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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1360

全1360件 921~940 47/68ページ

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No.440:
(8pt)

正義のための連続殺人?

今や北欧を代表するミステリー作家となったジョー・ネスボの新作。オスロを舞台にした警察小説であるが、ハリー・ホーレ・シリーズ外の単発作品である。
尊敬していた警察官の父親が「自分は汚職警官である」と書き置きして自殺し、ショックを受けた母親も後を追うように亡くなってから息子・サニーは麻薬に溺れ、今は刑務所に収監されていた。刑務所では誰とも争わず、静かに囚人仲間の聴罪司祭のような役割りを果たしていたのだが、ある囚人からサニーの父は殺されたという秘密を聞き、刑務所を脱獄して、次々と敵を殺していく凄絶な復讐劇を開始した。
一方、サニーの父と仲の良い同僚だったケーファス警部は定年を目前にした殺人課の警部で、愛する妻が失明の危機にさらされており、その手術費用を工面するのに苦慮する日々を送っていたが、刑務所付き牧師の殺害事件を捜査しているうちに、連続して起きた殺人事件の裏にはサニーの復讐劇があることに気がついた。
本作は、一人の若者が犯罪組織や富豪を相手に復讐を果たすサスペンスアクションであり、頑固者のベテラン刑事が一匹狼的に捜査を進める警察小説であり、父と子、仲間たちの愛憎の物語でもある。いくつものストーリーが重なり合い、見事な伏線の回収があり、意表をつくどんでん返しがあり、最後まで楽しめる上出来のエンターテイメントである。
ノンシリーズなので、ジョー・ネスボは初めてという読者にもオススメだ。
ザ・サン 上 罪の息子 (集英社文庫)
ジョー・ネスボザ・サン 罪の息子 についてのレビュー
No.439:
(7pt)

古き良きハードボイルド

現役のパイロットという異色作家の作品。経歴を生かした飛行機乗りが主役のハードボイルド小説である。
1960年のカリフォルニア。太平洋戦争でも活躍した元海軍パイロットのジョーは、戦後、友人と民間航空輸送会社を経営し、パイロットとして生活していた。ある日、親友(!)であるフランク・シナトラから「新しい恋人をハリウッドに送り届けてくれ」と頼まれた。仕方なく引き受けたジョーの前に現われたのは、かつての婚約者ヘレンだった。その翌日、シナトラからヘレンが行方不明になったと連絡があり、ジョーが探し始めると、彼女の友人が殺され、ヘレンも追われていることが判明した。一度はヘレンを見つけたジョーだったが、ヘレンは再び行方が分からなくなる。やがて、シナトラの元にヘレンの身代金を要求する電報が届いた。ジョーはヘレンを救うため、メキシコに乗り込んでいった。
かつて愛した女性のために命をかけて突っ走るヒーローが中心の物語だが、事件の背景をなすのがシナトラ、マフィア、大統領をめざしているケネディという胡散臭い連中で、その中でヒーローの想いの純粋さはまさに、正統派のハードボイルドヒーローである。セリフや独白にも、古き良きハードボイルド風味がたっぷりで、2013年の作品なのに、チャンドラーでも読んでいるような懐かしさが感じられる。
正統派のハードボイルドファン、飛行機マニアにはオススメだ。


愛しき女に最後の一杯を (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.438: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ブラジル的結末

ブラジルの女性作家の本邦初訳作品。なぜかドイツミステリ大賞の翻訳作品部門で一位に選ばれたという異色のミステリーである。
ボリビアとの国境の田舎町でしょぼくれた生活を送っていた「俺」は、釣りに出かけたパラグアイ川で自家用飛行機の墜落に遭遇し、パイロットの青年を助けようとするが、青年は死んでしまった。機内にリュックサックと1キロほどのコカインを見つけた「俺」は、それを盗み出し、下宿先のインディオの男と組んでコカインを売りさばいて小金を稼いでいたのだが、欲を出したインディオの男に引っ張られてギャングと取引して失敗し、ギャングに借金の返済を迫られることになった。窮地に陥った「俺」は、警官でもある恋人を説得して、死体を使った詐欺を計画する・・・。
偶然見つけた墜落機から盗みを働いたことで人生が大きく狂ってくるというのは、かつてのベストセラー「シンプル・プラン」などでもおなじみの設定だが、さすがブラジルのミステリーだけあって、結末の付け方が意表をつく。良くも悪くも人間的というか、すべてに泥臭いのである。
スリルj、サスペンス、アクションや謎解きより、犯罪者心理が中心の作品を好む方にオススメだ。
死体泥棒
パトリーシア・メロ死体泥棒 についてのレビュー
No.437: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

