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煽動者



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【この小説が収録されている参考書籍】
煽動者
煽動者 上 (文春文庫)
煽動者 下 (文春文庫)

煽動者の評価: 7.00/10点 レビュー 6件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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全4件 1~4 1/1ページ
No.4:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

人の心を操る者と人の心を見抜く者との闘い

キャサリン・ダンスシリーズ第4作の本書はいきなりダンスのミスで容疑者を盗り逃すシーンから始まり、その責任を負って民事部へと左遷させられるというショッキングな幕開けで始まる。

このダンス左遷の原因となった<グズマン・コネクション>の捜査と悪戯に騒ぎを起こして死傷者が発生する煽動者の事件、そしてダンスの息子と娘たちのエピソードの3つが並行して語られる。

本書の脅威は暴動、いやパニックと化した集団だ。
正気を失い、パニックとなった人々はそれが恰も大きな1つの生き物のように動き出す。しかしそれは決して秩序だったものではなく、我先にと自分の命を、安全を確保するためならば他人の命をも、文字通り踏みにじってまで助かろうとする執着心が、理性を奪い、人間から獣へと変えさせる。DNAに刻み込まれた生存本能が人を変えるのだ。

そして更に人は自分の命を脅かした存在を知るとそれを排除しようとして、いや寧ろそんな危険に目に遭わせた仕返しをしようとして、再び理性を失い、攻撃性が高まる。やらずには済ませない、子供の頃に芽生えた感情が復活し、本性がむき出しになる。

しかもそれはたった数分のことに過ぎない。人間が理性を失うのが危険を察知し、スイッチが入るのもすぐならば、そのスイッチが切れるのも、例えばパトカーの回転灯が見えた、そんなことで人は理性を取り戻し、人間性を取り戻す。この僅か数分、人間が暴徒と化すだけで多くの犠牲者が生まれる。

そして今回ダンスが対峙する敵は人間の群集心理を利用してパニックを引き起こして不特定多数の人間を死に至らしめる、一生背負う疵を負わせることに喜びを見出している者だ。本書のタイトル「煽動者」はそこから来ている。

しかもそのプランは実に巧みだ。

ナイトクラブでわざと非常口を閉鎖し、大挙する、火事だと思い込んだ避難客を閉じ込め、パニックを助長させたかと思えば、次の作家の講演会ではその事件を逆手に取り、わざと非常口を開放させた上で自ら銃を乱射して敵が入り込もうとしていると見せかけてパニックを煽る。

その有様はまさに地獄絵図。
人の荒波に揉まれた人たちは腕をあらぬ方向へ曲げられる者もいれば、人の圧力で肋骨が折れ、灰に刺さる者もいる。更に酷いのはバランスを崩して倒され、我先にと逃げようとする人々に足蹴にされ、頭蓋骨や首の骨を折られ、そのまま命を落とす者もいる。

また海近くの会場では銃を恐れ、窓を破ってわざわざ海へ飛び込み、岩礁にその身を叩きつけて絶命する者も多数現れる。

更に自分の足取りを追ってきたダンス達に捕まりそうになるとテーマパークに逃げ込み、テロリストが紛れ込んだとデマを流し、更にはTwitterなどのSNSを駆使し、更にはテレビ局や警察、その他関係各所に電話をし、パーク内外から来場客の不安を煽り、千人単位の人々をパニックに陥れ、出口に大挙させ、その群衆に紛れてまんまと逃げおおす。

最初のナイトクラブの事件では死者3人を出し、重傷者数十名を出し、次の作家の講演会では死者4名に負傷者33名を出す。
テーマパークはその場に立ち会ったダンスの機転で死者も重傷者も出さずに済ませ、負傷者が30余名出したに過ぎなかった。
自分が生み出した偽りの騒ぎで慌て慄き、自滅する人々を見て愉しむ煽動者。なんとも性根の曲がった敵だ。

しかもダンスの愛車に侵入し、彼女の身元を調べて、ダンスの捜査の進行を妨げるために彼女の恋人ジョン・ボーリングの自転車に細工して事故を引き起こそうとし、あわよくば死なそうとまで考える。

しかし世の中にはほんの些細なきっかけで大パニックに陥った史実があることも本書では紹介される。
ライブハウスやクラブハウスなどの閉鎖された場所で起きた火災が元で起きたパニックに、パーティ会場で起きてもない火事の騒ぎで70名以上の人々が亡くなった事件に、サッカーの試合会場で興奮したファンたちによる暴動では百名単位の死者が出ている。

それらは全てイベントという非日常で起きた悲劇だ。その日を、その雰囲気を楽しみに来ていたいわばハレの場が惨状に変わるパニックの恐ろしさを思い知らされる。

しかしよくよく考えるとこの犯罪は人命を奪うにしては少々奇妙に思わされる。作中でもダンスが云うように、無差別に人に危害を加えるならば、ナイトクラブでは火事に見せかけるのではなく、実際に火を付ければトレーラーで封鎖された非常口から逃げ出すことができずに客たちは灼熱地獄の中で苦しみながら更に多数の犠牲者を出したはずであるし、銃の乱射事件と見せかけながらも、その実誰一人実際には銃で撃たず、不安を煽っただけである。

