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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1360

全1360件 841~860 43/68ページ

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No.520:
(8pt)

東西冷戦時代の悲劇が、今も影響を及ぼしている

アイスランドの人気ミステリー「エーレンデュル捜査官」シリーズの邦訳第4弾。今作も、期待に違わぬ骨太な社会派ミステリーである。
エーレンデュル、エリンボルク、シグルデュル=オーリという、いつものトリオが今回取り組むのは、水位が低下した湖の底から現われた白骨死体。頭蓋骨に、強く殴られてできたような穴が開いていたことから殺人事件と見なされた。白骨死体は死後30年以上が経過し、骸骨にはソ連製の通信機器がつながれていた。ということは、冷戦時代のソ連のスパイが絡んだ殺人事件なのか? 30年以上前の失踪者を丹念に探し歩くという地道な捜査の結果、被害者候補として1968年に行方不明になったままの農機具セールスマンが浮かび上がってきた。婚約者を残したまま失踪したその男は偽名を名乗っており、アイスランドでの生存や行動の記録は一切見つからなかった。白骨死体の正体はだれか?、なぜ殺されたのか?
物語の途中に挿入される、ある男の独白(回想)によって、早い段階からストーリーの大まかな展開は読めてくるのだが、作品の主題が犯人探しや事件の様相解明ではないため、最後まで緊張感をもって読むことができる。シリーズのこれまでの作品同様、個人と家族と社会のかかわり合いがメインテーマになっており、社会情勢や主義主張に振り回される人間の弱さと哀しみが深い印象を残す社会派ミステリーの傑作である。主要メンバーそれぞれの個人的事情の展開も、シリーズ読者には楽しい。
シリーズのファンにはもちろん、北欧ミステリーファンには自信を持ってオススメしたい。
湖の男 (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン湖の男 についてのレビュー
No.519:
(7pt)

異色の北欧警察小説

デンマーク生まれで、ヨーロッパで人気を呼んでいるという「捜査官ラウン」シリーズの第一作。ストーリーが明快で読みやすい、ハードボイルド風味のサスペンスである。
ある事情から無期限休職処分を受け、自己憐憫と酒に溺れる自堕落な日々を過ごしていたコペンハーゲン警察の刑事ラウンは、友人のバーテンダーから「二年前から行方不明になっている、リトアニア出身の若い女性マーシャを探してほしい」と頼まれた。気乗りしないラウルだったが、酒に釣られて依頼を引き受け調査を始めてみると、どうやらマーシャが売春組織によってスウェーデンに連れて行かれたらしいことを突き止める。スウェーデンに行って調査を進めようとするラウンの前には、凶悪な東欧マフィアが立ちふさがってきた。さらに、若い女性を狙った連続猟奇殺人の犯人がマーシャに接近してきていた。警察というバックを持たず、しかも外国で単身で活動するラウンがマーシャを助け出すことができるのだろうか・・・。
警察官が主人公ということで警察小説に分類されるのだろうが、休職処分の最中とあって、組織的な捜査ではなく個人として活動するしかないため、私立探偵的小説的な展開になっている点が、従来の北欧警察小説とは異なっている。さらに、東欧マフィアだけでなく連続猟奇殺人のサイコパスまで登場するサイコ・サスペンスの要素もあり、いろんな料理が盛り沢山のワンプレート・ランチの様相を呈している。それでもすいすい読めるのは、ドラマ脚本家としてキャリアを積んできた著者ならではだろう。主人公だけでなく、脇役にも個性的な人物を配しているので、シリーズ化されたときが楽しみである。
いわゆる北欧警察小説を期待すると肩透かしを食らうだろうが、私立探偵もののバリエーションとしては良くできたエンターテイメント作品であり、多くのミステリーファンにオススメできる。
凍てつく街角
No.518:
(8pt)

