■スポンサードリンク
Xの悲劇
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
【この小説が収録されている参考書籍】
Xの悲劇の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.05pt |
■スポンサードリンク
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全109件 1~20 1/6ページ
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
エドガー・アラン・ポーは、探偵と犯人が鏡像関係にあることを繰り返し描きました(『謎ときエドガー・アラン・ポー』参照)。エラリー・クイーンのこの作品でも、探偵と犯人は本質的に似通っています。探偵は元役者で、メークや衣装を変えて、一人で何役もこなせる人物です。そして犯人もまた……。 Yの悲劇では、ポーのデュパン第一作(モルグ街の殺人)における犯人(オランウータン)をなぞってクイーンは犯人を造形したと私は思っています(クイーンの犯人も「猿まね」が上手です)。Xの悲劇では、デュパンものの最終作(盗まれた手紙)の犯人像(探偵デュパンの「双子」のような犯人)にクイーンはインスパイアされたのではないでしょうか。ならばZの悲劇はどうなのでしょう。こんど読んでみたいと思います。 ちなみに、この新訳はとても読みやすいです。Zの悲劇も中村さんの訳で……しかし、まだ(2024年7月時点)出ていないようですね。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
エラリー・クイーンはYの悲劇から先に読んだのですが、翻訳も読みにくいしなんだかなぁ。。。と言う印象でした。が、こちらのXはテンポが良く入りやすかったです。その上でもう一回Yを思い浮かべると、Xと同じくらい良い作品と感じました。車掌業務を掛け持ちとか、多少無理ある気はしましたが、全体を通して推理小説らしい論理的な展開だったと思います。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
Xの悲劇、Yの悲劇、Zの悲劇は,エラリークイーンの代表作として,ずっと心に残っていました。久しぶりに,Zの悲劇を読んだのをきっかけとしてXの悲劇も読んで見ました。思っていたほど,すっきりとした推理とは言えませんでしたが,推理小説の金字塔として,もう一度読んで観る価値はありました。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
後世的にはクイーンの方が知名度や評価が高いが作品の数と打率、話題作りなどそれは個人的にも納得である。が、クイーンの最高傑作との呼び声も高い本書を読んでみると単品においては両者甲乙つけがたくクイーンはヴァンダインのフォーマットを流用している事と当然ヴァンダインの方が先という事で個人的にはヴァンダインの方が上な気はする。といっても本作は老俳優探偵でその仕事がら変装も得意というオリジナルな面白さ。日本の推理大家たちの多くがクイーンの後追いと言ってもいい位の事を鑑みるにクイーンもやはりすごい。クイーンを読むとヴァンダインのグリーン家や僧正あたりも読んでみたくなる。ようは色々この時代の「元祖推理作家たち」の作品を読みたくなる事間違いなしの作品。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
三大ミステリー作家と言われているが、日本ではアガサアガサアガサなのだろう。 時代は100年くらい前のニューヨーク。 この小説が正確なのかどうかは分からないが、当時のNYの描写には引き込まれる。 だが、訳されたのも50年くらい前なのだろう。 放送禁止用語、言葉狩りで無くなった言葉(良いことか悪いことかは分からない)、そして、今の日本語としては違う漢字になった熟語や言い回し、原音に忠実なカタカナ英語。 記憶に間違いが無ければ、エラリー・クィーンのデビュー作への対抗として書かれている。 発表時は変名だったため。 数十年前は4部作を一週間で読んでしまったが、一日一章と決めて辞書で漢字や熟語、時代背景を確かめながら読んだ。 アガサは今でも色々な訳者がいて、時代に言葉もあわせてくれているが、物語に入るまでは勇気がいる。 できれば新しい訳者に出てきて欲しいと思う、良い作品だ。 私は4部作で一つだと思っていて、これがミステリーの最高傑作だと、数十年前も、今、読み返してみても、そう思う。 一度時代と世界に入れば、その中で動き回れる。 また、夜更かしに引きずり込んでくれた、とても良い作品。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
