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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1393件
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現代北欧警察ミステリーの最高峰である「刑事・ヴァランダー」シリーズの第11作で実質的な最終作。娘・リンダの義理の両親の不可解な行方不明事件を解明するために、組織とは距離を保ちながら孤軍奮闘するヴァランダーの執念の捜査を描いた、傑作捜査ミステリーである。
かねてから憧れていた田舎暮らしを始め、娘のリンダは妊娠・出産して孫娘ができたヴァランダーだったが、ときおり発生する記憶喪失に悩み、肉体的な衰えを自覚するとともに、それに対する反発心、怒りの感情を持て余していた。そんな中、娘の相手であるハンスの父親で退役海軍司令官のホーカンが突然姿を消してしまった。自分のミスで謹慎中だったヴァランダーは、娘や孫のために事件の解明に乗り出したのだが、全く成果が上がらないうちに、今度はホーカンの妻であるルイースまで行方不明になってしまった。ホーカンが姿を消す前にヴァランダーに語った「国籍不明の潜水艦」の謎が関係しているのではないかと推測したヴァランダーは、事件の背景に冷戦時代の闇を見るのだった・・・。 冷戦時代のスウェーデンのスパイ活動から派生した事件の解明が本筋だが、それ以上に力点が置かれているのが、還暦を間近にしたヴァランダーの老いの現実と、それに対する戸惑い、怒り、反発、絶望と、否応無く受け入れざるを得なくなるまでの心理的な紆余曲折である。身体的な健康だけでなく、頭脳でも不具合を感じ出したヴァランダーが、どうやって老いとの共存を受け入れるか、その「苦悩する男」の姿が心を打つ。 社会性を帯びた謎解きミステリーであるとともに、仕事ひとすじで生きてきた男がいかにして仕事を終えるかという、終活の物語でもある。 シリーズ・ファンには必読。近頃増えて来た老人が主役のミステリー、ハードボイルドのファンにもオススメする。 |
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伊坂幸太郎の10冊目の長編小説。猫が喋り、鼠が交渉する世界で起きた戦争と国家支配と住民の不思議な物語である。
妻に浮気された40歳の公務員が船で釣りに出て遭難し、気が付いたら体を縛り付けられており、しかも胸の上に乗っかった猫が「ちょっと話を聞いてくれ」と語りかけて来た。その話は、猫が住む国で起きた戦争と敗戦と占領と国民の間に伝わる伝説の兵士たちの物語だった。 現実とパラレルに出現する異世界で現実の世界を反映しためるくめくようなファンタジーが展開するという、伊坂幸太郎お得意の世界の話である。そこの部分を楽しめるか否かが、本作への評価の分岐点であり、個人的にはどっぷりと浸り込むことは出来なかった。 ファンタジックな物語で現実世界を照射するという伊坂ワールドが好きな人にはオススメする。 |
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「猿シリーズ」か「サム・ポーター刑事シリーズ」かはさておき、三部作の第二作。前作で取り逃がした「四猿」がまた犯行を重ねているのか? 事件の真相解明に奮闘するシカゴ市警とFBIをあざ笑うかのごとく、凶悪で狡猾な犯行を繰り返す「四猿」が主役となったサイコ・サスペンスである。
「四猿」が姿を消してから4ヶ月後、再びシカゴ市民を震撼させる少女殺害事件が発生し、マスコミを始め世間は「四猿」が戻って来たとして騒然となる。連続少女誘拐事件の発生当初から「四猿」を追って来た刑事ポーターたちのチームは、再び集結し、事件を解明しようとする。しかし、前回の捜査が失敗だったとして捜査の主導権をFBIに奪われ、さらにポーターは越権行為をとがめられて捜査から外されてしまう。そんな中、新たな少女行方不明事件が発生、さらには行方不明者の親が殺害される事態まで起き、捜査は混乱を深めて行く。そして捜査から外され一人で独自の捜査を進めていたポーターのもとに一枚の写真が届き、そこには「四猿」からのメッセージが書かれていた・・・ 前作に引き続き、シカゴ市警とポーター刑事が捜査をする警察ミステリーの構成だが、主役は希代のサイコパス「四猿」になっている。衝撃的な犯行とその裏側を読む捜査の進行がメインストーリーだが、犯人である「四猿」の過去が重要な意味を持っているため、「四猿」の過去をメインに据えた前作「悪の猿」を読んでいないと、意味不明とまでは言わないが理解しづらいところがある。ストーリー展開は緊張感があり、登場するエピソードもスリリングで、極めて完成度が高いサイコ・サスペンスと言える。さらに、第三部へとつながるエンディングは巧妙で、次作への期待を盛り上げる。 シリーズとして、必ず第一作から読むことをオススメする。 |