殺し屋を殺す殺し屋を殺す殺し屋を追う

2016年のアンソニー賞最優秀長編賞受賞作。著者の作品では、おそらく本邦初訳だと思われる。
タイトル通り、殺し屋を専門に狙う殺し屋・ヘンドリックスを中心に、ヘンドリックスを消したい犯罪組織から仕事を請け負った殺し屋・エンゲルマンと、二人を追うFBI捜査官トンプソンの三つ巴の攻防を描いたアクション・サスペンスである。ストーリー展開が早く、登場人物もきちんと描かれていて、読み応えがある。ヘンドリックスが殺し屋になった理由とか、エンゲルマンの性格とか、トンプソンの捜査手法とか、細かい難点はあるものの、ストーリーの面白さに引かれてどんどん読める。
アクション系サスペンスがお好きなファンには、かなりのオススメ作品である。
殺し屋を殺せ (ハヤカワ文庫NV)
クリス・ホルム殺し屋を殺せ についてのレビュー
No.517:
(7pt)

宮部みゆきの時代物ファンにオススメ

「作家生活30周年を迎える宮部みゆきの集大成的な作品」とか、「21世紀最強のサイコ&ミステリー」という売り文句が先行し過ぎた作品。
現代を代表するストーリーテラー宮部みゆきだけに、物語の展開や膨らみには文句はないのだが、ミステリーとしては犯行の動機や手段に無理があり過ぎる。もちろん、時代怪奇小説として割り切れば、とても面白い作品であることは間違いない。
宮部作品の中でも、時代もの、怪奇ものが好きな方にはオススメする。
この世の春(上) (新潮文庫)
宮部みゆきこの世の春 についてのレビュー
No.516:
(7pt)

スコット&マギーは脇役だった

ハンドラーのスコット巡査&警察犬マギーのコンビがデビューした「容疑者」の続編という売りだが、正確には私立探偵コール&パイクシリーズ(未読)の16作目と言う方が当たっている。
メリル・ローレンスという女性から「行方不明になった同僚のエイミーを探してほしい」と依頼されたコールは、少ない手がかりを追って、ロスの小さな住宅を訪れたのだが、家は真っ暗だった。そのうち、警察のヘリコプターが周辺を照らし、パトカーも集まって逃亡者の追跡がはじまり、コールが訪ねた家から不審な男が逃げ出してきた。その男を捕まえようとしたコールは、逆に警察から事情聴取され、容疑者と見なされてしまった。時を同じくして、逃亡者を追って同じ家にたどり着いたスコットとマギーは、不審な男に遭遇したのだが疑問に思うことは無かった。ところが、すぐあとにマギーが、その家で逃亡者が殺害され、大量の爆発物が隠されていたのを発見した。
謎が多いエイミーを不審に思ったコールは、相棒のパイクとジョンに協力を求めて調査を進め、息子をテロで殺されたエイミーがある危険な計画を立てていることに気がついた。一方、不審な男の唯一の目撃者として捜査に協力していたスコットは、マギーともども不審な男から命を狙われるようになった。コールとスコットは、警察から不信感を持たれながらも、それぞれの思惑と使命感に駆られて事件の真相を究明しようとする・・・。
主役はあくまでもコール&パイクにジョンが加わった探偵側で、スコットとマギーは主要登場人物ではあるが、あくまで脇役であり、スコットとマギーの活躍を読みたいと思っていると肩透かしを喰らう。とはいえ、構成もストーリーも良くできた作品で、コール&パイクシリーズのファンにはもちろん、私立探偵小説ファンにはオススメだ。

約束 (創元推理文庫)
ロバート・クレイス約束 についてのレビュー
No.515:
(8pt)

刑事が馬車で現場に駆けつけた時代のお話

これは珍しい、フィンランドの1920年代を舞台にした警察小説である。本国では、ミステリー関係の賞を受賞するなど好評で、シリーズ化されているという。
ロシア革命とそれに続くドイツの干渉などによる内戦がようやく治まった、ヘルシンキ近郊の小さな都市ラハティの町外れで、青年の射殺体が発見された。地元警察は、密造酒を巡る内輪の争いとして処理しようとするが、まるで処刑のような現場の様子に疑問を抱いたケッキ巡査は納得できず、真相を究明しようとする。地道な捜査の結果、ラハティは内戦時の白衛隊関係者が敵対する赤衛隊支持者を処刑したとの疑いを深めるのだった。しかし、内戦で勝利した白衛隊側が絶対的な権力を持つラハティでは、白衛隊支持者を対象にした捜査はさまざまに妨害され、困難を極めた・・・。
フィンランドの、しかも1920年代が舞台とあって、当時の社会生活の描写が非常に興味深い。何しろ、密造酒業者は自動車で移動するのに警察には自動車が無く、車で逃走する犯人たちを見て悔しがるという有様。当然、事件現場での鑑識も、笑えるほどずさんである。それでも、正義感が強い警官がさまざまな妨害にも関わらず正義を貫こうとするという、警察小説の王道のストーリーがしっかりしているので、物語の完成度は高い。また、あまり知られていないフィンランド内戦の実態、フィンランド人の生活に溶け込んでいるサウナの話なども非常に興味深い。
警察小説というより、1920年代のフィンランドの庶民の生活を活写した社会派ミステリーとしてオススメしたい。
処刑の丘
ティモ・サンドベリ処刑の丘 についてのレビュー
No.514:
(7pt)

