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転落の街



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【この小説が収録されている参考書籍】
転落の街(上) (講談社文庫)
転落の街(下) (講談社文庫)

転落の街の評価: 9.00/10点 レビュー 4件。 Sランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点9.00pt

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全2件 1~2 1/1ページ
No.2:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(10pt)
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色んな“DROP”の物語

またしても過去がボッシュを苛む。
今回ボッシュが担当するのは彼の宿敵で目の上のタンコブだったアーヴィン・アーヴィングの息子の墜落事件。しかもアーヴィングが強権を発動してボッシュを捜査担当に指名する。

この水と油の関係の2人。
これほどシリーズを重ねながらもアーヴィングの影はなかなか消えない。振り子のようにボッシュとアーヴィングはお互い離れ近づきを繰り返す。

しかもアーヴィングは市議会議員としてロス市警の残業代の予算を大幅カットするのに成功していた。何らかの取引を本部長にしたことでボッシュを捜査官に指名したことが判ってくる。

相変わらずだが、アーヴィングという男は何を考えているか解らない男だ。唯一解っているのは自分の得になるためだったらどんなことでもやる男だ。
その行動原理は独特で、実に政治家に向いていると云えるだろう。微笑と寛容で近づいてきたかと思えば次の時点では冷徹なまでに突き放し、もしくは職さえも奪おうとする。己の考えが全て正しいと思っている、何ともイヤなヤツなのだ。

そしてボッシュはもう1つ事件を担当する。いや本来ならばそちらが担当する事件だったのをアーヴィングによって強引にねじ込まれたのだが。

1989年に起きた未成年女性強姦殺人事件に残された血痕のDNAがヒットし、クレイトン・ペルという男が浮上したが、なんと事件当時彼は8歳に過ぎなかった。
この鑑定が担当刑事の証拠取り扱い不注意によって生じた結果なのか、それとも本当にそれがクレイトン・ペルの物であるのか、そして彼が事件の犯人なのかを探るのがボッシュの任務だ。

さて今回の原題“The Drop”は色んな意味を含んでいる。

最初のDROPはボッシュが申請を認められる定年延長選択制度(DROP)の略称だ。
つまりボッシュは定年を迎えながら更に刑事を続けることが出来るようになる。但し彼が申請したのは遡らずに5年であったが、遡っての4年。即ち定年を9カ月過ぎてからの承認であり、残り39ヶ月がボッシュの刑事人生となることが明示される。

次のDROPはボッシュとチューが担当することになったコールドケース、リリー・プライスという女性強姦殺人事件だ。彼女の首に付着していた滴下血痕(DROP)のDNA鑑定により、クレイトン・ペルという性犯罪者が浮上するが、事件当時彼はたったの8歳だった。

第3のDROPはそのものズバリでボッシュが図らずも担当することになるアーヴィン・アーヴィングの息子ジョージの墜落事件だ。
アーヴィン直接指名での担当となることでその事件を担当していたハリウッド分署の刑事からも白い目で見られる。そして一見自殺と思われた墜落死が調べていくうちに他殺の線が濃くなる。しかもそれが警察関係者である線も濃厚になっていく。

つまりまたもボッシュは警察同士の軋轢に巻き込まれるのだ。まさにアーヴィン・アーヴィングはボッシュの人生にとってのジョーカーのようだ。

さて私がシリーズ継続に当たって懸念していたマデリンとの関係はどうにか上手く行っているようだ。本書ではボッシュなりの娘との関わり合い、いやボッシュ流子育てが垣間見れる。

職業柄、家庭にも危険が及ぶ可能性があるため—実際、『判決破棄』ではハラーの裁判相手がボッシュの自宅の前で待機するという事態が発生した—、ボッシュは娘に自分で自身を護る術を教える。

自宅に鍵を掛けるのを念押しするのは勿論のことながら、自宅に拳銃を置いて、それをいざというときに扱えるよう射撃場で練習もさせている。しかも射撃コンテストにエントリーするまでにもなっている。

また1年前にマデリンがボッシュのような刑事になりたいと云ったことから事件に関するビデオを一緒に見せて観察眼を養ったりしている。勿論ショッキングなそれは避けているようだが。

更にはロス市警の無線で使われるアルファベット暗号クイズも行ったり、一緒にドライヴしている時はナンバープレートを無線コードで答えさせていたりもしている。

つまりリトル・ボッシュを着々と育てているようだ。それは即ち自分が以前のように事件に没頭できる環境を整える意味もある。

そしてマデリンもまたボッシュ並の刑事としての才能の片鱗を覗かせる。
例えば上に書いたボッシュが見ていたジョージ・アーヴィングが自殺した夜のホテルの監視カメラの映像でジョージが大して金額を確認せずにチェックインのサインをしている様子から自殺するつもりだと推察したり、一番面白いのはもう1つの事件で知り合ったクレイトン・ペルの担当医であるハンナ・ストーンと一夜を過ごしたことをワイングラスに口紅が残っていたとかまをかけてボッシュに女性を泊まらせたことを白状させたりもする。

このやり取りは実に微笑ましく、ボッシュの娘に対する愛情と、そして娘のボッシュに対する親愛の情を十二分に感じさせる。

しかしマデリンの学校の課題図書がスティーヴン・キングの『ザ・スタンド』だったのには驚いた。
あんな重厚長大なデストピア小説を中学生に読ませるとは。
しかもそれを面白いと読むマディもまたかなり大人びている。

