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凍氷



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【この小説が収録されている参考書籍】
凍氷 (集英社文庫)

凍氷の評価: 7.67/10点 レビュー 3件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.67pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全3件 1~3 1/1ページ
No.3:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

フィンランドの歴史の闇と人々の抱える闇の交錯

カリ・ヴァーラ警部シリーズ2作目の本書では舞台はキッティラからヘルシンキに移り、カリも署長から深夜勤務の新人と組む新参刑事となっている。

今回カリ・ヴァーラが主に扱う事件は2件。
1つは夜勤明け直前に出くわした不倫中カップルの女性の拷問殺人事件。
もう1つは国家警察長官ユリ・イヴァロ直々の命令によるフィンランドの公安警察ヴァルポの生き残りでフィンランドの英雄であるアルヴィド・ラファティネンが第二次大戦時にユダヤ人の虐殺に関わっていたとの容疑でドイツが引き渡しを求めているのを阻止することだ。

通常の殺人事件の捜査とフィンランドの歴史の暗部を探る壮大な事件。しかし通常の殺人事件も被害者の夫が富裕層で国家警察長官ユリ・イヴァロとも親交がある事からコネを使って捜査を妨害するという権力の壁に阻まれる。

さて1作目では日本人には馴染みの薄いフィンランドの国が抱える暗い社会問題が氷点下40度の極寒の地で起きた殺人事件の暗欝と共にやたらに語られていたが、本書では一転してカリの妻ケイトの妊娠のタイミングに合わせて来訪した弟と妹へのガイドの側面もあるのか、フィンランドの文化紹介となっており、トーンとしては明るい。

例えばフィンランドのサウナの習慣。サウナはフィンランド人にとっては無くてはならないものでカリはヘルシンキの自宅に小さいながらもサウナを作ることは決して譲らなかったようだ。

また福祉国家のフィンランドの側面もケイトの妊娠で垣間見れる。フィンランドで出産する母親はマタニティー・ボックスと呼ばれる育児道具一式を無償で貰うか、140ユーロを支給されるとのこと。何とも素晴らしい政策ではないか。

1作目が陰ならば2作目は陽とも云える。

それはケイトの心情がそのまま作品に投影されているかのようだ。

初お目見え作であった1作ではケイトは複合レジャー施設の総支配人という華々しい立場でありながら異国の地で難しいフィンランド語に苦戦し、いつも沈黙を以て接する周囲の人々に対する不平と不満を、初めての妊娠、しかも双子を授かるという幸福な時期でありながらマタニティ・ブルーが前面に押し出されていた。

しかし2作目の本書では同じくケイトは妊娠をしているが、フィンランド一の都市である首都ヘルシンキでの生活とそこで得た高級名門ホテル<ケンプ>の支配人という新たな職で生き生きと勤務する姿が描かれている。
キッティラとヘルシンキの違いは首都であるがゆえに英語を話すフィンランド人が多いことだ。つまりケイトは自分の意思を自分の言葉ではっきりと伝えることができ、そしてそれが周囲にケイトを認めさせているポジティヴな相乗効果をもたらしている。

つまり同じアメリカ人でフィンランドに移住した作者はケイトに自身の心情を映し出し、それが作風にも表れているように思えるのだ。

しかしとはいえ、このシリーズの色調は基本的には暗い。
ケイトの弟ジョンはとにかくどうしようもない愚弟であることが判ってくる。

また妹のメアリはことごとくアメリカの常識で物事を見てフィンランドの習慣や常識を否定的な意見で批判し、そしてアメリカがフィンランドに対して過去に行ってきた支援などを持ち出してアメリカの優位性を誇示してはヴァーラの親類や友人たちの怒りや反感を買う。

ケイトは母親が亡くなった後に彼らの母親代わりとして世話をしてきたが、その変貌ぶりに思い悩むようになる。

もちろんフィンランドの社会問題が一切語られていないわけではない。

例えばヘルシンキはフィンランドの他の地域よりも自殺が多く、年間平均120件ほどの自殺の検視があるとのこと。本書刊行時のヘルシンキの人口が約59万人だから約0.02%の人間が自殺していることになる。
参考までに東京は年間2000人強である。東京の人口が2015年現在で1350万人だから0.015%に満たないからは人口の比率で考えるとやはりヘルシンキは多いようだ。そしてその一因が性的マイノリティの存在で地方から同士を求めてやってくるが希望が打ち砕かれて自殺する者が多いとのことだ。

