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イタリアン・シューズ



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【この小説が収録されている参考書籍】
イタリアン・シューズ
イタリアン・シューズ (創元推理文庫)

イタリアン・シューズの評価: 4.38/5点 レビュー 16件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.38pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全16件 1~16 1/1ページ
No.16:
(5pt)

存在と時間

ヘニング・マンケルの作品で有名なのは『刑事ヴァランダー』全18巻で、したがって彼は「推理作家」というカテゴリーに入れられているが、どうして『イタリアン・シューズ』とその実質的な続編である『スウェーディッシュ・ブーツ』は存在と時間あるいは存在と無を意識した作品で、彼自身「いずれ推理作家がノーベル文学賞を取る」と言ったのは「・・の誰かが」ではなく「自分が」ということではなかったか思わせるぐらいで、この二つの非推理作品はその方向への決意を示したものではなかったか。とすればそこに至る前に逝ってしまったのは惜しい。一方、こちらは実際にノーベル文学賞を受賞した川端康成の『眠れる美女』と比較してみると、ほぼ同じ歳の作者が、同じ老年に向き合った作品として、あまりに違うものになっている。これを文化の違いと言ってしまえばそれまでだが、国柄、習慣、伝統その他地域的な個別事情とは別に人間として見たときに、「フレドリック・ヴェリーン」と「江口老人」の違いは何なのだろうと思ってしまう。二人の「老人」に共通するのは年相応の性的能力の衰えに対する寂寥と、なお消え去らない女性への関心であるが、その精神的健康さの度合いは比べ物にならない。後者(江口老人)はまさに死者と同衾する死者同然の者だが前者は今生きて時間をたぐっている存在そのものである。その川端を美意識という観点から盲目的に評価する向きもあるが、そういう人には是非この『イタリアン・シューズ』と『スウェーディッシュ・ブーツ』を読ませたい。美とはまさに存在の美しさであり力強さであり、優しさであることを知らせるために。
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4488010873
No.15:
(4pt)

老人の止まっていた時計が、動き出す。

スウェーデンの小島で、孤独に暮らす元医師のフレデリック、66歳。取り返しのつかない医療ミスを犯した後、島に来て12年になる。共に暮らすのは犬と猫だけ。会話するのは毎日2時頃にやってくる郵便配達人のヤンソンだけ。そんな冬の日、37年前に捨てた恋人ハリエットが訪ねてくる。これをきっかけにフレデリックの人生の時計が再び動き出すのだった… スウェーデンの冬の荒涼とした白い風景と主人公の悲哀がかさなり、胸にせまる。フレデリックが様々な人と交流して行く中、コミカルなシーンもはさまれていく。続編「スウェーディッシュ・ブーツ」があるようなので、そちらもこれから読むことに決めた。
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No.14:
(4pt)

内容が「Serious」すぎて読むのが辛くなってしまった。

気晴らしにミステリー小説を読んでみようと思い、ヘニング・マンケルの本を内容も調べずに入手してしまいました。
読み始めて本書がミステリー小説ではないことに気が付き、訳者あとがきを読んでみたら、ヘニング・マンケルは、クルト・ヴァランダー警部シリーズから離れて小説を書くようになったと記してありました。
評者は、昔読んで面白かった『目くらましの道』などと同じような内容の本を期待していたから『イタリアン・シューズ』は、気晴らしになるような本ではなかったのです。
小説としての評価は優れていると思いましたが、内容が「Serious」なので気分が落ち込んでしまったのです。
柳沢由実子さんの優れた翻訳を高く評価したいと追記しておきたい。
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No.13:
(5pt)

