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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1360件
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アメリカの新進女性作家の本邦初訳作品。雪と氷に覆われたオレゴン州の山中で、三年前に行方不明になった少女を捜し出す「チャイルド・ファインダー」というユニークな設定のハードボイルド作品である。
オレゴンの深い山にクリスマスツリー用の木を採りに行き、両親の車から降りたあと行方が分からなくなった5歳の少女。吹雪の中で足跡は消え、捜索隊は何も発見できなかった。しかし、諦めきれない両親は三年後、行方不明の子供専門の探偵・ナオミに最後の望みを託す。自らも行方不明の子供だったナオミは「生きていようが死んでいようが、必ず見つけ出す」という固い信念のもと、雪と氷の深い森に分け入って行くのだった。 失踪した子供を捜すミステリーはいくらでもあるが、行方不明の子供専門の探偵というヒロインの設定が飛び抜けている。しかも、ヒロイン自身が同じ境遇を味わってきたことから生まれる“思い”の強さが、これまでにない固い芯のある物語を作り出している。いわば「卑しい街を行くヒーロー」の、大都会でしか成立しないような現代ハードボイルドを、雪と氷の山で、女性で成立させたところが新しい。欲を言えば、被害者視点で語られるパートにもう少しリアリティがあればと思う。ヒロイン・ナオミを支える養母や同じ家で育てられたジェロームなどの周辺人物のキャラクターも味わい深く、物語が暗いノワール一辺倒で終わっていないのは評価できる。本作では謎のまま積み残されたエピソードが、次作ではすべて明らかにされているというので期待したい。 誘拐犯人探しミステリー、ハードボイルドのファンにオススメする。 |
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ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第4作。本拠地を離れ、観光地として栄えるジャクソンに臨時に赴任したジョーが前任者の死の謎に挑むアクション・ミステリーである。
ジョーは尊敬する先輩・ウィルが死亡したため代理として、ワイオミング州の花形都市ジャクソンに臨時に赴任することになった。猟区管理官の鑑とも言える勤務態度で尊敬を集めていたウィルが精神的に追いつめられ、銃をくわえて死んでいたという。一体何があったのか、疑問を解明しようとするジョーだったが、当然ながら地元の保安官はあからさまに非協力的だった。更に、過激な動物愛護主義者、自分のやり方に固執する狩猟ガイド、権勢を振るう傲慢な土地開発業者などがジョーの前に立ちはだかった。しかも、メアリーベスが守る留守宅には執拗な無言電話がかかってきて、心配になったジョーはネイトに家族の安全を守ってもらうように依頼した。妻と娘たちを愛するジョーだが、家から離れ連絡も途切れ勝ちになり、家族の間にかすかな亀裂を感じるようになった。あちらでもこちらでも難問が発生する中、正義のみを追求する男・ジョーは命を賭けた厳しい戦いに挑んで行く・・・。 今回は、大自然の真ん中にありながら一大観光地でもあるジャクソンという都会で、自然と開発との対立という現代のアメリカ西部が直面する難問が背景となっている。もちろん、雄大な大自然の中での冒険という本筋は外していないのだが、それに加えてアメリカ社会の病、家族の変貌などがあり、これまでとはややテイストの異なる物語となっている。 シリーズ愛読者には必読。シリーズ未読であっても、アウトドア系冒険小説、アクション・ミステリーのファンなら十分に楽しめる傑作である。 |
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オスロ警察殺人捜査課特別班シリーズの第2作。前作と同じミアとムンクのコンビを中心とする特別班が、儀式のような奇怪な演出が施された少女殺害事件を捜査する、サイコ・サスペンスである。
