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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1393

全1393件 1021~1040 52/70ページ

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No.373: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

悪の代理人リンカーン弁護士が検察官に?

マイクル・コナリーの22作目の長編で、リンカーン弁護士シリーズとしては第3作だが、悪の代理人として知られるリンカーン弁護士・ミッキー・ハラーが、今回は特別検察官として被告と弁護士をやり込めるという異色の設定。さらに、ハリー・ボッシュもダブル主役として重要な役割を果たすという豪華版である。
24年前の少女殺害事件で出された有罪判決が破棄されて、服役していた男ジェサップは再審を受けることになった。被害者のワンピースに付いていた精液が、最新のDNA鑑定によってジェサップとは別人のものと判明したのが、判決破棄の理由だった。再審にさいして、検事長はなんとハラーに特別検査官になるように依頼してきた。まったく勝ち目が無いと思われる裁判だったが、正義感にかられたハラーは、元妻のマギーと異母兄弟のハリー・ボッシュをチームに加えることを条件に、依頼を引き受けた。
圧倒的に不利な条件下でも、得意の法廷技術で奮闘するハラーを、ベテラン検事であるマギーがサポートし、さらにハリー・ボッシュが調査官として走り回って助け、ついには劇的なクライマックスを迎えることになる・・・。
ハラーを主役にした法廷ミステリーとしても、ハリーが主役の刑事ものとしても一級品。マイクル・コナリーの二大人気キャラクターが共演するのだから、面白くない訳が無い。普段、リーガル・ミステリーを敬遠している方にもオススメだ。
判決破棄 リンカーン弁護士(下) (講談社文庫)
No.372:
(7pt)

悩めるガールズ?の心理劇

イギリスの新人女性作家のデビュー作。アメリカでもベストセラーを記録した「サイコスリラーの傑作!」というのが売り文句だが、それほどのサイコものではない。
アルコール依存で離婚、失業し、今は友だちのフラットに間借りしているレイチェルは、失業中であることを隠すために毎日、同じ通勤電車でロンドンに通っていた。いつも電車が速度を落とす場所で、電車から見える一軒の家に暮らす幸せそうな夫婦(スコットとメガン)に自分の理想を託していたが、ある朝、メガンが不倫している現場を見てしまう。その直後にメガンが行方不明になったことを知ったレイチェルは、スコットに接触してメガンの不倫を知らせようとする。ところが、スコットとメガンの家のすぐそばに、かつてレイチェルが夫のトムと暮らしていた家があり、そこでは新しい妻のアナと赤ちゃんが暮らしており、レイチェルが家に近づくのを嫌っていた。しかも、酒浸りで飲めば記憶を失ってしまうレイチェルの話は、スコットをはじめ誰にも信用されなかった・・・。
メガンはなぜ失踪したのか? レイチェルは酔っぱらっていたときに何を見たのか? 赤ちゃんもできて幸せの絶頂のはずのアナが感じる黒い影は何なのか? 物語は、三人のガール(というにはちょっと抵抗がある、アラサーたちだが)の独白で進められ、徐々に悲劇の真相が明らかにされる。
犯行の動機も、犯人も、ミステリーを読み慣れた人なら割と容易に推察できるので、売り文句にあるような「サイコスリラー」や「驚愕の結末」というサスペンスや驚きは無い。どちらかといえば、同じような年齢や境遇の人が「うんうん、これはありそう」と共感を覚えながら読むのが、本作の一番幸せな読まれ方だろう。
ガール・オン・ザ・トレイン(上) (講談社文庫)
No.371: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

古き良き時代の香り

探偵小説の古典的名作「赤毛のレドメイン家」で有名なイーデン・フィルポッツの1924年の作品。長く絶版になっていたのが、創元推理文庫の新訳で登場した。
若き医師ノートンは、保養地で出会った美人姉妹の妹ダイアナ(あだ名はコマドリ)に一目惚れし、結婚にこぎつけた。自分の秘書と結婚しろという、大金持ちの伯父の要望を裏切ることになったノートンは、伯父の遺産を受け取れなくなってしまう。それでも、愛を貫いたノートンには幸せな未来が訪れるはずだったのだが・・・。
はっきり言って、現代のミステリー愛好家からすれば致命的な欠陥があるトリックだが、1924年という時代を考えれば、かなりの高評価だったのもうなずける。古き良き時代の香りを感じさせる人物描写、風景描写、社会心理描写を楽しむ読み方なら十分に読み応えがあると言える。
だれがコマドリを殺したのか? (創元推理文庫)
No.370:
(8pt)

