殺しのリスト
登録されているタグ
※タグの編集はログイン後行えます
※以下のグループに登録されています。
7.00pt
7.00pt
Amazon平均点
3.83pt
みんなの オススメpt 自由に投票してください!!
0pt
サイト内ランク[?]
C
↑現実的
20.00pt
5.00pt
←非ミステリ
39.00pt
ミステリ→
10.00pt
↓幻想的
初版刊行(参考)
種別
長編
閲覧回数
2,287回
お気に入りにされた回数
0回
読書済み登録回数
1回
- このページのURL
あらすじ
外部リンク
※特設サイト・著者サイトなど
評判
殺しのリストの評価:
7.00/10点 レビュー 1件。 C ランク
殺しのリストの総合評価:
7.57/10点 レビュー 7件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1〜1 1/1ページ
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| ||||
|
Amazonレビュー
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
その他、Amazon書評・レビューが 6件あります。
Amazon書評・レビューを見る
殺し屋ケラーシリーズ2冊目の本書は長編だが、構成は連作短編のように複数の殺しの依頼について語られる。
まずはケンタッキー州の街でごく普通の家庭を持つ男の暗殺だったが、そこでケラーは泊まったモーテルの部屋を替わった後、替わる前の部屋の宿泊客が何者かによって殺害される事件に遭遇する。
次は彼の地元ニューヨークでの依頼で画家の殺害を頼まれるが、ケラーは画家の作品に惚れこみ、また彼の身辺を洗っても恨みを買う節がないため、依頼人が画家が手を切りたがっていることを知って、画家自身を殺して作品の値を吊上げさせようと企む画廊だと悟り、逆にそちらを殺害する。
オハイオでの依頼はビーチで見つけたターゲットをそのまま溺死させ、日帰りで戻ってくる。
次のボストンの依頼では浮気相手と情事を愉しもうとするターゲットを相手の女性とも殺害し、その後、カフェで昼食を採っている最中にコートと傘を盗まれてしまう。ケチがついた形で気を悪くしながらもニューヨークに戻ったケラーは新聞でターゲットの死ともう1人のコソ泥の死の記事に遭遇する。その男こそケラーの着ていたコートと傘を盗んだ男だったと確信する。
つまりこれら一連のケラーの仕事がケラーを狙う男がいることを裏付ける要素を含んでいるという構成になっているのだ。
そしてケラーとドットは一連の仕事の裏側に潜むある企みについて議論を巡らし、ある結論に達する。それは商売敵である殺し屋を殺して廻っている殺し屋殺しがいるのではないかという可能性だ。つまりライヴァルを消すことで自分の依頼を増やそうとしているのではないか、と。
そしてその謎の殺し屋はロジャーという男であることまで突き止める。
しかし物語が面白いのはここからだ。
その後もケラーはシカゴ、ニューメキシコ州のアルバカーキ、オレンジ郡、セントルイスと依頼を受けては行くのだが、実に奇妙な顛末を迎える。
前半はケラーを狙う殺し屋の話が1つの軸として盛り込まれていながらも、謎の殺し屋の正体がロジャーだと判明した後はまたもや連作短編のような構成に戻る。
そしてそこで語られるサイドストーリーの面白い事。
特にケラーが陪審員に選ばれて裁判に参加するエピソードは屈指の面白さを誇る。
警官が盗品のビデオデッキを買ったが、それは確信的な行為だったのかと警官の有罪か無罪かを巡る裁判では次から次へ事件の関係者が現れ、実に複雑な様相を成し、当然のことながらケラーを含む陪審員の議論は右往左往する。
正直読んでいて何が何だか分からなくなるのだが、この訳の分からなさと色んな人種の混ざった陪審員の面々が織りなすドタバタディベート劇が実に面白い。まさに“裁判は踊る”とも云わんばかりだ。
この殺し屋を主人公としながら物語の雰囲気は飄々としており殺伐したものがない。そして殺し屋が主人公であれば当然付き纏う銃器や武器の詳しい説明なども一切ない。
リアリティと云う面では全くそれが欠落していると思われるが、よくよく考えると今の殺し屋とは実は我々の生活に巧みに溶け込んで銃火器などを派手にぶっ放すことはないのではないだろうか?
つまりこれほど静かに殺しが成されること自体が実はリアリティがあるのかもしれない。
そう考えるとやはり最も特異なのはケラーが依頼される殺しの理由が不明なことだ。
ケラーのターゲットの中には殺される理由が解らない善人が少なからずいる。しかし依頼はあり、それは遂行される。確かに来るべき大きな裁判を控えた重要な証人と云う、まさに狙われるべき理由があるもいるが、実業家や単なるサラリーマンもいる。いや後者が大半だ。そしてそれはいわゆる市井の人間でも殺しのターゲットになることを示している。
ウィットとユーモアに物語を包みながらも、その裏側にあるのはどんな理由であれ、人を殺したいと思っている現代人の荒廃した心であることに気付くべきだろう。
まさにローレンス・ブロックにしか書けない作品。
それが故に最後のロジャーとの決着のつけ方が意外性に凝ったがために爽快感にかけることになったのは残念である。やはり殺し屋物は純粋にアクション物を期待してしまうのか。
私がケラー物のテイストに馴染むのにはまだ時間が足りなかったようだ。
▼以下、ネタバレ感想