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ホラー小説から出発したという新進作家の新シリーズ第1弾。連続殺人犯とベテラン刑事のスリリングな攻防を描いた、サイコ・サスペンスの傑作である。
シカゴを震撼させている連続殺人事件の犯人・四猿とおぼしき男がバスにはねられて死亡した。当初から捜査にあたっていた刑事・ポーターは事故現場に呼び出されたのだが、そこで見つけたのは片耳が入った白い箱だった。四猿はこれまで、監禁した被害者の耳、目、舌を順に切り取って白い箱に入れ被害者の家族に送りつけてから殺害するという残忍な手段をとっていた。四猿が死んだとしても、片耳がある以上は誰かが監禁されているはずだと判断した警察は白い箱に書かれた宛名から被害者がシカゴの不動産業界の大物の私生児であることを突き止めた。さらに、四猿は事故ではなく自らバスの前に飛び出した自殺だったことが判明した。四猿が犯行の途中で自殺したのはなぜか? 被害者はどこに監禁されているのか? 四猿が残した遺品にあった日記に謎を解く手がかりが見つかるのではないか? ポーターたちは時間との戦いに焦燥しながら犯人を追いつめて行く・・・。 サイコものは犯人のキャラクター次第という定説(勝手な基準だが)通り、四猿の存在感が強烈で、それだけで合格点。しかも、話の展開がスピーディーで最後までゆるみが無い。犯罪の背景、犯行態様、場面転換のどんでん返しなどに、これまで読んだことがあるようなものが多いもののトータルとしてはヒネリが利いた、サスペンス溢れる傑作サイコ・ミステリーである。なお、ホラー作家らしい残虐な描写が続くシーンがままあるのでご注意を。 サイコ・サスペンス、ホラー系ミステリーのファンにオススメする。 |
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大阪府警シリーズの第4作。遺跡発掘を舞台に考古学界の闇を解明していく黒マメ・コンビの活躍を描いた警察ミステリーである。
遺跡発掘現場で、崩れ落ちた土砂の下から現場責任者である大学教授の死体が発見された。事故死かと思われたが不可解な点が多く、府警捜査一課が乗り出したところ、死体から採取された土が現場の土とは一致しないことが判明、殺人事件として捜査が始まった。さらに、別の発掘現場では教授と同じ研究室のスタッフが墜死するという事故が発生し、警察が二つの事態の関連性を中心に捜査を進めると、研究室を中心にした複雑な人間関係、権力争いが見えてきた。これは連続殺人事件なのか、動機は何か、日ごろはグータラで文句たれの黒マメ・コンビだが、マメちゃんの鋭い推理を基に寝る間も惜しんで真相解明に奮闘した・・・。 謎解きミステリーとしてはやや平凡、よくあるパターンの展開と言えるのだが、大阪府警シリーズのキモとなる軽妙な会話とユーモア、綿密な取材に基づく業界の内情の暴露と社会的な問題提起という構成が高い完成度を見せた作品である。特に、黒マメ・コンビの掛け合いが見事で、二人のキャラクターが生き生きと眼前に現われて来るのが楽しい。 大阪府警シリーズの成熟を告げる作品として、シリーズ・ファン、黒川博行ファンは必読。軽めの警察ミステリー・ファンにもオススメする。 |
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フランスの女性作家の本邦デビュー作。成り行きで起きた殺人を隠蔽するために被害者の生存を偽装し、罪をかぶせる犯人を捜し出すという奇抜なアイデアのノワール・サスペンスである。
