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変身



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変身の評価: 4.07/5点 レビュー 385件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.07pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全385件 261~280 14/20ページ
No.125:
(5pt)

F.カフカ『変身』を再読して

四十数年前、友人(私が所属していた心理学研究会のMember)から「カフカの『変身』について、意見を聞かせて欲しい」と言われて、F.カフカの作品を読んだ。
カフカ作品は最初に『変身』を読み、『城』『審判』『アメリカ』等を読んだ。
『変身』は読書前の予想に反して、「明るく読み易い」作品であった。
『城』は、何度も読み直したが、何が書かれているのか全く理解出来なかった。
『審判』と『アメリカ』は、細部を記憶していない。
当時、カフカ作品を語ることはStatusの証明であったが、私は「カフカ作品は難解です」としか言えなかった。
「カフカ作品に於ける不条理」について意見を求められた際は、「カフカ作品を一様に不条理と云う語で語ることは不適当ではないか」と答えたように記憶している。
『変身』再読に於ける私の読書課題は次の通り。
1.『変身』の主人公グレーゴル・ザムザ(以下Gと略す)の変身が夢ではないことを、F.カフカが如何に語ったか(如何に表現したか)。
2.『変身』の記述についての私の記憶が、どの程度歪んでいるかを確かめること。
四十数年前、「虫に変身したGが壁を這い登り、天井から床に落ちるのを楽しんだ」と云う件(くだり)を読んで、私はF.カフカの記述に驚いた。
他の如何なる作家も「虫が壁を這い登り、天井から床に落ちるのを楽しんだ」等と書けないだろうと想った。
「虫に変身したGが壁を這い登り、天井から床に落ちるのを楽しんだ」と云う件が、実際には如何に書かれていたかが気懸りであった。
再読の結果は下記の通りで、私の記憶に大きな誤りが無かったので、安堵した。
角川文庫『変身』 中川正文 訳
「しかたなしの気晴らしに壁や天井をめくらめっぽうに這いまわる癖がついた。
天井へ這いあがって、宙にぶらさがるのがおもしろかった。
床の上に横たわっているのとは全然ちがった感じがする。呼吸まで楽にできた。からだじゅうを軽快な振動が走る。
上のほうでうっとりと愉しい放心状態に陥って、ついからだが離れて床へばったり落っこち、自分でびっくりぎょうてんすることもあった。」

『変身』再読後の疑問点は次の通り。
1.Gが変身を哀しんでいないこと。
2.Gが未来を恐れていないこと。 
文学作品には作家の世界観・人生観が色濃く反映する。
Gが作者の分身でないとしても、Gの行動と思考が作者の人生観を反映したものであることは明らかであるから、Gが変身を哀しんでいないこと、Gが未来を恐れていないことが示すものは、作者の人生に対する諦観である。
Gが未来を恐れていないこと、つまり、近い将来に於ける自らの消滅(死)を恐れていないことが示すものは、
作者の「近い将来に於ける死の予感」である。
カフカ作品の特質は、夢と現実の融合であり、作者が苦心したのは物語に於ける「夢と現実の兼ね合い」だったのだと考える。
1924年に41歳で亡くなったF.カフカの主要作品である、『変身』『アメリカ(失踪者)』『審判』『城』のうち、生前に出版されたのは『変身』のみで、他の全ては没後に友人のマックス・ブロートによる整理を経て、出版されたとのことである。
また、F.カフカはフェリーツェ・バウアーと二度婚約し、二度婚約を解消している。
F.カフカの主要作品の殆どが未完であったこと、フェリーツェ・バウアーと二度婚約し、二度婚約を解消したことから、短絡的に導き出した結論は次の通り。
カフカ作品の特質は、「夢と現実の融合」であり、「近い将来に於ける死の予感」と「満足出来る作品が完成しないことによる焦燥感」の中で、カフカ作品が生まれた。
勿論、以上の結論は、私の人生観を反映している。子供の頃からの私の変わらぬ口癖は「もう嫌だ」である。
正確に書くと、「もう嫌だ」は「もう何もかも嫌だ」であり、「もう生きているのは嫌だ」である。
満足出来る作品が完成しないことによる焦燥感の中で、F.カフカも「もう嫌だ」と想ったに違いない。 以 上
変身 (角川文庫)Amazon書評・レビュー:変身 (角川文庫)より
4042083064
No.124:
(5pt)

もっと,明るい変身の解釈も作りたくなった。

カフカの変身が,はじめて最期まで理解できたかもしれない。

なんとなく,暗い,鬱積した気持ちになる変身。
その謎が解けずに今日まできた。

こう解釈すればいいのだというのが絵本から伝わった。

もっと,明るい変身の解釈も作りたくなった。
変身 (角川文庫)Amazon書評・レビュー:変身 (角川文庫)より
4042083064
No.123:
(4pt)

看板に偽りあり!!

