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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1393

全1393件 1121~1140 57/70ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.273:
(6pt)

破壊的作品

70年代始めのロサンゼルス。いつもドラッグでトリップしている私立探偵が、昔の恋人の依頼で大物不動産業者の行方不明事件を捜査することになった。ヒッピー文化が週末を迎えつつあるLA、ラスベガスでは、法執行機関やギャングが力を盛り返し、ハッピーなことは何も起こらなくなっていた・・・。
「トマス・ピンチョンにしては、読みやすい」と言われる作品だが、ストーリーを追うだけで四苦八苦。正直、読み切るには体力、気力が必要だった。
トマス・ピンチョン全小説 LAヴァイス (Thomas Pynchon Complete Collection)
トマス・ピンチョンLAヴァイス についてのレビュー
No.272: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読み応えあり

ノルウェーの人気ミステリー「ハリー・ホーレ」シリーズの第一作、作者ジョー・ネスボのデビュー作でもある。北欧5ヶ国の最優秀長編ミステリーに贈られる「ガラスの鍵賞」を受賞しただけあって、実に読み応えがあった。
オスロ警察の刑事ハリーは、オーストラリアで起きたノルウェー人女性殺害事件の捜査に協力するためシドニーに派遣された。シドニー警察と一緒に捜査を進めると、事件は連続レイプ殺人ではないかと疑われるようになってきた。オーストラリア先住民族の刑事とのコンビで事件を解明していくハリーだったが、容疑者が次々に現われ、さらに頭の切れる真犯人に翻弄され、それまで抑制していた自身のアルコール依存症まで再発させてしまう・・・。
物語の前半は警察小説の王道を行く殺人事件捜査だが、連続レイプ殺人が疑われるところからはサイコミステリー風に展開し、さらにオーストラリアの歴史に絡む社会派小説の様相も帯びてくる。しかし、メインストーリーの犯人探しがしっかりしているので、実に魅力的なミステリーになっている。
シリーズすでに10作まで発表されているが、日本では、まだ3作品しか翻訳されていないので、今後が大いに楽しみである。
ザ・バット 神話の殺人 (集英社文庫)
ジョー・ネスボザ・バット 神話の殺人 についてのレビュー
No.271:
(8pt)

後半、ぐんぐん加速!

巨匠ゴダードの22作目の長編は、90年代のボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦をベースに、医師のモラルを問うサスペンス小説である。
イギリスの優秀な移植外科医ハモンドはかつて、自身の離婚に絡んで金が必要だった為、高額な報酬に惹かれてセルビアの民兵組織のリーダー・カジの肝臓移植手術を成功させた。それから13年後、戦争犯罪人として裁判中のカジの娘がハモンドに接触し、父親が隠した巨額の財産を引き出すために、父親の会計係の男を探せと依頼する。亡き妻の殺害事件をネタに脅迫されたハモンドは会計係を探すためにハーグ、ミラノ、ベオグラードを駈け回るが、会計係を探しているのはハモンドだけではなかった。
単なる外科医に過ぎない主人公の人捜しはスムーズには進まず、物語の前半はまどろっこしい。しかし、会計係と接触し、さまざまな敵と遭遇しながら隠し財産の引き出しを試みる後半になってからは、まさに「ノンストップ」のスピーディーな展開で一気に読ませる。驚愕の真実が明らかにされるエンディングも印象深い。
血の裁き(上) (講談社文庫)
ロバート・ゴダード血の裁き についてのレビュー
No.270: 5人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読ませる力がある作品