フクロウの羽根を敷き詰めた上に横たえられた少女の遺体は口に白い百合の花を差し込まれ、ガリガリにやせていた。しかも、死体の周囲には5本のロウソクが五芒星のカタチに置かれていた。特別班の班長・ムンクは、6ヶ月前に復帰させた天才捜査官・ミアを中心に個性豊かなメンバーたちを率いて、この陰惨な事件の解明に取り組むのだが、犯行動機すら推測できず、捜査は泥沼にはまり込んでしまう。さらに、ミアは薬とアルコール漬けが抜けておらず、自殺願望に囚われており、ムンクは10年前に別れた妻の再婚話に動揺し、班の主要メンバーであるカリーは婚約者とのトラブルで壊れかけていた。常軌を逸したサイコパスの犯人に対し、常軌を逸しかけている捜査陣は事件を解決に導くことが出来るのだろうか・・・。 前作同様、かなり奇怪な犯行で、その様相の描写だけでかなりスリリングだし、次々に怪しい人物が登場する捜査プロセスもきちんとしているのだが、前作同様、最後の最後で物語の構成が崩れ、緊張感が失われている。犯人と捜査官の手に汗握る知恵比べ、犯人を追いつめるサスペンスが乏しく、事件の背景の掘り下げも途中までは興味深いのだが、最後には「何、これ?」というバランスの悪さ。犯人が精神のバランスを崩しているというのはサイコものとして当然なのだが、捜査官まで精神のバランスに問題があると、北欧警察ミステリーでは肝になるリアリティが薄められてしまう。 前作よりパワーダウンしているが、シリーズ愛読者なら楽しめるだろうし、北欧警察ミステリー、サイコ・サスペンスファンにもオススメできる。 |
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1992年の作品。元ボクサーの釘師がヤクザとパチンコ業界の闇に徒手空拳で戦いを挑むハードボイルドである。
網膜剥離のためにボクサーを引退した酒井はパチンコ業界のベテラン津村に拾われ、一人前の釘師として津村の経営するパチンコ機ブローカー会社に勤めていた。ある日、関係するパチンコ店への苦情に対応したのだが、その後も津村の会社を狙ったような妨害が相次ぎ、さらには酒井がヤクザに身に覚えのない品物を隠しているだろうと脅迫される事態が起きた。しかも、その事態を治めようと動き始めた津村が行方不明になってしまった。自分の身に降り掛かった火の粉を払い、恩人である津村を助けるために、酒井は封印してきたボクサーの拳を頼りにヤクザとパチンコ業界の大物たちに戦いを挑んで行く・・・。 何のバックも持たない男が、自分の拳と度胸だけで事態を切り開いて行く、正統派のハードボイルド小説である。事件の背景となるパチンコ業界と警察、ヤクザが絡んだスキャンダル、ヤクザ独特の言動、幼い恋物語など、本筋を彩る周辺エピソードも充実しており、内容豊富なストーリーがテンポよく展開される。ただひとつ、黒川博行ワールドの真骨頂とも言えるユーモラスで軽快な会話が、主人公・酒井が東京弁を使っていることもあって、上手く噛みあ合っていないところが残念ではある。 ノン・シリーズ作品であり、気軽に読めるエンターテイメント作品として、どなたにもオススメしたい。 |
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刑事事件専門の女性弁護士アイゼンベルク・シリーズの第2作。殺人容疑で逮捕された友人の女性映画プロヂューサーを弁護することになり、警察とは別に、アイゼンベルクが独自に犯人探しをするサスペンス・ミステリーである。
友人であるユーディットが恋人を爆弾で殺害したとして逮捕され、アイゼンベルクに弁護を依頼してきた。ユーディットは無実を主張するのだが、彼女の自宅から爆薬の包装紙、爆破に使われたと思われる使い捨て携帯が発見され、警察はユーディットの犯行と決めつけ、他の可能性を捜査しようとはしない。アイゼンベルクもユーディットの犯行ではないかと疑いながらも事件の様相に違和感を持ち、独自に背景を探り始めた。すると、ユーディットの事業を巡る陰謀が見え隠れし、事件は思わぬ様相を呈して来るのだった・・・。 本筋は、ユーディットの犯行か否か、ユーディットが無実なら誰が、何のために事件を仕組んだのか、という犯人探し、犯行の動機探しである。これに、5年前に起きた連続女性殺害事件とアイゼンベルクの姉の死にまつわる隠されてきた秘密という、二つのエピソードが絡んでくる。前作はストーリー展開にやや強引な印象があったのだが、本作は各エピソードの連関も納得がいき、ミステリーとしてもサスペンスとしても完成度が高くなっている。 北欧ミステリーファン、弁護士ものの謎解きミステリーのファンにオススメする。 |
