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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.41pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全1023件 101~120 6/52ページ
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こりゃダメでしょ。設定無理やりですね。春樹さんだから出版してくれたのかな。ああもうダメなんだな、やっぱお歳だしね。 | ||||
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村上春樹はとても特異な作家です。世界的に高い評価を受けているにもかかわらず、いわゆる「アンチ村上春樹」といった人が多数存在します。私はひとりのファンとして、この本を通してどうにか春樹の魅力を伝えたいと思います。 よくアンチの方がおっしゃる意見に、「全然意味わかんない比喩が多すぎ」「主人公のセリフが臭すぎるww」「主人公、自分は孤独とか言ってるくせに彼女もいるし友人もいるじゃねーかww」などがあります。実際この本でも、物語冒頭部分で主人公は自らの孤独について語っていますが彼にはとても素敵なガールフレンドがいますし、その彼女との会話も現実世界で聞いたら「うわ、、、。なんだよこいつら、、」ってなります。例えば つくる「それが存在し、存続すること自体がひとつの目的だった・・・」 「たぶん・・・」 女 「宇宙と同じように?」 つくる「宇宙のことはよく知らない」 「でもそのときの僕らには、それがすごく大事なことに思えたんだ。僕らのあいだに生じた特別なケミストリーを大事に譲っていくこと。風の中でマッチの火を消さないみたいに」 女 「ケミストリー?」 つくる「そこにたまたま生まれた場の力。二度と再現することのないもの」 女 「ビッグバンみたいに?」 つくる「ビックバンのこともよく知らない」 ですから、普通に読んでいたら上記のような感想を持つことはとても自然なことなのです。 しかし、村上春樹は普通の小説と性質が全く異なっています。村上春樹が描きたいことは、一般小説のテーマとは大きくかけ離れているわけです。一般小説はほとんどが読者を楽しませるために創られたものです。どれだけ面白いストーリーを展開させ、華麗に伏線を回収し、ちょこっと途中に筆者の考えをかく、、、というようなことが、一般小説の根幹となっています。 ですが彼の小説は、彼の持っている考えを表出させるための手段なのです。彼が今までの人生で培ってきた哲学を広く伝えるために、自らの考えにストーリーを与え、登場人物の皮をかぶせるといったスタンスをとっています。つまり、彼はリアリズムの作家ではなくファンタジーもといシュルレアリスムの作家なのです。そのため私たちが村上春樹の小説を読むときは、普通の小説を読むときと読み方を変えねばなりません。ストーリーを追いかけるのではなく、なぜこの人物は登場したのか、主人公の夢は何を暗示しているのか、この比喩で春樹は何を伝えようとしているのかなどに注視する必要があるのです。そうすれば、いままで「なにいってるかわかんねー」と思っていた文章や比喩が、どれだけ技巧的で美しい表現なのかということがわかってくると思います。 ですから、彼の小説の内容を現実世界に当てはめようとすることはナンセンスであり、彼の小説を読む上で必要なことは一つ一つの文章が何を暗喩しているのかを考えることです。このことに注意して読みすすめていけば、村上春樹に対する考え方が変わるかなと思います。 私のレビューですこしでも村上春樹のよさが伝われば幸いです。 | ||||
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村上作品は相変わらずな雰囲気にいい加減うんざりですが、なぜか読んでしまう魅力があります。 ちなみに私はハルキストではなくどちらかといえばアンチなので、それっぽく感想を書くならば「書かない」のをやめてくれw どの作品読んでもモヤモヤが止まらなんし「またかよっ」ってなる。 とか言いながら全部読んじゃうんだけどねw | ||||