2014年度江戸川乱歩賞の受賞作。著者は過去、何度も最終候補に残りながら受賞を逃してきていたというだけに、並みの新人とは違う実力を感じさせる。
かつてはカメラマンとして活躍しながら中途失明によって仕事も家族も失い、孤独な生活を送っている主人公は、腎臓病を患う孫娘のために生体腎移植を希望するが、自身の腎臓も状態が悪くて移植できないと判断された。孫を救う最後の手段として、27年前に中国残留孤児として帰国し、現在は故郷で母親と暮らしている兄に腎臓の提供を依頼するが、兄は腎臓の適合検査さえかたくなに拒否してきた。どうして、孫娘を助けてくれないのか? 検査を受けると、何か不都合があるのだろうか? ひょっとして、兄は偽者ではないのか? 疑心暗鬼に陥り、真相を探り始めた主人公の周囲では、次々と不審な出来事が起きてくる・・・。
視覚障害の老人が探偵ごっこに乗り出すというシチュエーションが効果的で、晴眼者なら何でもないことに苦労する主人公に、読者は思わず肩入れしたくなる。さらに、中国残留孤児、満州からの引揚げ、現在の密入国ビジネスなどの背景の設定、エピソードが物語に厚みを与えている。また、伏線の張り方もお見事。セリフや状況設定に多少の疑問が残るが、それを補う力強さがある。
幅広いミステリーファンにオススメしたい。
闇に香る嘘 (講談社文庫)
下村敦史闇に香る嘘 についてのレビュー
No.269:
(7pt)

ジャンル分け不能の怪作!

アメリカの版元は「ジャンル・ツイスティング・ミステリ」という宣伝文句を使っているというが、まさにジャンルを越えた(というか、ジャンルを混交させた)作品だ。サイコ・スリラーの王道をゆくような導入からホラーサスペンス、SF、アクション・ミステリーへと激しく変化し、最後は文芸的なエンディングを迎えるという、まったくつかみ所が無い作品で、決して読みやすくは無いし、まったく受け入れられない読者も多いことだろう。
「騙されてもいい、面白い小説を読みたい」という読者には、オススメ。
プリムローズ・レーンの男〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)
No.268: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

主人公の視点が秀逸

アスペルガー症候群の18歳の青年が主人公の悲しくもユーモラスなミステリー。スリリングではないが、登場人物に共感する部分が多く、心地よい読後感が得られる。
人とのコミュニケーションは苦手だが、興味を持つことへの追及心は並外れているパトリックは、8歳のときの父親の事故死をきっかけに「死」への探求心を刺激され、小動物の死骸を集めたり、少女の死体の写真を集めたりしていたが、18歳になり優秀な成績で医大に合格し解剖学を学ぶことになる。解剖実習の授業では、遺体を解剖し、死因を突き止めるという課題が学生に与えられた。パトリックの班に割り当てられた遺体「19番」の死因は容易には判明しなかったが、パトリックは遺体からある不審物を発見したことから、授業のレベルを越えて、個人的に死因の究明に取りつかれて行く。コミュニケーション障害の為、周りとさまざまなトラブルを起こしながらパトリックが明らかにした真相は、隠されていた殺人事件を暴露することになる。
パトリックの言動、母親を始めとする周囲との軋轢の歴史、19番の死因の究明を本筋に、昏睡状態の入院患者の記憶、それを世話する看護師のラブコメがサブストーリーとして展開される物語は、生と死の分かれ目を追及する重いテーマでありながら、どこかユーモラスで、心温まる物語にもなっている。周到に張り巡らされた伏線が最後に見事に結実し、ミステリーとしても上出来だ。
ラバーネッカー (小学館文庫)
ベリンダ・バウアーラバーネッカー についてのレビュー
No.267:
(6pt)

タイトル通りの「駄作」?

ジョナサン&フェイのケラーマン夫妻を両親に持つ著者の実質的なデビュー作。表4の解説末尾に【本書には奇想天外な展開があることを警告しておきます】という、異例の説明文が付いているが、まさにその通り。「奇想天外」に納得するか否かで、評価は正反対になるだろう。私は残念ながら納得できなかった。
駄作 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジェシー・ケラーマン駄作 についてのレビュー
No.266: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