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「ワイオミング州猟区管理官・ジョー・ピケット」シリーズの第7作。猟区管理官の職を解かれていたジョーが州知事からの内密の依頼でイエローストーン公園で起きた殺人事件の謎を解く、シリーズでは特異な設定のミステリー・アクションである。
妻の母の再婚相手の牧場で牧童頭として働いていたジョーはある日、州知事から呼び出され、ある事件を内密に調査して欲しいといわれる。事件は、州の北西部にある国立公園でキャンプしていた4人の若者が銃殺され、犯人の弁護士・マッキャンが出頭してきたのだが、連邦法と州法のすき間「死のゾーン」と呼ばれる抜け穴があったため、マッキャンは罪に問われること無く釈放されたという奇妙なものだった。知事からの依頼とはいえ何の権限も無いジョーが再調査することに、地元のパークレンジャーたちは反発し、あからさまに非協力的だった。冬の訪れを前にほとんど人がいなくなったイエローストーン公園で、ジョーは孤独な調査を余儀なくされた。そんなジョーを密かに助けてくれるのは、影のように寄り添うネイト、上司のやり方に疑問を抱く地元の女性レンジャーだけだった。そして、事件の背景に利権絡みの裏がありそうなことに気づいたとき、ジョーは命の危険にさらされるのだった・・・。 もともとひとりで行動するジョーだが、今回は地元を離れ孤立無援で戦うため、いつも以上に悲壮感があるストーリーである。さらに、イエローストーン公園の広大さ、自然の魅力と恐ろしさが物語のスケールを大きくし、人間の卑小さを際立たせている。ジョーの決して折れない正義感によって事件の謎は解明されるものの、すべてがスッキリと終わった訳ではなく、次作へ積み残したものがあり、今後の展開に期待を抱かせる。また、これまであまり語られてなかったジョーの両親や兄弟の物語が登場したことも注目点といえる。 シリーズ愛読者はもちろん、サスペンス・アクション、ネイチャー・アクションのファンに自信を持ってオススメする。 |
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3年後に発売された「モダンタイムス」と合わせて「魔王」シリーズと呼ばれる作品。2004年と05年に雑誌掲載された2本の連作を合わせた、社会派エンターテイメントの中編集である。
両親を交通事故でなくし、学生時代から理屈っぽいと言われてきた兄と直感型の弟の兄弟二人で暮らす安藤兄弟。前半の「魔王」は兄が主人公で、後半の「呼吸」は5年後の弟が主人公である。2作品に共通するテーマは、社会の流れが大きく変わろうとする時、個人に何が出来るのか、である。現実の日本の政治状況に限りなく近いフィクションの世界で、ファッショ化する国を動かして行くのが誰なのか、どんな思想や意思、あるいは無意識、無関心なのかを超能力というファンタジーを使いながら解き明かして行く。もちろん完全なフィクションであり、特定の政治的な視点に基づくものではない。ただ、時代の気分という大洪水(ファシズムへの道)に遭遇したとき、それに気が付き、自分の考えで行動できるかどうかが要点であるということは書かれている。これは、他の伊坂幸太郎作品にも共通する視点である。 極めて現代性を帯びた社会派エンターテイメントとして、多くに人にオススメしたい。 |
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ハリー・ボッシュ・シリーズの第18作。ロス市警を生き甲斐としてきたボッシュがリンカーン弁護士・ミッキー・ハラーと組んで強姦殺人の容疑者を弁護するという、変則的な警察・法廷ミステリーである。