フランスの片田舎で夫、二人の娘と暮らすアレックスが営むペンションを、大物作家・ベリエがお忍びで訪れた。気さくな人柄で家族と親しくなったベリエだったが、若い頃に作家志望だったアレックスに興味を持ち、ある夜、アレックスを強姦しようとする。アレックスは必死で抵抗するうちに、弾みでベリエを殺してしまった。若いときに暴行事件を起こして精神科病院に入れられたことがあるアレックスは警察に届け出るのをためらい、死体を隠してしまう。さらに、ベリエが生きていることを偽装するために、パリに出てベリエの個人秘書を装い、ベリエの周辺人物の中から罪を着せられる人物を見つけ、その人物がベリエを殺したように偽装しようとする・・・。 40歳の主婦が、殺した男が生きていると思わせるための偽装、新たな犯人を見つけ出し、その人物に罪をかぶせるための計略、しかも自分自身も身分も人格も別のものに変えて行動するという、極めてトリッキーなアイデアが抜群。何重ものリスクを負ったアレックスがさまざまな危険に出会うたびに、読者はハラハラドキドキし、最後までスリルとサスペンスを堪能することになる。女性差別、都会と田舎の格差、ネット社会の罪悪など、現代社会が抱える問題も主要なテーマになっているのだが、それを抜きにして、ノワール・サスペンスとして十分に満足できる傑作である。 ジャンルを問わず、ミステリーファンならどなたにもオススメしたい。 |
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デビューから間もない1985年の作品。彫刻の世界を舞台に、芸術家たちの欲望が生み出した事件を女子大生コンビと兵庫県警の刑事が解明する正統派ミステリーである。
京都の美大に通う美和と冴子のコンビが彫刻界の大物に嫁いだ美和の姉の邸を訪ね、邸内のアトリエで倒れている姉を発見した。姉の命は助かったのだが、現場の状況から睡眠薬を飲みガス栓を開いての自殺未遂と推定された。ところが、事件後から姉の夫の行方が分からなくなっていることから、警察は夫による自殺偽装を疑うようになった。警察の捜査とは別に、好奇心旺盛で行動派の美和は冴子を巻き込んで独自に犯人探しを始め、なかなかの素人探偵ぶりを発揮し・・・。 謎解きの構成、登場人物たちの軽妙な会話、業界の裏話から生まれるリアルなエピソードなど、代表作である大阪府警シリーズほどの完成度ではないが、そこに至る道筋がくっきりと見える傑作エンターテイメントである。 黒川博行ファンには絶対のオススメ。謎解きミステリー、軽快なバディもののファンにもオススメする。 |
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これまでお目にかかったことが無かったニュージーランド発のミステリー。しかも、車椅子の素人探偵が未解決事件の謎を追ってアクション・シーンを展開するという珍しいことばかりの作品である。
ニュージーランド最南端の小さな町の人里離れたコテージに引っ越して来たフィン。ビジネスでは成功していたものの精神のバランスを崩し、酒に溺れた末に交通事故を起こして車椅子生活になり、すべて投げ出して移住して来たのだった。住み始めて間もなく、隣りの農場を訪れたフィンは、そこで出会った三兄弟・ゾイル家に強い違和感を覚える。さらに、フィンが住み始めたコテージの前の持ち主の女性の娘と夫が26年前に相次いで行方不明になり、しかも娘の骨の一部がゾイル家の敷地から発見されていたことを知り、事件を調べてみようとする。ゾイル家の三兄弟は取り調べを受けたものの起訴されることは無く、事件は未解決のままなのだが、フィンは三兄弟の犯行だと確信する。決定的な証拠が見つからない事件に焦燥を深めていたフィンは、今度は三兄弟から脅迫されるようになった。 ニュージーランド南端の荒涼とした風景をバックグラウンドに、不気味な登場人物、独特の文化的背景から生まれる人間関係が重苦しいドラマを展開する。さらに主人公が人生に絶望した車椅子生活者という点もどんよりした雰囲気を強めている。謎解きミステリーとしては一定のレベルに達しているのだが、周辺エピソードがあちこちに飛んでストーリー展開が遅いのが難点。珍しいニュージーランドの文化、自然、社会風俗の面白さはあるもののミステリーとしての面白さが削られる結果となっている。 謎解きミステリー、サスペンス作品のファンにオススメする。 |
