ペスト
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全1件 1~1 1/1ページ
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1人1冊限定で平積みで売っていたため、買いたくなり、購入した一冊。地震、台風、新型ウイルスなど、様々な危機。この本が描くのは中世にも猛威を奮ったペスト。この本の内容は、今の日本や世界の状況とシンクロします。トップの反応や対応などなど。これは1947年の作品ですが、書かれていることは、医師であるリウーを通して危機に対して地道にできる自分の仕事を一つずつ確実に行うことの大切さを訴えるもので、すごく共感できました。訳が難しいのか、そもそもの内容が難しいのか、むずかったですが。 | ||||
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ペストに襲われたアフリカのある都市にまつわる話。そこでの人間模様、人物の変化についての描写が緻密かつ、フィクションでありながら真に迫る。コロナ禍の世界と重なるところもある。最後の段落の内容は、予見ぶりが慧眼で、鳥肌ものだ。 | ||||
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カミュはアルジェリア生まれであり、フランス人の父親とスペイン系の母親を持つ移民フランス人である。父親は戦争で早くに亡くなり、母親は言葉が不自由であったため、家庭内での会話は少なかった。カミュは母親とあまり話すことがなかったが、母親を深く思う気持ちを持っていた。彼の生い立ちを通じて、アルジェリア生まれのフランス人としてのアイデンティティは異邦人の感覚を伴っていた。そこに、カミュの不条理の第一歩が始まるのである。 14世紀に大流行したペスト(黒死病)は、当時の世界人口4億5000万人のうち22%に当たる1億人を死亡させた。人間は目に見えない敵と遭遇し、その無力さを知ることになる。しかしそれにもかかわらず、人間はペストに敢然と立ち向かう。想像力を駆使し、見えない敵を全感覚を使って抵抗するのである。ペスト菌は1894年に香港で北里柴三郎によって発見された。 物語の舞台は194*年代のアルジェリアのオラン(カミュが教鞭をとっていた場所)であり、奇妙な事件から始まる。医師ベルナール・リウは、4月16日に家の階段でネズミの死骸を見つける。守衛はいたずらだと思って怒っていたが、次第にネズミが至る所で死んでいることを発見する。その後、守衛から死が始まり、次々に人々が命を落としていく。そしてその死因がペストであることに気づく。リウはオランの医師会会長に訴えるが、どうしようもないまま終わってしまう。 リウは、妻が病気で療養所に行かざるを得ないことに心を痛めていた。ペストは未来、移動、議論を封じ込め、不安という未来に対するほのかな胸苦しさを抱えつつ、自身が医師として誠実にペストに向き合う。この物語においては、すでにペスト菌の存在は理解されている。ジュアン・タルーは、刻々と広がるペストの様子を手帳に記録する。彼は人物描写にも力を入れ、タルーの淡々としたペストの恐ろしさの描写は実に冷静である。タルーは、自らが感染することによって「無自覚に他人を殺す可能性がある社会」の不条理や理不尽を浮かび上がらせる。ペストは、無自覚の内に隣人を感染させ、死の淵へと追いやるのである。タルーは、ペスト患者を救うボランティア団体である保健隊を立ち上げる。彼はこの物語の良心であり、そのペストの感染の緊張感は、最近のコロナ感染の緊張感と重なり合っている。時代を超えて、本書には現在が表現されている。 コタールは首吊り自殺を試みたが、木端役人のグランに助けられる。「宿命的な決意」や「内的な悲嘆」によって自殺しようとしたとグランは語る。その後、コタールはペストの混乱を利用してアルコールを売ったり、飴を売ったりして商売を始める。彼はまるでコロナ禍でマスクを買い占め、転売した人のような人物である。不安は商売となるのである。グランは役所でも重要な仕事は任されず、出世から外れた中間管理職である。彼は悶々として夜には小説を書き、なんとか小説で認められたいと願っている。保健隊に志願し、無力ながらも自分ができることを模索している。 パヌルー神父はイエズス会の権威ある聖職者であり、熱心な説教で知られている。