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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1359件
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イギリスの新鋭女性作家の本邦デビュー作。音楽、カルチャー系の雑誌のライター、編集者出身で、イギリスのポップミュージック、特にパンクやゴスを背景に置いた作品を発表しているとのことで、本作も1980年代前半を舞台にしたノワール小説である。
1984年、イギリスの海辺の小さな観光地で16歳の少女コリーンが同級生殺人の犯人として逮捕され、治療のため精神科の施設に収容された。20年後の2003年、新たなDNA検査によって、殺害現場に第三者がいたことが判明。再審をめざす弁護士の依頼によって私立探偵が再調査のために町を訪れ、関係者に話を聞いて回り始めた。すると、終わったはずの事件が蘇り、隠されていた真実が暴き出されることになった。 ストーリーは、事件当時の少年少女たちの友情や葛藤のドラマと、現在の謎の第三者探しおよび犯行動機の解明プロセスを行き来して展開される。つまり、20年前の部分は青春ノワールであり、現在の部分は私立探偵ものであるという二重構造で、しかもどちらでも犯人は分かっているのに被害者が不明という、このジリジリさせる構成が実にうまいサスペンス効果を上げている。さらに、事件関係者の20年前と現在とのつながりが、見事なクライマックスを演出するところも印象的である。 ノワールよりミステリーに比重が置かれているので暗過ぎるということは無く、多くのミステリーファンにオススメできる作品である。 |
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1983年の「ベルリン・ゲーム」から始まった超大河スパイ・ミステリーの完結編。全7冊(「ヴィンター家の兄弟」を含む)、日本語訳400字詰めで約8100枚という「史上最長のスパイ小説」のさまざまな謎が解き明かされている。
本書は、主人公バーナード・サムソンの一人称で語られてきた「ゲーム」「セット」「マッチ」「フック」「ライン」の5作品とは異なり、第三者視点から壮大なスパイ・ストーリーの全貌を明かしているのが最大の特徴。前5作品で展開された作戦の裏側、誰が何を目的に、どう仕掛けていったのか、その過程でどんなドラマが生まれたのかを教えてくれる。 従って、前5作を読んでいないと面白さは半減してしまうが、逆に言うと、前5作を読んでさまざまな疑問を抱えてきた読者は明快な答えが得られて、すっきりするだろう。 |
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ダシール・ハメットの遺作でありながら未完成のため単行本未収録だった「チューリップ」を始めとする、11篇の中短編作品が収められている。
作品の出来にはばらつきがあり、さほど評価できないものもあるが、各作品の解説、作品リストを含めて資料価値は高い。 |
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フランスで人気の新進作家の実力のほどが伺える、傑作ミステリーである。
1980年のクリスマス直前、トルコからパリに向かっていた飛行機が墜落し、墜落の衝撃と火災によって乗客乗員全員が死亡した、ただひとり、生後三ヶ月の女の赤ちゃんを除いて・・・。赤ちゃんは「奇跡の子」としてフランス中の注目を集めたのだが、実は同機には髪の毛の色も瞳の色も同じで誕生日もほとんど一緒の二人の女の子が乗っており、どちらも両親は死亡しているため、それぞれの祖父母が「自分たちの孫である」と主張して、裁判沙汰になった。片やパリに住む富豪の一族、片や田舎町の貧しい一家で、最終的には貧しい一家の孫娘エミリーと認定された。諦めきれない富豪一族は私立探偵を雇い、自分たちの孫娘リズ=ローズである証拠を探させようとする。 そして18年後の1998年、雇用契約が終わりを迎える前日に、私立探偵は18年間の謎を解明できそうな、ある驚愕の事実を発見した。 最初から最後まで「奇跡の子はだれなのか?」というテーマで展開される物語なのだが、多種多様な仕掛けで文庫で650ページという長さを感じさせないところは、お見事。現在であればDNA鑑定で決着がつき、何のドラマもなさそうな出来事だと思ってしまうが、物語の後半ではちゃんとDNA鑑定が登場し、さらにドラマを盛り上げる。そして、謎を解くのが、18年間、誰でも見ることが出来た、事故を報じる新聞の一面だったという「仕掛け」の上手さに脱帽。 スリルやサスペンス、アクション、ホラーではなく、ただただ面白いミステリーを読みたいという読者にオススメだ。 |
