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倒錯の舞踏



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倒錯の舞踏の評価: 9.00/10点 レビュー 4件。 Aランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点9.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全3件 1~3 1/1ページ
No.3:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(10pt)

倒錯の舞踏の感想

ハードボイルドもの。一気に読んでしまうくらいにめちゃくちゃ面白い。事件そのものは言うまでもなく、ウィットに富んだ会話もめっちゃいい。

すえさだ
ZKC29U3R
No.2:2人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

スカダーシリーズでも、トップクラスなのでは?

最後まで目が離せない?
一気に読んでしまいました。
スカダーシリーズは、大体が面白いのですが(私が読んだ範囲では)この小説はその中でも一級ものでした。
こういうミステリーって、大好きです!

ただ、タイトルがちょっといただけない。
もう少しひねってほしかったです。
それにしても、マットの会話力?見習いたいものです、素晴らしい!

ももか
3UKDKR1P
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(10pt)

悪を裁くための悪は果たして悪なのか

前作『墓場への切符』に続く『倒錯三部作』の第2作。
前作ではマットとエレインがかつて刑務所に送り込んでいた殺人鬼との決闘を描いたが、本書ではスナッフ・フィルム、即ち殺人の一部始終を映したポルノフィルムが扱われている。その内容も過激で思わず怖気を震ってしまった。

それまでしっとりと町の片隅で生きる人々に起こった警察にとっても捜査する価値のない社会の落伍者たちの死や人捜しを描いてきたシリーズが一転して殺人鬼と対決したり、殺人を映したフィルムとディープな世界に入ったりと動のシリーズに変わったのがこの『倒錯三部作』と云われる所以だ。

事件は2つ。
1つは妻を強盗によって殺されたリチャード・サーマンが計画的に妻を殺害したとしてその妻の兄から事件の真相を突き止めることを依頼される。

もう1つはAAの集会のメンバー、ウィル・ハーバマンから渡されたビデオテープに収録されていたスナッフ・フィルムの犯人を、そのリチャード・サーマンが主催したボクシングの試合で見かけたことから探し求める。

そしてこの2つの事件は繋がる。それもとてもおぞましい内容を伴って。

とにかくこのスナッフ・フィルムの犯人バーゲン・ステットナーとその妻オルガの造形が凄まじい。世の中にこれほどまで人格が捻じ曲がった夫婦がいるのかと思えるほど、理解し難い人物だ。

自分の欲望と快楽の追究のため、少年や娘をさらっては強姦して殺害し、普通の夫婦をスワッピングし、倒錯した性の世界へ誘い、それまでの価値観を、常識を失くさせていく。彼ら2人の取り込まれた者は背徳の世界にのめり込み、禁忌の興奮を得、エクスタシーを求め狂うようになるのだ。
こんな世界をブロックはマット・スカダーの叙情的で淡々とした筆致で描いてなお、読者の心の奥底に冷たい恐怖を植え付けていくのだから畏れ入る。

そしてとにもかくにもマット・スカダーの世界は実に円熟味が増してきている。『聖なる酒場の挽歌』で登場した殺し屋ミック・バルーはもはやマットの相棒であり、なくてはならない存在だ。
そして『八百万の死にざま』で登場したコールガールの元締めチャンスも本書で再登場し、ますます広がりを見せている。それは恰も我々読者がマット・スカダーであり、彼の世界の広がりを自身のそれと重ねあわせているかのように錯覚してしまうほど、鮮やかだ。

それを象徴するのが物語の中盤、13章のミックとマットとの会話だ。延々33ページに亘って繰り広げられる一夜の語り合いは実は物語には全く関係がないことばかりが2人の間で取り交わされる。
しかしこれはこの物語にとって必要であった語らいなのだ。
殺し屋と元警官という奇妙な関係がその親交をさらに深め合うために、そしてこのシリーズが更なる深みと奥行きを増していく。2人がそれまでの人生に経験した数々のエピソードは即ち2人それぞれの流儀を我々読者の心にじんわりと浸透させていく。
この章を読み終わった瞬間、我々の心にはミック・バルーという男とマット・スカダーという男が実存性をもって住み着いていることに気付かされる。
もはやこのシリーズを読むことは読者にとって行きつけの酒場に行くような、いつまで経っても変わらずにそこにあり続ける物語であり、人たちとなったのだ。そしてこの実に芳醇な会話が物語の終盤にマットの取る行動原理に密接に結びついてくるのだから驚かされる。