従兄に進められて購入しました。 訳文も読みやすく、サクサクと読み進めました。 解説者も有栖川有栖氏で、エラリー・クイーンへの愛が溢れていて、好感がもてました。 物語は面白かったのです。芝居を観るのが好きなので、引退したハムレット役者という設定も楽しめました。ただ、第一の殺人で探偵が犯人を予想しているなら、警察へもっと早く忠告していれば…と思いました。論理的に犯人を指摘するには証拠が全て揃わないとダメなのも分かっているのですが。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
本格ミステリの名作。推理ロジックに納得感があり、読後の爽快感が強い。レーンのキャラクターには少々くどさを感じる部分もあるものの、全体としては魅力ある探偵として特徴づけることに成功している。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
恥ずかしながら54にして初めてエラリークイーンを手に取りました。読んでみて後悔なしです。 犯人は誰、誰なの?子どもっぽい感想で申し訳ないですが、でもそんなドキドキ感を最後まで持たせて頂きました。 迷われてる方是非お薦め致します。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
物語そのものは有名な古典、そしてレーンのような聾の探偵は世界的に見てもそうそういないのではないでしょうか。 問題は翻訳で、日本語の並びが不自然、大変読みづらく、面白さが半減します。 物語そのものはとても面白いので、この版以外の翻訳物を読むことをおすすめします。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
海外ミステリ作品の名作、なんとかネタバレ踏まずに読めた。シェイクスピアの蘊蓄は正直よくわからず途中しんどかったけど、解決編は一気に読破。 探偵レーンの強烈なキャラ、伏線の散布、動機の悲劇性、論理の美しさは「これが名作かぁ」の一言。…染みるわ。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
レーンシリーズ4冊読むつもりです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
ハドソン川を見下ろす山の手に建つ中世風の城。イギリスの田舎風景を思わせる小さな家も周りにある。城内へ入るには跳ね橋を使う。使用人は皆古風なお仕着せ姿。ガーゴイルのような傴僂男クエイシーはセットの一部のよう。そうハムレット荘は聴力を失い舞台から降りた有名俳優レーンの現実的舞台セットなのだ。 シェイクスピアの台詞からの引用といい、レーンの時代がかった身なりや仕草といい映像化でたっぷり見たいと思った。 高校生だった頃一度読んでいるが、その後数十年数々のミステリーを読み、ドラマを見てから再読するとこの作品の素晴らしさがよく分かる。 やたらとスピード感のある最近のミステリーを読み慣れていると、ちょっと早送りしたいなあ…等と思う場面も出てくるのは否めない。が、それでもたっぷり古き良き時代に浸れる贅沢な一冊だと思った。アメリカだが、前世紀の英国ミステリーが好きな人ならまず気に入ると思う。 それから宇野さんの翻訳、これが本当に良い。上質。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
世界の最高の推理小説の一つだと思います。できれば全部忘れて最初から読み返せればいいなあと思います。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
この著者の作品を初めて読みました。 読み終わって真っ先に思ったことは、全体を通してここまで冗長に描く必要は無いよなあ…ということでした。 特に探偵役があまりにももったいぶりすぎて冗長さに拍車をかけ、途中で辟易してきます。 構成の悪さもあるのか、最後の最後で犯人を暴いてくれた方がカタルシスを感じてすっきりした気分で読み終えそうなところを、犯人を暴いてからの説明がこれまた長く、冗長な作品の最後に相応しい冗長さで幕を閉じたので、少し笑ってしまいました。 また、あれだけ登場人物がいながら活かしきれていないのも残念でした。 被害者の関係者は全員最低でも一回は犯人だと疑わせてくれるかなと期待したのですが。 この無駄な登場人物たちを減らせば、冗長さも少しはマシになったのではないかと思います。 あれこれ不満を書き連ねましたが、決して面白くないことはなく、様々な要素を綿密に絡み合わせた計画的で壮大なトリックは素晴らしかったです。 ただ、これが発表された当時は衝撃的だったのかもしれませんが、推理小説があふれる現代においては目新しさは感じられず、逆に粗が目立ったり犯人がわかりやすかったりするので、この手の小説を読み慣れている人には物足りないのではないでしょうか。 私も読書経験の浅かった頃に読んでいたら凄い興奮してただろうと思います。 もっと早くに読むべきでした。勿体無いことをしました。 この作品は初心者の方におすすめしたいです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