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2013年に発表された村上春樹の長編小説である。文庫版で421ページ、1巻のみの、彼の長編小説としては比較的短いほうの部類だ。物語としての面白さに引き込まれて一気に読めた。無意識を最大限活用して物語を紡ぎ出すのが彼の小説執筆作法だから、実際に物語の中でも夢や空想と現実が相互に影響し合っているし、精神分析的な深読みもできるのかもしれない。しかし私はそういう分析的な読み方より、自分の人生と世界の仕組み=謎を少しでも解き明かそうとする主人公の心の旅=冒険を共有できることに何よりの喜びを見出している。だから、村上春樹の小説を読んで何かを学ぼうとしているのではなく、読むこと自体が快感なのである。 高校時代の仲良し5人組から大学の時に追放されたことが今でもトラウマとして残っている主人公の多崎つくるは、人にこれと示せるような特質がない、つまり色彩が希薄であると自分で思っている。36歳になったとき、はじめて本気で好きになった沙羅から強く勧められて、高校時代の友人たちから自らが拒絶された理由を聞くために旅に出る。そこで聞いたことよって他者の弱さも知り、失われていた人生の断片を取り戻そうとする。一方、沙羅は他にも付き合っている男がいることを知る。最後に彼女は自分を選んでくれるのか決断を引き出そうとするが、結末は示されずに小説は終わる。 おそらく沙羅はつくるを選ぶのだと思うが、仮に選ばなかったとしても、大学時代で止まっていた彼の人生は再び動き出したのだ。それこそが大きな収穫ではないか、と言わんとしているようだ。 | ||||
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村上春樹作品の中で1番好きかも…村上氏の作品は全部読んでないですけど | ||||
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今更ながら読みましたが、この作品は、自分みたいに物事を白黒はっきりさせたがる人間には向いてないタイプの作品だと思いました。 と言うのも、(ここから先はネタバレです) 物語の中でちりばめられた「謎」や「疑問点」がほぼ解決することなく、ひどく不明瞭な形で物語が終わりを迎えてしまうからです。具体的に言えば、 1 結局、沙羅さんからの返事はどうだったのか 2 結局、シロを殺した人物はどんな人物だったのか 3 結局、灰田さんはあれからどうなったのか などなど、結局どうなったのかを知りたがる人間には、この作品の終わり方はひどく不満の残るものになってしまうと思います。 ただ、好意的な解釈をすれば、結局「多崎つくる」という人間がどういう色味を持った人間になったのかは、読者一人ひとりの想像に委ねられることになった、とそういった捉え方をすることもできると思います。彼、多崎つくるは沙羅さんと無事結ばれ幸せな家庭を築くことができた。いや、逆にフラれてしまい、今まで以上に孤独な生活に没入することになった。あるいは、自ら命を絶ってしまった。と、そんな感じで色々な想像を巡らすことができますが、要するにこういう結末にしたのは、(あくまで自分の解釈ですが)作者自身が、「多崎つくる」というキャラクターに対して特定の色味を付けた人物として物語を完結させたくなかったからこういう結末にしたんじゃないかと、そんなことを考えています。 何にしても結末が不明瞭なため、感想としても明確なものが出せません。とりあえず自分の感想としては冒頭の一文とこのレビューのタイトル。そして評価点に、この作品に対する評価がまとまっている、と思っていただければ幸いです。 | ||||
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酷評もだれているが、この作品と似た経験(10代のころ仲良くしていた人間と合わなくなった) をしているので、主人公の痛みがすごく理解できた。 失った日々の追懐と青春の輝き。もう戻らない、戻れない。だからこそ価値があるのだと。 いい作品だと思う。 | ||||
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なぜ村上春樹さんはこんなに人気で評価されているのでしょう。相当面白いのだと思い、読んでみましたが(これで2作目)良さが全然わかりません。 私の好みがおかしいのかな…? この作品は内容というより、登場人物のくっさいセリフがとても苦手で鳥肌がたちました。 本はまとめ買いするので、まだ未読の村上春樹さくひんもあるのですが、もう読む気がしません。 | ||||