「被害者探し」ミステリー

オーストラリアのベストセラー作家の本邦初訳。「誰が、誰を殺したのか?」を解いて行く、ユニークなエンターテイメント作品である。
シドニー近郊の幼稚園での資金集めのパーティー会場で騒動が起き、父兄の一人が死亡した。この事件の被害者、犯人は誰か? 動機は?
騒動の背景には、6ヶ月前の子供同士のトラブルが原因で、幼稚園ママの派閥間の対立が激化したことがあった。さらに、それぞれの家庭には表に出せない秘密があり、ストレスにさらされ続けてきたママたちが、パーティーで出された強力なカクテルの影響もあって一気に爆発したのだった。
冒頭に殺人事件が起きたことがほのめかされ、背景となったトラブルから事件当時までの出来事が主要登場人物の視点で徐々に明らかにされ、さらに所々で関係者の証言が挿入されるのだが、最後の最後まで、犯人も被害者も秘密のままという、なかなかに意地の悪い構成で読者をぐいぐい引き込んで行く。さらに、人物のキャラクター、細かなエピソードがリアルかつユーモラスで飽きさせない。世界的なベストセラーを記録したというのも納得の面白さである。
ホームドラマに隠された暗い秘密系のミステリーが好きな方には絶対のオススメだ。
ささやかで大きな嘘<上> (創元推理文庫)
No.436:
(6pt)

暴力しか信じない人々

2014年に発表されたドン・ウィンズロウの長編小説。日本で同時発売された「失踪」とは全く違った、シンプルな戦闘アクションである。
アメリカの対テロ特殊作戦部隊を退役したデイヴ・コリンズは、イスラム系テロの旅客機攻撃で妻と息子を失った。ところが、米政府はテロではなく事故であると発表し、隠蔽してしまった。国に裏切られたコリンズは自分の手で報復することを決意し、かつての上司が運営する「世界最強の傭兵軍団」の力を借りてテロリストの殲滅作戦を開始する。
全編、「復讐は感情の行為であり、報復は正義の行為である」というエピグラフの精神で貫かれており、ストーリーもキャラクターも、まったく深みが無い。ただひたすら暴走するのみ。
大学では軍事史を学んだというウィンズロウらしく、兵器や軍事作戦の解説は極めて詳細で、兵器オタクにはオススメだ。というより、兵器オタク以外にはオススメできない作品だ。
報復 (角川文庫)
ドン・ウィンズロウ報復 についてのレビュー
No.435: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)
【ネタバレかも!?】 (1件の連絡あり)[]   ネタバレを表示する

じわじわ来る、イヤな感じ

デビュー作でエドガー賞処女長編賞を受賞し、2作目の本書が2014年度エドガー賞長編賞にノミネートされたという、新進作家の注目作。坦々とした展開の中、じわじわと不安感が積み重なってゆく静かなサスペンス作品である。
長期的な不況への入口に立っている1958年のデトロイト郊外の小さな白人コミュニティに暮らす主婦たち。繁栄した50年代のアメリカ中産階級の典型のような彼女たちも、自動車産業の衰退、近隣に進出してきた黒人たちなどの不安を抱えるようになっていた。そんなある日、夫たちが働く工場の近くで黒人娼婦が殺害される事件が発生、さらに数日後、コミュニティの一員で知的障害がある若い白人女性が行方不明になった。黒人娼婦の事件には無関心だったコミュニティも、白人女性の捜索には地域の全力を挙げて取り組むことになる。
ストーリー展開の中心は行方不明者の捜索なのだが、作品のテーマは、時代の影響を受けて変化して行く主婦たちの心理である。満ち足りた、平凡な生活を送っているように見える主婦たちだが、それぞれに不安や心の闇を抱えており、それが互いに影響し合って、複雑な心理ドラマが展開される。そして最後、もうあの時代は戻って来ないことが明らかになる。
静かなストーリー展開にも関わらず、じわじわとサスペンスが高まって行く上手さは新人離れしたテクニックである。殺人、行方不明ともに、解決方法にあいまいさが残るのは、本作品のメインはそこには無いということだろう。
謎解き、本格ミステリーファンには不満が残るだろうが、社会派作品、心理ドラマ好きの方にはオススメだ。
彼女が家に帰るまで (集英社文庫)
ローリー・ロイ彼女が家に帰るまで についてのレビュー
No.434:
(7pt)