いろんな意味で、珍品である

ドイツを含む北欧、東欧系のミステリーがいろいろ紹介されているが、本作品はなんとポーランド・ミステリーである。「ポーランドのルメートル」(訳者あとがき)と呼ばれる作者の本国では人気を博している「検察官テオドア・シャツキ」シリーズの第三作にしてシリーズ完結編が本邦初登場という、苦笑したくなるような事情を抱えてのデビューである(シリーズ第一作、第二作も近々刊行の予定とか)。
工事現場で白骨死体が見つかった。しょっちゅうドイツ占領時代の白骨が見つかっていたことから、事件性は無いと楽観視していたシャツキ検察官だったが、検死の結果、遺体は10日前まで生きていたことが判明し、さらに、白骨には複数の人間の骨が含まれていたことから、本格的な捜査を進めることになった。遺体の身元が判明し、白骨化した過程もほぼ明らかになったのだが、犯行の動機や犯人の手がかりがまったく見つからず、捜査は混迷を深めるばかりだった。さらに、家庭内暴力を訴えてきた女性をすげなく追い返したシャツキ検察官は、部下にその対応を批判され、心配になって女性の家を訪ねると彼女は暴力を受け瀕死の状態で横たわっていた。二つの事件の重圧に苦しむシャツキ検察官を、さらにとんでもない悲劇が襲ってきた・・・。
基本的には犯人探しミステリーだが、シリーズ作品らしく主人公や主要な登場人物のキャラクターにも重点が置かれ、さらに舞台となるポーランド北部の小都市の描写にも力が入れられている。「まさに面白さてんこ盛り」(訳者あとがき)なのだが、全方位に欲張り過ぎていて、イマイチ乗り切れない作品だった。犯行の残忍さはサスペンスフルだが、それに比べて捜査の展開がのんびりし過ぎていて、衝撃の結末を迎えても、まったくスリルとサスペンスが感じられなかった。さらに、主人公のユーモアがちょっとズレて(国民性の違いかも)いるのももどかしい。
北欧やドイツ系の警察ミステリーのファンにはかろうじて合格点だと思うが、ルメートル・クラスのサスペンス・ミステリーを期待したら肩すかしを喰うだろう。
怒り 上 (小学館文庫)
ジグムント・ミウォシェフスキ怒り についてのレビュー
No.513:
(6pt)

