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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1359

全1359件 581~600 30/68ページ

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No.779: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ヤクザと警察、どっちが悪?

大阪府警の丸暴刑事「堀内・伊達」シリーズの第1作。ヤクザの上前をはねる悪徳刑事コンビがヤクザを利用する悪徳商売人に挑戦する、社会派のエンターテイメント作品である。
ヤクザ組織の賭場の情報をつかんだ丸暴刑事・堀内は、相棒の伊達とともに内偵を重ね、現場に踏み込んで27人を逮捕するという手柄を立てた。捜査で知った情報をもとにイエローペーパー発行人・坂辺と組んで強請を働くという「裏のシノギ」をやってきた堀内は、今度も新たな金づるをつかもうとしたのだが、坂辺が車にはねられて死亡し、堀内はヤクザに尾行されるようになった。金づるにしようとした学校法人理事長にはどんな裏があるのか、だれがヤクザを動かしているのか、警察内部の監察部門の目を気にしながらも堀内と伊達は、自分たちのシノギを遂行しようとする・・・。
話の最初から最後までとにかく、刑事もヤクザもビジネスマンも、出て来る人物は全員が悪者と言っても過言ではない。お互いがお互いの上前をはね、さらなる大金をつかむべく知恵と度胸で渡り合う。その丁々発止は細部までリアリティがあり、しかも軽妙で魅力的な大阪弁のやり取りが加わり、まさに全編、黒川博行ワールドである。
警察小説、ハードボイルドというよりノワール・エンターテイメントの傑作として、肩が凝らない社会派エンターテイメント作品を読みたいという読者にオススメする。
悪果
黒川博行悪果 についてのレビュー
No.778:
(7pt)

アメリカの宿痾は銃とキリスト教

本国アメリカを始め世界的にベストセラーを放っている作家の最新作かつ最初の邦訳作品。猛烈な寒波に襲われたニューヨークを舞台に、冷静沈着なスナイパーと天才的能力を持つFBI捜査官の戦いを描いたサスペンス・ミステリーである。
猛烈な吹雪と寒波に襲われたニューヨークで、停車しようとした車を運転していたFBI捜査官が狙撃され死亡した。一発で超長距離の狙撃を成功させた犯人に危機感を抱いたFBI主任捜査官は、魔法の目を持つ男・天才的な空間把握能力を持つ元FBI捜査官・ルーカスに協力を依頼する。捜査官時代に事故に遭って片腕、片足、片目を失い、今は大学教授として穏やかな家庭生活を送っているルーカスは協力をためらうのだが、撃たれたのが元相棒だったことを知らされ、現場を見たことから捜査への誘惑に負けて捜査に加わり、狙撃手のいた場所を特定する。しかし、犯人像を描くこともできないうちに次々に法執行機関の職員が狙撃された。被害者たちの共通点は何か、犯人の狙いは何か。ルーカスをはじめとするFBIと謎の狙撃犯は、時間に追われながら激しい戦いを繰り広げるのだった。
天才的なスナイパーと天才的な捜査官の対決はよくあるパターンだし、主人公が肢体不自由というのもすでにリンカーン・ライムがいるため目新しさは無いが犯人解明までのプロセスは緻密で、決して飽きさせない。さらに、事件の背景には銃社会とキリスト教原理主義の頑迷さが見据えられており、なかなか鋭い社会批評が表現されている。また、家族のあり方を問う側面もあって、単なるサスペンス作品ではない深さがある。ただ、ストーリーのポイントとなるいくつかのエピソードにややご都合主義があるのがちょっと残念。
スナイパーもの、冒険活劇、サスペンス・アクションのファンにオススメする。
マンハッタンの狙撃手 (ハヤカワ文庫NV)
ロバート・ポビマンハッタンの狙撃手 についてのレビュー
No.777: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

純粋な悪を倒せるは、誰か?