差別、排外主義、移民、難民の啓蒙書

力作「闇に香る嘘」で注目を集めた下村敦史の書き下ろし作品。入国管理局で難民認定のための調査を担当する難民調査官を主人公にした社会派エンターテイメントである。
難民調査官・如月玲奈は、担当するイラク国籍のクルド人ムスタファの判断に迷っていた。迫害を受けたという証言は真実と思えるのだが、履歴や入国の説明に矛盾点が多いのである。調査を進めるうちに、イラク国籍ではなくトルコ国籍であること、しかも正規パスポートで合法的に入国していたことが判明した。さらに、如月に接触してきた公安調査庁の職員は「ムスタファはテロリストだ」と告げ、難民認定しないように圧力をかけてきた。
一方、ムスタファの逮捕のきっかけを作った「不法滞在者撲滅委員会」のメンバー西嶋耕作は、ムスタファが不法滞在者ではなく難民であると知らされ、残されたムスタファの妻と娘に対して罪悪感を抱き、彼女たちを援助するようになっていった。
トルコからのクルド人難民を、日本は受け入れるべきか否か。国家の安全、国民の安全、人道上の正義と不正義など、様々な視点からの難民問題の捉え方が繰り返し論議される。移民・難民問題に対する作者の思い入れの強さがひしひしと伝わってくる、熱い作品であり、また日本の入国管理の制度、機能、問題点を丁寧に教えてくれる作品である。
が、エンターテイメント作品としては構成も、ストーリー展開も、キャラクターもちょっと物足りない。テーマの着眼点が優れているだけに、その点が残念である。
ミステリーとしてではなく、これまで取り上げられることが少なかった入国管理や難民問題について知るための面白い教科書として読むことをオススメする。
フェイク・ボーダー 難民調査官 (光文社文庫)
下村敦史フェイク・ボーダー 難民調査官 についてのレビュー
No.433:
(7pt)

本格謎解きとホラーの融合

アメリカの本格謎解き派の巨匠(by訳者あとがき)ヘレン・マクロイの1942年の作品。精神科医ウィリング博士シリーズの長編第4作である。
ニューヨークのクラブ歌手フリーダは、婚約者アーチーの実家があるウィロウ・スプリングに行く日の朝、匿名の電話で「ウィロウ・スプリングには行くな」と警告された。警告を無視して出発したフリーダだったが、ウィロウ・スプリングに到着して間もなく、彼女の部屋が荒らされた。さらに、アーチーの縁戚で隣に住むリンゼイ上院議員の邸で開かれたパーティー後、アーチーの母の従兄弟の男性が毒殺され、再度、フリーダに警告の電話がかかってきた。アーチーの要請で調査に乗り出したウィリング博士は、事件の背後にはポルターガイストがあると判断した。
限られた場所と時間、限られた人数の関係者での真相解明という点では、まさに本格謎解きの王道を行く作品である。ただメインテーマが多重人格、ポルターガイストという点で、多少マイナスの評価になった。しかし、多重人格で安易に謎解きするのではなく、犯罪の動機、登場人物のキャラクターなどで十分に納得させる解決にしてあるところはお見事。
物語の構成、ストーリー展開の上手さは抜群で、本格ミステリーファン、非暴力的ミステリーファンには十分に楽しめるだろう。
あなたは誰? (ちくま文庫 ま 50-1)
ヘレン・マクロイあなたは誰? についてのレビュー
No.432: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ギャングに成功者はいない?

