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ガラスの村



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ガラスの村の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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(7pt)

当時のアメリカの世相を色濃く反映した作品

エラリイ・クイーンといえば、名探偵エラリイ・クイーンにドルリー・レーンのシリーズが思い浮かび、それ以外の作品はないかと思っていたが、本作は数少ない彼のノンシリーズ作品。<シンの辻>と呼ばれるニュー・イングランドの過疎化が進む村で起きた事件を扱った作品だ。

ここで起きるのはこの寒村でアメリカの財産とも云われるほどの画家となった村の誇りとも云える老婦人ファニー・アダムスが何者かによって殺されるという事件。そして折りしもポーランドからアメリカに避難してきたジョゼフ・コワルチックなる男がその近くを通っていたことから、村人たちは彼を犯人とみなし、即私刑を下そうといきり立つ。
これほどまでに村が一致団結して異邦人を断罪しようとするのは、その昔、イタリアからの移民で流れてきたジョー・ゴンゾリが村の指導者ヒューブ・ヒーマスの弟レイバンの想い人を寝取ったことでいきり立ったレイバンがジョーを殺そうとし、返り討ちにあって死んでしまうという事件があったからだ。しかし裁判はジョーの行為を正当防衛とみなし、無罪放免となったという忌まわしい事件があった。それ故に今回の事件こそ司法の手に委ねず、自分達の法に則って始末したいという思いが強かった。

人口たった36人の閉鎖されたコミュニティで起きる殺人事件はいわば村の誰もが家族のような者だから、近所同士の結びつきが強い。つまり村民一人一人が家族のようなものだ。
そんな中で起きた殺人事件。しかも殺されたのはおらが村の有名人で古株で誰もが慕う老婦人だから、村人達は狂気にも似た思いで容疑者を断罪せんと裁判に臨む。

一方容疑者コワルチックを守ろうとするのは<シンの辻>の由来となったシン一族のルイス・シン判事と彼の従弟ジョニー・シンの2人。特に戦争から帰還し、軍隊を去った判事の従弟ジョニーは原子爆弾の落とされた広島の惨状を目にし、人生の意味を見出せぬまま、無職の日々をすごし、判事に付き添う。戦争から帰っても普通の生活になかなか戻れなく、放蕩生活を続けるしかない彼の心情は戦争の暗い翳を感じる。

生きる意味を見出せないジョニーと一人の死に固執し、敵討ちに意気込む閉鎖されたコミュニティの連中。この対比がジョニーにある決意を生む。

この閉鎖された社会での事件というテーマを考えるとどうしてもライツヴィルシリーズが思い浮かんでならない。特にスキャンダラスな事件が起きることで村中の人間が一人の人間に怒りの眼差しを向ける展開は、『災厄の町』を思い起こさせる。本作はライツヴィルシリーズで遣り残したことにチャレンジした一冊とも取れる。

クイーン作品にしては珍しくほとんどが法廷シーンで繰り広げられる。しかし内容は村人が総出で参加する私的裁判であるから、実は無効裁判なのだ。
そんな茶番劇であっても判事や弁護士、検察は手を緩めず、真実を追及していく。村人はいつでも容疑者を有罪にして死刑にせんと息巻いている。

法廷シーンばかりであっても、きちんとロジックで容疑者の無実を判明するところがさすがはクイーンである。

特に超写実主義といえる被害者ファニー・アダムスの絵を巡って推理が繰り広げられ、真実が明るみに出るあたりはもう見事の一言だ。実に上手い小道具だ。

従ってなぜ本書にクイーンが出てこないのかが不思議だ。ジョニーの役はクイーンに置き換えても違和感はなかっただろう。なぜこの作品の主人公がエラリイ・クイーンでなく、元軍人のジョニーなのか。
それは作中でも書かれている戦争による大量虐殺の悲劇とそれがもたらすミステリの存在価値を今一度問うために、戦争を経験した者に敢えて一人の個人の死の真相を探らせることが必要だったではないかと個人的に思う。

ここで思い起こさせられるのはやはり笠井潔氏の『大量死と密室』論だ。以前戦争による無名の人間が大量に殺されることの無意味さ、虚しさについてクイーンは『帝王死す』でも明確にメッセージを打ち出していた。
やはりクイーンはあの作品だけでは足らず、戦争経験者を主人公にすることでさらに深く描こうとしたのではないか。広島の原爆の惨状までもが言及されるのには驚いた。

しかしかつて警察捜査のノウハウすら知らないことが作中でも散見されたクイーンだが、本書では証拠品の保護や現場保存について田舎警官を強く追及するシーンを読んだ時は、第1作目の国名シリーズを読んだときと隔世の感を覚えた。
あれだけ無頓着に現場に立ち入り、指紋付着に配慮せず、勝手に遺留品に触り、時には持ち帰って警察に内緒にするという、およそ警官の捜査を扱った作品とは考えられないほどの非現実さを感じたものだが、本書ではそういう行為をきちんと罰しているところが凄い。やはりハリウッドや探偵クラブなどの交流で警察捜査の知識を蓄えていったのではないだろうか。

閉鎖された空間での魔女裁判を描いた本書。題名が示すとおり、一枚岩と思えた村人たちの団結は実はガラスのように脆いものだった。
地味な作品だが、本書に込められたテーマは案外重い。作者クイーンの犯罪とそれに関与する人間たちの謎への探究は今後も続いていく。


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Tetchy
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