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中村文則の6冊目の作品。刑務官が主人公だが、ミステリーではない。
刑務官である「僕」が担当している中に、18歳を過ぎたばかりで夫婦を殺害し死刑判決を受けた男「山井」がいた。控訴期限が迫っているにも関わらず何もしない山井は、何を考えているのか。何を隠そうとしているのか? 山井に接するうちに僕はいやおうなく、児童養護施設で育った自分や施設仲間で自殺した友人が抱えてきた混沌に直面させられることになった。自分とは何か、命とはなにか、生きて行くことの意味は何か・・・。 本作も、文庫版で200ページ弱の短い作品ながら軽く読み飛ばすことは出来ない、ずっしりと重い読後感を残す作品である。 |
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フィンランド発の人気ミステリー「カリ・ヴァーラ警部」シリーズの第3弾。前2作とは全く異なるテイストが衝撃的な、シリーズの分岐点となりそうな作品である。
国家警察長官からの秘密指令を受けて非合法活動も辞さない特殊部隊を設立・指揮するようになったカリは、国内の麻薬組織を襲撃して金も麻薬も奪い取るという、荒っぽい活動に携わっていた。そんなある日、移民擁護派の政治家が殺害され、その頭部が移民支援組織に送りつけられるという事件が発生、それに対する報復と見られる事件が続発し、フィンランド国内は人種差別を巡る緊張状態に陥っていた。事態を憂慮した内務大臣は、警察のエースであるカリに捜査を命じた。IQ170の天才でITと武器おたくのミロ、超人的な肉体派のスロという2人の部下とともにカリは、ネオナチを始めとする移民排斥組織に力勝負を挑んで行く・・・。 本作は、これまでのシリーズとは全く異なっていることに驚かされる。まず、主人公のカリは脳腫瘍の手術の後遺症で感情を失ってしまい、妻やまだ赤ん坊の娘にさえ「義務的な」愛情を見せることしか出来なくなっている。さらに、非合法活動に従事することで「正義感」が独善的になり、犯罪者は容赦なく征伐するという警察官というより冷血な悪のヒーローのような行動を見せる。 殺人事件の謎を解くという基本線は押さえているので、警察ミステリーのジャンルに治まることは治まっているのだが、全編に暴力の匂いが色濃く、北欧警察小説というよりアメリカン・ノワールという印象だ。 これからシリーズは、どう展開して行くのか。興味が尽きないところだが、2014年8月に著者が急逝したため、残されているのはあと1作品だというのは、実に残念だ。 |
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脳死を巡る家族と社会の物語。ミステリーではないが、どんどん引き込まれていく傑作エンターテイメントである。
離婚を前提に別居生活していた和昌、薫子夫婦は、娘、瑞穂がプールで溺れて緊急病院に運ばれ、意識不明のまま回復の見込みなしと診断され、臓器提供の意志を問われる。一晩話し合った二人は臓器提供を申し出るが、脳死判定のための最後のお別れの場面で、娘の手が動いたと感じたため、急遽、脳死判定を断った。莫大な費用と労力をかけてまったく意識のない娘を生かし続けることを選択した二人だったが、その選択は間違っていなかったかどうか、常に苦悩することになった。 「脳死」と「臓器移植」をテーマに、「人が死ぬとは、どういうことなのか」、医学的、生物学的、哲学的、人情的、法的、社会的な判断基準の多様性、曖昧さの間隙をついて、物語は思わぬ方向に展開され、クライマックスでは極めて重い問いかけを投げかけてくる。日頃何気なく新聞やテレビで目にする「脳死」、「臓器移植」について、もう一度、深く考える契機となる作品だ。 とは言え小説としてのレベルも高く、多くの読者にオススメしたい。 |
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幻冬者創立20周年記念の特別書き下ろし作品。200ページ弱と短めだが読み応えがあるミステリーである。
二人の女性を焼き殺したとして死刑判決を受けた写真家の男についての本を書くために、刑務所に面会に訪れたライターの「僕」は、被告の異様さに圧倒される。さらに、取材を進めるうちに、被告に大きな影響を与えた姉、謎めいた人形師など事件関係者たちが何かを隠しているような気がして、事件そのものに違和感を覚えるようになる。被告は本当に二人を殺したのか? 殺したのだとしたら動機は何なのか? ストーリーの途中で登場人物が入れ替わるような展開もあって、多少理解しづらい部分もあるのだが、最後まで読み切ると「なるほど」と腑に落ちる。被害者も加害者も人生を間違えてしまったことで引き起こされた事件だが、日常に潜む「狂気」は普通の人の中でもいつの間にか育てられているという恐さが伝わってくる。 中村文則作品の中ではミステリーとしての完成度が高く、多くのミステリーファンにオススメしたい。 |