いつものマンケルです。

ヴァランダーは殺人事件の謎を追っていたが、本作の主人公は自分の人生という謎を追っているのだ。読後感はヴァランダーシリーズと一緒である。笑っていいところなのかどうか分かりにくい笑いどころが随所にある点も、主人公がしょっちゅう「こうするべきだと思った。が、そうしなかった」と思っているところは『タンゴ・ステップ』と一緒である。多分ヘニング・マンケルがそういう人なんだろう。
本作は一応いい感じに終わるが、続編はあの家が火事になるところから始まるらしい。ええー?!と思うが、マンケルは、人生に最終回はないと思っていたのかもしれない。ただ、時間切れ、みたいに終わるだけだと。ヴァランダーの終わり方もそんな感じだ。
58歳で66歳の主人公を書き、主人公より一年多く生きただけのマンケルは、死んでみてどう思っただろう。きいてみたくなる。
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No.12:
(5pt)

感無量の読後感。。。

過去にオリンピック級の水泳選手の腕を誤って切断してしまって、引退した老いた外科医。

舞台は、北欧だ。北欧といえばサウナ。この外科医は、サウナに入らず冬の凍った海に穴を開けて浸かるのを日課にしている。贖罪の日々だが一人で島に移住し一切の人との交わりを絶っている。医療過誤の前には、フィアンセを何の前触れもなく捨てて逃亡したこともある。物語は、そのフィアンセが凍った海を渡って再会するところから始まるのだ。

とにかく独りよがりで逃亡癖のある外科医だが、癌で余命いくばくもないフィアンセや、問題児を引き取ってボランティアをする片腕の水泳選手との望まぬ交流が再開し様々な事件が起こる。そのストーリー展開は、さながらジェットコースターのような興奮に溢れている。森の中にひっそりと住むローマ法王の靴を作る職人、芸術家、愛、信頼、孤独、自殺、病との闘い、様々なキーワードが散りばめられる。

イタリアンシューズは、その最高の靴職人が、外科医とフィアンセとの娘のために一年かけて作った靴だ。外科医が、フィアンセを捨ててから娘は生まれたので外科医との再会も劇的だった。

読んだ時あとに感無量の溜め息のでる作品だった。
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No.11:
(1pt)

最低男の末路

主人公の男がどこをとっても最低なので、まったく共感できなかった。
愛する女を理由も言わず別れも告げず重荷だからとポイ捨てし、その女性が37年ぶりに会いにきたというのに責任を感じるどころか責められることに不快感を持ち、実は娘がいたと知らされてどうして黙っていたのかと怒り、全面的ではないにしろ自分のミスで健康な片腕を切断してしまった女性に心からの謝罪をするどころか相手の気持ちも考えずに襲いかかり、母親は施設に入れたきり一度しか会いに行かず葬式にすら出ない。この愚かで薄情な66歳の男のどこに魅力を感じろというのだろう。
身勝手、無責任、愚劣、冷酷、卑劣、自己憐憫。そんな言葉しか思い浮かばない。「自分を捨てた」などと自己陶酔しているが、ちっとも捨ててないだろう。娘やアグネスとの和解にほぼ成功して平安な老後を手に入れようとする。呆れて物も言えない。
途中でやめようかと思いつつ、シマの刀で腕を切り落とされるなど大きな罰を受けるとか、どんでん返しでもあるのかと一応最後まで斜め読みしたが結局何もなく。ハリエットの亡骸を自分たちで焼いて埋めるというのも、神聖な気持ちや人間に対する尊厳の意識も感じられず、まるで死んだ犬を無造作に埋めてるようにしか見えない。
あえて収穫を挙げるとすれば、スウェーデンの人心の荒廃がかなり深刻だと分かったことぐらいか。理由はよく分からないが、スウェーデンなど北欧は世間で言われてるほど良い社会ではなく、人の心は荒み、暴力が蔓延っているようだ。そういう社会で心を病んだ老人の再生物語として見れば、それなりに意味のある小説なのかもしれないが、何しろやってきたことが酷すぎるので、最期を娘に看取ってもらう資格すらないだろうと思ってしまう。母親は心を病んで家族の負担だったかもしれないが、子供を虐待していたわけでもないのだから、一人息子ならせめて老後の面倒くらい見てやれよ。葬式くらい自分で出してやれよ。何なんだよこの男。
はっきり言って読む価値はないですね。
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No.10:
(5pt)

