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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1393

全1393件 681~700 35/70ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.713:
(8pt)

報われない奴だなぁ、IQは。

デビュー作「IQ」がシェイマス賞など3つの新人賞を受賞し、MWA、CWAの最優秀新人賞にもノミネートされた日系人作家の第2作。シリーズ物の基本に忠実に、しかも話のスケールをでかくして成功した傑作ハードボイルドミステリーである。
IQは、亡き兄・マーカスの恋人・サリタから「妹・ジャニーンがギャンブルで泥沼に入り、高利貸しに苦しんでいるのを助けて欲しい」と依頼され、腐れ縁の相棒・ドッドソンとともにラスベガスに赴いた。ところが、ジャニーンは恋人のベニーと二人で金を作ろうとして中国系マフィア三合会の秘密を盗み出したため、高利貸しに加えて中国系マフィアからも追われていた。凶暴なギャングたちを相手にIQとドッドソンは知恵を絞って二人を助けようとする。同じ頃、マーカスの事故死に疑問を抱き続けてきたIQは、マーカスを轢いた車の廃車を発見し、マーカスは意図的に轢き殺されたのではないかという推論を組み立てた。そして、二つのエピソードが交わる場所でIQは壮絶な戦いに巻き込まれ、命の危険にさらされるのだった・・・。
前作では舞台がLAに限られていたのが、本作はラスベガスまで広がり、さらに関係して来るのも黒人、ヒスパニックに加えてアジア系ギャングが登場し、より複雑な展開を見せる。基本的には地元密着で、わずかな報酬でもめ事を解決するボランティア的探偵のIQだが、本作では大金を動かす組織犯罪を相手に派手なアクションでイメージを一新させた。その分、従来のPIもの、アメリカン・ハードボイルドに近づいて、前作のようないい意味での特異な軽さが減じているのが、ちょっと惜しいのだが、まさに現代のストリートを反映した傑作エンターテイメントであることは間違いない。
シリーズ物なので、まず前作から読み進めることをオススメする。
IQ2 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー・イデIQ2 についてのレビュー
No.712:
(8pt)

家族が運命を受け入れるまで(非ミステリー)

西加奈子の初めてのベストセラー小説。家族と一匹の犬が、それぞれの運命に翻弄され、いつしかそれを受け入れていくドラマを素朴に、しかもシリアスに、なおかつユーモラスに描いた青春小説である。
物語全体もさることながら、一つひとつのエピソードが自由なタッチで軽やかに描かれているのが魅力的である。
さくら (小学館文庫)
西加奈子さくら についてのレビュー
No.711: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

狐と狸に絡む一匹狼とオカメインコ

厄病神シリーズの第7作。今回は、ヤクザだけでなく警察OBの悪事にも立ち向かう、期待通りのアクション長編である。
一匹狼のヤクザ桑原が金の臭いを嗅ぎ付けたのは、警察官OBの親睦組織という名目の狐と狸の悪徳グループが糸を引く診療報酬不正取得、老人ホーム経営、オレオレ詐欺。成功報酬の一割という約束に目がくらんだオカメインコ二宮は、またも懲りずに桑原にくっ付いて歩いたために、警察官OBとつるんでいるヤクザ事務所で拉致され、大けがを負わされ、悪徳マル暴・中川の助けを借りて何とか脱出した。しかし、そんなことでは諦めない厄病神コンビは危険を省みず、いつも通り狙っただけの金を手に入れようとする。
相変わらず、めっちゃテンポがいい。ストーリー展開、大阪ヤクザの会話、サスペンスに富んだどんでん返し、すべてにおいて期待を裏切らない。さらに、警察を中心にした権力機構の腐った一面、福祉に名を借りたあくどい商売人など、今の社会が内包する病弊を暴いて痛快である。
本作だけでも十分に読むに値する傑作だが、シリーズの最初から読み重ねると数倍は面白くなること請け合い。厄病神ファン、黒川ファン、アクションミステリーファンには文句なしのオススメだ。
泥濘
黒川博行泥濘 についてのレビュー
No.710: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

一番怪しくない人物が犯人?

