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ゼロの焦点
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ゼロの焦点の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.99pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全107件 1~20 1/6ページ
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深い深い推理を要求される内容で 松本清張さんならではの最高傑作だと思いました。ありがとうございました。 | ||||
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とにかく、わからないことが多い物語だと思う。 まず、禎子が結婚する際の、仲人による鵜原の説明に首をかしげる。鵜原は「二三の職業を経て」A社に勤めるのだが、身元保証としては、その後明らかになる二三の職業の内の一つ(ネタバレのため伏せます)は、隠すよりは、むしろ積極的にアピールすべき部類に入ると思う。 また、禎子が全編に渡って探偵のように、妙な行動力と調査力で、あーじゃないか、こーじゃないかとを半ば決めつけるかのように犯人の動機と行動を推理していく展開にはついていけない。「点と線」の終末部も似たような展開があったと思う。 その他にもたくさんあるが、ネタバレになるので書きにくいが、首を傾げながら、どうしてこういう展開になるのかと悶々としながら読んだ。 ただ、戦後の混乱を生き抜き。かなりの成功をおさめた人物が、その地位を失いたくないために、人格を汚すような過去を隠したいが故に、殺人に手を染めた物語とすれば、どこか「砂の器」を思わせ、寒々とした悲しさは痛切に感じとれるものと評価したい。 | ||||
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価格がお安く、敏速で丁寧な対応に感謝します。 | ||||
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中学三年の時に文庫本を買って読んだ。本屋のおばあさんはカバーにハサミを入れてくれた。今はハサミを入れてくれる店員さんいなくなりました。最初の一行目から引き込まれてぐいぐい読んだのを覚えています。もう一度読もうと思い買い直しました。 | ||||
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松本清張の作品で初めて手にしたのがこのゼロの焦点。古き良き推理小説。今の時代の携帯などがない、ホシを追って手がかりを追って、何度も現地や地方に足を運んで読み解いていく王道殺人事件。最後の終わり方がなんとも悲しく美しく感じ、印象に残る作品です。 | ||||
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一人の自殺から、つながる事象と、つながらないエピソードが上手く混ぜられて、犯人捜しというより背景探しです。終わった後から振り返る作業は、色々錯誤が生じるもので、それも物語に組み込まれているのは、著者の作品の面白いところです。 他の作品のテーマでもありましたが、本作品は補陀落渡海の地理上反対の場所が舞台で、まるで意味も逆のようですが、苦しい背景が真相で供養されたと思いたい。 | ||||
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オネエさんの推理がスゴイww あと写真なんで撮ったんやろ | ||||
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. 昭和33年11月、東京に暮らす26歳の板根禎子(いたねていこ)は縁談がまとまり、10歳年上の広告代理店社員の鵜原憲一(うはらけんいち)と結婚した。憲一は金沢支社勤務が長かったが、結婚を機に東京への転勤が決まっていた。現地での引き継ぎを済ませて12月初旬には東京の新居へ戻る予定にしていたが、絵葉書を一枚寄越したのを最後に、憲一は東京へ戻ることなく行方知れずとなってしまう。禎子は夫を探しに真冬の北陸へ赴くが、予期せぬ事態が次々と起こる……。 ---------------- 昭和34(1959)年に出版された松本清張の長編小説です。 見合い相手のことをほとんど何も知らぬまま、短時日で結婚を決めた新妻が、新幹線もない時代に遠い北陸の地と東京とを夜行列車で行き来しながら、深まる謎に翻弄されていくサスペンス小説です。 禎子が素人探偵と化して、聞き込みと推理を進めていくのですが、個人情報保護や企業コンプライアンスなど影も形もなかった昭和の半ばのことですから、今日とは大きく異なり、医師や警察などが思いのほか多くの情報を彼女に提供してくれます。与えられた情報の断片をひとつひとつ組み合わせながら、禎子とともに徐々に事の次第を見極めていく過程を大いに楽しみました。 それにしても、行方不明事件の背後にあった真相の痛ましさに暗澹たる思いを味わう小説といえます。文庫本の裏表紙に書かれたあらすじには「戦争直後の混乱が招いた悲劇を描き、深い余韻を残す著者の代表作」とあります。その言葉に嘘は微塵もありません。終戦から13年が経った時代に、この小説をコンテンポラリー作品として読んだ人々が噛み締めたであろう思いについて考えました。 戦争は終結宣言の瞬間にぴたりと終わるものではなく、その後も延々と人々を、家族を切り裂き続ける―――その苦い真実を突きつける、大変重たい作品です。 私にとってはこれが初めて手にした松本清張の小説でしたが、大いに満足した次第です。 . | ||||