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アメリカでは人気があるベテランなのに、これまで日本では1作しか邦訳されていなかったフェスパーマンの20年ぶりの邦訳作。1979年のベルリンと2014年のアメリカを行き来しながら、冷酷非常なスパイの世界を生きた女性たちの苦悩と誇りを描いた歴史スパイ・ミステリーである。
冷戦下のベルリンでCIA支局の末端職員として隠れ家(SAFE HOUSE)の管理を担当するヘレンは、点検のために訪れた隠れ家で聞いてはいけない会話を録音してしまった。さらに、支局の現場担当官・ギリーが情報提供者の女性をレイプする現場に遭遇、憤りを覚えたヘレンは出来事を上層部へ報告したのだが支局長はまともに対応せず、あろうことか規律違反としてヘレンを解職し、アメリカ本国へ送還しようとした。それから35年後、メリーランド州の農場で主婦として生活していたヘレンが夫とともに、知的障害者である息子に射殺されるという悲惨な事件が発生した。長く故郷を離れていて葬儀のために帰郷したヘレンの娘・アンナは「両親と弟に何があったのか」、真相を探るため、実家の隣を借りている失業中の男・ヘンリーに調査を依頼する。ところが実は、ヘンリーはある組織からヘレンを見張る仕事を受けて引っ越して来ていたのだった・・・。 冷戦下でCIAがもみ消そうとした不祥事が35年後の悲劇につながって行く。スパイ組織がかかえる闇を、35年の時空を超えてじわじわと暴いて行く物語構成が絶妙。1979年ではヘレンが主役となって活躍し、2014年ではヘレンは死んでおり、その娘のアンナが活躍し、なおかつ2つの出来事がしっかりと連結されているのが面白い。歴史スパイ・ミステリーの設定ではあるが、物語の主眼は女性蔑視の取り付かれたスパイ組織に対する女性たちの反乱に置かれており、極めて現代的な社会派ミステリーである。なおかつ謎解き部分も秀逸で、最初から最後まで緊張感を持って読み進められる。 スパイ同士の諜報戦ではないので、スパイ小説ファンというよりはミステリーファンにオススメしたい。 |
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88歳にして現役作家として活躍するジョン・ル・カレの25作目の長編小説。得意分野であるスパイの世界が題材だが、単純な諜報戦に終わらせず、個人の忠誠心と組織の論理、祖国への愛憎、自律と信頼関係など、人間が誇り高く生きるとはどういうことかを追及した、味わい深いスパイ・ミステリーである。
ロシア対策で実績を残して来たイギリス秘密情報部員・ナットは、そろそろ引退を考えていたのだが、帰国したロンドンでロシア対策を担当する弱小部署の再建を依頼される。赴任してみるとそこは、使えないスパイを集めた吹き溜まりのような部署だった。それでもナットは自分で仕事の意義を見つけ出し、ロシアの新興財閥がらみの怪しい資金移動を調べ始めるのだった。プライベートでは趣味のバドミントンを続けており、所属クラブのチャンピオンとして、ある若者・エドの挑戦を受け、定期的にプレーする仲になる。そんなとき、あるロシア人亡命者から「ロシアの大物スパイがロンドンで活動を始めそうだ」という情報がもたらされ、秘密情報部全体で取り組む大きな案件として動き始めた・・・。 ロンドンを舞台にしたロシアとイギリスの諜報戦、と見せかけて、最後にはあっと言わせる構成が見事。読者は決して騙される訳ではなく、論理的に説得されて、どんでん返しを楽しめる。全体的に、昔の作品に比べてストーリー展開が分かりやすく、エピソードやキャラクターを十分に楽しむことが出来る。いつまでも殻を破り続けるル・カレの凄さに感嘆する傑作である。 古くからのル・カレのファンにはもちろん、若い読者にも自信を持ってオススメする。 |
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2019年に発表された著者3作目の書き下ろし長編。現在の子供たちが置かれた状況をどう改善して行くのか、近未来の設定でその解答を試みた意欲的な社会派ヒューマン・ミステリーである。