まさに、ブラックなクリスマスプレゼントだ

「コリーニ事件」と「禁忌」の長編2作の間に書かれた3作品を収めた短編集である。「訳者あとがき」を含めても全93ページという薄さだが、3作品のいずれも強烈な個性を持っている上に、挿入されているタダジュンのイラストも効果的で、非常に強い印象を残す一冊になっている。
「パン屋の主人」、「ザイボルト」、「カールの降誕祭」の3作品とも、ひょっとした瞬間から人生がひっくり返ってしまった物語で、シーラッハの言を借りれば「私たちは生涯、薄氷の上で踊っているのです」という人生の不条理さを突きつけられた読者は、深く大きくため息をつくことになる。
人間につきまとうブラックな側面を描いたストーリーがお好きな方には、近年最高のクリスマスプレゼントとなるだろう。
カールの降誕祭
No.369: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

良くも悪くも古典的名作

1938年に発表された、密室ものの古典的名作。早川文庫で長らく絶版になっていたのを東京創元社が新訳で復刊させたのはうれしい限りだ。
物語は、「密室状態で発見された死体と一緒にいた青年が犯人ではない可能性はあるのか?」という一点に絞った謎解きの裁判ものである。警察による捜査よりも探偵(本作では弁護士)の推理が中心となる、オーソドックスな展開だが、推定される犯人も、犯行動機も、犯行手段も次次に変化していくので非常に緊張感がある。
キーポイントとなる密室トリックがあまりにも有名なので、トリックの解明以外に読みどころが無いと思われるかもしれないが、確実だと思われた状況が弁護士によって次々に逆転されていくプロセスはスリリング。トリックが事前に分かっていたとしても、一級の法廷劇として面白く読める。
ただ、現代の科学的捜査からすれば考えられないようなずさんな捜査手法だし、人々の行動も間が抜けているとしか言いようがない。あくまでも古典を古典として楽しめる読者にオススメしたい。
ユダの窓 (創元推理文庫)
カーター・ディクスンユダの窓 についてのレビュー
No.368: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

事件捜査より、人間関係の方が面白い

特捜部Qシリーズの第6弾。シリーズとして脂が乗り切った感じで、期待通りの面白さである。
今回、特捜部Qに持ち込まれたのは、デンマークの離島で17年前に起きた少女ひき逃げ事件である。物証も証言も乏しく、ひき逃げとして処理されたのだが、殺人事件だと信じて17年間捜査を続けてきた地元警官が退官を迎えるため、マーク警部に捜査の引き継ぎを訴え得てきた。マークが断ると警官は恨み節を残して拳銃自殺してしまったため、特捜部Qは否応無く捜査に巻き込まれることになる・・・。
事件の背景となるのが、家族の崩壊や精神世界、ヒーリングなど動きが乏しいため、犯罪の動機や捜査プロセスなどは、はっきり言ってシリーズ中最下位と言わざるを得ない。それでも面白く読めるのは、カール、アサド、ローセを中心とするレギュラー陣の関係がさまざまに変化して飽きさせないから。さらに、これまで明らかにされてこなかったメンバーの過去が徐々に明らかになって行くような伏線も張られており、今後がますます楽しみになってくる。
ぜひ、第1作から順に読んでいくようオススメしたい。
特捜部Q―吊された少女― 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.367: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

