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青鉛筆の女
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青鉛筆の女の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.67pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全9件 1~9 1/1ページ
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凝った構成の物語ですが、文句無く傑作のひとつといえると思います。 読み込んで、想像力を働かせないと分かりにくい点もありますが、利己的であったり、差別的な人間の負の面を巧みに描いていると思います。 特に時代に流されて差別的になる人々を表面的に描く一方で、その中に混じる利己的な人間の悪意をその奥に垣間見せる物語を読み解いていくことは、小説の醍醐味といえるでしょう。 | ||||
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帯紙には「三重構造の超絶技巧ミステリ!」などという売り文句が躍る。2015年発表の米国ミステリである。マカルパイン作品は初読。 三重構造というのは、(1)1945年刊行のパルプ・スリラー、(2)編集者(欧米の編集者は原稿に青鉛筆でコメントを書き込むらしい)からの手紙、(3)手書きの原稿の束、のことで、これらが順繰りに読者に提示されていくことを指している。 冒頭、ハンフリーボガード主演「マルタの鷹」が上映されている映画館で物語の幕は上がる(個人的に最近同作を文庫で読んだばかりで、おおぉと思った)。読み進めていくと、これら(1)~(3)の3つはどうやら互いに関連性があるらしいことがわかってくるのだが、なぜそういう自体になっているのかは謎のまま。(1)と(2)が相互に干渉していることはうすうすわかってくる。(3)はなんだかSF仕立てのような気もしてくる。ちょっとご都合主義な展開とか何だかなぁと思いながらも読み進めていくと、ところどころにおやっと思う微妙な記述。前のほうで出てきたアレに関係しているのか?と。謎はしかし綺麗な解決を提示されることなく強引に本編は終了、後日談が語られて全ては終わってしまうのだ。 やや不完全燃焼な気持ちで解説を読み始めて、瞠目。わたし日本人ですが、第二次大戦中に米国の日系人が直面した厳しい状況については殆ど無知で(『バンクーバーの朝日』は映画館で見たけれど)、それゆえ読後感が不完全燃焼だったことが分かるのだ。歴史的事実をいろいろ後付けで(webで)調べていくうちに、著者が仕掛けていた伏線に気付くこと気づくこと。ううーんこれが帯紙の三重構造だったのか、青鉛筆女史の言動もそれを踏まえると意味あいが違ってくるし、表紙もそういう意味・・・色々な意味で無念・・・。初期の西村京太郎ミステリにも通じる何か。 くやしいので再読するか。 | ||||
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本書は、 1)日系アメリカ人作家サトウ・タクミが、同じく日系人の主人公 サム・スミダが妻のキョウコ殺しの謎に挑むミステリー 「(仮題)キョウコ殺人事件」の『改訂版』の抜粋 2)真珠湾攻撃の影響で、ウィリアム・ソーン名義で書かされた 『オーキッドと秘密工作員』の抜粋 3)出版社の副編集長からサトウ・タクミへの手紙 の3つのテキストを交互に配置して構成されている。 単にこれだけを普通に読むと、凡庸な作品に読めるかもしれないが、 書かれなかった背景に思いをはせるとなかなか深いと思う。 特に、 真珠湾攻撃の影響で、日系人への憎悪がはげしくなったため、 日系人を主人公にした小説はボツにするしかない、しかし、 同じ東洋人、例えば朝鮮人の主人公が卑劣な「ジャップ」の スパイ組織と戦う内容なら売れるかも、と編集長に言われて 心にもない作品を書かされるサトウ・タクミの心中を察すると、 今日の日韓関係(韓国の態度!)にイライラしている日本人にこそ 身に染みて迫ってくる。 たまたま手に取って読んで、初読から面白かった。 これは掘り出し物、再読するたびに印象が深くなるかも。 | ||||
