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罪と罰
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【この小説が収録されている参考書籍】
罪と罰の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.32pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全444件 41~60 3/23ページ
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| 外国物は翻訳者の腕によりますし、文化的習慣や背景が自国とは異なります。それを超えて感動する作品でした。 | ||||
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| 「千の善行を思えば、多少の悪は許される。」 古くからある優生思考にかぶれた青年は、洋の東西、時代背景を問わずウヨウヨしている。凡庸一過性の社会生活に覚醒を与えるために事件を起こし、本人は黙したまま内心で快哉を叫ぶ。 大学生ラスコリーニコフが、世に顰蹙を買う高利の金貸し老婆を殺害したことが問われるべきで、金品を強奪した窃盗行為は、言わば行きがけの駄賃にすぎない。 彼は奪い取った金品を、ほとぼりが冷めたころ掘り出しにくるつもりで『箱馬車製造書か鉄工所』の建物脇の石の『くぼみ』に隠したではないか、いやあれは「投棄」したのだ。 彼が学資や日々の生活費に窮していたことは事実だが、殺害の動機はあくまで 営利目的ではないと解釈できる部分もたしかにある。 二つのエピソードがある。 酒場でうらぶれた退職官吏マルメラードフに見込まれ、家庭と女房のグチに付き合い、酩酊するままアパートまで送り届け、癇癪持ちの女房とみすぼらしい三人の幼子のいる極貧な生活実態を目の当たりにして、ラスコーリニコフは質草で得た金をそっと置いていく。 街中、彼の前をふらふらしながら歩く娘がいる。衣服と髪は乱れて酒気もあり、しどけないありさまだ。傍らにそれを好色の目で眺める、紳士体で鼻メガネの似合いそうな、中年男の『下心』を見抜いて牽制するために、ラスコーリニコフは巡査に頼んで娘を安全圏に誘導してもらうよう金を渡す。 これらはラスコーリニコフの性分であり、金貸し老婆を殺害する前の「露払い」とは思えない。大学生としての生活は、母親からの長文の手紙によれば、自分の年給から少々と、妹ドゥーニャが大地主のスヴィドリガイロフのもとで下働きした俸給によるものだった。 スヴィドリガイロフという男はドゥーニャに色目を使い追いかけ回すのでドゥーニャは愛想をつかし辞めてしまったと手紙にあり、この手のあらぬ噂の火消しには時を要した。 そして、スヴィドリガイロフの妻ペトローヴナから、遠縁にあたる資産家で45歳になる七等文官ルージンという人物を紹介され、ドゥーニャとの結婚を前提に近づきになりたいという知らせであった。種も仕掛けもある善意にラスコーリニコフは眉をひそめた。 母と妹の生活実態はこのように一難去ってまた一難である。 ふだんから熱っぽい半病人のようなラスコーリニコフの日常を心配していた世話焼きな友人のラズミーヒンさえも、自分に探りを入れるように思え、老婆殺害の一件以来、より不安定な精神状態になったラスコーリニコフは、犯罪当事者にもたらされる身の周りへの意識過敏と疑心暗鬼に苛まれていた、「自分が疑われている」と。 それと同時に、今までになかった矜持が、妙なアイデンティティとなってラスコーリニコフの心に巣くい始めていた。「どいつも俺に疑いをかけている。だが俺は真っ向から反駁してやる。とくに…」その注意人物とは、ラズミーヒンの知己で、ラスコーリニコフも少なからず見覚えのある、『ごみみたいな』ポルフィーリイ予審判事であった。 ある夜、通りで馬車の事故に出くわした。そこには血だらけで横たわる、酔い潰れて虫の息の退職官吏マルメラードフの哀れな姿があった。居合わせたラスコーリニコフだけが身元を知っていたので、数人の男たちと一緒にマルメラードフの住まい、ぼろアパートに担ぎ込んだ。いつかの晩、酔潰れて担ぎ込んだ初対面のマルメラードフを送り届けた時、女房は思う存分亭主を罵り、顔をひっぱたいたり、掻きむしったりなすがまま、「これでいいんだ」とラスコーリニコフにニヤけたようにだらしなく目配せし、自分の存在を確かめられて、自虐的でうれしそうなマルメラードフを思い出した。 しかし今度ばかりは女房の顔色はちがっていた。粗末な衣装で呆然と立ち尽くす子どもたちを隅っこに追いやって、破れ汚れたソファの上にマルメラードフを寝かせた。 型通り医者が呼ばれ、先を見越して司祭までが顔を出した。駆けつけてきた長女ソーニャの衣装は鮮やかで周囲の目を引いた。この家の生計を一手に引き受けてる『さげすまれ、ふみにじられ、おめかしして、そんな自分を恥じながら、死の床の父と永別の番がくるのをつつましく待っている娘』であった。マルメラードフは許しを乞い絶命した。 ラスコーリニコフは、女房のカテリーナ・イワーノヴナへ葬儀費用にと、母からの仕送りの金二十ルーブリを渡した。 ラスコーリニコフは『死刑を宣告された者が、不意にまったく思いがけなく特赦を申しわたされたときの感じ』に似た生命感にあふれていた。下の娘ポーレチカが彼のあとを追いかけてきて親しげに名を聞いた。ソーニャと母親に言われて来たのだ。 『幻影、仮想の恐怖、妄想よ、さらばだ!…生命がある。理性と光明の世界にたてこもるぞ…これからどうなるか!しのぎをけずってみようじゃないか!』 『』は本文より | ||||
