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(短編集)

クイーン検察局



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【この小説が収録されている参考書籍】
クイーン検察局 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 2-11))

クイーン検察局の評価: 4.00/10点 レビュー 1件。 Dランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.00pt

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No.1:
(4pt)
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次第に脱線していく検察局

僅か270ページの分量に18もの作品が収録されたクイーンのショートショートミステリ集。しかもそれぞれ犯罪別の課に割り当てられた事件だという懲りようだ。

まずは恐喝課の事件「金は語る」。
イギリスから移住してきたミス・アルフレードというのが推理の鍵だが、イギリス英語とアメリカ英語の違いは日本人には解らないだろう。英語母国圏の人に通ずるミステリではある。

次は偽装課の事件「代理人の問題」は世紀の対決と云われるボクシングのタイトルマッチを控えた1時間半前に挑戦者が誘拐されるという事件が起きる。
身代金引渡しの代理人として指名されたエラリイは何とか犯人を捕まえようと明晰な頭脳を働かせる。これは少し注意をして読めばわかったであろう真相だ。
ネタ的には「金は語る」同様、物に関する呼び方の違いが事件解決の手掛かりになっている。

不可能犯罪課の事件「三人の寡婦」は遺産相続を待つ姉妹の障害となる義理の母親が毒殺されるのだが、その毒がいかに盛られたかを探る問題。
これは一見あざといと思われるが、よくよく考えると作者は細かいところまで仕掛けを施している。

こんな課があるのか寡聞にして知らないが珍書課が手がけた事件「変わり者の学部長」はシェイクスピア研究の権威であるニューヨークのとある大学の教授ホープ博士が見舞われたある災難のお話。
これは個人的ベスト。謎は比較的易しく、正直一瞬にして犯人は解った。
しかし何よりもホープ博士が無意識に発するスプーナリズムという2語以上の単語の最初の音を互いに入れ違って発音する癖が非常に面白い。この癖で通常の言葉がかなり変わった内容になってしまうというのだ。もちろん真相もそれを見事に手掛かりにした物で、さらに題名の原題さえもその言葉遊びに徹しているクイーンの遊び心が憎めない。泡坂妻夫氏が書きそうな一編だ。

ミステリと云えば必ず登場するのが殺人課。彼らの事件「運転席」は鉱山会社の共同経営者である3兄妹が亡き長男の妻に株を買い占められ、退任せざるを得なくなった状況下で起きた未亡人殺人事件の犯人を探るもの。
本書では明記はされていないものの、解決場面の前に一行、間が開けられており、これが暗に問題編と解決編の分水嶺になっていることを示しているのだが、本書においてはそれが機能していない。

公園巡視課という実在するか判らない部課の事件が「角砂糖」だ。

日本のドラマに出てきそうな未解決事件課の事件「匿された金」は強盗が仲間から騙し取ったお金を巡る事件を扱っている。
チェスタトンのある有名な短編を想起させる真相だが、あまりに唐突過ぎる。たった10ページで語らずにもっと分量を割いてほしいところだ。

ここまで来ると何でもあり感が漂う横領課の事件を扱ったのが「九官鳥」。
クイーンでは初ではないかと思われる倒叙物のテイストを含んだ作品。しかし推理の材料が犯行直前に行われたトランプによるくじ引きで誰が指名されたかで糾弾されるのはなんとも非現実的。もっと調べることがあるだろう!と思わされる作品だ。

これは絶対ないだろう、自殺課は。そんな課が扱った事件が「名誉の問題」。
過去の手紙が事件の引き金となる。これは正に『災厄の町』の原型、もしくは同じ主題を扱ったアレンジ作品だ。しかしやはりショートショートゆえに醜聞となりうる手紙の内容そのものには触れず、バークの犯人探しに終始する。バークが遺した文章が手掛かりとなり、犯人が特定されるが、冒頭の1篇「金は語る」同様、アメリカ英語と英国英語の違いが推理の鍵となるのは二番煎じの感が否めない。こちらの方が解りやすいのはあるが。

エラリイが久々にライツヴィルに還って活躍するのが「ライツヴィルの盗賊」。担当は強奪課だ。
本書中、最長の作品(とはいっても30ページ強だが)。やはりクイーンはライツヴィルが舞台となると熱くなるのだろうか。あとやたらと登場人物が頻出し、途中で訳が判らなくなってしまった。

詐取課の事件は「あなたのお金を倍に」という詐欺の事件。
詐欺師の事件を扱いながらも密室消失事件が謎というのはいかにもクイーンらしい。そしてこのトリックはシンプルがゆえに効果的だ。また詐欺の手口もシンプルなゆえに21世紀の今でも行われていると言う意味では今日的ではある。