多過ぎるどんでん返しが鼻につくのだが

リンカーン・ライム・シリーズの第11作。今回も、あざといほどのどんでん返しの連続で読者をねじ伏せる超大作だ。
今回の敵は、被害者の肌に謎のメッセージを彫り込む天才的なタトゥーアーティスト。インクの代わりに毒を彫り込むことで殺すという残忍な手口で殺人を繰り返すのだった。犯行現場がニューヨークの地下に広がる地下通路という共通点はあるものの、被害者の間には共通点が見つからないため、捜査陣は犯行動機を特定できず、次の犯行を防ぐことも出来なかった・・・。
本作の注目点は、リンカーン・ライムの初登場作「ボーン・コレクター」およびシリーズの代表作「ウォッチメイカー」という過去の2作品との関連が深いこと。さすがのディーヴァーも新たな怪物を作るのが苦しくなってきたのか? シリーズがマンネリ化し始める兆しでなければ良いのだが・・・。
とにかく、最後まで息を抜けないどんでん返しの連続は本作でも健在。ライムの天才過ぎる読みが鼻につくのは確かだが、エンターテイメントとして一級品であることは間違いない。
スキン・コレクター 上 (文春文庫)
No.366: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

多面的過ぎてまとまりが悪いが、読ませる

「特捜部Q」シリーズの10年前に発表された、著者のデビュー作。デビュー作だけに、あれもこれもと盛り過ぎた感があるが、オールスンの優れた筆力が随所に表われた力強い作品である。
ドイツ上空で撃墜された英国人パイロットのブライアンとジェームズは、病院列車で運ばれていたナチス親衛隊の将校になりすますことで追跡を逃れようとするが、その列車の行き先は親衛隊専用の精神病院だった。二人はそこで過酷な電撃療法と薬によって心身ともに蝕まれ、さらに仮病で入院している悪徳将校のグループに虐待され命の危険にさらされる。その後、連合軍の空襲にまぎれてブライアンは脱出に成功するが、幼なじみで親友のジェイムズを残してきたことに深い罪悪感を抱くことになる。
それから28年が過ぎた1972年、医者として、事業家として成功していたブライアンは、オリンピックでの仕事でミュンヘンに赴くと、自らジェームズを探すためかつての病院があった街を訪ねた。そこでは、あの悪徳将校グループが町の名士として偽名で暮らしていた。ブライアンは、彼らの周辺を探ることでジャームズを発見しようと、ひとり奮闘する・・・。
前半は戦時の精神病院からの脱出を描く壮絶なサバイバル小説であり、後半は悪徳将校の仮面を暴くナチ・ハンター的なサスペンスである。さらに、幼なじみの友情物語、実らぬ恋物語、極限状態における理性の強靭さを問う物語などが重なってきて、ストーリー展開だけで十分な読み応えがある。
「著者あとがき」の最初に「これは戦争小説ではない」と明記されている通り、第二次世界大戦のドイツを舞台にしたアクション小説の体裁をとりながら、人間の友情と罪悪感の機微を描いたヒューマンドラマである。
アルファベット・ハウス 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.365:
(6pt)

山場の無いストーリー、落ちもイマイチ

米国の女性新人作家のデビュー作。売り文句には「究極のサスペンス!」とあるのだが、かなり期待外れだった。
禁酒法時代のニューヨークで警察のタイピストとして働くローズは、孤児として女子修道院で育てられた女性らしく、地味で堅実な生活を送っていたが、新しい同僚として華やかで洗練されたオダリーが現れたことから、全てが一転することになる。自由奔放なオダリーに魅了され、ついには一緒に生活するようになるローズだが、一方で、オダリーが語る生い立ちや贅沢な暮らしを支える資金の出所などに疑問を持ち、良くないことが隠されているのではないかと不安を覚えるようになる・・・。
まあ、ミステリー好きならおおよそ予想がつく展開で、最後の最後に落とし穴らしき仕掛けがあるものの効果はイマイチ。スリルもサスペンスも乏しく、ミステリー要素を一滴たらしたハーレクインとでも言えばいいのだろうか。本格的なミステリーファンにはオススメできない作品だった。
もうひとりのタイピスト
No.364:
(7pt)
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真犯人が分かって、ちょっとガッカリ