本書の売りは、最新のドイツ語カフカ全集である<史的批評版>を底本とした
「ピリオド奏法(オリジナルに忠実な訳)」ということですが、
この<史的批評版>の特徴は、
一方の頁にカフカのノートをそのまま写真による図版で示し
他方の頁にそれを、カフカが描き直した部分もそのまま
活字にして、掲載しているという点だそうです
(訳書p166-7に写真が掲載されています)。

したがって、カフカの創作過程を知ることができる
というところにその魅力があると思われますが
この訳書で、それを窺う術はありません。
それを示すためには、組版や註で示す必要がありますが
本書にそのようなものは一切ありません。

カフカの創作過程に踏み込んだ詳細な註をつけるには
カフカの専門家である必要がありますが
恐らくこの訳者にその力量はないのでしょう。

次に「ピリオド奏法(オリジナルに忠実な訳)」という点についてですが
訳者は、カフカが同じ単語を繰り返しているところは、
訳文でも厭わず繰り返すことで原作に、より忠実な訳文になっていること
を謳っていますが、そんなことは独文科の学生でもできることです。

解説で訳者は、カフカが『変身』を出版した際、
「版元は、虫になったグレーゴルの絵を表紙につけようとしたが
当然、カフカは拒否した」というエピソードを紹介しています(訳書p157)。

訳書p39で、虫になったザムザがベッドから出ようとするところで
「下半身」と訳されている部分は、原文では"der untere Teil seines Korpers"
となっています。直訳すれば「彼の身体の下の方の部分」ですが、
カフカは、ドイツ語で「下半身」を意味する"Unterkorper"ではなく
わざわざこのような書き方をしています。

ドイツ語の辞書で"Unterkorper"を引いてみると、
"der untere Teil des Korpers"「身体の下の方の部分」とあり
カフカが虫になったザムザの下半身を表現するのに
辞書的な定義を採用していることが分かります。
つまり、ここで虫になったザムザは、それが下半身かどうかは分からず
単にそれが自分の「身体の下の方の部分」としか言えない
ということを示していると思われます。

これは、あらかじめ変身した虫の姿のイメージを知ることなく
ある日突然訳の分からない虫に変身してしまった主人公の体験を
読者に共有して欲しいという、表紙に虫の絵を拒否したことと同じ
カフカの意図が働いていると思われます。
しかるに、それを単に「下半身」と訳してしまったのでは
訳者の頭の中にあらかじめある、変身した虫のイメージを読者に押しつけている
ことになってしまうのではないでしょうか。

p38の「お腹をふくらませ」て、毛布を落とすというところも
原文ではaufrichten「(空気で)ふくらませる」のは、sich「自分自身を」であって
とくにお腹と断っていません。
人間が寝るときは大抵毛布はお腹に掛けるものだというだけです。
第一、息を吸って膨らむのは(人の場合)胸であって、お腹ではありません。
もっとも昆虫は腹部にも気門があるので、膨らませるのかも知れませんが
朝、目が覚めたら突然虫になっていた元人間に
どうしてそんなことが分かるのでしょう。

以上、長々と述べましたが、
出版社の誇大広告と訳者の鼻息を除けば、
カフカの作品が楽しめる文庫になっていると思います。
代表作の『変身』だけでなく、『判決』や『掟の前で』のような
有名な作品も収録されており、白水Uブックスや新潮文庫の『変身』より
お得だと思います。
変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)Amazon書評・レビュー:変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)より
4334751369
No.122:
(5pt)

ある朝、巨大な虫に変身してしまった男の物語

『変身』(フランツ・カフカ著、高橋義孝訳、新潮文庫)は、「ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した」という書き出しで始まる、不可思議な変身物語である。

