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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1393件
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世界的ベストセラー「ミレニアム」の第6部でシリーズ完結作。スティーグ・ラーソン亡き後のシリーズ三部作では主役となってきたリスベットが生涯の宿敵である妹・カミラと決着をつけるサスペンス・アクションである。
ストックホルムの公園で死亡したホームレスの男がミカエル・ブルムクヴィストの電話番号を書いた紙を持っていた。男は国防大臣・フォシェルに関する何かを喚いていたとか、支離滅裂な文章を書いた紙をバス停の掲示板に張り出していたなどの情報もあり、ミカエルは男の身元調査を始めることになった。男は殺害されたのではないかと疑問を持った法医学者の協力を得て、ミカエルは自宅を売却して行方をくらませていたリスベットに死んだ男のDNA情報を送り、解明を依頼する。そのときリスベットは、自分の命を狙うカミラに逆襲するためにモスクワにいたのだが、カミラ襲撃に失敗し身を隠すことになった。一方カミラは、リスベットに逆襲するためにストックホルムに飛び、リスベットをおびき出すためにミカエルを利用しようとする。それを察知したリスベットはストックホルムに舞い戻り、カミラと決着をつけようとする・・・。 本作の中心はリスベットとカミラの最終決戦なのだが、ホームレスの男と国防大臣との因縁もかなりの部分を占めていて物語が二分されてしまっているため、作品密度がやや薄まっている。特に、ホームレスの男と国防大臣が絡むエベレストのエピソードは、作者の得意分野ということで、これだけで一作になるほどの力の入れようでとても面白いのだが、作品全体として完成度を落としている印象なのが残念である。 完結編でもあり、シリーズ愛読者には必読。というか、シリーズ愛読者以外には、それほどおススメできる作品ではない。 |
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「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第8作。オリヴァーが少年時代を過ごし、現在も住んでいる小さな村で起きた連続殺人事件の謎を解明する警察ミステリーである。
オリヴァーとピアが勤務する警察署管内で起きたキャンピングトレーラーの放火殺人事件。トレーラーの所有者はオリヴァーが知っている老婦人で、しかも被害者はその息子だと判明する。さらに、余命いくばくも無くホスピスに入っていた所有者の老婦人が殺害された。連続殺人事件として捜査を開始した警察だったが、事件の関係者や周辺人物がほとんどオリヴァーの知り合いで、しかもオリヴァーが関係した42年前の事件との関連をうかがわせる背景が判明し、オリヴァーは微妙な立場に立たされる。さらに、オリヴァーが一年間の長期休暇を取得する直前だったこともあり、捜査の指揮はピアがとることになった。閉鎖的な村社会で起きた事件は、そこに住む人々に激しい動揺を与え、それぞれが抱えてきた愛憎、隠された人間関係を容赦なく暴いていくことになる・・・。 現在の事件を42年前の事件を並行して解明していく、2つのワイダニット、フーダニットが重なり合う展開で、登場人物の数が多いのに加え人物間の姻戚関係、友人関係が複雑で、しょっちゅう登場人物リストや関係図を参照しないと物語についていけないのが難点。サクサクと読める作品ではない。最終的な真相も、事件の悲惨さの割には薄っぺらだが、複雑怪奇な事件を地道に解明していくプロセスは警察小説の王道を行くもので読み応えがある。本作ではオリヴァーの少年時代が詳しく書かれており、次作ではピアの家族の秘密が明らかにされるという。 シリーズのターニングポイントとしてファン必読。また、北欧警察ミステリーのファンには十分に満足できる作品といえる。 |
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アイスランドを代表するミステリー・シリーズの第5作。移民の子の殺害事件をテーマに、アイスランド社会における移民の問題に取り組んだ、社会派警察ミステリーである。