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村上春樹作品に対する先入観を見事に壊された。 正直なところ、ナルシスティックな装飾音符のつきまくったノルウェイの森が肌に合わなかったのもあるし、ハルキストに対してあまりいい印象をもってなかったから。(ごめんなさい) が、これは久々に飽きることなく1日で読み終えた作品。 まるで動画を見るみたいに文章がするする頭に入ってその情景をつくる。 不思議。 読後、単純に「村上春樹すごい」と唸った。 ただ、つくるに共感できる人、というか内向的な人にとっては魅力的な作品だが、登場人物のアオのようにそうでない人にとっては全くつまらないかもしれない。 自分は、空っぽの容器と表現されたつくるの持つ根拠のない無価値感や空虚さに、共感した。 つくるが高校の友人5人のパーフェクトワールドから何の前触れもなく放り出され、喪失感に苦しむあたりは、幼少期に似た体験をした自分にとって、読むのがつらかった。自分も幼少期にとても仲のいい信頼していた友達からいきなり公園に置いてけぼりにされ、その後も遊んでもらえなかった。理由がまったくわからないまま。長くトラウマのようになった。 だから、村上の描写は全く大げさに感じられなかったし、深く共感した。 そして、その感情を誰かにわかってもらえたような福音を感じた。 そしてその後、つくるが放り出された理由の謎解きのような展開にドキドキし、その結果に納得した。 読んでよかったと思った。 | ||||
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読み手の想像力を刺激するミステリーであり 美しい言葉と音楽と風景があります。 何より現実を歩く日々への勇気をもらいました。 | ||||
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本書は主人公『多崎つくる』の、個人的な出来事を振り返る旅を通じて、 私たちの社会が置き去りにしてきた、過去の記憶に光をあてています。 【失われた楽園】 「高校時代の五人はほとんど隙間なく、ぴたりと調和していた。」 『アオ』は感情のままに、円滑な人間関係を作り出してきた一方で、 ひとたび混乱に陥ると、思考の未熟さを露呈しました。 『アカ』は現実的な判断を優先してきましたが、そんな自分に嫌悪感を抱き、 疑わしげな自己開発セミナーを主催するのでした。 『クロ』は深い洞察力を持っていましたが、誰の心をも動かせず、 陶芸の世界に閉じこもって行きました。 そして『シロ』は、豊かな才能と直観を備えながらも、現実の閉塞感に耐え切れず、 遂にはグループを崩壊に導いたのでした。 【色彩を持たない多崎つくる】 「多崎つくるにはとくに向かうべき場所はない。 それは彼の人生にとってひとつのテーゼのようなものだった。」 『多崎つくる』は主人公でありながら、最も謎の人物でもありました。 グループの結節点として機能する彼には、複雑な人生を正しく読み取り、 そこに秩序を生み出していくことが出来ます。 それは素晴らしい感覚であると同時に、絶望的な痛みも伴う感覚だと言います。 【共同体の未来】 「日本はたしかに裕福になったかもしれない。しかし多くの日本人はこのように俯いて不幸そうに見える。」 私たちの共同体は、「無色透明な中空システム」を中心にバランスを保ってますが、 それがひとたび崩れると、とても信じがたい悲劇を引き起こしてしまいます。 悲劇に目を逸らさず、時に加害者として向き合い、可能ならば過去を根源まで遡って総括することが、 私たちに与えられた、課題であり責任でもあるのかもしれません。 その意味でこの物語の結末は、私たち読者の手にゆだねられているように思えます。 | ||||