布地の若いセールスマン、グレーゴルの変身から死に至るまでの心理と、彼の変身によって経済的な支柱を失った家族――老いた両親と妹――の虫(グレーゴル)への対応が変化していく様が、乾いた文体で描写されている。この小説は、グレーゴルがなぜ変身したのかを語っていないため、読者や研究者を困惑させ、多種多様な解釈を生じさせてきたのである。
変身 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:変身 (新潮文庫)より
4102071016
No.121:
(5pt)

まず最初に読むカフカ

カフカの小説はまずこれから読むのがいいと思う。
翻訳は古いものだけど、やっぱりこれがベスト。
と感じるのは、これを最初に読んで感動したせいか。
変身 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:変身 (新潮文庫)より
4102071016
No.120:
(5pt)

まだまだきちんと評価されていない

多少の波はあったでしょうが、時代とともに評価されてきつつあると思います。不条理などといわれましたが、似たような形容で評された作品が落ちていく中、カフカの偉大さはそれらとは別次元であることを証明しつつあると思います。彼に影響を受けた作家は数多いと思いますが、表面的な模倣で終わっていると思います。高校生のころ初めて読んで以来数十回読んでいますが、しばらくするとまた手にとってしまいます。自分自身の内的な成長を確認させてくれる貴重な一冊です。
変身 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:変身 (新潮文庫)より
4102071016
No.119:
(4pt)

読後はもやもやする

主人公が報われない。
色んな解釈ができる作品。
自らの体験・周りの環境と照らして
読むと面白い(虫→ニート等)
変身 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:変身 (新潮文庫)より
4102071016
No.118:
(3pt)

ひどい悪夢を見た、寝る前にカフカを読んだからだと思っている。

初めてカフカを読んだ、わかりやすい言葉づかいであるが、いくつもの解釈を許し、その背景には普遍真理を垣間みせる。
現実と非現実を行き来することで、逆に現実を浮き彫りにさせる。
全体的に気味の悪さを感じる。
こんな小説様式もあるんだと、素直に驚いた。

旅先ではひどい悪夢を見た、寝る前にカフカを読んだからだと思っている。
変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)Amazon書評・レビュー:変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)より
4334751369
No.117:
(5pt)

究極のバッドエンド。

装飾や思わせぶりが全くない現実的な文章。虫になるというある種SFじみた設定が淡々とした文体で続くのに、そこにユーモアやナンセンス味、おかし味というものは感じられないし、ホラーじみた怖さすら感じない。寧ろ、在りえない状況に際したグレーゴルとその家族の反応や対応が余りに自然すぎて、切ないだの悲しいだのといった感覚が室内を一歩たりとも出ることのない閉塞感と相まって感じられる。
 今まで家族を養ってきたグレーゴルが虫になることで疎まれ、最後は彼の死が遺された家族の希望となってしまうというオチは究極のバッドエンド。切なさを残す後味の悪い終わり方。
 ふと、介護に疲れた介護者が被介護者を殺してしまう昨今の事件を彷彿とさせた。虫になったグレーゴルというあからさまな出来そこないのお荷物を、それでも捨てきれない家族の情はこの場合逆に無情であるのかもしれない。いっそ逃がしてしまえばグレーゴルにとっても家族にとってもいい結果になったかもしれないのに、結局家のなかで、しかも父の投げたリンゴが致命傷となって死んでしまうのは悲しい。しかもあれだけ熱心に世話してきた妹が最後、捨てようと家族に提案するところも救いようがない。
 何より、どんな扱いを受けても淡々としているグレーゴルの様子が無情を一段と強めている。憤りや不満などを一切嘆くことがないという部分がこの人物の特徴的な部分だと思う。
なすすべもなく死んでいったグレーゴル。死んでるか死んでないかもよくわからないような虫の、あのあっけないような死にざまにすべてが集約されている。
変身 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:変身 (新潮文庫)より
4102071016
No.116:
(3pt)

壁を這い回る

虫になった主人公が、自分の部屋の壁を這い回るシーンで
思わず笑ってしまいました。

その後、怪我して這い回ることができなくなったときには
ちょっと残念に思いました。

有名な作品なので、構えて読み始めたけど
楽しく読み終えました。
変身 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:変身 (新潮文庫)より
4102071016
No.115:
(5pt)