「運命の日」、「夜に生きる」に続く三部作(アメリカでは「コグリン・シリーズ」と呼ばれているらしい)の完結編。一作目の「運命の日」とはほとんど関連が無いが、前作「夜に生きる」の続編である。
前作から約10年が経過した、第二次世界大戦時のフロリダ州タンパでギャングファミリーの実権を親友のディオンに譲り、自らは顧問として裏稼業からは距離を置き、表のビジネスでも成功し、9歳の息子の良き父として生活していたジョー・コグリンだが、彼の命を狙う計画が進められているという噂を耳にする。自分のファミリーだけでなく、全米の同業者に利益をもたらしているはずのジョーが、なぜ狙われるのか? 根拠の無い噂と否定しつつも、ジョーは疑心暗鬼に陥っていく。時を同じくして、平穏だったタンパの街でジョーのファミリーと、友好的だった黒人ギャングとの間で抗争が勃発。ジョーは個人の問題だけでなく、組織の問題でも頭を悩ますことになった。
時代とともに変わってゆくファミリーの論理や人間関係に戸惑いながらも、持ち前の知恵と度胸で難局を乗り切ろうとするジョーの非情で孤独な戦いが、本書のメインテーマ。血で血を洗う暴力シーンに直面しながらも「善き父親」であろうとするジョーの息子への思いが、主要なサブテーマとなっている。その部分が前作と違い、ノワール小説でありながらハードボイルドのテイストが強く感じられる。
三部作ではあるが、「夜に生きる」を読んでいれば、「運命の日」が未読でも十分に理解できるだろう。サスペンス、ノワールのファンはもちろん、「父と息子」系のハードボイルドが好きな方には絶対のオススメだ。

過ぎ去りし世界 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
デニス・ルヘイン過ぎ去りし世界 についてのレビュー
No.431:
(8pt)

真実と嘘、嘘と真実

ドイツのベテラン脚本家の長編ミステリーデビュー作。ドイツ推理作家協会の新人賞を受賞した他、世界25カ国で出版され、映画化権も売れたというのも納得できる良質なエンターテイメント作品である。
ベストセラー作家のヘンリーには、妻マルタとだけ共有している重大な秘密があった。実は、ヘンリー名義で書かれた作品はすべてマルタが執筆したものであり、ヘンリーはひと文字たりとも書いたことは無かった。外見が良く、社交性に優れたヘンリーと内向的で独自の世界を生きているマルタは、お互いにその状態に満足し、穏やかに愛し合って生活していた。
新作長編小説が完成間近となったある日、ヘンリーは愛人関係にある編集者ベティから妊娠を告げられる。最初は妻に真実を告げて別れてもらおうと考えたヘンリーだったが気が変わり、ベティとの関係を清算しようと考えるようになる。そして、ベティーとの待ち合わせ場所で崖の縁に停まっているベティの車を見たとき、ヘンリーの中で眠っていた悪魔が目を覚ました・・・。
犯罪者となったヘンリーは、あるときは罪を告白しようとし、またあるときは罪を隠蔽しようとし、真実と嘘、嘘と真実の境界が溶けあう世界に暮らすようになる。同時に読者も、ヘンリーが語る嘘と真実のどちらを信じれば良いのか迷うことになる。
ヘンリーの犯罪は暴かれるのか、どう証明されるのかというストーリ展開の面白さに加え、主人公のヘンリーをはじめ登場人物が全員と言っていいほど個性的で、非常にドラマチックな物語に仕上がっている。幅広いミステリーファンに安心してオススメできる秀作だ。
悪徳小説家 (創元推理文庫)
ザーシャ・アランゴ悪徳小説家 についてのレビュー
No.430:
(7pt)

法をどこまで信頼するか?

