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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1360

全1360件 681~700 35/68ページ

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No.680: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

検事の理想像を描いた、シリーズ前日譚

ヤメ検弁護士・佐方貞人シリーズの第3作。佐方が弁護士になる前の検事時代のエピソードを描いた4作品を収めた作品集である。
「心を掬う」は郵便局員の不正事件捜査、「業をおろす」は第二作の中の一編の後日談、「死命を賭ける」と「死命を決する」は痴漢事件をテーマに検事の正義感を描いた連作である。各作品それぞれに色合いは異なっているものの、通底するテーマは検事の使命とは何かという一本気で硬質な覚悟である。犯罪の動機、背景の描き方などにゆるさはあるが、物語の構成はうまい。
主人公のキャラクターを知るためにも第1作から読んだ方が良いのだが、本作だけでも楽しめる。社会派というより、人情派ミステリーのファンにオススメしたい。
検事の死命 (角川文庫)
柚月裕子検事の死命 についてのレビュー
No.679:
(8pt)

現実を見ない国の愚かさを痛烈に批判した、予言的政治謀略小説

2005年に発表された、村上龍の書き下ろし長編小説。「2011年に北朝鮮の謀略により福岡が占拠される」という設定で、日本社会の脆弱さを鋭く指摘した予言的物語である。
金正日体制の北朝鮮に対する反乱軍という名目の「高麗遠征軍」が福岡に上陸し、福岡ドーム、シーホークホテルを占拠した。実力行使をためらわない兵士たちという直接的な軍事力に直面した日本人、日本政府は現実を見ることを忌避し、自然災害のように過ぎ去ってくれるのを待つばかりで何ら有効な行動をとることができなかった・・・。
東日本大震災や福島原発事故を経験し、最近の国際情勢への対応を見る今、2005年時点で日本の弱さを読み切っていた村上龍の先見性に驚かされる。さらにエンターテイメント作品としても一流で、ミステリーファンにとどまらない、多くの人にオススメしたい作品である。
半島を出よ〈下〉 (幻冬舎文庫)
村上龍半島を出よ についてのレビュー
No.678:
(9pt)

深く思索する、アメリカ生まれのニューヒーロー登場。

2010年に68歳で作家デビューしたという、アメリカの新人作家のデビュー作。すでに6作目まで続いている退職刑事デイヴ・ガーニーシリーズの第一作で、アメリカの刑事が主人公ながら古典的な謎解きに重点を置いた犯人探しミステリーである。
ニューヨーク市警の花形刑事と評価されながら早期引退し、キャッツキル山地の農場で暮らしているガーニーのもとに、大学時代の友人でスチリチュアル施設を運営しているメレリーが訪ねてきた。メレリーは「1から1000のうちから1つの数字を思い浮かべろ」という手紙を受け取り、658という数字を重い浮かべたのだが、同封されていた小さな封筒を開くとそこには「おまえが選ぶ数字はわかっていた。658だ」と書かれていた。さらに「なぜ分かったか知りたければ金を送れ」と書かれており、小切手を送金したメレリーの元に次々に犯行を予告するような脅迫状が届いたため、メレリーはガーニーに助けを求めたのだった。ガーニーが調査に乗り出したのだが、脅迫犯から第二の数字当てトリックを仕掛けられ、その謎を解けないでいるうちに、メレリーが残虐な殺され方をしてしまった。しかも、事件はそれだけにとどまらず、同じような手口の事件が報告されるのだった・・・。
数字当てのトリック、殺害現場の謎解き、犯行動機の不明さなど、不可解なことだらけの事件を、退職刑事ガーニーが丁寧に謎解きしていくのが、本作の読みどころ。アメリカの警察にしては珍しく行動より思索を重視する、やや複雑な性格のガーニーのキャラクター設定が秀逸。さらに事件が次々に発生し、その度に謎が深くなるというストーリー展開も素晴らしい。
警察ミステリーの枠を超え、本格派、古典派の謎解きミステリーのファンも十分に満足できる傑作である。
数字を一つ思い浮かべろ (文春文庫)
No.677:
(8pt)

