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華氏451度
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華氏451度の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.08pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全60件 21~40 2/3ページ
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最近読んだ本の中で、最もゾクゾクしながらページを捲った本でした。 物語の展開が予測できず、最後まで楽しませて貰いました。 60年前に書かれたことが信じられない程、斬新であり、全く色褪せることがない名作です。 ストーリーは、他の方がレビューに書かれている通りです。 ジョージ・オーウェル、レイ・ブラッドベリと、アメリカのSF作家の想像力や未来を読む力には驚かされます。 彼らが想像していた、危惧していた世界が今、実現しているのだから。 現代人の多くが、目覚めている間は常にテレビやラジオ、スマートフォン、インターネット、ゲームを相手にしています。 そして、それらから流れ出てくる情報の波に溺れる人々、思考することを忘れてしまった(放棄した)人々、実生活で他者とコミュニケーションが取れなくなった人々、沈黙に耐えられない人々、刹那的な快楽を求める人々、何もかもにスピードや効率を求める短気で超合理的な性格が作り出されてしまいました。 幸い、本はまだ存在しています。 しかし、本の質はどうでしょう? 誰でも簡単に出版できるようになり、内容の薄いものや類似作品も数多く溢れるようになりました。 子どもから大人まで、活字離れも進んでいます。 私たちはこのまま、さらに突き進んでいくのでしょうか。 ブラッドベリが60年前に発した警鐘は、今もまだ有効なのではないでしょうか。 この辺りで一度立ち止まり、見直してみることが必要なのでは? 〜琴線に触れた言葉〜 「本質とはなにか?わしにいわせれば、それはものの核心を意味する。それをのぞかせる気孔が、書物のうちにある。」 「建設に従事しない男は、破壊を仕事にすることになる。」 「人間である以上、死ぬときは必ず、あとに何かをのこしておくべきだ。子どもを一人、本を一冊、絵を一枚、家を一軒、築いた堀をひとつ、あるいはまた、こしらえた靴を一足。それでなければ、自分の手で丹精した庭園、なんでもよろしい。なにかの意味で自分の手の触れたものをのこしておかなければならぬ。それによって、たとえ死んでも、たましいが行き場に迷うことはない。おまえの植えた木なり花なりが、他人の眼に触れることは、おまえがそこに存在することだ。つくりあげたものがなんであろうと、それは問題ではない。おまえの手がくわわる以前と、おまえが手をひいた後とを比べて、なにかおまえを思い出させるだけのものがのこっておれば、それでいいのだ。芝生を刈るだけの男と、庭園をつくりあげた男との相違は、それをつくりあげたかどうかにある。芝刈人はいなかったも同然だ。だが、庭師は生涯を通じて、その庭のうちに存在するんだ。」 〜佐野眞一さんのあとがきの言葉〜 「本はよく森や宇宙にたとえられる。一本の樹木では森にならず、一つの星では宇宙にならない。夜空を見上げると、無数の星がある。その星と星を結んで、大熊座とかオリオン座とか名付けたのは、人類の叡智である。」 「読書とは、無数の星のなかから好きな星を選び取って自分だけの星座をつくる行為に似ている。」 | ||||
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モンターグは、世界で禁じられている「本」を見つけ出し焼き払う焚書官だった。何も考える ことなく黙々と仕事をこなしていたが、あるとき本を手にしてから人生観が大きく変わり始めた。 「何が正しいことなのか?」モンターグの行きつく先は・・・。 本を所持したり読んだりすることは重大な犯罪だ。人々は、ラジオやテレビから一方的に送られる 情報のみを受け入れ、そのことに何の疑問も抱かずに生活していた。深く考えることもせず、 知識の蓄積もない生活。本のない世界なんてまったく考えられないし、想像もできない。一方的な 情報で自分たちの行動や考え方を決められてしまう世界。一部の権力者たちが情報を操作し、そして 人を操作する。恐ろしい話だ。架空の話だとは分かっていても、どこか現実の世界につながる部分を 感じて、読んでいてぞっとした。 自分で考え自分の意思で行動することに”目覚めた”モンターグたちの行く先には、いったいどんな 未来があるというのか?楽観的になれないラストはつらいものがあった。 | ||||
