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鳥居の密室: 世界にただ一人のサンタクロース



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鳥居の密室: 世界にただ一人のサンタクロース

鳥居の密室: 世界にただ一人のサンタクロースの評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
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(7pt)

まさに昭和の献身の事件史

本書は御手洗潔シリーズの1冊であり、京大時代の若かりし御手洗が解き明かした11年前、昭和39年に起きた密室殺人事件の謎を解き明かすミステリである。

さて最近の島田氏は実在する企業をモデルにしている作品が多く、例えば『ゴーグル男の怪』では臨界事故を起こしたジェー・シー・オーを、『屋上』ではお菓子会社のグリコをモデルにしているが、その会社が関係する場所は前者が東海村であるのに対し、福生市にしていたり、後者が大阪道頓堀でありながら川崎にしていたりと微妙に細工を加えているのが特徴だが、本書の舞台は鳥居が両脇の建物の壁を突き破って突き刺さっている京都の錦天満宮そのものを事件現場として、しかも鳥居が突き刺さっている両方の建物を密室殺人事件の舞台としている。
実在する場所をピンポイントで殺人現場にしているのだから、きちんと許可を取っているのか気になるところではあるが。
一方でもう1つ宝ヶ池駅近くにある振り子時計が多く飾られている喫茶店「猿時計」は作者の創作らしい。

さてそんなリアルな場所で起こる出来事は3つ。

1つは昭和39年のクリスマスイヴに起こる妻殺害事件。密室状態の中で家主の半井肇の妻澄子が絞殺された事件だ。

もう1つは同じ日の同じ家の2階で寝ていた娘楓に初めてクリスマス・プレゼントがサンタクロースから届けられる出来事。しかもそれは当時8歳だった楓がほしかったものだが、誰にも話してなかったという。

そしてもう1つは半井肇の姉美子が経営する喫茶店「猿時計」の壁一面に飾られている振り子時計は全て止められているのだが、そのうちの1つ、ヘルムレ社の高級振り子時計のみがいつの間にか動き出すという怪事。しかも両親を亡くして引き取られた楓は夜中に小さな猿が入って動かしているというのだった。

さてこの密室殺人は正直解ってしまった。

しかしなんとも身悶えしてしまう事件である。いわばこれは献身の物語でもある。島田版『容疑者xの献身』ともいうべきか。

しかし本書の舞台を御手洗潔の若き日にしたことで、昭和という時代性が色濃く出ている。

つい先日テレビの番組で昭和時代の常識について触れることがあった。
それは例えば信じられないほどの満員電車での通勤風景だったり、また分煙化が成されていない時代での駅のホームの煙だらけの風景やオフィスの机に灰皿が堂々と置かれている状況だったり、はたまたテレビ番組中に出演者自身が煙草を吸いながら進行している映像だったりと今の常識とでは眉を顰めるような違和感が横行していた。
しかしそんな時代だったのだ、昭和は。

本書においてもいわば男尊女卑の意識が根強い家父長制度が横行しているそれぞれの家庭のことが書かれている。
夫が怒るからクリスマスプレゼントは上げられないと云った夫の暴力を恐れて自己催眠を掛ける妻の意識だったり、親の選んだ道を行くことを子供は望まれ、本当に進みたい道を選べなかったり、夫の稼ぎよりも自分の自営の仕事の方が収入がいいことを認めると夫が機嫌を悪くするので敢えて黙っていたり、もしくはそれを夫があてにして乱費するのを黙って我慢したりと女性は常に男に従って生きてきた、そんな時代だ。

それらは確かにこの令和の時代にも残っている考え方や風習だろう。しかしそれらが古臭く感じるのもまた事実なのだ。

特に私が心を痛めたのは国丸信二の母親のエピソードだ。
男に騙され、結局肉体労働の土工をせざるを得なくなり、女手一つで息子を育てるために、街歩く女性が距離を置くほど汗まみれ、泥まみれで働き、そして工務店のつてで東京オリンピックの開会式のチケットをもらうが無理が祟ってその後半年で死亡する。
そしてその貰ったチケットで入場しようとした国丸はそれがその時各地で出回っていた偽物のチケットであることを知らされる。貧乏人はとことん報われないと思わされるエピソードだ。

ただ本書では解き明かされない謎も存在する。

まずプロローグで語られる夜中に集団で跋扈する落ち武者の霊の群れや楓が榊夫婦にヘルムレ社の振り子がひとりでに動き出す現象について夜中に小さな猿が忍び込んで動かしていると云った事の真意についても解らぬままだ。

今までの御手洗シリーズ、いや島田作品では全ての些細な謎まで合理的な解答がなされていただけに、不明なままで終わるこの2つの謎については違和感が残ってしまった。

とはいえ齢70にしてまだ密室殺人事件を扱う作品を書く島田氏の本格スピリットには畏敬の念を抱かざるを得ない。
私でさえ年を取れば読書の傾向は変化していき、昔はガチガチの本格が好きだったのが、ハードボイルドや警察小説などトリックよりも人の心の綾が生み出す物語の妙にその嗜好は変わっていきつつあるが、島田氏は一貫して本格ミステリへの愛情が尽きていない。
そして私が彼の作品を今なお読み続けるのは彼が物語を重視するからだ。物語の復興こそ今必要なのだと単にトリックやロジックを重視しがちな本格ミステリ作家ではない存在感を示しているところに魅了されるからだ。

本書の構成もドイルのシャーロック・ホームズの長編の構成を踏襲している。事件を探偵が解き明かすパートと犯人側の事件に至った背景の物語が描かれている。率直に云えば事件解決のパートだけならば中編のボリュームだろうが、犯人側のパートを描くことで物語に厚みを与えているのだ。
そう、島田氏は本格ミステリを書いているのではなく、本格ミステリ小説を書いているのだ。このドイルから連綿と続く文化を継承しているからこそ、私は彼の作品を読まずにいられないのだろう。

島田氏が綴る市井の昭和年代史ともいうべき作品だ。私も昭和生まれだが、いつの間にか平成時代の方が長く生きていることになった。
そして今は新たな元号令和の時代だ。昭和は既に遠くなりつつある。
本書で京大時代に御手洗が知り合った予備校生サトル君は京大を落ち、同志社大学に合格して入学した。大学入学後にサトル君と御手洗との交流が続いているかは不明であり、今後ヤング御手洗の事件簿が書き継がれるかは不明だが、昭和という時代に生きた日本人の価値観を今後に語り継ぐ意味でも本書のような作品は書かれ、そしていつまでも読み継がれてほしいものだ。


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