フェルディナント・フォン・シーラッハの新作は、読む者の倫理と遵法精神に問いかける問題提起である。作者が得意とする法廷劇ではあるが、これまでの作品のようなエンターテイメントではなく、ストレートに読者の判断を迫ってくる。
2013年、ドイツ上空で旅客機がハイジャックされ、犯人は満員のサッカー競技場に墜落させて7万人の観客を殺害しようとした。戦闘機で緊急発進した空軍のコッホ少佐は、7万人の命を救うため、196人が乗った飛行機を独断で撃墜した。果たして、コッホ少佐は犯罪者なのか、英雄なのか?
検察側、弁護側の論告、関係者の証言が終わったあと、なんと有罪と無罪の二つの判決が提示され、最終判断は読者にゆだねられるという、異例のエンディングを迎える。犯罪の事実関係は争われず、法と正義だけが問われることになる。
読んでいる間も読み終わってからも、ただただ「自分ならどう判断するか」を問われ続ける、非常にヘヴィーな作品であることを覚悟して読み始めることをオススメする。
テロ
No.429: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

アルゼンチンの暗黒の現代史が爆発する

フランスの人気ミステリー作家による、アルゼンチン現代史の暗部をテーマにした強烈な怒りと復讐の物語。全編に渡って作者の激しい憤りが伝わってくる、熱気ある作品である。
主人公は、かつて軍事独裁政権下で父と妹を逮捕・拷問・殺害され、自身も逮捕・拷問された経験を持ち、現在では軍事政権下で行方不明になった人々の捜索をしている私立探偵のルペンと、スペイン人に迫害されたマプチェ族の血を引くインディオの彫刻家ジャナの二人。ある日、ジャナは親友である女装家のパウラから「友人のルスと連絡が取れなくなった」と相談され、探しているうちにルスが惨殺されているのを発見した。オカマやインディオの事件には冷淡な警察に業を煮やしたジャナは、ルペンに調査を依頼する。自分の専門外であるとして気乗りのしなかったルペンだが、自ら調査中の事件との関連が見つかり、またジャナの心の奥に存在する深い怒りと悲しみに共感したことから、二人は協力して二つの事件の真相を究明しようとする。
これまで軍事独裁政権下で暴虐の限りを尽くした軍人、政治家、経済人、キリスト教関係者が今なお隠然たる勢力を誇っているアルゼンチンでは、過去の罪を暴こうとする者には容赦ない暴力が加えられ、命の危険にさらされる。それでもなお、ルペンとジャナは怒りをパワーに変え、巨大な敵に立ち向かって行った・・・。
ストーリーのあちらこちらから、アルゼンチンを始めとする南米の軍事独裁政権に対する作者の怒りがほとばしり、また全編を覆う暴力の凄まじさに顔色を失い、さらに650ページというボリュウムにも圧倒され、読み通すには体力・気力が要求される。それでも、読む価値がある傑作であることは間違いない。
アクション系、社会派系、サスペンス系ミステリーファンには、自信を持ってオススメだ。
マプチェの女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
カリル・フェレマプチェの女 についてのレビュー
No.428:
(6pt)

雪の山荘ものへの挑戦

ノルウェーの人気シリーズ「ハンネ警部シリーズ」の第8作は、アガサ・クリスティへのオマージュとして書かれた「雪の山荘もの」である。
オスロからベルゲンに向かっていた列車が激しい雪嵐の中で脱線し、運転士は死亡したが乗客たちは近くの古いホテルに収容され、救助を待つことになった。ホテルの備蓄は十分で、あとは救助隊を待つばかりのはずだったが、夜中に乗客の一人の牧師が射殺体で発見された。ちょうど乗り合わせていたハンネ警部は事件捜査に協力することになったのだが、捜査が何も進展しないうちにさらに、翌日、新たな死体が発見された。パニックに落ち入る乗客たちの中に潜んでいる犯人を捜し出すために、ハンネは人々の言動を注意深く読み解いて行くことになった。そしてたどり着いた結末は・・・。
ミステリーの古典的結構をなぞった野心的作品だが、物語の起承転結がすべて人間ドラマの枠内に収められているため、いわゆる「安楽椅子ディテクティブ」的な色合いが濃く、現代ミステリーになじんだ読者にはやや退屈だ。
クリスティマニアにはオススメだが、従来の北欧ミステリーファンにはちょっと物足りないだろう。
ホテル1222 (創元推理文庫)
アンネ・ホルトホテル1222 についてのレビュー
No.427: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

