鏡は横にひび割れて

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評判

鏡は横にひび割れての評価:

4.31/5点 レビュー 71件。 B ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.31pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全126件 1〜20 1/7ページ
No.126
(5pt)

最後までわからない

最後まで犯人が分からないいつものアガサクリスティ。さすがです。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)より
4151300422
No.125
(5pt)

背表紙もきれい

この時代に出版されたハヤカワミステリ文庫のクリスティ作品をあつめているので背表紙は要チェックポイントなのですが、状態がよくて満足です。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)より
4151300422
No.124
(5pt)

背表紙もきれい

この時代に出版されたハヤカワミステリ文庫のクリスティ作品をあつめているので背表紙は要チェックポイントなのですが、状態がよくて満足です。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-19)) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-19))より
4150700192
No.123
(5pt)

背表紙もきれい

この時代に出版されたハヤカワミステリ文庫のクリスティ作品をあつめているので背表紙は要チェックポイントなのですが、状態がよくて満足です。
鏡は横にひび割れて (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)より
B000J8U3ZU
No.122
(5pt)

圧巻のラスト! ミス・マープルの輝きに、ぞくぞくしました。

このミステリの真相が、心をえぐるような悲劇性を帯びていたところ。そこがまず、強く印象に残りました。

そして、ラストシーンでのミス・マープルの言動が凛(りん)として力強く、光り輝いていたところ。胸を打つものがありました。
いやあ、素晴らしかったなあ。ほれぼれさせられましたわ。

訳文は、特に会話文が不出来だと感じました。「なんとかですねえ」と、語尾にやたらと〝ねえ〟が付いたり、意味のとりづらい難解な語彙が突然出てきたり、かなり違和感がありました。
この訳文の初出は、1964年(昭和39年)。
そろそろ新訳版を期待したいところですね。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)より
4151300422
No.121
(5pt)

圧巻のラスト! ミス・マープルの輝きに、ぞくぞくしました。

このミステリの真相が、心をえぐるような悲劇性を帯びていたところ。そこがまず、強く印象に残りました。

そして、ラストシーンでのミス・マープルの言動が凛(りん)として力強く、光り輝いていたところ。胸を打つものがありました。
いやあ、素晴らしかったなあ。ほれぼれさせられましたわ。

訳文は、特に会話文が不出来だと感じました。「なんとかですねえ」と、語尾にやたらと〝ねえ〟が付いたり、意味のとりづらい難解な語彙が突然出てきたり、かなり違和感がありました。
この訳文の初出は、1964年(昭和39年)。
そろそろ新訳版を期待したいところですね。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-19)) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-19))より
4150700192
No.120
(5pt)

圧巻のラスト! ミス・マープルの輝きに、ぞくぞくしました。

このミステリの真相が、心をえぐるような悲劇性を帯びていたところ。そこがまず、強く印象に残りました。

そして、ラストシーンでのミス・マープルの言動が凛(りん)として力強く、光り輝いていたところ。胸を打つものがありました。
いやあ、素晴らしかったなあ。ほれぼれさせられましたわ。

訳文は、特に会話文が不出来だと感じました。「なんとかですねえ」と、語尾にやたらと〝ねえ〟が付いたり、意味のとりづらい難解な語彙が突然出てきたり、かなり違和感がありました。
この訳文の初出は、1964年(昭和39年)。
そろそろ新訳版を期待したいところですね。
鏡は横にひび割れて (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)より
B000J8U3ZU
No.119
(5pt)

適量はクスリ、過量は人を殺す毒

1962年の作品。アガサ、72歳。

本書『鏡は横にひび割れて』のタイトルの出所を知りたくて購入。
早速、エピグラフに出てきました。

「織物はとびちり、ひろがれり
 鏡は横にひび割れぬ
 『ああ、呪いがわが身に』と、
 シャロット姫は叫べり。
   ――アルフレッド・テニスン」

本文111頁にも、少し違う言葉で出てきます。
「鏡は横にひび割れぬ。 ″ああ、わが命運もつきたり″と、シャロット姫は叫べり」(傍点あり)

