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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1393

全1393件 621~640 32/70ページ

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No.773:
(7pt)

3作目にしてマンネリだけど、笑える

「ワニ町シリーズ」の第3作。前2作と同じメンバーが同じような騒動を繰り返すのでややマンネリではあるが、しっかり笑えるユーモアミステリーの傑作である。
身分を隠したCIA工作員・フォーチュンが仲良くなった町の老女のリーダーであるアイダ・ベルが町長選挙に立候補。対立候補・テッドと公開討論会を開いたのだが、その直後、テッドが毒殺された。アイダ・ベルたちが作っている「咳止めシロップ」(実は密造酒)を飲んで死んだという。犯人扱いされて身柄を拘束されたアイダ・ベルを救うためにフォーチュンは、老婦人仲間のガーティの力も借りて、アイダ・ベルの無実を証明しようと立ち上がる。その結果、南部のワニ町・シンフルは大騒動になる・・・。
シリーズ愛読者ならすぐに展開が読めてくるワンパターンの話なのだが、エピソード、会話が軽快で人物のキャラが強烈なのでやっぱり面白い。良質なコメディを見るように、話の流れに身をゆだねているだけで満足できる。
シンフルの町にすっかり溶け込んでるように見えるフォーチュンだが、この町に移ってきてからまだ二週間しか経っていないという設定にビックリ。たった二週間で3つの作品になってしまうスピード感こそ、本シリーズの魅力である。さらに、本作ではフォーチュンが猫を飼うようになり、シリーズはまだまだ続いて行きそうなので楽しみにしたい。
ユーモラスで楽しいミステリーを読みたい方に、自信を持ってオススメする。
生きるか死ぬかの町長選挙 (創元推理文庫)
No.772:
(8pt)

いつもながら抜群のテンポの良さと会話の面白さ

夕刊紙連載に加筆・修正した長編小説。大阪府警シリーズには分類されていないが、大阪府警の刑事二人を主人公にしたクライム・アクションである。
府警麻薬対策課の桐尾と上坂は34歳の同期生。同じ班に配属されている二人が覚せい剤取引捜査中に、容疑者が借りていたガレージで中国製のトカレフを発見した。本部長表彰も貰えるのではないかと期待したのだが、その拳銃が迷宮入りした和歌山県での銀行副頭取射殺事件で使用されたものであることが判明し、二人はその事件への専従捜査を命じられる。事件を担当した和歌山県警に赴くと、二人を迎えたのは定年間近でやる気が無い、ハグレ刑事の満井だった。やってるフリだけの捜査を進めていた三人だったが、満井は桐尾と上坂に「事件に関係したと目される暴力団幹部に、偽って別のトカレフを売りつけよう」と持ちかけてきた。刑事が暴力団に拳銃を売るという、とんでもない犯罪行為だが、金に釣られた二人は誘いに乗って危険なおとり捜査に加担することになった・・・。
とてつもなく無茶な話だが、前半の麻薬常習者との内偵捜査の駆け引き、後半のやくざたちとの取引ともに、黒川節でテンポよく語られて行くと妙なリアリティがあり、どんどん引き込まれていく。また、大阪弁での会話の躍動感がストーリーを生き生きと彩って飽きさせない、一級品のエンターテイメントである。
黒川博行ワールドにどっぷり浸れる作品として、自信を持ってオススメできる。
落 英
黒川博行落英 についてのレビュー
No.771:
(6pt)

