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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1360件
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雑誌掲載の4作品を収めた、著者の第二短編集。要人警護のSP、海難救助の潜水士、自衛隊の不発弾処理隊員、消防士という、常に命がけの仕事に取り組む4人のプロフェッショナルの4つの物語で構成されている。
それぞれに独立した作品だが、共通するのは危険と隣り合わせの仕事にも怯むことが無い主人公たちの高い職業倫理であり、それと同時に、常に命を賭けているが故に起きる、安全を願う恋人や妻との葛藤である。緻密な取材に基づくリアリティがあるサスペンス・アクションと、愛する人と平穏な日々を築けない人間的な苦悩のドラマが見事に対比され、単純なヒーローものではない深みがある作品集となっている。 現実感のあるサスペンス小説、人間的なヒーローの物語を読みたい方にオススメする。 |
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バンクーバーの底辺の街で、狼の血を引く野良犬だった雌犬ウィスパーと暮らす調査員ノラ・ワッツを主人公にするシリーズ三部作の第一作。作者のデビュー作だけにやや荒削りだが骨太の女性ハードボイルドである。
冬の早朝5時、ノラに「15歳の少女が行方不明になったので探して欲しい」という電話がかかってきた。依頼人に会ったノラは「失踪したボニーは、あなたが15年前に養子に出した子供だ」と告げられる。ノラには確かに、15年前にレイプされて妊娠し、生まれた子供を腕に抱くことも無く養子に出した過去があった。母親としての自覚は全く無かったノラだったが、警察が本気では捜査していないこともあり、少女を捜すことを決心する。単なるティーンエイジャーの家出かと思われた事態だったが、調べを進めるうちにノラの過去にも関わってくる邪悪な陰謀の影が濃くなってきた・・・。 本作の魅力の第一は、ヒロインのキャラが異色なこと。先住民の血を引く姉妹の姉で、幼い頃に両親と別れ、連れて行かれた里親や施設になじめずに家出し、ホームレスや軍隊を経験し、現在は私立探偵とジャーナリストの共同事務所で調査員として働きながら無断で事務所のビルの地下室で暮らしているという複雑さ。しかもアルコール中毒の過去があり、恩を仇で返すような倫理観が欠如した部分もある、いわば壊れた女である。それでも、周辺人物たちからは助けの手を差し出され、一途に正義を貫こうとする強さも併せ持っている。誰かの書評に「ミレニアムのリスベットみたい」という表現があったが、その通り。ストーリーがどうこうよりも、ヒロインの言動に共感できるか否かが、本作の評価を決めるだろう。 ハードボイルド・ファン、ノワール・ファン、女性が主人公のサスペンスがお好きな方にオススメしたい。 |
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北アイルランドの刑事ショーン・ダフィが主人公のシリーズ第三作。IRAのテロリスト・ハンティングに古典的密室殺人を練り込んだ二重構造の警察・ノワール・ミステリーである。
上層部に対する反抗的態度が問題になって警察を首になり、無為の日々を送っていたダフィの下をMI5が訪れ、ダフィの旧友でIRAの大物ダーモットを探して欲しいと言う。警察への復職を条件に依頼を引受けたダフィは、自分の知人でもあるダーモットの親族を訪ね、情報を得ようとするが、イギリスを嫌悪する彼らからはまともな返答を得られなかった。そんななか、ダーモットの別れた妻の母親であるメアリーから「4年前に起きた娘・リジーの殺人事件の真相を解明してくれればダーモットの居場所を教える」という取引を持ちかけられた。しかし、その事件は完全な密室で起きた事件であり、謎を解く手がかりは全く見つけることができなかった・・・。 本シリーズははぐれ狼の刑事を主人公にした警察小説だが、本作は紛争まっただ中の北アイルランドで大物テロリストを追うという、フォーサイスばりの政治謀略小説であり、また密室殺人の謎を解くという古典的ミステリーでもある。ふつうであれば2本の作品になるような贅沢な構成になっている。本筋のテロリスト・ハンティングは実際に起きた出来事をベースにしているため時代背景、登場人物ともに真に迫っている。さらに密室殺人は古典のルールに忠実で謎解きとして面白い。ただ、それぞれに完成度が高い二つが主張し合った結果、物語全体としては落ち着かない部分がある。 自分の趣向に合わせていろいろな読み方ができるので、どなたにもオススメできる作品と言える。 |