スウェーデン警察小説の新しいヒーロー・ショーベリ警視シリーズの第一弾。登場人物は魅力的、犯罪はショッキング、ストーリー展開はスリリング・・・なのに、真犯人が分かるとガクッとさせられる微妙な作品だ。
ストックホルムに住む一人暮らしの老婦人が数週間の入院から帰宅してみると、自宅には見知らぬ男の死体があった。通報を受けたショーベリ警視のチームが捜査に乗り出すが、死者と老婦人の関係、殺害の動機などがまったく掴めず捜査は難航する。その一方、犯人は「これで終わりではない」と明確な殺意を固め、次の犯行に取りかかる。
冒頭に犯行の背景となる幼稚園でのいじめが説明され、途中途中に「殺人者の日記」が挿入されているので、事件の様相、犯行の動機は最初から明らかである。従って、読者の興味は捜査の進め方や捜査陣の人間ドラマに向かうこととなるのだが、その面では、主要な人物のキャラクターやエピソードが良く描かれている。シリーズ化にも十分に耐えられるだろう。
欠点と言えるのが、物語の中で最重要容疑者と目される人物の行動に偶然が多いことと、女性刑事のレイプ事件の扱いが中途半端で最後まで意味が分からないこと。このため、読後感がすっきりしないのが残念である。
お菓子の家 (創元推理文庫)
カーリン・イェルハルドセンお菓子の家 についてのレビュー
No.363: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ミステリーと呼ぶには無理があるが

「その女 アレックス」のルメートルの新作とあって期待が高かったのだが、ミステリーとしてはやや期待外れというしかない。ただ、社会派の歴史小説として読めば、面白さと緊張感を兼ね備えたゴンクール賞受賞作にふさわしい傑作である。
第一次世界大戦末期の前線で戦った、功名心旺盛な指揮官と、彼の悪事を見てしまったことから死にかけた兵士、その兵士を助けようとして悲劇的な損傷を負った兵士。戦争が終わって復員した彼ら3人は、戦後の混乱したパリで、それぞれの生き方に忠実であるが故の奇想天外なドラマを演じることになる。
フランス人であれば、もっと興味深く面白いのだろうけど、時代状況に対する知識がないため、各書評が絶賛するほどの面白さは感じられなかった。
天国でまた会おう(上)
ピエール・ルメートル天国でまた会おう についてのレビュー
No.362:
(7pt)

黒川氏とは思えない部分もあり

1986年サントリーミステリー大賞を受賞し、黒川博行の名を知らしめることになった記念碑的作品。現在の作風からは想像できないような軽さが微笑ましいライトなミステリーである。
滋賀県の湖で発見された惨殺死体の胃の中に、キャッツアイが入っていた。その一週間ほど後、京都で毒殺された美大生の口からキャッツアイがこぼれ落ちた。さらに数日後、釜ヶ崎で凍死した日雇い労働者は口にキャッツアイを含んでいた。事件は「キャッツアイ連続殺人事件」として合同捜査されることになり、滋賀、京都、大阪の警察によるメンツをかけた競争が始まった。一方、殺害された美大生の同級生たちは、素直に警察には話せない事情から素人探偵として美大生殺害の謎を解くため、被害者が殺される前に旅行したインドへと旅立った。
3つの事件をつなぐものは何か? 警察と素人が別々のルートから真相にたどり着くまで起伏に富んだストーリー展開が面白い。事件の様相、犯罪の動機、真相解明までの道のりも破綻なく、説得力がある。それでも、探偵役が女子大生というところで、黒川博行ファンが期待する「黒川節」が見られないのが残念。
ただ、ミステリーとしては良く出来ているので、軽めのミステリーが好きな方にはオススメだ。
キャッツアイころがった (角川文庫)
黒川博行キャッツアイころがった についてのレビュー
No.361: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