寄る辺なき現実社会を描いた、傑作心理サスペンス

フランスの最も独創的な小説に贈られるというゴンクール賞を2016年に受賞した作品。現実に起きた事件にインスパイアーされたという、乳母による幼児殺害事件をテーマにしたサスペンス・ミステリーである。
パリのアパルトマンに暮らすミリアム(弁護士)とポール(音響エンジニア)のマッセ夫妻は、ミリアムが仕事に復帰するのを機に幼い二人の子どものためのヌヌ(ベビーシッター兼家事負担者)を募集した。応募してきた白人の中年女性ルイーズは即座に子供たちの心をつかみ、料理や掃除、家事すべてに手を抜かない完璧な仕事ぶりで家族の欠かせない一員となった。安心して仕事に打ち込めるミリアムは成功し、ポールも順調にキャリアアップし、すべてが好循環を見せていたのだが、孤独なバックグラウンドを背負っているルイーズはやがてマッセ家に対する依存を深め、マッセ一家抜きには人生を考えられなくなり、子供たちが成長してヌヌの役割りが終わることに恐怖を抱くようになる。三番目の子どもの誕生を願うルイーズだったが、その願いが叶いそうにないことを知ると、一挙に人格が崩壊するのだった・・・。
最初に子ども二人がヌヌに殺害され、最後にその悲劇に至るシーンが描かれる、全編「ワイダニット?」の心理サスペンス作品である。「妖精のようなヌヌ」と絶賛されていたルイーズが、なぜ二人の子どもを殺したのか。そこに至るまでの道筋が丁寧に、ドラマチックに描かれていて、わずか260ページほどの作品ながらずしりと重い余韻を残す。外からは多民族国家と見られるフランス社会に潜んでいる人種間の軋轢を重視した書評もあるようだが、本作のポイントはそこではない。個人単位にまで分断され尽くした現代社会の孤独、生きづらさが描かれていると見るべきだろう。
フランス・ミステリーのファン、心理サスペンスのファンには自信を持ってオススメしたい。
ヌヌ 完璧なベビーシッター (集英社文庫)
No.676: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

横山秀夫のイメージが変わる

2004〜6年の雑誌連載を全面改稿したという長編作品。表3の著者紹介に「作家生活21年目の新たな一歩となる長編ミステリー」とあるように、これまでの横山秀夫のイメージとは異なるエンターテイメント作品である。
「あなた自身が住みたい家を建ててください」という依頼を受け、一級建築士・青瀬稔は自信作を完成させた。ところが、引き渡し後4ヶ月が過ぎたというのに、新居には依頼主の吉野一家が住んでいないという。不審に思った青瀬が新しい家に電話してみると留守電になっていた。その後も連絡が取れないため気になった青瀬が新居を訪ねると、家の中は無人で、引っ越してきた様子さえ窺えなかった。あれほど新居の完成を喜んでいた吉野一家は、一体どうしたのか? 青瀬は素人探偵になって吉野一家の行方を探し始めたのだが、探れば探るほど吉野一家の存在はあやふやになって来るのだった・・・。
行方不明者探しを本筋に、建築家の夢と現実をサブストーリーに物語が展開される。キーポイントとなっているのがブルーノ・タウトのデザインによる椅子で、物語の前半過ぎまでブルーノ・タウトを巡るあれこれが続き、これまでの横山秀夫の世界とは大きくテイストが異なっているため、ちょっと冗長に感じられる。ミステリーとしては謎解きはまずまずだが、肝心の動機、背景がやや弱く、横山秀夫の警察小説ファンにはやや物足りないだろう。芸術と技術の狭間で揺れるクリエイターの物語として読むことをオススメする。
ノースライト
横山秀夫ノースライト についてのレビュー
No.675:
(6pt)

マロリー以上に壊れた変人揃い

ニューヨーク市警の氷の天使キャシー・マロリーシリーズの第11作。ブロードウェイの小劇場・小劇団を舞台にした連続殺人事件を巡る警察ミステリーである。
本シリーズ、最近はマロリーのルーツを探る作品が多かったのだが、本作は純粋な犯人探しミステリーである。だが、登場人物が演劇関連だけに全員一癖も二癖もあり、物語は非常に複雑な展開を見せ、ストーリーを追うのが一苦労。また、謎解きも伏線を読んで推理するより、スーパーヒーローの直感的な推理で解決されるのでミステリーとしてはいまいち。
シリーズ読者以外には、あまりオススメできない。
ゴーストライター (創元推理文庫)
キャロル・オコンネルゴーストライター についてのレビュー
No.674: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