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| これぞ文学の最高峰! 引き込まれるように読了した。 数年後にまた読み返したい。 | ||||
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| 合う合わないあるかもしれませんが一度読んでみてください。 深いです。 細かい説明はいりません。 人生で一度は読んでおくべき図書です。 あくまでも個人的感想。 | ||||
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| とにかくこの本だけは人生で一度読むべし。 あくまでも個人的感想ですが。 | ||||
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| 『罪と罰』というダイヤモンドを新たにカットするとき、下手くそな宝石職人が、いちばん煌びやかな光を大幅に減殺してしまった。職人の弁によれば、これは心血を注いだ労作だったとのこと。画に描いたような非細工の小刀減らしである。 | ||||
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| 『罪と罰』というダイヤモンドを新たにカットするとき、下手くそな宝石職人が、いちばん煌びやかな光を大幅に減殺してしまった。職人の弁によれば、これは心血を注いだ労作だったとのこと。画に描いたような非細工の小刀減らしである。 | ||||
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| ドストエフスキーの作品の中でも、話の中に出てくる人間関係がやや複雑のように感じたが、ロシア人の人物の名前を覚えるのにやや苦労した。 | ||||
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| 「名作」ということで、読んでみましたが、話の途中で、主人公が居酒屋で酔っ払いの退職役人に絡まれ、 そのオジサンの独演会が延々と続くシーンがあるのですが、そこで嫌になり、読むのを止めてしまいました。 酔っ払いオジサンの独演会が延々と続く小説の、どの辺が名作なのか、私には分かりませんでした。 | ||||
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| 薦められて購入しました。 | ||||
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| 薦められて購入しました。 | ||||
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| ソーニャたんとかいう聖母 | ||||
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| 新品購入にもかかわらず本のカバーの端が折れていました。 | ||||
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| 金貸し婆さんと女性を殺害し、自分が殺したと吹聴。その後殺人を否定。この作品を面白いと言っていたミュージシャンがいましたが、どこが面白いのか理解出来なかった。 | ||||
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| この本は、聖書や経典にならぶ予言書で あり。人類が読むべき本である | ||||