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1998年から2000年にかけて週刊誌に連載された長編冒険小説。組織を追われたヤクザが逃亡先のベトナムで知り合った若者たちの日本への密航に命を賭けて挑む、派手なアクション小説である。
恩義のある親分の謀略で海外逃亡を余儀なくされたヤクザ者の坂口修司は、組織から指示された潜伏先のバンコクで命を狙われ、ひとりでベトナムに逃げ込んだ。何の後ろ盾も無く異国で生き延びようとする修司が出会ったのは、サイゴンの最下層で暮らすシクロ乗りの青年たちだった。ベトナムに移っても正体不明の刺客の存在や地元警察の腐敗警官の脅迫に危険を感じた修司は、青年たちの助けを借りて潜伏するとともに、彼らの「黄金の島・日本」への密航という憧れを手助けするようになる。そして、ベトナムの社会に追いつめられた若者たちと日本のヤクザに追いつめられた男は、決死の覚悟でベトナムの海岸から船出したのだった・・・。 一方にはバブルの恩恵で肥え太ったヤクザたち、それに寄生する女たち。一方には祖国統一の恩恵には恵まれず、血眼になって生きる道を開いていくベトナムの若者たち。その狭間で揺れる良心的ヤクザ。それぞれの立ち位置で身に付けた思考と行動がリアルに絡まって、思いがけないドラマに広がっていく様が非常に説得力がある。登場人物たちが善人・悪人という軸だけでは判断できない複雑さを抱えているのもいい。ベトナムという異境の雰囲気も非常に迫真的で、ぐいぐいと読者を引っ張っていく。さらに、最後の密航シーンのスリルとサスペンスは、真保裕一ならではの迫力がある。 ヤクザもの小説ファン、冒険小説ファンはもちろん、「熱量がある小説を読みたい」という人にオススメだ。 |
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作者のデビュー作と第2作を想起させる短編集。実際の事件に想を得て、人間の愚かさ、不可解さ、悲しさを巧みに描いた、短編の名手シーラッハの面目躍如の作品集である。
わずか213ページに12作品が収められた文字通りの短編ばかりだが、単なる真相解明や裏話ではなく、人間の実相とそのおかしさ、悲しみが巧みなストーリーで語られており、それぞれに味わい深い。犯罪者ばかりが出て来るのだが、読み終わったあと、それまでより人間に優しくなっているような気がするヒューマンな読後感がいい。シーラッハは長編も力強いが、やっぱり短編の方が独自性があって素晴らしい。 シーラッハファンはもちろん、ツイストの効いた短編集のファンにオススメだ。 |
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韓国の女性新人作家のデビュー作。韓国でのエンターテイメント小説の興隆をめざして立ち上げられた新レーベル「Kスリラー」の第一弾に選ばれたのも納得の、中身の濃いサスペンス作品である。
刑務官をめざすソンイのところに現われた刑事は「妹さんの居場所を知らないか」とたずね、しかも高校生である妹が同級生殺害事件の重要参考人となっていると言う。ソンイは歳の離れた妹・チャンイとは複雑な家族の事情で10年前から離れて暮らし、疎遠になっていたのだが心配になり、かつて一緒に暮らしていた家を訪れた。すると家は無人で、父と妹が暮らしているはずの家に父の気配はなく、さらにいくつもの隠しカメラが設置されているのを発見する。妹はどんな暮らしをしていたのか、なぜ逃げ出したのか。妹のこれまでの暮らしの軌跡と現在の行方を探るソンイが見つけたのは、姉妹を取り巻く人々の歪んだ欲望が作り出した、思いも掛けない物語だった。 姉妹の設定、特に妹がテレビの子どもアイドルだったという設定から物語全体が構成され、芸能界の名誉や地位を巡る争い、姉と妹のかすかなすれ違いから生じる分断、崩壊した家族の悲劇などの要素が上手に取り入れられ、不気味で暗くて重い世界が展開される。それでも、ストーリーの骨格がしっかりしているので読みやすく、読むほどにぐいぐい引き込まれていく。韓国ミステリーというジャンル、これからも期待できそうだ。 スリラーというよりサスペンス作品であり、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。 |