義務教育期間の生徒全員に「ライフバンド」装着が義務づけられ、SOSを求める子供がライフバンドを起動させると「児童救命士」が駆けつけるという制度が機能している社会。新人「児童救命士」の長谷川は初任地である江戸川児童保護署で様々なケースに遭遇し、自分の経験不足、無力さに悔しさを痛感しながらも「子供たちを救う」という使命感だけを頼りに奮闘する。SOSを発する子供は何らかの問題に直面しているはずなのに、その悩みをなかなか素直には告白してくれない。その裏側には「その大人が信頼できるのか?」という、子供の真剣な迷いがある。その迷いを断ち切るには、大人の側からどこまでも子供を信じることではないか? 長谷川は、冷笑的な世間からは鼻で笑われそうな信念を持つようになる。 4章に別れていて、それぞれに現実に起きた事件を想起させるエピソードが使われている。それだけに、作者の意図するものがリアルに見えて来て、作者自身も迷いながら、考えながら問題に取り組んでいることが伝わって来る。どれも簡単に正解が分かるような問題ではなく、読む側にも解答を考えることを求めて来る重さを持っている。ミステリーとしての完成度は高くなく、文章力もさほどではないが、テーマの追及力で読ませる作品である。 社会派ミステリー、ヒューマン・ミステリーのファンにオススメする。 |
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スウェーデンでは絶大な人気を誇りながら、何故か日本では1作しか翻訳されていなかった大物作家による新シリーズの第一作。猪突猛進型の警察官が奇怪な連続少女誘拐事件の謎を解く、サイコ・サスペンスであり、第一級の謎解きミステリーある。
15歳の少女が誘拐され、犯人側から何の接触も無く三週間が過ぎたとき、匿名の目撃情報が寄せられた。少女の姿を見たという廃屋に急行したベリエル警部たちが突入すると中は無人で、なおかつ仕掛けられたブービートラップで警官が負傷する被害を受けたのだが、地下室には明らかに誰かが監禁されていたあとが残されていた。この一年半ほどの間に15歳の少女が誘拐された、同じような事件が二件あることを突き止めたベリエルは連続少女誘拐事件として捜査しようとするのだが上司に否定され、無断で捜査を進めることにした。その三件の現場写真に同じ女性が写っているのに気づいたベリエルは、女性の身元を突き止め、取り調べることになったのだが・・・。 少女誘拐事件の犯人探しがメインなのだが、捜査を担当するベリエルと容疑者と目された謎の女性の間にある関係性が判明し、驚愕の展開を見せるようになる。その事件というか背景は陰惨きわまりなく、さらに凄惨なサイコ・シーンが続くのだが、物語の構成がしっかりしているので、ジェフリー・ディーヴァーに負けないジェットコースター気分を楽しめる。伏線の回収も納得できる展開で、最後まで飽きさせない。 北欧の警察ミステリーとしてはやや異色の作品だが、従来からの北欧ミステリーのファンにも十分に満足できる高レベルなエンターテイメント作品としてオススメする。 |
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東野圭吾の初期の長編ミステリー。孤立した山荘での密室殺人とマザー・グースに隠された暗号という、オーソドックスなジャンルに挑戦した、若さと意欲を感じさせる謎解きミステリーである。
白馬にあるペンション「まざあ・ぐうす」で死んだ兄の自殺扱いに疑問を抱いた女子大生・ナオコは、親友であるマコトと二人で真相解明に乗り出した。山の中の孤立したペンションには毎年、同じようなメンバーが集まり、オーナーやスタッフも含めて全員で仲間意識を高めていると知り、兄が死んだのと同じ時期に「まざあ・ぐうす」を訪れる。ペンションの各部屋にはマザー・グースにちなんだ名前がつけられ、それぞれの名前の由来を示す額が掛けられていた。兄が熱心に額を調べ、そこに隠された暗号を解明しようとしていたと知ったナオコとマコトは自分たちでも暗号を解こうとする。そんな中、新たな殺人事件が発生し、二人はいよいよ兄が殺害されたことを確信するようになった・・・。 密室で死んでいた兄の事件の謎を解く密室トリックと、マザー・グースの額に隠された暗号を解くという、ダブルの謎解きに挑んだ意欲的なミステリーである。密室トリックの方は論理的で腑に落ちるのだが、マザー・グーズの暗号はあまりにも飛躍が大きくてすんなりとは納得しずらく、違和感が残るのが残念。 ファンを選ばないオーソドックスな謎解きものなので、ミステリーファンならどなたにもオススメできる佳作である。 |
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大傑作「模倣犯」から9年後、事件で主要人物だったライター・前畑滋子が再び難事件の謎を解く、真相解明ミステリーである。