アイスランド人の父親とタイ人の母親の間に生まれ、今は離婚した母親がシングルマザーとして育てている10歳の男の子が殺害された。レイキャビク警察捜査官・エーレンデュルたちは人種差別が絡んだ犯罪ではないかと想定し、学校や家族関係から捜査を始めたのだが、そこで浮き上がってきたのは移民に対するアイスランド市民の複雑な感情であり、様々な緊張関係だった。さらに、エーレンデュルは別の女性失踪事件にも取り組んでいるのだが、こちらも有力な手掛かりが得られずにいた。そして、凶器と思われるナイフが発見されたことから解決への道筋を見つけたエーレンデュルたちがたどり着いた真相は、深い悲しみと喪失感をもたらすものだった。 地道な聞き込みで殺人事件の隠された真相を明らかにしていく、オーソドックスな警察小説である。そこに加えられるのが、主人公たちの家庭や人間関係にまつわる解決策のない重荷で、全編を通して重苦しさが立ち込めている。これはまさに、北欧警察ミステリーならではのテイストだが、アイスランドの場合は、その風土の過酷さもあって重苦しさがひときわ大きいと言えるかもしれない。 シリーズ愛読者はもちろん、北欧ミステリーのファンには自信をもっておススメする。 |
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検事・佐方貞人シリーズの第4作。雑誌掲載された4作品を加筆・訂正した短編集である。
4作品はどれも、検察上層部と対立してでも「罪が真っ当に裁かれる」ことを追及する佐方の意地を描いたこれまで通りのパターン。各作品のテーマは現実に起きた事件を下敷きにしており、それなりのリアリティがあり、物語展開も巧みで読みやすい。 シリーズの愛読者、2時間ドラマのファン、正義が達成される結末で安心したい読者にオススメする。 |
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2014年度のドイツ推理作家協会賞受賞作。ともに54歳になる作家と教師が再会し、二人の出会いと別れ、それをかかえて生きて来た人生を語り合う、大人の恋愛ドラマである。
作家と生徒たちのワークショップという企画によって16年ぶりの再会することになった人気作家のクサヴァーと国語教師のマティルダ。かつて恋人同士として16年間を過ごした二人は、過去を振り返り、それぞれの思いをぶつけ合うのだが、そこに「物語にして語り合う」という技法を用いることで、お互いの思いの違いが明らかになっていく。運命的とも言える出会いで感じる愛、人生に求める物の違いによって生じる別れ、そして相手を理解しきれなかったことの後悔。いわゆる謎解きミステリーではないが、人間という生き物が謎であるという意味でミステリーである。 訳者あとがきにもあるように、ケイト・モートンの作品が好きな人なら親近感を持つだろう。 |
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小林由香の「ジャッジメント」に続く第二作。いじめをテーマに報復の意味を追及した、ヒューマン・ミステリーである。
壮絶ないじめ(暴力犯罪レベルである)にあっていた高校一年生の時田は、いじめの現場を救ってくれたピエロ・ペニーに、いじめている少年を殺して自殺したいと心のウチを打ち明ける。するとペニーは、殺害計画を立てたら手伝ってやるという。半信半疑ながらも時田は殺害計画を立て、ペニーの助けを得て実行しようとする。一方、息子がいじめを苦にして自殺し、それが原因で妻も自殺してしまった風見は抜け殻のような生活を送っていたのだがが、同じようにいじめで苦しんでいる人々のサークルで知り合ったハギノと名乗る高校生から情報を得て、息子をいじめた少年たちを特定し、報復することを決意する。そして二人の計画が重なって実行されたのは、正義なのか、犯罪なのか? 小林由香のメインテーマである犯罪と報復のバランス、被害と加害の公平性を真摯に追及した社会派ミステリーであり、答えが出ない問いに真剣に応えようとする人間ドラマである。従って、重いテーマの周りを堂々巡りしているようなもどかしさがあるのも否めない。物語の展開も下手ではないのだが、小説としてはやや硬さがあるのが残念。 ミステリーの楽しさを求めるより、社会的テーマの追及を求める読者にオススメしたい。 |
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ハリー・ボッシュ・シリーズの第19作。還暦を過ぎたとはいえ正義感にあふれ意気盛んなボッシュが自ら信じるところを貫く、安定の警察ミステリーである。
サンフェルナンド市警の予備警官として勤務するボッシュは、地元で起きた薬局の強盗殺人事件をきっかけに、ロシアマフィアが支配する麻薬組織への潜入捜査を行うことになった。一方、かつてロス市警時代に逮捕した死刑囚が「ボッシュが証拠をねつ造した」と主張して再審を請求し、ロス市警と検事局はその訴えを認めて再審を開始し、ボッシュはいわれなき罪を問われそうになる。二つの難問に直面するボッシュは、異母弟であるミッキー・ハラーの助けを借り、超人的な働きで正義を追い続けるのだった・・・。 60過ぎの予備警官なのに麻薬組織に潜入するというボッシュの元気なアクションがメインテーマで、証拠をねつ造した警官という汚名をそそぐための調査がサブテーマ。潜入捜査はアクション・ミステリー、再審請求対策はリーガル・ミステリーという、一冊で二作品分の面白さを堪能できる。 ボッシュ・シリーズのファンは必読。アメリカ警察ミステリーのファンにもオススメする。 |