定年延長制度中にも関わらず市警を退職させられたボッシュは、異母弟のハラーを代理人に立てて市警への異議申し立てを行い、古いバイクの修理でリタイア生活を過ごそうと計画していた。ところがハラーから、女性公務員が強姦殺害された事件の犯人として逮捕された元ギャング・フォスターの弁護活動の調査員になってくれと頼まれた。被害者に残された精液のDNAがフォスターのものと一致したとして逮捕された上、刑事弁護士に協力するのは警察に対する裏切りになると考えるボッシュは協力を渋っていたのだが、事件の詳細を知るにつれ、冤罪ではないかと疑い始める。さらに、ボッシュが調査を進めると何者かがそれを妨害する事態が頻発し、ボッシュは身の危険を感じるようになった・・・。 強姦殺人の犯人探しと事件の構図を描いた黒幕の追求という、大きな二つの物語がテンポよく進み、最後はリンカーン弁護士の鮮やかな法廷戦術で幕を閉じる。つまり、フーダニットの警察ミステリーとワイダニットの法廷ミステリーの二重奏である。警察からは蛇蝎のごとく嫌われているハラーに協力することで苦悶するボッシュだが、その正義を貫く態度が警察内にも仲間を作り出し、信念を貫き通す美学は本シリーズの真骨頂である。 ボッシュ・シリーズ、リンカーン弁護士シリーズのファン、コナリーのファン、さらに警察ミステリーのファンに自信を持ってオススメする。 |
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雑誌連載の長編小説。病院で知り合った素人3人組が暴力団組長を誘拐して身代金を取ろうとする、痛快なノワール・アクションである。
交通事故の骨折で入院した友永は入院中に知り合った稲垣に誘われ、稲垣の仲間であるケンと三人組でノミの元締めの暴力団幹部を誘拐し、見事に一千万という身代金を獲得した。それぞれの分け前を手に解散した三人だったが、その三ヶ月後、懐が寂しくなりかけた友永は、もう一度誘拐をやろうという稲垣からの誘いに乗った。今度の狙いは組織暴力団の金庫番と言われる組長・緋野で、身代金は三千万と目論んだ。緋野のあとを付け、追突事故に見せかけて誘拐に成功し、緋野の組から金を届けさせようとしたのだったが・・・。 金の受け渡し、人質の交換を巡る無鉄砲な三人と極道のメンツを賭けたヤクザの丁々発止のやりとりが本作の読みどころ。陰謀あり、心理戦あり、カーチェイスあり、暴力あり。著者の十八番である関西弁でのテンポのいい会話とスピーディーな展開が理屈抜きに楽しめる。 黒川博行ワールドにはまっている方には絶対のオススメ。和製ハードボイルド、ノワールのファンにも文句なしのオススメ作である。 |
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アイスランドの新米警官「アリ=ソウル」シリーズで人気のヨナソンによる新シリーズの第1作。退職間近の女性警部の公私にわたる苦悩を丁寧に描いた、静かで味のある警察ミステリーである。
64歳の女性警部・フルダは数ヶ月後の退職を前に上司から「二週間後までに席を後輩に譲れ」と告げられる。フルダは納得がいかないながら逆らうすべも無く、退職するまでの最後に未解決事件の再捜査をやらせて欲しいと要望する。そうしてフルダが手をつけたのが難民申請中に自殺したとして片付けられていたロシア人女性の不審死事件だった。当初に捜査を担当した同僚刑事の怠慢を疑ったフルダが調べ始めると、被害者は売春組織に利用されていたのではないかという疑問が浮かび上がってきた。捜査を担当できる期間として許されたのはたった三日間、フルダは進まない捜査に焦りを深めて行くのだった・・・。 退職間近の女性警部という主人公の設定が、『アリ=ソウル」シリーズと真逆なのが面白い。物語の本筋はロシア人女性の不審死の真相解明だが、サブストーリーとしてシングルマザーの苦悩、被害者とおぼしき女性の行動が展開され、やがてはひとつにまとまって行く。舞台が世界でも一、二を争う平和な国・アイスランドなので警察ミステリーとしても地味な話なのだが、サブで展開される人間ドラマがスリリングで読み応えがある。 北欧ミステリーのファンには文句なしのオススメ作品である。 |
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2007年から約1年間、漫画週刊誌に連載された長編小説。「魔王」の約50年後、二十一世紀半ばを舞台にした続編という位置づけの社会派エンターテイメント作品である。
