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エコー・パーク



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エコー・パークの評価: 8.50/10点 レビュー 2件。 Sランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.50pt

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(9pt)
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闇をのぞき込むボッシュもまた闇の深淵から覗かれる

前作でロス市警に復帰し、未解決事件班に配属されたボッシュは本書でもそのままキズミン・ライダーとコンビを組んで過去の未解決事件に当たる。それは折に触れ独自で再捜査を重ねていたマリー・ゲスト失踪事件。それは1993年に当時ジュリー・エドガーと共に担当し、衣類まで見つかりながら彼女自身が見つからずに今に至っている事件だ。それが思わぬ方向から犯人と思しき男が浮上し、ボッシュは否応なくその捜査に加わることになる。

たまたま深夜に職質されたことで車内にあったゴミ袋に2人の女性のバラバラ死体が入っていたことで捕まったレイナード・ウェイツが2件の未解決事件の犯人であることとまだ表出していない9件の殺人事件の犯人であることを供述する代わりに死刑を免れるよう司法取引を申し出る。そのうちの1つがマリー・ゲスト殺害だったというもの。
つまりボッシュは13年間追ってきた事件の犯人を思いも寄らぬことで知ることになるのだが、それは彼に正統なる法の裁きを与えないことで解決するという、皮肉なものだった。

さて前作から恐らく作品世界内では1年くらいしか経っていないと思われるものの、色んな変化が見られるのが特徴だ。

まず未解決事件班の頼れる班長であるエーベル・プラットはなんと4週間後に25年間の警察勤務から引退し、カリブ諸島のカジノの警備関係の職を得て第2の人生について思いを馳せているところ。従って前作よりも警察の仕事にあまり身が入っていない印象を受ける。

そして前作でロス市警からの退職を余儀なくされたアーヴィン・アーヴィングはなんと市議会選挙に立候補し、恨みを晴らさんとロス市警の改革を選挙公約として掲げている。

また本書を前に刊行されたリンカーン弁護士ことミッキー・ハラーも本書の事件の最有力容疑者であるレイナード・ウェイツの過去の事件の担当弁護士として名のみだが登場する。

またリンカーン弁護士がらみで云えば、ハラーが弁護を請け負うことになったルーレイの顧問弁護士セシル・ダブスもボッシュがマリー・ゲスト殺しの容疑者と睨んでいるアンソニー・ガーラントの父親、石油王トマス・レックス・ガーラントの顧問弁護士事務所として登場する。

更に最も忘れてはならないのは『天使と罪の街』でボッシュとコンビを組んだFBI捜査官のレイチェル・ウォリングが登場し、ボッシュの捜査をサポートすることだ。

件の作品で干されていたレイチェルがFBIのロス支局へと栄転したが、その事件でお互い分かち合えた2人は一旦物別れする。しかしボッシュはレイナード・ウェイツと面会するに当たり、彼の為人を知るためにプロファイラーであったレイチェルの助けを借りるのが再会のきっかけとなる。

一旦ボッシュからウェイツの資料を預かり、概要的なプロファイルを行ってその夜ボッシュの家を訪れ、資料の返却と彼女のプロファイリング結果を話した後、なんと2人は寄りを戻してベッドインするのだ。
前回はレイチェルが意図的に仕組んだあることで自らボッシュの前を去った彼女はやはりボッシュへの好意は尽きていなかったのだ。この2人は似た者同士で魂で引き合っている人間なのだ。

さてそのボッシュとレイチェルが対峙するのは絶対的な悪である。レイナード・ウェイツは良心の呵責など一切感じない、人を殺すことが自分をより高みに上げると信じる、正真正銘の悪人だ。しかも深夜にたまたま職質されるまで、それまで行ってきた9人もの女性の殺人が発覚しなかった慎重かつ狡猾なシリアルキラーだ。

このレイナード・ウェイツは本書の前に書かれた『リンカーン弁護士』に登場するルイス・ロス・ルーレイに通ずるものがある。

そして捜査を進めるうちにボッシュはその絶対的悪人こそがもう1人の自分であったことに気付かされるのだ。

ボッシュはレイナードをもう1人の自分であると悟る。YES/NOの分岐点で分かれることになったもう1つの人生こそがレイナード・ウェイツだったのだと。

闇の深淵を覗き込む者はいつしか向こうから自分が覗かれていることに気付く。
これはこのシリーズで一貫したテーマだが、まさに今ボッシュは自分の人生で抱えた闇を覗き込んで向こうから自分を見る存在と出逢ったのだ。

ハリー・ボッシュという男を彼が担当する事件を通じて彼が決して逃れない闇を背負い込んでいる、業を担った存在として描くのは12作目にしても変わらぬ、寧ろまだこのような手札を用意していることに驚きを禁じ得ない。コナリーのハリー・ボッシュシリーズに包含するテーマは終始一貫してぶれなく、それがまたシリーズをより深いものにしている。