乾いた情感のサラリーマン小説(非ミステリー)

2005年の山本周五郎賞受賞作。リストラ請負会社の若い社員を主人公にした、5本の連作短編集である。
サラリーマンの人生の分岐点・リストラ(首切り)を仕事とする割には、情に厚く、だが決してウエットではない主人公が、リストラ対象となる人々と繰り広げる人生ドラマ。大時代ではなく、ベトベトしていないところが読みやすさにつながっている。
池井戸潤系のサラリーマンしょうせつのファンには安心してオススメできる。
君たちに明日はない (新潮文庫)
垣根涼介君たちに明日はない についてのレビュー
No.673: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

歯応えが強烈な警察ミステリー

毎回、スウェーデン社会に隠された病理を暴いて強烈な印象を残すグレーンス警部シリーズの第4作。今回はストックホルムの地下に張り巡らされた地下道網を舞台に、社会から忘れ去られるホームレスの子供たちをテーマにした重厚な警察ミステリーである。
極寒の1月の朝、いつも通りにオフィスに泊まり込んでいたグレーンス警部に指令センターから電話があり「外国人と思われる43人の子どもが公園に置き去りにされ震えていたので保護した」という。どういうことかと戸惑っているうちに、今度は病院の地下通路で顔の肉を何カ所もえぐられた女性の死体が発見されたという事件が発生。グレーンスを中心にスヴェン、ヘルマンソンを加えた捜査チームは、ふたつの事件を同時に追うことになった。
古くて数が多く、誰も全容を把握していないストックホルムの地下道網には、そこを安全な住処と定めたホームレスたちのアンダーワールドが形成されていた。その中にいる14歳の少女の物語を基軸に、警察による犯人探しとホームレスを生み出す社会への告発の物語が並行して展開されていく。さらに、外国から連れてこられてゴミのように捨てられた子供たちの話も重なって、非常に重苦しく、緊張を強いられる作品である。しかも、ラストに至っても問題解決のカタルシスは得られない。それでもぐいぐい引きつけられていくのは、登場人物が生き生きとしていることに加え、犯人探しのストーリー展開の巧みさ、背景となる社会病理への深い考察が抜群の訴求力をもっているからである。
シリーズ作品なので順番に読むのが一番だが、本作だけを読んでも十分に楽しめる骨太の警察ミステリーである。
地下道の少女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンド地下道の少女 についてのレビュー
No.672: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

パワーで圧倒する社会派エンターテイメント

2005年の大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、推理作家協会賞の3冠を受賞した、パワフルなエンターテイメントの傑作である。
ビル清掃員として働く60歳の冴えない初老の男・山本が成田空港で出迎えた、肉体強健で陽気な37歳の日系ブラジル人・ケイ。二人が東京で合流した、表では宝石商、裏ではコロンビアの麻薬シンジケートの日本での元締めである36歳の松尾。この三人組に資金を提供し、計画を練ったのは、戦後のブラジル移民として辛酸をなめながらも青果商として成功した衛藤だった。彼らの計画は、日本人をブラジル・アマゾンに棄民した日本政府への復讐であり、地獄に突き落とされた移民たちの魂の反撃だった。
1960年代のアマゾンでの移民たちの苦境を背景に、現代の東京で繰り広げられるタイムリミットサスペンスが、半端ではない迫力で読者を引きずり込んでいく。まさに力業の1000ページである。話のスケールが大きくアクションが派手なため、人物造形がやや型通りな感はあるが、途中からそれも気にならなくなる熱気が溢れている。まさに「熱い作品」である。
サスペンス作品、アクション作品が好きな方ならどなたにもオススメできる、社会派のエンターテイメントである。絶対に読んで損は無い。
ワイルド・ソウル〈上〉 (新潮文庫)
垣根涼介ワイルド・ソウル についてのレビュー
No.671:
(7pt)