つまり犯人は多数の人間を殺すことが目的ではなく、どうも騒動を起こしてパニックに陥る群衆の有様を観て悦に浸ること、もしくは自分の仕掛けで多数の人々が恐れ慄くさま、つまり操る行為を愉しんでいるだけのように思えるのだ。

ところでディーヴァーの作品には警察捜査の色んな知識がそこここに散りばめられていてそれが物語のスパイスとなっている。

例えば放火事件で一番目多い動機は保険金詐欺だが、二番目は夫の不倫相手の復讐でカッとなった妻による犯行が多いとのこと。

またキャサリン・ダンスといえばボディ・ランゲージから相手の嘘を見抜くキネシクスが専売特許だが、本書でもそれに関する色々な知識が開陳される。

例えば嘘をついていることを見抜く兆候の1つとして話すスピードがゆっくりになることが挙げられている。それは頭の中で嘘の話を作ると同時にそれまで話したことに矛盾が生じないか確認しながら話すためであるからだ。また急に声が微妙に高くなるのもその兆候の1つで、それはストレスで声帯の筋肉が固くなるためだからだとのこと。

ただリンカーン・ライムシリーズでは快刀乱麻を断つが如くダンスのキネシクスが大いに活躍するが、なぜかダンス本人が主人公のシリーズになるとほとんどこれが機能しなくなる。これがとても違和感を覚えてしまうのだ。

まず物語の冒頭で大物ギャングによる殺人事件の重要参考人として召喚した相手が実はそのギャングの手下の殺し屋で実行犯であることを見抜けずに眼前で取り逃し、それが原因で彼女は民事部に左遷させられる。

更に今回最もキネシクスのダンスが盲目になるのは自分の子供たちに対して隠し事を全く見抜けないことだ。

娘のマギーが学校の発表会で『アナと雪の女王』の主題歌“レット・イット・ゴー”を歌う大役を下りたくなった心境もそうだし―本書ではこの主題歌のタイトルがキャサリンの心を切り替えるための合言葉としてやたらと出てくる。ディーヴァーはよほどこの歌が気に入ったのかもしれない―、特に息子のウェスが友達のドニ―とつるんで各地で落書きを行うヘイトクライムを行っていることやかつての友達ラシーヴを虐めていることに気付かずにいる。ウェスは突然父親を喪ったことのショックから立ち直れず、尾を引いている一方で母親のキャサリンがジョン・ボーリングという新たな恋人を見つけ、今にも再婚しそうなことに行き場のない怒りを覚えており、それが故に“グレて”しまったのだが、キャサリンの前では普通の子ぶっており、それを見抜けないでいるのだ。

「うちの子に限って」という先入観が、またキャサリンの母親としての母性がキネシクスの目を曇らせているように書かれているが、これが何とも合点がいかないのである。

蛇足だが、本書では上に書いた『アナと雪の女王』の他にもなんと日本のマンガ『デスノート』が最高に面白いとのエピソードもあり―ただしそれは作者サイン入りの日本語版のコミックを手に入れたラシーヴをかつての友人ウェスがカツアゲするという何ともイヤなシーンで出てくるのが玉に瑕だが―、ディーヴァーも“デスノ”に嵌ったのかとニヤリとしてしまった。

さてディーヴァ―作品といえばどんでん返しが付き物だが、読者の側もそれは想定済み。

しかしディーヴァーはこなれた読者の裏の裏をかいたようだ。

以前も感想に触れたが、キャサリン・ダンスシリーズはリンカーン・ライムシリーズよりも家族や恋愛面に筆が割かれているのが特徴的だ。それはダンスが優秀な捜査官でありながら二児の母親であり、更に夫を亡くした寡婦であることが大きな理由だが、それが私にしてみれば物語のいいアクセントになっていると感じている。

FBI捜査官だった夫を亡くし、女手1つで息子と娘を育てている彼女は、ケイト・ブランシェット似の美人で一時期妻と別れたばかりの同僚のマイケル・オニールといい仲になったが、その後コンピュータ・エンジニアのジョン・ボーリングと出逢い、彼との関係が続き、再婚も時間の問題となっている。
しかしこの2人の男はお互いにその人間性を認め合いながらもダンスへの想いが時折頭に過ぎり、心を乱す。そしてダンスもまたかつて恋に落ちそうになったパートナーと今の恋人との狭間でどうにかいい人間関係を保とうと必死になる。
現代のシャーロック・ホームズ・シリーズとも呼ばれるリンカーン・ライムシリーズは彼を取り巻くキャラクターにそれぞれ特徴がありながらもこういったチームの間での感情の揺れがなく、危機または危機、どんでん返しに次ぐどんでん返しといったクリフハンガースリルとジェットコースターサスペンスにサプライズを織り交ぜた、いい意味でも悪い意味でもエンタテインメントに徹した作品である。
しかしキャサリン・ダンスシリーズも連続的に犯行を起こす犯人を追いつつもその捜査の中で家族のイベントや男女関係に揺れる心情が挟まっており、理のみならず情の部分についても触れられ、それが読み物として私にとって読み応えを感じている。正直メインのリンカーン・ライムシリーズよりもこのキャサリン・ダンスシリーズの方が最近は読むのが愉しみになっている。