全600ページの独白は、正直キツい

南ヴェトナムが崩壊した1975年に4歳で難民として渡米したヴェトナム系アメリカ人作家の長編デビュー作。MWA賞最優秀新人賞とピュリッツアー賞を受賞し、アメリカでは大ヒットした作品である。
主人公(最後まで、名前は出ない)は、フランス人宣教師がヴェトナム人メイドに生ませた私生児で、生まれた時から父親には認知されず、妾の子として迫害されながら育ち、南ヴェトナム秘密警察長官(将軍)に信頼される大尉として勤務し、駐ヴェトナムCIA局員からも可愛がられていた。1975年、サイゴン陥落を目前に、将軍たちはサイゴンを脱出し、アメリカへとわたる。難民として苦労しながら、将軍たちはCIAや米国保守派の助けを借りて南ヴェトナムへ侵攻する計画を進めていた。将軍の片腕として活動する主人公だったが、実はヴェトナム時代から南ヴェトナム秘密警察に潜り込んだ北ヴェトナムのスパイであり、今も親友で義兄弟の契りを結んだ北のハンドラーと連絡を取り合っていたのだった。しかも、義兄弟と誓い合ったもう一人の友人は、熱烈な反共主義者の南ヴェトナム軍人で、同じく将軍と一緒に行動しているのであった。
物語の中心は、スパイ活動と周辺の人々への愛情との亀裂をはじめ、西洋と東洋の血が流れる自身のアイデンティティの苦悩、祖国とアメリカ文化の対立、成功した革命が見せる変質への失望などなど、二つの精神のせめぎ合いと葛藤に置かれている。従って、いわゆるスパイ小説のスリリングさやサスペンスを期待していると裏切られる。言わば、ヴェトナム人の視点から描いたヴェトナム戦争小説である。
描かれている世界は複雑で、さまざまなエピソード、登場人物も魅力的なのだが、いかんせん全600ページ(文庫本2冊)がすべてが主人公の独白という構成が重苦しい。読み通すのに、かなりの気力と体力が必要だった。
スパイ小説を期待せず、現代アメリカ文学のヴェトナム戦争分野の異色作として読むことをオススメする。
シンパサイザー (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ヴィエト・タン・ウェンシンパサイザー についてのレビュー
No.512:
(9pt)
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ニュースがエンタメ化された現代の恐怖

2017年のアメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)最優秀長編賞受賞作。あまり評判にはなっていないようだが、年間ベスト級の傑作ミステリーである。
2015年8月23日、日曜日の夜、高級リゾートの島からニューヨークへ帰る途中のプライベートジェット機が墜落した。乗客乗員11名のうち、47歳の貧乏画家スコットが生き残り、同じく夜の海に投げ出されていた4歳の男の子JJを助け、ロングアイランドの海岸まで泳ぎ着く。一躍、ヒーローとして注目を集めるスコットだったが、墜落の原因究明に当たる政府機関からは墜落への関与を疑われる。さらに、乗客がアメリカの右派ニュース専門局の代表夫妻やマネーロンダリング疑惑をもたれていた富豪夫妻だったことから、さまざまな陰謀論が巻き起こった。とりわけ、ニュース専門局の代表を狙ったテロだと主張する同局の看板司会者ビル・カニンガムは、執拗にスコットを追求し、過激な主張を繰り返すのだった。墜落は、事故だったのか、事件だったのか? 乗り合わせた11人の墜落前の足跡をたどることから、事態の真相が徐々に明らかにされる。
墜落したプライベートジェットに乗ったばかりに、運命が大転換してしまったスコットの人生と、墜落原因の解明を2本のメインストーリーに、乗り合わせた11名の人となりのドラマ、ニュース専門局を中心にした報道メディアの闇の暴露をサブストーリーにして、現代アメリカの脆さを描いた壮大な人間ドラマが展開される。その中心にあるのが、人を信じて素朴に生きようとするスコットと陰謀論に凝り固まって人を陥れようとするビル・カニンガムの対比である。こうした構成の場合、ヒーローか敵役のキャラクターが際立つほど面白いのだが、本作では敵役のビル・カニンガムが上手く造形されていて(現実のアメリカのアンカーマンや大統領候補をなぞっただけかもしれないが。日本で言えば、ナベツネと橋下徹とミヤネヤを足したような下衆といえば当たっているか?)、効果を上げている。
謎解き作品としても、社会派作品としても高く評価できる傑作サスペンスとして、多くの方にオススメしたい。
晩夏の墜落 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ノア・ホーリー晩夏の墜落 についてのレビュー
No.511:
(7pt)