ダイヤモンド警視シリーズで知られるラヴゼイのノン・シリーズ長編。アマチュア作家サークルを巡る連続殺人事件の真相解明という、フーダニットの王道を行く傑作ミステリーである。
出版社を経営するブラッカーが自宅に放火されて殺され、直前に著書の出版を巡ってトラブルになっていた地元の作家サークルの会長・モーリスが逮捕された。しかし、モーリスの人格を信頼するサークル会員たちは冤罪を主張し、真犯人探しに乗り出す。警察はモーリス犯人の証拠をつかめず、さらにサークルの他のメンバーもブラッカーに反感を持っていたことが判明する。しかも、サークル会員を巻き込んだ第二放火事件が発生、警察はモーリスを釈放せざるを得なくなった。そこで登場したのがヘン・マリン主任警部だったが、自信過剰のファンタジー作家、デタラメな自伝を書く男、売れないロマンス小説を書く女、官能的な詩を書く女、魔女裁判に取り付かれた女など、一癖も二癖もある会員たちを相手に「容疑者がこんなに多い事件は初めて」と、さすがのヘン・マリンもぼやくばかりだった・・・。
警察の捜査と会員たちの素人探偵の両サイドからのアプローチで徐々に真相が解明されていくプロセスが、ユーモラスに描かれていて、読み進めるのがとても楽しい。さらに本筋の犯人、犯行の動機は「怪しくない登場人物ほど犯人では?」というフーダニットの正統を保ちながら二転三転して、最後まで盛り上がる。
ダイヤモンド警視ファンはもちろん、未読の方にも強くオススメしたい傑作エンターテイメント作品である。
殺人作家同盟 (ハヤカワ・ノヴェルズ)
ピーター・ラヴゼイ殺人作家同盟 についてのレビュー
No.709:
(6pt)

主人公にもストーリーにもモヤモヤが・・・

デビュー作である前作「完璧な家」でイギリスの人気作家となったパリスの長編第2作。12年前に行方をくらませた元恋人が戻ってきたのではないかという不可解な事態に翻弄されるサスペンス作品である。
12年前に同棲中の恋人・レイラと出かけたフランスで、レイラが忽然と姿を消し、失意のまま帰国したフィンは、7年後にレイラの追悼式で出会ったレイラの姉・エリンと付き合い始め、婚約するに至った。そんなとき、昔二人が住んでいた家でレイラを見かけたという情報がもたらされ、さらにレイラがいつも持っていた人形が、現在の家の歩道で見つかった。それと同時に、匿名のメールがレイラは生きていると知らせてきた。死んだと思っていたレイラは生きているのか? 生きているならなぜ会いに来ないのか? それとも悪質なイタズラなのか? フィンは疑心暗鬼に陥り、じわじわと追いつめられていった・・。
主人公・フィンが心理的に混乱していくサスペンスがメインなのだが、フィンがなんとも形容し難い優柔不断で身勝手な性格なのでイマイチ同情できないし、レイラが生きているのかイタズラなのかの解明も堂々巡りを繰り返すだけで盛り上がりに欠ける。最後まで物語世界に入っていけなかったという点で、まさにイヤミスの極致と言うべきか。
「イヤミス×純愛!」という売り文句通りの作品で、イヤミスファン以外にはオススメしない。
正しい恋人 (ハーパーBOOKS)
B・A・パリス正しい恋人 についてのレビュー
No.708: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