叙情派の成長小説

講談社文庫「コーク・オコナー」シリーズで知られるクルーガーのシリーズ外作品で、初めて早川のポケミスで発売され、翻訳者も従来とは異なっている。
物語の舞台はオコナー・シリーズと同じミネソタ州だが、北部の森林地帯ではなく、広大な農地が広がる南部の田舎町である。13歳の少年フランクは、牧師の父、音楽や文芸に関心が深い母、音楽の才能にあふれた優しい姉、吃音に悩む弟という家族に囲まれて幸せに暮らしていたが、同い年の少年が列車にはねられて死亡したことをきっかけに、身近な人々のさまざまな死と遭遇し、次々と現れる大人の世界の過酷な現実に否応なく向き合い、大人への階段を上ることになる。
ミステリーとしての本筋は姉の死の真相解明であり、最後の真犯人の判明にさほどの驚きはないものの破綻のない構成で十分に読ませる。だが、本書の魅力は中西部の田舎町のコミュニティの人間関係と、そこで成長する少年の感性のみずみずしさの描写の方にある。amazonのレビューでも触れられているように、トマス・H・クックやジョン・ハートに通じる叙情たっぷりな物語で、しみじみとした読後感が味わえる。
派手なアクションやサイコパスの異常な犯罪に辟易としているミステリーファンにオススメだ。
ありふれた祈り
No.360:
(8pt)

警察の腐敗をネタに大暴れの疫病神コンビ

疫病神シリーズの第三作。企業と警察の癒着をネタに大金を‘’つまむ”べく、暴力団幹部・桑原と建設コンサルタント・二宮の疫病神コンビが大暴れする、傑作エンターテイメントである。
桑原の指示で、新興運送会社が奈良県警の警官のために設けた接待麻雀に参加して小遣い稼ぎをした二宮は、翌日、奈良県警の刑事の訪問を受ける。県警では、運送会社と警官の癒着についての内部監察が始まっているらく、しかも、運送会社の裏金は何十億という巨額だというウワサ。その裏金の横取りを目論む桑原は、二宮を巻き込んで癒着の実態解明とゆすりのネタを求めて、地元大阪から沖縄までを駆け巡り暴走することになる。
運送会社と警察と暴力団、政治家が絡み合ったキャンダル、あの佐川急便事件を下敷きにした作品で、今回も根っからの武闘派・桑原が縦横無尽に大活躍。どこまでも引きずり込まれて行くお人好しの二宮との掛け合い漫才も絶好調。シリーズとして脂がのってきている作品だが、事件の構成やストーリー展開がしっかりしているので、シリーズの途中から(本作から)読み始めたとしても十分に満足できること間違い無し。
エンターテイメント作品好きの方には、絶対のオススメだ。
暗礁〈上〉 (幻冬舎文庫)
黒川博行暗礁 についてのレビュー
No.359:
(8pt)

ストーリーもキャラも、オモロい!

黒川博行の代表的なシリーズである「疫病神シリーズ」の第一作。経済ヤクザの世界を生き生きと描いた、躍動感あふれる傑作エンターテイメントである。
建設コンサルタントを自称する二宮は、建設工事現場のトラブルを裏で解決するために工事業者とヤクザをつなぐ「サバキ」を本業にしているが、折からの不景気でしょぼくれていた。ある日、自分が手がけた「サバキ」がキャンセルされるという事態が起き、暴力団幹部・桑原と面識を得た。知り合いから依頼された産廃施設に関する仕事でヤクザに痛め付けられた二宮は、ヤクザの正体を探るために桑原の助けを得ようとしたのだが、それは、とんでもない疫病神を背負うことになるのであった。
産廃処理施設の用地確保を巡る産廃業者、地権者、建設会社の駆け引きに、金のにおいを嗅ぎ付けた暴力団が絡んできて、物語は複雑かつスピーディーに展開する。しかも、登場人物が全員、一癖も二癖もある古狸ぞろいで、この化かし合いが面白い。さらに、主役の二人ともキャラが濃く、ポンポンと飛び交う関西弁の会話は「オモロい!」の一言。古き良き任侠ものではない、経済ヤクザを描いた劇画を読むようで、すっきりした読後感が味わえる。「とにかく面白い小説を読みたい」という人には、オススメだ。
疫病神 (新潮文庫)
黒川博行疫病神 についてのレビュー
No.358:
(7pt)

