■スポンサードリンク


Yの悲劇



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!

Yの悲劇の評価: 7.31/10点 レビュー 13件。 Sランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.31pt

■スポンサードリンク


サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全3件 1~3 1/1ページ
No.3:6人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(10pt)

Yの悲劇は本当に終わったのか?

各種オールタイムベストランキングで常に1,2位、少なくとも上位5位以内には位置を占める不朽の名作『Yの悲劇』。21世紀の世になり、かなりの小説を消化してきてようやく着手した。

舞台となるハッター家の邸に住まう、気ちがいハッター家と世間で揶揄される面々がいつもに比べて非常に強烈なキャラクター性を放っている。
傲岸不遜を地で行くエミリー・ハッターを筆頭に、精神的虐待で自身の私的研究室に終始篭っていた被害者ヨーク。世間で天才の名を恣にしている長女で詩人のバーバラ。学生の頃から今に至るまで夜の街で暴れては警察の厄介になり、各種の犯罪を犯しては母の権力でもみ消してもらっている無頼派の長男コンラッド。美貌を活かし、男をとっかえひっかえして、数多のスキャンダルを繰り返す末娘のジル。ハッター家に嫁ぐもエミリーの君主的支配からヨーク同様の生きる屍の如く毎日を送るコンラッドの妻マーサ。そしてコンラッドとの間に出来た二人の息子ジャッキーとビリーは狂暴かつ乱暴で悪知恵が働き、常に残忍な悪戯をして周囲を困らせている。そして聾唖盲の三重苦を背負ったエミリーの前夫との娘ルイザ。

なんともヴァラエティに富んだキャスティングではないか。今まで読んだ他の作品と比べても、エラリーが本作に多大なる力を注いだのがこの人物設定からも十分窺える。
そして『Xの悲劇』が様々な公共交通機関で起こる、云わば外に向けられた連続殺人劇であるのに対し、この『Yの悲劇』は古典ミステリの原点回帰とも云うべき、ハッター家という邸内で起こる連続殺人劇というのが非常に特徴的だ。これも作者が正面から古典本格に戦いを挑んだ姿勢とも取れる。

このクイーンの過去の名作への挑戦とも云える本書の感想を率直に述べよう。
確かに傑作。これはすごい。読み終わった後、鳥肌が立った。これほど明確なまでに探偵の収集した情報を読者の眼前に詳らかにした上で、最後の舞台裏の章で明かされる事件の真相の凄さ。本作で展開されるロジックの畳み掛けはクイーン特有のロジックの美しさというよりも、論理を超えた論理とも云うべき凄味すら感じさせられた。

この書を手に取るに辺り、多大なる期待と多大なる不安があったことをまず正直に述べておこう。なぜなら私自身、これまで数多の推理小説を読んできたと自負しているので、世の読書家、書評子の方々が諸手を挙げて傑作、傑作と囃し立てるほどの驚きは感じられないだろうと高を括っていた。が、全く以ってそれが自身の自惚れにしか過ぎないことが読後の今、痛感させられた。

ここで子供じみた自画自賛的主張を述べるが、真相に至る前に犯人は解っていた。私には十全に推理が組み立てられなくとも、読書の最中で、ふと犯人が閃く事がある。それは各登場人物の描写における違和感や何気なく描かれた一行程度の仕種だったり、探偵役の調査の過程で思弁を凝らした時だったり、添付された見取り図をじっと凝視している時に、電撃のように頭に閃くのである。時にはそれが作者の文体の癖からだったりもし、これになるともはや推理というよりも単なる勘であるのだが。
で、今回はレーンが実験室を調査中にふと閃く事があり、その直感を元に見取り図を見て、ある文字が頭に飛び込んできた時に、ざわっとしたような啓示を受けた。その時、浮かんだのは、この手の真相はこの小説が起源だったのかということだった。そしてこの時浮かんだ島田氏の本書の題名に非常によく似た作品について、恨みめいた感情を抱いたものだ。

だから舞台裏の最初でレーンの口から犯人が明かされた時、正に我が意を得たりといった満足感があった。この真相は発表当時は衝撃だったであろうが、今となっては一つのジャンルとなりつつあるこの手の真相を扱った小説、映画を観てきた現代人にしてみれば、それほど衝撃的ではないし、逆にこの趣向を使ってもっと戦慄を感じさせる小説は後世にも出てきており、何故これほどまでに今に至って傑作と評されるのかが疑問だった。
しかしそれから展開される探偵の推理と真相はページを捲る手を休ませないほど、微に入り細を穿ち、なおかつ堅牢無比のロジックが目くるめく展開する。

未だに「推理小説で凶器といって何を思い浮かべるか」という質問があったときに、「マンドリン」と答える人が複数いるという。それは暗にこの小説で扱われた凶器がその人たちの記憶に鮮明に残っているからなのだが、これは確かにものすごく強烈に記憶に残る。いやむしろ叩き込まれるといった方が正鵠を射ているだろう。
小学校で習う掛け算の九九や三角形の面積の出し方、円周率が3.14であることと同じくらい、死ぬまで残る記憶に残るのではないか。私も30過ぎて読んだが、多分今後このマンドリンという凶器とそれをなぜ犯人が使ったのかという理由のロジックの見事さは忘れられないだろう。

更にこの犯人であることを補完する証拠や犯人の心理がレーンの口から理路整然と次々に語られる。そしてこれが犯人が犯人であるだけに論理だけに落ちず、感情的にも深く心に染み込む理解となった。
そして読後の今、私が犯人を当てたなどは単なる直感に過ぎず、何の推理もしていなかったことが気持ちのいいほど腑に落とされた。自信喪失というよりも爽快感しかない。

そして最後の毒殺の真相。これがこの作品に他作とは一線を画する余韻をもたらしている。レーンのこの事件で感じた絶望が読後、時間が経つにつれ心の中に染入るほどに降り積もる。

読後の今、この作品を振り返ってみると、これはエラリー・クイーンが書いたとは思えないほど、暗い物語だ。家庭内の悲劇が事件によって暴かれる。これは正にロス・マクドナルドではないか。もしかしてロスマクの諸作品はこの『Yの悲劇』が下敷きとなっているのではないかとも取れる。
犯行の動機があまりに短絡的でありながら純粋かつ無邪気なところがこの驚愕を際立たせる。そして今現在、日本各地で起こっている衝動的殺人のほとんどがこの『Yの悲劇』と同様の動機であることに思い当たる。だからこそ現代でも燦然と輝く傑作なのか。

そして私はこれは未完の傑作だと考える。なぜなら冒頭のヨーク・ハッター氏の真相が明かされていないからだ。ヨーク・ハッター氏は果たして自殺だったのか、それとも?なぜヨークは失踪したのか?
まだ『Yの悲劇』は終わらない。


▼以下、ネタバレ感想

※ネタバレの感想はログイン後閲覧できます。[]ログインはこちら

Tetchy
WHOKS60S
No.2:
(9pt)

意外な犯人

登場人物のキャラクターが丁寧に描かれています。

わたろう
0BCEGGR4
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(10pt)

Yの悲劇の感想

初読了の海外ミステリ長編。終盤の騒然とした雰囲気から打って変わっての穏やかな雰囲気が。不安感を見事に打ち消して解決編というラストは見事。まさにこのカタルシスのための焦らし戦法。これをきっかけに海外ミステリ長編への苦手意識は克服できそうです。

水生
89I2I7TQ

スポンサードリンク

  



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!