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作者の作品は、「全体」よりも「部分」が面白いと感じる。 登場人物の造型、洒落た会話や表現、主人公の物の見方や表現の仕方などの「部分」が面白くて、読んでいる最中は確かに楽しめる。 一方、読み終えて、「全体」を見た場合には、主題や作者の主張などは曖昧模糊としていて掴みどころがなく、わけが分からないことが多い。 この作品でも、同様の感想を持った。 村上春樹の描く主人公は、進学校に通うような知的で内省的だが、心中に何らかの闇を抱えた人物が多い。それが「部分」が面白いと感じる要素になっている。 タイトルから、色覚異常者の話だと思っていたが、そうではなくて、高校生の時の仲良し5人グループで唯一名前に色が付いていないことを示しており、「色彩を持たない」ことは、主人公多崎つくるの人物像を象徴している。特徴なり、個性を持ち合わせておらず、影の薄い人物、少なくとも本人はそう思い込んでいる。こちらから他人に差し出せるものを何一つ持ち合わせていないということ、それが彼が抱えている問題であった。自分を空っぽの容器のように感じ、相手が自分のことを知るようになればなるほど、がっかりして遠ざかっていくのではないかと。このような意識は、現代人が多かれ少なかれ持っているのではないだろうか。そういうところに注目した作者の視線は面白いと感じた。 (以下、あらすじに触れています) この物語の中で2つの喪失体験が語られる。 1つ目は、大学2年の時にグループのメンバーの赤松から、これ以上メンバーと連絡を取らないでくれと言われる。その理由を知らされることなく、メンバーから排除され、約半年の間、ほとんど死ぬことだけを考えて生きるが、何とか死なずにすむ。 2つ目は、大学のプールで知り合った灰田とのこと。灰田と親密な関係になるが、ある日突然、理由も告げずに彼のもとから消え去る。 2つの喪失体験は、彼の抱えている問題意識と密接に絡み合う。 大学卒業後に付き合うようになった木元沙羅から、高校生の時のメンバー4人に会って話をするように言われ、白根が死んだことを知り、青海、赤松、黒埜と会い、排除された理由を知る。これが、彼の「巡礼」なのであろう。その体験によって、生まれ変わるという意味での。 青海、赤松に会うまでの話は、つくるが排除された理由という大きな謎が秘められていて、興味深く読めた。「部分」としては、特に灰田との間で交わされる知的な会話が面白い。 フィンランドまで足を運び、黒埜と会って、白根がなぜあのような発言をしたのか、その真相を知ることになるのだが、これがどうにも解せない。また、なぜ多崎に当時理由を言わなかったのかという答えも釈然としない。そのために、評価が下がってしまった。 水曜日を迎えることなく終了、というラストも意外であった。沙羅の答えは、果たしてどのようなものだったのであろうか。 | ||||
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村上春樹の作品を初めて読みました。 絶望→一方的に絶交された昔の友人とわかり合えた→彼女に会いたいなぁ 文字に書いてあること=そのまま表現したいことなら、寒すぎるので★2ぐらい。 果たして、これは癒しの物語なんでしょうか。 私には、 思春期的な絶望(冒頭の装飾されすぎた自己陶酔的な絶望)からなんとか立ち直って、 心の傷を癒すべく昔の友達に会いに行ったけれど、誰も本音を語ってくれず。 気になってた女の子も、自分とは別の男がいるみたいだし。 他者を求めようと頑張ってみたけれども、誰も本当の事を言ってくれなかった。 孤独だ・・・。(だから最後にいてもたってもいられずに電話を掛けたのかな?と) という、絶望から新たな絶望に移動した物語に思えました。 まぁ、それも成長と言えば成長なんですが。 これだったら★4か5ぐらい。面白いと思います。 何というか、詳細な記述や華美な装飾が、逆に現実離れしたような、虚飾や嘘臭さを際立たせるんですよね。 特に昔の友人の言葉は、みんなきれいごとばっかり言って、本心を語っていないように思いました。 「お前がそんなことする奴じゃなかった」だぁ? だったらなんで一方的に絶交を言い渡して、自分の家族にも取り合うなって言ったんだ?と。思いました。 取り敢えず、他の作品も読んでみます。 | ||||