念動力(テレキネシス)を信じる人には面白いだろうけど

「退職刑事ビル・ホッジス」シリーズ三部作の完結編。私立探偵対サイコキラーの命を賭けた戦いにオカルトテイストを加えた、サスペンス作品である。
ホッジスの相棒ホリーによって頭蓋骨を砕かれ、体は動かず、周囲との意思疎通もできない植物状態で入院中のメルセデス・キラーことブレイディだったが、その周辺では様々な奇怪な出来事が起こっていた。ブレイディの詐病を疑うホッジスは、メルセデス事件の被害者が無理心中させられた事件現場で奇妙なものを発見し、単なる心中事件ではないのではないかと疑問を持った。病院に閉じ込められているブレイディが関与できる訳は無いと思いつつも、ホッジスとホリーが自分たちの直感を信じて調査を進めていると、二人の身近な人々に危険が迫ってきた。人智を超えたブレイディの悪意は、メルセデス事件で阻止された企みの実現をめざすとともに、ついにホッジスとホリーの命を狙って解き放されたのだった・・・。
サイコサスペンスは悪のスケールが大きいほど面白いというセオリー通り、ホッジスとブレイディの死闘は非常に読み応えがある。ただ、悪を発動させる手段が念動力(テレキネシス)というところで、ミステリーというよりオカルトに流れてしまうのが残念。念動力にすんなりなじめる読者には何の問題も無いのだろうけど。
三部作の完結編で、当然ながら前作までの流れを受けた描写が多いので、本作だけ単独で読むと満足度が半減してしまう。最低でも「ミスター・メルセデス」を読んでから手に取るよう、強くオススメしたい。
任務の終わり 上 (文春文庫 キ 2-63)
スティーヴン・キング任務の終わり についてのレビュー
No.670:
(8pt)

見事な全体構成にワクワク

ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第6作。遺跡の地下で発見された古い人骨と現在の殺人事件を巧妙に結びつけた、ベテランならではの上手さが光る犯人探しの警察ミステリーである。
バースが誇る遺跡ローマ浴場跡の地下室で発見された人骨が、予想に反して20年ほど前のものであることが分かった。発見場所には、かつて「フランケンシュタイン」が執筆された家があったことからマスコミが騒ぎ始め、ダイヤモンド警視は人骨の身元確認に追われることになった。同じ頃、バースを訪れていた、フランケンシュタインの著者を研究しているアメリカ人大学教授が掘り出し物の古書を見つけ、更なる宝物を夢中になって探しているうちに、教授の妻が突然姿を消し、市内を流れる川から殴殺された女性の遺体が発見された・・・。
本作もまた、無関係に見えた2つの事件が複雑につながり、読者を推理の迷路に誘い込んで行く。基本は犯人探し、フーダニット、ワイダニットだが、数々のサブエピソード、伏線が見事に張り巡らされており、さらには「フランケンシュタイン」やブレイクの水彩画などの蘊蓄、味わい深いユーモアがちりばめられ、実に多彩な魅力を持つエンターテイメントに仕上がっている。
シリーズファンには絶対のオススメ。シリーズ未読の方でも十分に楽しめること間違いなし。
地下墓地 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピーター・ラヴゼイ地下墓地 についてのレビュー
No.669:
(8pt)

軽快で楽しいノワール小説

「二流小説家」で評価を得たデイヴィッド・ゴードンの長編第三作。ストリップ・クラブの用心棒ながらハーバード大学中退、陸軍特殊部隊出身という異色の主人公が活躍する、読後感の良いノワール小説である。
穏やかな風貌にも関わらず凄腕の用心棒ジョーは、一斉手入れで入れられた留置場で旧知の中国系マフィアの若者チェンから誘われて、ある強奪計画に加わることになった。プロ集団で企画された犯罪はほぼ計画通りに行ったのだが、メンバーの一人が裏切ったことにより、FBIのみならず犯罪組織、テロリストなどからも追われることになる。強奪した品物の行方はどうなるのか、ジョーはこの危機を乗り越えられるのか・・・。
まず第一に主人公のキャラクター設定がいい。犯罪者でありながら、誰からも好かれる好青年で、しかも犯罪の腕は超一流。その言動を追うだけで、物語として楽しい。さらに、主人公を取り巻く犯罪者仲間、捜査官、ヒールなどのキャラも色彩豊かで、ノワールにありがちな暗さ、陰湿さが無いのがいい。解説の杉江松恋氏が指摘している通り、カール・ハイアセン作品に通じる軽やかさと心地よさがある。
アメリカの私立探偵もの、軽めのハードボイルド、明るいアクションもののファンにオススメしたい。
用心棒
デイヴィッド・ゴードン用心棒 についてのレビュー
No.668:
(7pt)