ハードボイルドの王道、文句なし

アメリカでは新作が発売されるたびにベストセラーになるという「コール&パイク」シリーズの第17作。日本では初期の6作品のみ邦訳され、7作目以降は中断されていたのだが、シリーズ外の「容疑者」が人気を博したことから再注目され、19年ぶりに翻訳出版に至ったという。アメリカでの人気のほどが納得できる、ハードボイルドの王道を行く作品である。
シングルマザーのデヴォンはひとり息子のタイソンが最近、ロレックスや高級な衣服を身に付け、自分の部屋に大金を隠していることを心配して、よからぬ仲間がいるのではないかと、コールに調査を依頼する。コールが調査を進めると、ロレックスが盗品であるだけでなく、タイソンと仲間の3人が高級邸宅ばかりを狙った連続窃盗事件を起こしていることが分かった。コールはデヴォンに真実を告げ、自首することをすすめたのだが、タイソンが身をくらませてしまった。警察が逮捕する前にタイソンを見つけ自首させようとするコールだったが、謎の2人組の男がタイソンと仲間を追っているのを知った。この2人組は凶暴で、周辺では死者が出始めていた。2人組、警察の追及をかわしながら、コールとパイクはタイソンと仲間の行方を追う・・・。
主役の二人がカッコいい。中年ではあるが身体強健、精神堅固、しかも女性や子どもに優しい、典型的なハードボイルド・ヒーローである。さらに、悪役の2人組もストーリーが進むほどにじわじわと味わい深くなり強い印象を残す。事件の解決プロセスも説得力があり、どんどん引き込まれていく。
シリーズ作品ながらこれまで未読でも違和感無く楽しめる。ハードボイルド・ファン、バディものファンには絶対のオススメである。
指名手配 (創元推理文庫)
ロバート・クレイス指名手配 についてのレビュー
No.707: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

題材の目の付け所が新鮮

1991年、第37回江戸川乱歩賞受賞作。厚生省の食品検査Gメンという特殊な人物を主人公にした、社会派ハードボイルドである。
東京検疫所で輸入食品の検疫を担当するGメンの羽川は、学生時代からの友人で週刊誌記者の竹脇が晴海ふ頭から港に車で飛び込み、病院に運ばれたという電話を竹脇の妻・枝里子から受け、急遽、駆けつけた。病院では警察から尋問を受け、自殺ではないかと示唆された。実は、枝里子は羽川の昔の恋人で、最近、よりを戻し、それが原因で竹脇が家を出ていたのだった。竹脇が自殺した原因は自分にあるのか? やり切れない思いを抱えて出勤した羽川は、事務所で「レストラン・チェーンの冷凍倉庫の肉に毒物を混入した」という脅迫状を発見する。脅迫の事実解明をまかされた羽川が調査を始めると、事件の裏には輸入食品の汚染を巡る計り知れない闇があるように感じられた。竹脇が記者として一躍有名になったのは、汚染輸入食品を告発した記事からだった。ひょっとして竹脇は、闇を解明しようとして殺されかけたのではないのか? 警察も自殺説をとる中、羽川は食品検査Gメンの限られた権限を駆使して真相に迫るのだった・・・。
ハードボイルドの主人公がおおよそヒーローとは縁遠い、冴えない(陽の当たらない)小役人という設定が秀逸。派手なアクションは無いが、経験に基づく説得力がある推理で真相を解明するプロセスが真に迫っている。ハードボイルドに欠かせない自虐的なユーモアも、消化不良ながら随所に挿入されていて楽しめる。拳銃やカーチェイスが現実的ではない日本のハードボイルドとしては、スリルやサスペンスもよく盛り込まれている方だ。
ハードボイルドファン、社会派ミステリーファンにオススメだ。
連鎖 新装版 (講談社文庫)
真保裕一連鎖 についてのレビュー
No.706:
(7pt)

古いアルバムを捲るような(非ミステリー)

雑誌に掲載された5作品を集めた連作短編集。カメラマンとして一応の成功を収めた男が辿ってきた歴史を、5つの時代ごとのエピソードで繋いだ風俗エンターテイメント作品である。
あるカメラマンの50歳、42歳、37歳、31歳、22歳の「あの日々」を個人史と時代背景を絡めて独立した5つの話に仕上げているのだが、第5章から始まって第1章で終わるという独特の(奇をてらった)構成にしたため、ともすれば回顧談、人間成長物語になりがちなストーリーが、波乱のあるダイナミックな展開になった。絶対に巻き戻せない歴史というフィルムに写された「あのときの自分」のアルバムを見るような懐かしさとほろ苦さが味わい深い。
ミステリーを期待すると裏切られるが、社会風俗エンターテイメント作品としては十分に楽しめる作品である。
ストロボ (新潮文庫)
真保裕一ストロボ についてのレビュー
No.705:
(8pt)