本格派の密室ものの割にはチープなトリック

「フランスのカー」と言われる作者の代表作「ツイスト博士シリーズ」の第1作。2003年の文春ミステリーベスト10の2位、このミスの4位にランクされた本格派ミステリーである。
1940年代後半、そこに住んでいた夫人が自殺したことから「幽霊屋敷」と呼ばれていたイギリスの片田舎にあるダーンリー屋敷に、霊能者を名乗る夫婦が引っ越してきた。夫婦は、屋敷の主・ヴィクター、隣家の住人で妻を事故で亡くしたばかりのアーサーなどを巻き込んで、密室での交霊実験を行うことにしたのだが、そこで新たな死体が発見された。続発する怪奇現象、密室殺人・・・名探偵ツイスト博士は、重なり合う謎を解くことが出来るのだろうか?
1987年の作品だが、カーに対するリスペクト、本格派をめざしたというだけあって、全体的に古過ぎる。ストーリー展開はまずまずだが、トリック、謎を解く探偵の推理など、どれも退屈と言わざるを得ない。
いわゆる本格派マニアの方以外にはオススメしない。
第四の扉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ポール・アルテ第四の扉 についてのレビュー
No.770:
(6pt)

死者の数の割には盛り上がらず

百舌シリーズの第8作にして完結編。これまでの物語の総仕上げにしてはサスペンス不足の感が否めない、やや期待はずれの作品である。
政界を引退し静かに暮らしていた大物政治家が、首筋に千枚通しを突き刺されて殺害された。かつての事件で絶滅したはずの「百舌」が復活したのか? 大杉、倉木、残間ら関係者は、それぞれの立場から事件の真相を追いかけるのだが、犯人に迫る寸前に行方をくらまされ、さらに「百舌」に関係したものたちが次々に殺害されていくのだった。
好評だったシリーズの完結編ということで、事件の背景や黒幕の陰謀などが明らかにされ緊迫したクライマックスを迎えるかと思っていたら、あっけない幕切れで、いささか期待外れ。殺害される人数は多いものの、それに見合う説得力もサスペンスも不足している。このシリーズ、「のすりの巣」で終結していた方が良かったと思う。
シリーズの最後を見届ける意味で、シリーズ愛読者にオススメする。
百舌落とし
逢坂剛百舌落とし についてのレビュー
No.769:
(7pt)

強過ぎる! 鷹匠・ネイトの無敵伝説

ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第12作。今回は、名脇役ネイトを主役に据えたアクション・サスペンスである。
ハヤブサを連れて鴨狩りをしていたネイトは、地元のハンターだと思って油断した三人組に襲われた。ネイトは反撃し三人とも射殺したのだが、肩を負傷してしまう。身の危険を感じたネイトは、家を焼き払い、行方をくらましてしまった。法執行機関の一員として仕方なくネイトの捜索に加わったジョーだったが、本音ではネイトの無罪(正当防衛)を信じ、何とか助けられないだろうかと悩んでいた。親しくしているインディアンや昔の仲間を頼って逃亡を続けるネイトだったが、ネイトの過去に繋がる闇の組織はネイトの関係者を次々に襲い、執拗に追跡し、ついにはジョーの家族にまで脅迫の手が迫って来た・・・。
いつも通りの森林地帯での冒険劇なのだが、今回はネイトの過去にまつわる政治的謀略が加えられており、ネイトの隠された過去が明かされる点でシリーズ中でも重要な作品となっている。それにしても、ネイトの強さは凄い、凄過ぎる。ブルース・リーやランボーに負けず劣らずである。対照的に、本来の主人公であるジョーの弱さが際立っている。それでも主役はジョーであり、彼の誠実さ、愚直さが勝利を収める時、読者は安心する。
シリーズ愛読者には必読。アクション・サスペンス愛好家にもオススメしたい。
鷹の王 (講談社文庫)
C・J・ボックス鷹の王 についてのレビュー
No.768: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