「グラスホッパー」に続く「殺し屋」シリーズの第2作。東京から盛岡まで、疾走する東北新幹線の中で凄腕の殺し屋たちが互いに狙い合う、密室・タイムリミットサスペンスの傑作である。
人生すべてについてない殺し屋「天道虫」は、東京駅から新幹線に乗り、指示されたトランクを持って大宮で降りるという仕事を請け負った。簡単に済むはずだったのだが、降車しようとした大宮駅で仇敵に出くわしてトラブルになったため降りられず、次に停車する仙台までトランクを持ったまま乗り続けることになってしまった。そのトランクは、凄腕の殺し屋デュオ「蜜柑」と「檸檬」が大物犯罪者から運搬を依頼されたものだったため、「天道虫」は二人に追われることになる。さらに、自分の息子に危害を加えた、優等生の仮面をかぶった悪魔のような中学生「王子」を殺そうと目論む元殺し屋「木村」も同じ新幹線に乗っており、「王子」がトランクを巡る争いに興味を持ったことから、追うものと追われるものが複雑に交錯することになり、走り続ける新幹線車内で密やかに、しかもスリルに満ちた戦いが繰り広げられることになる・・・。
停車駅間は長いが、必ず次の停車駅が来る新幹線車内という時間、空間を限った舞台でのサスペンス・アクションという設定が成功している。さらに登場する殺し屋たちが全員、くせ者揃いで、ストーリーもエピソードも読者の予想を軽やかに裏切り、超高速でエンディングまで疾走する。このスピード溢れるアクションだけで傑作と言えるのだが、さらに「悪とは何か」、「純粋培養された悪に立ち向かえるのは、誰か」というテーマが、笑いを包み込んだ見事なエンターテイメント形式で語られているのが素晴らしい。
殺し屋シリーズの一作だが、本作だけで十分に楽しむことができる。伊坂幸太郎ファンはもちろん、軽快で楽しいアクション・サスペンスを読みたい方にオススメしたい。
マリアビートル (角川文庫)
伊坂幸太郎マリアビートル についてのレビュー
No.776: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

犯人探しの醍醐味が味わえる快作

日本でも安定した人気を誇る「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第7作。臓器移植の闇をテーマに、連続殺人の犯人と動機を解明する警察捜査の面白さを追求した傑作ミステリーである。
クリスマスを目前に控えたフランクフルト郊外の町で、早朝に犬を散歩させていた女性が射殺された。翌日、訪れた娘と孫のためにクッキーを焼こうとしていた女性が、自宅のキッチンで窓越しに射殺された。さらに数日後、一人暮らしの父親を訪ねてきた若い男性が父親宅の玄関前で射殺された。いずれも一発の弾丸で確実に殺害するという凄腕スナイパーの出現に町はパニックになり、オリヴァーとピアたち警察には早期解決のプレッシャーがかけられるのだが、被害者たちに共通点が見つからず、犯行動機すらつかめなかった。そんな捜査陣をあざ笑うかのごとく、「仕置き人」と名乗る犯人から謎めいた殺害理由を書いた死亡告知が届けられた。犯人の狙いは何か? 被害者たちを繋ぐ犯行動機とは何か? オリヴァーとピアは体力、気力を極限まで振り絞り犯人を割り出そうと奮闘するのだった・・・。
ここ数作は登場人物たちのヒューマン・ドラマの側面が強かった本シリーズだが、本作は久しぶりに警察による犯人探しのプロセスが充実し、緊張感のあるミステリーとなっている。背景となる臓器移植の問題は、まさに日本でも同じような状況が起きかねないだけにリアリティもあり、社会派サスペンスとして読み応えがある。また、シリーズの主役でありながら背景が不明だったピアの家族関係が明かされているのが、シリーズ愛読者には興味深い。
シリーズ愛読者には必読。シリーズ未読であっても十分楽しめる内容なので、本格警察小説ファンに自信を持ってオススメする。
生者と死者に告ぐ (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス生者と死者に告ぐ についてのレビュー
No.775:
(7pt)