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PCに送信不能 | ||||
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無し。 | ||||
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もう、届いています。9月8日に届きました。大変面白い本です。 | ||||
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パンパンと言う記述か出た時点でもう結果が見えて来るのは残念。 | ||||
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(他のレビューでも同じことを述べているのをお許しいただきたい) 優れたミステリーは、人間の社会的悲しみや怨憎を通じて、 この世界の矛盾を表現し、社会的問題を提起するという手法がよく取られるが、 それはそれで良いとしても、ミステリーは殺人事件を描いている限り、 プロレタリア文学のように、書き手の何らかの目的に支配されてしまうのものだ。 つまり、松本清張の作品であれば、必ずその殺人事件は 社会的に虐げられた登場人物が投げ込まれた恵まれない悲しい人生環境から 生み出されるということになるのだ。 つまり婉曲的な社会批判が目的となり、殺人犯は社会的な被害者である 善良な庶民ということになる。 このような舞台設定では、複雑怪奇な人間の姿を描き切ることはできないだろう。 私はミステリー小説には何の芸術性も存在しない、と考える。 松本清張の作品も例外ではない。 世の中は彼を誉めすぎるきらいがある。 「ゼロの焦点」も「砂の器」同様に、この意味での典型的な清張節の作品である。 ミステリー小説がダメと言っているのではない。 そうではなく、現代のようなミステリーしか流行らない世の中や時代は、 突き詰めるべき人間のもっと重要な問題から目を背けているということである。 だからミステリー小説は文学芸術にはならないのである。 よくセックスを中心に描く文学作品もあるが、その類も同様である。 性を描いて人間の真実に迫ろうとしても無理というものだ。 ミステリー小説も同じことであり、ミステリーに必要以上にリアリティを求めるのではなく、 犯人探しや殺人に至るプロセスを楽しめるかどうかに価値を求めればそれで良いと思う。 実際の殺人事件はドラマより凄惨で恐ろしいものである。 ましてや殺人事件を政治的な社会問題に結びつけるミステリーにはあまり感心しない。 以上のようなことを言うと誤解を招きそうだが、 このことは(著名なミステリー作家を含む)ある有名な作家たちの意見に 私が同意して述べているということを最後に言い添えておきたい。 それにしても現代は、芸術性の高い文学が生まれにくい時代になってしまっている。 それがとても心配である。 ドストエフスキーの「罪と罰」ように、殺人行為というものが 高い人間的煩悶を呼び起こすということになれば話は別だが、 大抵はそのようなレベルの小説にならないというのが、 ミステリー小説の限界である。 | ||||
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いいね。 松本清張。 歴史の勉強に。 | ||||
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新婚の一般女性を主人公とした長編ミステリ小説。連載時期は1958~1959年頃。金沢を中心に石川県がおもな舞台となっている。 主人公である26歳の板根禎子は、広告社に勤める10歳年上の鵜原憲一との見合い結婚を決めたばかりである。憲一はここ数年、北陸の出張所勤務で月に20日が金沢、残り10日で東京の本社に戻るという暮らしをつづけている。新婚旅行も無事終わってしばらくのち、会社の辞令により憲一の東京勤務が決まり、禎子は憲一の最後の金沢行きを見送る。しかし予定の一週間を過ぎても戻らない憲一を心配する禎子のもとに憲一が勤める広告社の社員が訪ねてくる。憲一の失踪が決定的になったことを知った禎子は、急きょ12月の金沢へと向かう。 おもな登場人物は禎子夫妻、憲一の兄夫婦、憲一の金沢での後任にあたる本多、憲一が金沢で懇意にしていた地元名士である室田夫妻、禎子の母など。本作での舞台となる冬の金沢は、憲一の不可解な失踪による重苦しさをそのまま投影するようにきわめて陰鬱に描かれている。470ページほどの長編だが、憲一のもっていた謎の写真の存在や意外な前歴、ある登場人物の不審な挙動など少しずつ明るみに出る事実に興味を引かれ、実質的な文字数がそれほどでもないこともあって飽きずに読み通せた。 特別な能力をもたない素人の禎子が主人公であり、作中にはいわゆる"名探偵"にあたるような登場人物も存在しない。"普通の人びと"による推理小説である。それゆえに犯人当てタイプのミステリのように特定のポイントで答え合わせというわけではなく、物語が進むとともに徐々に謎がほどけていく過程を禎子とともに体感する。読み終えても結局わからないような複雑なミステリとは対極で、一般人の目線で楽しめるようにつくられている。意図されたものではないかもしれないが、当時の時代の雰囲気を感じることができる点にも好感をもった。 | ||||