酒と鎮痛剤が正義を支える、北欧ノワール

フィンランドの傑作ミステリー「カリ・ヴァーラ」シリーズの第4弾。作者の急逝によりシリーズ最終作となった本作は、前作よりさらに暴力的で、完全にノワール小説の世界に入っている。
前作の事件での負傷が原因で体がガタガタになった上に、愛妻ケイトがPTSDで家を飛び出し、家庭も崩壊状態になったカリ。不自由な体で娘アヌの世話に孤軍奮闘していたのだが、何者かにカリのみならず家族の安全まで脅迫されたため、追い詰められたカリはミロ、スイートネス、ミルヤミ、イェンナの助けを求めて対抗することになった。そんな中、エストニア人の女性から売春組織にさらわれた娘を助けて欲しいと依頼される。家族と自分の命を守るため、正義を実行してケイトとの関係を修復するため、カリと仲間は強大な敵に全身でぶつかって行くことになった。
ほとんど半身不随状態で杖を手放せないにも関わらず、アルコールと鎮痛剤でごまかしながら動き回るカリを支えるのが、これまたアルコール依存のスイートネスと薬物依存のミロなので、全編、アルコールと薬が切れることが無い。さらに前作以上に法規を無視した暴力で問題を解決して行く強引さ。貫かれているのはカリ自身の正義感なのだが、その行動は完全に警察活動の域を脱しており、ノワールの世界というしか無い。
シリーズ読者には必読。先に「解説」を読んでから本編を読めば十分にストーリーを追えるので、シリーズ未読のノワールファンにもオススメだ。
血の極点 (集英社文庫)
ジェイムズ・トンプソン血の極点 についてのレビュー
No.426:
(7pt)

古典的な謎に挑む氷の天使

キャシー・マロリーシリーズの第8作は、古風な大邸宅での58年前の大量殺人事件の謎が絡んでくるという、シリーズの中では異色の謎解きミステリーである。
NYの中心街にある大邸宅ウィンター邸で男が殺された。被害者は保釈中の連続殺人犯で、ハサミで胸を刺されており、そばにはアイスピックが落ちていた。強盗目的で侵入した男が住人にハサミで刺された事件として処理されようとしたが、この男を逮捕したことがあり、いつもナイフを使うという手口を良く知っているマロリーは納得できなかった。だが、当時屋敷にいたのは70歳の老婦人ネッダ・ウィンターと、その姪で小柄できゃしゃなビッティ・スミスの二人だけ。どちらかが正当防衛で殺したのだろうか?
ところが、この屋敷では58年前に9人が殺されるという未解決の大量殺人事件あり、ネッダは事件後に行方が分からなくなっていた当時12歳の少女であることが判明する。ネッダはあの事件の犯人なのか、58年間、どこにいたのか? 過去の事件と現在の事件は関係があるのだろうか? マロリーとライカーのコンビは、過去と現在を行き来しつつウィンター家の複雑な謎を解くことになった・・・。
本作は、大邸宅での大量殺人事件、関係者の失踪と再登場、富豪一族の家族の確執など、古典的な舞台設定でシリーズ読者を驚かせる。また、マロリーの言動が妙に大人しいというか、辛抱強いのも、これまでの作品とは異なっている。しかし、最後には自らの信念に基づいて突っ走るという、いつものマロリーに戻るのでご安心を。
本作はシリーズからの独立性が高いので、シリーズ読者以外の幅広いミステリーファンにもオススメできる、良くできた謎解きミステリーである。
ウィンター家の少女 (創元推理文庫)
No.425: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