町の中央聖堂で教壇に立ち、「みなさん、あなた方は禍いの中にいます。これは当然の報いなのです。この災禍が史上初めて現れたのは、神の敵を打ち砕くためです。ファラオは永遠者の御心に逆らったが、その時ペストが彼を跪かせました。全ての歴史が始まって以来、神の災禍は心驕れる者を其の足下に跪かせています。「心ただしきものはそれを恐れることはありません。しかし、邪なる人々は恐れおののく理由があります」と語る。パヌルー神父は邪悪なものを打ち砕くだけでなく、善良な者や子供さえもペストにかかる事態に直面し、果たして神はなぜそのようなことをなさるのかという疑念さえ生まれる。神父は続けて言う。「皆さん、その時は来ました。全てを信じるか、さもなければ全てを否定するか、であります。私たちの中で、一体誰が、全てを否定することがあえてできるのでしょうか?」神父は第1回の説教では「あなた方」と言い、第2回の説教では「私たち」と語り、神父自身もその中に含めて発言している。カミュの無神論はペストによって神父さえ巻き込む。神父は自らの信仰心への疑念に葛藤する。 タルーはリウに話し、「僕は君のように貧乏ではなかった。父は自責検事をやっていた」と言う。17歳のとき、父は自分の論告を傍聴するようにと促した。父が判決を言い渡す際、罪人のイメージが印象に残った。便利な概念である容疑者を用いながら、父は平然と「この首は落ちるべきでございます」と言って死刑を宣告した。そして、自分の生きている社会は死刑宣告という基礎の上に成り立っていることを理解した。タルーは、ペストが人を殺し続けることを避けるため、誰も殺されることのない世界を作る必要があると感じていた。社会主義国で生の尊厳を重視する制度の下で死刑制度が存在すること自体が大きな問題である。 カミュの物語の運び方は、日本語訳においても感染症が引き起こす不条理を十分に表現しており、非常に優れた作品である。 | ||||
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対応迅速、美品 | ||||
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怖ろしい感染症が街を侵食していく不気味さが、静かに格調高く描かれており、 まさに自分が、そこに居合わせたかの様に感じられる。 50年前のより文字も大きくなっているので老眼にはありがたい。 宮崎先生の翻訳は解り難いが、やはりかっこいい。 | ||||
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コロナの時に読もう、読みたいと思っていましたが、実際にコロナの主治医を二年間。 主治医と感染管理。あまりにも多忙で、読めずにいました。 「この四日間に、熱病は驚異的な躍進を示した」 「このペストがあなたにとって果たしてどう言うものになるか」「際限なく続く敗北です」 「役所なんて当てにはなりませんよ。てんで、人の話を理解できるような連中じゃありませんから」 「風が起こり、ペストの蔓延した市中にいく日も吹き続けた」 「事実上、この八月の半ばというこの時期には、ペストが一切を覆い尽くしたと言って良かった」 「棺がその頃には数少なくなり、屍衣にする布も、墓地内の場所も足りなくなったのである」 「それも別にその必要があるわけでもなく、むしろ現在自分の置かれている無力な無為状態から脱するために、少年の脈をとってみた」 「時と共に増大する食料補給の困難の結果として、その他にも種々不安の的となる問題がありえた。投機がその間に介入してきて、通常の市場には欠乏している第一級の必需品などがまるで作り物みたいな値段で売られていた」 「本当の医師という範疇があっていいだろう」 「鼠の死体は一体も発見されていなかった」 100点。 カミュが描いた記録小説です。記録小説の描き手としては明らかに吉村昭に劣ります。 なにしろ読みにくい。不要な文章の修飾が読みにくく、冗長なものとなってます。 しかし、それらの欠点を凌駕するペストの恐怖、残酷さ、人々の感情があまりにもリアルです。 ここで描かれたことがかなりコロナウイルス感染流行でも再現されたと思います。 改めて、人間って学習しないんだなと。そう思いました。 読みにくさが−10点。でも、貴重な記録小説。お読みください。 | ||||
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