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1947年刊行、48年のMWA最優秀新人賞受賞作の新訳版。シカゴの底辺で暮らす印刷工見習いの青年が父親が殺された事件の謎を追いかけ、その過程で大人へと成長していく、みずみずしいハードボイルドである。
18歳のエドの父親がシカゴの裏通りで殺された。警察は単純な強盗事件と看做したのだが、納得できないエドは伯父のアンブローズとともに犯人を突き止めようとする。移動遊園地で働く変わり者の伯父は人生経験が豊かで、警察にもつかめなかった詳細を徐々につかんでゆく。行動を共にするエドも街の裏表、人々の隠された一面に触れ、大人への扉を開けることになる。そして真相を突き止めた時、そこにはエドが知らなかった父の姿があった・・・。 18歳の心優しい青年が街の現実に気づき、一人前の大人へと変わっていくプロセスをハードボイルドの風味豊かに描いた、なかなかに読後感がいい作品である。殺人事件の謎解きとしても、犯人、動機などにひと工夫があり、ミステリーとして十分に読み応えがある。 オールドファッションで軽やかなハードボイルドがお好きな方にオススメする。 |
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「フランスの特捜部Q」という触れ込みのシリーズ第2作。落ちこぼれ軍団が、難解な殺人事件を解明してエリート組織の鼻を明かすユーモア警察ミステリーである。
カペスタン警視正率いる迷宮捜査班が新たな殺人事件の捜査を指示されたのは、被害者がカペスタンの元夫の父親だったからだった。しかも、この被害者が元パリ司法警察のエリートだったため、捜査介入部、刑事部というエリートたちとの共同捜査になった。警察のゴミ溜めと揶揄される迷宮捜査班は最初から馬鹿にされ、十分な情報も与えられなかったのだが、メンバーたちの独自の働きにより、かつて南仏で起きた未解決殺人事件との関連性を発見し、捜査は大きく進展したのだった・・・。 前作同様、事件捜査がそれなりの要素を占めてはいるものの、物語の本筋は迷宮捜査班メンバーの個性あふれるキャラの面白さにある。前作でもかなりの特異さだったのが、今回はさらに新メンバーが増え(その中には犬とネズミも含まれる)、さらにばか騒ぎ状態になり、ミステリーとしての緊迫感が薄れ、ドタバタ喜劇の側面が強くなっている。そのため、全体にとっちらかった印象に終わっているのが残念。 ユーモア・ミステリーのファンには楽しめるかもしれないが、謎解きミステリーや警察もののファンにはちょっと物足りないだろう。 |
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2015年から20年にかけて「小説新潮」に連載された長編小説。偶然見つけた古文書に書かれたドイツ浪漫派の作家・音楽家であるホフマンの謎を解明する、ビブリオミステリーである。
上下二段組みで680ページ、しかも最後の60ページほどは袋とじという凝った装丁の大作で、物語も19世紀初頭の作家・音楽家であるホフマンにまつわる謎と、古文書を読み解く現代の関係者たちの謎とが重なり合って展開されるという複雑な構成。しかも、19世紀のドイツ浪漫派、ホフマンの諸作の話が半分ほどを占めているので、そうしたジャンルに知識が無いものにとってはひたすら退屈。また、現代の登場人物たちのドラマもかなりご都合主義でちょっと白ける。 ドイツ浪漫派やホフマンに興味や知識がある方以外にはオススメしない。 |
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ジャーナリストと服役囚支援者という異色コンビ作家の代表作である「エーヴェルト・グレーンス警部」シリーズの第7作。日本でも高く評価された「三秒間の死角」のスピンオフ的な、緊迫感あふれる傑作ポリティカル・アクション・ミステリーである。