初期作品らしい泥臭さが、いい味を出している

1985年、第2回サントリーミステリー大賞の佳作を受賞した作品。デビュー作で前年の同賞を受賞した「二度のお別れ」の続編である。
大阪府警の「黒マメ」コンビこと黒木と亀田は、行員2名が射殺され約1億円が奪われた現金輸送車襲撃事件の捜査に投入され、被害にあった銀行の聞き込みを担当した。ところが、昼間に事情聴取した行員がその夜、飛び降り自殺したのだった。自殺した行員は、共犯者だったのか? 事件そのものの様相も謎が多く、しかも何人か事件関係者は判明するものの動機や証拠があやふやで捜査は難航した。さらに、新たな犠牲者が出て、捜査はますます混迷して行くのだった。
現金輸送車襲撃事件の背景には銀行やサラ金など金融業界の問題点が描かれており、その意味では社会派ノワールとも言えるが、物語のメインは黒マメコンビによる警察小説である。真面目なのか不真面目なのか、規則に囚われない大阪の刑事たちの自由奔放な捜査活動や飛び跳ねるような会話が生き生きと描かれているのは、まさに黒川博行ワールドの原型と言える。初期作品だけあって、後の大阪府警シリーズなどの軽妙さには及ばないぎこちなさはあるものの、第一級のエンターテイメント作品であることは間違いない。
黒川博行ファンはもちろん、前作「二度のお別れ」を読んでいなくても十分楽しめるので、軽めのミステリーを読みたい方に自信を持ってオススメする。
雨に殺せば (角川文庫)
黒川博行雨に殺せば についてのレビュー
No.774: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読むには体力・気力がいるが、それだけの価値あり

フレンチ・ミステリーのリーダーの一人であるグランジェの長編第9作(邦訳は4作目)。上下2段組みで700ページ、重さ670gという、最近では珍しい重厚長大な一冊だが、サスペンス・アクションの醍醐味が詰まった傑作である。
ボルドー中央駅構内でホームレスが殺害された現場近くにいた男が保護されたのだが、記憶喪失に陥っていたため、マティアス・フレールが医長を勤める精神病院に運ばれてきた。マティアスは、男が記憶を取り戻すための手助けをしようと治療に取りかかる。一方、事件を担当することになったボルドー警察の女性警部アナイス・シャトレは、これをチャンスとし、何としても事件を解決するべく強引な捜査を進めようとする。事件に対し反対方向から対応する二人は、激しくぶつかり合うのだが、アナイスはマティアスに惹かれるものがあった。しかし、事件現場で採取された指紋が、遠く離れたマルセイユで逮捕歴があるホームレスのものと一致し、さらにホームレスの写真がマティアスに似ていたことから事件は急展開を見せ、アナイスとマティアスは追う者と追われる者になる・・・。
解離性遁走と呼ばれる人格の分裂がメインテーマとなり、それにスパイ小説、犯人追走劇、政治的陰謀などが加わった、盛りだくさんの物語である。あっという間に人格が分裂して全くの別人として生きているという設定がやや気になるものの、アクションもサスペンスも非常にレベルが高く、700ページをまったく緩み無く疾走する作品である。
グランジェ・ファンはもちろん、フレンチ・ミステリーのファン、ミッション・インポッシブルのファンにオススメしたい。
通過者 (BLOOM COLLECTION)
ジャン=クリストフ・グランジェ通過者 についてのレビュー
No.773:
(7pt)