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某ファッションブランドの広報部に入社した新人・レイ、レイの恋人の大学生・尚純、尚純の兄で新婚の浩一、浩一の妻でファッション雑誌編集者の桂子、20代前半から後半の4人の生活と関係と秘めたるものの一巡りする春夏秋冬の変化を、それぞれの視点から描いた、雑誌連載小説。掲載媒体が女性誌ということで舞台設定はファッショナブルだが、小説の中身は脆くてほろ苦い、吉田修一ワールドである。
人間の日常に潜む優しさとズルさの両方が丁寧に描かれていて、読者は思わず登場人物の誰かに共感を寄せている自分を発見するだろう。ストーリー展開の面白さに囚われず、じっくりと文意を味わいながら読むことが好きな方にオススメしたい。 |
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デビュー作「IQ」がシェイマス賞など3つの新人賞を受賞し、MWA、CWAの最優秀新人賞にもノミネートされた日系人作家の第2作。シリーズ物の基本に忠実に、しかも話のスケールをでかくして成功した傑作ハードボイルドミステリーである。
IQは、亡き兄・マーカスの恋人・サリタから「妹・ジャニーンがギャンブルで泥沼に入り、高利貸しに苦しんでいるのを助けて欲しい」と依頼され、腐れ縁の相棒・ドッドソンとともにラスベガスに赴いた。ところが、ジャニーンは恋人のベニーと二人で金を作ろうとして中国系マフィア三合会の秘密を盗み出したため、高利貸しに加えて中国系マフィアからも追われていた。凶暴なギャングたちを相手にIQとドッドソンは知恵を絞って二人を助けようとする。同じ頃、マーカスの事故死に疑問を抱き続けてきたIQは、マーカスを轢いた車の廃車を発見し、マーカスは意図的に轢き殺されたのではないかという推論を組み立てた。そして、二つのエピソードが交わる場所でIQは壮絶な戦いに巻き込まれ、命の危険にさらされるのだった・・・。 前作では舞台がLAに限られていたのが、本作はラスベガスまで広がり、さらに関係して来るのも黒人、ヒスパニックに加えてアジア系ギャングが登場し、より複雑な展開を見せる。基本的には地元密着で、わずかな報酬でもめ事を解決するボランティア的探偵のIQだが、本作では大金を動かす組織犯罪を相手に派手なアクションでイメージを一新させた。その分、従来のPIもの、アメリカン・ハードボイルドに近づいて、前作のようないい意味での特異な軽さが減じているのが、ちょっと惜しいのだが、まさに現代のストリートを反映した傑作エンターテイメントであることは間違いない。 シリーズ物なので、まず前作から読み進めることをオススメする。 |
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西加奈子の初めてのベストセラー小説。家族と一匹の犬が、それぞれの運命に翻弄され、いつしかそれを受け入れていくドラマを素朴に、しかもシリアスに、なおかつユーモラスに描いた青春小説である。
物語全体もさることながら、一つひとつのエピソードが自由なタッチで軽やかに描かれているのが魅力的である。 |
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厄病神シリーズの第7作。今回は、ヤクザだけでなく警察OBの悪事にも立ち向かう、期待通りのアクション長編である。
一匹狼のヤクザ桑原が金の臭いを嗅ぎ付けたのは、警察官OBの親睦組織という名目の狐と狸の悪徳グループが糸を引く診療報酬不正取得、老人ホーム経営、オレオレ詐欺。成功報酬の一割という約束に目がくらんだオカメインコ二宮は、またも懲りずに桑原にくっ付いて歩いたために、警察官OBとつるんでいるヤクザ事務所で拉致され、大けがを負わされ、悪徳マル暴・中川の助けを借りて何とか脱出した。しかし、そんなことでは諦めない厄病神コンビは危険を省みず、いつも通り狙っただけの金を手に入れようとする。 相変わらず、めっちゃテンポがいい。ストーリー展開、大阪ヤクザの会話、サスペンスに富んだどんでん返し、すべてにおいて期待を裏切らない。さらに、警察を中心にした権力機構の腐った一面、福祉に名を借りたあくどい商売人など、今の社会が内包する病弊を暴いて痛快である。 本作だけでも十分に読むに値する傑作だが、シリーズの最初から読み重ねると数倍は面白くなること請け合い。厄病神ファン、黒川ファン、アクションミステリーファンには文句なしのオススメだ。 |
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ダイヤモンド警視シリーズで知られるラヴゼイのノン・シリーズ長編。アマチュア作家サークルを巡る連続殺人事件の真相解明という、フーダニットの王道を行く傑作ミステリーである。