141頁にも。
「織物はとびちり、ひろがれり
 鏡は横にひび割れぬ
 『ああ、呪いがわが身に』と、
 シャロット姫は叫べり。」

295頁にも。
「鏡は横にひび割れぬ。ああ、わが命運もつきたりと、シャロット姫は叫べり」

432頁にも。
「鏡は横にひび割れぬ
 『ああ、呪いがわが身に』と、
 シャロット姫は叫べり。」

「もっとも、あのひとは間違えて、呪いという言葉ではなく、命運という言葉を使いました」(432頁)
「呪い」という言葉を「命運」と間違う読者たちがいます。

間違いだって、人によっては「命運」につながる可能性さえあります。

「このかたにとっては非常に幸運だったわけですね――過量の睡眠薬をおのみになったのは、死だけがこのかたに残されたただ一つののがれ道だったのですから」(444頁)

「過量」という間違いが、人によっては「のがれ道」(救い)にもなりうるとは。

また、過量の睡眠薬は、殺人用の毒薬にもなります。
同じ化学物質なのに、飲む分量によってクスリにも、毒薬にもなるのです。

「あれは分量をまちがえると危険な薬です」(438頁)

本書では、「カルモー」(119頁、153頁、168頁、197頁、231頁、437頁)
という商品名の薬が「あれ」です。

本書の最後、ミス・マープルは
「ひくい声であの詩の最後の行を口ずさんだ。

 彼は言えり。愛らしい顔のおかただ。
 神よ、みめぐみをたれたまえ、
 シャロット姫に」(444頁)

テニスン卿の詩、「レディ・オブ・シャロット」だけでなく、
テニスンの詩集全体も読みたくなりました。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-19)) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-19))より
4150700192
No.118
(5pt)

適量はクスリ、過量は人を殺す毒

1962年の作品。アガサ、72歳。

本書『鏡は横にひび割れて』のタイトルの出所を知りたくて購入。
早速、エピグラフに出てきました。

「織物はとびちり、ひろがれり
 鏡は横にひび割れぬ
 『ああ、呪いがわが身に』と、
 シャロット姫は叫べり。
   ――アルフレッド・テニスン」

本文111頁にも、少し違う言葉で出てきます。
「鏡は横にひび割れぬ。 ″ああ、わが命運もつきたり″と、シャロット姫は叫べり」(傍点あり)

141頁にも。
「織物はとびちり、ひろがれり
 鏡は横にひび割れぬ
 『ああ、呪いがわが身に』と、
 シャロット姫は叫べり。」

295頁にも。
「鏡は横にひび割れぬ。ああ、わが命運もつきたりと、シャロット姫は叫べり」

432頁にも。
「鏡は横にひび割れぬ
 『ああ、呪いがわが身に』と、
 シャロット姫は叫べり。」

「もっとも、あのひとは間違えて、呪いという言葉ではなく、命運という言葉を使いました」(432頁)
「呪い」という言葉を「命運」と間違う読者たちがいます。

間違いだって、人によっては「命運」につながる可能性さえあります。

「このかたにとっては非常に幸運だったわけですね――過量の睡眠薬をおのみになったのは、死だけがこのかたに残されたただ一つののがれ道だったのですから」(444頁)

「過量」という間違いが、人によっては「のがれ道」(救い)にもなりうるとは。

また、過量の睡眠薬は、殺人用の毒薬にもなります。
同じ化学物質なのに、飲む分量によってクスリにも、毒薬にもなるのです。

「あれは分量をまちがえると危険な薬です」(438頁)

本書では、「カルモー」(119頁、153頁、168頁、197頁、231頁、437頁)
という商品名の薬が「あれ」です。

本書の最後、ミス・マープルは
「ひくい声であの詩の最後の行を口ずさんだ。

 彼は言えり。愛らしい顔のおかただ。
 神よ、みめぐみをたれたまえ、
 シャロット姫に」(444頁)

テニスン卿の詩、「レディ・オブ・シャロット」だけでなく、
テニスンの詩集全体も読みたくなりました。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)より
4151300422
No.117
(5pt)

適量はクスリ、過量は人を殺す毒

1962年の作品。アガサ、72歳。

本書『鏡は横にひび割れて』のタイトルの出所を知りたくて購入。
早速、エピグラフに出てきました。

「織物はとびちり、ひろがれり
 鏡は横にひび割れぬ
 『ああ、呪いがわが身に』と、
 シャロット姫は叫べり。
   ――アルフレッド・テニスン」

本文111頁にも、少し違う言葉で出てきます。
「鏡は横にひび割れぬ。 ″ああ、わが命運もつきたり″と、シャロット姫は叫べり」(傍点あり)