シリーズをより深く味わうために必読

ドイツを代表する人気シリーズ「刑事オリヴァー&ピア」の第2作。日本では、3作目、4作目、1作目に続く4番目の刊行である。
田舎町の市会議員で高校教師の男性パウリーが、バラバラ死体で発見された。パウリーは環境保護活動に熱心で過激な言動を繰り返していたため、さまざまな立場の人たちと対立しており、直近では道路の建設を巡って地元の議会や市長、業界などから憎まれていた。オリヴァーたちのチームが捜査を進めると、パウリーを殺したいという動機を持つ人物が次々に登場してきた。さらに、パウリーに心酔する若者のグループやパウリーの家族関係でも不審な動きが見られるようになり、捜査は混迷を深めるばかりだった・・・。
物語全体の構成、伏線の張り方は実に見事で、犯人探しの面白さにどんどん引き込まれていく。また、シリーズ物の重要ポイントである主要な人物のキャラクターや関係性が作り上げられて行くプロセスという点でも、シリーズ読者には非常に興味深い。ただ、事件の背景や動機、捜査などの本筋以外の部分、特にキャラクターを表現した部分が、他の3作品より多少劣っている感じがした。
本シリーズの愛読者には絶対のオススメ。シリーズ未読の方には、第1作「悪女は自殺しない」から読むことをオススメする。
死体は笑みを招く (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス死体は笑みを招く についてのレビュー
No.510:
(7pt)

過剰な技巧のオンパレードに幻惑された

1993年に刊行された折原一の代表作。ミステリーとホラーの構成要素を、これでもかと詰め込んだ重量級の作品である。
純文学と推理小説の新人賞を受賞したもののさっぱり芽が出ず、ゴーストライターとして生活していた島崎は、裕福な宝石商である母親から「息子の伝記を書いてほしい」と依頼された。高額な報酬に釣られて引受け、8歳で児童文学賞を受賞し神童と呼ばれながら作家として大成しなかった小松原淳の生涯を追い始めた島崎は、小松原淳の生涯につきまとう暗い陰に気付き、また不審な男の存在を感じた。さらに、何者かが島崎の仕事を妨害しようとしてきた。富士の樹海で行方不明になったと信じられてきた小松原淳は、本当に死んだのだろうか?・・・
最初に書いたように、作者が持っている技巧とモチーフを全部ぶち込んだような、力業の作品である。メインストーリー自体は単純で、仕掛けの大筋も途中で分かってくるので、技巧の部分をのぞけば、ミステリーとしては物足りない。また、登場人物が類型化されているのにもやや不満が残る。
ミステリーはトリックが命、という読者にオススメする。
異人たちの館 (文春文庫)
折原一異人たちの館 についてのレビュー
No.509:
(7pt)

こじらせたアラフィフ女子の騒動記(非ミステリー)

1986年に制作されたフランス映画「ベティ・ブルー」の原作者による長編小説。2016年に公開されたフランス映画「エル ELLE」の原作で、フランスでは有名な文学賞を受賞した作品である。表4の説明文や映画の売り文句ではサスペンスとかサイコ・スリラーとか言われているが、ミステリー作品ではない。
番組制作会社の共同経営者として成功したミシェルは、一人暮らしの自宅で目出し帽の男に強姦された。事件から立ち直ろうとするミシェルだったが、犯人らしき男からはミシェルを監視しているようなメールが届き、ミシェルは自衛のために護身具を購入する。その一方、ミシェルの周辺では元夫、息子、母親らがさまざまなトラブルを引き起こし、ミシェル自身の不倫相手も無理難題を持ち込むなど、心理的に安泰な日々は失われるばかりだった。そんなとき、強姦犯人がまた彼女に襲いかかってきた・・・。
サスペンス、スリラーであれば、ミシェルが犯人を撃退するプロセスが中心になるはずだが(当然、そういう展開を期待して読み始めたのだが)、作品の主眼は犯人との対決ではなく、ミシェルの生き方に置かれている。その生き方というのが、まさに「こじらせ女」を地で行くもので、賛否両論(というか、読者レビューでは「否」がほとんどだが)を引き起こすやっかいものである。
ミステリーとしてではなく、フランスのアラフィフ女性の生き方を垣間みる作品として読むことをオススメする。
エル ELLE
フィリップ・ジャンエル ELLE についてのレビュー
No.508:
(8pt)