虫になったとき

以前はただ単に名作だからという理由で読んで
それなりに面白いとは思いながら、単に「奇妙な小説だな」ぐらいにしか感想は持っていませんでしたが
就活が上手くいかず、今まで自分が持っていた夢や、生きがい(と考えていたこと)が急にウソ臭く思えてきたとき
なんとなくこの小説を読み返してみました。
すると、毒虫になった主人公が人間であったときの過去を引きずりなら苦しむ姿を、淡々と描写するこの文章が
痛々しいほど、自分に響いてきました。
今まで生きる糧にしてきた夢を捨てるか捨てないかで悩んでいる自分が、主人公と重なる感じがして、変な気分になりました。

間違いなく、すごい小説です。
変身 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:変身 (新潮文庫)より
4102071016
No.114:
(5pt)

20世紀最高の小説のひとつ

中学生のとき以来に読み返した作品。

ある朝、グレーゴル・サムザが不安な夢から目を覚ましたところ、ベッドの中で、自分が途方もない虫に変わっているのに気がついた…

あまりにも有名なフランツ・カフカ『変身』の冒頭である。

カフカは、この、突然に虫に変わってしまったグレーゴル・サムザの内面にコミットすることはない。いわば、デタッチメントと呼んでもいいような距離感を意図的に維持しているように感じられる。虫になってしまったグレーゴルは、そのこと自体を問うたり、ましてや苦悶することはない。彼の家族もまた、しかりだ。

家族を養うため、妹を音楽学校に行かせるために粉骨砕身、旅廻りの営業マンとして仕事をしてきたグレーゴル・サムザは、ある朝突然、巨大な虫に変身する。この物語が本当に異様であり圧倒される点は、「異様な」虫に変身したグレーゴルの存在が、むしろ「異様なもの」の対極にある「無」へと収斂していくところ、そして、「異様なもの」になってしまった彼を排除しようと努めていた彼の家族が、彼の「変身」を通して変容し、再生していくという展開だ。

作者であるカフカは、グレーゴルへのデタッチメントの姿勢を一貫して貫いている。とはいえ、虫になったグレーゴルは、彼を邪険に扱う家族を憎むどころか、家族を、とりわけ妹のことを想っていた。クライマックスで彼の妹がバイオリンを演奏するシーンを読んだときには、ちょうど、たまたまモーツァルトの『弦楽三重奏のためのディヴェルティメント』を聴いていたため、不思議な温かい気持ちに満たされた。グレーゴルは、バイオリンを演奏する妹に、「音楽学校に行かせてやろうと思っていたんだ」とクリスマスの日に告白することを空想する。この小説でもっとも美しいシーンだ。しかし、グレーゴルの夢想は、惨憺たる結果に終わることになる…。

家族は皆、虫になったグレーゴルを何ヶ月も見放し、その間に、それぞれが新しい仕事を始め、彼が死んだときには彼らはほんとうに安堵する。人間が虫に変身するという異様な設定が、家族のありかたを変え、排除すべき虫なるグレーゴルの死によって、家族は再生する。

この作品に描かれるのは、そういった皮肉だけにとどまらない。「異様なもの」なる存在物とそれに対峙する人間がどのように描かれるのか、ぜひ、一度は読んでほしい作品です。
変身―カフカ・コレクション (白水uブックス)Amazon書評・レビュー:変身―カフカ・コレクション (白水uブックス)より
4560071527
No.113:
(5pt)

