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白の迷路



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【この小説が収録されている参考書籍】
白の迷路 (集英社文庫)

白の迷路の評価: 7.50/10点 レビュー 2件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.50pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全2件 1~2 1/1ページ
No.2:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

物語はさらに凄惨に、そして冷酷に壊れていく

カリ・ヴァーラ3作目では前作『凍氷』で担当したイーサ・フィリポフ殺害事件の捜査の過程で得た目の上のタンコブ的存在、国家警察長官ユリ・イヴァロの淫らな行為の一部始終を収めたビデオを手に入れ、その代償として彼はユリ・イヴァロの配下で非合法的行動を取ることが可能となった特殊部隊の指揮官に任命されることになった。

その名もなき特殊部隊のメンバーはカリ・ヴァーラを含めて3人。元々彼の相棒だった天才にして倒錯者のミロ・ニエミネンとバーの諍いで出くわした無職の巨漢スイートネスことスロ・ボルヴィネンだ。統率力のあるリーダーに知性豊かな異常者、そして怪力でうわばみのように酒を飲む巨漢。まさに王道の組み合わせといえよう。

そしてこの特殊部隊は犯罪組織の資金をせしめて組織の運用資金とする、窃盗団と変わらぬものだった。但し彼のバックには国家警察長官と内務大臣という巨大な権力の持ち主がいた。

カリは自分の現状を見つめて次のように云う。3か月前はいい警官だったが今では悪徳警官だと。

物語は非合法特殊部隊となった彼とそのチームの日々からやがて移民擁護者の政治家リスベット・セーデルンド殺害事件の捜査、そして実業家ヴェイッコ・サウッコの誘拐され行方不明となった長男アンティの捜索へと移る。

そこに加わるのがフランスの諜報部員アドリアン・モロー。彼はサウッコ直々に息子の捜索を依頼された人物だった。

ただこれらの事件の捜査も語られるが、本書はそれまでの作品と異なり、新たな仕事を与えられたカリ・ヴァーラと彼の部下ミロとスイートネスとの公私にわたる付き合いの様子が色濃く描かれる。

まずカリ・ヴァーラの異動に伴い、彼の身辺もまた変化が起きている。

ようやく彼とケイト夫婦の間に子供が誕生したことだ。前作では前々作で懐妊した双子を流産で亡くすという悲劇から始まったが本書ではアヌと名付けられた愛娘を授かる幸運から始まる。

そして前作の最後に明かされたカリの脳腫瘍は手術によって無事摘出された。そして隠密行動を行う特殊部隊を率いることで、前々作で顔に負った銃創と過去の警官時代に負った膝の傷をも手術し、カリ・ヴァーラは生まれ変わったようになる。

しかしこの手術で前作カリがさんざん悩まされた片頭痛は収まったものの、それと引き換えに彼は大切なものを失ってしまう。
それは妻ケイトと愛娘アヌに対する愛情だ。彼はそれを見透かされないように笑顔を鏡で練習して、普段と変わらぬように振舞おうとする。

最初それは女性全般に対する欲情の減退かと思われたが、ケイトの同僚アイノのグラマラスな肉体に欲情し、そして部下のミロとスイートネスの連れの女性に勃起する。

また暴力に対する抵抗はさらに薄まり、目的のためには手段を選ばなくなる。
麻薬の調達金を横領したことでマフィアの抗争が勃発し、死者が出れば、足取りから自分たちの仕業をばれないように死体を硫酸で溶かして隠蔽し、さらにその運搬に使った車を難題も山奥で全焼させる。また平気で部下のスイートネスに相手を半殺しにさせれば、また自身も仕込み杖で相手の番犬をたたき伏せ、ミロに足を一本切り落とさせたりもする。

ミロは非合法の特殊部隊員という立場を大いに気に入り、その豊富な武器の知識を生かして次々とマフィアからせしめた金で武器を買い漁る。

スイートネスことスロ・ボルヴィネンは自分を雇ってくれたカリに感謝し、用心棒的立場となるが、一方で語学の知識を生かして通訳の仕事も受け持つ。そして彼はまたいとこのイェンナに惚れていて仕方がない。

しかしこれほど巻を重ねるごとに主人公と彼を取り巻く環境が劇的に変化するシリーズも珍しい。

ソマリア人女優の陰惨な殺人事件の捜査を担当することで人種差別問題に巻き込まれながらもどうにか解決する田舎の警察署長だったのが第1作のカリ・ヴァーラだった。

そして第2作ではその事件を足掛かりにして首都ヘルシンキの警察署へ栄転し、そこでまたロシア人実業家の妻殺人事件とナチに加担したフィンランドの英雄の保護というどちらもスキャンダラスな事件に否応なく巻き込まれる一介のヴェテラン警察官となっていた。

そして3作目の本書ではカリ・ヴァーラは国家権力の傘の下で強奪と暴力も辞さない、アンタッチャブルな班を率いる指揮官となっている。
正義の旗印の下で彼が次々と麻薬組織やロシアマフィアからから大金をせしめ、それがさらに街中での彼らの血なまぐさい抗争を生みだせば、自分たちの足取りを消すために抗争で出来た死体を隠密裏に処分する。次から次へと悪徳の奈落へと堕ちていく様が描かれる。