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2本の作中作と、編集者の手紙が交錯する構成、あらすじの煽りから、叙述による技巧的な大どんでん返しを期待するかもしれませんが、本作はそういう作品ではありません。 そして、非常にわかりにくい作品でもあります。 私も初読時は意味不明で、「あれ、これで終わり?」と思ったものでした。 そういう人は少なくないのではないでしょうか。 結論から言うと、本作は最終的に、テキストを書いた彼らの背後の状況、人物像が立体的に浮かび上がるようになっているのです。 これらは作中にはっきりとは書かれておらず(そうすることで余韻を残す意図なので、書くと作品にならない)、解説もそれをほのめかすに留めています。 確かに「答」を書くと趣を欠いてしまうのですが、解説ではさらに踏み込んでネタばれしてもよかったように思います。 くわしくは各種ネタばれレビューを検索してもらうとして(インターネットは便利ですね)、技巧的におもしろいと思ったのは、テキストの順番です。 解説で指摘されている特定ページの2行は、そのテキストが書かれた日付であり、それは読者の素直な解釈とは違うもののはずです。 7Pの記述とともに、そのとき著者がどのような状況におかれていたかを考えれば、作品の意味も、テキスト同士の関係性も、読者自身が見る「絵」もちがってくるでしょう。 総論としていえば、このような方向で「凝りに凝った」作品は、日本のミステリではまずお目にかかれないでしょう(どちらが上うんぬんではなく)。 いろいろと「ああ、そういうことか……」と解釈した後の読後感、感慨には独特のものがあり、比肩するタイプの作品がちょっと思い浮かばない。 すごい作品なのは確かです。 何じゃこりゃ、で終わらず、もう少し踏み込んでいただくと、私みたいに評価が変わってくるかもしれませんよ。 | ||||
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ハードボイルドとSFの手法を駆使して、小説家になりたい男と大成させたい女の姿を描いた純文学、といったところだろうか。 偏っていない読書をしている方なら、きっと面白く読めると思いますよ。 | ||||
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この裏書書いた人、この本のラスト、本当に良い意味で<驚愕>し、読者にお勧めする気持ちになったのか? 私は、あまりのつまらなさに<驚愕>してしまったんだが.....読みずらい文章読み切って、最後これか??? 何回か、戻り読み直ししてみたが、<指紋がない><存在の確認が出来ない>等意味不明(?)だらけ SF絡みかとも愚考したが、全くそんな要素もない。おまけに<解説>読んだら、ばかばかしくなってしまった。 =書いてない外側を自分で推察しろ、とは。誰か、この^青鉛筆の女^は何をしたかったのか、教えてくれ! <驚愕の結末と、凝りに凝った長編>=食品だったら、内容詐称で摘発されれるが、ホンの後書きは野放しか。 この薄さで¥1080 怒り心頭に近い! | ||||
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私には本書がエドガー賞候補作だという事が俄かには信じ難い気がしますが、何はともあれ受賞しなくてよかったなと正直思える作品でした。どうして本作がノミネートされたのか?の理由は私が考えますのにはオーソドックスでなく前衛的な不思議感覚が評価されたのかも知れないなという気がしていますが、とにかくこういう作品が選ばれる今の風潮が私には哀しくて堪りませんね。 どうやら出版が見送られたらしい日系人が主役の不思議な味わいのハードボイルド小説、作家志望の日系人青年に宛てた編集者「青鉛筆の女」からの手紙、1945年刊行のスパイ・スリラーの3つが交互に少しずつ進行して行く。 まず私には帯裏に書かれた「読者からの絶賛の声」に全く共感できないと申し上げます。そもそも再読しても新たな発見があるとは全く思えずとても読み返す気にはなれません。「オーキッドと秘密工作員」については如何にもありがちな内容だとは思いますが、実際にこの作品が出版されていたとしてもとても売れるとは思えませんね。もっとパンチの効いたユーモアがあればとは思いますが。「改訂版」では妻を殺された日系人の男サム・スミダが映画館で「マルタの鷹」を観ている途中でフィルムが切れて、以後とても不可解な状況に陥って行くという強烈な謎が襲い掛かって来て、あまりの不思議さに幻惑されて早く真相が知りたくて堪らなくなり文字通りに夢中で読まされます。でも暫くすると読めども読めども新たな事実が何も浮上して来ない事に気づいてやがて悪い予感が頭を過ぎります。