擬人化された車という設定が楽しめるか否か

新聞連載を単行本化した作品。平凡な家族と愛車が事件に巻き込まれ、ドタバタしながらも正義感のある結末にたどり着くという、ファンタジー・ミステリーである。
シングルマザーである母・郁子、気がいい大学生の長男・良男、反抗期の長女・まどか、沈着冷静な10歳の次男・亨という家族の愛車は緑のデミオ。免許取り立ての良男が助手席に亨を乗せてドライブ中にデミオに突然乗り込んできたのが、有名な女優・荒木翠だった。しかも、荒木翠がデミオから降りたあとでパパラッチから逃げる途中に事故死したため、一家は事件に巻き込まれてしまった。
基本的には不可解な事態が起き、悪人が横暴に振る舞い、それに対して善良な人物たちが知恵を絞って抵抗していくという、いつも通りの伊坂ワールドの作品なのだが、本作は喋る車が狂言回しとなっているのがユニーク。車が感情を持ち、車同士で会話する、そこを面白いと感じられるか否かで、本作に対する評価は全く異なって来る。
ミステリーとしてはさほど深みはなく、ファンタジー作品、青春ミステリーに親和性がある読者に向いた作品と言える。
ガソリン生活
伊坂幸太郎ガソリン生活 についてのレビュー
No.767:
(8pt)

人間は何をしても、いつだって失敗なんだ

ヴァイオリン職人シリーズの第3作で、なんと日本向けの特別書き下ろし作品だという。北欧ノルウェーを舞台に人間の愚かさ、切なさ、愛しさを描いた人間味豊かな傑作ミステリーである。
20年前にイタリア・クレモナのヴァイオリン製作学校でジャンニの教え子だったノルウェー人・リカルドが母校を訪れ講演をした夜、殺害され、ノルウェーから持ってきていた古い弦楽器ハルダンゲル・フィドルが消えてしまった。大した市場価値がある訳でもない楽器が、殺人の動機になるのだろうか? クレモナ警察の刑事で友人のアントニオの捜査に協力するためにジャンニは、真相解明のためアントニオ、恋人のマルゲリータと一緒にリカルドの葬儀に参列することになったのだが、雨の日ばかりが続くフィヨルドの港町・ベルゲンで三人が出くわしたのは、新たな殺人事件だった・・・。
前2作と同様、本筋は犯人探しなのだが、本作でもヴァイオリンや音楽にまつわるエピソードが重要な役割りを果たしており、殺人事件ながら血腥いところや暴力的なところはほとんどない。だからといって退屈ではなく、謎解き、サスペンスはたっぷり堪能できる。さらに、老練な職人であるジャンニの深い人間観察から発せられる含蓄に富んだコメントが味わい深く、ヒューマン・ドラマとしても傑作と言える。
幅広いミステリーファンが満足できる作品だが、シリーズ物なので、先に前2作を読むことをオススメする。
ヴァイオリン職人と消えた北欧楽器 (創元推理文庫)
No.766:
(8pt)

単純で面白い、アクション・ノワール

テレビドラマ脚本家の長編デビュー作で、2018年エドガー賞最優秀新人賞の受賞作。無法者の父親と11歳の娘がギャング団に報復する、暴力的で痛快なアクション・ノワールである。
刑務所でギャング団とトラブルを起こしたネイトは、出所したときに自分はもちろん、元妻と娘にも抹殺指令を出されたことを知る。元妻と娘を守るために駆けつけたのだが、元妻は既に殺害されていた。残された娘・ポリーを何が何でも守ろうと、ネイトはポリーを連れてロサンゼルスへ逃げ込んだのだが、最終的にギャング団の抹殺指令を解除させるには反撃するしかないと決心し、ポリーと二人で命を賭けた戦いを挑むことになる・・・。
11歳の娘と組んで強盗をやりギャング団をやっつけるという荒唐無稽な話であり、作者が「レオン」や「子連れ狼」にインスパイアされたと語っている通り、映像的、漫画的な作品で、ストーリーや場面の華やかさ、スピード感を楽しむ作品である。物語の背景やテーマがどうのこうのではない、シンプルなエンターテイメントとして楽しめる。
まさに「レオン」や『子連れ狼」、タランティーノ作品がお好きな方にオススメだ。
拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)
ジョーダン・ハーパー拳銃使いの娘 についてのレビュー
No.765:
(8pt)