第二の殺人が起きた時点で、これは「顔のない屍体」だと気付き、犯人を特定できる。 それからは正直読み進めることが苦痛であった。伏線でもない情報、平坦な文章、やたらと多い場面転換、すべてが過多であり、極めて物語に無駄が多い。 あとは動機につながるバックグラウンドだけなのだから、もっとすっきりまとめてくれよと、イライラが募る。 もう一つ不満点を挙げるとすれば、天才である探偵、つまり役割としては、物語内で思考論理の語られることのない人物と、凡人である、司法側の、実際に行動をしていく人物たちとの隔たりの大きさだ。それは能力と物語の両面からである。 能力的に差がありすぎて、司法側の「アホさ」にうんざりする。 また物語的にも、探偵とその他の登場人物との感情の交流が少なく、小説に魅力を与えることができていない。 小説内では設定が簡単に別人になれる世界となっており、どうやら読者はそれを承諾しなくてはならないらしく、異物の混じったものを無理矢理口に突っ込まれているようでやや不快であった。 三つの事件もそれぞれ偶然性に委ねる部分が大きく、一言で言ってしまえば、トリック的に、弱い。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
<ネタバレあり> うーん。エラリー・クイーンは今頃になって、ようやく読むことが出来たが、不朽の名作は、ちょっと言い過ぎかな。勘のいい人なら、最初の事件で実行犯に気づいてしまうし、第2や第3の事件でも予想とおりの男が殺され、その第2の事件では定番の「被害者の顔が潰される」というパターンで殆ど犯人が確定してしまい、そしてウルグアイからの脱走犯の話で、ほぼプロットは解け、犯行の動機さえ分かってしまう。 もっと真実を別の方向に逸らして読者を騙すなり、水面下に隠し続けるなり、プロットを複雑に構成しないと、謎解きの醍醐味は全く味わえない。 検事と警視の知能レベルの設定が低すぎるのも(第2の殺人の立件も有り得ないが、あのダイイング・メッセージの意味に最後まで全く気づけないなんて…)子供マンガのようで、警察や検察側は、もっと普通に論理的な思考や直感の働く人物でないと間抜けが過ぎてリアリティが薄れてしまう。 行方不明になっていた犯人の娘が、実はファーンという設定で二人の共犯かと思っていたので、あの単独犯だけでは、復讐する側の激情も僅かな描写のみで、そこも、ちょっと肩透かしだった。 ラテンの女特有の激しい感情で、積もり積もった復讐の呪いを爆発させてドラマチックに展開しても良かったのに。 どうせ犯人は、もうバレバレなんだし、謎解きのカタルシスは無理なんで、そういうところで、もう少し劇的にした方が良かったと思う。 強いて言えば、凶器のコルク玉に犯人の復讐の感情が凝縮されていると言えなくもないが、このコルク玉の描写、あまりに即物的で、ギリシャ流に言えばロゴス一辺倒でパトスな描写が弱く、この凶器が持っている筈の呪術的で強烈な不穏な雰囲気が殆ど文章から現れて来ない。 実はプロット以前に、この部分が、この作品の一番の欠陥かもしれない。 そもそも、このコルク玉の殺傷力も甚だ疑問で、21箇所の傷からニコチンが血管に流れたというが、針に突かれた程度で本当にタール状のニコチンが血液と一緒に流れ、呼吸麻痺を起こすほど内臓まで届くのか?検死医の説明や解剖報告書の内容だけでは、素人に確かなイメージは出来ない。 まあ実際、それが可能でないと、この話自体が成立しない訳だから、なんなら嘘でも構わないので、納得のいく医学的なエビデンスは入れて欲しかった。 本来こういう所は、検死医に素朴な疑問として投げかけないとリアリティが出てこない。 そして、過去の舞台の中で様々な悪役(マクベスやリチャード三世などなど)を演じたきたレーンなのだから、犯人の悲しすぎる動機に同情して真実を明らかにすべきか?躊躇うシーンを、それこそシェークスピアを引用して描写した方が良かった筈が、そんな部分も全く無く、そこも物足りなかった。 