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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1360

全1360件 1081~1100 55/68ページ

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No.280: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

どんだけ「どんでん」したら、気が済むねん!

リンカーン・ライム・シリーズの10作目。今回も期待に違わず、最後までどんでん返しの連続だ(正直、ちょっとあざとさを感じるのだが・・・)。
アメリカ政府批判を繰り返していた活動家が、バハマで射殺された。スナイパーが潜んでいたと思われる場所から現場までは2000mの距離があり、犯人は超一流で、彼を雇ったのは米国の秘密諜報機関ではないかという疑いがもたれた。「法の正義」を信奉する地方検事補ローレルが、秘密諜報機関の長を起訴するための証拠集めをライムのチームに依頼する。現場はカリブ海、しかも遠距離からの射撃のため得意の微細証拠が集められず捜査が難航しているうちに、証拠隠しと思われる残酷な犯行が次々に発生した。
本作品のメインテーマは、「まだ罪を犯していない者に、権力は力を行使できるのか?」という難問。諜報機関が「テロリストの疑い」だけで暗殺することと、パトロール警官が「武器を所持している」と判断した人を射殺することとの間に、どれだけの違いがあるのか? 最近のアメリカでの白人警官による黒人射殺事件の数々を想起させる、重いテーマである。
今回は、微細証拠から科学的に犯人を追い詰めるという側面と、動機の面から犯人像を描いていくという側面が同じような比重を占めているところが、これまでのシリーズ作品とは異なる印象だ。また、極めて重要な証拠をライムが見逃し、サックスに指摘されたり、どんでん返しにつながったりするところも、これまでには無かったような気がする。
とまあ、全体的にピリピリしたところが減って、シリーズ物の安定感が増してきたというところか。それでももちろん、ジェットコースター並みのスリルとサスペンスが楽しめるのは、今回も保証付きだ。
ゴースト・スナイパー 上 (文春文庫 テ)

No.279:

代償 (角川文庫)

代償

伊岡瞬

No.279:
(8pt)

悪人の造形が秀逸

伊岡瞬の書き下ろし作品。正義の側より悪の側のインパクトが強く、歯応え十分な本格的なクライムノベルである。
都内の中流家庭の一人息子としてのほほんと暮らしていた奥山圭輔だが、母親の遠縁の一家が近くに引っ越してきて、同い年の達也が遊びにくるようになったときから、達也が苦手で心穏やかではいられなくなっていた。さらに小学六年生のとき、自宅の火事で両親を亡くし、達也の家に預けられ非道な扱いを受けたことから、中学に入学してからは生きる気力さえ失いかけていた。そんな圭輔に友人として接してくれたのが諸田寿人と木崎美果だった。
圭輔が25歳になり、新人弁護士として働いていたある日、達也から「冤罪で逮捕されているので弁護して欲しい」という手紙が届く。過去のいきさつから依頼を断りたかった圭輔だが、強引な達也に押し切られて弁護を引き受けることになる。本心では「達也は有罪だ、一生刑務所に入ればいい」と思いながら始めた裁判で圭輔は、達也の意を受けた証人に裏切られ、弁護士生命を失いそうな危機に陥った。そのとき、ジャーナリスト修行中だった寿人が助けの手を差し出してくれ、二人で達也に反撃することになった。
本作品の魅力は何と言っても、悪役の達也のキャラクターが強烈なこと。自分は手を出さず、いわゆるマインドコントロールで多くの人に罪を起こさせる様相が、近年の日本各地での同種の事件を想起させてスリリングである。それに引き換え、正義の側の圭輔が弱々しく、途中で圭輔を叱咤激励したくなった。
クライムノベル好きにはもちろん、ミステリーとしての構成もしっかりしていて最後まで緊張感が途切れることがないので、多くのミステリーファンにオススメだ。
代償 (角川文庫)
伊岡瞬代償 についてのレビュー
No.278: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