一方でカリは自分が政治家たちの手先となり、自分もまた彼らの仲間に取り込まれようとしていることに気付いて、いざというときのために自分を守るために彼らを貶めるための準備も怠らない。

さて本書の特徴はそれほど詳しく語られることのなかったフィンランドの社会事情や慣習が描かれていることだ。

例えばフィンランドでは医療費が基本的に無料であるのは有名だが、それが例えばカリが今回受ける脳腫瘍摘出手術のような難易度の高い手術であっても無料であると知らされると流石に驚かされる。ただ民間保険に入っていないと入院費を払わされるようだ。

そして本書ではやたらと酒を飲むシーン、そして大酒飲みが登場するが、やはりフィンランドの死因の1位はアルコールとのこと。それなのにヴァップ、つまりメーデーでは朝から晩まで酒を飲んで楽しむ。

そして何よりも本書で色濃く語られるのはフィンランド社会に根強く残る人種差別主義だ。人種差別主義者たちはフィンランドが事あるごとに移民を受け入れたことに腹を立てている。ソマリアからの黒人移民たちのために自分たちの税金が使われていることに憤り、バスの運転手が黒人なら大きな声で罵倒する。しかもそれに年端もいかない子供たちが同調する。
1作目から黒人差別についても書かれていたが、本書はその内容がもっと頻繁に出てくる。事実かどうかは判らないが、人種差別雑誌まで刊行されていたようだ。しかもそれを楽しんでいた人たちが大勢いる。

さて上述したように本書では前作にもまして血と暴力に満ちている。その最たるものが物語のクライマックスだ。

カリは脳腫瘍摘出手術にてケイトと愛娘に対する愛情を失ってしまうが、それを表に出さずに仮面を被って良き夫を演じる。

ケイトはカリを信じてついていくが、次第にエスカレートしていく彼の犯罪まがいの捜査と彼の部下たちが持ち込む物騒な武器や設備、そして不正な窃盗で得たマフィアの軍資金を元手に購入した身分不相応の高級品の数々に精神の均衡を失い、乳幼児を持つ母親であるにもかかわらず毎晩お酒を飲むようになる。

本書はいわば壊れていく物語だった。ヘルシンキという新天地で手柄を立て、さらに待ち望んだ子供を手に入れ、全てが順調と思われた夫婦が夫の異動で壊れていく。

また夫は非合法の任務を任されることで次第に善悪の境が曖昧になり、家庭に武器や最新の捜査設備が持ち込まれ、しかも汚い金がどんどん増え、高級品がどんどん買いこまれて、彼の正義に対する信条が壊れていく。

このシリーズはそれぞれの巻がカリ・ヴァーラとケイトの人生の道行きを描いているようだ。
つまり第1作が起とすれば第2作は承。そして盤石だと思われた2人の愛に転機が訪れる本書は転に当たるだろう。

偶然にして作者の早逝で本書は4作で訳出が途絶えている。つまりこのまま行けば次の4作目がカリとケイトの物語の結に当たることになる。

2人の愛の行方は一体どうなるのか。
危ういながらも献身的にカリについてきたケイトと不器用ながらもケイトを愛してきたカリの夫婦の仲睦まじい風景がこの暗鬱なフィンランドの現状を舞台にした物語のオアシスであるだけに、全てが丸く収まる結末であることを期待したい。

▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ハードボイルドか、ノワールか、警察小説か?

フィンランド発の人気ミステリー「カリ・ヴァーラ警部」シリーズの第3弾。前2作とは全く異なるテイストが衝撃的な、シリーズの分岐点となりそうな作品である。
国家警察長官からの秘密指令を受けて非合法活動も辞さない特殊部隊を設立・指揮するようになったカリは、国内の麻薬組織を襲撃して金も麻薬も奪い取るという、荒っぽい活動に携わっていた。そんなある日、移民擁護派の政治家が殺害され、その頭部が移民支援組織に送りつけられるという事件が発生、それに対する報復と見られる事件が続発し、フィンランド国内は人種差別を巡る緊張状態に陥っていた。事態を憂慮した内務大臣は、警察のエースであるカリに捜査を命じた。IQ170の天才でITと武器おたくのミロ、超人的な肉体派のスロという2人の部下とともにカリは、ネオナチを始めとする移民排斥組織に力勝負を挑んで行く・・・。
本作は、これまでのシリーズとは全く異なっていることに驚かされる。まず、主人公のカリは脳腫瘍の手術の後遺症で感情を失ってしまい、妻やまだ赤ん坊の娘にさえ「義務的な」愛情を見せることしか出来なくなっている。さらに、非合法活動に従事することで「正義感」が独善的になり、犯罪者は容赦なく征伐するという警察官というより冷血な悪のヒーローのような行動を見せる。
殺人事件の謎を解くという基本線は押さえているので、警察ミステリーのジャンルに治まることは治まっているのだが、全編に暴力の匂いが色濃く、北欧警察小説というよりアメリカン・ノワールという印象だ。
これからシリーズは、どう展開して行くのか。興味が尽きないところだが、2014年8月に著者が急逝したため、残されているのはあと1作品だというのは、実に残念だ。

iisan
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