誰にだって秘密はある

幼稚園の先生をしているときの園児や母親たちの会話から着想を得たという、新人作家の長編デビュー作。語り手の誰もが全面的には信用できないという、よくあるパターンのサスペンス・ミステリーだが、現代の若い母親たちの揺れる心情が上手に描かれており、どんどん引き込まれていく。
シングルマザーでブロガーのステファニーは、幼稚園に通う息子マイルズの友だちニッキーの母親エミリーと知り合い、親友として付き合っていた。ある日、エミリーは仕事で遅くなるからといってニッキーをステファニーに預けたまま迎えに来ず、失踪してしまった。警察に訴えても単なる家出として真剣に取り合ってくれず、時間ばかりが経って行った。行方不明のエミリーに代わってニッキーの面倒を見るうちにステファニーは、エミリーの夫ショーンに恋心をいだくようになり、エミリーの死体が発見されたあとは、ショーンとステファニーのそれぞれの家を行き来しながら4人で暮らすようになった。息子を愛し、仕事でも成功していたエミリーが、何故失踪したのか? そこには隠された秘密があったのだった・・・ラストは、結構、怖い。
各章はステファニー、ステファニーのブログ、エミリー、ショーンという一人称視点で描かれていて、しかもそれぞれに他人には言えない秘密を抱えているので、物語が徐々に複雑になり、サスペンスが高まって行く。そういう点では、「ささやかで大きな嘘」や「ガール・オン・ザ・トレイン」などと同じく、ホームドラマ系サスペンスである。
現在的な舞台装置での心理サスペンスがお好きな方にはオススメだ。
ささやかな頼み (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ダーシー・ベルささやかな頼み についてのレビュー
No.507: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ノルウェーのキャシー・マロリー?

珍しいノルウェー発のサスペンス・ミステリー。最後がちょっと腰砕けな気がしないでもないが、読み応えがある警察小説である。
オスロ警察殺人捜査課特別班のメンバーだったミアは、双子の姉をジャンキーにして死に至らしめた密売人を事件現場で射殺したことから休職し、離れ小島に隠遁し、死んで姉のところに行くことを考える毎日だった。そこへ、田舎警察に左遷されていた元上司のムンクが訪れ、ノルウェー全土を震撼させている6歳の少女殺害事件の捜査に参加しないかと、持ちかけてきた。ミアの復帰を条件に、ムンクは特別班を再結成することを上司に認めさせていたのだった。気心の知れたメンバーが再結集し、ハッキングに精通した新人を加えたチームは捜査に取りかかるのだが、何一つ判明しないうちに、第二の少女殺害事件が発生し、しかも、遺体にはさらなる事件の発生を予感させるメッセージが残されていた・・・。
警察小説の王道であるチーム捜査を主軸に、個性の強いメンバーが難関を突破するという、北欧ミステリーではよくあるパターンの作品である。こうしたケースでは、犯人がいかに魅力的(悪魔的)であるかで、作品のイメージが大きく左右されるのだが、本作は、クライマックス寸前までは犯人の存在感が大きく、スリリングなのだが、最後の最後でぼろを出してしまったのが残念。しかし、ヒロインのミアは魅力的(キャシー・マロリーほどは冷たくないが、頭が切れるのは同様)だし、リーダーのムンクをはじめとする班のメンバーもきちんと人間として描かれている。「特捜部Q」や「刑事ヴァランダー」、「犯罪心理捜査官セバスチャン」のようにシリーズとしても成功するのではないだろうか。
北欧ミステリー・ファン、キャシー・マロリー・ファンにはオススメだ。
オスロ警察殺人捜査課特別班 アイム・トラベリング・アローン
No.506: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)
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警察小説+法廷小説

佐々木譲初めての法廷小説という紹介もあるが、より正確には前半は警察小説、後半は法廷小説と言うべきか。いずれにせよ、傑作であることは間違いないエンターテイメント作品である。
東京・赤羽で一人暮らしの初老男性が殺害され、重要容疑者として、フリーの家事代行業の女・山本美紀が浮上した。赤羽署員が女の自宅を訪ねると、埼玉県警大宮署の係員が先着し、彼女の身柄を確保していた。山本美紀の周辺では、何人かの一人暮らしの老人男性が死亡しており、第二の首都圏連続婚活殺人事件かと騒がれる事態となった。
山本美紀の弁護人となった矢田部は、検察側の証拠が状況証拠ばかりであることから自信を持って裁判に臨んだのだが、ある瞬間から山本美紀は一切の証言を拒み黙秘するようになった。このままでは無期懲役以上の判決になってしまうのは明白なのに、それでも沈黙を守る理由は何か?
amazonなどのレビューでは、物足りない、どんでん返しがない、中途半端などの辛口な評価もあるが、ストーリー展開も事件の背景も、キャラクター設定も巧みで、警察小説としても、裁判小説としても読み応えがある作品に仕上がっている。まさに、佐々木譲が新境地を開いたと評価したい。
これまでの佐々木譲の警察小説ファンにはもちろん、さらに幅広いミステリーファンにオススメできる。
沈黙法廷 (新潮文庫)
佐々木譲沈黙法廷 についてのレビュー
No.505:
(8pt)

衝撃的なエンディング!