常識外の家族が紡ぐ、倫理の物語

2003年に発表され、2005年、文庫化に際して改稿された作品である。ミステリーと言えば言えなくはないが、本筋は家族の物語である。
兄・泉水、弟・春という仲の良い兄弟の家族の歴史には、心に深い傷を残した不幸な出来事があった。兄は遺伝子検査の会社に勤め、弟は街中の落書きを消すという仕事に就いていたある日、兄の会社が放火されるという事件が起きた。それはどうも、最近、仙台市内で発生している連続放火事件の一環らしいということが判明し、癌で入院中の父親も含めた三人で犯行動機、犯人像を推理し始めることになる。推理小説を読むような、謎解きのはずだった犯人探しは、想定外の結末を迎えることになる。
北上次郎氏の解説にある通り、本作は「放火と落書きと遺伝子の物語」だが、犯人探しのストーリー以上に、登場人物のキャラクターの特異さ、エピソードの面白さ、良質なユーモアが醸し出す「伊坂ワールド」の魅力に引き寄せられてしまう。メインテーマは「兄弟とは、家族とは」という、語り尽くされてきた古臭いものなのだが、北上氏が「古い酒でも新しい皮袋に盛れば、これだけ新鮮な物語に変貌するという見本のような作品」と書いているように、新鮮な感動を与えてくれる作品である。
重力ピエロ (新潮文庫)
伊坂幸太郎重力ピエロ についてのレビュー
No.277: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

戦争後で戦争前の時代を活写

1930年代のベルリン警視庁の警部ラートを主人公にしたシリーズの第三弾。時代背景を巧みに取り入れた、社会派警察小説である。
1931年6月、FBIからベルリン警視庁に「ニューヨークギャングの殺し屋、ゴールドスティンがベルリンに向かった」という連絡が入り、ラート警部はこの男を24時間監視するように命ぜられる。ゴールドスティンの目的が判明せず、疑心暗鬼に落ち入ったベルリン警察をあざ笑うかのように、ある日、ゴールドスティンは監視の目をかいくぐって姿をくらました。そのころベルリンでは、暗黒街で対立する二つの組織の顔役が姿を消し、組織に関係する故買屋が虐殺された。また、百貨店に盗みに入ったストリートチルドレンの少年を殺害した疑いをもたれていた警官が殺されるという事件も発生した。次々と複雑化する事件に、別々の理由から関わることになったラート警部と恋人のチャーリーは、お互いに反発しながらも協力し合い、隠されていた陰謀を徐々に暴いていくことになる。
警察の捜査活動がメインではあるが、社会民主党政権が弱体化し、共産党、ナチの対立が深刻化してきた、当時の騒然とした世相、中でも、ベルリンのユダヤ人社会が置かれた微妙な立場も大きなテーマとなっている。経済的な苦境と人種差別が影響し合って、第一次世界大戦の戦後が第二次世界大戦の戦前へと変わっていく様相は、現在の日本人にとっても決して他人事ではないと思わされる。
ラート警部シリーズにしては読みやすく、歴史的背景云々を抜きにしても楽しめる。
ゴールドスティン 上 (創元推理文庫)
No.276: 9人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

文句なしの傑作

フランスの人気作家・ピエール・ルメートルが2011年に発表し、フランスのミステリー関係の賞はもちろん英国でもインターナショナル・ダガー賞を受賞した、傑作ミステリー。「カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ」としては2番目の作品だが、日本では、本作が最初の翻訳(シリーズ外では、ほかに翻訳作があり)である。シリーズとはいえ、各作品の独立性が高いので、この作品から読み始めても何の問題もないとのことである。
物語は、アレックスという三十代独身の美女が誘拐されるところからスタート。狂気をはらんだ誘拐犯によって過酷な監禁状態(読むのが辛いほどの過激な描写あり)におかれたアレックスの救出にあたるのが、カミーユを中心としたパリ警視庁犯罪捜査部のメンバーで、乏しい情報をもとに必死に捜査を進めていく。
と、前半は誘拐救出劇なのだが、途中から様相が一変する。あまりにも謎が多い被害者アレックスに疑問を持った捜査陣がその正体を探り始めると、隠されていたサイコシリアルキラー事件が浮上。さらに、最後には正義と事実解明とのせめぎ合いという心理劇に行き着いていく。
とにかく、先が読めないというか、先入観を持って読むことを許さない(詳しく説明することがはばかられる)というか、二転三転するストーリーを追い掛けるだけでわくわくする。しかも、登場人物やエピソードの描写が丁寧で味わい深いのも、また魅力的。
週刊文春のミステリーNo.1に選ばれたのも納得。「ホラーの要素があるだけで、絶対ダメ」という読者以外には、絶対のオススメだ。
その女アレックス (文春文庫)
ピエール・ルメートルその女アレックス についてのレビュー
No.275: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