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Kindleで購入しました。 高校生のころ読んで、「その時は自分で自由になろうとしないと駄目だ」なんてわかったつもりになってましたが、社会に出て見方が変わってきました。 他人の自由を抑圧して自分の意見だけを通そうとする人、実際の社会でもあまりに自己中心的な言動がいとも簡単に世に出せる時代になりました。自分を抑圧してるのが独裁者であればまだましです。社会といか総意とか、もっと平たくいうと「みんな」という全体主義が互いを抑圧する息苦しい社会を体験していると、この本に描かれた悲惨な未来像が今の自分と重なってきます。ブラッドベリの描いた未来像と今の社会をだぶらせたとき、重なって見える情景に目眩がしてきました。 | ||||
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読める方にはきっと名作なのだと思いますが。 私には単語自体が全く頭に入ってきませんでした。 なんで初対面の女の子にそんな見透かされたような気持ちになるのか?とか 黒い羽毛って?なに?比喩?え? 二個の月長石?ていきなり鉱物の名前だされてもなにを示しているのか えっ奥さんの具合が悪いのを表現する文章だったの???とか もう文章自体がなんのことやら何を意図しているやら理解できませんでした。 ライトノベル「図書館戦争」読むくらいならこっちがお勧めだよと言われて購入しましたが・・・ すみません、バカなのでぜんっぜん、文章の意味自体がわからなかったです。 難しすぎました。SFってこわい・・・・・ | ||||
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ちょうど60年前に書かれた”SF"の世界が、今の日本にそっくりで、背筋の凍る思いで読みました。怖いけど、でもページをめくらずにいられない、そんな一冊です。 読書も本を所有することも許されない世界で、毎日毎日、名著、良書にガソリンをかけて燃やしてしまう焚書官のガイ・モンターグが主人公です。妻は壁に映し出される映像か、「海の貝」と呼ばれるラジオから、四六時中、官製の情報を受けとって不満もなく暮らしています。一方のガイは、ある日の仕事帰りに、ひとりの少女から、あなたは自分の焼いた本を一冊でも読んだことがあるのか、あなたは幸せなのかと問われ、説明できない不安に襲われます。物語は、ここからぐいぐいと動きだして。。。。。 解説によると、日本人が賢くならないように占領政策であてがわれた三つのSがありました。スクリーン、セックス、スポーツです。したたかですねえ、アメリカさん! 私たちは赤子の手をひねるより扱いやすいと思われているのでは? スポーツの代わりにスピード、という説もあるようですが、スクリーンをTVと考え、そこにスピードを加えたら、アメリカの狙いどおりになった従順なるニッポン、って気がしてなりません。スピードは、じっくり考えるという習慣を奪うのには最高の方法。(子どもたちに「早くしなさい!」と言わないことが、ささやかな抵抗になるかも?) 結末近くに、思いがけない抗いかたが出てきますが、さて、私たちはどうすれば、今の流れに抗うことができるのでしょうか。それが分かったら! | ||||
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ブラッドベリらしい世界でした。昔読んで本も売ってしまったので、もう一度、読みたいなと思ったら、すぐにこちらで、簡単に入手できてよかったです。 | ||||
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電車内ではスマホやDS、PSP等で愚にもつかないゲームをし続け、家に帰れば下らないテレビをダラダラと観て、たまに読む活字と言えば雑誌かせいぜい流行の小説かタレント本やダイエット本。アレが良いとテレビがいえばそれに飛びつき、これが流行と雑誌がいえばそれを買い求める。 そんなバカ丸出しの君に是非読んで欲しい本。 おっと、年がら年中下らないゲームをして、マトモな本なんか全然読まず 愚にもつかないエアバンドを良いと言われれば、それに飛びつき 一山幾らのアイドルグループの誰が1番かって下らないことに喧々諤々 そんな君にどうして怒る資格がある? 数十年前の本とは思えない。ただ、著者の予言の唯一の間違いは、快楽漬けにされてしまった連中には、法規制なんかいらないことだ。むしろ、君らは自らその共犯となってさえいることだ。 無駄な情報と無駄な消費に飲み込まれて前も後ろも分からなくなって、自分が頭良いと勘違いしている君らに是非読んで欲しいね。 こみ入ったことなんか考えられず、感情的にがなり立てるしか出来ないお前等にね。 | ||||