というか、クロケットへの送金の事実も明るみに出て、いよいよ推理を明らかにするため行動をしようかという段階で、マクベスを引用するあたりは、ちょっとサディスティックで、悪魔じみていると言うべきなのか。 全体的には、長く読み継がれているだけあって、ストーリーテリングの描写の方は、やはり流石で、犯人の正体や犯行の動機さえも、途中わかってしまっても、レーン特有の芝居じみた展開にツッコミを入れながら、なんだかんだで最後まで読めてしまう。 第3の殺人の前の会話などは、特に良く出来ている。 犯人の正体を暴くシーンも意外性は全く無いが「やはり、そう来なくちゃ!」という安定感はある。 ラストの結びも、そして作品のタイトルも正にミステリーの古典といった感じ。 但し、謎解きプロットとしては全く期待しない方がいい。 まだYもZも読んで無いが、あまり期待しない方が良いかな。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
この版で読むなら、解説だけは4部とも読んだ後にした方がいいかも。 解説だけで犯人がわかるようになってるので。 一応配慮されてはいるけど、そこ以外の部分にも続刊の展開のバレがある。 推理小説の解説って難しそうですね。 内容については今この現代でも十分、面白いと思う。 厚みがあり、読み応えがある。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
バーナビー・ロス名義で発表したドルリー・レーン・シリーズの第一作。『論理』を重んじるプロットは実に爽快で、読後にその爽快感が渦を巻き続けるかのような快適な余韻があります。 ヴァン・ダインを意識した演劇仕立てのチャプターはドルリー・レーン自身が役者であるが故により一層効果的であり、変装が随所に出てきてすばらしく視覚的です。 そして、おそらくは推理小説で初めて『ダイイングメッセージ』というのを意図して使ったのは本作ではないかと思います(1932年!!)。あらゆる意味で現在の推理小説のあらゆるファクター(キャラクター・プロット・ダイイングメッセージ・・・etc)の萌芽を感じさせる作品です。エラリー・クイーンの幅広い知識と教養に支えられた第一級の名作としてオススメです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
最近、推理小説の古典を読み直しているんだけど、本作は冒頭の殺人シーン以外完全に忘れてしまっていた! もしかしてボケてきたんじゃ?なんて思った次第。 内容的には、良くも悪くも本格推理小説だということだと思う。パズルの一種だと考えて読めば楽しめる。というかパズルとしては今もって一級品だと思うんだけど…。この後推理小説もどんどん洗練されて、進化して、小説としてというか、文学としてというべきか迷うが、リアルさ、心情描写の迫真性、人物像の破綻の無さといったものが微細に描かれるようになってきてるから、そういうものを基準に評価したら、だいぶ厳しい結果になりそうである。でも、本作のような傑作があったればこそ、今があるわけで、そこは考えないといけないんじゃないかな…。クイーン自身、作品の質が変わっていくんだし、この作品はまだ初期のものなんだしね…。 それで再読して思ったんだけど、3人目の被害者の娘って、犯人の実の娘だよねえ? その辺踏み込んでくるのかな?なんて思ったんだけど、それだったら内容覚えてたのかな?なんて思っちゃった。たぶん現在の作家さんだったら、そこらへんで愁嘆場を用意するんだろうな…。でもでも、「ベンスン」でも「グリーン家」でも被害者の家に親子の関係が明らかにされてない親子がいて、事件の鍵を握ってたりするから、やはりヴァン・ダインのプロットを意識的に使いまわしてるんじゃ…なんて思っちゃう。ほんで明らかにされていない親族関係なんていうと、やっぱり横溝正史ってことになっちゃうんだけど、この辺りやっぱり影響受けてるんだろうね…なんて思っちゃう。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
エラリー・クイーンは、コナンドイルやアガサクリスティと肩を並べる推理小説家として知られる。しかし、ドルリー・レーンの探偵シリーズが、ホームズやポワロのように読まれていない理由も読んで理解できた。 ドルリー・レーンシリーズを読んだのは最近だが、もっと早くに読んでおけばよかったという後悔はない。推理小説ジャンルの資料の一つとして読んで差支えはない。 この作品の長所であるが、名俳優による素人探偵の活躍という奇抜なアイデア、シェイクスピアの世界観を取り入れいてる点、登場人物たちのキャラ立ち、描写力などは今もって一級品である。当時の観点からすれば、星4つの高い評価だったのであろう。しかし、作品はどうしても現在からの評価をつけざるをえない。