出版社を経営するブラッカーが自宅に放火されて殺され、直前に著書の出版を巡ってトラブルになっていた地元の作家サークルの会長・モーリスが逮捕された。しかし、モーリスの人格を信頼するサークル会員たちは冤罪を主張し、真犯人探しに乗り出す。警察はモーリス犯人の証拠をつかめず、さらにサークルの他のメンバーもブラッカーに反感を持っていたことが判明する。しかも、サークル会員を巻き込んだ第二放火事件が発生、警察はモーリスを釈放せざるを得なくなった。そこで登場したのがヘン・マリン主任警部だったが、自信過剰のファンタジー作家、デタラメな自伝を書く男、売れないロマンス小説を書く女、官能的な詩を書く女、魔女裁判に取り付かれた女など、一癖も二癖もある会員たちを相手に「容疑者がこんなに多い事件は初めて」と、さすがのヘン・マリンもぼやくばかりだった・・・。 警察の捜査と会員たちの素人探偵の両サイドからのアプローチで徐々に真相が解明されていくプロセスが、ユーモラスに描かれていて、読み進めるのがとても楽しい。さらに本筋の犯人、犯行の動機は「怪しくない登場人物ほど犯人では?」というフーダニットの正統を保ちながら二転三転して、最後まで盛り上がる。 ダイヤモンド警視ファンはもちろん、未読の方にも強くオススメしたい傑作エンターテイメント作品である。 |
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デビュー作である前作「完璧な家」でイギリスの人気作家となったパリスの長編第2作。12年前に行方をくらませた元恋人が戻ってきたのではないかという不可解な事態に翻弄されるサスペンス作品である。
12年前に同棲中の恋人・レイラと出かけたフランスで、レイラが忽然と姿を消し、失意のまま帰国したフィンは、7年後にレイラの追悼式で出会ったレイラの姉・エリンと付き合い始め、婚約するに至った。そんなとき、昔二人が住んでいた家でレイラを見かけたという情報がもたらされ、さらにレイラがいつも持っていた人形が、現在の家の歩道で見つかった。それと同時に、匿名のメールがレイラは生きていると知らせてきた。死んだと思っていたレイラは生きているのか? 生きているならなぜ会いに来ないのか? それとも悪質なイタズラなのか? フィンは疑心暗鬼に陥り、じわじわと追いつめられていった・・。 主人公・フィンが心理的に混乱していくサスペンスがメインなのだが、フィンがなんとも形容し難い優柔不断で身勝手な性格なのでイマイチ同情できないし、レイラが生きているのかイタズラなのかの解明も堂々巡りを繰り返すだけで盛り上がりに欠ける。最後まで物語世界に入っていけなかったという点で、まさにイヤミスの極致と言うべきか。 「イヤミス×純愛!」という売り文句通りの作品で、イヤミスファン以外にはオススメしない。 |
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アメリカでは新作が発売されるたびにベストセラーになるという「コール&パイク」シリーズの第17作。日本では初期の6作品のみ邦訳され、7作目以降は中断されていたのだが、シリーズ外の「容疑者」が人気を博したことから再注目され、19年ぶりに翻訳出版に至ったという。アメリカでの人気のほどが納得できる、ハードボイルドの王道を行く作品である。
シングルマザーのデヴォンはひとり息子のタイソンが最近、ロレックスや高級な衣服を身に付け、自分の部屋に大金を隠していることを心配して、よからぬ仲間がいるのではないかと、コールに調査を依頼する。コールが調査を進めると、ロレックスが盗品であるだけでなく、タイソンと仲間の3人が高級邸宅ばかりを狙った連続窃盗事件を起こしていることが分かった。コールはデヴォンに真実を告げ、自首することをすすめたのだが、タイソンが身をくらませてしまった。警察が逮捕する前にタイソンを見つけ自首させようとするコールだったが、謎の2人組の男がタイソンと仲間を追っているのを知った。この2人組は凶暴で、周辺では死者が出始めていた。2人組、警察の追及をかわしながら、コールとパイクはタイソンと仲間の行方を追う・・・。 主役の二人がカッコいい。中年ではあるが身体強健、精神堅固、しかも女性や子どもに優しい、典型的なハードボイルド・ヒーローである。さらに、悪役の2人組もストーリーが進むほどにじわじわと味わい深くなり強い印象を残す。事件の解決プロセスも説得力があり、どんどん引き込まれていく。 シリーズ作品ながらこれまで未読でも違和感無く楽しめる。ハードボイルド・ファン、バディものファンには絶対のオススメである。 |
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1991年、第37回江戸川乱歩賞受賞作。厚生省の食品検査Gメンという特殊な人物を主人公にした、社会派ハードボイルドである。