「強い女性」の物語

表紙からして女性を意識した作品で、第二次大戦下を生き延びた女性のいき方を中心に据えた物語だが、ミステリーとしての完成度もなかなかで、男性読者にも十分読み応えがある。
16歳の時、自宅を訪ねてきた見知らぬ男を母・ドロシーが殺害するという衝撃的な場面を目撃したローレルは、50年後、死に瀕した母親を見舞うために故郷の家を訪れた。そこで、思い出の品々に触れている内に、50年前の恐ろしい記憶が甦った。あの事件はローレルの証言もあって、当時、近隣に出没していた連続強盗に遭遇した母の正当防衛として処理されたが、実は、男は「やあ、ドロシー、久しぶりだね」と声を掛けていたのだった。明らかに、男と母は知り合いだったのだ。男の正体は、何者なのか? そして、母はなぜ、あの男を殺してしまったのか? ローレルは、残された写真や関係者の証言によって母の秘密を探ろうとする。
母の秘密を探るストーリーは、現在と戦時下のロンドンを行き来しながら、ゆったりと進んでいく。そこでは、ドロシーや関係する人々の生活を通して、1930年代から60年代ごろの女性の生き辛さと力強さが描かれている。派手なアクションやどんでん返しとは無縁だが、読者をぐいぐい引き込んで行くパワーが感じられる。
母の秘密が暴露された後に付け加えられた小さなエピソードがしゃれているのは、訳者あとがきによると、この作家ならではのもののようである。
秘密<上>
ケイト・モートン秘密 についてのレビュー
No.265: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

粗削りでパワフルなところが魅力的

27歳のスイス人作家のデビュー作でフランスを始め、ヨーロッパでベストセラーになったという。ストーリーもキャラクターも登場人物の会話も、ぐいぐい引き込まれて行く面白さとちょっと乱暴過ぎる部分とが混在していて、若い作家のパワー全開というところが、作品の内容とシンクロして人気を呼んだのではないだろうか。
デビュー作が大ヒットして二十代で人気作家となったマーカスだが、二作目が書けなくて行き詰まっていた。そこで、大学時代の恩師でアメリカを代表する作家でもあるハリーの家を訪ねてアドバイスを受け、再び執筆への意欲を取り戻し始めていた。ところが、ハリーの家の庭から33年前に行方不明になっていた15歳の少女・ノラの白骨死体が発見され、ハリーが容疑者として逮捕される事態になった。ハリーの無実を信じるマーカスは、ハリーを助ける為に独自に事件の真相を調べ始め、それを二作目の本にすることを決意する。マーカスのドキュメンタリー小説は空前のベストセラーになり、ハリーも起訴を取り下げられて釈放されたが、マーカスの作品に致命的な欠陥が見つかった・・・。
街中の人々に愛されていたノラを殺したのは、誰か? ミステリーとしてのポイントは犯人および動機の解明で、33年前の事件と現在の状況を行き来しながらダイナミックな展開で読者を引き付ける。特に、終盤でのどんでん返しの連続は上手い。少女殺人事件だけに絞った作品にしていたら、全体の長さは2/3ぐらいに凝縮され、評価は1.5倍になっていただろう。
しかし、著者はミステリーを書こうとした訳ではないという。「とにかく面白い話を書きたい」ということで、エンターテイメントの一要素として殺人事件を取り入れたのであり、作品の主眼はマーカスとハリーの師弟関係にあるという。こうした背景が作品の性格を複雑で曖昧にし、読者の評価が大きく分かれる要因といえるだろう。
ミステリーに絞れば冗長な印象は否めないが、エンターテイメントとしては上出来の作品である。
ハリー・クバート事件 上
No.264: 5人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

巡査と警察犬、相棒を失った者同士の再生の物語

ロサンゼルスの街中で銃撃事件に巻き込まれて相棒を死なせてしまったパトロール巡査・スコットと、アフガニスタンでの戦闘でハンドラーを失った軍用犬・マギー、心身に深い傷を負った者同士が新たな相棒を見つけ、再生していく物語。このタイプの作品の定番通り、一人と一匹が一体となって力を合わせ問題を解決するのだが、犬の外見や行動はもちろん心理状態まで丁寧に描かれているのが読ませるポイント。警察小説、ミステリーファンにはもちろん、犬好きの読者には絶対のオススメだ。
心身の負傷によってSWATの夢を諦めたスコットは警察犬隊への配属を希望し、ハンドラー養成課程を終了したとき、軍用犬の任務を解かれて警察犬候補として連れてこられていたマギーと出会い、指導官に頼み込む形でペアを組んだ。お互いに「突然の大きな音にびくつく」というPTSDに悩まされながらも、相棒としての絆を深め、スコットが遭遇した事件の真相を探ることになる。
ストーリーは分かりやすく、善人悪人がはっきりしているので読みやすく、読後感もすこぶる爽やか。しかしながら単純な印象ではなく、ハートウォーミングで味わい深いのは、やはり犬の力だろうか。
容疑者 (創元推理文庫)
ロバート・クレイス容疑者 についてのレビュー
No.263:
(7pt)