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イギリスの冒険小説家として名声が高いボブ・ラングレーが1980年に発表したスパイ小説。英国スパイ小説ではあるが、ル・カレなどの正統派とは少し違い、冒険小説のテイストが濃い戦争小説である。
退官を間近に控えたCIAの老兵・タリーは、亡命を希望する東ドイツ諜報機関の大物から指名されて身柄引き受けのためにパリに赴いた。何故、現場から離れて久しい自分が指名されたのか疑問に思っていたタリーだったが、その大物から託されたという古いライターを見て、大戦末期に携わった極秘作戦の記憶が呼び覚まされた。それは、身分を隠してアメリカ軍の捕虜になったナチス・ドイツの情報将校の作戦意図を探るために、ドイツ兵に扮して米国内に設置された捕虜収容所に単身で潜り込むという、危険きわまりないものだった。 スパイ小説なので、騙しが一杯仕掛けられている上に、最後の最後にはあっと言わせる大仕掛けまで用意されており、騙される快感をたっぷり味わえる。さらに、アメリカ南部の湿地帯という自然を相手にした冒険にもハラハラドキドキ。最後までスリリングな展開が楽しめる。 英国正統派のスパイ小説ファンよりは、冒険アクション小説ファン向けではあるが、一級のエンターテイメント作品であることは間違いない。 |
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世界的ベストセラー「ミレニアム」が作者の急死によって三部作で途切れ、第4部の未完の構想が残されているという話はあったものの、様々な事情から刊行は無理だと思われていたのだが、勇気ある出版社と書き手によって続編が登場した。前三部作の人気、完成度の高さを考えると、作者が代わってどうなるのか、不安の方が大きかったのだが、なかなか完成度が高い新シリーズが誕生した。
雑誌「ミレニアム」は経営危機に陥ったことから、ノルウェーの大手メディア企業の支援を受け、編集方針にまで口を挟まれる事態を迎えていた。看板記者ミカエルも「時代遅れ」と揶揄されるようになっていたのだが、ある男から「世界的な大スクープになる」情報がもたらされる。超高度な人工知能開発の鍵を握っている大学教授バルデルに会えというのである。その話の中でミカエルは、ずっと音信不通だったリスベットが絡んでいることを知り、俄然、やる気を出すのだった。 というところでシリーズの主役が揃い、世界的な悪を相手に、緊張感あふれる戦いが繰り広げられていく。 想像していた以上に、これまでのテイストを崩さない、見事な続編である。主要人物だけでなく、周辺のキャラクターもよくできている。ただひとつだけ不満を述べるなら、悪のキャラクター造形がやや物足りないでもないが、それは欲張り過ぎだろう。 すでに第5部、第6部も刊行予定が発表されており、今後の展開が楽しみである。 |
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リンカーン弁護士シリーズの第4作。徹頭徹尾、裁判に焦点を絞りながら最後までハラハラドキドキが止まらない、傑作リーガル・サスペンスである。
不況の影響で(笑)刑事弁護案件が激減したことから民事、住宅差押え案件を取り扱うようになったミッキー・ハラーは、差押えの依頼人のひとりであるリサ・トランメルから殺人事件の弁護を頼まれた。リサは、彼女の家を差し押さえようとしていた銀行の担当重役を撲殺した疑いで逮捕されたのだが、徹底的に無実を主張し、無罪判決を求めていた。次々と彼女には不利な証拠が見つかるのだが、どれも状況証拠ばかりで、決定的なものではなかった。優秀なスタッフの助力を得ながら、リンカーン弁護士は驚くべき戦術で困難に挑戦する。 いつものことながら、アメリカの裁判のドラマチックな展開に驚かされる。弁護士も検察官も、裁判官さえも個性的で、徹底的に論理で争うところから生じるドラマが面白い。同じ証拠が、弁護側と検察側の主張によって正反対の意味を持つようになり、有罪か無罪かの印象が刻々と変化して行くところは、まさにリーガル・サスペンスの真骨頂といえる。 シリーズ物としては、事務所を構えたり、無罪判決を勝ち取る以外に社会的正義を考えたりといった、ハラーが見せはじめた従来とは異なる側面が次回作以降、どう展開していくのか楽しみである。 絶対に退屈させないリーガル・サスペンスとして、多くの方にオススメだ。 |