「犯罪心理捜査官セバスチャン」シリーズの第3作。開かれた国・スウェーデンが抱えるテロ対策と移民の問題を背景にした社会派ミステリーである。
トレッキング旅行中の女性が偶然見つけた白骨は、ずいぶん前に埋められたらしい6人の死体の一部だった。トルケル率いる殺人捜査特別班が現地に入ることになり、セバスチャンも同行することになった。セバスチャンには、自宅に押し掛けてきて同居する女性・エリノールにうんざりしていたのに加えて、実の娘である刑事・ヴァニヤのそばにいたいという密かな願いもあった。ところが、ヴァニヤはアメリカでのFBIの研修を志願し、合格間違いなしと思われていた。ヴァニヤが離れることを阻止しようと考えたセバスチャンは、ヴァニヤを不合格にするために裏から手を回すことを決意する。
6人の死者の身元はなかなか判明せず、苦労する特別班メンバーたちだったが、地道な捜査を続けるうちに、関連がありそうな別の事件を発見する。
アフガニスタンからの移民・シベカは、9年前に夫とその友だちが失踪したことに納得がゆかず、警察やマスコミなどに訴え続けてきたが、誰も耳を傾けてくれなかった。ところが、公共テレビの記者が関心を示し、取材を持ちかけてきた。移民社会の反対に遭いながら調査を進めると、失踪には公安警察が関係している疑惑が浮かび上がってきた。
6体の白骨死体と失踪した移民の事件の捜査がクロスしたとき、見えてきたのは「開かれた国家」が抱える閉ざされた政治の闇だった。
2つの事件捜査も非常にレベルが高いストーリー展開で楽しめるのだが、それに加えて、セバスチャンを中心にした特別班メンバーの人間模様が非常に面白く、単なる社会派ミステリーでは終わらない作品である。特に、セバスチャンの変貌ぶりには驚かされる。さらに、シリーズの行方を大きく変えそうなエンディングには衝撃を受けた。
シリーズ未読の方は、第一作から読むことを強くオススメする。
白骨〈上〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)
No.504:
(7pt)

時刻表ミステリー?

おなじみ北海道警シリーズの第8作。人情もの+時刻表ミステリーっぽいところが、シリーズの中では新味さを感じさせる。
小島百合巡査部長は、工具類を万引きした小学生を補導し、大通警察署に連行しながら、署内から逃走されるという失態を犯した。責任を感じた小島が四苦八苦して連絡を取った少年の母親は半ば育児放棄状態で、小学生の行方は不明のままだった。同じ日、園芸店の侵入盗捜査に赴いた佐伯警部補は、盗まれたのが爆弾の原料になる硫安と分かり、緊張する。園芸店近くのコンビニの防犯カメラから目星をつけた車を洗って行くうちに、JR北海道の保線データ改ざん事件で解雇された男が浮上した。しかも、男はキャンピング用に改造した車で万引き小学生と一緒に移動しているらしいことが判明した。男の狙いは、何なのか? どこに爆弾を仕掛けようとしているのか? 佐伯、小島たちと機動捜査隊が必死に追いかけるのだが、男はすでに爆弾を仕掛けていた・・・。
安定した面白さではあるが、主犯の男の造形がいまいちのため、ぞくぞくするようなスリルに欠けるし、タイムリミットものには必須のサスペンスもやや物足りない。佐伯と小島の男女関係と同様に、やや緩くて緊張感が無いと言えば、言い過ぎだろうか。
シリーズファンにはもちろん、軽めの警察小説ファン、時刻表ミステリーファンにはオススメだ。
真夏の雷管
佐々木譲真夏の雷管 についてのレビュー
No.503:
(7pt)