麻薬がすべてを支配する南米コロンビアの麻薬ゲリラ組織PCRで幹部のボディガードを務めるパウラは、実は米国麻薬取締局(DEA)に情報を届ける潜入捜査員として目覚ましい実績を上げ続けていた。ところが、麻薬で死んだ娘の仇討ちに全力を捧げる米国下院議長・クラウズが率いる麻薬対策チームの衛星にPCRの動きが捉えられ、クラウズ自らが麻薬組織襲撃作戦に赴き、逆に人質になってしまったことから、事態は思わぬ展開を見せ、パウラは味方であるはずの米国政府から命を狙われることになった。パウラが愛する家族とともに生き延びる道は、PCRを裏切るだけでなく、米国の攻撃をもかわしていくという、極めて厳しく細い道だけだった・・・。 麻薬問題という世界的な大問題をバックグラウンドに、ゲリラを囚われた大物の救出作戦、麻薬組織内でのスパイ活動というスリリングな展開が加わって、前作以上にスケールが大きな、読み応えがある物語である。物語の主役はスウェーデンから逃亡したパウラで、今回のグレーンス警部は重要ではあるがあくまでも脇役に徹している。では、ストックホルム市警のグレーンス警部とコロンビアで活動するスパイが、なぜ、どうやって結びつくのか? その接点に前作「三秒間の死角」が密接に絡むんでいるため、ぜひとも前作から読むことをオススメする。 「三秒間の死角」が気に入った人は必読。さらに、国際ポリティカルもの、スパイアクションもののファンにも自信を持ってオススメしたい。 |
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雑誌掲載の3作品に書き下ろしを加えた4作品の中短編集。収載作品間の関連性は少なく(他作品と共通する人物は登場)、それぞれに趣向を凝らした、独立したヒューマンドラマである。
4作品ともに伊坂幸太郎ならではのぶっ飛んだ設定で楽しめるのだが、ストーリーでは「ポテチ」、作品世界のユニークでは「動物園のエンジン」が面白かった。どれもミステリーとしての読み応えは無い。 伊坂幸太郎ならではのホラ話に喜んで付合える人にオススメする。 |
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リンカーン・ライム、キャサリン・ダンスに続く第三のヒーローの登場。「懸賞金ハンター」という聞き慣れない仕事を持つヒーローが失踪人を探し、事件を解明して行くサスペンス・ミステリーの新シリーズ第一作である。
異常なまでに用心深かった父親からサバイバル技能を叩き込まれた探偵コルター・ショウは、身に付けた追跡技術を生かし、アメリカ中を旅しながら懸賞金を掛けられた失踪人を探して懸賞金を得ている。今回ショウが依頼を受けたのはシリコンバレーに住む19歳の女子学生で、カフェに立ち寄ったあと姿を消してしまったのだが、身代金の要求は無く、事故に遭った様子も無かった。わずかな手がかりを追ううちに、失踪の裏側にビデオゲームが関係しているのではないかと疑ったショウだったが、警察は馬鹿げているとして全く協力しようとせず、調査は難航を極めていた。そこに、新たな誘拐殺人事件が発生、事件の背景にゲームが存在するとの確信をさらに深めたショウは、シリコンバレーのゲーム業界の闇に単身で切り込んで行く・・・。 まず「懸賞金ハンター」という設定がユニーク。逃亡犯や保釈金を踏み倒した人物を連れ戻して報酬を得る賞金稼ぎとは異なり、ショウは行方不明の人なら迷子から認知症の老人まで、誰でも対象として居場所を特定し、家族が出す懸賞金を受け取るのを生業としている。一応、探偵ではあるのだが正式な免許は取得していないため警察には信用されず、基本的に一人で動き回るしかない。そんなショウの最大の武器は、子供の時に叩き込まれたサバイバル術に基づく「追跡」技術である。アメリカ開拓時代のフロンティア精神の塊りみたいな男が、IT技術のフロンティアであるビデオゲームの世界に切り込むという対比が面白い。ストーリー展開は、犯人探しであると同時に、刻々と死が迫る被害者を救出するタイムリミット・サスペンスでもあり、犯人が特定できたと思ったのもつかの間、新たな疑問に突き当たって振り出しに戻るという、ディーヴァーお得意の二転三転、どんでん返しが繰り広げられる。それでも本作ではリンカーン・ライム・シリーズほどのあざとさがないので、読んでいて安心感がある。 ディーヴァー・ファンはもちろん、サスペンス・ミステリーのファンならどなたにもオススメしたい。 |
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雑誌に連載された長編というより中編の小説。激しく変化する忙しい職場で神経をすり減らしている男が、耳が聞こえない女性に恋をする恋愛ファンタジーである。
ふとした出会いから始まり、ゆっくりと付き合いを深め、理由が分からないまま危機に陥り、また元の状態に戻って行く。ありふれたといえばありふれた若い男女のラブ・ストーリーなのだが、主人公が携わる仕事の狂気と対比されることで、人を愛することの意義がじんわりと心にしみ込んで来る。説明されない物語展開がいくつもあるのだが、それも気にならない淡白なトーンが心地いい。 心に余裕があるときに読むことをオススメする。 |