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| ラスコーリニコフは罪と罰が書かれた1800年代中盤の過激派知識人を反映させた人物像です。 それ以前にロシアは不凍港獲得を目指してイギリス、フランス、オーストリア、トルコと戦争を行い続けましたが、負けて負けて負け続けました。それを受けて当時のロシア皇帝アレクサンドル2世は「戦争に敗北したのはロシアの近代化されていなかったからだ。」と分析して近代化を実行しようとしましたが、その目玉が農奴解放令でした。 ただし、通常農奴解放令となると農民に人格も土地も分け与えて成果を出せば出した分豊かになり、引いては国家経済も豊かになるのですが、そうはせず、人格と移動の自由だけ保障して、土地の権利は認めなかった中途半端な改革でした。 この中途半端な改革により、農民は都市に流入していき、当時の首都ペテルブルグの人口は20年で2倍になります。罪と罰で建設現場の描写がかなり出てきますが、それだけ流入する人口の生活を満たすアパート建設が常に必要だったためです。 それほど人口増になると犯罪、貧困、格差、自殺も増大します。そうするとその状態を憂う知識人も増加します。 それだけその手の知識人が増えると極端な方向に走る過激派知識人も出てきます。「こんなひどい状態を作り出した最高責任者は皇帝アレクサンドル2世だ。あいつさえいなくなれば世の中はよくなる。あいつ一人を殺して国民みんなが幸せになるならそうすべきだ。」実際にアレクサンドル2世は3回暗殺未遂を受け、4回目で暗殺されています。勿論皇帝がいなくなったからと言って社会体制が変わることはありませんでした。 また、人口の大多数にして劣悪な生活を送っている農民を啓蒙して皇帝権力を打破しようとするナロードニキ運動もありました。これもうまくいきません。ナロードニキ運動とは簡単に表現すると、知識人が農村に入って農民とともに農作業をしながら「なあなあ、皇帝ってやっぱりいないほうがいいよね。」と説得する運動です。大抵無視されるか「こいつ、怪しい奴だな。」で警察に密告されて逮捕されることが多かったのです。 そうやって挫折していくと「やっぱり農民なんかにはわからないんだ。俺達優れた知識人だけが理解できるんだ。」という傲慢な考え、あるいはニヒリズムに走っていきます。 ドストエフスキーは20代の頃、左派サークルに入って過激思想を持つようになり、最終的にはシベリアに送られ10年間そこで過ごすことになります。その間自分の思想や行動を反省し、どうあるべきかを考え続けました。 その結果、「皇帝さえいなくなれば世の中よくなる」→「この大地に根を張り、地道に変えていこうじゃないか。」との考えに変わります。 罪と罰はラスコーリニコフにその当時の知識人を反映させ「お前らのやろうとしていることはこんなにうまくいかないんだ。」ということを主張します。 ラスコーリニコフは学費が払えず大学を中退せざるを得ず、家庭教師で食いつないできましたがそれもやめて下宿で何日もうにょうにょ考え続けます。それが苦しくなるとペテルブルグをうろうろしながら考え続けます。これはその当時の過激派知識人が頭の中だけでうにょうにょうろうろ考えていることを表しています。 「しらみのような強欲な金貸しばばあを殺してその金を使って1000人の人々の生活をよくするんだ。1人殺して1000人助かるならそれでいいのだ。」「ナポレオンみたいな優秀な英雄が何かをなす時邪魔な奴がいれば殺したって構わない。」と考えていますが、これは過激派知識人が「皇帝1人殺せば国民全員が助かるならそれでいいのだ。」「俺達みたいに優秀な人間が殺さなければならないんだ。多少の犠牲が出たって問題ない。」と傲慢に考えていることを表しています。 ラスコーリニコフは主観的には入念に計画しているつもりが、金貸しばあさんの所有物や所持財産をろくに調べず、あわてて準備をして、殺害に使う斧も犯行数時間前に偶然見つけ、犯行後の逃走経路も確保せず偶然に助けられて犯行場所から出ていきます。強盗したものも思いつきで自分の部屋や近所の石の下に隠す等警察がちょっとがんばったり何かの偶然ですぐに見つかってしまいそうな場所に隠します。その当時の過激派知識人に対して「お前らが考えている皇帝暗殺なんてこんないいかげんなんだ。」ということを言いたかったのでしょう。 金貸しばあさんを殺す時に彼女の義理の妹のリザヴェータも巻き添えで殺してしまいます。このリザヴェータですが、後でラスコーリニコフと愛し合う中になるソーニャの非常に親しい友人でした。調査不足も表していますが、過激派知識人に対して「お前らがやろうとしていることはコラテラルダメージが発生するんだ。それはお前らにとって大事な人の大切な友人かもしれない。それでもいいのか。よくないだろうが。」というメッセージでしょう。 ラズミーヒンはラスコーリニコフのすぐ近くにいる友人で、境遇は同じく学費がなくて大学を中退したのですが、うにょうにょ考えたりせずに家庭教師をしながら「俺は翻訳出版社を立ち上げたいんだ。この国の翻訳本はいいかげんだから、そんななかでまともな翻訳本を出版すれば大成功できるぜ。出版社でもう2年もアルバイト(家庭教師と掛け持ち)しているから出版の仕組みもコネクションもあるんだ。」このような夢を持っています。つまりは過激派知識人に「お前らの頭脳はラズミーヒンみたいに使わなければならないんだ。社会を変えたければ皇帝暗殺なんて傲慢でいい加減でへたくそな方法ではなくてラズミーヒンみたいに地に足ついた方法で行え。」という主張があったのでしょう。 | ||||