桐野夏生が迫る、林芙美子の激情(非ミステリー)

第二次世界大戦当時、従軍記や戦場報告記で戦意高揚に貢献した林芙美子の愛と葛藤を描いた作品。まさに桐野夏生らしい視点と表現で、林芙美子の破天荒な生き方を活写している。
ミステリーとは無関係な作品である。
ナニカアル
桐野夏生ナニカアル についてのレビュー
No.262:
(8pt)

憎めない悪党と悪女の騙し合い

発売早々、書評紙誌で高い評価を受け、「オーシャンズ11」の監督から絶賛されたという、クライムノベルの新星ルー・バーニーのデビュー作。粋でお洒落な会話、凄惨なシーンが無い犯罪描写、スピーディーな場面展開は、まさにアメリカン・ノワール映画の王道、「オーシャンズ11」を彷彿させる傑作エンターテイメント作品である。
刑務所から出て来たばかりのシェイクは、旧知のアルメニア人マフィアの女ボスから車をラスベガスに運び、交換にブリーフケースを受け取って戻る仕事を依頼された。車泥棒と犯罪集団の運転手をやってきたシェイクには簡単な仕事だった、車のトランクに閉じこめられたジーナに気付くまでは・・・。
ジーナに心を惹かれたシェイクがジーナを助けようとしたことから、二人はラスベガスのギャングを敵に回して逃げ回るハメに陥った。さらに、ブリーフケースの中身である500万ドルの価値を持つ聖遺物を換金するため、二人はパナマに飛び、隠棲する大金持ちのコレクターを探すことになった。
主役の二人、シェイクとジーナがどちらも、お互いを信用できない悪党ながら憎めなくて、思わずどちらにも肩入れしたくなる魅力があるのが、本作品のポイント。登場人物のキャラクターといい、ストーリーといい、まさにエルモア・レナードの後継という印象を受けた。
軽やかなクライム&コンゲーム作品が好きな人には、絶対のオススメ!
ガットショット・ストレート
No.261: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

読みやすくて、分かりやすいが、こわい

英国ミステリーの女王・ウォルターズが「普段、本を読まない人、あまりミステリーを読まない人」向けに、読みやすさを重視して書いたという中編が2作、納められている。しかし、そうした背景から想像するような軽めの作品ではなく、どちらも普通の人間がちょっとしたことから育ててしまう狂気がしっかりと描かれており、なかなかの読み応えがある。
「養鶏場の殺人」は実際にあった事件を小説化したもので、物語が終わったあと、裁判結果に異を唱える作者の意見が付け加えられている。主人公(この作品では、加害者と被害者の双方)の心理を丁寧に描き出すことで、単なる事件再現ものではなく、味わい深いミステリーとなっている。
「火口箱」は、最新作「遮断地区」同様に人種的偏見を取り上げた、ウォルターズらしい作品。イギリスの静かな片田舎で起きた老女殺人を題材に、アイルランド人に対する偏見と差別を描いている。さらに、「誰が、何故?」という謎解きについても、周到な伏線と見事などんでん返しが用意されていて、短くてもレベルが高いミステリー作品になっている。
養鶏場の殺人/火口箱 (創元推理文庫)
No.260: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

