノークスが見当たらない。近所に住む家政婦のミセス・ラドルの話ではブロクスフォードへ行って不在だとの事だったが、彼女以外の世話人たちは誰もその予定を知らない。
ピーター卿も当初の取り決めと違う段取りに疑問を持ちながらも新しい生活をハリエットと始めて、ノークスの帰りを待つこととした。しかしいつまで経っても帰ってこないかつての主は地下室で死体となって発見される。甘いハネムーンが一転して、2人は事件解決に借り出されることになってしまった。

原題は“Busman’s Honeymoon”。直訳すれば『バス運転手のハネムーン』。この意味は作中に出てくる「バス運転手の休日」という成語をもじったもので、意味は「バスの運転手が休日もドライブして出かけるようないつもの仕事と同じような休日を過ごすこと」転じて「ピーター卿がハネムーン先でも事件に巻き込まれいつもと同じように捜査し、解決すること」となり、文豪セイヤーズの洒落っ気あふれた題名となっている。

さて今回の物語はピーター卿シリーズ後期物の例に漏れず、長大となっており、総ページ数は文庫で約630ページにも上る。実際、死体が発見され事件が事件として姿を現すのは185ページでそれまではハリエットとピーター卿の初々しいハネムーン―というよりも新婚生活―の顛末が面白おかしく語られる。
相変わらず一つの単純な事件でこれだけのページの話を引っ張るわけだが、今回はピーター卿自身が事件よりもハリエットとの夫婦生活について思考を向けたり、トールボーイズ屋敷を取り巻く人間たちの関係を描いたりでなかなか話が進まない部分があり、正直、中だるみする部分があるのは否めない(それでも今まで鉄面皮でピーター卿の忠実なる執事として振る舞い、どの人にも慇懃かつ紳士的に接していたバンターがピーター卿のヴィンテージ・ワインをミセス・ラドルが台無しにする一幕で物凄い剣幕で罵るシーンはかなり驚いたし、今までシリーズを一貫して読んだ身にとってはかなり笑えた)。
しかし、それを補って注目すべき点がある。今回セイヤーズはかなりの試みをこの作品で行っている。それは本格ミステリにおいて語られることのなかった「人が人を裁く」という意味についてかなり掘り下げて書いてあるのだ。

確かに誰かがかつて云ったように、本格ミステリとは読者と作者との知的ゲームであろう。事件が起き、それがどのように、誰が、どうして、何をして、いつ、どこで成されたのかを調べ、解き明かすことそのものを単純に愉しむだけであった。
ここでセイヤーズはその行為によって周囲の人間たちにどのような影響を与えるのかをハリエットとピーター卿の2人に考えさせる。これはミステリを書き続けるにあたり、セイヤーズがミステリを文学たらしめたいがために至ったどうしても避けられない必要事項だったのだろう。
前作『学寮祭の夜』では上流階級の物としてのミステリを市井の人々の抱く憤懣を描いたが本作においてもその傾向は継続されている。貸した40ポンドの金に執着する庭師が洩らすピーター卿への羨望、40ポンドのお金に自分の将来の自動車工場の夢を託す者もいれば、ワイン1ダースに10ポンドを費やす貴族もいるという現実を描く。

『学寮祭の夜』では2人が結婚するに至り、この上ない倖せな結末を提供してくれた。では本作でもこのハネムーンが同じく至福を与えてくれるのかといえば実はそうではない。
シリーズの掉尾を飾る本作がこのような重い結末となるとは露にも思わなかった。
今までは犯人が誰かを当てれば物語は閉じられた。しかし本作はそうではない。あえて犯人が処刑される日までを描いている。
貴族探偵として無邪気なまでに物語を縦横無尽に駆けずり回っていたピーター卿が最後に直面する苦痛。そこにヒーローたる探偵の姿はなかった。エピローグとでもいうべき最後の章「祝婚歌」の冒頭で語られる探偵作家ハリエット・ヴェインはそのままセイヤーズその人である。
つまり本作においてハリエット、ピーター卿は創造上の人物ではなく、現実レベルまでに引き上げられた生身の人間なのだ。

本作はシリーズの総決算であり、そのため色々なエピソードが語られる。読み応えある内容が満載である。
本作でシリーズは幕を閉じる。それは大団円というにはあまりに暗い余韻を残す。しかし文豪セイヤーズが本当に書きたかったテーマがここに来て結実したのは明らかだ。セイヤーズがなぜ21世紀の現代においても評価が高いのか、その証拠がこの作品に確かにある。


▼以下、ネタバレ感想

※ネタバレの感想はログイン後閲覧できます。[]ログインはこちら

Tetchy
WHOKS60S

スポンサードリンク

  



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!