システムエンジニアの渡辺が請け負ったのは、ある出会い系サイトの仕様変更だった。すぐに終わる、簡単な作業のはずだったのだが、プログラムに不明点が多く、発注元とは連絡が取れず、しかも、作業中にある検索ワードを使った仕事仲間に次々に不幸が襲いかかった。この検索ワードに秘密が隠されているのではないかと不審を抱いた渡辺は、友人である作家の井坂に相談し、真相を究明しようとするのだが・・・。 基本的なテーマは、個人と国家の力関係、社会を動かしている原動力は何か、という根源的な問いかけである。社会にとって個人は歯車、目に見えないシステムの一部に過ぎないのか? アイヒマンやアリのコロニーなどの比喩を多用して、ホラ話のカタチでこの難問に挑んでいる。雑誌連載に付きものの冗長さがあるものの、予想を裏切るストーリー展開、伊坂幸太郎ならではの個性的な登場人物たちのユーモラスな言動など、エンターテイメント作品としての要素はきちんと盛り込まれている。 ミステリーとしては物足りないが、良質な社会派エンターテイメントとしてオススメしたい。 |
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スウェーデンで各種の賞を受賞し大ヒットしたという新人作家のデビュー作。題名通り、1793年のストックホルムを舞台に猟奇殺人事件の謎を解いて行く歴史ミステリーである。
ストックホルムの貧民街で四肢を切断された上に舌や目も切り取られた惨殺死体が発見された。警視総監からの依頼を受けた法律家・ヴィンゲは、死体の発見者でもある引立て屋(同時代の日本で言えば、岡っ引き?)ミッケルの助けを借りて事件捜査に乗り出した。二人は乏しい証拠を頼りに聞き込みを続け、被害者がおぞましい娼館にいたことまでは突き止めたのだが、そこを支配する闇の世界に切り込むことができず、捜査は行き詰まってしまったのだが・・・。 物語は、第一部が事件発生と二人の捜査、第二部が事件前の被害者に関わる関係者の独白、第三部が周辺人物の第二部よりさらに前を描いたサブストーリー、第四部は謎解きという四部構成で、最後には犯人が判明し伏線が回収されてミステリーとして完結する。ただ、犯人探し、謎解きミステリーとしてはさほどレベルが高いとは言えない。それより、当時のストックホルムの風俗を生き生きと甦らせている歴史風俗小説として読み応えがある。描写があまりにもリアル過ぎてグロテスクな場面が多く、潔癖性の人にはオススメできないのだが。本作は三部作の第一作で、本国ではすでに第二作が刊行されているという。 一般受けする作品ではないが、歴史ミステリーファン、残酷なシーンに耐えられる方にはオススメできる。 |
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2008年の本屋大賞をはじめ、各種ランキングで上位に入った長編小説。首相暗殺というとんでもない濡れ衣を着せられた若者が仙台の街を逃げ回る、スリリングでユーモラスな逃亡エンターテイメント作品である。
パレード中の現役首相がリモコンヘリで爆殺され、仙台の街は大騒ぎになる。大学時代の旧友・森田と会っていた元宅配便ドライバーの青柳は、突然、森田に「逃げろ、逃げ切るんだ」と言われ、迫ってきた警官から訳が分からないまま逃げ出した。次から次へと襲って来る追っ手から逃げ回っていると、いつの間にか「首相暗殺犯は青柳だ」という報道が流れていた。身に覚えがないものの世間は青柳犯人説を信じ込んでおり、無実を証明する手段も無い。孤立無援の元宅配ドライバーは、警察のみならず、暴力的手段も辞さない正体不明の巨大な組織の追跡から逃げ切ることができるのだろうか? 突然、濡れ衣を着せられた男がひたすら逃げ回る三日間の話なのだが、実に面白い。事件までの青柳のエピソード、事件に関する裏話、噂、憶測、逃亡を助けてくれる人たちの個性的な言動、監視社会の危険性に鈍感な社会への批判など、サブ・ストーリーが充実しているので何本もの小説を読んだような満足感がある。さらに、随所にちりばめられた独特のユーモアが効果的で、サスペンスがありながらクスッと笑える、肩が凝らない作品である。 伊坂幸太郎を代表する作品として、ミステリーファンのみならず、幅広いエンターテイメント作品ファンにオススメしたい。 |
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90年代後半の雑誌掲載作品5本を収録した連作短編集。古美術の世界でひと儲け、濡れ手に粟を企む男たちの容赦ない騙し合いを描いた、古美術コンゲーム小説である。