ここまで来るともう驚かなくなってくる。埋宝課の事件「守銭奴の黄金」はポーの「盗まれた手紙」へのオマージュだ。
壁一面、もしくは床一面に貼りめぐらすという至極単純な解答を予想していたが、作中でも云われているようにこれはポーの「盗まれた手紙」へのオマージュ。つまりいつも目のつくところほど気付きにくいという盲点を利用したトリック。

もはやハリー・ポッターの領域である、続く魔術課の事件は「七月の雪つぶて」。
列車消失という大ネタを用意しながらいささか内容が弱い1作。最後の台詞も効果的だとは思えない。

すごく限定された犯罪の課、儀相続人課の事件「タイムズ・スクウェアの魔女」はタイムズ・スクウェアの魔女と称される女性が疎遠になった唯一の血族である彼女の甥に遺産を相続しようとした途端、甥だと名乗る2人の男性が現れるという話。
唯一“読者への挑戦状”が挿入された1編だが、その謎解きはフェアとは云い難い。

不正企業家の事件「賭博クラブ」もまた詐欺事件がテーマだ。
これも事件の真相よりも詐欺の手口の方が面白い。正直犯人が誰なのかはどうでもよくなってしまった。

ここまで来ると噴飯物の課、死に際の伝言課の事件は「GI物語」。老人が残したダイイングメッセージ、“GI”の意味を解き明かす。
GI=軍隊上がりというのはあまりに陳腐だからさすがにそれを作者はしない。クイーンはダイイングメッセージ物を数多く著しているが、本書もそのヴァリエーションの1つ。

最後から2番目にして久々に実在する課が現れた。麻薬課の事件「黒い台帳」は有力な麻薬売人を記した黒い台帳の移送を頼まれたエラリイが拉致され、丸裸にされたにもかかわらず、件の台帳が見つからなかった謎が挙げられている。

最後、誘拐課の事件「消えた子供」は利発でありながら家庭環境に恵まれない子ビリー・ハーパーの誘拐事件を扱ったもの。
これは誘拐事件の新聞記事を見て覚えていた書面をそのまま書いたというエラリイのロジックの妙に感心した。しかもたった7歳の子が犯罪を犯すというのは彼自身のある傑作を想起させる。


本書はクイーンによるミステリ小ネタ集と云っていいだろう。恐らく長編に成りえなかった事件のトリックを上手く料理して、正味10ページぐらいのミニミステリにしている。確かにそれぞれの事件は小ネタ感は拭えないものの、アイデア一つでは長編になりうるネタも揃っている。

本書における個人的ベスト作品は「変わり者の学部長」だ。とにかく物語の設定にも使われていた単語の一番上の子音と母音を入れ替えて話をするスプーナリズムという症状が非常に面白く、ためになった。

またミステリ界の巨匠とも云える有名な作品へのオマージュがそこここに見られるのも特徴的か。
「匿された金」はG・K・チェスタトンの「見えない男」の影響を感じるし、「守銭奴の黄金」はポーの盗まれた手紙の主題そのままだ。他にもどちらが卵で鶏か知らないか、クイーン自身の作品をモチーフに扱ったものもあった。例えば「名誉の問題」は「災厄の町」、「消えた子供」は「Yの悲劇」といったように。

ただ『犯罪カレンダー』でも感じたことだが、収録された作品のアイデアに非常に似通った物が複数あり、どうも一つのアイデアをヴァリエーションを変えて使用しているように感じた。やはりクイーンは意外と手札が少ないのではと思ってしまう。本書でもその傾向があったのは否めない。

そして今回は日本人にはいささかピンと来ない、解りにくい真相が多かった。
特に英国と米国の文化の違い、言葉の違いが推理のきっかけになっているものが散見され、せっかくの真相がやや腰砕け気味になったのは残念な思いがした。

あとページ数が少ないがゆえに1編あたりの情報量が多かったのも気になった。おかげで6割ぐらいの話がよく読み取れなかった。

恐らくはクイーンは『ミニ・ミステリ傑作選』というアンソロジーを出していることからも、彼自身がこの手のショートショートミステリに興味を持ち、且つ自身でも創作してみようと思ったことが本書の基となったのではないかと推察できる。

ただやはり今の日本本格ミステリは長編、短編共にクオリティが高い為、完成度という点ではやはり劣ってしまう。私の場合はもう免疫が出来ているせいもあって、こんなものだろうと済んでしまうのだが。なかなか人には勧めようと思わない1冊であることが残念だ。

ただ多少、いやかなり強引かと思われる警察の担当課をあてがって検察局の犯罪記録として編んだ構成はやはりただの短編集では面白くないという作者の稚気が見えて、やはりこの作家は晩年になってもとことんミステリが好きだったのだなと思うと、憎めないわけではあるのだが。
しかし挙げられた課の名称は大仰で脱線気味の感が強かった。逆にそれが制約となって注目すべき謎よりも、その周辺の瑣末なことが推理の対象になってしまったのではないかという勘繰りもしてしまう。
やはりたった約270ページで18編は多かった。もっと精選した短編集を次回は望みたい。


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