老年をどう生きるのか

老年をどう生きるか、ひとりの老人と登場人物たちに自分を重ね合わせて、凍った湖に旅をしました。北欧の自然描写が素晴らしく、何度もゆっくりと読み返すつもりです。美しいイタリアンシューズが全体をキリリと引き締めてくれます。
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No.9:
(4pt)

これからもこんな家族が増えてくるでしょう

私は83歳です古い体系の家族で1男1女をもうけ二人は結婚して、私は戦前の生まれで未だ離婚せず共にもう直ぐにこの世から去りゆく、家族は平和な生活な平凡過ぎる、おもしろくもない。本はこれからはこんな家族が増えることだろう。
是非とも読んでみてください。
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No.8:
(5pt)

トラウマを抱えた男の再生物語

ヴァランダー刑事シリーズが好きだ。この作品はそれとは違う趣きの味わい深い小説だ。サスペンスでもないのだが、終始ドキドキしながら読んだ。この猛暑の時期に氷と雪の世界を旅してきたような気分であった。

主人公は元外科医のフレドリック・ヴェリーン。66歳。過去にある出来事のために外科医をやめ、スウェーデン東海岸群島の突端にある小さな島に犬と猫と一緒に住んでいる。ほぼ世捨て人のような暮らしで、たまに喋る相手は郵便配達員のヤンソンだけ。
彼の日課は氷に穴を開けて身体を沈めること。ある日身体を引き上げて帰ろうとした時氷の上に女の姿を見る。それはかつて自分が捨てた恋人のハリエットだった。

主人公フレドリックの孤独な暮らしに昔の恋人が現れたことで静かな世界が崩れ始める。固い氷がひび割れるようにフレドリックの過去が露わになり、それが彼を苛立たせ、やるせない想いが読者に伝わる。ハリエットの他にも彼に関係する女達の心情は同性として痛いほど理解できる。外科医をやめるキッカケとなったある事件の被害者の患者も女性だ。彼女の壮絶な人生に比べてもフレドリックの反省とも逃げとも言えない姿に呆れる。男としては最低なクズだと思うが、その心の弱さに寄り添うことも、身を引くことも女ならあり得る選択肢だろう。

女達はとにかく現実的で前に向かって進んでいく。一方フレドリックが回想する父親との場面は医者となって父に認められた誇らしい自分でしかない。部屋にある蟻塚をただ放置することでしかないように、彼の中で時間は過去のまま止まってそこに反省も後悔も見出せない。ハリエットが現れたことで否が応にも事態が動き出し過去の自分を見つめ直さなければならない。老年と言える年齢ではもはや頑固さしか残されていないだろうが、そこに微かな柔軟性を見い出すこともできる。森の奥に住む靴職人が作った靴を履き、新たな人生に踏み出そうとする彼の姿にやれやれと思う。
対して彼の周りにいる女性たちは、世の中の虐げられた人、あるいは不条理に対して手を差し伸べ、声を上げる勇気を持っている。時に声を荒らげ自己抑制ができなくなるフレドリックに比べて、彼女たちの静かな闘志は同性として賞賛に値する。登場人物たちのその後が気になりつつもこの小説はこれで完結でもいいと思える読後感だった。
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No.7:
(5pt)