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そんなに村上春樹の本を読みこんだわけでもないけれど(4~5冊くらい)村上春樹の世界観だな~と感じました。 むしろ以前に読んだ村上春樹の本よりはとても読みやすいのかなと思います。 それにちょうど36歳の多崎つくると同じ年代で感情移入しやすいという部分もありました。 けれども、多崎つくるの職業や外見や親の結構な遺産などは羨ましいなと所謂勝ち組なんだよなと思いつつも、しかし本人はそれについてはどうでもよくて、幸せと感じれない人生を送っている。むしろ不幸な人生だと言ってもいい。 しかし、僕はそんな彼に魅かれたと思います。 そんな彼が拒絶された高校時代の4人の友人達を16,7年ぶりに訪ね回る物語、そしてどうして多崎つくるは拒絶されなければならなかったのかが明らかになる事実はとても切なくページをめくる手が止まらないほどでした。 最後まで読み進めると納得できない読者もいるかとは思います。 要は事実よりも、多崎つくるの心の機微を辿っていくと深く受け入れる事ができます。 | ||||
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実はこの本、出た当初(学生の時)に初めて読んだのだが、その時は全くと言って良いほど良さがわからなかった。何かと性行為だの性夢だのチラつかされ、全く何が言いたいのか、とてもこんな本読めたものじゃないと嫌悪感を抱く程だった。あれから5年程経った今、私も多少社会に出てある程度経験も積んで来た。あの時とはきっとまた違った印象を抱くに違いない、とそう思って先日買って読んでみた。そして、その当時とはまるで全然異なった印象を私に残した。 春樹の本を読んでいて感心させられるのが、その主人公の生きている現実と心的世界へのリアルな視点の移動である。つくるは例えば新宿駅のベンチでコーヒーをすすりながら、発着する電車や乗り降りする乗客を眺める。心はいつか、フィンランドであったクロと出会いを巡り、向かう場所のない自分の人生を思い返し、壊れかけついに悪霊から逃れることのできなかったシロの心情を赦し、そして今まさに自分にとって切実な愛を、衝動を抑えきれずに沙羅への想いを募らせる。視点が大変違和感なく滑らかに移されていく。こうした様子はまさに私たちが現にこのように世界を見たり様々な思いを馳せているのではなかろうか。このリアルさは、普段我々が何気なく日常で行なっているようなことを、取るに足らないと切り捨てず詳細に記してきたからこそ成せる技だろう(「職業としての小説家」を参照)。もしある日、何の前触れもなく、かの緑川が灰田の父に語ったように、論理的に帰結するものではなく、有無を言わさず気づけば起こってしまっていた圧倒的現実を前にする時、人はどういう態度を取るのだろう。つくるの場合、唯一無二の親友だと思っていた4人から何の前触れもなく絶交を突きつけられる。その時から途端に世界の景色はガラリと変わる、見るもの聴くもの全てが朽ち果て、死の深淵に足を浸していることを自覚する、このように自己を苛む思いに絡められながらも意識はむしろギラギラとはっきり目醒めている。自覚のある読者ならば、まさに自分が辿った足取りがそのまま描かれているのをみて、ドキッとさせられるのではなかろうか。私自身この文面を読んでいるうちに、サークルに所属していたある日突然、仲間だと思っていた同期達から、“君はだれ?”というような態度を一様に取られたことがあったことを思い出していた。サークルにそもそも大学が違うから疎遠だったとはいえ、数ヶ月前まであんなに沢山語っていたはずなのに、さも無かったかのようにリセットされる。居場所だと思っていたものは、そもそも無かったのだった。みじめとか、寂しいとか、そんな簡単な言葉ではとても言い尽くせない。そのような機微を、つくるの巡礼とともに味わうことができるのがこの本だと思う。 最後に春樹の本にしては珍しく、アフォリズムを残してこの本を締めくくっていた。 「すべてが時の流れに消えてしまったわけじゃないんだ」「僕らはあのころ何かを強く信じていたし、何かを強く信じることのできる自分を持っていた。そんな思いがそのままどこかに虚しく消えてしまうことはない」。シロに言おうとして、言えずじまいにフィンランドから帰ってきた時のつくるの言葉だ。でもそれはむしろ、つくる自身の中に強く響いていたのでは無かっただろうか。また私自身、つくるは現代社会に実際に生き生きと動いている一人物と捉えて読んでいた。春樹の眼差しは、現代に生きる私たちの日常に接していながら未だ言葉にしていない視点を煌々と照らし続けており、この共感が多くの人を魅了している所以だと考える。 このように5年の時を経て、全くガラリとこの本に対する印象が変わってしまったのだが。どこかで春樹が、子供から両親、そのまた親の世代に渡って春樹の本を愛読しています、と言ってくれて嬉しかったという旨のことを書いていた。時を経て何度も読み返すと、その都度世界が変わって見えてくるということを、この本は醍醐味として私に教えてくれた。 | ||||