バルセロナのニューヒーロー登場

スペインの新星トニ・ヒルのデビュー作。スペインで大ヒットになったというだけあって、非常に面白い警察小説である。
取調べ中の呪術師に激しい暴行を加えたことから強制的に長期休暇を取らされていた、アルゼンチン移民の警部エクトル・サルガドがようやく仕事に復帰しようとしたとき、呪術師が部屋に豚の頭と人血を残して失踪。関与を疑われたサルガドはこの事件捜査からは外され、新人女性刑事と組んで、19歳の少年の転落死の再調査を命じられる。「事故か自殺か、簡単に調査すればいい」という、どうでもいいような事案だったが、調べを進めるうちに数々の疑問が発生し、やがては社会の闇に隠されていたおぞましい真相に近づくことになる。
まず、謎解きミステリーとしての構成がしっかりしているので、最後の最後まで緊張感にあふれ、読後は十分なカタルシスが得られること間違いなし。さらに、キャラクター作りが巧みなため、主要な登場人物がみな生き生きとして魅力的で、自然な共感を呼びさまされる。また、ストーリーは過去と現在を行き来しながら展開されるのだが、非常に読みやすく、混乱することはない。
本作は「バルセロナ警察三部作」の第一作だということで、残りの二作品の登場が待ち遠しくなる、傑作エンターテイメントである。
死んだ人形たちの季節 (集英社文庫)
トニ・ヒル死んだ人形たちの季節 についてのレビュー
No.274: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

映画向きの派手なアクションと涙

おなじみ「ハリー・ボッシュ」シリーズの最新翻訳作品。期待にたがわない、アクションミステリーである。
LAのダウンタウンで酒店を経営する中国移民の店主が銃撃で殺され、レジの売上が奪われた。単純な強盗殺人事件と思われたが、事件の背景に中国系の闇組織・三合会の存在が浮かび、ボッシュは香港に逃亡しようとした容疑者を空港で逮捕する。ところが、「捜査をあきらめろ」という脅迫電話がかかってきたのに続いて、香港に住むボッシュの娘・マデリンが監禁されている動画が送り付けられてきた。
娘を救出するために香港に飛んだボッシュは、前妻・エレノアと彼女の恋人の力を借りながら、香港の裏社会を駆け巡る・・・。
特に、香港に舞台を移してからは派手なアクションの連続で、まさに映画的な展開を見せる。また、これまでのシリーズ作品ではあまり描かれていなかったボッシュの人情的な弱点、娘とのぎこちない交流に重点が置かれているところも、シリーズ読者には新鮮味がある。マイクル・コナリー自身が本人のHPの「ナインドラゴンズを書いた理由」という文章で、「ハリーと彼の娘の物語である。(中略) そして何よりも父親としての脆弱性(よわさ)を描いた物語である」と書いているように、今後のハリーの転換点になる作品となるのかもしれない。
登場人物それぞれに、ぴったりな俳優を想像しながら読んでみるもの面白いと思う。
ナイン・ドラゴンズ(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリーナイン・ドラゴンズ についてのレビュー
No.273:
(6pt)