またダンスがかつてミュージシャンを志した過去が明らかになる。プロの道を目指してかなりの努力をしたが、アマチュアとプロの壁を越えることができなかったため、キネシクスを学び、今に至ったとのこと。
これはまさにディーヴァ―そのものではないか。彼もまたかつてはフォークミュージシャンを目指したが、大成せず、ミステリ作家になってベストセラー作家になった。

大黒柱のリンカーン・ライムシリーズにはなかった家族や恋愛事情も加え、作者自身の過去さえもこのキャサリン・ダンスシリーズには投影されていることが上に書いたような気持ちを抱かせるようだ。

ウィキペディアによれば本書以降、キャサリン・ダンスシリーズは書かれていないようだが、私としては是非とも次作を期待したいところだ。
作家には決して書き走らず、1作1作をその年の代表作とすべき作品があるというが、リンカーン・ライムシリーズとキャサリン・ダンスシリーズがディーヴァーにとってそれに当たるだろう。
しかし前者が毎年コンスタントに書かれるものであるのに対し、このキャサリン・ダンスシリーズは2、3年に書かれるシリーズであることを考えると、彼の中でも熟成期間が長い大切なシリーズなのではないか。

本書では最後にダンスの恋愛に決着が着く。

このエンドを迎えるとシリーズも大団円を迎えたように感じるが、私は上述のように再び彼女の活躍が見たいのである。彼女のキネシクスを存分に活かしたシリーズの集大成とも云える作品にはまだ逢っていないと思っているのだから、これで終わりにはしないでほしい。

しかしそれも“レット・ヒム・ゴー”。ディーヴァーに任せるしかないのだが。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.3:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

煽動者の感想

左手に注目させておいて、右手で仕掛けを行う。解説にも記載されていますが、まさにマジックの手法で驚かされてしまいました。
余り感想を書いてしまうと本作を読む予定の人に真相を気付かれそうなので、感想を書くのは止めておきます。
楽しみは本作で。

松千代
5ZZMYCZT
No.2:
(7pt)

つまんないと思ったけど、でもキャサリンは頑張った!

今までの思い入れから、7点をつけましたが
正直いって、物足りない感満載です。無理のある設定もありますし。
ライム氏のミステリーと比べると、どうしても読み劣り?がありますが
でも、そんな中、キャサリンは頑張ったと思います。
キャサリンシリーズは、よく家族のことが出てきますが
あまり表に出さずに、捜査に重点を絞った方が読みごたえがあると思うのですが
そこは作者の意図ではないのでしょうね。

ももか
3UKDKR1P
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

「背負い投げ」って惹句がピッタリかな?

「人間嘘発見器」キャサリン・ダンスシリーズの第4作。今回は、人間の恐怖心を操って大量殺人を目論む殺人鬼を相手にしたパニック・サスペンス作品である。
ダンスが無罪と判断した男が麻薬組織の殺し屋であることが分かり、ダンスは刑事事件捜査から外された。失意のダンスにまかされたのは、満員のコンサート会場に煙が流れ込み、火事だと思ってパニックになった人々が将棋倒しになって死傷した事件だった。実際には、会場の外のドラム缶で何かが燃やされて煙が発生しただけで、しかも会場には非常口があったのだが、大型トレーラーが停めてあり開けなくなっていた。単なる事故ではないと気付いたダンスだったが、犯人を捕らえる前に、第二、第三の事件を引き起こされてしまった。卑劣で狡知な犯人との知恵比べに、ダンスは勝利することができるのだろうか・・・。
犯行の形態、犯人像、犯罪の背景などは非常に興味深く、どんでん返しが続くストーリー展開もいいのだが、どうも今ひとつ喰い足りない。リンカーン・ライムシリーズに比べると緻密さが足りないというか、ミステリーとしての重要ポイントでご都合主義が顔をのぞかせ過ぎる。本の帯の惹句にある「読者に背負い投げを食わせる」という表現が(悪い意味で)ぴったりしすぎる気がした。特に、犯人逮捕後の2つのエピソードが語られる最後の章は「おいおい、それはないよ〜」という印象だった。
ディーヴァー・ファンにはオススメだが、サスペンスファン、サイコミステリーファンには物足りないかもしれない。

iisan
927253Y1

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