心理サスペンス愛好家にはオススメ

レオ・デミトフ三部作で人気を確立したトム・ロブ・スミスの最新作。三部作とはガラッと変わって、アクション無し、政治的陰謀なしの徹底した心理サスペンス作品である。
30歳を目前にしながら売れないガーデンデザイナーとして暮らすダニエルは、半年前に、スウェーデンの農場で老後を過ごすためイギリスでの生活をたたんで移住した両親とは徐々に疎遠になってきていた。そんなある日、父親が「お母さんは病気だ。精神病院から脱走した」と泣きながら電話してきたので驚愕した。さらに、今度は母親から「私は狂ってなんかいない。お父さんが言うことは全部嘘よ。お父さんは悪いことに加担している。警察に相談するためにロンドンに行く」という電話があった。正反対のことを告げる両親のどちらを信じればいいのか? ヒースロー空港を母を出迎えたダニエルは、思いもかけなかった話を聞かされる。しかも、母が取り出したさまざまな証拠の品は、とんでもない悪事の存在を物語っていた・・・。
物語のほとんどは、ダニエルと母との会話、というより、母の熱を帯びた語りで展開される。それは、スウェーデンの田舎の保守的な風土が生み出す、悪意に満ちた差別的な事件である。しかし、それがもし母の妄想でしかないとしたら? 読者は読み進むうちに、どこまで信じればいいのか不安に陥れられる。この心理的な緊張感が、本作の真骨頂である。
スウェーデンに向かったダニエルによって解き明かされる真相もショッキングではあるが、これは過去いくつもの作品に登場してきたテーマであり、格別目新しくはない。家族の間で、誰を、どこまで信じればいいのかという葛藤が生み出す恐さが、読者の心を打つ。謎解きの面白さもあるが、心理サスペンスを楽しむ一冊と言える。
偽りの楽園(上) (新潮文庫)
トム・ロブ・スミス偽りの楽園 についてのレビュー
No.357:
(8pt)

新たなひねりを利かせた警察小説

佐々木譲が得意とする警察小説の最新作。従来のものとはひと味違う、アメリカンっぽい(?)クライムノベルと呼びたいエンターテイメント作品である。
大井署地域課の巡査・波多野は上司の門司とともに、人質を取って逃げる殺人犯をパトカーで追跡し、倉庫内に追い詰めるが、犯人に反撃されて負傷し、拳銃を奪われてしまう。絶体絶命のとき、上司の指示に反して駆けつけた同期の巡査・松本によって命を救われた。
それから7年後、蒲田の暴力団幹部が射殺され、車に放置されているのが発見された。蒲田署刑事課に異動していた波多野は、また上司となった門司と組んで、暴力団同士の抗争と考えられる事件では脇筋となる地元の半グレの聞き込みに投入された。捜査を進めるうちに、事件とは別の犯罪の臭いを嗅ぎ付けた二人は、じりじりと半グレ集団を追い詰めて行く。
一方、順調に出世して警視庁捜査一課に異動していた松本巡査部長は、捜査一課の管理官に呼び出されて密命をくだされた。それは、蒲田の事件が単純な暴力団絡みの事案ではなく、他の事件とともに「警察関係者による私刑ではないか」という重大な疑惑の解明だった。
ひとつの事件を巡る二つの捜査が交差したり、離れたり、なかなか真相が明らかにされず、読者は謎解きにどんどん引き込まれていく。さらに、事件関係者たちの別の犯罪もきちんと描かれていて、こちらも見逃せない。単なる事件捜査だけではない、さまざまな楽しみを秘めた極上のエンターテイメントとして、警察小説ファンはもちろん、多くのミステリーファンにオススメしたい。
犬の掟
佐々木譲犬の掟 についてのレビュー
No.356:
(8pt)

レンデルファンは必読!