破壊的作品

70年代始めのロサンゼルス。いつもドラッグでトリップしている私立探偵が、昔の恋人の依頼で大物不動産業者の行方不明事件を捜査することになった。ヒッピー文化が週末を迎えつつあるLA、ラスベガスでは、法執行機関やギャングが力を盛り返し、ハッピーなことは何も起こらなくなっていた・・・。
「トマス・ピンチョンにしては、読みやすい」と言われる作品だが、ストーリーを追うだけで四苦八苦。正直、読み切るには体力、気力が必要だった。
トマス・ピンチョン全小説 LAヴァイス (Thomas Pynchon Complete Collection)
トマス・ピンチョンLAヴァイス についてのレビュー
No.272: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読み応えあり

ノルウェーの人気ミステリー「ハリー・ホーレ」シリーズの第一作、作者ジョー・ネスボのデビュー作でもある。北欧5ヶ国の最優秀長編ミステリーに贈られる「ガラスの鍵賞」を受賞しただけあって、実に読み応えがあった。
オスロ警察の刑事ハリーは、オーストラリアで起きたノルウェー人女性殺害事件の捜査に協力するためシドニーに派遣された。シドニー警察と一緒に捜査を進めると、事件は連続レイプ殺人ではないかと疑われるようになってきた。オーストラリア先住民族の刑事とのコンビで事件を解明していくハリーだったが、容疑者が次々に現われ、さらに頭の切れる真犯人に翻弄され、それまで抑制していた自身のアルコール依存症まで再発させてしまう・・・。
物語の前半は警察小説の王道を行く殺人事件捜査だが、連続レイプ殺人が疑われるところからはサイコミステリー風に展開し、さらにオーストラリアの歴史に絡む社会派小説の様相も帯びてくる。しかし、メインストーリーの犯人探しがしっかりしているので、実に魅力的なミステリーになっている。
シリーズすでに10作まで発表されているが、日本では、まだ3作品しか翻訳されていないので、今後が大いに楽しみである。
ザ・バット 神話の殺人 (集英社文庫)
ジョー・ネスボザ・バット 神話の殺人 についてのレビュー
No.271:
(8pt)

後半、ぐんぐん加速!

巨匠ゴダードの22作目の長編は、90年代のボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦をベースに、医師のモラルを問うサスペンス小説である。
イギリスの優秀な移植外科医ハモンドはかつて、自身の離婚に絡んで金が必要だった為、高額な報酬に惹かれてセルビアの民兵組織のリーダー・カジの肝臓移植手術を成功させた。それから13年後、戦争犯罪人として裁判中のカジの娘がハモンドに接触し、父親が隠した巨額の財産を引き出すために、父親の会計係の男を探せと依頼する。亡き妻の殺害事件をネタに脅迫されたハモンドは会計係を探すためにハーグ、ミラノ、ベオグラードを駈け回るが、会計係を探しているのはハモンドだけではなかった。
単なる外科医に過ぎない主人公の人捜しはスムーズには進まず、物語の前半はまどろっこしい。しかし、会計係と接触し、さまざまな敵と遭遇しながら隠し財産の引き出しを試みる後半になってからは、まさに「ノンストップ」のスピーディーな展開で一気に読ませる。驚愕の真実が明らかにされるエンディングも印象深い。
血の裁き(上) (講談社文庫)
ロバート・ゴダード血の裁き についてのレビュー
No.270: 5人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読ませる力がある作品