じっくり読むほど味わい深くなる

スウェーデンの推理作家アカデミーの最優秀賞を3度受賞したベテラン作家の中短編集。収められた5作品、それぞれ違った趣向だが、どれも人間くささがあり、巧みなオチでうならせる密度の高いミステリーである。
「トム」はありがちなストーリーだが、最後までイヤな感じが残るところが今風と言える。「レイン ある作家の死」は物語の構成が見事。最後の落ちに驚かされる。「親愛なるアグネスへ」は二人の女性のすれ違いが面白い。「サマリアのタンポポ」は青春のほろ苦さをうまくミステリーに仕上げている。
5作品、好き嫌いはあるだろうが、どれも完成度が高く、じっくり読めば十分に満足できる作品集として、多くのミステリーファンにオススメしたい。
悪意
ホーカン・ネッセル悪意 についてのレビュー
No.704:
(7pt)

純粋な悪人

韓国のエンタメ小説をリードする女性作家の長編第5作。発売早々にベストセラーを記録したサイコ・ミステリーの話題作である。
ある朝、血腥い臭いで目覚めた25歳の法学部学生ユジンは、自分が血まみれで階段の下では母親が首を切られて死んでいるのを発見する。癲癇の持病があり、発作が起きると記憶が無くなるユジンには昨夜の記憶が全く無く、自分の名前を呼ぶ母の声だけをかすかに覚えている気がしていた。誰もいない、誰も侵入した形跡がない家の中のできごと。母を殺したのは自分なのか?
主人公ユジンが記憶をたどり、自分と母親・兄弟との関係を見つめ直すことで真相を探り出していく、心理サスペンスである。ただ、主人公がサイコパスの中でも最悪(最強)の「純粋な悪人」であり、しかもほぼ全編が主人公視点で語られるところが異色である。物語の始まりから第一部が終わるまでの約100ページは、現在と過去が入り交じり、妄想と現実が交差して非常に読みづらい。ほとんど投げ出したくなるのだが、そこを過ぎた第二部からはストーリー展開も明快でサイコパスの心理描写に引きつけられる。
「悪を追求し続ける作家」と呼ばれるだけに、この作品世界に入り込める人は少ないかもしれないが、サイコ・ミステリーファンなら楽しめるだろう。
種の起源 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
チョン・ユジョン種の起源 についてのレビュー
No.703:
(9pt)

本物の偽札は作れるのか?

新聞連載を加筆訂正した、文庫で上下2冊1000ページ弱の超大作。97年の日本推理作家協会賞、山本周五郎賞を受賞した、一級品のエンターテイメント作品である。
ヤクザの街金の借金を返すために奇想天外なアイデアで銀行の両替機を騙した道郎と雅人のコンビだったが、最後の最後でヤクザに追いつめられ、道郎は金を持って逃げたものの、雅人は警察に捕まり5年の実刑判決を受けた。それから4年半、ヤクザへの復讐の念に燃える道郎は、名前を変えて印刷会社に潜伏し、密かに偽札作り計画を進めていたのだが、とある事情から復讐のターゲットを銀行に変え、銀行員が触っても判別できない「本物の偽札」作りをめざすようになる。
本筋は究極の偽札作りという「贋作もの」とヤクザや銀行員を欺く「コンゲームもの」で、そこに型破りな若者たちが社会の基盤である通貨制度に挑むという冒険アクション小説が加えられている。主人公二人を始めとする主要人物のキャラクター設定が上手く、ストーリー展開はスピーディーで、途中途中のエピソードや会話に含まれるユーモアも軽快。しかも、偽札作りの細部の描写が徹底的で、そのリアルさに圧倒される。
あれやこれやの先入観無しに「ひたすら面白い小説を読みたい」という方にオススメする。
奪取(上)-推理作家協会賞全集(86) (双葉文庫)
真保裕一奪取 についてのレビュー
No.702:
(7pt)