水墨画、茶道具、陶磁器など、各作品ごとに主題となるジャンルは異なるものの、いずれも贋作作りの手法と騙しのテクニックをユーモラスに、しかもリアリティ豊かに描いている。贋作と分かっていて素人に売るのは恥だが、同業者に売るのは構わない、騙された方が笑い者になるという世界の物語は、実に魅力的。犯罪と言えば犯罪なのだが、殺人も暴力場面も出て来ないので読後感は爽やかである。登場人物たちの関西人らしい振る舞い、大阪弁の軽やかさも作品のテイストにぴったり合っている。 黒川ファンはもちろん、コンゲームもののファンにはぜひ読んでいただきたい傑作である。 |
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「そしてミランダを殺す」で日本でブレイクしたスワンソンの邦訳第3作。今回も視点が変わるたびに事件の様相がくるくると変化し、「誰が嘘を吐いているか」を解き明かして行くサイコ・サスペンスである。
一度も会ったことが無い又従兄弟のコービンと半年間、住まいを交換してボストンに留学することになったケイトがロンドンからボストンに着いてみると、そこは豪勢なアパートメント・ハウスだった。豪華な部屋に落ち着かない気分で一晩過ごしたケイトだったが、翌朝、隣に住む女性・オードリーの死体が発見されたことを知り、さらに不安を募らせる。中庭を挟んでオードリーと向かい合う部屋の住人・アランや、オードリーの昔の恋人を名乗るジャックからは「コービンはオードリーと付合っていた」と聞かされたのだが、コービンはオードリーとの付き合いを否定した。嘘を吐いているのは誰か? コービンはオードリー殺害犯なのか? 自らのトラウマにも悩まされながらケイトは真相を探り出そうとする・・・。 ヒロインのケイトは強度の強迫神経症だし、コービンは隠し事が過ぎるし、アランは覗き魔だし、ジャックは落ち着きが無く挙動不審だし、主要登場人物が全員神経症を病んでいるため、物語世界にすっと入り込むことが難しく、読書の流れが悪い。犯人探しミステリーとしては良く出来ているが、サイコ・サスペンス、ゴシック・ミステリーの風味が強過ぎるため、ミステリー専門家やマニアには好評でも、一般受けはしないだろう。 読者を選ぶ作品である。 |
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「パーフェクト・ブルー」に続く元警察犬・マサが主役の雑誌掲載と書き下ろしで構成された中短編集。人間の言葉を理解する犬が探偵事務所の調査に協力するという、ファンタジーっぽい人情ミステリーである。
各作品ごとにテーマが異なり、犯罪の態様や背景もいろいろで退屈させないのだが、基本的に犬が人語を解するという童話的設定なのでミステリーのサスペンスは望むべくも無い。事件の舞台や関係者もご近所さんばかりで、物語の広がりや深さが無い。 前作が気に入った人、犬や動物が大好きな人、時代物で人情ものの宮部作品が好きな人にはオススメできる。 |
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リンカーン・ライム・シリーズ外の作品。2001年という古い(ネットの世界では4世代ぐらい前?)作品だが、今でも十分通用するネットワーク・ミステリーである。
シリコンバレーで惨殺された女性はネット上でストーキングされていたようだった。その手口の高度さに気づいた警察は、容疑者を追跡するために刑務所に収容中の天才ハッカーであるジレットを呼び出し、捜査に協力させることにした。毒をもって毒を制する、ハッカー同士の戦いは現実世界での犯罪を誘発し、命を賭けた戦いが繰り広げられるのだった。 こういう作品はどこまでリアリティを持たせられるかが重要なポイントになるが、さすがに取材が徹底している上に想像力が半端ではないディーヴァーだけあって、今日か明日には実際のことになるのではと想像すると、背筋が寒くなるような怖さがある。ネットの世界、特にハッカーが中心となる物語だけに専門的なエピソードが多いのだが、重要人物にコンピュータやネットに詳しくない刑事が登場することで適切な解説が加えられているので、さほど苦労することなくストーリーを追うことが出来る。さらに、比較的初期の作品なので、ジェットコースター的展開、どんでん返しもそれほどあざとくなく、その点でも読みやすい。 リンカーン・ライム・シリーズ愛読者であるか否かを問わず、幅広いジャンルのミステリーファンが楽しめる作品としてオススメできる。 |