雪深い森で弱者を守る、古き良きアメリカン・ヒーロー

「ワイオミング州猟区管理官・ジョー・ピケット」シリーズの第2作。猛烈な雪嵐が襲う深い森林を舞台に、正義を貫き、弱者を守ろうとする心優しきヒーローを描いた情感豊かなミステリー・アクションである。
ジョーは、何頭ものエルクを射殺した違法ハンターを逮捕したものの連行中に逃げられ、激しく降り始めた雪の中でようやく追い付いてみると、ハンターは無惨に殺されていた。日ごろから対立している保安官と折り合いを付けて犯人探しに加わったジョーだったが、殺されたハンターが森林局の役人だったことから乗り出してきた政府の役人たちに振り回されることになる。さらに、反政府主義グループが地元の国有林にキャンプを張り、状況は一段と悪化していった。しかも、そのグループにはジョー夫妻が養女にしようとしているエイプリルの母親がいて、エイプリルの親権を主張し、取り戻そうとする問題も発生した。理不尽な法律や邪悪で卑劣な人々に対し、家族を愛する実直な正義漢・ジョーは限界まで戦いを挑んでいく・・・。
古き良きウェスタンを思わせる主人公と悪役との対立という構成が成功している。さらに、ジョーの人柄の良さが読者を引きつけるし、悪役の狡猾さが際立っているので、窮地に陥ったジョーが反撃に出た時は思わず拍手喝采、まるで高倉健の唐獅子牡丹のような爽快さを覚える。猟区管理官という、武器を携帯する役人ながら大した権力を持たない主人公の設定が、単なる銃撃戦だけのアクション小説とは一線を画し、自然や家族に対する愛情が伝わる味わい深い物語となっている。
本作以降の作品では重要な役割りを果たすことになる鷹匠・ネイトが登場する、シリーズ的に重要な作品として、シリーズ愛読者には必読。さらに、現実感のあるヒーローもののファンにもオススメする。
凍れる森 (講談社文庫)
C・J・ボックス凍れる森 についてのレビュー
No.764:
(9pt)

舞台設定と物語のテーマが見事に一致

デビュー作「渇きと偽り」が高い評価を得た「連邦警察官フォーク」シリーズの第2弾。オーストラリアの大自然を舞台に、密室劇とも言うべき心理サスペンスが繰り広げられる濃密なヒューマンミステリーである。
企業の研修合宿でオーストラリアの深い森に送り込まれた5人の女性たちが道に迷い、疲れ果てて集合地点に到着した時、人数は4人に減っていた。消えたアリスがいつはぐれて森に入ったのか、他の4人は誰も見ていないという。また、アリスは誰の恨みを買ってもおかしくないほど身勝手な人物だったという。アリスは実はフォークたちが捜査を進めていた企業の内部協力者で、しかもフォークの携帯電話にはアリスが行方不明になったタイミングで発信された「〜彼女を苦しめて〜」という謎のメッセージが残されていた。アリスは一人で勝手に行動して遭難したのか、それとも何か事件に巻き込まれたのか?
大干ばつに苦しむ前作とは180度違って、今回は雨が降り止まず、携帯電波も届かない深い森が舞台である。外界から隔絶された厳しい自然の中に取り残された5人の女性たちの壮絶な人間ドラマとワイダニット、フーダニットが見事に重なり合って息詰まるサスペンスが繰り広げられる。また、主人公・フォークの人間性を示唆するドラマも興味深い。
本格的な謎解きミステリーとして、人間観察をベースにしたサスペンスとして読み応えがあり、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。
潤みと翳り (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジェイン・ハーパー潤みと翳り についてのレビュー
No.763: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