2014年度江戸川乱歩賞の受賞作。著者は過去、何度も最終候補に残りながら受賞を逃してきていたというだけに、並みの新人とは違う実力を感じさせる。
かつてはカメラマンとして活躍しながら中途失明によって仕事も家族も失い、孤独な生活を送っている主人公は、腎臓病を患う孫娘のために生体腎移植を希望するが、自身の腎臓も状態が悪くて移植できないと判断された。孫を救う最後の手段として、27年前に中国残留孤児として帰国し、現在は故郷で母親と暮らしている兄に腎臓の提供を依頼するが、兄は腎臓の適合検査さえかたくなに拒否してきた。どうして、孫娘を助けてくれないのか? 検査を受けると、何か不都合があるのだろうか? ひょっとして、兄は偽者ではないのか? 疑心暗鬼に陥り、真相を探り始めた主人公の周囲では、次々と不審な出来事が起きてくる・・・。
視覚障害の老人が探偵ごっこに乗り出すというシチュエーションが効果的で、晴眼者なら何でもないことに苦労する主人公に、読者は思わず肩入れしたくなる。さらに、中国残留孤児、満州からの引揚げ、現在の密入国ビジネスなどの背景の設定、エピソードが物語に厚みを与えている。また、伏線の張り方もお見事。セリフや状況設定に多少の疑問が残るが、それを補う力強さがある。
幅広いミステリーファンにオススメしたい。
闇に香る嘘 (講談社文庫)
下村敦史闇に香る嘘 についてのレビュー
No.269:
(7pt)

ジャンル分け不能の怪作!

アメリカの版元は「ジャンル・ツイスティング・ミステリ」という宣伝文句を使っているというが、まさにジャンルを越えた(というか、ジャンルを混交させた)作品だ。サイコ・スリラーの王道をゆくような導入からホラーサスペンス、SF、アクション・ミステリーへと激しく変化し、最後は文芸的なエンディングを迎えるという、まったくつかみ所が無い作品で、決して読みやすくは無いし、まったく受け入れられない読者も多いことだろう。
「騙されてもいい、面白い小説を読みたい」という読者には、オススメ。
プリムローズ・レーンの男〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)
No.268: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

主人公の視点が秀逸

アスペルガー症候群の18歳の青年が主人公の悲しくもユーモラスなミステリー。スリリングではないが、登場人物に共感する部分が多く、心地よい読後感が得られる。
人とのコミュニケーションは苦手だが、興味を持つことへの追及心は並外れているパトリックは、8歳のときの父親の事故死をきっかけに「死」への探求心を刺激され、小動物の死骸を集めたり、少女の死体の写真を集めたりしていたが、18歳になり優秀な成績で医大に合格し解剖学を学ぶことになる。解剖実習の授業では、遺体を解剖し、死因を突き止めるという課題が学生に与えられた。パトリックの班に割り当てられた遺体「19番」の死因は容易には判明しなかったが、パトリックは遺体からある不審物を発見したことから、授業のレベルを越えて、個人的に死因の究明に取りつかれて行く。コミュニケーション障害の為、周りとさまざまなトラブルを起こしながらパトリックが明らかにした真相は、隠されていた殺人事件を暴露することになる。
パトリックの言動、母親を始めとする周囲との軋轢の歴史、19番の死因の究明を本筋に、昏睡状態の入院患者の記憶、それを世話する看護師のラブコメがサブストーリーとして展開される物語は、生と死の分かれ目を追及する重いテーマでありながら、どこかユーモラスで、心温まる物語にもなっている。周到に張り巡らされた伏線が最後に見事に結実し、ミステリーとしても上出来だ。
ラバーネッカー (小学館文庫)
ベリンダ・バウアーラバーネッカー についてのレビュー
No.267:
(6pt)

タイトル通りの「駄作」?

ジョナサン&フェイのケラーマン夫妻を両親に持つ著者の実質的なデビュー作。表4の解説末尾に【本書には奇想天外な展開があることを警告しておきます】という、異例の説明文が付いているが、まさにその通り。「奇想天外」に納得するか否かで、評価は正反対になるだろう。私は残念ながら納得できなかった。
駄作 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジェシー・ケラーマン駄作 についてのレビュー
No.266: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