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カーソン・ライダーシリーズの第3作。前2作に比べるとやや劣るものの、緊迫感があるサイコミステリーである。
カーソンとハリーのコンビが遭遇したのは、地元ラジオ局のレポーター女性の惨殺死体。被害者はカーソンの恋人・ダニーの知り合いで、ある精神科医師がガラの悪い地域の酒場で殺害された事件を調査していたらしいことを知り、カーソンとハリーは事件を再捜査する。すると、刑務所に面会に行ったハリーの目の前で、医師殺害犯が毒殺された。一連の事件の裏には、何が隠されているのか? 本作の前2作品との一番の違いは、強烈な存在感を放つ兄・ジェレミーが登場しないこと。その分、事件の謎解きに力が入れられていて、真相解明までのプロセスの複雑さは本格ミステリーのレベルに達している。ただ、動機の部分が常識はずれというか、荒唐無稽な印象で、読者の評価が分かれるところだろう。 シリーズ物なので第1作から読むことをオススメするが、本作だけでも十分楽しめることは間違いない。 |
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ドイツの新人作家のデビュー作。第二次世界大戦末期のベルリンを舞台にした、異色のミステリーである。
1944年5月のベルリン。ユダヤ人であるが故に職を追われた元警部のオッペンハイマーは、ある夜、居住するユダヤ人アパートに侵入してきたナチス親衛隊に連行された。収容所送りを覚悟したオッペンハイマーだったが、意外にも、親衛隊大尉のフォーグラーから猟奇殺人事件捜査を担当するように命じられた。もう警察とは無縁のはずなのに、なぜ自分が選ばれたのか? 疑問を抱きながらも拒否するという選択肢は考えられず、捜査に取りかかったオッペンハイマーは、複雑に入り組んだナチスの官僚機構に苦戦しながらも、ついに犯人にたどり着いたのだが・・・。 空襲で荒廃したベルリン、圧倒的なナチスの恐怖、ユダヤ人としての苦悩など、通常のミステリーに加えられた特殊な状況が重苦しいサスペンスとなってストーリーを盛り上げる。猟奇殺人の謎解きだけに終わらない、重厚な作品である。 社会派ミステリーファンをはじめ、北欧系ミステリーファンや戦争ミステリーファンにもオススメだ。 |
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著者の初めての短編集。軽くて読みやすい恋愛小説10編が収められている。
どれも一工夫があり、読後感は悪くない。電車や飛行機の待ち時間、移動中などに読むのに最適だ。 |
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東日本大震災、津波、原発事故で影響を受けた日本人と日本社会のダークサイドを描いた、桐野夏生の「震災履歴」。あれだけの被害を出しながら誰も責任を取らず、被爆も津波被害もなかったことにして、オリンピックや復興特需に狂奔する社会への怒りの告発でもある。
40代を迎えて独身の木下沙羅は、大学の同級生・田島優子と一緒にドバイの幼児密売マーケットに出かけて東洋系の女の子「バラカ」を購入し、「光」と名付けたが、養女は一向に沙羅に懐かなかった。沙羅の母親の死を契機に、かつて田島優子の恋人だった同級生の川島雄祐と結婚することになった沙羅は、「光」を優子に預けて川島の転勤先である宮城県名取市に移住し、津波で命を落とすことになった。 「光」ではなく「バラカ」と呼んで可愛がっていた優子だが、震災の日、突然訪ねてきた川島にバラカを連れ去られてしまった。数日後、被災地で遺棄された犬猫保護活動に従事していた「爺さん決死隊」がバラカを発見し、身元不明の少女として、決死隊のメンバー・豊田老人が育てることになった。 震災から8年後、小学生になった豊田薔薇香は豊田老人とともに、決死隊のメンバーだった村上老人の農園を訪ね、地元の学校に通いながら穏やかな日々を過ごしていたのだが、甲状腺ガンの手術を受けたバラカを反原発の象徴として、あるいは原発被害は無くなっていることの象徴として利用しようとする、さまざまな大人たち、さらにバラカの行方を追い続けている実の父親、いつでもバラカを第一に考え、保護してくれる豊田老人など、バラカの周辺では敵味方が入り乱れて激しい争いが繰り広げられる・・・。 原発事故の詳細が公開されず、その影響についても曖昧なまま、何ごとも無かったように再稼働を進める社会に対し警鐘を鳴らす作品であるが、社会派サスペンスとしても十分に楽しめるエンターテイメント作品でもある。 |
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逢坂剛のライフワークであるイベリアシリーズの完結編。ほぼ16年の歳月をかけて書き継いで来た、7作品、約4000ページもの大河ドラマのクライマックスである。