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2019年の英国推理作家協会賞最優秀長編賞(ゴールド・ダガー)受賞作。愚直なまでに正義を追及し、決して妥協しない刑事ワシントン・ポー・シリーズの第一作である。
被害者家族に機密情報を渡してしまったミスで停職処分を受け、カンブリア州の人里離れたコテージで暮らすポーのもとにかつての部下であるフリン警部が訪ねて来た。当時、カンブリア州では、ストーンサークルで老人男性が焼殺される事件が続いており、その三番目の被害者の体には「ワシントン・ポー」という名前と数字の「5」らしき文字がナイフで刻まれていたという。なぜ自分の名前が刻まれたのか、5は5番目の被害者になるという意味なのか? 事態を憂慮した上司の指示でポーは停職を解かれ、元の職場である国家犯罪対策庁重大犯罪分析課に復帰し、捜査に加わることになった。犯人の動機はもちろん被害者の共通項さえ全く見つからず、捜査が難航しているさなか、新たな死体が発見され、さらに謎が深まって来た・・・。 ポーの視点で連続殺人事件の謎を解いて行く、オーソドックスな警察小説だが、事件の特異性、主人公や同僚の分析官・ティリーの個性の強さが上手く生かされ、単なる謎解きではない面白さがある。さらに、事件の背景のおぞましさ、日本と同様の権力構造の醜さがリアルで思わずうならされる。現在すでに第3作まで出版され、6作目までの準備が進んでいるという、今後が非常に楽しみな新シリーズである。 正統派の警察小説ファン、謎解きミステリーファン、警官が主人公のハードボイルドファンにオススメする。 |
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北欧を代表する警察小説シリーズ「特捜部Q」の第8作。主要登場人物ながら、これまで謎に包まれていたアサドの過去が明らかになる、中東テロの歴史を背景にしたアクション・サスペンスである。
キプロスの海岸に打ち上げられたシリア難民の女性の報道写真を目にして、アサドは激しく動揺する。それは、アサドが絶対に忘れられない過去の出来事に深く関わっている女性だったのだ。その写真に隠された意図を察知したアサドは、これまでひた隠しにして来た人生の秘密を特捜部Qのメンバーに打ち明け、忌まわしい過去の因縁を清算するために宿敵であるテロ組織のリーダー・ガーリブと対決することを決意する。同じ頃、特捜部は若い男から無差別殺人の予告を受けて捜査を進めていたのだが、リーダーのカールはアサドに同行することを優先し、事件の捜査を若いローセとゴードンに任せることにした。二つの難問に直面し、戦力の分散を余儀なくされた特捜部Qは、その存在意義を証明できるのだろうか? フセイン政権崩壊時の混乱に遡るアサドの壮絶な過去が明かされるのが、本作の一番の読みどころ。これまでもただ者ではないところを見せて来たアサドだったが、その素性が判明すると、なるほどと納得させられる。中東とヨーロッパの歴史の狭間で翻弄される社会的被害者としてのアサドが選択せざるを得なかった個人として、家庭人としての悲劇は限りなく深い。さらにそれは、殺人予告をしてきた男の生きづらさと絶望にもつながっているのだった。ただ、国際テロを相手にする戦いで、舞台背景がヨーロッパ全土や中東の現代史まで広がったため、特捜部Qのメンバーの存在感がやや薄れてしまったのが玉にきずである。 シリーズ読者にとってはアサドの背景を知るために必読。ポリティカル・サスペンスのファンにもオススメできる。 |
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「マンチェスター市警巡査エイダン・ウェイツ」シリーズの第2作。身元不明死体の捜査をベースにした警察ミステリーであり、エイダンのアイデンティティに迫ったサスペンス・ノワールである。
休業中のホテルで侵入事件が発生し、現場に急行したエイダンと同僚のサティは警備員が負傷して倒れ、さらに顔に笑みを浮かべた男の死体があるのを発見した。死体には指紋を削除した手術の痕があり、服のタグが全部切り取られていた。身元不明の上、死体に見合う捜索願も出されていない行方不明者の男は何ものなのか? なぜ閉鎖されているホテルで殺されたのか? 前の事件(前作「堕落刑事」)が原因で市警内部で疎まれているエイダンは、上層部はもちろん同僚サティの協力さえも当てに出来ない中で孤独な捜査を進めるのだった。 笑う死体の謎解きがメインストーリーなのだが、それに加えて女子学生脅迫事件、ホテルのオーナー夫妻の確執、ゴミ箱連続放火事件、ウェイツの麻薬問題など、サブストーリーも盛りだくさんで話がどんどん大きくなり、読者を混乱させる。それでも、取り留めなく広がったようなストーリーが最後にはきれいに伏線回収されていく物語構成はお見事。途中途中に挟まれる謎の少年ウォリーの告白も、収まるべきところに収まっていく。謎解きミステリーとして、はみ出し刑事の警察アクションとして、さらには人格崩壊寸前で踏みとどまる刑事・エイダンの自律への戦いの物語として、さまざまに読むことが出来る。 警察小説、ノワールのファンにオススメするが、前作「堕落刑事」から読むことが必須であると忠告したい。 |