私はグレーゴルを責められない

家族一、家族思いで家族の為に尽くしながら、突然一夜にして巨大な虫、しかも毒虫に変身したグレーゴルは、次第に人間性を失いそうになり、虫の存在に移行してしまいそうになるが、必死に人間として留まろうとしてひたむきに生き、かろうじて人間らしい尊厳を保とうとしていた。
なのに、グレーゴルに尽くしてもらって生活を成り立たせていた家族は、グレーゴルの存在を蔑ろにし、何事もなかったかのように振る舞い、全ては現実に起こった事実にも関わらず、幻想でしかなかったかの如く、冷酷なくらい淡々と考えを切り替えて決断するのである。
ストーリーの最後では、お互いに自立に向けた旅立ちをしようと決意するものの、決して自力ではなく、目に写る存在に希望を抱いた新たな旅立ちを始めている。
これもまた、単なる幻想の世界に思えてくる。
だからこの家族には、またいつの日か、同じ境遇が訪れるのではないかという危惧さえ抱いた。
人間の心に押し寄せる依存と甘え、エゴと愚かさを、嫌というほど見せ付けられた小説である。
そして人間の存在意義と価値を見出だして生きること、人間の尊厳性に敬意を払うことの大切さを学ばせられた。
グレーゴルがやってきたことの、どこに非や間違いがあっただろうか。
自己犠牲とも捉えられるグレーゴルの家族に対する愛情と思いやりがもたらした功績は、全てが裏目に出て、何一つとして報われていないのである。
グレーゴルが働くことで、本来自力で働ける力があった家族は、動けない理由、働けない理由を作り上げて、生活の全てをグレーゴルに頼り切り、本来なら一人一人がやるべきことを疎かにし、努力なしに、楽をして自由に生きていたのである。
そうした家族の姿が、反対にグレーゴルの自由を奪い、その人生を束縛していたとも捉えられる。
グレーゴルは、身を粉にし、自由を失いながら懸命に生きていた。
それなのに、そのグレーゴルの生き方が、そうした怠惰なやる気の失せた家族を生み出したのだ等と、どうしてグレーゴルを責められるだろうか。
グレーゴルのせいで、実は家族が自立を阻まれて犠牲になっていたのではないか、などという責任転嫁をすることはできない。
責任は明らかに一人一人の中に存在しているのに。
出来事の全ては、自己責任でしかない。
人間関係のボタンの掛け違いは、その状況に順応して感覚が麻痺してしまったならば、ずれにずれて元に戻ることは不可能。
これは前にしか進まない「時間」というものが実証してくれている。
勿論新たなスタートを切らない限り、掛け合わせることは不可能になる。
小説には、それらしき表現はないのだが、グレーゴルの心に押し寄せていた疲弊感、我慢の限界値を超え、それ以上の生きる選択肢が見出だせない状況の中で、修復不可能な現実を思い知らされて行き詰まり、逃れようのない行き場のない不自由さに苦悩してもがいた結果が、現実では有り得ない変身をもたらしたのではないだろうか。
虫になったら虫らしく生きていく権利と自由さえある。
確かにグレーゴルは、僅かながらも虫としての自由と楽しみを見出だそうと、いや、見出だしていたのかも知れない。
しかし、言葉が通じないことで理解し合えない、共存できないことの不自由さと壁が生じる。
異質な存在に変身した人間を助ける者、救おうと心を寄せ、手を差し伸べる者は誰一人としていない。
存在を認めないのである。
不気味がり、とことん嫌い排斥しようとする。
そのあげく疎外されて孤独に陥り、否応なく来たるべき時間が訪れて葬られるのである。
凄まじい恐怖感に堪えて生き抜いたグレーゴルを、私は寧ろ褒めたたえたい。
グレーゴルが、家を支配して家族を追い出す、と考えること以外の選択肢を持たない家族の判断と決断の奢りが、実は本当に大切な存在を失うことになるのに。
尽くした者だけが自己犠牲を払い、役目が果たせない状況に陥ると、冷たく切り離され、見放され、見捨てられていく。
そして時間とともに、その存在すら忘れ去られていく。
ついには、覚えている者は誰もいなくなる。
親しかった人々の記憶から消え去る日が訪れるのである。
本当に大切な存在を忘れ果て、我が身を一番大切にする生き様もまた人間社会ならではのことなのだ、と認めなければならないのか。.....理不尽であるが。
変身 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:変身 (新潮文庫)より
4102071016
No.112:
(1pt)

本を読む気力が失せた

純文学が好きなので、本書を購入しました。早速読んでみると、全然イメージと違い、全く面白くありませんでした。話し全体にクライマックス(盛り上がり)が感じられません。そういうところが面白いと言う人もいるようですが、私にはどうしてか良くわかりません。

批判し過ぎてすみません。でも、最初の始まりかたが個人的には面白いと思います。
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4102071016
No.111:
(4pt)

嫌悪は大きく大きく膨らんでいく
一度、レッテルを貼られたらそれを覆すことは至極困難。
救われない。当たり前のように。
どうにかするにはどうしたらいいのだろう。
変身 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:変身 (新潮文庫)より
4102071016
No.110:
(4pt)

前にテレビで結末をやっていた。

だがしかし、妙に気になって書店で購入してしまった。
ラストがわかっていても先を読まないと気が済まなくなるような感覚は読んでいて独特だった。
読み終わった後、一気に胸が熱くなり様々な感情が押し寄せてきた。

これが、これがカフカの世界なのだと初めて思い知った作品。
読破した今でも時々読み返します。
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4102071016
No.109:
(4pt)