本作の舞台はドイツの敗戦後から北都昭平の日本への帰還まで、1945年7月から46年4月までである。日本の敗戦がほぼ確実となり、スペインが日本と断交したこともあってやることがなくなり、精神的にも挫折した北都だったが、愛するヴァジニアが英国情報部から裏切りを疑われ、しかも英国内で行方不明になったことで気力を取り戻し、ヴァジニアを救出するために単身、英国に潜入することにした。 拉致されていたヴァジニアを発見し、二人で国外脱出をはかるのだが、最後の土壇場でヴァジニアは英国にとどまって情報部の疑惑を解くことになり、北都はアメリカ情報部によってスペインに送られ、日本に強制帰還させられることになる。 前6作品のような情報戦の面白さは無く、敗戦国のスパイの心情のドラマに力点が置かれている。その点で、歴史ミステリーという本シリーズの魅力が十分に発揮されているとは言えないのが残念。しかし、大河ドラマの完結編としてのパワーは十分に持っている。 シリーズ読者は必読。シリーズ未読の方は1作目から読むことをオススメしたい。 |
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1993年から95年にかけて発表された7作品を収めた短編集。軽く読める作品ばかりだが、それぞれのテーマや構成に創意工夫があり読者を飽きさせない佳作ぞろいである。
7作品中、3作品でいじめがテーマになっているのは、時代性を象徴しているが、他の作品も現代の都会では誰でも遭遇する可能性があるような出来事で、そこから問題点を発見し、物語を紡いでいく作者の上手さにはいつもながら感心するしか無い。 宮部みゆきファンはもちろん、軽めのミステリー、人情ものファンに安心してオススメできる。 |
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ノンシリーズながら、逢坂剛ならではのフラメンコと独西現代史の蘊蓄がたっぷり詰まったハードボイルド・ミステリー。こんな蘊蓄は必要ないという反応も多いだろうが、そこが逢坂剛なのだというしかない。
個人で調査事務所を経営する岡坂は、フラメンコの店で知り合ったダンサー・神成真里亜と食事をした後、だれかに尾行されているのに気づいた。尾行者の正体を暴こうとした岡坂だったが、さらに、別の尾行者として公安刑事が現れ、岡坂にコンタクトを取ってきた。二組の尾行者たちの狙いは何か・・・。 メインテーマは、不妊症の金持ちを相手にした卵子提供斡旋ビジネスで卵子を求める側が特定の提供者にこだわってことから生じる混乱なのだが、その背景になるフラメンコの世界、ドイツ浪漫派とナチズムの関係の説明が詳細で、途中からはどれが主題だか分からなくなってくる。 人が殺される訳ではなく、ピストルをぶっ放すような派手な暴力がある訳ではない日本のハードボイルドの枠組みの中で、私立探偵が主役を張り、魅力的な女性が周辺を彩るハードボイルドとしてきちんと成立させているのは、さすがベテラン。フラメンコと現代史の蘊蓄に我慢が出来るなら読んで損は無い作品だ。 |
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東野圭吾がデビュー30周年を迎えて「新しい小説に挑戦した」というふれこみだが、ちょっと期待外れ。
温泉地で硫化水素による死者が出たことから調査を依頼された青江教授は、疑問を抱きながらも事故死だろうと結論づけた。しかし、さほどの時間を置かず、別の温泉地でも同様の事故が起き、調査に赴いた青江は、前の事故現場でも見かけた謎の少女に遭遇する。羽原円華と名乗るその少女は、何かを探しているようだった。 一方、最初の事故の被害者の母親から「息子は嫁に殺された」という告発を受けた中岡刑事は、調査を始めて事件の匂いを感じるようになり、ヒントを求めて青江に接触した。 二つの事故が事件としてつながったとき、その背景には想像を絶する悲劇が隠されていた。 本格ミステリーを期待して読むと裏切られるけど、物語の構成やストーリー展開はよくできていて、それなりに楽しめる。 |
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ブラックユーモア・シリーズの第3弾。お得意の文壇ものから童話のアレンジまで、バラエティに富んだ13作品を収録した短編集である。
なかでは、売れない作家と編集者の文学賞を巡るせめぎ合いがテーマの前半の4作品が面白い。デビューをしたものの長く不遇の時代を過ごした売れっ子作家ならではの冷静な目と乾いたユーモアが秀逸。 売れないお笑い芸人とホテルマンの一夜の攻防を描いた「笑わない男」も、オチが効いていて面白い。 |
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