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美貌の帳



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美貌の帳の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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No.1:
(7pt)

建築を語りながらも建築に関して無知な作者に辟易

桜井京介シリーズの第二部の幕開けとなるのが本書。桜井、深春は大学を卒業し、定職につかず、趣味と実益を兼ねたアルバイトに従事するフリーターとなっており、蒼は高校へ進学している。また原点回帰という意味か、第1作『未明の家』で登場した杉原静音、遊馬朱鷺、雨沢鯛次郎らが再登場する。また蒼と京介の邂逅の時を描いた『原罪の庭』で登場した門野貴邦もカメオ出演する。

今回俎上に挙げられる建築物は鹿鳴館。もはや知らない者はいないと云われるほどの有名な迎賓館だが、実は設計図も紛失し、略図と数少ない写真が残っているだけで実に謎めいた館である。ジョサイア・コンドルという建築家が設計したと云われるこの館だが、コンドルという建築家も私には初耳だった(だから作中で誰でも名前は知っているという件があるが、これは云い過ぎだろう)。
しかし作中で語られる日本の建築学の基礎をたった一人で築いた人物という彼の経歴はなかなかに読み応えがあった。

今回の事件は京介が奇縁で知り合った資産家天沼龍麿が自身が経営するオテル・エルミタージュの開業十周年記念イベントで開演される三島由紀夫の『卒塔婆小町』という劇に伝説の女優神名備芙蓉が登場する劇を中心に演出家の大迫氏の失踪事件に加え、京介の旧友遠山蓮三郎の兄で亡くなった天沼龍麿の娘暁子の元恋人茂一の死の真相を探る事件が扱われる。天沼老が昔パトロンであった芙蓉との秘めた関係が本書の底流を流れるテーマとなっている。

本格ミステリとしての謎解きのエッセンスは相変わらず薄い。寝間着を裏返しにしたまま自殺した死体や夜中に焼身して死を遂げる支配人や劇中に腹部にナイフの刺され傷が現れる女優など、奇怪な謎は提示されるものの、そこに主眼はなく、従来の作品同様あくまで主題は建築とそれに纏わる人々の愛憎がメインになっている。特に双璧を成す遠山の兄の不審死に纏わる寝間着を裏返しにして死んでいたという謎の真相は観念的で、ガッカリした。

しかし深春や蒼の過去の事件を経てから篠田氏のこの物語世界の描き方は以前よりも濃密に感じるし、少女マンガのステレオタイプのように感じた登場人物像も立ってきて厚みが増したように思う。
ただ物語に流れる諦観めいた陰鬱さは相変わらず。この暗さがもう少し解消されればいいのだが。個人的には深春と京介の邂逅を描いた『灰色の砦』のテイストを望みたい。

ただ建築に携わる者から云わせてもらえば、2ヶ月程度で建物が未完とはいえ内装まで仕上げられるというのは無理にもほどがある。特に鹿鳴館ほどの規模であれば尚更だ。突貫工事でもコンクリートの養生期間なども必要なのだから複層階の建物であそこまでは仕上がらない。建築に造詣が深い作者ならばこの辺の現実にはもう少し配慮してほしかった。

題名にも掲げられたように、今回は美が強く強調されている。
芸術に対する美。いつかは滅びゆく美。それを敬い、崇め、それぞれがそれぞれの信仰を持つ。それがゆえに美は人を狂わせる。本書は美が一時の輝きに過ぎないと達観した者とそれを永遠の物として封じ込めようとした者の軋轢から生じた悲劇だといえよう。

真に美しいものには残酷さが隠されている。この背徳の美こそ美しい。
プロローグの恋文に書かれたイタリアのブラァノ・レエスのエピソードが一番印象に残った。娘とも云えぬ童女が編むからこそ、そのレエスは精緻な美しさを誇るが、それがゆえに若くして針子たちは視力を失うという犠牲が伴う。桜の下には死体が埋まっているというのは、そのあまりの美しさは残酷な犠牲があるからこそという妄信から出た言葉だが、この世に蔓延る美しき物の背後にはこのような負の物語があるように思えてならない。

またシリーズも時を経るにつれ、蒼と京介との関係に変化を感じる。蒼は高校生として周囲と馴染めない生活を送りながらも、それを個人で乗り越えるべき問題と捉え、京介や深春に頼ろうとせず、自立を目指す。京介と深春は逆に蒼の隠された苦悩に気付き、どう助けるべきか心を注ぐ。そしていつか来るべき別れを意識し、束の間の安らぎに身を委ねる。

シリーズの行く末は今後巻を重ねるにつれて、来るべき時へ向かっていく。それは恐らく彼らにとって迎えるべき別れであり試練なのだろう。今回もまた苦い余韻が残った。

Tetchy
WHOKS60S

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