イギリス版ハードボイルドは・・・

「ハリー・ポッター」シリーズのJ.K.ローリングが別名で書き始めた「私立探偵コーモラン・ストライク」シリーズの第一作。イギリスの作品では数少ない私立探偵もので、アメリカの私立探偵ものとの共通点、相違点が面白い。
アフガニスタンで足首を吹き飛ばされて軍隊を引退し私立探偵を始めたストライクは、ビジネスは下落の一途をたどっており、私生活でも超美人の恋人に振られ、住まいを追い出されるというどん底にあったとき、少年時代の親友の兄が訪ねてきて、「三ヶ月前に自殺したとされている妹は殺されたのではないか、調査してもらいたい」という依頼を受ける。依頼者の妹はイギリスのトップモデルとして有名で、その死は大きな話題になっただけに自殺という警察発表に疑問はないと思っていたストライクだが、高額の調査費に引かれて調査を引き受けることにした。死亡した妹の周辺調査から彼女を利用しようとしていた様々な人物が浮かび上がり、他殺の可能性が捨て切れなくなってきた。
トップモデルと兄はともに養子で、複雑な家族関係、人間関係を抱えていた。一方、ストライクも有名ロックミュージシャンの婚外子で、家族に関する屈折した思いを抱えており、全編を通して単純なハードボイルド物語にはなりきれない、ヒューマンドラマの柔らかさが感じられる。さらに、臨時の派遣秘書として雇われたロビンが色気だけではない華やかさと優しさを添えている点も、人情物語としての完成度を高めている。
犯人探しの点では最後にややご都合主義なところもあるのだが、ミステリーファンにも十分に楽しめるだろう。殺伐としたアメリカン・ハードボイルドに忌避感を持つ人にもオススメしたい。
カッコウの呼び声(上) 私立探偵コーモラン・ストライク
No.259:
(7pt)

でき過ぎた女房の怖さ

人並み以上の野心と努力で成功を収めた不動産開発業者のトッドは、美しく聡明なサイコセラピストで主婦としての役割も完璧に果たすジョディとふたり、シカゴの高級コンドミニアムで事実婚生活を送っていた。一緒に住み始めて25年、トッドの浮気性が多少の波風は立てるもののジョディの落ち着いた対応で平穏な日々が続いていた。ところがあるとき、トッドが少年時代からの旧友の娘・ナターシャに心を奪われ、妊娠させたことから、二人の間に亀裂が生じ、その溝は徐々に深まっていった。浮気を隠しおおせているつもりでいて、秘かに子供の誕生に期待するトッド、夫の浮気を知りながら沈黙を続けるジョディ、ジョディと別れて結婚するように迫るナターシャ、三人の思惑がぶつかり合い、静かな緊張感が高まっていき、やがて悲劇のクライマックスを迎えることになる。
本作の読みどころは、美人で性格が良くて、主婦としても妻としても申し分が無く、しかも自立した女性でもあるジョディが、深い沈黙の影でじわじわと復讐心を育てていく怖さにあるのだが、もう一面から言うと、これだけ完璧な妻を持ちながら若くて奔放でわがままなナターシャに惹かれ、なおかつ女房との生活もだらだらと維持していきたいという能天気なダメ男であるトッドの浮世離れした物語でもある。トッドの視点から見れば、訳が分からない内に悲劇に巻き込まれた男のコメディーとも言えるのが面白い。もちろん、トッドは正真正銘の当事者なんだけど。
なお、著者のハリスンは本作刊行の2ヵ月前にガンで死去し、これだけ優れたデビュー作が遺作となってしまったという。もうけっして次作を読むことができないというのは、誠に残念というしかない。
妻の沈黙 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
A.S.A.ハリスン妻の沈黙 についてのレビュー
No.258:
(7pt)