「強い女性」の物語

表紙からして女性を意識した作品で、第二次大戦下を生き延びた女性のいき方を中心に据えた物語だが、ミステリーとしての完成度もなかなかで、男性読者にも十分読み応えがある。
16歳の時、自宅を訪ねてきた見知らぬ男を母・ドロシーが殺害するという衝撃的な場面を目撃したローレルは、50年後、死に瀕した母親を見舞うために故郷の家を訪れた。そこで、思い出の品々に触れている内に、50年前の恐ろしい記憶が甦った。あの事件はローレルの証言もあって、当時、近隣に出没していた連続強盗に遭遇した母の正当防衛として処理されたが、実は、男は「やあ、ドロシー、久しぶりだね」と声を掛けていたのだった。明らかに、男と母は知り合いだったのだ。男の正体は、何者なのか? そして、母はなぜ、あの男を殺してしまったのか? ローレルは、残された写真や関係者の証言によって母の秘密を探ろうとする。
母の秘密を探るストーリーは、現在と戦時下のロンドンを行き来しながら、ゆったりと進んでいく。そこでは、ドロシーや関係する人々の生活を通して、1930年代から60年代ごろの女性の生き辛さと力強さが描かれている。派手なアクションやどんでん返しとは無縁だが、読者をぐいぐい引き込んで行くパワーが感じられる。
母の秘密が暴露された後に付け加えられた小さなエピソードがしゃれているのは、訳者あとがきによると、この作家ならではのもののようである。
秘密<上>
ケイト・モートン秘密 についてのレビュー
No.265: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

粗削りでパワフルなところが魅力的

27歳のスイス人作家のデビュー作でフランスを始め、ヨーロッパでベストセラーになったという。ストーリーもキャラクターも登場人物の会話も、ぐいぐい引き込まれて行く面白さとちょっと乱暴過ぎる部分とが混在していて、若い作家のパワー全開というところが、作品の内容とシンクロして人気を呼んだのではないだろうか。
デビュー作が大ヒットして二十代で人気作家となったマーカスだが、二作目が書けなくて行き詰まっていた。そこで、大学時代の恩師でアメリカを代表する作家でもあるハリーの家を訪ねてアドバイスを受け、再び執筆への意欲を取り戻し始めていた。ところが、ハリーの家の庭から33年前に行方不明になっていた15歳の少女・ノラの白骨死体が発見され、ハリーが容疑者として逮捕される事態になった。ハリーの無実を信じるマーカスは、ハリーを助ける為に独自に事件の真相を調べ始め、それを二作目の本にすることを決意する。マーカスのドキュメンタリー小説は空前のベストセラーになり、ハリーも起訴を取り下げられて釈放されたが、マーカスの作品に致命的な欠陥が見つかった・・・。
街中の人々に愛されていたノラを殺したのは、誰か? ミステリーとしてのポイントは犯人および動機の解明で、33年前の事件と現在の状況を行き来しながらダイナミックな展開で読者を引き付ける。特に、終盤でのどんでん返しの連続は上手い。少女殺人事件だけに絞った作品にしていたら、全体の長さは2/3ぐらいに凝縮され、評価は1.5倍になっていただろう。
しかし、著者はミステリーを書こうとした訳ではないという。「とにかく面白い話を書きたい」ということで、エンターテイメントの一要素として殺人事件を取り入れたのであり、作品の主眼はマーカスとハリーの師弟関係にあるという。こうした背景が作品の性格を複雑で曖昧にし、読者の評価が大きく分かれる要因といえるだろう。
ミステリーに絞れば冗長な印象は否めないが、エンターテイメントとしては上出来の作品である。
ハリー・クバート事件 上
No.264: 5人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