事件から9年を経てライターとして再起し始めた前畑滋子のもとに、12歳の息子を交通事故で亡くした母親が訪ねて来て「息子には超能力があったのではないか。真実を知りたい」と依頼された。子を思う母の真摯さにほだされた滋子が、超能力の現れだという遺された絵を手がかりに調査を進めると、16年前に殺害され自宅の床下に埋められていたという少女殺害事件に遭遇した。娘の殺害を自供した土井崎夫妻は、なぜ娘を殺したのか、なぜそれを16年間に渡って隠し続けてきたのか? 二人の子供の死を巡り、物語は家族の愛憎、死の受容、そして再起への苦闘という壮大なテーマのドラマへ広がって行く。 事件の真相解明のプロセス、事件の背景となる状況の説得力は力強く、謎解きミステリーとして極めてハイレベルである。しかしいかんせん、事件発覚のポイントが12歳の子供の超能力(サイコメトラー)というのが、何とも残念。さらに、滋子が事件の真相を確信したのも超能力の存在を信じたからというのも、ファンタジー的で納得できなかった。それでも、最後まで引きつける物語としての魅力を失っていないのはさすがである。 「模倣犯」を読んでいてもいなくても楽しめる。超能力、サイコメトラーなどに関心がある人にはオススメだ。 |
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2004〜5年に雑誌掲載された8本の連作短編集。8年後に小惑星が衝突し地球は滅亡すると予告されてから5年後、仙台市のとある団地に住む(逃げないで残った)人びとが織り成す、8つのドラマ。突拍子もない前提の世界だが、人間らしさとは何かをゆっくりと分からせてくれるヒューマン・ドラマである。
予告が発せられた当初は人びとは混乱し、パニックによる暴動や事件が頻発したのだが、5年も経つと多少は慣れてきて、世の中は不安をはらみながらの小康状態が続いていた。団地に住んでいるのは、それぞれの事情があって逃げなかった人たちで、常にあと3年の期限を意識しながら、それぞれの日々を過ごしている。8つの物語、それぞれの主人公は死と隣り合わせの世界で、家族について、生きる意味について、将来(!)について、地球滅亡の予告など無い世界の人びとと同じように悩み、考え、行動して行く。その、皮肉な見方をすれば無駄な努力が、とても尊いものに見えてくる。設定自体はSF的なのだが、物語はまさに現在の社会を反映したヒューマン・ドラマである。 死を目前にした終末の物語だが、内容はとても明るく、ユーモラスで、良質なエンターテイメント作品である。ミステリー・ファンに限らず、幅広い読書ファンにオススメしたい。 |
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本国スウェーデンを始め北欧では大人気の「エリカ&パトリック事件簿」シリーズの第10作(表4解説)。30年前と同じ状況で発生した幼女殺害事件を巡る警察ミステリーであり、異端の者、弱者に対する暴力、恐怖を嫌悪に変換せずにはいられない人間の醜さと悲しさを描いた社会派ミステリーでもある。
フィエルバッカ郊外の農場で、その家の4歳の少女・ネーアが行方不明になり、警察、地元住民の捜索により死体で発見されたのだが、そこは30年前に同じ農場の4歳の娘・ステラが惨殺死体で発見された場所だった。ステラ事件では、ステラのベビーシッターを頼まれていた当時13歳の少女二人が取り調べられ、当初は犯行を自白したのだが後に否認、未成年だったこともあり逮捕されることはなかった。二人の少女のうちマリーはハリウッド女優として成功し、新たな映画撮影のためにフィエルバッカに戻って来たばかりだった。もう一人の少女・ヘレンは父親の友人だった年上の軍人と結婚し、地元で園芸店を営んでいた。ネーアとステラ、二つの事件の類似性に悩まされながらパトリックたちは30年前の事件も掘り起こして捜査を進めたのだが真相解明は遅々として進まなかった。そんな中、シリア難民の犯行だと断言するものたちが現われ、難民収容所が放火される事件が発生し、捜査はさらに混迷した。 幼女殺害事件の犯人探しが本筋だが、現在の事件だけでなく、30年前の事件の解明まで必要になりストーリーはどんどん複雑になる。それに加えて、外国人排斥、親子の断絶、学校でのいじめ、17世紀の魔女狩りも重要なテーマになっており、上下巻1000ページを超える大作なのだが、登場人物のキャラクターが立っていることと「人物関係図」が添付されていることで、さほど苦労することなくストーリーを追うことが出来る。 格差や差別化が激しくなり分断が広がる一方の社会に対する著者の怒りの熱量がひしひしと伝わる熱い物語だが、ミステリーとして、エンターテイメントとしての完成度が高く、読書の楽しみが損なわれることはない。 シリーズファンはもちろん、北欧ミステリーに限らない幅広いジャンルの現代ミステリーファンにオススメしたい。 |