バーゲン・ステットナーという快楽殺人者を目の前にしながらも、警察が司法の手に委ねることのできないことを知ってとうとうマットは一線を超える。彼は法で裁かれない悪人を自らの手で裁くため、ミック・バルーと組み、この倒錯者と対峙する。

しかしなんとも息苦しい世の中になったものである。罪なき者を冤罪から守るために作られた法律が罪深き者を裁きから守るために壁となって立ちはだかる。

人々が安心して暮らしていけるように整備された法がいつしかそれぞれの正しいことを成すために障壁となっている、この社会の矛盾。
この認めざるを得ない暗鬱な現実が己の正義を貫こうとするマットに一線を超えさせた。法が悪を裁かないなら、逆に法を上手く逃れている者たちと組んで自分の法の執行者になろう、と。
この決断をマットは酒に溺れることなく、素面で下したところに驚愕がある。

ここで今までのシリーズを振り返ってみると、『聖なる酒場の挽歌』までのマットは依頼者の災いの種を頼まれるがままに探り、問題を解決してきた。時には己の正義に従って鉄槌を下すこともあったが、それはあくまで彼が関わってきた他者のためだ。またそれらは依頼者の過去に向き合い、忘れ去られようとしている事実を掘り起こして白日の下に曝す行為であった。それはまた物語に謎解きの妙味を与え、意外な犯人、意外な真相と云ったミステリ趣向も加味されていた。

そして前作『墓場への切符』では一転して彼の過去の亡霊が現代に甦って自身とエレインに立ち塞がり、それを打破するために立ち向かう物語だった。
つまり彼自身の事件であり、彼を取り巻く世界に現れた脅威との戦いの物語だった。従ってそれまでとは違い、敵は明確であり、物語はどのようにマットが決着を着けるのかが焦点となった。

そして本書はそれまでのシリーズの持ち味を合わせた内容となっている。過去に見たスナッフ・フィルムが今マットが依頼された事件と交錯し、意外な像を描く。そして彼の眼の前に明確な敵が現れ、マットはそれと対峙していく。

しかしこの敵はマット個人とはなんら関係がない。むしろ関わりを持たずに暮らすことも全く可能だった。しかしマットはたまたまAAの集会のメンバーから渡されたビデオテープで見てはならない社会の醜悪な病理を知ってしまい、その根源と出遭ってしまったことで、無視できなくなってしまった。そう、本書でマットが向き合った相手は複雑化する社会が生み出したサイコパスだったのだ。
この社会の敵に対してマットは最後、次のように吐露する。

世界を善人と悪人に分けたら、彼は悪人の部類にはいるだろう。しかし、そもそも世界を善と悪とに分けることが出来るかどうか―私も昔はできたよ。でも今はそれが昔よりずっと難しくなった

もはや法でさえ裁くことのできなくなった一見善人と見えるシリアル・キラーを目に前にしてマットはミック・バルーと云う悪人の手を借りる。もはや彼個人では解決できなく悪に対し、もう1つの悪を以て制裁を下すことにしたのだ。

自分の正義に従ってきたマットが本書で行き着いたのは社会で裁かれない悪を悪で以て征することだった。そしてマットは決して傍観者に留まらず、自らもその渦中に飛び込み、そして自身も手を血に染める。それは自身の正義の為に友人のミックだけを血に塗れさせないために彼が選んだ行為だった。

このようにマット・スカダーシリーズは作を追うごとに新たなる試みと進化と深化を遂げていく。
『八百万の死にざま』でアル中探偵マットが酒を止めるという大きな変化に到達し、その後マットの古き良き時代の物語『聖なる酒場の挽歌』を経て、シリアル・キラーとの対決と云う新たなる進化を遂げた『墓場への切符』をさらに本書で越えてみせたブロック。
1作ごとに新たなる高みに向かうこのシリーズが次にどこに向かうのか、その答えが本書の最後の1行にある。これこそ作者自身にも解らないほどの物語を紡いでしまった感慨の表れだろう。
しかし幸いなことに我々はこの後もなおシリーズが進化していくのを知っている。私はローレンス・ブロックと云う作家の凄みを目の当たりにして歓喜に震える自分を感じている。
さて三部作の最終作『獣たちの墓』でどんな物語を見せてくれるのだろうか。とても愉しみでたまらない。


▼以下、ネタバレ感想

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