3作目にしてマンネリだけど、笑える

「ワニ町シリーズ」の第3作。前2作と同じメンバーが同じような騒動を繰り返すのでややマンネリではあるが、しっかり笑えるユーモアミステリーの傑作である。
身分を隠したCIA工作員・フォーチュンが仲良くなった町の老女のリーダーであるアイダ・ベルが町長選挙に立候補。対立候補・テッドと公開討論会を開いたのだが、その直後、テッドが毒殺された。アイダ・ベルたちが作っている「咳止めシロップ」(実は密造酒)を飲んで死んだという。犯人扱いされて身柄を拘束されたアイダ・ベルを救うためにフォーチュンは、老婦人仲間のガーティの力も借りて、アイダ・ベルの無実を証明しようと立ち上がる。その結果、南部のワニ町・シンフルは大騒動になる・・・。
シリーズ愛読者ならすぐに展開が読めてくるワンパターンの話なのだが、エピソード、会話が軽快で人物のキャラが強烈なのでやっぱり面白い。良質なコメディを見るように、話の流れに身をゆだねているだけで満足できる。
シンフルの町にすっかり溶け込んでるように見えるフォーチュンだが、この町に移ってきてからまだ二週間しか経っていないという設定にビックリ。たった二週間で3つの作品になってしまうスピード感こそ、本シリーズの魅力である。さらに、本作ではフォーチュンが猫を飼うようになり、シリーズはまだまだ続いて行きそうなので楽しみにしたい。
ユーモラスで楽しいミステリーを読みたい方に、自信を持ってオススメする。
生きるか死ぬかの町長選挙 (創元推理文庫)
No.772:
(8pt)

いつもながら抜群のテンポの良さと会話の面白さ

夕刊紙連載に加筆・修正した長編小説。大阪府警シリーズには分類されていないが、大阪府警の刑事二人を主人公にしたクライム・アクションである。
府警麻薬対策課の桐尾と上坂は34歳の同期生。同じ班に配属されている二人が覚せい剤取引捜査中に、容疑者が借りていたガレージで中国製のトカレフを発見した。本部長表彰も貰えるのではないかと期待したのだが、その拳銃が迷宮入りした和歌山県での銀行副頭取射殺事件で使用されたものであることが判明し、二人はその事件への専従捜査を命じられる。事件を担当した和歌山県警に赴くと、二人を迎えたのは定年間近でやる気が無い、ハグレ刑事の満井だった。やってるフリだけの捜査を進めていた三人だったが、満井は桐尾と上坂に「事件に関係したと目される暴力団幹部に、偽って別のトカレフを売りつけよう」と持ちかけてきた。刑事が暴力団に拳銃を売るという、とんでもない犯罪行為だが、金に釣られた二人は誘いに乗って危険なおとり捜査に加担することになった・・・。
とてつもなく無茶な話だが、前半の麻薬常習者との内偵捜査の駆け引き、後半のやくざたちとの取引ともに、黒川節でテンポよく語られて行くと妙なリアリティがあり、どんどん引き込まれていく。また、大阪弁での会話の躍動感がストーリーを生き生きと彩って飽きさせない、一級品のエンターテイメントである。
黒川博行ワールドにどっぷり浸れる作品として、自信を持ってオススメできる。
落 英
黒川博行落英 についてのレビュー
No.771:
(6pt)

本格派の密室ものの割にはチープなトリック

「フランスのカー」と言われる作者の代表作「ツイスト博士シリーズ」の第1作。2003年の文春ミステリーベスト10の2位、このミスの4位にランクされた本格派ミステリーである。
1940年代後半、そこに住んでいた夫人が自殺したことから「幽霊屋敷」と呼ばれていたイギリスの片田舎にあるダーンリー屋敷に、霊能者を名乗る夫婦が引っ越してきた。夫婦は、屋敷の主・ヴィクター、隣家の住人で妻を事故で亡くしたばかりのアーサーなどを巻き込んで、密室での交霊実験を行うことにしたのだが、そこで新たな死体が発見された。続発する怪奇現象、密室殺人・・・名探偵ツイスト博士は、重なり合う謎を解くことが出来るのだろうか?
1987年の作品だが、カーに対するリスペクト、本格派をめざしたというだけあって、全体的に古過ぎる。ストーリー展開はまずまずだが、トリック、謎を解く探偵の推理など、どれも退屈と言わざるを得ない。
いわゆる本格派マニアの方以外にはオススメしない。
第四の扉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ポール・アルテ第四の扉 についてのレビュー
No.770:
(6pt)