141頁にも。
「織物はとびちり、ひろがれり
 鏡は横にひび割れぬ
 『ああ、呪いがわが身に』と、
 シャロット姫は叫べり。」

295頁にも。
「鏡は横にひび割れぬ。ああ、わが命運もつきたりと、シャロット姫は叫べり」

432頁にも。
「鏡は横にひび割れぬ
 『ああ、呪いがわが身に』と、
 シャロット姫は叫べり。」

「もっとも、あのひとは間違えて、呪いという言葉ではなく、命運という言葉を使いました」(432頁)
「呪い」という言葉を「命運」と間違う読者たちがいます。

間違いだって、人によっては「命運」につながる可能性さえあります。

「このかたにとっては非常に幸運だったわけですね――過量の睡眠薬をおのみになったのは、死だけがこのかたに残されたただ一つののがれ道だったのですから」(444頁)

「過量」という間違いが、人によっては「のがれ道」(救い)にもなりうるとは。

また、過量の睡眠薬は、殺人用の毒薬にもなります。
同じ化学物質なのに、飲む分量によってクスリにも、毒薬にもなるのです。

「あれは分量をまちがえると危険な薬です」(438頁)

本書では、「カルモー」(119頁、153頁、168頁、197頁、231頁、437頁)
という商品名の薬が「あれ」です。

本書の最後、ミス・マープルは
「ひくい声であの詩の最後の行を口ずさんだ。

 彼は言えり。愛らしい顔のおかただ。
 神よ、みめぐみをたれたまえ、
 シャロット姫に」(444頁)

テニスン卿の詩、「レディ・オブ・シャロット」だけでなく、
テニスンの詩集全体も読みたくなりました。
鏡は横にひび割れて (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)より
B000J8U3ZU
No.116
(4pt)

十分楽しめます。

常識的に考えると、自分の罹患していた病名を、当の本人に告げるか?とは突っ込みたくなるけれど、
深く追求しなければ、やっぱり楽しませてくれた作品でした。
どの作品も根底にしっかりとした人間の性が描かれているので、ただの推理小説とは異なり、
永く読み継がれているのだろうと改めて感じました。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-19)) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-19))より
4150700192
No.115
(4pt)

十分楽しめます。

常識的に考えると、自分の罹患していた病名を、当の本人に告げるか?とは突っ込みたくなるけれど、
深く追求しなければ、やっぱり楽しませてくれた作品でした。
どの作品も根底にしっかりとした人間の性が描かれているので、ただの推理小説とは異なり、
永く読み継がれているのだろうと改めて感じました。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)より
4151300422
No.114
(4pt)

十分楽しめます。

常識的に考えると、自分の罹患していた病名を、当の本人に告げるか?とは突っ込みたくなるけれど、
深く追求しなければ、やっぱり楽しませてくれた作品でした。
どの作品も根底にしっかりとした人間の性が描かれているので、ただの推理小説とは異なり、
永く読み継がれているのだろうと改めて感じました。
鏡は横にひび割れて (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)より
B000J8U3ZU
No.113
(5pt)

ミスマープルの推理が鮮やか!

Kindleで購入。ゆっくり読みたかったのに、あっという間でした。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)より
4151300422
No.112
(5pt)

ミスマープルの推理が鮮やか!

Kindleで購入。ゆっくり読みたかったのに、あっという間でした。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-19)) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-19))より
4150700192
No.111
(5pt)

ミスマープルの推理が鮮やか!

Kindleで購入。ゆっくり読みたかったのに、あっという間でした。
鏡は横にひび割れて (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)より
B000J8U3ZU
No.110
(4pt)

真犯人の特定を読者にゆだねる巧妙さ

前に読んだ山中司氏の『教養としての言語論』という学術書の中に、「話は若干それますが」という断わりを付して、氏が薦めたい小説として本書が挙げられている。他の推薦図書、〚1984〛の”ダブルスピーク”や〚マイ・フェア・レディー/ピグマリオン〛の”階級と言語”と言った内容に比べて異質感がある。早速読んでみて、論文の趣旨にマッチしていないと感じた。しかし小説自体は、クリスティーの最高傑作とまではゆかないが、充分楽しめた。