古さを感じさせない、ロマンチックミステリー

アメリカ心理ミステリの随一の鬼才(扉の紹介文)マーガレット・ミラーの1950年の作品。少しも古さを感じさせない、ロマンチックサスペンスである。
独身女性医師・シャーロットの診療所に予約無しで訪ねてきた若い女性・ヴァイオレットは、望まぬ妊娠をしており堕胎をして欲しいと頼み込んできた。依頼を断ったシャーロットだったが、診療所から姿をくらませたヴァイオレットが気になり、その夜遅く彼女の下宿先を訪ねてみた。そこでヴァイオレットが二人連れの男に連れ出されたと聞かされ、さらにシャーロットは戻った自宅で強盗に襲われる。次の日、ヴァイオレットの水死体が発見され、刑事が診療所に訪ねてきた。ヴァイオレットの死とシャーロットの間には、いつの間にか悪意の糸が張り巡らされていた・・・。
当時には珍しく自立した女性であり、仕事にプライドをもつ医師であるシャーロットは、患者の夫である弁護士・ルイスと不倫関係も前向きにとらえ、健康的に生きていた。一方、ヴァイオレットは、どうしようもない暴力的な夫や小悪党の叔父たちとの田舎の貧乏暮らしからの脱出を夢見ながらあがいていた。対照的な二人女性の生き方を対比させながらストーリーは犯人探しへ、さらなる事件へと、サスペンスを高めながら進み、悲劇的なクライマックスを迎えることになる。
時代を先取った女性の心理ミステリーとして、今でも十分に読み応えがある作品だ。
悪意の糸 (創元推理文庫)
マーガレット・ミラー悪意の糸 についてのレビュー
No.257:
(7pt)

ハートレスな物語

闇の探偵バーク・シリーズのヴァクスが、シリーズ中断中の1993年に発表した単発作品だが、作品全体のテイストはバーク・シリーズと共通している。
ゴーストと呼ばれる殺し屋は、かつてコンビを組んで美人局をやっていた相棒で、彼が服役中に姿を消したシェラを探すために、闇の世界の奥深くへと分け入っていく。アメリカのさまざまな都市のいかがわしい街を探し回るのだが、ひとりでは成果が得られず、闇社会の情報通を頼ることになり、相応の見返りを求められる。必殺の武器である自分の両手を頼りに困難で血なまぐさい任務を果たしたゴーストは、ついにシェラの居場所に辿り着くが、そこに待っていたのは・・・。
冷酷非情でありながら純粋な恋情を抱き続ける不器用な主人公の生き様が心に響く、切ないノワール小説で、バーク・ファンには文句なしにオススメできる。ただ、あまりにも非情というか、ハートの無いストーリーなので、ハードボイルドにもロマンを求める読者には合わないかもしれない。
凶手 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 189-7))
アンドリュー・ヴァクス凶手 についてのレビュー
No.256: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

87歳、初期認知症におびえるヒーロー誕生!

最近では「ヴァイオリン職人の探求と推理」が思い浮かぶように、老人の主人公が活躍するミステリーはたまに目にするのだが、本作の主人公はなんと87歳! ほとんどの紹介記事で「ミステリー史上最高齢のヒーロー」とされている、高齢化社会を先取りした作品である。
老妻とふたりで引退生活を送っている元凄腕刑事バック・シャッツは、臨終の床にあった戦友から「あんたを痛めつけたナチ強制収容所の将校が金塊をもって逃げている」と知らされる。最初は気乗りがしなかったのだが、取り合えずその男の行方を探ろうとしたところ、周辺で不可解な殺人や不穏な事態が続発した。捜査権限はもちろんのこと、捜査活動を続ける体力もなく、あるのは「意地と皮肉」だけという老人がITに強い孫と357マグナムの助けを借りて獅子奮迅の働きを見せる。
本作の魅力は、なんと言っても87歳の主人公。ところかまわずラッキーストライクを吹かし、相手構わず強烈な皮肉を連発する一方、庭の芝生の手入れも出来なくなった体力不足と、医者に指摘された認知症の初期症状に悩んでいるところが人間的で微笑ましい。主人公のキャラの強烈さに隠れてしまいそうだが、犯人探しのストーリーもしっかりしていて、良質なミステリーとしてもオススメ。
もう年はとれない (創元推理文庫)
No.255: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

主人公もオチも、ひねりにひねってます(笑)