死者の数の割には盛り上がらず

百舌シリーズの第8作にして完結編。これまでの物語の総仕上げにしてはサスペンス不足の感が否めない、やや期待はずれの作品である。
政界を引退し静かに暮らしていた大物政治家が、首筋に千枚通しを突き刺されて殺害された。かつての事件で絶滅したはずの「百舌」が復活したのか? 大杉、倉木、残間ら関係者は、それぞれの立場から事件の真相を追いかけるのだが、犯人に迫る寸前に行方をくらまされ、さらに「百舌」に関係したものたちが次々に殺害されていくのだった。
好評だったシリーズの完結編ということで、事件の背景や黒幕の陰謀などが明らかにされ緊迫したクライマックスを迎えるかと思っていたら、あっけない幕切れで、いささか期待外れ。殺害される人数は多いものの、それに見合う説得力もサスペンスも不足している。このシリーズ、「のすりの巣」で終結していた方が良かったと思う。
シリーズの最後を見届ける意味で、シリーズ愛読者にオススメする。
百舌落とし
逢坂剛百舌落とし についてのレビュー
No.769:
(7pt)

強過ぎる! 鷹匠・ネイトの無敵伝説

ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第12作。今回は、名脇役ネイトを主役に据えたアクション・サスペンスである。
ハヤブサを連れて鴨狩りをしていたネイトは、地元のハンターだと思って油断した三人組に襲われた。ネイトは反撃し三人とも射殺したのだが、肩を負傷してしまう。身の危険を感じたネイトは、家を焼き払い、行方をくらましてしまった。法執行機関の一員として仕方なくネイトの捜索に加わったジョーだったが、本音ではネイトの無罪(正当防衛)を信じ、何とか助けられないだろうかと悩んでいた。親しくしているインディアンや昔の仲間を頼って逃亡を続けるネイトだったが、ネイトの過去に繋がる闇の組織はネイトの関係者を次々に襲い、執拗に追跡し、ついにはジョーの家族にまで脅迫の手が迫って来た・・・。
いつも通りの森林地帯での冒険劇なのだが、今回はネイトの過去にまつわる政治的謀略が加えられており、ネイトの隠された過去が明かされる点でシリーズ中でも重要な作品となっている。それにしても、ネイトの強さは凄い、凄過ぎる。ブルース・リーやランボーに負けず劣らずである。対照的に、本来の主人公であるジョーの弱さが際立っている。それでも主役はジョーであり、彼の誠実さ、愚直さが勝利を収める時、読者は安心する。
シリーズ愛読者には必読。アクション・サスペンス愛好家にもオススメしたい。
鷹の王 (講談社文庫)
C・J・ボックス鷹の王 についてのレビュー
No.768: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

擬人化された車という設定が楽しめるか否か

新聞連載を単行本化した作品。平凡な家族と愛車が事件に巻き込まれ、ドタバタしながらも正義感のある結末にたどり着くという、ファンタジー・ミステリーである。
シングルマザーである母・郁子、気がいい大学生の長男・良男、反抗期の長女・まどか、沈着冷静な10歳の次男・亨という家族の愛車は緑のデミオ。免許取り立ての良男が助手席に亨を乗せてドライブ中にデミオに突然乗り込んできたのが、有名な女優・荒木翠だった。しかも、荒木翠がデミオから降りたあとでパパラッチから逃げる途中に事故死したため、一家は事件に巻き込まれてしまった。
基本的には不可解な事態が起き、悪人が横暴に振る舞い、それに対して善良な人物たちが知恵を絞って抵抗していくという、いつも通りの伊坂ワールドの作品なのだが、本作は喋る車が狂言回しとなっているのがユニーク。車が感情を持ち、車同士で会話する、そこを面白いと感じられるか否かで、本作に対する評価は全く異なって来る。
ミステリーとしてはさほど深みはなく、ファンタジー作品、青春ミステリーに親和性がある読者に向いた作品と言える。
ガソリン生活
伊坂幸太郎ガソリン生活 についてのレビュー
No.767:
(8pt)