山中氏は本書を推薦する理由として、何気ない言葉が「殺人の直接の原因となった」ことを指摘している。この言葉は次のような場面で語られる。

ミス・マープルが住んでいるセント・メアリ・ミードという架空の町、そこの館が売りに出され、買ったのは当代ときめく女優のマリーナ・グレッグと高名監督のジェースン・ラッドの夫妻。広大だが名建築としては価値の薄い建屋を巨額な金で改装したむら氣なマリーナだが、ここを「私の終の棲家」にすると言って大満足である。

村人へのお披露目を兼ねて、セント・ジョン野戦病院協会のチャリティ・パーティが庭園で催される。屋内では夫婦が知人や町の有力者を招待して、小さなパーティを催す。野戦病院協会の当地の幹部であるヘザー・バドコック夫妻も招かれた一組である。

ヘザーはかつてバミューダの野戦病院に看護婦として派遣されていた時、当地を慰問したマリーナと会い、サインを貰ったことがあった。マリーナとの再会に燃え上がり、衆人の中、大声でそのことを話し出す。

この小説のユニークさは「語り手」が3人称多視点であること。二人のそばにいてこの話を小耳にはさんだ人が何人かいるが、誰もが詳しくは覚えていない。最初にこの話をミス・マープルにしたのは館の前所有者でマープルの親友でもある未亡人ドリー・ハントリーである。肝心な話の中身は、「バドコックがこっそり病院を抜け出し、マリーナに会ってサインを貰った」と聞いたと言うあいまいさ。ドリーの関心はむしろ、マリーナがその間、ヘザーの話などは聞いておらずに、「相手の肩越しに正面の壁を見つめて」いたこと。その見つめ方が「一種の凍りついたような表情だった」として、テニスンの長編詩『レディ・オブ・シャロット』の、「鏡は横にひび割れぬ/“ああ、わが命運も尽きたり”(正しくはわが呪いも尽きたり)/とシャロット姫は叫べり」という部分を引き合いに出す。この本の題名である。英国人であれば学校時代に誰もが習ったことのある有名な詩らしい。

その後すぐ、ヘザーは持っていたカクテルをこぼしてマリーナと自分のドレスを汚してしまうという騒ぎを演じ、代わりに寛大なマリーナが手にしていたカクテルを受け取り、それを飲んだ5分後にソファーに座ったまま死んでしまう。司法解剖で毒殺と判断される。事件の始まりである。マリーナは自分を狙ったものに違いないと言い出してノイローゼになる。。

ヘザーもその重大さを意識せず、誰も注意して聞かなかった発言が殺人の原因なのだが、マープルはマリーナの表情に異常な関心を寄せてゆく。山中司氏にはこの運びが、氏の主張する「言語を超える新言語」としての「表情の働き」を論証する好例に映ったのかもしれない。

一旦山中論を離れよう。このミステリーにはもう一つの重大な言質が隠されていることに気付く必要がある。ヘザーの話だけでは、犯人とその意図をつかむことは不可能だが、もう一つの何気ない話が決定的な証拠となって行く。

その話はパーティに臨時に雇われていたグラディスという若い女性が、親友でマープル宅にメードとして通っている若い主婦のチェリー・ベーカーに話したことを、ミス・マープルに何気ないゴシップとして伝えることで明らかになる。グラディスは内輪のパーティで飲み物の用意などを手伝っていたのだが、偶然にマリーナが故意にヘザーの袖に触れて、彼女が持っていたカクテルをこぼしたのを見たという。グラディスはこの話を、片想いのクレッグ邸のイケメン執事ジェゼッペに注進して、彼の袖を引きたいという意図を隠さない。

ジェゼッペは話を聞いた翌日、休暇を貰ってロンドンに行き、銀行に500ポンドもの大金を預けて帰宅した直後に何者かにピストルで撃たれて死亡する。第二の殺人発生である。グラディスも行方不明になる。

ミス・マープルは自宅にこもったままで、そのような話から組み立てた推理を、又従弟(名称は違っているかもしれない)のスコットランド・ヤードの主任警部ダーモット・クラドックに話し、クラドックが関係者を尋問して行く。これが全てミス・マープルの推理のなぞりなのだと思うと、彼の押しつけがましい態度に笑える。

殺人の方も引き続いて起こる。ジェースン・ラッドの女性秘書エラ・イーンスキーも不可解な行動の後で殺される。最後にはジェーン・マープル本人までもが死亡する。薬の過剰摂取による事故死として処理されるが、本当の原因はわからない。

