(短編集)

ウは宇宙船のウ

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短編集
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あらすじ

2025年08月21日 ウは宇宙船のウ【新訳版】: ブラッドベリ自選傑作集 (創元SF文庫)

「これらの物語をすべての男の子たちに捧げる。過去に思いをめぐらし、未来に高い希望をいだく者たちに」(著者序文より)――宇宙船乗組員を夢見る少年の日々を描く表題作をはじめ、著者自身が自選した17編を新訳で贈る。(「BOOK」データベースより)

評判

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No.18
(5pt)

「霧笛」の大切なセリフの訳し方が、独特で。

物語の終わり近く、主人公というか語り手の青年ジョニーに向かって、年長の男性マックダンが言うセリフ。
他の多くの本では、このセリフは、
“どんな対象でも、あまりにも愛しすぎてはいけない”という意味に翻訳されています。
ですが、この本の、大西尹明先生の訳では、
「この世の中では、なにを、いくら愛しても、愛しすぎることはない」となっています。
意味が大きく違う。
どっちが「正解」なんだろう?どうしても知りたくなったので、私は原文を確認しました。
(英語原文は、Kindle等で確認することができます。)
この原文を、私のつたない英語力で直訳すると、たぶん「あなたはできない、愛することは、どんなものでも、あまりにも過ぎるほどには、この世界では」となると思うのですが…この文章を、どう受け取ればいいものか?
原文そのものが、あいまいで余白が大きい、読む人の心を試すような文章に見えて、
「そうなると、これはもう、翻訳する人自身の『人生観』の問題になるんじゃないか?」と思えてきます。
大西先生の翻訳を、特にこの「霧笛」については「間違った翻訳」と否定する意見があることも知りました。一方、肯定も否定もしない立場を取る人もいるようです。では、私は、どう考えるのか。
私は、
「正解はない。でも、逆に、どんな答えも間違ってはいない」と思うことにしました。
大西先生の翻訳については、さらに「言葉が難しい」「言い回しが古めかしい」という評判もあります。それは否定できない、と私も思う。でも、それでも、私は大西先生の翻訳が好きです。それはたとえば、
「CGの恐竜の動きの素晴らしさにいくら圧倒されても、それでも、古い昔のストップモーションアニメの恐竜の、あのぎこちない動きが、どうしても好きなんだ」というのと似ていると思います。
きっと、こんなふうに思うのは私ひとりじゃないから、この本は時を越えて再版され続け、いま私が新版を手にしているんだと思います。
ウは宇宙船のウ【新版】 (創元SF文庫) Amazon書評・レビュー: ウは宇宙船のウ【新版】 (創元SF文庫)より
4488612059
No.17
(5pt)

「霧笛」の大切なセリフの訳し方が、独特で。

物語の終わり近く、主人公というか語り手の青年ジョニーに向かって、年長の男性マックダンが言うセリフ。
他の多くの本では、このセリフは、
“どんな対象でも、あまりにも愛しすぎてはいけない”という意味に翻訳されています。
ですが、この本の、大西尹明先生の訳では、
「この世の中では、なにを、いくら愛しても、愛しすぎることはない」となっています。
意味が大きく違う。
どっちが「正解」なんだろう?どうしても知りたくなったので、私は原文を確認しました。
(英語原文は、Kindle等で確認することができます。)
この原文を、私のつたない英語力で直訳すると、たぶん「あなたはできない、愛することは、どんなものでも、あまりにも過ぎるほどには、この世界では」となると思うのですが…この文章を、どう受け取ればいいものか?
原文そのものが、あいまいで余白が大きい、読む人の心を試すような文章に見えて、
「そうなると、これはもう、翻訳する人自身の『人生観』の問題になるんじゃないか?」と思えてきます。
大西先生の翻訳を、特にこの「霧笛」については「間違った翻訳」と否定する意見があることも知りました。一方、肯定も否定もしない立場を取る人もいるようです。では、私は、どう考えるのか。
私は、
「正解はない。でも、逆に、どんな答えも間違ってはいない」と思うことにしました。
大西先生の翻訳については、さらに「言葉が難しい」「言い回しが古めかしい」という評判もあります。それは否定できない、と私も思う。でも、それでも、私は大西先生の翻訳が好きです。それはたとえば、
「CGの恐竜の動きの素晴らしさにいくら圧倒されても、それでも、古い昔のストップモーションアニメの恐竜の、あのぎこちない動きが、どうしても好きなんだ」というのと似ていると思います。
きっと、こんなふうに思うのは私ひとりじゃないから、この本は時を越えて再版され続け、いま私が新版を手にしているんだと思います。
ウは宇宙船のウ (創元SF文庫) Amazon書評・レビュー: ウは宇宙船のウ (創元SF文庫)より
4488612032
No.16
(5pt)

「霧笛」の大切なセリフの訳し方が、独特で。

物語の終わり近く、主人公というか語り手の青年ジョニーに向かって、年長の男性マックダンが言うセリフ。
他の多くの本では、このセリフは、
“どんな対象でも、あまりにも愛しすぎてはいけない”という意味に翻訳されています。
ですが、この本の、大西尹明先生の訳では、
「この世の中では、なにを、いくら愛しても、愛しすぎることはない」となっています。
意味が大きく違う。
どっちが「正解」なんだろう?どうしても知りたくなったので、私は原文を確認しました。
(英語原文は、Kindle等で確認することができます。)
この原文を、私のつたない英語力で直訳すると、たぶん「あなたはできない、愛することは、どんなものでも、あまりにも過ぎるほどには、この世界では」となると思うのですが…この文章を、どう受け取ればいいものか?
原文そのものが、あいまいで余白が大きい、読む人の心を試すような文章に見えて、
「そうなると、これはもう、翻訳する人自身の『人生観』の問題になるんじゃないか?」と思えてきます。
大西先生の翻訳を、特にこの「霧笛」については「間違った翻訳」と否定する意見があることも知りました。一方、肯定も否定もしない立場を取る人もいるようです。では、私は、どう考えるのか。
私は、
「正解はない。でも、逆に、どんな答えも間違ってはいない」と思うことにしました。
大西先生の翻訳については、さらに「言葉が難しい」「言い回しが古めかしい」という評判もあります。それは否定できない、と私も思う。でも、それでも、私は大西先生の翻訳が好きです。それはたとえば、
「CGの恐竜の動きの素晴らしさにいくら圧倒されても、それでも、古い昔のストップモーションアニメの恐竜の、あのぎこちない動きが、どうしても好きなんだ」というのと似ていると思います。
きっと、こんなふうに思うのは私ひとりじゃないから、この本は時を越えて再版され続け、いま私が新版を手にしているんだと思います。
ウは宇宙船のウ (1968年) (創元推理文庫) Amazon書評・レビュー: ウは宇宙船のウ (1968年) (創元推理文庫)より
B000JA4LKQ
No.15
(5pt)

関取花さんのおすすめ

関取花さんに勧められて読みました。SF好きな人にはたまらないお話でした。
ウは宇宙船のウ (創元SF文庫) Amazon書評・レビュー: ウは宇宙船のウ (創元SF文庫)より
4488612032
No.14
(5pt)

関取花さんのおすすめ

関取花さんに勧められて読みました。SF好きな人にはたまらないお話でした。
ウは宇宙船のウ (1968年) (創元推理文庫) Amazon書評・レビュー: ウは宇宙船のウ (1968年) (創元推理文庫)より
B000JA4LKQ

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