2015年5月に亡くなったルース・レンデルの久しぶりの新刊。約20年前、1996年の作品だが古さは全く感じさせない、最初から最後までルース・レンデルの世界が展開される傑作サスペンスである。
30代前半で大人しくて慎ましやかな性格のメアリは、骨髄移植のドナーになったことを同棲中の恋人に責められ、暴力を振るわれたことから別居し、リージェンツ・パーク近くの知人の留守宅を預かるために引っ越した。新生活とともに自分を変えようと決心したメアリは、骨髄を提供した相手であるレオに会い、まるで自分の分身のような彼に心引かれ、結婚を決意する。
同じ頃、リージェンツ・パークではホームレス連続殺人事件が発生し、街には不安な雰囲気が漂っていた。リージェンツ・パークでは、妻と二人の子供を事故で一度に失い人生に絶望してホームレス生活を始めたローマン、富裕層の犬の散歩代行で身を立てる元執事の老人ビーン、暴力を売って麻薬を買うジャンキーの若者ホブの3人も、それぞれに鬱屈を抱えながら行き来し、人生が交差することになっていた・・・。
主人公はメアリで、メアリとレオの関係がメインストーリーなのだが、他に3人の人物と1つの事件が重要なサブストーリーを構成し、それぞれが関係し合った複雑で厚みのある物語となっている。ホームレス連続殺人事件の謎解きも面白いのだが、それ以上に、社会派心理サスペンスとして完成度が高く、レンデルファンにはもちろん、社会派ミステリーファンには絶対のオススメだ。
街への鍵
ルース・レンデル街への鍵 についてのレビュー
No.355:
(7pt)

大丈夫か、ライダー刑事?

カーソン・ライダー刑事シリーズの第7作。いつも読者をあっと驚かせるジャック・カーリイだが、本作はかなり破壊的な驚かせ方を見せるサイコ・サスペンスである。
ケンタッキーの山の中のロッジで休暇を楽しんでいたライダーは、奇妙な電話を受けて赴いた先で惨殺死体を発見し、後から駆けつけた警察に犯人として逮捕される。刑事である身分が確認され、成り行きから事件捜査に関わることになったライダーは、地元の保安官やFBIに阻害されながらも地元の女性刑事チェリーと一緒に捜査を続け、猟奇的な連続殺人事件の背景におぞましい過去の出来事が存在することを見つけ出した。
今回も、殺人犯のキャラクターが強烈で驚かされる。さらに、逃亡中の連続殺人犯である実兄のジェレミーがライダーのすぐそばに登場して捜査を手助けするのには、驚きを通り越して「大丈夫か、ライダー刑事?」と、開いた口が塞がらなかった。また、クライマックスのどんでん返しも多少無理な感じがあり、好き嫌いが分かれるだろう。
読んでいて気になったのが、女性刑事チェリーの口調というか、言葉遣い。他の登場人物の会話にも違和感があり、全編を通して「むず痒い」感じが残ったのが残念だった。
髑髏の檻 (文春文庫)
ジャック・カーリイ髑髏の檻 についてのレビュー
No.354:
(7pt)

どんでん返しに驚くけど

イギリスの新進女性作家サマンサ・ヘイズの本邦初登場作品。その作風が「リアル・ライフ・フィクション」と呼ばれているように、何気ない日常から生まれる悲劇をサスペンスフルに描いた、じわじわと恐くなるサイコミステリーである。
裕福な海軍士官の夫と双子の義理の男の子と暮らすクローディアは、もうすぐ生まれる予定の女の子の誕生を前にベビーシッターを募集した。応募してきた33歳のゾーイは、たちまち双子を手なずけ、夫も気にいったこともあり、すぐに雇うことにした。万事に有能で信頼できそうなゾーイだったが、クローディアは彼女は何かを隠しているという気がしてならなかった。果たして、この不安は出産を間近に控えて神経質になっているからなのか? その頃、妊婦が惨殺され、お腹の胎児が取り出されるという残忍な事件が発生し、警部補のロレインは夫であるアダム警部補と共に捜査を担当することになった。
物語は、クローディア、ゾーイ、ロレインの3人の視点から展開され、それぞれが抱える生きづらさがストーリーにさまざまな影を落とし、複雑に絡み合って行く。妊婦殺害事件も恐ろしいのだが、それ以上に恐いのが同じ屋根の下に信頼できない人物がいることで、話が進むほどに心理的サスペンスが高まり、最後のどんでん返しで恐さはピークに達する。
ストーリーを詳しく説明するわけにはいかないのだが、サスペンスの盛り上げ方は一級品。どんでん返しに納得できない点もあるのだが、読み応えはある。サイコ・ミステリーファンにはオススメだ。
ユー・アー・マイン (ハヤカワ・ミステリ文庫)
サマンサ・ヘイズユー・アー・マイン についてのレビュー