軽快なストーリー展開のロードノベル&ノワールの傑作

2018年度ハメット賞受賞作。超絶な技能を持つ殺し屋に追われながらニューオーリンズからロサンゼルスをめざす犯罪組織幹部の逃避行を描いたロードノベルであり、アウトローの美学を描いたノワールでもある。
1963年、ダラスでケネディ大統領が暗殺されたとのニュースを聞いて、犯罪組織幹部・ギドリーはいやな予感を抱いた。数日前、ボスからダラスに置いて来るように頼まれた車は、暗殺犯が乗って逃げるためだったのではないか? だとすると、その秘密を知っている自分は消されるのではないか? 恐怖に駆られて西へ逃げ延びようとするギドリーを追うのは、頭が切れて執念深い凄腕の殺し屋・バローネだった。ギドリーが逃走中のモーテルで出会ったのが、二人の娘と犬一匹を連れて家出してきたオクラホマの主婦・シャーロットで、家族連れと偽装するためにギドリーは彼女たちと一緒に旅することになる。やがてギドリーとシャーロットたちは心を通わせ、本当の家族のようになろうとしていたのだが、すぐ背後にはバローネが迫ってきていた・・・。
1960年代、ルート66を西へひた走る、典型的なアメリカン・ロードノベルである。しかも、犯罪組織の容赦ない暴力が加味され、さらに主要人物のキャラが抜群で、リーダビリティの良さと読み応えが見事に両立している。
前作「ガットショット・ストレート」でファンになった方はもちろん、レナード、ハイアセン、ウィンズロウのファンには文句無しのオススメ、傑作である。
11月に去りし者
ルー・バーニー11月に去りし者 についてのレビュー
No.762: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ヤクザ以上に外道になる警官の狂熱

「狐狼の血」シリーズの第2弾。ヤクザ相手の捜査でヤクザ以上に外道の道を歩むことになる、若き警察官の成長物語である。
先輩刑事・大上の不祥事の余波で広島の田舎の駐在に左遷された日岡は、久しぶりに立ち寄った小料理屋「志乃」で旧知のヤクザ幹部たちが接待している男が、対立する組織の首領を暗殺して逃亡し指名手配中の国光であることに気が付いた。旧知のヤクザたちへの迷惑を考えてその場を去った日岡だったが、彼が駐在する町のゴルフ場建設現場に国光たちが潜伏しているのを発見した。指名手配犯を逮捕すれば元の刑事に戻れるのではないかと考えた日岡だったが、国光と接触するうちに彼の男気に感化され、逮捕をためらうようになった・・・。
無軌道な暴力刑事だった大上に教育され、捜査のためなら違法行為も辞さない日岡が、男心に惚れたヤクザにどう対処して行くのか。予想を覆す日岡の行動が刺激的で、正義や法規より筋を通すことを重視する、ある種の狂気の世界に誘われる物語である。「仁義なき戦い」のように映画化されたら面白いだろう。
全体に前作のトーンを継承しており、前作を読んでいればすんなり物語世界に入って行けるため、ぜひ前作から順を追って読むことをオススメする。
凶犬の眼
柚月裕子凶犬の眼 についてのレビュー
No.761:
(7pt)

体を流すのか、心を流されるのか(非ミステリー)

2016年から17年にかけて雑誌連載された中編小説。沖縄の夜の底辺を舞台に居場所を移動させながら生きて行く女の一瞬の夢を描いた、ダウナーな風俗小説である。
北海道生まれで現在は那覇の安直な風俗店に住み込んでいるツキヨは、健康保険無しで治療してくれる歯医者を探して元歯医者で今は閉店したバーに身を潜めている万次郎、そこに同居しているヒロキに出会い、誘われるままに同居生活を送ることになる。それぞれに訳ありの二人と、ただ流されるままに生きてきたツキヨはお互いに干渉し合わないままゆったりとした日々を過ごしていたのだが・・・。
救いようがないようで、本人的には救われているツキヨの生き方にどれだけの共感を感じられるか? 釧路から沖縄の那覇に舞台を移したとはいえ、桜木紫乃の世界は薄曇りの霧に覆われている。その陰翳に面白みを見出せれば、本作は読むに値する。
光まで5分 (光文社文庫)
桜木紫乃光まで5分 についてのレビュー
No.760:
(8pt)