そして・・・・遂に!これは確かに意外な結末かも知れませんが、これではあまりに殺生すぎます。これなら昔見たウルトラセブンの「あなたはだぁれ?」の方がまだましだと思います。それから殺人の真犯人についても容疑者が皆無な中でのこの真相はあまりに安易すぎて全く芸がなさ過ぎます。こんな事実は調べればすぐに出て来そうなものですが、一応どうして出てこなかったかの理由が示されてはいるものの、その答たるや本当にレベルが低くて、どうも著者はミステリをナメておられる様な気さえします。前に戻って著者がこの結末を選んだ理由を私なりに考えた結果、(1)フィクションだから(2)未刊だから(3)米国人にとっては日本人は存在しないも同然だからと自らの境遇に重ね合わせて象徴的に描こうとした、の3点が思い浮かびましたが、ここで巻末の解説文の一節を読んで漸く手掛りを得ました。それは「虚実を織り交ぜるセンス」という部分でしたが、まあ黄金時代の本格推理小説をこよなく愛する私にはどうしても楽しむのが無理な種類の厄介な作風でしたね。でももしかすると高度すぎて私には思い至らない別の解釈がある可能性もありますので、もしお気づきの方がおられましたらばぜひともお教え願いたいと真剣に思いますね。まとめとしまして、日系人青年タクミ・サトーが青鉛筆の女に対して最終的に取った態度には心打たれるものがありましたので、その部分を勘案して本書の評価を★3つにしようと思います。最後にこういう大袈裟すぎる褒め文句が冠された本は話半分くらいに思っておかないと落差が大きくて痛い目に遭うなと痛感致しましたが、どうかみなさん他にも黄金時代の名作ミステリには多少オーソドックスでも確かにフェアな面白い本がたくさんありますので、どうか本書のお口直しの意味でも探して読んで頂きたいと思いますね。 | ||||
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「エドガー賞候補作」ということで手に取りましたが、日本人がこの本を楽しめるか疑問です。 まず、別の方が書かれているように、ストーリーが凡庸です。また、タイトルの「青鉛筆の女」については、「青鉛筆」と聞いても日本人にはピンと来ません。「青鉛筆」を「赤鉛筆」とすればイメージが涌きますが、タイトルの印象が変わってしまいます。このため、原著のタイトルの直訳ではなく別のタイトルをつけたほうがよかったかもしれません。 また、日本や日本文化の描写が「アメリカ人からみた日本」であり、日本人には違和感を感じます。著者は日本語や日本文化についてかなり入念に調査をしており、この点は評価できます。日本人の読者以外が、日本や東洋のエキゾチックな名前の響きを楽しみたいという分には楽しめると思いますが、日本人がこの本を楽しめるか疑問です。 | ||||
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非常に凝りに凝った作品という事で期待して読んだが、残念ながら凡作という感が否めなかった。読者には以下の3つがカットバックで提示される。 (1) 太平洋戦争開戦直前に執筆が開始された日系アメリカ人を主人公とするハードボイルド風の三文パルプマガジン。 (2) (1)の作家の担当編集者で、太平洋戦争開戦を受けて、日系アメリカ人を主人公とした作品の時節柄の拙さを指摘し、以下、作家にアドバイスを送り続ける編集者の書簡(本編集者は青鉛筆で添削するのが題名の由来)。 (3) (2)の編集者のアドバイスを受けて、書き直されたと思われる、日系アメリカ人をスパイとしたスパイ小説。 しかし、読んでいて、意外性がないのである。(1)と(3)の内容がシンクロしている辺りに作者は謎を求めたのかも知れないが、素直に読めば(編集者の書簡が嘘でなければ)、(1)と(3)の作家は同一の筈なので、むしろ順当とも言える。特に、(1)の第三章まで進んだ時点で、太平洋戦争が開戦し、その時点で、編集者は(1)の作品の中止を宣告し、スパイ小説への切り換えが行なわれているのに、本作には(1)の第四章以降も提示されている点を鑑みれば、事態は自ずと明らかであろう。 もしかすると、作者は太平洋戦争開戦当時の日系アメリカ人が味わった悲哀・苦難を描きたかったのかも知れない(実際、日本の風習・ことわざ等、良く調べている)が、ミステリとは無縁である。"凝りに凝った"というキャッチ・コピーが虚しい凡作と言えよう。 | ||||
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