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| 序章があって展開があって、その展開 にあたる本節での人物のやりとりが面白いです。 | ||||
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| 最初の方の老婆やその妹を殺害する場面はまさに罪と罰そのものだが、あとの方に書かれるマルメラードフが馬車に惹かれ瀕死の状態になつまているとかろを担ぎあげて彼の貧しい家族が住む家まで連れて行くところなどは、罪と慈愛を感じる。とてもとても深い文学作品である。 | ||||
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| 人間は<高い地位>と<他の人々>に二分され、<特殊な人々>は法律の適用を受けないばかりか<他の人々=材料=ゴミ>のために法律を作ってやる。そして、特殊な人々である天才たちは小さな悪を平気で踏み越えていく…。つまり、「大きな目的が善を目ざしていれば、一つくらいの悪業は許される」。こんな思想を持った主人公のラスコーリニコフ君が、「しらみ(虱)」と形容する金貸しの老婆とその妹を斧で殴り殺す…というところから物語は始まる。 例によって、いつもの捻くれたねちっこい文章が延々と続いていき、読者は次第にそのしつこさの魅力に取り込まれていく訳で、最初はとっつきにくく感じられても、次第に「読み進めずにはいられない」状態となってしまうのだが、とにかくその文章・物語に込められた熱量が無駄に凄まじく、圧倒される。 とはいえ、そこまで重要な作品かというと、そこまででも…。確かに打ちのめされる程の力が感じられるとまでは言えないまでも、「聖なる娼婦」ソーニャとの会話でラスコーリニコフ君が意地悪く語る「神なんてぜんぜん存在しないかもしれないよ」という一言や、ソーニャの母親であるカテリーナ・イワーノヴナの「世の中に正義というものがないのでしょうか!」という興奮した叫び声には強く心を打たれ、考えさせられるところも無いではない。しかし、あまり話は深まらずに物語の最後まで進んでいってしまうので、なんとも拍子抜けしてしまう。『カラマーゾフ』ほどの豊かさは、ここには無いと思う。 翻訳は工藤精一郎であまり話題に上る人ではないし、古臭い表現なども目にはつくものの、別に読みにくいほどの古臭さでもなく、その文章の熱量というか暑苦しさがとても上手く滲み出る訳であって非常にドストエフスキー向きだと感じられ、私は結構好きである。光文社から出ている亀山訳とも読み比べてみたりしたが、やっぱり工藤訳の方が心に響いた。また、巻末の解説は非常に理解しやすく親切な内容になっている(が、ネタバレ気味なので最初には読まないほうが良い)。 | ||||
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| 人間は<高い地位>と<他の人々>に二分され、<特殊な人々>は法律の適用を受けないばかりか<他の人々=材料=ゴミ>のために法律を作ってやる。そして、特殊な人々である天才たちは小さな悪を平気で踏み越えていく…。つまり、「大きな目的が善を目ざしていれば、一つくらいの悪業は許される」。こんな思想を持った主人公のラスコーリニコフ君が、「しらみ(虱)」と形容する金貸しの老婆とその妹を斧で殴り殺す…というところから物語は始まる。 例によって、いつもの捻くれたねちっこい文章が延々と続いていき、読者は次第にそのしつこさの魅力に取り込まれていく訳で、最初はとっつきにくく感じられても、次第に「読み進めずにはいられない」状態となってしまうのだが、とにかくその文章・物語に込められた熱量が無駄に凄まじく、圧倒される。 とはいえ、そこまで重要な作品かというと、そこまででも…。確かに打ちのめされる程の力が感じられるとまでは言えないまでも、「聖なる娼婦」ソーニャとの会話でラスコーリニコフ君が意地悪く語る「神なんてぜんぜん存在しないかもしれないよ」という一言や、ソーニャの母親であるカテリーナ・イワーノヴナの「世の中に正義というものがないのでしょうか!」という興奮した叫び声には強く心を打たれ、考えさせられるところも無いではない。しかし、あまり話は深まらずに物語の最後まで進んでいってしまうので、なんとも拍子抜けしてしまう。『カラマーゾフ』ほどの豊かさは、ここには無いと思う。 翻訳は工藤精一郎であまり話題に上る人ではないし、古臭い表現なども目にはつくものの、別に読みにくいほどの古臭さでもなく、その文章の熱量というか暑苦しさがとても上手く滲み出る訳であって非常にドストエフスキー向きだと感じられ、私は結構好きである。光文社から出ている亀山訳とも読み比べたりしてみたが、やっぱり工藤訳の方が心に響いた。また、巻末の解説は非常に理解しやすく親切な内容になっている(が、ネタバレ気味なので最初には読まないほうが良い)。 | ||||
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