アメリカの学校内銃乱射事件を後追いするように1989年以降同様の学内銃乱射事件が起きていることだ。ただしアメリカの件数に比べると2008年までに3件と少ないようではあるが、銃社会ではない日本にしてみれば嘆かわしい事件だ。

またフィンランドの歴史の暗部が本書では大いに関わってくることが特徴的だろう。
元々スウェーデン領だったフィンランドはロシアに二度侵攻された際にスウェーデンがロシアに割譲され、そしてロシアはフィンランドのロシア化政策を行うがそれをフィンランドは抵抗し、やがてドイツ軍の援助を借りてソ連を打とうとするが失敗し、ソ連と休戦協定を結んでドイツの追い出しを約束させられ、今度はドイツ軍と戦争する羽目になる。従ってフィンランドにはロシアに嫌悪を示すものとドイツに嫌悪感を示す者たちが存在するのだ。

そしてフィンランドの英雄たちがドイツのホロコーストに加担していたことが判明する。しかも現在英雄と呼ばれている歴史上の人物たちによって下された命令でもあったという衝撃的な事実が判明する―これらは恐らく本書の中でのフィクションだろう―。

いやはや近代史の暗部にはドイツのナチスが関係しているが、フィンランドもまた同様だとは思わなかった。実にこのナチスドイツの闇は濃い。

そんな清濁併せ持つ本書の結末は実に愉快だ。

業の深い人間たち。
どこか精神の箍が外れた人間たち。
そして幼い頃の父親からの虐待に幼き妹の死から始まった事件のみならず自分を取り巻く人々の死。
それらを目の当たりにしながら極寒の地で正しくあろうと奮闘するカリ・ヴァーラ。

これからのカリ・ヴァーラは更に過激さを増しそうで期待よりも不安が勝ってしまうのは単に私の杞憂に過ぎないのだろうか。

とにかく次作を楽しみにすることにしよう。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.2:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

フィンランド特有の

面倒くさい主人公だな~と、思っていた点も、読み進むにつれて理解出来るようになりました。
物語としては面白かったのですが、途中のフィンランドの歴史?に関しては、頭が痛くなってきて
ザッと読むだけになってしまいました。


ももか
3UKDKR1P
No.1:2人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

歴史は凍らせておいた方が良いのか?

フィンランドの硬骨の捜査官カリ・ヴァーラ警部シリーズの第2作。前作同様に重苦しく、真相を解明してもカタルシスは味わえない、それでも読者を引き付ける傑作警察小説である。
前作での事件解決の功績により、ヘルシンキ警察殺人捜査課に異動したカリは、上司である国家警察長官から奇妙な極秘捜査を命じられた。それは、ホロコーストへの加担を疑われてドイツから身柄引き渡しを求められている旧フィンランド公安警察職員を調査し、証拠をもみ消せというものだった。その理由は、この老人が戦時中のフィンランドの英雄として知られる人物であり、フィンランドがホロコーストに関わった事実をほじくり返されたくないという政府の意向でもあった。さらに、カリの尊敬する祖父が、この老人と同じ時期に同じ任務に着いていたことも告げられた。複雑な心境のまま調査を始めたカリだが、すぐにロシア人実業家の妻が惨殺された事件の捜査も担当することになり、私生活を犠牲にして捜査に没頭せざるを得なくなる。そんな苦労に苦労を重ねた末にたどり着いたところは、前作同様、真相解明が救いにはならないような事実だった・・・。
物語は、2つの捜査が並行しながら進んでいくのだが、もうひとつ、カリの妻ケイトの出産が迫っていること、カリに原因不明の頑固な頭痛がつきまとっていることなど、私生活のトラブルも重要なエピソードとなっている。特に、ケイトの出産を祝うためにアメリカからやってきたケイトの妹弟との「異文化の衝突」が興味深い。
物語の最後では、カリは国家警察長官から新たな秘密警察を組織することを命じられ、さらに頭痛の原因を探るための検査で思い掛けない事態に直面することになる。これは、次回作が見逃せない。

iisan
927253Y1

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