人間は何をしても、いつだって失敗なんだ

ヴァイオリン職人シリーズの第3作で、なんと日本向けの特別書き下ろし作品だという。北欧ノルウェーを舞台に人間の愚かさ、切なさ、愛しさを描いた人間味豊かな傑作ミステリーである。
20年前にイタリア・クレモナのヴァイオリン製作学校でジャンニの教え子だったノルウェー人・リカルドが母校を訪れ講演をした夜、殺害され、ノルウェーから持ってきていた古い弦楽器ハルダンゲル・フィドルが消えてしまった。大した市場価値がある訳でもない楽器が、殺人の動機になるのだろうか? クレモナ警察の刑事で友人のアントニオの捜査に協力するためにジャンニは、真相解明のためアントニオ、恋人のマルゲリータと一緒にリカルドの葬儀に参列することになったのだが、雨の日ばかりが続くフィヨルドの港町・ベルゲンで三人が出くわしたのは、新たな殺人事件だった・・・。
前2作と同様、本筋は犯人探しなのだが、本作でもヴァイオリンや音楽にまつわるエピソードが重要な役割りを果たしており、殺人事件ながら血腥いところや暴力的なところはほとんどない。だからといって退屈ではなく、謎解き、サスペンスはたっぷり堪能できる。さらに、老練な職人であるジャンニの深い人間観察から発せられる含蓄に富んだコメントが味わい深く、ヒューマン・ドラマとしても傑作と言える。
幅広いミステリーファンが満足できる作品だが、シリーズ物なので、先に前2作を読むことをオススメする。
ヴァイオリン職人と消えた北欧楽器 (創元推理文庫)
No.766:
(8pt)

単純で面白い、アクション・ノワール

テレビドラマ脚本家の長編デビュー作で、2018年エドガー賞最優秀新人賞の受賞作。無法者の父親と11歳の娘がギャング団に報復する、暴力的で痛快なアクション・ノワールである。
刑務所でギャング団とトラブルを起こしたネイトは、出所したときに自分はもちろん、元妻と娘にも抹殺指令を出されたことを知る。元妻と娘を守るために駆けつけたのだが、元妻は既に殺害されていた。残された娘・ポリーを何が何でも守ろうと、ネイトはポリーを連れてロサンゼルスへ逃げ込んだのだが、最終的にギャング団の抹殺指令を解除させるには反撃するしかないと決心し、ポリーと二人で命を賭けた戦いを挑むことになる・・・。
11歳の娘と組んで強盗をやりギャング団をやっつけるという荒唐無稽な話であり、作者が「レオン」や「子連れ狼」にインスパイアされたと語っている通り、映像的、漫画的な作品で、ストーリーや場面の華やかさ、スピード感を楽しむ作品である。物語の背景やテーマがどうのこうのではない、シンプルなエンターテイメントとして楽しめる。
まさに「レオン」や『子連れ狼」、タランティーノ作品がお好きな方にオススメだ。
拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)
ジョーダン・ハーパー拳銃使いの娘 についてのレビュー
No.765:
(8pt)

雪深い森で弱者を守る、古き良きアメリカン・ヒーロー

「ワイオミング州猟区管理官・ジョー・ピケット」シリーズの第2作。猛烈な雪嵐が襲う深い森林を舞台に、正義を貫き、弱者を守ろうとする心優しきヒーローを描いた情感豊かなミステリー・アクションである。
ジョーは、何頭ものエルクを射殺した違法ハンターを逮捕したものの連行中に逃げられ、激しく降り始めた雪の中でようやく追い付いてみると、ハンターは無惨に殺されていた。日ごろから対立している保安官と折り合いを付けて犯人探しに加わったジョーだったが、殺されたハンターが森林局の役人だったことから乗り出してきた政府の役人たちに振り回されることになる。さらに、反政府主義グループが地元の国有林にキャンプを張り、状況は一段と悪化していった。しかも、そのグループにはジョー夫妻が養女にしようとしているエイプリルの母親がいて、エイプリルの親権を主張し、取り戻そうとする問題も発生した。理不尽な法律や邪悪で卑劣な人々に対し、家族を愛する実直な正義漢・ジョーは限界まで戦いを挑んでいく・・・。
古き良きウェスタンを思わせる主人公と悪役との対立という構成が成功している。さらに、ジョーの人柄の良さが読者を引きつけるし、悪役の狡猾さが際立っているので、窮地に陥ったジョーが反撃に出た時は思わず拍手喝采、まるで高倉健の唐獅子牡丹のような爽快さを覚える。猟区管理官という、武器を携帯する役人ながら大した権力を持たない主人公の設定が、単なる銃撃戦だけのアクション小説とは一線を画し、自然や家族に対する愛情が伝わる味わい深い物語となっている。
本作以降の作品では重要な役割りを果たすことになる鷹匠・ネイトが登場する、シリーズ的に重要な作品として、シリーズ愛読者には必読。さらに、現実感のあるヒーローもののファンにもオススメする。
凍れる森 (講談社文庫)
C・J・ボックス凍れる森 についてのレビュー
No.764:
(9pt)