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2015年に発売された書き下ろし長編。「平和警察」が安全を守るために市民に危険人物を密告させ、尋問(拷問)によって罪を自白させ、公開処刑によって市民の期待に応えるという、恐怖のパラレル日本を描いたディストピア小説の傑作である。
ジョージ・オーウェルの「1984年」の新言語ニュースピークの如き「平和警察」によって「安全地区」に指定された仙台では、住民の相互監視と密告が常態化し、告発された人物は必ず「危険人物」と認定され、ギロチンによる公開処刑が行われていた。そんな事態に反対する人々もいたのだが、平和警察の狡猾で強圧的な力の前にほとんど対抗できていなかった。ただ一人、全身黒づくめのコスチュームで現われる正義の味方を除いては。そして、黒づくめの男に業を煮やした平和警察とその指揮下の宮城県警は、彼をおびき出すために狡猾な手段をとるのだった・・・。 市民の弱さと従順さに付け入る、某国の秘密情報機関顔負けの平和警察のあり方がリアルで、背筋が寒くなるほど怖い。しかも、市民の相互監視というソフトな手段で効率よく管理するやり方は、SNSやテレビでの炎上、つるし上げを想起させ、まさに今の日本の社会を見ているような恐怖感を与える。さらに、登場人物が全員、正義を代表するような人物ではなく、ストーリーが展開するたびに善と悪の境目が曖昧になるところも不気味で、ニヒリスティックな世界観と言うしかない。それでも「ディストピアを望まないなら、社会はそこから出発するしか無い」という強いメッセージを感じさせる作品である。 ミステリーとしても面白く、誰が読んでも何かしら感じるものがあり、どなたにもオススメしたい作品である。 |
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1998年から2000年代に雑誌掲載された10本を集めた短編集。
どれも登場人物は普通の生活をしている人物なのだが、周りとの関係性や社会の認識にちょっとだけズレがあり、それがドラマを生みそうで、結局はドラマチックではない物語ばかりである。それぞれに小説的な技巧やアイデアがあり、決して退屈な作品ではない。 休日の昼下がり、旅の途中での待ち時間などに最適。 |
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イタリアのジュニア向け作品を書いて来た中堅作家のミステリー第一作。マフィアのボスたちが標的になった連続殺害予告事件をテーマに、犯罪組織で生きる男たちの怨讐を描いた傑作ノワール・エンターテイメントである。
ナポリ郊外の墓地で地元マフィアのボスが殺害されて墓穴に入れられているのが見つかった。しかも、そこには7つの墓穴とそれぞれに名前が刻まれた墓碑があった。つまり、残りの6人の殺害を予告しているのだった。同じ頃、七つ目の墓碑に名前を書かれていたミケーレが20年の刑期を終えて出所した。新進マフィアの若きリーダーとして伸し上がりながら勢力拡大の勝負に失敗し、仲間に裏切られて服役したミケーレは、その過去を清算するためにミラノの裏社会に戻って行くのだが、それは必然的にナポリのマフィア世界に激しい動揺を引き起こさずにはいなかった・・・。 20年前の裏切りの真相を暴力的に確かめようとするミケーレの行動がメインストーリーとなり、捜査側の話はサブの扱いとなっている。したがってタイトル「七つの墓碑」から想像される警察の捜査が主題のミステリーではない。むしろ、マフィアが支配する街で育ったチンピラが一人前のボスになるまでの姿を描いた成長物語であり、冷酷非常に復讐を遂げる凄絶なノワール小説である。著者が現役の刑務官ということから、イタリアの刑務所事情がリアルに描かれているのが興味深い。 タイトルから想定するようなサイコもの、連続殺人ものではなく、イタリアン・ノワールの傑作として手に取ることをオススメする。 |
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