これだけ人が殺される日本の小説は珍しい

2016年に刊行された長編パニック小説。動物愛護のためなら殺人も辞さない団体が、品種改良から生まれた化け物のような犬たちをけしかけて、ペット販売イベントに集まった人々を殺戮するという、社会派エンターテイメントである。
種の違いも肌色や性別の違いと同じであり、種の違いを根拠に動物と人間を区別するのは差別である。そう主張する団体「DOG」が世界にアピールするために選んだのは東京湾埋め立て地で開かれたECOイベントで、品種改良したペット販売でぼろ儲けしている企業から無償の譲渡会を開催しようと言う慈善団体までが参加し、イベントを盛り上げるために駆り出された中学生たち、ペットを買いたい家族連れ、イベントを政治利用したい政治家など、さまざまな人々が集まった。その会場の建物を封鎖した「DOG」は超巨大化した犬の群れを放ち、無差別な殺戮を行い、その模様を映像に収めて世界に配信しようとするのだった。
話の本筋は、品種改良によって生み出された怪獣が人間の倫理をあざ笑うという、パニックものの王道的作品である。物語の始まりから最後まで、とにかく人が犬に殺される。日本の小説で、これほどの人数が殺される作品は珍しいだろう。しかも、主要登場人物や「いい人」も容赦なく被害に遭う。まさに「突き抜けた」恐怖小説である。
人が犬に殺されるなんて耐えられないという方には絶対にオススメできないが、一般的なホラーやパニックものが好きというかたにはオススメしたい。

ブラック・ドッグ (講談社文庫)
葉真中顕ブラック・ドッグ についてのレビュー
No.701:
(7pt)

パリの特捜部Q、やや散漫

フランスの女性作家のデビュー作。フランスの特捜部Qと評され、すでにシリーズ化されているコミカルな警察小説の第1作である。
同世代の星と称されてきた女性警視正アンヌ・カペスタンは、容疑者を至近距離から射殺したことによる停職から復帰したのだが、与えられた仕事は新たに結成された特別捜査班の指揮だった。しかし、特別捜査班とは名ばかりで、オフィスは警察からは遠く離れた雑居ビルの一室、集められたメンバーはパリ警視庁の各部署からはじき出されたお荷物警官ばかり。さらに、仕事は未解決事件のファイルの山から探し出せという。つまり、警察上層部からは何も期待されず、何もしなくてもとがめられないというチームだった。それでも使命感に燃えるカペスタンたちは、20年前と8年前に起きた迷宮入り殺人事件を見つけ出し、捜査をスタートしたのだった。
まあ、骨格がまるっきり「特捜部Q」なので、あとはどれだけキャラクターが立つか、エピソードがユニークか、会話が面白いかの勝負なのだが、どれも一定レベルに達してはいるものの突出したものがない。凄惨な描写や異常な犯罪者などが出てこず、警官たちもみんな生き生きとしていて読後感がいいことは確かで、安心して読めるユーモラスなエンターテイメント作品である。
軽めの警察小説、クスッと笑えるミステリーを読みたい方にはオススメだ。
パリ警視庁迷宮捜査班 (ハヤカワ・ミステリ)
ソフィー・エナフパリ警視庁迷宮捜査班 についてのレビュー
No.700:
(8pt)