人間と家族の再生の物語

不思議な読後感のある小説である。
著者は刑事ヴァランダーシリーズで有名な社会派作家だが、この小説では殺人事件も社会問題も登場しない。移民問題や児童虐待の片鱗はあるが主題ではない。
物語は主人公の一人称の語りで進められ、主人公は世捨て人のように孤島で1人、犬と猫を友として生きる元医師である。医療過誤事件の当事者となり、そのまま医師をやめて引退した。そこに40年近く前に捨てた元恋人が突然現れるところから物語が展開する。
ただ、展開といってもあくまで主人公とその女性をめぐる個人的な世界にとどまり、私小説的と言ってよい。
主人公も元恋人も老境を迎え、元恋人は末期癌である。2人とも利己主義の塊のような人物で嘘も多い。この2人が周囲の人たちを巻き込みながら物語が展開し、主人公が徐々に心を開き人間的な家族の関係を回復していくプロセスが小説の主題なのだろう。
それにしても、分厚い氷の貼る北の海と孤島の風景は我々には全く馴染みがなく、氷を割って毎日水浴をする主人公の日常は凄まじい孤独感を象徴しているように思える。その氷が少しづつ溶けていくように、主人公の心象風景も変わっていく様を描く著者の筆力はさすがである。
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No.6:
(3pt)

読後感が

マンケルの作品はみな好きだが、これは読後感が良くなかった。
なんというか病人の愚痴を聞かされているような、やりきれない気持ちになった。
遺作かと思いきや、彼が病魔に侵される10年ほど前の作品らしい。
とにかく物語と人物設定が作為的で陳腐。
ひとつひとつのエピソードがとっ散らかっている。
人々の行動に納得させるものが何もなかった。
大げさなイタリアン・シューズのエピソード、必要だったのかなあ。
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No.5:
(5pt)

女を捨てる

六十六歳の男と、その男に三十七年前に捨てられた六十九歳の女の人生劇場です。
後半になると、目頭が熱くなった場面も度々ありました。

著者のヘニング・マンケルは、1948年生まれ。2015年に67歳で逝去。
この『イタリアン・シューズ』(2006年)は、著者58歳の時の作品。
自分自身も老齢期に入ろうという時期に書かれた長篇小説。力作です。

主人公の「私はいま六十六歳」(30頁)
「この六十六歳の身勝手で孤独な男を、もっと知りたいと思うか」(347頁、「訳者あとがき」より)
もしも訳者の柳沢由美子さんに尋ねられたら、読者として<もっともっと知りたい>と答えるでしょう。

主人公の男心が謎だからです。この男はなんて身勝手で孤独なんでしょうか?
男はみんな、とまでは言いませんけれど。
この男、自分自身でも、なんでそんな行動をとったのか皆目分からないみたいです。
「わからないと言っただろう」(87頁)

あーやだやだ。湖の氷の下に落ちて死んでしまえ。
それなのに、なんで助けてしまったのだろう。自己嫌悪。ドロドロの男と女。

「五十四歳で」(88頁)医者を辞めたのも、医療事故(外科手術のミス)の責任をとってのこと。
でも、自分一人の責任ではないんです。医師間のコミュニケーション・ミスが原因のようです。
それなのに、なぜ一人で全部責任を引っかぶって、群島の端の島に一人引きこもってしまうんですか?
その島へ「私は移ってきてから十二年だよ」(88頁)
主人公は、本当に読者の理解を超えた人です。
そんな人ですから、
「私は彼女に別れの言葉も言わず、ただ消えたのだ」(30頁)
「私が何の説明もしないまま彼女の前から姿を消したのは、正確に言うと三十七年前のこと」(30頁)
「かつて私が誰よりも愛した女」(29頁)ハリエットはいま「六十九歳」(30頁)

「ハリエットを捨てた自分」(98頁)
「あなたはなぜわたしを捨てたの?」(106頁)
「昔きみを捨てたことがあるからといって」(277頁)
「ハリエットのことは捨てた」(331頁)

女を捨てる? 猫を棄てるように、女を捨てる男?
こんな男は、殴るしかないですよね。
「わたしが病気でなかったら、あなたを思いっきり殴ってやるところよ」(87頁)
「ハリエットは起き上がっていた。不安と痛みから鋭い叫び声を上げていた。私がその肩に手をかけると、彼女は私の顔を強く殴った。 鼻血がどっと噴き出した」(79頁)
やってしまいましたね。無意識に。しようがないですよ。理屈では分からない男なんですから。