犯行動機と犯人像が、やや弱い

ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第5作。風光明媚なバースを舞台に、頑迷ながらどこか憎めないダイヤモンド警視の魅力が満開の警察ミステリーである。
記憶喪失のまま病院で目覚め、社会福祉施設に助けられた若い女性ローズ(仮の名前)は、同部屋になったホームレスの女・エイダに協力してもらい自分の過去を探し始めたのだが、怪しい人物たちにさらわれそうになる。そのころ、事件が無くて手持ち無沙汰のダイヤモンド警視は、農夫のショットガンによる自殺と若い女性のアパートからの転落死という、管轄外の自殺事件の担当を命じられた。気乗りしないまま捜査を始めたダイヤモンドだったが、どちらの事件でも自殺を疑わせる事実に気が付き、殺人事件ではないかと考えて本格的に捜査を進めると、3つの出来事がつながっているのを発見した。
ダイヤモンドの推理によって3つの事件が最後には一本の糸で結ばれていく、警察小説ではよくあるパターンの物語である。が、それぞれの事件が独立して物語性を持っているのでストーリーが生き生きしているし、シリーズ物ならではの人物像の描き方も冴えており、読んでいてワクワクさせる力がある。しかしながら、最後に明かされる犯行動機、犯人の人物像が、それまでの物語に比べて薄っぺらな印象が免れないのが残念。
シリーズ読者には安心してオススメでき、シリーズ未読の人でも十分に楽しめるレベルの作品である。
暗い迷宮 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピーター・ラヴゼイ暗い迷宮 についてのレビュー
No.667:
(8pt)

世の中には、永遠にそっとしておくべき秘密があるのだ

オーストラリアで大人気の女性作家の長編第5作。日本では順序が逆になったが第6作「ささやかで大きな嘘」に続く邦訳で、それぞれの家族の悩みと秘密と喜びを抱えながら生きている3人の女性たちの人生が出会い、絡まり合って紡ぎ出す、切ない人間ドラマである。
ハンサムな夫と3人の娘に恵まれ、タッパーウェアの販売やPTA活動で飛び回っているセシリアが天井裏で「死後開封のこと」と書かれた封筒を発見した。「若気の至りで恥ずかしいことを書いてしまったから絶対に読むな」という夫の言葉を信じつつも、疑心暗鬼と誘惑に負けたセシリアは開封してしまい、驚くべき事実に直面する。夫と立ち上げた広告会社の営業部長として活躍していたテスはある日、夫から「(テスの従妹で仕事上の仲間でもある)フェリシアと愛し合っている」と告げられ、ショックのあまり一人息子のリーアムを連れて実家に戻った。テスが息子の転入のために訪れた小学校(セシリアがPTA会長を務めている)で出会ったのが、校長秘書で、28年前に12歳で殺された最愛の娘の思い出を忘れられない孤独な老婦人のレイチェル。レイチェルは娘を殺した犯人だと思われる男を憎み続けてきたのだが、あるとき、決定的な証拠になるビデオを発見し、犯人逮捕への望みを新たにした。3人は、それぞれの秘密を抱えたまま日常生活を続けようとするのだが、絡まりあった運命の歯車は思いも掛けない方向へと回るのだった・・・。
犯人探しや事件捜査のスリルではなく、家族とは何か、夫婦とは何かを問う人間ドラマが主題の作品で、何気ない日常に起きるさざなみのような心理ドラマの描写が抜群に上手く、残酷なシーンは皆無だが心理的なサスペンスの盛り上がりにゾクゾクさせられる。ときどき顔を見せる辛辣なユーモアもピリッと効いて、読んでいて楽しい作品である。
謎解き系よりは人間模様系のミステリーがお好きな方にオススメだ。
死後開封のこと〈上〉 (創元推理文庫)
リアーン・モリアーティ死後開封のこと についてのレビュー
No.666:
(8pt)