母なる存在の重さ

ご存知、フランスを代表する人気シリーズ「カミーユ警部」三部作の番外編。連続爆破を仕掛けた犯人とカミーユ警部の攻防を描いた「ワイダニット」中編ミステリーである。
パリ市内で爆弾事件が発生、直後に警察に出頭した28歳の青年ジャンは、あと6個の爆弾を一日に一個ずつ爆発するように仕掛けたと告げ、爆弾の設置場所を明かす条件として、殺人事件で留置されている自分の母親の釈放、自分と母親の二人でオーストラリアに脱出できること、500万ユーロの金を用意することを要求する。ジャンから指名されて取り調べることになったカミーユ警部は、青年の頑な態度の裏に隠された真の動機を探るべく必死で説得するのだが、彼の心を開くことが出来ないうちに2つ目の爆弾が爆発。カミーユと警察、政府は窮地の追い込まれるのだった・・・。
次の爆発が起こるまでに、爆弾を設置した場所を聞き出せるのか? ポイントが大きく行間が広い上に、たった200ページほどなので一気に読めるのだが、最後まで手に汗握るタイムリミット・サスペンスである。また、事件の背景もルメートルならではの複雑さで読み応えがある。
シリーズファンはもちろん、サスペンス・ファンには自信を持ってオススメする。
わが母なるロージー (文春文庫)
No.759: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

良くも悪くも予想を裏切らない

刑事・加賀シリーズの新作というか、従弟の松宮刑事を主役にしたスピンオフ作品。シリーズの持ち味を裏切らない、現代人情ミステリーである。
一人でカフェを経営していた50代の女性が殺害された。松宮刑事が捜査を進める中で浮かび上がってきた容疑者は、カフェの常連客の男性・汐見、被害者の元夫・綿貫など、数人いたのだが、犯行を決定付ける証拠が見つからなかった。そんな中、松宮の調べをヒントにした加賀刑事が犯人に接触し、自白を引き出したのだった。事件は一件落着と思われたのだが、割り切れない思いをかかえた松宮が独自に周辺調査を進めると、解き明かされたのは家族の絆とは何かに苦悩する普通の人々の出口のない葛藤だった。
あっさりと犯人が判明してしまうため、犯人探しミステリーとしては物足りないが、物語のメインテーマは現代版人情話で、その点では成功している作品である。登場人物が善人ばかりなので、気楽に読み進めることができ、読後感もいい。
シリーズのファンはもちろん、軽めのミステリー、人情ものファンにオススメだ。
希望の糸 (講談社文庫)
東野圭吾希望の糸 についてのレビュー
No.758:
(7pt)

話の発端と結末の落差にびっくり

「クリムゾン・リバー」の大ヒットで知られるグランジェのデビュー作。ヨーロッパとアフリカを往復する渡り鳥・コウノトリが帰って来なかったという環境保護のような話から残虐な殺人事件につながっていく、驚くべき構成のアクション・ミステリーである。
32歳のモラトリアム青年・ルイは両親の紹介で渡り鳥研究家のマックスから「毎年春に欧州に帰って来るはずのコウノトリが、今年はかなりの数が帰って来なかった。その理由を調べたい」と言われ、助手を務めることになった。コウノトリの渡りの道をたどって行く旅に出る直前、打ち合わせのためにマックスを訪ねると、マックスはコウノトリの巣で無惨に殺害されていた。さらに検死解剖の結果、マックスは心臓移植を受けた痕跡があるのに医療記録が存在せず、しかも巨額の出所不明金を持っていることが判明した。単なる愛鳥家ではなかったマックスは何者なのか? ルイはバルカン半島からトルコ、イスラエル、アフリカへと南下するコウノトリを追い始めるのだが、その行く先々で残虐な殺人に遭遇することになる・・・。
数々の殺人事件は、誰が、何のために起こしているのか? 素人探偵・ルイが犯人と犯行動機を探るためにヨーロッパからアフリカ、最後はインドまでを旅するロード・ノワールであり、またルイ自身が何度も危機に陥るサスペンス小説でもある。渡り鳥が帰って来ないという牧歌的な発端が血みどろの陰惨な事件につながるという落差の大きさが印象的で、インパクトがある作品である。
ホラー作品ではないがかなり血腥い描写も多いので、心して読むことをオススメする。
コウノトリの道 (創元推理文庫)
No.757:
(6pt)