捜査のために職を辞した刑事の執念

今、円熟期を迎えているといって差し支えないであろう巨匠・ウィンズロウの新作ミステリー。事件捜査の面白さ、主人公のキャラクター、サスペンスフルな構成など、すべてに一級品のエンターテイメント作品である。
ネブラスカの田舎町の刑事・デッカーは、5歳の女の子・ヘイリーの失踪事件を担当する。誘拐された子どもは時間が経つにつれて生きて発見される可能性が低くなるめ、必死で探しまわるのだが、時間が経つにつれ周りは遺体の発見と犯人逮捕を重視するようになり、あくまで少女の発見にこだわるデッカーは周囲から浮き上がってしまう。そんな中、第二の少女誘拐が発生し、被害者は遺体で発見された。事件の責任を感じ、また警察の捜査方針に納得がいかないデッカーは、刑事を退職し、単独でヘイリーを探し始める。
雲をつかむような情報を頼りに全米を走り回ること一年、ニューヨークに近いある田舎町のガソリンスタンドでの目撃情報から、事件の鍵を握ると思われる二組の人物を発見し、あらゆる手段を使って事件の真相に迫ってゆく・・・。
前半は、中西部の田舎の素朴で濃密な人間関係に及ぼす事件の波紋、デッカー刑事のキャラクター設定が中心で、後半は一転して、大都会ニューヨークの金と権力が生み出す醜悪な人間関係を中心に物語が展開する。その間、一貫しているのがデッカーの単純明快な正義感(作中の表現を用いれば「昔かたぎ」)であり、最後の解決方法もシンプルすぎるほどの勧善懲悪で、読者を安心させる。
ストーリーも文章もすっきりして読みやすく、誘拐された少女が生きたまま発見されるかどうかのサスペンスも効果的で、多くのミステリーファンに安心してオススメできる。
失踪 (角川文庫)
ドン・ウィンズロウ失踪 についてのレビュー
No.424:
(7pt)

カンガルー?、いやいやタスマニアデビルだ

これは珍しいオーストラリアのミステリー。作者のデビュー作であると同時にシドニーを舞台にした警察小説シリーズの第一作である。
シドニー州都警察殺人捜査課に異動してきたフランク刑事は、管内きっての敏腕と言われる女性刑事エデンとペアを組む。謎めいたエデンに興味を深めるフランクだったが、同じ捜査課に所属するエデンの兄エリックから「必要以上にエデンに近づくな」と警告を受ける。コンビを組んで早々、シドニーのマリーナの海底で死体が入ったスチール製のボックスが20個も見つかった。しかも、死体はいずれも臓器を抜き取られていた。まれに見る凶悪な大量死体遺棄事件を追い始めたフランクとエデンのコンビは、事件の裏に隠された罪深い事情に愕然とすることになる・・・。
オーストラリアだから「カンガルー」ミステリーかと想像していたのだが、予想を裏切る暗くて暴力的な内容は「タスマニアデビル」ミステリーと呼ぶ方がふさわしい。事件の凄惨さ、主人公が抱える闇の深さ、救いの無い結末など、かなりヘビーな読後感が残るため、警察の活躍で悪が滅ぶという単純明快な警察小説を期待する読者にはオススメできない。サイコもの、ノワールもの好きの方にオススメだ。
作者は、本作でオーストラリア推理作家協会の最優秀デビュー長編賞を、翌年にはシリーズ第二作で最優秀長編賞を、2年連続で受賞したという。現在、第三作まで発表されていて、順次邦訳の予定とのことなので楽しみに待ちたい。
邂逅 (シドニー州都警察殺人課) (創元推理文庫)
No.423:
(7pt)

タイムリミット・ミステリーの古典

「幻の女」と並び称される、1944年発表のウィリアム・アイリッシュの代表作。1940年代の青春のドラマをわずか5時間25分の間に凝縮した、タイムリミットものの傑作である。
NYでの成功を夢見ながら孤独な生活を送るブリッキーは、ある夜、務めていたダンスホールで客のクィンと出会う。挙動不審なクィンをグリッキーが問いつめると、彼は失業して自暴自棄になり、泥棒を働いてきたと告白した。さらに、クィンが同じ街の出身であることを聞いたブリッキーは、再出発のために、盗んだ金を返して二人で故郷に帰ることを提案する。バスが出発する朝までに間に合うように、すぐに窃盗の現場に戻った二人だが、そこには男の死体が転がっていた。クィンの潔白を証明するために、二人は残された時間で犯人探しをすることになった・・・。
とにかく、わずか5時間ほどの間に二人の出会いから犯罪の解明までが一気に進行するスピードが効果をあげている。まさにタイムリミット・ミステリーのお手本である。また、本物の犯人にたどり着くまでのプロセスに、内容のあるサブストーリーが挿入されていて、話が広がっているのも読み応えがある。さらに、都会で挫折した若い男女の再出発ストーリーが、犯人探しと同等の重みを持っているのも、古典的な魅力と言える。
タイムリミットものには不可欠なサスペンスが不足しているものの、読みやすくて分かりやすいミステリーとして多くの人にオススメできる名作である。
暁の死線【新版】 (創元推理文庫)
ウィリアム・アイリッシュ暁の死線 についてのレビュー
No.422:
(8pt)