助け合うはずだったのに・・・

2007年〜08年、「小説推理」に連載された作品。現実にあったお受験殺人事件に触発されたと思われる、母親たちの不安な人間関係を描いたミステリー仕立ての心理劇である。
同じ幼稚園に通う子供たちのママ友3人と、少し年上、少し年下の2人を加えた5人の専業主婦たち。ちょっとしたきっかけで仲良くなり、お互いの違いを認め合い、助け合いながらずっと付合って行くつもりでいたのだが、子どもの小学校をどうするかをきっかけに泥沼のような人間関係に陥って行く。誰もが特別な悪意を持って行動した訳ではないのに、かすかに感じた違和感から修復できない亀裂が広がってしまう。とかく、女性、特に専業主婦にありがちなパターンとして扱われるが、これは何も主婦に限ったことではなく、組織に属する男性、年配者の間でも容易に起こることである。作者は、その苦さや苦しさを実に丁寧に、分かりやすく描写し、読者を共感の輪の中に引き込んで行く。おそらく誰もが、登場人物の誰彼に、部分的であっても感情移入せざるを得なくなるだろう。
犯人探しや謎の解明ではなく、心理的な緊張感を前面に出したサスペンスとして、ミステリーファン以外の方にもオススメしたい。
森に眠る魚
角田光代森に眠る魚 についてのレビュー
No.665:
(7pt)

癒し系探偵の現代人情話

2014年から16年にかけて雑誌掲載された杉村三郎シリーズの中短編4作を収めた作品集。犯人探しや謎解きが含まれているものの、スリルやサスペンスとは無縁の人情ミステリーである。
それぞれの作品ごとにミステリーとしての仕掛けは施されているのだが、ストーリーの重点は登場人物たちの情と主人公・杉村三郎の人間くささに置かれており、ミステリーを読んでいるという緊張感が無い。ただ、さすがに宮部みゆきというべきで、どの作品も話の面白さに引き込まれていく。
シリーズ作品ではあるが、杉村三郎の背景なども適宜説明されているので、前作を読んでいなくても本書だけで十分に楽しめる。
希望荘 (文春文庫)
宮部みゆき希望荘 についてのレビュー
No.664:
(8pt)

頑固刑事の真骨頂!

ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第3作。シルバー・ダガー賞を受賞した、味わい深い警察ミステリーである。
辞表を叩き付けてバースの後にしたものの思うようにいかず、ロンドンのスーパーマーケットの駐車場でカート集めを生業としていたダイヤモンドに、古巣のバース警察から深夜の呼び出しがかかった。4年前にダイヤモンドが逮捕した殺人犯マウントジョイが脱獄し、副署長の娘を人質に取り、ダイヤモンドとの会見を求めているという。不承不承、マウントジョイに会ったダイヤモンドが求められたのは、事件を再捜査し、マウントジョイの無実を証明することだった。事件当時の捜査に自信を持っていたダイヤモンドだったが、人質を解放するためと、自分が警察に戻れるのではという期待から事件の洗い直しをすることになった。信頼するハーグリーヴズ警部をパートナーに改めて関係者を訪ね歩くと、当時は見落としていたり重視していなかった事柄が新たな意味を持ち始めた。ひょっとして自分の捜査は間違っていたのか? ダイヤモンドはマウントジョイに対する責任感から周囲の反対を押し切って真実を追及するのだった。
冤罪を主張する犯罪者のために体を張って奮闘する老刑事の執念の物語に、4年前の事件の真相解明という謎解きが加わって何重にも楽しめる、シルバー・ダガー賞受賞も納得の傑作警察ミステリーである。骨の髄まで刑事というダイヤモンドが、アルバイト状態から警察活動に戻ったときの生き生きした姿が微笑ましく、シリーズ作品ならではのくすぐりが効いていて、英国ミステリーの王道を行く本格派でありながらユーモラスで楽しい作品である。
シリーズものだけに、第1作から読むことをオススメするが、本作だけでも読む価値は十分にある傑作ミステリーである。
バースへの帰還 (Hayakawa novels)
ピーター・ラヴゼイバースへの帰還 についてのレビュー
No.663: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

夫と妻、親と娘、分かり合えないのはなぜか?