ミステリーとしては型破りな主人公

フランスの女流ミステリー作家の代表作「アダムスベルグ警視」シリーズの第2作。ミステリーの常識を無視した、ファンタジー系の警視が主役という作品である。
フランス・アルプスの山村で羊がかみ殺される事件が連続し、その噛み痕の巨大さに村人たちは超大型の狼か、あるいは狼男の仕業かと噂し合っていた。そんな中、村外れで孤独な生活を送っている変人・マサールが狼男ではないかと言っていた女牧場主・シュザンヌが殺害され、その喉には巨大な噛み痕がついていた。マサールが犯人だと信じたシュザンヌの養子・ソリマンと牧場の羊飼いの老人・ハリバンは、行方が分からなくなったマサールを追いかけようとする。シュザンヌの友だちだったカミーユは、車の運転が出来ないソリマン、ハリバンのために運転手として同行することになった・・・。
三人によるマサール追跡がメインストーリーなのだが、さらにカミーユがカナダ人の野生動物研究家・ローレンスと同棲していること、カミーユがアダムスベルグかつての恋人だったことが物語の重要な構成要素となっている。なので、本作については、主役はカミーユと言える。しかし、事件を解明するのはアダムスベルグである。で、肝心のアダムスベルグの捜査であるが、これがもう直感としか言いようがない迷推理で唖然とさせられた。伏線の張り方、事件の背景の解明、犯罪動機の掘り下げなど、ミステリーの基本が無視されており、果たしてこれはミステリーなのかと疑問だらけである。
このシリーズは、もう読まないことにした。
裏返しの男 (創元推理文庫)
フレッド・ヴァルガス裏返しの男 についてのレビュー
No.756: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

実話をベースにした女スパイたちへの讃歌

アメリカではミリオンセラーを記録したという歴史ミステリー。史実に基づくものだけが持つ力強いエンターテイメント作品である。
ナチスドイツの空襲の傷跡が残る1947年のロンドン。戦時下のフランスで連絡が取れなくなったフランス人の従姉・ローズを探していたアメリカ人女学生・シャーリーは、手がかりを持っているはずの人物を訪ねるのだが、現われたのは両手の指が醜く潰れた酔っ払いの老女・イブだった。始めは全く関わろうとしなかったイブだったが、シャーリーが洩らしたローズの関連情報に興味を示して、ローズ探しを手伝ってもいいと言い出し、イブの運転手として雇われている元軍人のフィンとともに3人でフランスに渡った・・・。
実はイブは第一次世界大戦時、ドイツ占領下のフランス北部でイギリスのために諜報活動を行っていたスパイ組織「アリスネットワーク」の一員で、若さを武器に優秀な働きをしていたのだが、同時に、凄惨な経験もしてきた過去を持っていた。一方のシャーリーはアメリカの裕福な家庭で育った19歳の女学生だが、戦場から帰った兄が拳銃自殺するという経験があり、さらに自身も望まぬ妊娠により両親からプレッシャーを受けて自信喪失し、幼い頃から慕っていたローズを探し出すことで自分を取り戻そうとしていた。全く異なる背景を持つ二人だったが、それぞれの物語がフランスで交錯したことから、互いに影響し合いながら共通の目的に向かっていくことになる。
イブの視点から見れば復讐の物語であり、シャーリーの視点からは一人の女性として自立していく成長物語である。さらに、過去と現在を繋ぎながらフランスを旅するロードノベルであり、共通の目標に向かって力を合わせるバディ物語でもある。実在したスパイ組織をベースにしているだけに歴史小説としての完成度が高く、また逃げる人物を追いかけるマンハント・ミステリーとしてもよくできている。特に、敵役であるフランス人のレストラン経営者の悪辣ぶりが秀逸で、物語に深みを加えている。
007をはじめとするスーパースパイものとは一線を画す、リアルなスパイ小説として、また女性が主人公のミステリーとして、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。
戦場のアリス (ハーパーBOOKS)
ケイト・クイン戦場のアリス についてのレビュー
No.755: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)
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「とらえどころのない犯罪」の捜査の難しさ