東京検疫所で輸入食品の検疫を担当するGメンの羽川は、学生時代からの友人で週刊誌記者の竹脇が晴海ふ頭から港に車で飛び込み、病院に運ばれたという電話を竹脇の妻・枝里子から受け、急遽、駆けつけた。病院では警察から尋問を受け、自殺ではないかと示唆された。実は、枝里子は羽川の昔の恋人で、最近、よりを戻し、それが原因で竹脇が家を出ていたのだった。竹脇が自殺した原因は自分にあるのか? やり切れない思いを抱えて出勤した羽川は、事務所で「レストラン・チェーンの冷凍倉庫の肉に毒物を混入した」という脅迫状を発見する。脅迫の事実解明をまかされた羽川が調査を始めると、事件の裏には輸入食品の汚染を巡る計り知れない闇があるように感じられた。竹脇が記者として一躍有名になったのは、汚染輸入食品を告発した記事からだった。ひょっとして竹脇は、闇を解明しようとして殺されかけたのではないのか? 警察も自殺説をとる中、羽川は食品検査Gメンの限られた権限を駆使して真相に迫るのだった・・・。 ハードボイルドの主人公がおおよそヒーローとは縁遠い、冴えない(陽の当たらない)小役人という設定が秀逸。派手なアクションは無いが、経験に基づく説得力がある推理で真相を解明するプロセスが真に迫っている。ハードボイルドに欠かせない自虐的なユーモアも、消化不良ながら随所に挿入されていて楽しめる。拳銃やカーチェイスが現実的ではない日本のハードボイルドとしては、スリルやサスペンスもよく盛り込まれている方だ。 ハードボイルドファン、社会派ミステリーファンにオススメだ。 |
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雑誌に掲載された5作品を集めた連作短編集。カメラマンとして一応の成功を収めた男が辿ってきた歴史を、5つの時代ごとのエピソードで繋いだ風俗エンターテイメント作品である。
あるカメラマンの50歳、42歳、37歳、31歳、22歳の「あの日々」を個人史と時代背景を絡めて独立した5つの話に仕上げているのだが、第5章から始まって第1章で終わるという独特の(奇をてらった)構成にしたため、ともすれば回顧談、人間成長物語になりがちなストーリーが、波乱のあるダイナミックな展開になった。絶対に巻き戻せない歴史というフィルムに写された「あのときの自分」のアルバムを見るような懐かしさとほろ苦さが味わい深い。 ミステリーを期待すると裏切られるが、社会風俗エンターテイメント作品としては十分に楽しめる作品である。 |
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スウェーデンの推理作家アカデミーの最優秀賞を3度受賞したベテラン作家の中短編集。収められた5作品、それぞれ違った趣向だが、どれも人間くささがあり、巧みなオチでうならせる密度の高いミステリーである。
「トム」はありがちなストーリーだが、最後までイヤな感じが残るところが今風と言える。「レイン ある作家の死」は物語の構成が見事。最後の落ちに驚かされる。「親愛なるアグネスへ」は二人の女性のすれ違いが面白い。「サマリアのタンポポ」は青春のほろ苦さをうまくミステリーに仕上げている。 5作品、好き嫌いはあるだろうが、どれも完成度が高く、じっくり読めば十分に満足できる作品集として、多くのミステリーファンにオススメしたい。 |
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韓国のエンタメ小説をリードする女性作家の長編第5作。発売早々にベストセラーを記録したサイコ・ミステリーの話題作である。
ある朝、血腥い臭いで目覚めた25歳の法学部学生ユジンは、自分が血まみれで階段の下では母親が首を切られて死んでいるのを発見する。癲癇の持病があり、発作が起きると記憶が無くなるユジンには昨夜の記憶が全く無く、自分の名前を呼ぶ母の声だけをかすかに覚えている気がしていた。誰もいない、誰も侵入した形跡がない家の中のできごと。母を殺したのは自分なのか? 主人公ユジンが記憶をたどり、自分と母親・兄弟との関係を見つめ直すことで真相を探り出していく、心理サスペンスである。ただ、主人公がサイコパスの中でも最悪(最強)の「純粋な悪人」であり、しかもほぼ全編が主人公視点で語られるところが異色である。物語の始まりから第一部が終わるまでの約100ページは、現在と過去が入り交じり、妄想と現実が交差して非常に読みづらい。ほとんど投げ出したくなるのだが、そこを過ぎた第二部からはストーリー展開も明快でサイコパスの心理描写に引きつけられる。 「悪を追求し続ける作家」と呼ばれるだけに、この作品世界に入り込める人は少ないかもしれないが、サイコ・ミステリーファンなら楽しめるだろう。 |