逆に、現在の観点からも高い評価が得られる作品こそ不朽の名作である。 当時の推理小説は一般的に、推理に力を入れて、犯人の動機に力をいれていない。おまけ程度の扱いである。Xの悲劇は、犯人の動機が世界一級品であり、日本の作家が真似をできない設定をしている。現代のハリウッド映画にあってもおかしくないほどのスケールがある。にもかかわらず、最後の方で、さらり触れられる程度で、活かしきれていない。そのために、期待は裏切られ、退屈してしまう。ドルリー・レーンの長々として推理を聞くよりも、犯人側からの視点でもっと多くのページを割いて、犯人の心情と怨念を鮮明に描ければ、不朽の名作になったのではないかと思える。 現代の作家が、大胆にリライトすればかなり面白いものができるのではないかと思える。この点が極めて残念であり、本書の作品を退屈にさせている点でもあるので、星2つ減としたい。 以下の点は、本作の短所である。ネタバレがあるので、未読の方は気を付けていただきたい。 ・一つ目の殺人の凶器は、針に少し触れるだけで死に至る。この凶器を胸ポケットにいれていつも持ち運ぶのは不可能である。しかも、車掌がどうやってロングストリートのポケットに忍ばせることができたのか不明で、忍ばせる瞬間も電車は揺れるので犯人にとっても危険である。 ・第二の殺人はすり替え殺人だが、無論現在では不可能な手口である。しかし、当時であってもかなり身元洗いが杜撰である。体格をまったく似せるというのは難しい。それに、殺されたクロケットはかなりの資産を有しているはずであり、行方不明となれば大騒ぎとなり、たとえカナダに住んでいようともアメリカに伝わったのではなかろうか(そのため、カナダ在住で秘密裏に大金が送金されたという設定なのだが)。クロケットは株式会社の売り上げの3分の1が手に入るのだから、豪邸に住み、妻(もしくは愛人)や大勢の召し使いを雇っていたはずである。大勢の関係者が忽然と姿を消して戻ってこない主の消息を求めないのはありえないであろう。 ・犯人が全て犯行を成し遂げた後に、車掌勤務していたのはなぜか。そもそも、5年前から練りに練っていた殺人である。復讐を果たし終えた後も通常通り車掌勤務をするとは考えられない。 ・犯人と生き別れになった娘との関係が全く描かれていない。犯人は犯行の前後、必ず娘が気になるはずである。娘との関係(殺された妻との関係)も描かれていないため、犯人の人物像に深みがなくなる。 ・素人探偵ものでは仕方ないことだが、警察や検事から公権力が与えられている点。現在では、個人情報保護や権限の明確化から、臨時に役職が与えられない限り、個人情報も捜査の権限も与えられない。当時からしても、ドルリー・レーンは、単独で行動し、相手に証明書を見せず、検事から依頼されているんだといって情報を聞き出す。ドルリー・レーンが正義の側であるからこそ、許されるが、悪用する側なら考えものである。 ・ドルリー・レーンは名俳優である。名俳優は演劇の稽古で毎日が大変である。それにもかかわらず、いつ、どこで、なぜ、警察も及ばない超人的な捜査能力と技術を身につけたのかが不明で、この謎は最後まで解けなかった。どこかの書で書かれているかもしれないが、これだけの長編ならば、1ページ分ぐらい書いてもよかったはずである(著者のあらゆる本を読まなければ理解できないという設定は一般読者を無視した身勝手なものである)。それゆえ、ドルリー・レーンの犯罪への姿勢が伝わってこない。 以上の点は、小説であり、独創性を生かすためにやむをえない点もある。しかし、次の点は致命的である。3つ目の殺人におけるダイイング・メッセージは本書のタイトルであり、肝の部分である。最後の方に登場して、しかも最後の落ちが車掌の切符切りのマークでは、がっかりする。なぜ、The Tragedy of Xなのか、疑問が解けない。Xは犯人に深く関係していないといけない。もし、この切符切りがFならどうするのか?切符切りを交換することだってありえるはずである。犯人がウルグアイにいた時からの因縁があればよかったであろう。これは本書の最大の欠点であり、星1つ減とせざるをえない。 本書が推理小説の古典であることに異論はない。ただし、面白さ、感動といった点では、やはり古びてしまっている。当時の一級作品でさえ、90年も経てば古びてしまう。ある意味、現在でも読まれるというのは、本物としての価値があると思う。現代から見て星2つというのは決して悪い評価ではない。日本の現代小説で、90年も経って本書より高い評価を得られるかははなはだ疑問である。 | ||||
| ||||
|
■スポンサードリンク
|
|
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!