現実に存在している、あまりに不合理な人々

スウェーデンのジャーナリストと服役囚支援者という異色コンビが生み出した「エーヴェルト・グレーンス警部」シリーズのデビュー作。2005年の「ガラスの鍵」賞受賞作で、日本では絶版になっていたのだが「三秒間の死角」、「熊と踊れ」などの人気によって2017年に再文庫化された作品である。
服役中の少女連続殺人犯・ルンドが病院への護送中に脱獄した。警察が全力を挙げて捜索するのだが逮捕に至っていない中、5歳の娘・マリーを保育園に送っていったフレドリックはテレビを見て驚愕する。娘の保育園の前で見かけた男が逃亡犯として映っていた。半狂乱になったフレドリックが保育園に駆けつけるのだが、すでに娘が行方不明になっていた・・・。
ルンドの逃走と犯罪、フレドリックの苦しみと悲しさ、犯人を追いかける警察、さらに刑務所内での憎悪という、4つの物語が並行して進んでいく。全500ページの内、300ページほどでルンドとフレドリックの関係、幼女殺害事件は終止符が打たれるのだが、残りの200ページで犯罪と処罰に関する極めて重い問題が提起される。被害者側の報復感情は、どこまで許容されるのか? 目には目を、報復的処罰は正義なのか?
犯罪に対する厳罰化が当たり前のように声高に語られる現代の日本にも通じる救いのなさと怖さが、恐怖感を生む。
シリーズ第1作だが、グレーンス警部たちが主役ではなく、またキャラクターも確立されていない。従って、グレーンス警部シリーズというより単発の社会派ミステリーとして成立しており、北欧ミステリーファンには安心してオススメできる。
制裁 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンド制裁 についてのレビュー
No.699:
(8pt)

痛快、軽快、愉快!

ススキノ探偵シリーズの第5作。ホームのススキノを離れた「俺」が吹雪舞う道北の地で大暴れする、痛快なアクション作品である。
チンピラに袋だたきにされて入院した俺は、入院先で付添婦として働いている昔の恋人に再会した。彼女に「ある人に手紙を手渡してもらいたい」と頼まれた俺は、痛む体をだましだまし道北の田舎町までやってきたのだが、そこで出会ったのは一癖も二癖もある閉鎖的な田舎の地方独特の集団であり、町ぐるみで何かを隠そうとしていた。暴力的に町を追い出された俺は、昔の恋人との約束を果たすべく、吹雪の町に舞い戻るのだった。
全編、俺の毒舌が冴え渡るススキノ探偵シリーズの真骨頂とも言うべき作品。特に、田舎者との噛み合わない会話が絶妙。先入観無しに読んで、たっぷり笑えること間違い無しの傑作である。
シリーズ読者はもちろん、軽快なエンターテイメント作品を読みたい方には絶対のオススメだ。
探偵は吹雪の果てに (ハヤカワ文庫 JA)
東直己探偵は吹雪の果てに についてのレビュー
No.698:
(7pt)

罪を償うことの難しさ

週刊誌の連載に加筆修正した長編小説。少年犯罪をテーマに、加害者と被害者の関係性、罪と罰、更生するとはどういうことかを追求したサスペンス作品である。
19歳のとき、自分の恋人につきまとうチンピラを追い払おうとして喧嘩になり、護身用に持っていたナイフで刺殺してしまった中道隆太。5〜7年の不定期刑を受けて少年刑務所に服役し、6年が過ぎた26歳で仮釈放された。刑期満了までの11ヶ月間は保護観察下に置かれることになり、保護司の大室、解体工事業者の黛などにサポートされながら、解体現場での仕事とアパートでのひとり暮らしを始めることになった。何とか自力で立ち直ろうとしていた隆太だったが、一週間もしないうちに昔の遊び仲間が現われ、さらには隆太の写真と罪状を記載したビラがアパートの周囲や、離れて暮らす母と妹の住まいの周辺にまでバラまかれた。誰が、なぜ、隆太の更生を邪魔しようとするのか? 事態の深層を探るために動き出した隆太は、周囲の善意と悪意に遭遇するたびに悩みながら、怒りながら、自分の罪と罰について考え続けざるを得ないのだった。
罪を犯した者は服役という罰を受けても許されないのか? 少年が更生するとは、どういうことなのか。加害者が「被害者にも落ち度があった」と思うのは卑怯なのか・・・。永遠に答えが見つからない問題を自問自答する若者の苦悩がメインの物語。従って、同じような内面描写が何度も何度も出て来るため、文庫で500ページの長さがやや冗長に感じられる。しかし、物語の構成、エピソードの面白さ、ストーリー展開のテンポはレベルが高く、サスペンスに満ちたエンターテイメント作品に仕上がっている。
ミステリーというより社会派サスペンス作品として読むことをオススメする。
繋がれた明日 (新潮文庫)
真保裕一繋がれた明日 についてのレビュー
No.697: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