このように物語は、ヘザーの死を除いて、ジェゼッペの死、エラの死、ジェーンの死の原因と真犯人のなぞ解きをしない。文脈をよく読めば判るはずだということだろうが、読者は作品への参加を強制される。再び山中司氏に御登場を願えば、コノテーションの読みには確実性がないのだと、うそぶかれるのであろう。

その他この小説には、セント・メアリ・ミードという何世代にも亘った牧歌的で風光明媚な農村地帯が、戦後の高度成長に伴って開発され、新住民がやってきて、街の風景を一変させてゆく様子が、ミス・マープルをはじめ老人の視線で語られ、社会学的な話題も提供しているが、多くの人が指摘しているので触れない。
鏡は横にひび割れて (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)より
B000J8U3ZU
No.109
(4pt)

真犯人の特定を読者にゆだねる巧妙さ

前に読んだ山中司氏の『教養としての言語論』という学術書の中に、「話は若干それますが」という断わりを付して、氏が薦めたい小説として本書が挙げられている。他の推薦図書、〚1984〛の”ダブルスピーク”や〚マイ・フェア・レディー/ピグマリオン〛の”階級と言語”と言った内容に比べて異質感がある。早速読んでみて、論文の趣旨にマッチしていないと感じた。しかし小説自体は、クリスティーの最高傑作とまではゆかないが、充分楽しめた。

山中氏は本書を推薦する理由として、何気ない言葉が「殺人の直接の原因となった」ことを指摘している。この言葉は次のような場面で語られる。

ミス・マープルが住んでいるセント・メアリ・ミードという架空の町、そこの館が売りに出され、買ったのは当代ときめく女優のマリーナ・グレッグと高名監督のジェースン・ラッドの夫妻。広大だが名建築としては価値の薄い建屋を巨額な金で改装したむら氣なマリーナだが、ここを「私の終の棲家」にすると言って大満足である。

村人へのお披露目を兼ねて、セント・ジョン野戦病院協会のチャリティ・パーティが庭園で催される。屋内では夫婦が知人や町の有力者を招待して、小さなパーティを催す。野戦病院協会の当地の幹部であるヘザー・バドコック夫妻も招かれた一組である。

ヘザーはかつてバミューダの野戦病院に看護婦として派遣されていた時、当地を慰問したマリーナと会い、サインを貰ったことがあった。マリーナとの再会に燃え上がり、衆人の中、大声でそのことを話し出す。

この小説のユニークさは「語り手」が3人称多視点であること。二人のそばにいてこの話を小耳にはさんだ人が何人かいるが、誰もが詳しくは覚えていない。最初にこの話をミス・マープルにしたのは館の前所有者でマープルの親友でもある未亡人ドリー・ハントリーである。肝心な話の中身は、「バドコックがこっそり病院を抜け出し、マリーナに会ってサインを貰った」と聞いたと言うあいまいさ。ドリーの関心はむしろ、マリーナがその間、ヘザーの話などは聞いておらずに、「相手の肩越しに正面の壁を見つめて」いたこと。その見つめ方が「一種の凍りついたような表情だった」として、テニスンの長編詩『レディ・オブ・シャロット』の、「鏡は横にひび割れぬ/“ああ、わが命運も尽きたり”(正しくはわが呪いも尽きたり)/とシャロット姫は叫べり」という部分を引き合いに出す。この本の題名である。英国人であれば学校時代に誰もが習ったことのある有名な詩らしい。

その後すぐ、ヘザーは持っていたカクテルをこぼしてマリーナと自分のドレスを汚してしまうという騒ぎを演じ、代わりに寛大なマリーナが手にしていたカクテルを受け取り、それを飲んだ5分後にソファーに座ったまま死んでしまう。司法解剖で毒殺と判断される。事件の始まりである。マリーナは自分を狙ったものに違いないと言い出してノイローゼになる。。

ヘザーもその重大さを意識せず、誰も注意して聞かなかった発言が殺人の原因なのだが、マープルはマリーナの表情に異常な関心を寄せてゆく。山中司氏にはこの運びが、氏の主張する「言語を超える新言語」としての「表情の働き」を論証する好例に映ったのかもしれない。

一旦山中論を離れよう。このミステリーにはもう一つの重大な言質が隠されていることに気付く必要がある。ヘザーの話だけでは、犯人とその意図をつかむことは不可能だが、もう一つの何気ない話が決定的な証拠となって行く。