舞台設定と物語のテーマが見事に一致

デビュー作「渇きと偽り」が高い評価を得た「連邦警察官フォーク」シリーズの第2弾。オーストラリアの大自然を舞台に、密室劇とも言うべき心理サスペンスが繰り広げられる濃密なヒューマンミステリーである。
企業の研修合宿でオーストラリアの深い森に送り込まれた5人の女性たちが道に迷い、疲れ果てて集合地点に到着した時、人数は4人に減っていた。消えたアリスがいつはぐれて森に入ったのか、他の4人は誰も見ていないという。また、アリスは誰の恨みを買ってもおかしくないほど身勝手な人物だったという。アリスは実はフォークたちが捜査を進めていた企業の内部協力者で、しかもフォークの携帯電話にはアリスが行方不明になったタイミングで発信された「〜彼女を苦しめて〜」という謎のメッセージが残されていた。アリスは一人で勝手に行動して遭難したのか、それとも何か事件に巻き込まれたのか?
大干ばつに苦しむ前作とは180度違って、今回は雨が降り止まず、携帯電波も届かない深い森が舞台である。外界から隔絶された厳しい自然の中に取り残された5人の女性たちの壮絶な人間ドラマとワイダニット、フーダニットが見事に重なり合って息詰まるサスペンスが繰り広げられる。また、主人公・フォークの人間性を示唆するドラマも興味深い。
本格的な謎解きミステリーとして、人間観察をベースにしたサスペンスとして読み応えがあり、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。
潤みと翳り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジェイン・ハーパー潤みと翳り についてのレビュー
No.763: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

軽快なストーリー展開のロードノベル&ノワールの傑作

2018年度ハメット賞受賞作。超絶な技能を持つ殺し屋に追われながらニューオーリンズからロサンゼルスをめざす犯罪組織幹部の逃避行を描いたロードノベルであり、アウトローの美学を描いたノワールでもある。
1963年、ダラスでケネディ大統領が暗殺されたとのニュースを聞いて、犯罪組織幹部・ギドリーはいやな予感を抱いた。数日前、ボスからダラスに置いて来るように頼まれた車は、暗殺犯が乗って逃げるためだったのではないか? だとすると、その秘密を知っている自分は消されるのではないか? 恐怖に駆られて西へ逃げ延びようとするギドリーを追うのは、頭が切れて執念深い凄腕の殺し屋・バローネだった。ギドリーが逃走中のモーテルで出会ったのが、二人の娘と犬一匹を連れて家出してきたオクラホマの主婦・シャーロットで、家族連れと偽装するためにギドリーは彼女たちと一緒に旅することになる。やがてギドリーとシャーロットたちは心を通わせ、本当の家族のようになろうとしていたのだが、すぐ背後にはバローネが迫ってきていた・・・。
1960年代、ルート66を西へひた走る、典型的なアメリカン・ロードノベルである。しかも、犯罪組織の容赦ない暴力が加味され、さらに主要人物のキャラが抜群で、リーダビリティの良さと読み応えが見事に両立している。
前作「ガットショット・ストレート」でファンになった方はもちろん、レナード、ハイアセン、ウィンズロウのファンには文句無しのオススメ、傑作である。
11月に去りし者
ルー・バーニー11月に去りし者 についてのレビュー
No.762: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ヤクザ以上に外道になる警官の狂熱