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ノルウェイの森が好きなかたはたぶん好きな作品になると思います。非常に面白かったので評価5でも良いのですが、やはりノルウェイの森の焼き直し感が少し感じるので評価4とさせて頂きました。ノルウェイの森を読む前にこの作品を読んでいたなら評価5を付けていたと思います。しかしながら評価1とか2がたくさんつけられているのはちょっと信じられません。読むに値する素晴らしい作品です。1Q84のちょっとふわふわした不思議な世界観についていけなかった方もこの作品なら楽しめると思います。 良かった点 ☆孤独感、疎外感を文章でこれほど表現できる作者は他にいない。「そうそう私が孤独感を感じた時に思ってたのはコレ!」という孤独感あるあるがたくさん表現されていて共感できる。ノルウェイの森もまさしくそういうところが面白かった。 ☆学生時代に無茶苦茶仲の良かった友達と久しぶりに会った時の感じもとても良く描かれていると思います。もうあの頃の感じには戻れないのかなという。 ☆あとは村上さん独特の比喩表現が散りばめらていてストーリー以外にも楽しめます。例えばこの箇所です。文庫本307頁より抜粋 ””そして握手の手を差し出す暇もつくるに与えず、さっさと車を降り、大股に歩きだした。後ろも振り返らなかった。冥界への道筋を既に死者に教えた死神のように。”” 対人関係に悩んでいる方(悩んでいない方はいないと思いますが)にはオススメです。 | ||||
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謎解きっぽい展開で、村上春香にしては読みやすかった。ただ、灰田青年やその父から聞いたピアニスト緑川のエピソードなど、作品上の役割がよく分からないモチーフもある。でも、小説ではなく、物語を通して哲学を語ってると思えばまあいいか‥‥。心に残ったのは、フィンランドのサマーハウスの暮らし‥‥いいなぁ(笑) | ||||
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調和の取れていた親密なグループから、訳も判らずにスポイ ルされた主人公の、再生の物語です。 酷く傷つくことで、表面的には回復しているように見えても、 深いところが損なわれ、その後の人間関係の発展的な構築に、 支障を来しかねない状態となっています。 その解消のため、巡礼のようにして、根源的な問題を訪ね回 ることになります。 その結果として見えて来たのは、誰も責めることが出来なく ても、理不尽な、一種デモーニッシュな力により、物事が損 なわれることがあり、そこからは立ち上がらなければならな い、ということです。 その再生への心の動きと行動を、作者は丁寧に追って行きます。 それさえ表現できれば、図式的なグループや、「悪霊」の正体 や、主人公の恋愛の顛末などは、どうでもいいことと、されて いるかのようです。 | ||||
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私は村上春樹の熱心な読者ではありませんが、好きなフランツリストの曲が登場するので読んでみる気になりました。 主人公の複雑な心理描写を独特な言葉で表現する辺りが、多くの人に指示されてる理由かな、と思いました。 それにしてもこの主人公って面倒くさいヤツですね。きっと沙羅からもフラれますね。 | ||||
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何気なく読み始めた物語に気がついたら引き込まれ、 自分の貧しい青春時代にこれでもかと回帰させてくれる 作品でした。色気ない日常に短いけれど確かな色彩を与えて くれた、貴重な本でした。 | ||||
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