その話はパーティに臨時に雇われていたグラディスという若い女性が、親友でマープル宅にメードとして通っている若い主婦のチェリー・ベーカーに話したことを、ミス・マープルに何気ないゴシップとして伝えることで明らかになる。グラディスは内輪のパーティで飲み物の用意などを手伝っていたのだが、偶然にマリーナが故意にヘザーの袖に触れて、彼女が持っていたカクテルをこぼしたのを見たという。グラディスはこの話を、片想いのクレッグ邸のイケメン執事ジェゼッペに注進して、彼の袖を引きたいという意図を隠さない。

ジェゼッペは話を聞いた翌日、休暇を貰ってロンドンに行き、銀行に500ポンドもの大金を預けて帰宅した直後に何者かにピストルで撃たれて死亡する。第二の殺人発生である。グラディスも行方不明になる。

ミス・マープルは自宅にこもったままで、そのような話から組み立てた推理を、又従弟(名称は違っているかもしれない)のスコットランド・ヤードの主任警部ダーモット・クラドックに話し、クラドックが関係者を尋問して行く。これが全てミス・マープルの推理のなぞりなのだと思うと、彼の押しつけがましい態度に笑える。

殺人の方も引き続いて起こる。ジェースン・ラッドの女性秘書エラ・イーンスキーも不可解な行動の後で殺される。最後にはジェーン・マープル本人までもが死亡する。薬の過剰摂取による事故死として処理されるが、本当の原因はわからない。

このように物語は、ヘザーの死を除いて、ジェゼッペの死、エラの死、ジェーンの死の原因と真犯人のなぞ解きをしない。文脈をよく読めば判るはずだということだろうが、読者は作品への参加を強制される。再び山中司氏に御登場を願えば、コノテーションの読みには確実性がないのだと、うそぶかれるのであろう。

その他この小説には、セント・メアリ・ミードという何世代にも亘った牧歌的で風光明媚な農村地帯が、戦後の高度成長に伴って開発され、新住民がやってきて、街の風景を一変させてゆく様子が、ミス・マープルをはじめ老人の視線で語られ、社会学的な話題も提供しているが、多くの人が指摘しているので触れない。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)より
4151300422
No.108
(4pt)

真犯人の特定を読者にゆだねる巧妙さ

前に読んだ山中司氏の『教養としての言語論』という学術書の中に、「話は若干それますが」という断わりを付して、氏が薦めたい小説として本書が挙げられている。他の推薦図書、〚1984〛の”ダブルスピーク”や〚マイ・フェア・レディー/ピグマリオン〛の”階級と言語”と言った内容に比べて異質感がある。早速読んでみて、論文の趣旨にマッチしていないと感じた。しかし小説自体は、クリスティーの最高傑作とまではゆかないが、充分楽しめた。

山中氏は本書を推薦する理由として、何気ない言葉が「殺人の直接の原因となった」ことを指摘している。この言葉は次のような場面で語られる。

ミス・マープルが住んでいるセント・メアリ・ミードという架空の町、そこの館が売りに出され、買ったのは当代ときめく女優のマリーナ・グレッグと高名監督のジェースン・ラッドの夫妻。広大だが名建築としては価値の薄い建屋を巨額な金で改装したむら氣なマリーナだが、ここを「私の終の棲家」にすると言って大満足である。

村人へのお披露目を兼ねて、セント・ジョン野戦病院協会のチャリティ・パーティが庭園で催される。屋内では夫婦が知人や町の有力者を招待して、小さなパーティを催す。野戦病院協会の当地の幹部であるヘザー・バドコック夫妻も招かれた一組である。

ヘザーはかつてバミューダの野戦病院に看護婦として派遣されていた時、当地を慰問したマリーナと会い、サインを貰ったことがあった。マリーナとの再会に燃え上がり、衆人の中、大声でそのことを話し出す。