さて今回の題名『エコー・パーク』はロサンゼルスに実在する街の名だ。このエコー・パークはかつて貧困地区であり、再開発によって中公所得者層が住まう、カフェや古着屋や食料雑貨店や魚介料理屋がひしめく、おしゃれな街へと変貌していった場所で、かつての主であった労働者階級とギャングたちが追いやられた街だ。

なぜこの街の名を本書のタイトルに冠したのか、私はずっと考えていた。確かにその場所は長らくシリアル・キラーとして女性を殺害していたサイコパスの連続強姦魔レイナード・ウェイツが初めて警察に捕まるミスを犯した場所である。

深夜自身の経営する清掃会社の名前を付けた車でエコー・パークを通りかかったために不審に思った警官が職務質問をし、その際に車内を調べた後、そこに2人の女性のバラバラ死体の入ったゴミ袋が見つかったことが彼の逮捕に至った。

しかし彼はそこから更に9件の、警察の知らない殺人事件を犯していると云っていることから、今まで巧みに警察に知られぬように暗躍していた狡知に長けた殺人鬼だったとみなされていた。

また彼の生い立ちを調べていくうちに孤児だった彼を引き取った里親のうち、最も長くいたのが、彼が偽名として使っていたサクスン夫妻の家で、その家があるのがエコー・パークだった。そして彼が殺害した数多の女性死体を隠匿していたのがそのサクスン夫妻の家のガレージの奥に作ったトンネルだった。

狡猾な連続殺人犯が偶然ながら捕まった場所であること、孤児の時に最も長く住んだところ、そして彼が殺害した女性を埋め、また装飾したトンネル、つまり彼の王国があったところ。エコー・パークこそウェイツが辿り着いた園(パーク)だったのだ。

そして一方で単なる地名でありながら、本シリーズ第1作で作家コナリーのデビュー作である『ナイトホークス』の原題 “Black Echo”と同様に“Echo”という単語を使用した題名でもある。

“Black Echo”とは即ちボッシュがヴェトナム戦争時代にトンネル兵士だった頃に経験した地下に張り巡るトンネルの暗闇の中で反響する自分たちの息遣いのことを指す。

そしてボッシュは逃亡したウェイツと対峙するために彼が拵えた死体を隠し、埋め、また装飾した隠れ家兼王国であるトンネルに入る。ヴェトナム戦争でヴェトコンと対峙したのと同じように今度は連続殺人犯と対峙し、そこに捕らわれているまだ息のある女性を取り戻すために。

この類似性は敢えて意図的にしたものか。私は本作でFBI捜査官レイチェルがサポートして捜査するボッシュの構造と同じくFBI捜査官だったエレノア・ウィッシュと共同で捜査する第1作がダブって見えて仕方がなかった。
やはり同じ“Echo”という名を冠したことにコナリーは意図的であった、そう私は思いたい。

また本書ではボッシュの相棒キズミン・ライダーが瀕死の重傷を負うショッキングな展開がある。現場検証の際にオリーヴァスの銃を奪って逃走したウェイツに彼女は撃たれて頸動脈に傷を負い、一時は生死の境をさまよう危ない状況に陥る。
意識を取り戻した彼女がボッシュに告白するのは思いもかけない内容だった。

ボッシュが自分の復職の条件として自分の相棒となるよう要請したほど刑事としての資質を認めていた彼女の弱さを思い知らされたシーンだ。これはシリーズ読者にとっても驚きの告白だった。

そして事件の真相はまたも衝撃的だった。

未解決事件、いわゆる“コールドケース”と呼ばれる事件の関係者たちは何年経っても事件の記憶は消えず、その中に家族が当事者である人々にとっては犯人が見つかるまでは終わらないもので、ボッシュも13年間追い続け、その都度事件の捜査経過を家族に連絡していることが描かれている。
失踪したマリーの母親アイリーンはその連絡の後、ボッシュに「幸運を」と投げ掛ける。それはボッシュが無事犯人を見つけられるようにでもあるし、自分たちの娘が無事、もしくは最悪の形であれ見つかることを祈念してのメッセージだろう。

FBI捜査官という緊張を強いられる仕事で安らぎを与えてくれる存在を求めていた彼女は同じ魂の匂いを感じるボッシュにそれを見出すが、彼が逃亡したウェイツの居所を発見して応援要請を待たずに犯人の待つ暗いトンネルへと突き進むのを見て、レイチェルは彼が現場でやっていることを目の当たりにする。それは彼女にとっては安らぎを得られるものではなく、寧ろその帰りをいつも心配して待たねばならない姿だったからだ。まさに似ているからこそ一緒になれない存在だ。

コナリーの作品を読むと人と人の間には絶対はないと思わされる。特にボッシュの場合、その執念とまで云える悪に対する憎悪が周囲の人を慄かせるから、彼が真剣に取り組めば取り組むほど人が離れていってしまうという皮肉を生み出している。

シリーズはまだ続く。毎回思うが、次作への興味が本当に尽きないシリーズだ。


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