民族、国家、生き方を問う骨太の現代史アクション

終戦間際の北海道・室蘭を舞台にした現代史エンターテイメント作品。第72回日本推理作家協会賞、第21回大藪春彦賞を受賞したのも納得の長編アクション小説である。
朝鮮人労働者脱走事件の捜査で朝鮮人の飯場に潜入し、労働者仲間をダマすことで成果を上げた特高刑事・日崎は、室蘭の軍需工場関係者が殺害された事件の捜査に駆り出された。アイヌという出自から仲間の刑事たちに嫌がらせを受けながら「お国のため、天皇陛下のため」と信じて事件の真相を探っていた日崎だが、軍の機密に触れてしまったことから殺人犯に仕立て上げられ、網走刑務所に送られてしまった。そこで出会ったのは、飯場でダマした朝鮮人労働者ヨンチュンだった。当然のことながら、ヨンチュンから恨みを晴らすための報復を受けたのだが、日崎が脱獄計画を持ちかけることで二人は休戦し、脱獄に成功する。その間、室蘭では特高刑事による捜査が進み、やがて「戦況を一変させる軍事機密」にまつわる陰謀が明らかになり、さらに工場関係者殺害の犯人も明らかになった。しかも、犯人は国家滅亡を企てているという。脱獄した日崎は、国家を守るという特高刑事の使命を果たすために命を賭けて計画を阻止しようとした・・・。
アイヌ、朝鮮人などの民族問題、国家と国民の責任、政治とは、権力とはなどなど、現代に通じる深い問題を、警察小説という意匠で骨太に描いた一級品の社会派エンターテイメントである。ミステリーファンに限らず、アクション小説ファン、警察小説ファン、現代史エンターテイメントファンなど、幅広いジャンルのファンにオススメしたい。
凍てつく太陽
葉真中顕凍てつく太陽 についてのレビュー
No.696:
(7pt)

邦訳3作品の中では、これが一番面白いかな

極北の田舎町の警官を主人公にした「ダーク・アイスランド」シリーズの第2作。日本では第1作「雪盲」、第5作「極夜の警官」に続く3作目の邦訳作品である。
恋人・クリスティンと別れ、もんもんとした日々を送る極北の町の警官・アリ=ソウルは、近くの町の別荘建設現場で発生した男性殺害事件の捜査に駆り出された。被害者はよそから来た、謎の多い人物で、捜査が進むに連れ、表向きの建設業とは別の裏稼業を持っていた可能性が高まってきた。被害者はなぜ殺されたのか? 事件の動機が不明のままの捜査は迷路にはまり込み、行き詰まりになるかと思われたのだが、首都レイキャヴィークから来たテレビ記者の取材によって突破口が開かれた。
警官二年目のアリ=ソウルは失恋、上司のトーマスは妻との別居、同僚のフリーヌルは過去からの告発への脅えと、三者三様に問題を抱えたシグルフィヨルズル警察署は半ば機能不全状態で、とても警察小説とは思えない体たらくなのだが、顔に傷を持つ女性ジャーナリスト・イースルンの執念の取材によって社会派サスペンスとして成立した作品である。
これまで邦訳された作品の中では、本作が一番面白い。なお、シリーズ物の常として前作までの人間関係を引き継いだエピソードも多いので、本作の前に「雪盲」から読むことをオススメする。
白夜の警官 (小学館文庫)
ラグナル・ヨナソン白夜の警官 についてのレビュー