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本書は「華氏451度」という象徴的なタイトルと、本を持つことが禁止されたディストピア社会で本を燃やす人、という概略で昔からかなり著名な本だ。僕も本書を読み始め、「本を焼くことをワン・モチーフで書かれた小説なんだろうな〜」という意識でいた。確かに焚書は本作のメイン・テーマである。しかし、この作品はそのテーマだけに留まってはいない。主人公のモンターグは焚書にいった先の家でその本を守ろうとした老女が焼身自殺をとげることで、焚書そのものと生きることへの意識の変化が生じはじめる。そして自ら盗みかくしていた本が仲間によって燃やされ、その後、自分の上司や仲間を殺してしまうことから、更に展開をみせていく。そこからこの物語のストーリ・テリングはぐっと冴え、かなり面白くなってくる。 そして実存の重みとしても様々な様相をおびてくる。逃げ延びるなかで、感じる「暇」=自分の生をほんとうにゆっくり考えてみること。川や自然のなかでゆったりと身を浸していくこと。etc,etc・・・。本書は書物の重さのみ意図した作品ではなく、人の生死にかかわることによって、自分の実存的な生に目覚めていくことを描いた、幅広い作品である。 追記:星が3つなのは、 ・前半の第一部(全三部)のストーリー展開が不条理めいたあたりはいいが、構成がやや雑駁かつ前半部分のストーリテリングが冗漫なこと。 ・作品の中にテーマを直接しゃべってしまう人物が数人おり、小説の完成度からいうと「理におちている点」があること。 などが理由です。 追記・本作の死に接することで実存にかわるあたりに興味をおぼえた方はドン・デリーロの『コズモポリス (新潮文庫)にも手を伸ばしてはいかがでしょうか。ポストモダン純文学でなかなか読むのに苦労する作品ですが一読の価値はある作品です。 | ||||
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本書は「華氏451度」という象徴的なタイトルと、本を持つことが禁止されたディストピア社会で本を燃やす人、という概略で昔からかなり著名な本だ。僕も本書を読み始め、「本を焼くことをワン・モチーフで書かれた小説なんだろうな〜」という意識でいた。確かに焚書は本作のメイン・テーマである。しかし、この作品はそのテーマだけに留まってはいない。主人公のモンターグは焚書にいった先の家でその本を守ろうとした老女が焼身自殺をとげることで、焚書そのものと生きることへの意識の変化が生じはじめる。そして自ら盗みかくしていた本が仲間によって燃やされ、その後、自分の上司や仲間を殺してしまうことから、更に展開をみせていく。そこからこの物語のストーリ・テリングはぐっと冴え、かなり面白くなってくる。 そして実存の重みとしても様々な様相をおびてくる。逃げ延びるなかで、感じる「暇」=自分の生をほんとうにゆっくり考えてみること。川や自然のなかでゆったりと身を浸していくこと。etc,etc・・・。本書は書物の重さのみ意図した作品ではなく、人の生死にかかわることによって、自分の実存的な生に目覚めていくことを描いた、幅広い作品である。 追記:星が3つなのは、 ・前半の第一部(全三部)のストーリー展開が不条理めいたあたりはいいが、構成がやや雑駁かつ前半部分のストーリテリングが冗漫なこと。 ・作品の中にテーマを直接しゃべってしまう人物が数人おり、小説の完成度からいうと「理におちている点」があること。 などが理由です。 追記・本作の死に接することで実存にかわるあたりに興味をおぼえた方はドン・デリーロの『コズモポリス (新潮文庫)にも手を伸ばしてはいかがでしょうか。ポストモダン純文学でなかなか読むのに苦労する作品ですが一読の価値はある作品です。 | ||||
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Kindle Paper Whiteで 読みました。通して読む時間がなかったので細切れの読書でしたが、PaperWhiteは想像以上に読みやすく、楽しめました。複数の書籍を切り替えながら読めるので、どの本をカバンに入れるかを考えないでいいのはとても楽です。中身は皆さんがお薦めになるでしょうから、ネット人間には必読とだけ書いておきます。 | ||||
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ディストピアを描いた往年の名作。 近年の同様な作品に比べ設定などの風呂敷を広げすぎない点は、このジャンルのファンには物足りないかもしれませんが その分登場人物の内省に目が行きコンパクトな作品に感じさせます。 | ||||
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サンタさんからクリスマスプレゼントで頂きました。 60年前に書かれた本なのに、現代社会そのものが描かれている。 刹那の楽しさに身を沈めて、思考をしない毎日。そんなんであんたら幸せかい? とぶっとい釘を刺された気がした。あくまでも作者の想像の世界なのに、ものすごく現代社会とシンクロしている。情報を自分から進んで取り入れ、その情報を元に思索する、今の私達はそれを忘れてしまっている。 そしてやっぱり、本は紙に限る。ページをめくる快感は何物にも代えがたい。 | ||||