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松本清張がテレビで取り上げられるような時代になりました。 「点と線」も読みました。 この方は、私も含めて過去の人ですね。 子供時代を懐かしく思い起こしました。 やるせないなぁ・・・ | ||||
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松本清張の小説はこれで2冊目。著者の名前はよく知っていながら、古い時代の本と食わず嫌いでこれまで読んでいなかったが、時間があるので砂の器、ゼロの焦点の2冊を連続して読んだ。どちらもテーマは殺人犯が過去に抱える拭い去れない暗い過去、現在の成功と名声、それを守るため、過去を消し去るための所業が殺人ということだろう。また、当時は抗うことがほとんど難しかったであろう差別社会に焦点を当てている点が斬新だったであろうと推察する。 時代背景として、戦後の苦しい時代から昭和の明るい時代への変遷、復興の中での東京という華々しい場所と地方の対比も非常にうまく描かれている。現代とはこうも時代背景が違うのだなと感じたが、ストーリーは極めてテンポがよく、のめり込んで2-3時間程度で読めた。それにしても禎子の刑事なみの観察力、推理力には感嘆したが、逆に違和感を感じたし、禎子と本田の微妙な恋心が必要かわからなかった。星4点。 | ||||
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「ゼロの焦点」と言えば、後のサスペンスの定石になった、断崖上での対決を思い浮かべる人が多いでしょう。あれは映画(1961)のオリジナルです。原作小説では、ヒロインは真相を突き止めますが、夫が投身したとされる断崖には真犯人の姿はなく、真相を告白されたある人物がいるだけです。この人の指し示す冬の海のかなたには、真犯人の乗った小舟がかろうじて見えました。 新婚早々に冬の金沢でいきなり行方不明になった夫。ヒロインは必死に探すが、手がかりはない。それでも情報の断片をつなぎ合わせていくと、夫に起こった悲劇の真相にたどり着きます。 出会ってはいけない者が偶然出会い、「知られたくない過去」をもみ消す工作が悲劇の連鎖を招きました。 日本の敗戦から十数年しか経っていない昭和三十年代が舞台です。おそらくこの小説のように、戦後間もないころの混乱が引き起こした数々の悲劇があったと思います。その多くは人に知られて良いものではなく、隠すことが当然だったでしょう。 正直言って、ヒロインの推理はあまりに完璧で、違和感すら感じました。映画(1961)ではヒロインが推理の途中を警察に話し、警察が調査結果を話すという中間段階があります。小説では、ほぼ最後までヒロインがどこまで解明したか分かりません。 サスペンスというより、戦後の混乱の時代を描いた社会派小説としてとらえた方がよいかもしれません。 | ||||
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人間の深い闇の部分がよく描かれている。 背景事情の描写が上手くて どんどんと物語に入り込んで一気に読んでしまった。 | ||||
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新婚夫婦の夫である鵜原憲一は、前任地であるA広告会社北陸出張所がある金沢で仕事の引継ぎを済ませ、東京に戻る予定の前日に失踪します。新妻の禎子(ていこ)と夫の後任であるA広告会社社員の本多は、探偵よろしく憲一の行動範囲を捜索して、憲一の失踪の謎を解明していきます。 そんななか憲一の周辺にいた関係者3人が相次いで殺される、または謎の死を遂げます。 いまでこそ、サスペンスドラマなどでよくありそうな話の展開ですが、これが昭和33年(1958年)ころに発表された作品といいますからもう60年以上前になり、日本における本格的な推理小説の先がけと言える作品なのだと思います。 文章で使われている言葉や、特に話し言葉などは少々古めかしい印象も受けますが、内容は面白くて読み始めたら先が気になってどんどん読み進めてしまいました。 個人的には同じ松本清張の「点と線」よりも面白かったです。 作品中探偵などは登場せず、禎子も本多も警察にはむしろ協力的ではなく、自力で捜索しようとする展開なので必然的にそうなるのですが、どう考えても犯行に関係しているのが明らかな周辺人物に、禎子などが何度もひとりで夫のことを調べるために会いに行くのが、ずいぶん命知らずな行為だと思ってしまいました。 禎子が結婚したばかりで夫に対する愛情がそれほどあるわけでもないのに、何週間も金沢に宿泊して事件の捜索を続けたり、本多も自分の仕事をそっちのけで禎子に付き合って捜索を手伝ったり、憲一の兄が被害を受けた犯行の手口を良く知っていた本多が、まったく同じ手口での犯罪に引っかかったりなど、いろいろとツッコみたいところもありましたが、全体としては面白く読みました。 全ての犯行の根っこの部分として、終戦直後に一部の女性が味わった暗い歴史が絡んでいるところが社会派ミステリー作品であり、「砂の器」にも少し通じる部分を感じました。 | ||||
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