巡査と警察犬、相棒を失った者同士の再生の物語

ロサンゼルスの街中で銃撃事件に巻き込まれて相棒を死なせてしまったパトロール巡査・スコットと、アフガニスタンでの戦闘でハンドラーを失った軍用犬・マギー、心身に深い傷を負った者同士が新たな相棒を見つけ、再生していく物語。このタイプの作品の定番通り、一人と一匹が一体となって力を合わせ問題を解決するのだが、犬の外見や行動はもちろん心理状態まで丁寧に描かれているのが読ませるポイント。警察小説、ミステリーファンにはもちろん、犬好きの読者には絶対のオススメだ。
心身の負傷によってSWATの夢を諦めたスコットは警察犬隊への配属を希望し、ハンドラー養成課程を終了したとき、軍用犬の任務を解かれて警察犬候補として連れてこられていたマギーと出会い、指導官に頼み込む形でペアを組んだ。お互いに「突然の大きな音にびくつく」というPTSDに悩まされながらも、相棒としての絆を深め、スコットが遭遇した事件の真相を探ることになる。
ストーリーは分かりやすく、善人悪人がはっきりしているので読みやすく、読後感もすこぶる爽やか。しかしながら単純な印象ではなく、ハートウォーミングで味わい深いのは、やはり犬の力だろうか。
容疑者 (創元推理文庫)
ロバート・クレイス容疑者 についてのレビュー
No.263:
(7pt)

桐野夏生が迫る、林芙美子の激情(非ミステリー)

第二次世界大戦当時、従軍記や戦場報告記で戦意高揚に貢献した林芙美子の愛と葛藤を描いた作品。まさに桐野夏生らしい視点と表現で、林芙美子の破天荒な生き方を活写している。
ミステリーとは無関係な作品である。
ナニカアル
桐野夏生ナニカアル についてのレビュー
No.262:
(8pt)

憎めない悪党と悪女の騙し合い

発売早々、書評紙誌で高い評価を受け、「オーシャンズ11」の監督から絶賛されたという、クライムノベルの新星ルー・バーニーのデビュー作。粋でお洒落な会話、凄惨なシーンが無い犯罪描写、スピーディーな場面展開は、まさにアメリカン・ノワール映画の王道、「オーシャンズ11」を彷彿させる傑作エンターテイメント作品である。
刑務所から出て来たばかりのシェイクは、旧知のアルメニア人マフィアの女ボスから車をラスベガスに運び、交換にブリーフケースを受け取って戻る仕事を依頼された。車泥棒と犯罪集団の運転手をやってきたシェイクには簡単な仕事だった、車のトランクに閉じこめられたジーナに気付くまでは・・・。
ジーナに心を惹かれたシェイクがジーナを助けようとしたことから、二人はラスベガスのギャングを敵に回して逃げ回るハメに陥った。さらに、ブリーフケースの中身である500万ドルの価値を持つ聖遺物を換金するため、二人はパナマに飛び、隠棲する大金持ちのコレクターを探すことになった。
主役の二人、シェイクとジーナがどちらも、お互いを信用できない悪党ながら憎めなくて、思わずどちらにも肩入れしたくなる魅力があるのが、本作品のポイント。登場人物のキャラクターといい、ストーリーといい、まさにエルモア・レナードの後継という印象を受けた。
軽やかなクライム&コンゲーム作品が好きな人には、絶対のオススメ!
ガットショット・ストレート
No.261: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

読みやすくて、分かりやすいが、こわい

英国ミステリーの女王・ウォルターズが「普段、本を読まない人、あまりミステリーを読まない人」向けに、読みやすさを重視して書いたという中編が2作、納められている。しかし、そうした背景から想像するような軽めの作品ではなく、どちらも普通の人間がちょっとしたことから育ててしまう狂気がしっかりと描かれており、なかなかの読み応えがある。
「養鶏場の殺人」は実際にあった事件を小説化したもので、物語が終わったあと、裁判結果に異を唱える作者の意見が付け加えられている。主人公(この作品では、加害者と被害者の双方)の心理を丁寧に描き出すことで、単なる事件再現ものではなく、味わい深いミステリーとなっている。
「火口箱」は、最新作「遮断地区」同様に人種的偏見を取り上げた、ウォルターズらしい作品。イギリスの静かな片田舎で起きた老女殺人を題材に、アイルランド人に対する偏見と差別を描いている。さらに、「誰が、何故?」という謎解きについても、周到な伏線と見事などんでん返しが用意されていて、短くてもレベルが高いミステリー作品になっている。
養鶏場の殺人/火口箱 (創元推理文庫)