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華氏451度 (ハヤカワ文庫SF) 2012年6月5日に91歳で亡くなったブラッドベリの初期の長編。帯に「追悼──レイ・ブラッドベリ 幻想と叙情の詩人」とあるが、同じ初期の代表作『火星年代記』と違って(どちらも不朽の名作SFだが)、こちらはリアリティと社会的情熱に溢れた作品だ。 佐野眞一氏の解説は完璧すぎるので、決して先に読まないように。と言いつつ、一部引いてみよう(笑) 「本はよく森や宇宙にたとえられる。一本の樹木では森にならず、一つの星では宇宙にならない。夜空を見上げると、無数の星がある。その星と星を結んで大熊座とかオリオン座とか名づけたのは、人類の叡智である。 読書とは、無数の星のなかから好きな星を選び取って自分だけの星座をつくる行為に似ている。それにはベストセラー本を読むだけでは無理である。」 図書の森に、SFの宇宙に、この『華氏451度』がそびえ立ち、光り輝いていることを幸せに思う。それを決して忘れてはならない。この作品で描かれているのは国家の検閲ではなく──著者も解説者も述べているように──読者が減ることによる文化の破壊、なのだから。 | ||||
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黙示録的な傑作。 今日のような発火しそうな酷暑のなかで読むと、いっそうズシリと来る。 若いときは、良く出来た近未来小説と思ったが、いまは違う。 これは、心底おそろしい小説だ。今年6月にブラッドベリが亡くなったとき、 再読しようと思ったものの、盛られた内容があまりにも昨今の出版(とメディア) 状況に似過ぎていることを再確認するのがおそろしく、ためらっていた。 それでも開かずにおれなくさせるのが、傑作の磁力であり、 開けばつき進むように読破せざるを得ないのが、名作の証明だ。 そして、本作が半世紀以上前に描かれたことに、改めて畏怖せざるを得ない。 メディア批判、体制批判、社会風刺、それ以上に古びないのは、いわば “読書人批判”が実に揺るぎない構成とレトリックで描かれているからだ。 本作がおそろしいのは、自分がガイ・モンターグのようになることでない。 もちろん、彼の妻のようになることでもない(とはいえ、読書を知らず書物そのもの を嫌忌し、ただダラダラとテレビ漬けになる妻と彼女の友人たちの描写は実に出色だ)。 真におそろしいのは、モンターグの上司である焚書官のように、あまたの読書体験を もちながら、読書を憎み、読書家を罵り、記された言葉そのものを空疎な虚言と 侮蔑するようになることだ。古来、「論語読みの論語知らず」という格言もある。 改版された本書は、解説を佐野眞一が書いています。 編集者の意図は明らか。ただし(矛盾するようだが)本書の愛読者なら 佐野さんに言われなくても、今そこにある危機の底知れなさは、 わかり過ぎるくらいわかっているはず。 | ||||
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テレビやラジオなどのメディアが本にとって代わり活字離れが進むことへの警告が含まれているわけですが、その本のレビューをインターネットで書くというのもへんな話ですね。この小説が発表された当時はまだまだ本を読む人がたくさんいたはずなので活字離れを食い止めるために世に出す意味はあったと思いますが、今は読まない人は全く読まない時代です。ですから読書家しかこの本を読まないわけです。今の時代、この本面白いから読んでみなよ、と言ったところで「はぁ?」という顔をされるだけです。つまりもう手遅れなんだと思います。 | ||||
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60年近くも前の作品ですが、本文を読み進めるたびに 背筋の凍りつく思いをしました。 この小説で描かれているのは想像上の世界ではなく いま、私達が暮らしている世界そのものなのです。 作中では書物の所持が禁止され テレビ、ラジオなど映像や音声の洪水によって 考える習慣を捨てさせられ、人々が 権力者の言うがままの行動しか取れなくなった ディストピアが描かれています。 主人公のモンターギュは知識人の生き残り達と出会い 滅亡寸前の書物の知識を保存する運動に参加しますが 現実世界においても、書物を通じて培われてきた精神が滅亡し 保存活動をしないといけないような状況になってしまうかもしれません。 中国では「金盾」というネット検閲システムが稼動していますし 日本においても東京都の青少年育成条例、人権保護法案、 また国際協定の「ACTA」など SF小説さながらに 個人の思想信条の自由を制限、ひいては破壊しようとする法案の 成立が現実のものとなりつつあります。 そして本を読まない人の割合もどんどん増えつつあります。 書店にならんでいる本は、読みやすさだけを 追求した安易なハウツー本ばかりになり 「本を読みながら、思索でもって作者と対決する」という 思考力を磨くのに最適な習慣が失われつつあります。 書物の衰退は精神の衰退をも意味するのです。 巻末の解説にも記されていましたが 「権力の手によるものではなく、民衆がみずから書物や思想を放棄する現象」 というのは非常に恐ろしいものがあります。 「華氏451度」はそのような知的衰亡を防ぐために発せられた ブラッドベリの時空を超えた告発の書なのです。 | ||||