「狐狼の血」シリーズの第2弾。ヤクザ相手の捜査でヤクザ以上に外道の道を歩むことになる、若き警察官の成長物語である。
先輩刑事・大上の不祥事の余波で広島の田舎の駐在に左遷された日岡は、久しぶりに立ち寄った小料理屋「志乃」で旧知のヤクザ幹部たちが接待している男が、対立する組織の首領を暗殺して逃亡し指名手配中の国光であることに気が付いた。旧知のヤクザたちへの迷惑を考えてその場を去った日岡だったが、彼が駐在する町のゴルフ場建設現場に国光たちが潜伏しているのを発見した。指名手配犯を逮捕すれば元の刑事に戻れるのではないかと考えた日岡だったが、国光と接触するうちに彼の男気に感化され、逮捕をためらうようになった・・・。
無軌道な暴力刑事だった大上に教育され、捜査のためなら違法行為も辞さない日岡が、男心に惚れたヤクザにどう対処して行くのか。予想を覆す日岡の行動が刺激的で、正義や法規より筋を通すことを重視する、ある種の狂気の世界に誘われる物語である。「仁義なき戦い」のように映画化されたら面白いだろう。
全体に前作のトーンを継承しており、前作を読んでいればすんなり物語世界に入って行けるため、ぜひ前作から順を追って読むことをオススメする。
凶犬の眼
柚月裕子凶犬の眼 についてのレビュー
No.761:
(7pt)

体を流すのか、心を流されるのか(非ミステリー)

2016年から17年にかけて雑誌連載された中編小説。沖縄の夜の底辺を舞台に居場所を移動させながら生きて行く女の一瞬の夢を描いた、ダウナーな風俗小説である。
北海道生まれで現在は那覇の安直な風俗店に住み込んでいるツキヨは、健康保険無しで治療してくれる歯医者を探して元歯医者で今は閉店したバーに身を潜めている万次郎、そこに同居しているヒロキに出会い、誘われるままに同居生活を送ることになる。それぞれに訳ありの二人と、ただ流されるままに生きてきたツキヨはお互いに干渉し合わないままゆったりとした日々を過ごしていたのだが・・・。
救いようがないようで、本人的には救われているツキヨの生き方にどれだけの共感を感じられるか? 釧路から沖縄の那覇に舞台を移したとはいえ、桜木紫乃の世界は薄曇りの霧に覆われている。その陰翳に面白みを見出せれば、本作は読むに値する。
光まで5分 (光文社文庫)
桜木紫乃光まで5分 についてのレビュー
No.760:
(8pt)

母なる存在の重さ

ご存知、フランスを代表する人気シリーズ「カミーユ警部」三部作の番外編。連続爆破を仕掛けた犯人とカミーユ警部の攻防を描いた「ワイダニット」中編ミステリーである。
パリ市内で爆弾事件が発生、直後に警察に出頭した28歳の青年ジャンは、あと6個の爆弾を一日に一個ずつ爆発するように仕掛けたと告げ、爆弾の設置場所を明かす条件として、殺人事件で留置されている自分の母親の釈放、自分と母親の二人でオーストラリアに脱出できること、500万ユーロの金を用意することを要求する。ジャンから指名されて取り調べることになったカミーユ警部は、青年の頑な態度の裏に隠された真の動機を探るべく必死で説得するのだが、彼の心を開くことが出来ないうちに2つ目の爆弾が爆発。カミーユと警察、政府は窮地の追い込まれるのだった・・・。
次の爆発が起こるまでに、爆弾を設置した場所を聞き出せるのか? ポイントが大きく行間が広い上に、たった200ページほどなので一気に読めるのだが、最後まで手に汗握るタイムリミット・サスペンスである。また、事件の背景もルメートルならではの複雑さで読み応えがある。
シリーズファンはもちろん、サスペンス・ファンには自信を持ってオススメする。
わが母なるロージー (文春文庫)