最初から最後まで、暗くて重い

シドニー州都警察殺人捜査課シリーズの第2作。フランクとエデンの2人の刑事が主役の警察小説であり、エデンの養父・ハデスの過去が明かされるノワール小説でもある。
シドニーで行方不明になった3人の若い女性。シドニー郊外にある、怪しいコミューンの農場にいたことがあるという共通点に着目した警察は潜入捜査をすることになり、エデンが潜り込み、フランクが監視チームを率いることになった。一方、闇の稼業からの引退を決意したハデスだったが、何者かに監視されていることに気付き、エデンを通してフランクに監視者を突き止めるように依頼した。
危険な任務を引受けたエデンは、無事に帰って来られるのか、エデンのサポートとハデスの依頼の2つの任務をこなさなければならなくなったフランクは、両方を同時にこなして行けるのか。現在の厳しい捜査の進展と並行して語られるのは、「冥界の王」ハデスの誕生までの暗くて凄惨な物語である。
全編、暗くて思い物語で、読み通すにはかなりの体力が必要だし、読後感も爽快さとはほど遠い。それを覚悟のうえで読むことをオススメする。
楽園 (シドニー州都警察殺人捜査課) (創元推理文庫)
No.502: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

犬のように真直ぐな愛と善の讃歌(非ミステリー)

「暴力の詩人」ボストン・テランの新作は、意表をつく犬が主人公の現代アメリカ人の再生の物語である。
イラクからの帰還兵ヒコックがケンタッキーの夜の田舎道を車で走っていて、瀕死の犬・ギヴに遭遇するところから物語がはじまる。虐待されていた檻を噛み破って逃げてきた、傷だらけの犬に自分の姿を見たヒコックは、ギヴを助け、元の飼い主に戻すべくギヴの生きてきた道をさかのぼることになったのだが、それは、9.11やハリケーン・カトリーヌやイラクでの戦いで傷ついてきたアメリカが、再び愛と善意を信じて立ち上がれるかを問う旅でもあった・・・。
「訳者あとがき」の一行目が「一風変わった小説である」とあるように、まさに常識破りの小説である。犬が主人公だからといって、ユーモラスでもハートウォーミングでもない。救いようがない悪意の人間もたくさん登場する。しかしそれでも「愛と善の讃歌」であるのは、人間の悪を覆い尽くす犬の善意と、それに応える人間の愛が貫かれているから。
犬好きにはもちろん、猫好きにもオススメ。いまの世の中のうんざりするような人間の愚かさやおぞましさを、良質な物語を読むひとときだけでも忘れたいという方にもオススメだ。
その犬の歩むところ (文春文庫)
ボストン・テランその犬の歩むところ についてのレビュー
No.501: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

フロストは最後までフロストであった

言うまでもない人気シリーズの第6作。作者の遺作にしてシリーズ最終作は、フロストの魅力が満開の、期待に違わぬ傑作である。
マレット署長のごますりで人手不足に陥っているデントン署に、次から次へと降り掛かる難事件、怪事件の数々。運悪く捜査をまかされたフロスト警部は、外れてばかりの直感を頼りに寝る間も削って奮闘するのだが、事件は一向に解決せず、さらに新たな事件が起きるばかりだった。しかも、マレット署長と組んでフロストをデントン署から追放するために赴任してきたスキナー主任警部が何かと口を出し、フロストは疲労困憊するばかりだった。デントン署からの異動の日が近づく中、フロストはいつもの妙手・法律無視で未解決事件の始末をつけようとする・・・・。
最初から最後まで、フロスト節満開のストーリー展開、いつも通りのボケ具合で楽しませてくれる登場人物、これでもかってほど繰り返されるおバカなエピソード、まさに安定した面白さである。作者の死により、これが最後かと思うと、まことに残念でならない。
シリーズ作品とは言え、各作品は独立性が高いので、本作から読み始めてもフロストの魅力は十分に堪能できるだろう。
シリーズ愛読者にはもちろん、ユーモア系ミステリーファンには絶対のオススメである。
フロスト始末〈上〉 (創元推理文庫)
R・D・ウィングフィールドフロスト始末 についてのレビュー