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新聞連載を加筆訂正した、文庫で上下2冊1000ページ弱の超大作。97年の日本推理作家協会賞、山本周五郎賞を受賞した、一級品のエンターテイメント作品である。
ヤクザの街金の借金を返すために奇想天外なアイデアで銀行の両替機を騙した道郎と雅人のコンビだったが、最後の最後でヤクザに追いつめられ、道郎は金を持って逃げたものの、雅人は警察に捕まり5年の実刑判決を受けた。それから4年半、ヤクザへの復讐の念に燃える道郎は、名前を変えて印刷会社に潜伏し、密かに偽札作り計画を進めていたのだが、とある事情から復讐のターゲットを銀行に変え、銀行員が触っても判別できない「本物の偽札」作りをめざすようになる。 本筋は究極の偽札作りという「贋作もの」とヤクザや銀行員を欺く「コンゲームもの」で、そこに型破りな若者たちが社会の基盤である通貨制度に挑むという冒険アクション小説が加えられている。主人公二人を始めとする主要人物のキャラクター設定が上手く、ストーリー展開はスピーディーで、途中途中のエピソードや会話に含まれるユーモアも軽快。しかも、偽札作りの細部の描写が徹底的で、そのリアルさに圧倒される。 あれやこれやの先入観無しに「ひたすら面白い小説を読みたい」という方にオススメする。 |
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2016年に刊行された長編パニック小説。動物愛護のためなら殺人も辞さない団体が、品種改良から生まれた化け物のような犬たちをけしかけて、ペット販売イベントに集まった人々を殺戮するという、社会派エンターテイメントである。
種の違いも肌色や性別の違いと同じであり、種の違いを根拠に動物と人間を区別するのは差別である。そう主張する団体「DOG」が世界にアピールするために選んだのは東京湾埋め立て地で開かれたECOイベントで、品種改良したペット販売でぼろ儲けしている企業から無償の譲渡会を開催しようと言う慈善団体までが参加し、イベントを盛り上げるために駆り出された中学生たち、ペットを買いたい家族連れ、イベントを政治利用したい政治家など、さまざまな人々が集まった。その会場の建物を封鎖した「DOG」は超巨大化した犬の群れを放ち、無差別な殺戮を行い、その模様を映像に収めて世界に配信しようとするのだった。 話の本筋は、品種改良によって生み出された怪獣が人間の倫理をあざ笑うという、パニックものの王道的作品である。物語の始まりから最後まで、とにかく人が犬に殺される。日本の小説で、これほどの人数が殺される作品は珍しいだろう。しかも、主要登場人物や「いい人」も容赦なく被害に遭う。まさに「突き抜けた」恐怖小説である。 人が犬に殺されるなんて耐えられないという方には絶対にオススメできないが、一般的なホラーやパニックものが好きというかたにはオススメしたい。 |
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フランスの女性作家のデビュー作。フランスの特捜部Qと評され、すでにシリーズ化されているコミカルな警察小説の第1作である。
同世代の星と称されてきた女性警視正アンヌ・カペスタンは、容疑者を至近距離から射殺したことによる停職から復帰したのだが、与えられた仕事は新たに結成された特別捜査班の指揮だった。しかし、特別捜査班とは名ばかりで、オフィスは警察からは遠く離れた雑居ビルの一室、集められたメンバーはパリ警視庁の各部署からはじき出されたお荷物警官ばかり。さらに、仕事は未解決事件のファイルの山から探し出せという。つまり、警察上層部からは何も期待されず、何もしなくてもとがめられないというチームだった。それでも使命感に燃えるカペスタンたちは、20年前と8年前に起きた迷宮入り殺人事件を見つけ出し、捜査をスタートしたのだった。 まあ、骨格がまるっきり「特捜部Q」なので、あとはどれだけキャラクターが立つか、エピソードがユニークか、会話が面白いかの勝負なのだが、どれも一定レベルに達してはいるものの突出したものがない。凄惨な描写や異常な犯罪者などが出てこず、警官たちもみんな生き生きとしていて読後感がいいことは確かで、安心して読めるユーモラスなエンターテイメント作品である。 軽めの警察小説、クスッと笑えるミステリーを読みたい方にはオススメだ。 |
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