人生はトホホの連続。

カフカの作品だからではなく。古典新訳文庫に含まれているから読んだ本である。本を買ってからなぜか変身だけは読まずに本箱に放置していた。今回、3年ぶりに本箱から引き出して読んでみた。カフカというとなんだか病的な顔でカメラを睨みつけている写真が有名だが、wikipedia によると職場では常に礼儀正しく、上司や同僚にも愛され、敵は誰一人いなかったと、とても優し人柄であったことが記されている。
ザムザはその名前の通り、もちろんカフカの分身だろう。真面目で、小心者、そして妹思いの優しいイイヤツだ。ところが、ある朝目が覚めると、巨大な虫になっている。それからがトホホの人生なのだ。家政婦にはくそ虫と呼ばれたり、家族から嫌われたり、家族を支えるためにひたすら働いてきたのにね。その凋落ぶりを楽しんでしまいました。
実存主義とか、生きる不安とか、決められた言葉にとらわれずに作品を味わうと。。何だか重ーい感じになるんだけれど、そうじゃない読み方もできると思う。
ザムザの生は、なんだか粗大ごみと呼ばれている世のお父さんたちと重なるよね。ザムザ、イイヤツだけにその扱われぶりがなんだか哀れで、そしてちょっとおかしいよね。
高校生の時に読んだときは、なんか切実な感じがしたけれど、翻訳のせいでしょうか? なんだか、自虐ギャグを見せられているみたいで、面白かった。
変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)Amazon書評・レビュー:変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)より
4334751369
No.108:
(5pt)

大人向けの衝撃

この本は10代の若い人より、20代半ば〜30代以降の大人に向いていると思った。

若い人が読書感想文目的で、薄い本だからといった感じで読むと疲れるはず。ご注意を!

大きな虫になってしまった主人公。いつも家族の為に生きてきた。
虫になっても頭と心は人間のまま。それが一番辛い。
主人公はある時は強く家族を思い
ある時は家族を憎み、しかし虫のままだから何も出来ず、自室を這い続ける。

家族はそんな主人公をゴミのように扱うだけ。全く、醜いのはどちらだろう?

外だけ美しく飾っても無意味。中身が醜いほうが恐ろしいと私は思った。

この大きな虫についての解釈。年齢や時期や立場により変わりそう。何回でも読みたくなる。

しかしラストの虚無感。いい感じの読後感を与えた。人生、社会を上手く皮肉ってる感じだ。

高橋義孝さんの訳も軽妙。他社の訳よりストレートに響いたのでこちらを推薦する。
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4102071016
No.107:
(4pt)

味の濃い小説

村上春樹の「海辺のカフカ」を読んだが、本物のカフカを読まないとと思い、手に取ってみた。

ある朝ベッドで目を覚ますと自分は虫になっていた!という有名な物語の発端は衝撃的。そして、自分に対する家族の反応によって、孤独と疎外感にさいなまれ、やがて死んでいく。

ストーリーの滑り出しは奇想天外なのだけど、それからの展開はとてもリアルな心理理描写が特徴的で、内省的な示唆に富む。短編小説だけど、というか、それ故にこそ、迫真性が感じられる。この物語には色々な解釈があると思うので、その分、味が濃い。
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4102071016
No.106:
(4pt)

いろんな意味での「変身」

ある朝、目覚めると毒虫になっていた主人公。
彼自身は、『前よりもいっそうはっきり言葉の意味がわかるようになった気がする』のに、自分の言葉は他の人間に理解されなくなってしまうという状況に陥ってしまう。

そして、そんな彼の役割は「一家の大黒柱であり、愛する家族の一員」から「邪魔者」へと変遷していき、それに伴い、『用心深く杖を突いていた』父は『しゃんとまっすぐに立って』身なりも整え、小使いとして働くようになり、体の弱い母は針仕事、音楽学校を夢見ていた妹は、店員の仕事を始める。

妹への愛情からした彼の「ある行為」が返って家族を追いつめ、彼への憎悪を増していく件は、とても切なかったです。

読んでみて、いろんな人物や心情の「変身」を描いた物語だと思いました。

「ある戦いの描写」は、私もよく理解できませんでしたので、またいつか読み直してみようと思います。
変身 (角川文庫)Amazon書評・レビュー:変身 (角川文庫)より
4042083064

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