この本のエピグラフと141頁には、荘子(そうじ)という人物の言葉が出てきます。

靴が足に合うとき、人は足のことを考えない。
注)「忘足履之適也」 『荘子』達生 第十九

「彼女がいつか、人生は人と靴との関係のようなものだと言ったことを思い出した。いつか足に合うようになるなどと思ってはいけない。足に合わない靴は合わないのだ。それが現実なのだ、と」(84頁)

彼女の言うこと、何か良く分かりません。主人公の男と彼女は<合っていない>ということ?
男に合わない女は<いつまでたっても>合うようにはならない、ってこと?

「ハリエットの書いたとおりだ。 私たちはここまで来たのだ。
 これより先はない。まさにここに到達したのだ」(344頁) ここで、おしまい。ジ エンド。

世界の果ての物語でした。問題を残したまま果てる、短い命。それが人生。

この後、どうなるのでしょうか? 著者のマンケルは死んでしまったから、続編は不可能。
こまったなあ。

二人の間の娘(母親ハリエットの嘘かもしれません。「私」への復讐かも?)ルイースは、
実の(?)父親である「私」と一緒に水入らずで暮らしたいみたいです。
一方、片腕を外科手術で無くした元水泳選手の女性アグネスからは、
罪滅ぼしの「私」の申し出(島に施設を作り、少女たちの面倒をみたらどうかという提案)
に返事は未だ来ません。

やむを得ず、マンケルの他の作品『流砂』を読んで想像(創造?)してみたいと思います。
イタリアン・シューズAmazon書評・レビュー:イタリアン・シューズより
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No.4:
(5pt)

人は決して独りでは死んでゆけない

作家が58歳の時に、66歳の主人公の小説を書くということはどんな感覚なのだろうか。既に人生を終えつつあるが、死ぬことは恐怖であり、外科医であった人生にある大失敗を犯し、世間からも自分からも罰せられ地の果てのような孤島に世捨人のような人生を送る主人公を。

 一年で最も夜が長いスウェーデンの冬至を孤独に過ごしていた彼のもとを、過去に無言で別れてしまった女性が訪れる。2歳年上で、氷の上を歩行器で歩いてきて、しかも末期癌を患って。

 孤独な15年にも渡る孤島での一人暮らしの中で、出会う人間は数日おきにやって来る郵便配達夫だけだった。郵便は来ない。ただ郵便配達夫だけが世界との繋がりのように訪れる。そんな日々が、かつての恋人の登場
によって終わりを告げる。森の中の湖に連れてゆくという人生で一番美しい約束を果たしてもらいにやってきたハリエットの登場によって。

 ヘニング・マンケルがこういう小説を書くなんて知らなかった。まるでスウェーデンの村上春樹みたいだ。村上春樹は、どちらかと言うと情より知で味わう部分が大きいけれども、ヘニング・マンケルは知で始まりすべて情に行き着く感覚だ。どちらもいずれ劣らぬ読書の歓びを与えてくれるものの、凝縮された緊張感のようなものは、マンケルに軍配が上がる。

 物語全体を独白体で綴る主人公フレドリックは、とても難しい人間だ。恐ろしい罪悪感と、恐ろしいエゴイズムを併せ持ち、年齢の割に、周囲の人物たちに愛情表現より、むしろ感情抑制のできぬ自己本位な言動をぶつけてしまい、後悔を繰り返す。孤独に追いやられやすい体質の人間なのである。読んでいて許しがたい性格は、読者をも遠ざけることがある。

 しかし人生をどのように終わらせたら良いのか、迷い続ける主人公の黄昏の日々は、たとえ彼がどんな人物であろうと、我々の心に共通の物語として響いてくる。愛情を注ぐ相手が人間であったり、犬や猫であったりしても、その愛情はなけなしの命のひとしずくである。