ドイツ語圏ミステリーに、新たな大型シリーズ登場

2012年に発表された、遅咲きのベテラン作家レフラーのデビュー作。極めて完成度が高い、プロファイラーものの警察ミステリーである。
ケルンで猟奇的な連続殺人が発生。被害者は全員、内臓や体の一部が失われていたため「解体屋」事件と名付けられた。ケルン警察の捜査を助けるため、変人ながら凄腕の事件分析官(プロファイラー)アーベルと、アーベルに分析手法を学びたいという女性分析官クリストが派遣された。プロファイリングに懐疑的な地元警察との衝突を繰り返しながらも、アーベルは犯人像を絞り込み、クリストは自分勝手なアーベルに反発を覚えながらも、その手腕を信頼するようになった。自らを「人形遣い」と名乗る犯人を追い詰め、逮捕にこぎ着けようとしたとき、警察内部のふとしたミスから事態は急展開を見せることになった。
「羊たちの沈黙」を読んで以来、ドイツが舞台のリアルなミステリーを書きたいと思っていたと作者が語っている通り、伝統的に刑事警察ミステリーが充実しているドイツ語圏で、新たに「プロファイリング」の分野を開拓した作品である。犯人追跡のミステリーとしての完成度が高く、それに二人の主人公の個性的なキャラが重なって、読み応えがある。本国ではシリーズ化され、いずれも好評だという。
サイコスリラー的な要素が色濃い作品だが、主眼はあくまでも事件分析(プロファイリング)にあるので、警察ものファンを始め、多くの方にオススメできる。
人形遣い (事件分析官アーベル&クリスト) (創元推理文庫)
No.421:
(8pt)

ドイツ語圏の童謡殺人事件

オーストリアを代表するミステリー作家となったグルーバーの邦訳第三弾。ミュンヘンの女性刑事ザビーネとドイツ連邦刑事局の事件分析官(プロファイラー)スナイデルの二人を主人公とするシリーズの第一作である。
ミュンヘンでザビーネの母が誘拐され、教会のパイプオルガンに縛り付けられてインクを飲まされて溺死させられているのが発見された。しかも、容疑者として父親が逮捕された。犯人の手がかりを求めてザビーネは、アクセス権がない連邦刑事局のデータベースを覗こうとしたが失敗。さらに、身内が絡むことを理由に、ザビーネは事件捜査から外されることになった。そこでザビーネは、連邦から派遣された偏屈で嫌われ者の事件分析官スナイデルの捜査に無理矢理便乗することにした。
一方ウィーンでは、心理療法士ヘレンの下に切断された女性の指が届けられ、犯人から「あんたの知っている人物を誘拐した。48時間以内に誰を、何で誘拐したのかを答えなければ、その人物を殺す」という脅迫電話がかかってきた。なぜ自分が選ばれたのか、脅迫者は自分のクライアントなのか、ヘレンは必死で手掛かりを探し始めた・・・。
代表作「夏を殺す少女」と同じく、ドイツとオーストリアの事件が並行して進められ、やがては大きなひとつの流れに集約され、おぞましい連続殺人の謎が解明される。ウィーンの事件もユニークな仕掛けで読ませるのだが、本筋はザビーネとスナイデルの型破りな捜査に置かれている。
事件解明の謎解きだけでも十分に面白いのだが、本書の一番の読みどころは、スナイデルの変人ぶりだろう。スウェーデンが生んだ奇人プロファイラー・セバスチャンに匹敵するキャラクターの濃さで印象に残る。シリーズはすでに第4作目までが刊行、計画されているというので、更なる二人の活躍に期待したい。オススメです。
月の夜は暗く (創元推理文庫)
アンドレアス・グルーバー月の夜は暗く についてのレビュー