2010年に発表されて以来、本国スウェーデンをはじめヨーロッパでベストセラーになっている「犯罪心理捜査官セバスチャン」シリーズの第一作。すでに実績のある脚本家ふたりが書いているだけあって、主人公も、他の登場人物も魅力的で、ストーリーも波乱に富んでいて非常に楽しめる。
ストックホルムにほど近い静かな街で、心臓をえぐり出された男子高校生の死体が発見され、地元警察の要請を受けて国家警察の殺人捜査特別班の4人の腕利き刑事が捜査に乗り出した。殺された少年は家庭に恵まれず、以前の高校ではいじめに遭い、転校先でも友達が少なかったという。捜査が進むにつれ、少年の通う名門高校には隠された問題があることが分かってきた。さらに、少年の関係者が殺害され、家が放火されるという新たな事件まで発生した。
事件捜査の主役は捜査特別班のメンバーだが、ひょんなことから(ちょっと邪な動機から)捜査に加わることになった元プロファイラーのセバスチャンが、物語全体を引っかき回すところが、本作の読みどころ。かつてはトッププロファイラーとして活躍したセバスチャンだが、自信過剰、傲岸不遜、協調性ゼロ、おまけにセックス中毒で捜査関係者であろうと関係なくベッドに入ってしまうという、ねじれにねじれた人間性が影響して、他のメンバーからは総スカンをくらうのだが、そんなことには一向にへこたれず、独自の解釈で捜査の方向性をリードすることになる。
ミステリーにはいろんなタイプの主人公が出て来るが、セバスチャンほどひねくれた捜査側の人物はおそらく初めてだろう。少なくとも、自分の読書体験では出会ったことがないキャラクターである。そういう人間になるには、それなりの背景があるのだが、表面的には実に「イヤな奴」で読んでいて共感を抱くのが非常に困難だった。しかし、最後の最後に、セバスチャンの抱える鬱屈が晴らされるような展開が待っていて、読者は救われる。
ストーリーの魅力と、それ以上の登場人物の魅力。シリーズの成功が納得できるデビュー作である。
犯罪心理捜査官セバスチャン 上 (創元推理文庫)
No.254:
(7pt)

誰も信用しない、信用できない悪者たちの輪舞

シリーズ主人公のハゲタカこと、禿富鷹秋警部補が死んで終わったはずの「禿鷹シリーズ」だが、「禿鷹外伝 禿鷹V」が登場し、新たなシリーズが展開されるようだ。
警察史上最悪の悪徳刑事・ハゲタカが命を賭けて隠そうとした神宮警察署の裏帳簿のコピーは、同僚の御子柴から警察庁の特別監察官・松国を経由して警察官僚の上層部に渡されたが、上層部はこれを握りつぶすことを決めた。この決定に不満を持つ松国はメディアでの暴露を工作する。それを察知した上層部は、ハゲタカの天敵・岩動警部にコピー回収を命令する。岩動は南米マフィアの残党や新宿を根城とするヤクザを操って回収に乗り出し、ハゲタカと懇意で渋谷を縄張りとするヤクザ渋六興業を巻き込んだ壮絶な戦いが繰り広げられることになる。
シリーズお馴染の登場人物に新たに加わった強烈なキャラクターが、ハゲタカの未亡人・司津子。若い頃の岩下志麻をしのぐ和風美人ながら、ハゲタカ以上に得体がしれない不気味さを秘めている。さらに、これまでは脇役に徹していた、冴えない中年警部補の御子柴がハゲタカ譲りの図々しさを発揮してヤクザや同僚を振り回すという変身を見せる。御子柴の新たな相棒になった嵯峨警部補も相変わらずの食えない言動で、周りに疑心暗鬼を引き起こしていく。
とにかく、登場人物全員が悪人というか、腹に一物を持つ人物ばかりで、誰が正義か、何を信用すれば良いのか分からないまま暴力的なクライマックスを迎えることになる。読者は正邪の判断は保留して、スピーディーでスリリングなストーリー展開と派手なアクションを堪能するのが、本作の楽しみ方だと言えるだろう。シリーズファンはもちろん、単発で読む読者も楽しめること請け合いだ。
兇弾
逢坂剛凶弾 禿鷹V についてのレビュー