 15年間隠遁していた彼を襲う激動と出会いと離別の一年間を描いて、非常に静的でありながらダイナミズムを感じさせるこの作品は、ミステリーでもハードボイルドでもない。フィヨルドや深い森と厳しい季節の変化を背景に、凄まじく美しい、人間たちの物語である。叙述の素晴らしさに魅かれ、作品世界に否応なく惹き込まれる小説というものが、存在するのだ。改めて、驚きと、作家の天賦の才とに、物語の豊かさに、読書の時間が満たされる。

 周囲の登場人物を含め、それぞれの老若男女が活き活きと個性的で、印象的で、忘れ難い物語を抱えたまま、主人公と対峙する。時には優しく。時には獰猛に。だからこそ、世界は生きて動いているように見える。読書が旅であるとするのなら、この作品ほど果てしなく遠いところへ連れ出してくれる物語は、そうそう見当たるまい。忘れ難い雪と氷の孤島の物語がここにある。
イタリアン・シューズAmazon書評・レビュー:イタリアン・シューズより
4488010873
No.3:
(5pt)

スウェーデンの美しい自然を舞台に描かれる愛と贖罪の物語

元外科医フレドリックは12年もの間、孤島で隠棲生活を送っているが、
40年ぶりに恋人ハリエットが訪ねてくる。それによって過去に直面せざるを得なくなったフレドリックは
自分の手術ミスといった「罪」を見直し、かつての患者アグネスやハリエットの娘ルイースといった人びととの交流を深めてゆく。

エゴの殻に閉じこもっていたフレドリックが愛や贖罪、老いや死と言った事柄に対する省察を深めていく
過程がスウェーデンの美しくも厳しい自然を舞台に描かれた心を打つ作品。
彼の犬や猫、ルイースが語るカラバッジオの作品、アグネスが世話をする不良少女たち、
イタリア靴をつくるマエストロ、ジアコネッリなどが美しく複雑なシンフォニーのような世界を
作り上げている。
現代社会に対する批判も盛り込まれた実にマンケルらしい佳品。
続編もあるということなので、残されたヴァランダー・シリーズとともに
訳者である柳沢由実子さんのご尽力に期待したい。
イタリアン・シューズAmazon書評・レビュー:イタリアン・シューズより
4488010873
No.2:
(5pt)

深い余韻

柳沢由美子さんには、今後もマンケルの未訳の本を翻訳されることを、強く希望します。訳者あとがきも、いつもマンケルへの思いと、仕事への熱意を感じてます。
ふと、マンケルの描く女性の登場人物たちの言動が、女性の読者にとってどのように感じられるものなのだろうかと、気になりました。
深い余韻がのこり、マンケルがまだ生きてたら、このような物語をもっと楽しめたのだが、と思ったところです。
イタリアン・シューズAmazon書評・レビュー:イタリアン・シューズより
4488010873
No.1:
(4pt)

忘れたい過去は清算出来なくてもそれはそれでいいのかもね。

ヴァランダーシリーズが好きで本作も発売直後に手に取りました。

あらすじだけみると昔捨てた恋人と記憶を辿りながら記憶の中の美しい湖を目指しつつ踏み出す再生の道中記のようなものかと思いましたが実際はそうではなく。世捨て人として過ごしていたフレドリックに、捨てた過去のひとらが、まるで過去がいっぺんに追い付いたかのように現れ、交わることで予定されていた彼の人生はかたちを変えていく、という話なのですが、自分も独り身で三十代も半ばに差し掛かり老齢期を寂しく予感することもあり、だいぶ没入してしまいました。

望もうが望まなかろうが人生の終盤はきっと無様で情けなくて、でもだからこそここに辿り着いたと思えるものであって欲しい。そんな願いが生まれる一冊です。

単独の作品だったとしても十分ですがなんと続編があるみたいなので、想いを括るにはまだ早いのかな。という事であえて★4つに。
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4488010873

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