2016年〜19年に雑誌連載された長編ミステリー。昭和38年の吉展ちゃん誘拐殺人事件を下敷きに、社会性を欠いた孤独な男の衝動的な犯罪と時代の変化に翻弄される刑事警察の苦闘を描いた社会派ミステリーの傑作である。
一年後の東京オリンピックを控えて沸き立っていた東京下町で豆腐屋の子供・6歳の男児が誘拐され、身代金を要求する電話がかかってきた。同じ下町で起きた強盗殺人事件を捜査中だった警視庁捜査一課刑事・落合は、聞き込みの中で子供達から「莫迦」と言われている北国訛りの若者がいることに引っ掛かった。身代金要求の電話をしてきた男がつい口に出した訛りが気になっていたのである。警視庁は身代金受け渡しでの逮捕に失敗し、誘拐された子供の安否が気遣われるばかりで、犯行の全体像をつかめない警察は焦りの色を濃くして行くのだった・・・。
現実の事件をベースにしているだけあって事件の背景となる社会状況の描写はリアリティーがあり、捜査の進展にはサスペンスがある。さらに、犯人の人物像が緻密で心理描写に迫力があり、まさに社会派ミステリーの王道を行く作品と言える。
奥田英朗ファンのみならず、社会派ミステリーファンには自信を持ってオススメする。
罪の轍
奥田英朗罪の轍 についてのレビュー
No.754: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

アメリカの病いは治療不可能だな

1981年に発表された、レナードらしさがあふれた作品。どこか壊れた登場人物たちが繰り広げる救いのないドラマ、病めるアメリカを味わい深いエンターテイメント作品に仕上げた軽快なアクション・サスペンスである。
フロリダの豪邸で、ハイチ人移民の男が射殺された。大富豪である豪邸の持ち主・ロビーは物盗りに入った男が山刀で襲ってきたので射ったと言う。捜査を担当した刑事・ウォルターは、以前、デトロイト警察に勤務していた時に事件を起こしてフロリダに移住してきた悪徳警官だった。ガン・マニアのロビーはウォルターにある計画を持ちかけ、ウォルターを運転手兼ボディガードとして雇い入れた。
デトロイト時代の事件でウォルターが裁判を受けた時、法廷で彼に不利な証言をした刑事・ハードは、同じ法廷でジャーナリストのアンジェラと出会い、付き合い始めたのだが、アンジェラは富豪をテーマにした記事の取材でロビーと接触しており、射殺事件のときには豪邸に滞在していたのだった。さらに、ウォルターを訴えた男性がデトロイトで射殺される事件が発生。ロビー、ウォルター、ハード、アンジェラは、複雑で滑稽な追跡ゲームを繰り広げることになる。
どれだけ凄惨な乱射事件が起きようと、年間数万人単位で射殺事件が起きていようと、決して銃規制しようとしないアメリカ社会の宿痾というべきガン・カルチャーを浮き彫りにした作品である。しかも、スピーディーなストーリー展開、軽妙な会話、陰影に富んだ人物像など、エンターテイメント作品としての完成度が非常に高く、30年以上前の作品とは思えない現実感がある。
レナード作品のファン、ユーモアのあるハードボイルドのファンに、自信を持ってオススメする。
スプリット・イメージ (創元推理文庫)