この小説のユニークさは「語り手」が3人称多視点であること。二人のそばにいてこの話を小耳にはさんだ人が何人かいるが、誰もが詳しくは覚えていない。最初にこの話をミス・マープルにしたのは館の前所有者でマープルの親友でもある未亡人ドリー・ハントリーである。肝心な話の中身は、「バドコックがこっそり病院を抜け出し、マリーナに会ってサインを貰った」と聞いたと言うあいまいさ。ドリーの関心はむしろ、マリーナがその間、ヘザーの話などは聞いておらずに、「相手の肩越しに正面の壁を見つめて」いたこと。その見つめ方が「一種の凍りついたような表情だった」として、テニスンの長編詩『レディ・オブ・シャロット』の、「鏡は横にひび割れぬ/“ああ、わが命運も尽きたり”(正しくはわが呪いも尽きたり)/とシャロット姫は叫べり」という部分を引き合いに出す。この本の題名である。英国人であれば学校時代に誰もが習ったことのある有名な詩らしい。

その後すぐ、ヘザーは持っていたカクテルをこぼしてマリーナと自分のドレスを汚してしまうという騒ぎを演じ、代わりに寛大なマリーナが手にしていたカクテルを受け取り、それを飲んだ5分後にソファーに座ったまま死んでしまう。司法解剖で毒殺と判断される。事件の始まりである。マリーナは自分を狙ったものに違いないと言い出してノイローゼになる。。

ヘザーもその重大さを意識せず、誰も注意して聞かなかった発言が殺人の原因なのだが、マープルはマリーナの表情に異常な関心を寄せてゆく。山中司氏にはこの運びが、氏の主張する「言語を超える新言語」としての「表情の働き」を論証する好例に映ったのかもしれない。

一旦山中論を離れよう。このミステリーにはもう一つの重大な言質が隠されていることに気付く必要がある。ヘザーの話だけでは、犯人とその意図をつかむことは不可能だが、もう一つの何気ない話が決定的な証拠となって行く。

その話はパーティに臨時に雇われていたグラディスという若い女性が、親友でマープル宅にメードとして通っている若い主婦のチェリー・ベーカーに話したことを、ミス・マープルに何気ないゴシップとして伝えることで明らかになる。グラディスは内輪のパーティで飲み物の用意などを手伝っていたのだが、偶然にマリーナが故意にヘザーの袖に触れて、彼女が持っていたカクテルをこぼしたのを見たという。グラディスはこの話を、片想いのクレッグ邸のイケメン執事ジェゼッペに注進して、彼の袖を引きたいという意図を隠さない。

ジェゼッペは話を聞いた翌日、休暇を貰ってロンドンに行き、銀行に500ポンドもの大金を預けて帰宅した直後に何者かにピストルで撃たれて死亡する。第二の殺人発生である。グラディスも行方不明になる。

ミス・マープルは自宅にこもったままで、そのような話から組み立てた推理を、又従弟(名称は違っているかもしれない)のスコットランド・ヤードの主任警部ダーモット・クラドックに話し、クラドックが関係者を尋問して行く。これが全てミス・マープルの推理のなぞりなのだと思うと、彼の押しつけがましい態度に笑える。

殺人の方も引き続いて起こる。ジェースン・ラッドの女性秘書エラ・イーンスキーも不可解な行動の後で殺される。最後にはジェーン・マープル本人までもが死亡する。薬の過剰摂取による事故死として処理されるが、本当の原因はわからない。

このように物語は、ヘザーの死を除いて、ジェゼッペの死、エラの死、ジェーンの死の原因と真犯人のなぞ解きをしない。文脈をよく読めば判るはずだということだろうが、読者は作品への参加を強制される。再び山中司氏に御登場を願えば、コノテーションの読みには確実性がないのだと、うそぶかれるのであろう。

その他この小説には、セント・メアリ・ミードという何世代にも亘った牧歌的で風光明媚な農村地帯が、戦後の高度成長に伴って開発され、新住民がやってきて、街の風景を一変させてゆく様子が、ミス・マープルをはじめ老人の視線で語られ、社会学的な話題も提供しているが、多くの人が指摘しているので触れない。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-19)) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-19))より
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No.107
(5pt)

驚くべき悲惨な動機

セント・メアリーミードに女優が転居してきて豪邸を購入して再建する。その再建披露のパーティで村人の女性が亡くなるが出席者に彼女を殺す動機は思いつかず、といって女優を殺すことは難しい。女優を殺そうとしたのか、村人を殺そうとしたのが、そしてだれが?フーダニット、ハウダニットにもまして不ワイダニットの光る作品。今となっては驚くことはないが60年前にこのような動機をしかも古典的な作家が扱っていたということに驚かされる。
鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) Amazon書評・レビュー: 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)より
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