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2004〜5年に雑誌連載された11作品を収めた短編集。平成の時代を漂う若い男たちが個性的な女たちと出会い、別れる、ちょっとおかしくて悲しげなラブストーリーたちである。
文庫200ページ余りに11作品が収録されており、1作品は20ページ弱。しかも、登場人物たちがキャラ立ちしていて話の展開が分かりやすいのでスイスイ読める。だが、作品に込められた女性たちの強さが印象的でリアリティがある。 ジャンルを問わず、面白さを求める読者にオススメしたい。 |
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2018年に発表された書き下ろし長編。双子のテレポーテーションという、ちょっと微妙な裏技をメインにした勧善懲悪ミステリーである。
すぐに暴力を振るうクズの父親と自分の身を守るのに精一杯の母親の家で虐待されている双子の兄弟。兄の優我は勉強ができる論理派、弟の風我は運動が得意な直情派という性格の違いはあるが外見はそっくりで、本人たちも二人で一つと考えていたのだが、ある年の誕生日に二人が瞬間移動して入れ替わることに気が付いた。しかも、年に一回、誕生日の日に二時間おきに入れ替わるのだ。虐待される日々の苦しさを乗り越えるために、二人はこの特殊な出来事を利用することを考えた。そして青年となった時、因縁の父親と対決することになる。 親子間の虐待がメインで、さらに学校でのいじめや嗜虐的なサイコなど、暗くて陰惨なエピソードが多く、いつもの伊坂作品のようなふわっとしたストーリー展開が無い。読み通すのが辛くなる作品である。それでも、邪悪なものを許さない基本姿勢と人のトランスポーテーションというファンタジーで、最後まで飽きさせない。 積極的にオススメする要素は少ないが、伊坂幸太郎ファンなら読んで損は無いと言える。 |
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1987年から91年にかけて雑誌掲載された6作品を収めた短編集。著者初の短編集だが、それぞれに工夫や才気を感じさせる秀逸な作品揃いである。
バブル真っ盛りの大阪で小狡く立ち回る小悪人たちと大阪府警の刑事たちが繰り広げる、ちょっとユーモラスで人間味を感じさせる犯罪小説は、関西の喜劇を見るようで肩肘張らずに楽しめる。 ミステリーファンのみならず、人情もののファンにも安心してオススメできる佳作である。 |
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2004年文芸誌に掲載された恋愛小説。ものを思うことが生きる力になることを、若い女性の恋心で表現した文芸ロマンである。
小さな港町でOL生活を送る小百合は、自分の町をリスボンだと夢想することで、非日常の世界を楽しんでいた。地味で目立たず、無理をしない、臆病な小百合を支えているのは弟が、女子なら誰もが憧れる超イケメンであることだった。それが、高校の同窓会に無理やり誘われて参加したことから、現実世界でも過去と現在が入り交じる非日常な展開に巻き込まれることになった。さらには、弟が恋した相手が、自分以上に地味で臆病そうな女だったことにも動揺し、アイデンティティの危機に陥った。そんなさなか、恋の予感を感じさせる出会いがあったのだが・・・。 全体構成が抜群に上手い。田舎の港町をリスボンだとして生きる地味なOLという設定が物語が上滑りするのを防いでいて、しみじみと面白さが沸いて来る佳作である。 性別、年齢を問わず、人生の迷い道に差し掛かっている人にオススメしたい。 |
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