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ドラマが大ヒットした「半沢直樹」シリーズの第1作。大手都市銀行の行員が理不尽な上司を成敗する、勧善懲悪の仇討ち物語である。
大手銀行の融資課長半沢直樹は、支店長の命令で融資した会社が倒産したことで5億円が焦げ付いた責任を一方的に押し付けられそうになる。このままでは社内の力関係でやられてしまうと危機感を抱いた半沢は、同期入社の人脈や倒産で被害を受けた人たちの協力を得て、理不尽な上司たちを徹底的な返り討ちに合わせるのだった・・・。 主人公の行動原理は正義感に基づいているように見えて意外な裏があり、単純な勧善懲悪だけに終わってはいない。銀行に限らず、日本の企業社会でこんな行動がとれる社員はいないという前提で楽しむ、言わば平成サラリーマン社会の遠山の金さんである。難しいことは言わず、どんどん物語に入って行ける傑作エンターテイメント作品であることは間違いない。 ドラマを見たか否かに関わらず楽しめる作品であり、多くの方にオススメしたい。 |
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2019年のMWA最優秀長編賞(エドガー賞 長編賞)受賞作。元警官のニューヨークの私立探偵・オリヴァーが警察の腐敗を追及することで自分を再生させようとする、正統派のハードボイルド作品である。
十数年前、NY市警の刑事だったジョー・オリヴァーはハニートラップに引っ掛かって市警を首になり、妻には愛想を尽かされ、しがない私立探偵として漫然と日々を送っていたのだが、ある日、かつてオリヴァーにハニートラップを仕掛けた女性から手紙が届き、事件を謝罪し、彼の無罪を証明するために証言台に立つと言われた。その直後、2名の警官を射殺したとして死刑を宣告された黒人活動家の無実を証明して欲しいという依頼人が現われた。まったく無関係な二つの出来事だが、その背後には権力の陰謀があると考えたオリヴァーは自分自身の誇りを回復するためにも、巨大な悪に立ち向かうことを決心した・・・。 美女に弱く、古いジャズを愛好し、高校生の愛娘を溺愛する主人公・オリヴァーの人物設定が成功している。ヒーローには似つかわしくない様相なのだが、警察に愛着を持ち、しかも黒人としてのアイデンティティを深く持っており、正義感が強い。さらに信義や他人に平等に接する態度を大事にしてきたことで、陰に陽に協力してくれる人物にも恵まれ、孤独な戦いの過程で多彩な援軍が現われて来る。無力に見えた男が巨悪に挑戦し、苦しい戦いの中でプライドを取り戻して行く、まさにハードボイルドの王道を行く作品で、物語が進展するに連れてどんどんサスペンスが高まって来る。そして迎えたクライマックス。読後の余韻も心地よい。 ハードボイルド・ファンには絶対のオススメだ。 |
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大阪府警シリーズの第6作。しかし、他の作品と異なり本格的な密室の謎解きが中心になった警察ミステリーである。
「ブンと総長」と呼ばれる府警捜査一課の文田巡査部長と総田部長刑事が担当することになったのは、頭部が腐乱し、脚部はミイラ化した不思議なバラバラ死体事件だった。死体発見の数日後、マンションでの心中事件現場からバラバラ事件の記事の大量の切り抜きが見つかった。二つの事件を関連させて捜査することになり、ブンと総長コンビに京都育ちの新入り五十嵐刑事を加えたチームは、それぞれの関係者の背景を洗い出すうちに、心中事件の二人も殺害されたのではないかと疑うようになった・・・。 大阪府警シリーズではあるが、警察の内部事情や刑事たちの個性的な言動より、密室殺人の謎を解く本格ミステリーの色合いが濃い。事件の様相や捜査の進展具合なども本格ミステリーに則っており、読者は作者との知恵比べが楽しめる。もちろん、大阪弁でのとぼけた会話の面白さは健在で、一冊で二度楽しめる作品である。 大阪府警シリーズのファンはもちろん、黒川博行ワールドのファン、さらには本格ミステリーのファンにもオススメする。 |
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