幼児虐待事件の裁判を通して、家族とは何か、人を理解するとは何かを追及した長編小説。犯罪行為自体も犯人もはっきりしているのだが、事件の真相を探るという意味で、心理ミステリーと言える作品である。
もうすぐ三歳になる一人娘を育てる専業主婦・里沙子は、8ヶ月になる子どもを溺死させた母親の裁判で補充裁判員に選ばれた。いやいやながら裁判に参加した里沙子は最初は被告を軽蔑していたのだったが、様々な証言を聞くうちに何が真実か分からなくなってきた。さらに、裁判に通うために娘を夫の実家に預けに行き、帰りには義理の母親から息子の好物の料理を持たされ、子どもは言うことを聞かず、夫は自分を理解してくれていないような気がして来るという、肉体的、心理的な疲れに押しつぶされそうになる。公判が進むに連れ、被告とよく似た自分の過去が思い出され、被告人は自分であってもおかしくなかったと思い始めるのだった。孤独な子育てに疲れ、周囲の善意をすべて逆の意味に捉えてしまった被告は救いようがない悪人なのか?
日常の何気ない一言も、解釈次第で善意にも悪意にも取ることができ、そのズレがやがては致命的な影響を及ぼして来る怖さ。まさに裏表紙の「感情移入度100%」の心理劇が展開される。性別や年齢、既婚・未婚を問わず、多くに人が自分が隠してきた心の奥底を見せられるようなサスペンスを覚えるだろう。
ミステリーのジャンルを超えて、多くの人の共感を呼ぶ傑作エンターテイメント作品としてオススメしたい。
坂の途中の家 (朝日文庫)
角田光代坂の途中の家 についてのレビュー
No.662: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

気弱な始末屋の切ない逃避と再スタート

「刑事ハリー・ホーレ」シリーズで世界的な人気を持つジョー・ネスボのシリーズ外作品。「その雪と血を」に続く作品で、同じようなテイストの叙情的ノワール小説である。
北方少数民族サーミ族が住むノルウェー最北の田舎に、ウルフと名乗る男がやってきた。ウルフはオスロから逃げてきた犯罪組織の始末屋で、親分である麻薬業者から命を狙われている身だった。素性を隠したまま地元の狩猟小屋に住みつき、サーミ族の教会の堂守りであるレアとクヌートの母子と交わるようになったのだが、犯罪組織が差し向けた殺し屋の手は徐々に迫って来るのだった。極北の白夜の地でウルフは、自らの命を守り、レアとクヌートを守るために決死の戦いを決意する・・・。
ウルフが親分から追われるようになった理由、孤独な犯罪者の割には稚拙なサバイバル技能などにより、単純なスーパーヒーローの物語ではなく、人生と愛の物語になっている。犯罪者の悩める心情を丁寧に描写して行くところは「その雪と血を」と同様で、今回は夏には太陽が沈まないという地の果ての風景と独特の文化を持つサーミ族の暮らしとが、物語の陰影を深めている。
「その雪と血を」と同じ登場人物が出て来るが物語としては独立しており、前作を読んでいなくても不都合は無い。ノワール小説ファンに限らず、人間ドラマが中心のミステリーがお好きな方にオススメしたい。
真夜中の太陽 (ハヤカワ・ミステリ)
ジョー・ネスボ真夜中の太陽 についてのレビュー
No.661:
(8pt)

大人の女性の出会いと分かれと修復と(非ミステリー)

第132回直木賞を受賞した、30代女性の生きづらさと復活を描いた長編小説。女性同士の友情を描いているので女性にはより強く共感を呼ぶだろうし、もちろん男性が読んでも十分に楽しめる作品である。
職場の人間関係にうんざりして専業主婦になった35歳の小夜子は他者との関係性が上手くつかめず、3歳の娘とウチに引き蘢るように暮らしていたのだが、そんな自分を変えるために外に働きに出ようとする。そこで出会ったのが、同じ大学で面識は無かったものの同級生だったヴェンチャー企業の女社長・葵だった。自分とは正反対の性格の葵に魅了されて入社し、仕事を覚え、生き甲斐を感じ始めていた小夜子だったが、些細なことから、立場の違いから生まれる溝を感じるようになる。独身者と結婚した者、主婦と社会人、上司と部下などの差異がきっかけで生まれた溝は、やがては二人を分つ亀裂になって行った。
上記の小夜子の視点から語られる物語が中心なのだが、並行して語られる葵の視点からの過去の物語が重なって来ることで、単純な友情物語ではない、人間の成長物語になっている。ストーリーが進むほどに純真で脆かった青春時代が甦り、そのままストレートには成長できなかったことに対する後悔やもどかしさが胸を打つ。
男女の別なく、どなたにもオススメできる良質なエンターテイメント作品である。
対岸の彼女 (文春文庫)
角田光代対岸の彼女 についてのレビュー