No.695:

Blue (光文社文庫)

Blue

葉真中顕

No.695: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

平成の時代に日本が壊したものたち

平成の30年間に起きた日本の社会現象、事件をヒントに、日本社会が失ってきたもの、抱えてしまった問題を鋭く追及する社会派ミステリー。まさに時代を象徴する力強い作品である。
平成という時代が始まった日に生まれ、終わった日に死んだ一人の男。彼は無戸籍で、青と名付けれたことから通称・ブルーと呼ばれていた。ブルーは14歳にして殺人事件に関係し、その後は行方をくらませていた。ブルーが関係したのは、一家4人が惨殺され、しかも殺害犯と目された一家の次女は現場で死亡しているのが見つかった事件で、共犯者としてブルーの存在が浮かび上がったものの警察上層部を巡る政治的な判断から「被疑者死亡(次女の単独犯行)」として決着させられたものだった。それから15年後、平成最後の年の4月、多摩ニュータウンの団地の空き部屋で身元不明の男女2人が殺害されているのが発見された。被害者の身元調査からスタートした警察がわずかな手がかりを追って行くと、15年前の事件との関連が見つかった。
二つの事件の背景に流れるのは、平成の日本を彩った様々な風俗や社会現象で、それだけでも記憶の深部が強烈に刺激される。さらに、この時代の変化がもたらした社会病理とも言うべき社会的弱者への攻撃、格差の拡大などのビビッドな問題がリアルに描かれており、物語の本筋とは関係なくサスペンスフルである。
「ロスト・ケア」、「絶叫」など社会病理を鋭く、しかも面白く描いてきた著者らしい傑作で、ミステリーファンに限らず、幅広く社会派エンターテイメントのファンにオススメしたい。
Blue (光文社文庫)
葉真中顕Blue についてのレビュー
No.694:
(8pt)

ダブルスタンダードに逃げてるけど、面白い

2013年に発表された和製ハードボイルド小説。かつて逃げ出した故郷の街に戻った47歳の男が、地元の政治勢力の紛争に巻き込まれながら自分の生き方を自問自答する、出どころの無い私立探偵物語である。
不破勝彦が7年前に逃げ出した棚尾市へ戻ったのは、別れた妻・美里から「不倫の証拠写真が送られてきた。誰が送ってきたのか調べて欲しい」という依頼を断りきれなかったからだった。美里の父、不破の義父はかつてホテルを中心にした企業グループを率いて権勢を振るっていたのだが、ホテルの食中毒事件をきっかけに没落、それに加担したのではないかと疑われた不破は離婚し、追われるように棚尾を逃げ出したのだった。美里の不倫の相手は、次期市長選に立候補予定の男だと言う。現在の棚尾市は、地元マスコミの息がかかった市長に牛耳られており、美里や美里の弟たちは現市長を追い落とすべく画策しているという。しかも、現市長のバックにいるマスコミの社長は不破のかつての上司で、人生の師と仰いでいる先輩だった。否応無く、地方都市の政争に巻き込まれた不破は、事実を探り出すとともに、自分自身の生き方が問われる事態になっていく。
日本のハードボイルドは拳銃などが普通に使われることが無く、暴力やアクションシーンが地味で、その分、主人公の道徳観や倫理観が面白さを左右するのだが、本作はまさにその典型例である。ストーリーの基本部分で、「正義をふりかざす」ことができず、正義のダブルスタンダードに寄りかかって行く。現代的と言えば現代的なのだが、そこのウェットな部分をハードボイルドとしては突き抜けてもらいたかった。
ストーリー展開もスピーディーでキャラクター設定もうまく、読み応えがあり、私立探偵もの、和製ハードボイルドもののファンにはオススメできる。
正義をふりかざす君へ (徳間文庫)
真保裕一正義をふりかざす君へ についてのレビュー