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完全統制された社会への警鐘とも取れる「1984年」のライトノベル判という感じ。 本の消失した世界というあり得ないはずの世界が、本のデジタル化が進み、あり得るかもしれなくなってきた昨今。デジタル化した本なら、簡単に中身の捏造や削除がなされてしまいそうで怖い。時の政権を握る者にとって都合のいい内容の本しか存在しない世の中になるのでは? 危惧しているのは私だけ? 本は次世代に残せる人類の財産。出版社の皆さんには、時代の波に逆らってでも、紙の書籍という形で良書を残していただきたいと願っている。 | ||||
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名前だけは知ってるけどなかなか読む機会が無かった本、なんか、痴愚神礼讃みたいにこいつはマッカーシズムみたいな野郎だと思って途中で読むのを辞めたくなりましたが、最後まで読めばまぁ違うとわかります、そんな赤狩りみたいな本が名作として残ってるわけないですからね、でも感情を込めて書かれすぎていて本当はどっちを言いたいのかわからなくなる、痴愚神礼讃もそうだって渡辺教授が言っていました。大江の作品にも右派の青年を描いたものがあったけど、たぶんそれは、それを意識したものでしょう。ドストの作品もそういうとこがある・・アリョーシャよりもイヴァンのほうがキャラクターとして生きている気がする・・・しかし赤狩りなんて言論の自由を掲げて共産主義的発言をしたやつを文字通り叩き殺してるだけですからね、同情の余地がなさすぎる・・、こんな程度の政治的レベルしかねぇ国に負けたんか・・・って思いますよね。そしていまの自分たちの政府をふと思いだし、そりゃ負けるわと思い直すw でもちょっと反動的すぎる、って気がしますね。芸術家は前衛ではなくて、激烈な反動主義者だというのは大方正解だと思います、だから体制と敵対するのでしょう、リベラルなアーティストってのはまぁいませんから、みんなナチスよりもぐっと右で、ぐっと民族主義者ですよね、自然に帰れ・・・ってわけだ、金持ちアーティストの発言ほど世間の共感を集めない発言もない。 ピカソは芸術を前に進めないで、全速力で後ろに走って行きましたから、そしてラスコーの壁画が最高の芸術だと言うに違い有りません。そういう人は多いですね、ソローみたいな生活をして人間の尊厳を取戻せみたいな事いう人、ハイジみたいな・・ ・ 私達に昔ながらの生活が人間の本性に合ったものだと思えるのは、私達がまだ昔ながらのコトバを使い、そのコトバを使って世界を見ているからだ。あらゆる価値感の全面的変更が必要だ。 とニーチェは言いました。ニーチェはそのあらゆる価値の大転換を初めてすぐに 、馬に抱きついて人間失格になりましたが、最近の研究ではその後の療養期間が長すぎることから梅毒転移ではなく、本当に精神的な崩壊・・・・、もしくは本当にあらゆる価値の大転換が成功したのかもしれないとという面白い話になってます。 確かに本質的な価値の大転換ではあるw infin de siecle | ||||
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2008年に発行された版を読みましたが 後書きの「出版不況と『華氏451度』」 これは余計な内容ですね。 情報を得るのに何も本でなくても良い Wikileaksなど、告発本以外からでも色々と 根の深い重要な情報を個人でも調べられる事 また、本作のラストに出てくる、一人が一冊の本になると言う考えは 民主化革命すら起こせたソーシャルネットワークに通ずるもの 今までは無理だった個人の知の集合体を築けるようにもなった 現代の考え方とはどうしても相容れぬ内容。 情報を与えられるだけの時代はすでに終わっている。 | ||||
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作者が「テレビなどのメディア文化が、読書の世界を侵食することを念頭に置いて書いた」という所に惹かれて購入しました。1953年からかなり経ち、今はテレビ以外のゲーム、漫画なども含まれるでしょうか?個人的にそういったものを遠ざけながら子育てしてきたため、深く読み込むことが出来ました。映画も見てみたいと思いました。 | ||||
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