そう、このマデリンは実に大人びているのだ。ボッシュが刑事を辞めるのを最初に切り出す相手がマデリンならば、父親に適切な回答をするのもまた彼女なのだ。
その内容はボッシュをしてとても15歳の少女を相手に話しているとは信じがたいと思わせているが、まさにその通り。
私の懸念は見事に吹っ飛び、マデリンはこのシリーズにとってなくてはならない存在までになった。

そしてそんなシングルファーザー、ハリー・ボッシュにも相手が現れる。それは担当するコールドケースで浮上した容疑者クレイトン・ペルの担当医ハンナ・ストーンだ。

ボッシュは彼女に繋がりを見出す。それは彼女の中に自分と同じような暗闇を抱えているのを見出したからだ。

彼女のそれが犯罪者の息子、性犯罪で服役中の息子がいることが彼女の口から明かされる。そして彼女はそのことについてボッシュに性急に意見を求める。それがボッシュにとって戸惑いを覚えさせる。
時間をかけて進めたい60歳を過ぎたボッシュ、40歳を過ぎ、女性としての幸せを得るのに時間がないと思い、次の幸せを早く得ようとするハンナ。

この2人の価値観の違いは一旦ボッシュを引かせるが、結局再び寄りを戻す。
しかし彼にとっての“一発の銃弾”はエレノア・ウィッシュだけだったし、シリーズで出逢った女性とは長続きしなかっただけにハンナ・ストーンとボッシュとの関係が今後どのように続くかは現時点ではあまり期待しない方がいいだろう。
しかし60を超えてもなおお盛んでモテ振りを発揮するなあ、ボッシュは。

悪に対して絶対的な執着心、己の正義を貫くことを曲げないボッシュ。しかし彼はその悪と対峙して今回自分自身を揺らがせる。

まずはアーヴィングの事件で判断を見誤り、危うく冤罪者を作るところを寸前に回避したことでかつての自分の刑事としての能力の衰えを感じさせられることだ。悪人を追いながら、もっと大きな悪が描いたシナリオ通りに動かされ、泳がされた自分に気付き、ボッシュは一度バッジ返上を考える。

しかし彼の心に刑事としての使命感を燃やさせたのもまた悪人だった。彼は改めて絶対的な悪を目の前に刑事を続けること、出来る限り続けることを決意する。
4年だった定年延長が5年になることを喜んで受け入れる。

ヒエロニムス・ボッシュ。まさに彼こそ人生の全てを刑事という職業に捧げた、全身刑事ともいうべき存在だろう。
彼の娘マデリンが将来ボッシュみたいな刑事になりたいと云ってから彼は娘を刑事の訓練を行うが、それは第二のボッシュを育てるというよりも、彼亡き後も悪を罰する使命を娘に託しているのだろう。
ボッシュサーガはこのハリー・ボッシュという男の刑事の血を継いでいく物語になる、そんな一大叙事詩のように感じた。

そして私がこのボッシュシリーズ、いやコナリー作品に強く惹かれるのは欺瞞と本音のぶつかり合いが見事に描かれているからだ。

事件の発端、ボッシュが事情聴取する関係者は協力しながらも見事に仮面を被っている。表面上はどこにでもいる一般人、ごく普通の家庭であり、なぜこんな事件が起きたのか全く解らないと滔々と述べる。

しかしボッシュが掘り下げていくことで隠された真実や本音が見えてくる。そしてボッシュは自分が掴んだ疑念を容赦なくぶつけ、本音を引き出す。そこにドラマが生まれるのだ。

そしてやはり触れなければならないのがクレイトン・ペルという男だ。最後は彼の暗黒の深さを思い知らされた。

また今までのシリーズでも生々しく描かれていたように、本書に登場する刑事・警察官は決して清廉潔白ではない。

本書でもボッシュの相棒デイヴィッド・チューが自分たちの事件の捜査情報をLAタイムズ紙の記者エメリー・ゴメス=ゴンズマートにリークしていたことが発覚する。
彼は彼女と付き合う代償として捜査情報を彼女に与えていた。それをボッシュは許せずにチューとのコンビ解消を切り出す。

チューは全てを掌握するが、相棒に情報を全て渡さないボッシュのやり方が気に食わなかったのだ。ボッシュがこのまだ若い刑事の将来を慮って、キャリアを棒に振るような政治の汚い世界を知らさない方が身のためだと思った配慮が仇になった結果だ。

そんなエピソードも含め、今回強く感じたのはハリー・ボッシュシリーズとは刑事・警察の生き方を描いた物語であることだ。

刑事を続けることの能力の限界を悟り、一度はその職を辞しようと揺るいだボッシュの心を繋ぎ留めたのはキズミンが放った怪物たちを捕まえ、止めることこそが気高い我々の仕事なのだという言葉。
「これこそ、わたしたちがやっていることの理由」
それがボッシュの刑事としての生き様なのだ。

そしてそんな暗鬱な作業の実態を敢えて省かず書いたコナリーの仕事もまた見事だ。彼は警察とは、刑事とはこういう人たちなのだと示したかったからこそこの場面を敢えて詳細に書いたのだ。

大きな正義に小さな正義、そして法を超えた正義。
それぞれの立場で異なる正義が主張し、そして実行される。その渦中にいるのがハリー・ボッシュという男だ。

物語の最後は実に苦い。

作用・反作用の法則。
悪が巨大ならば逆に英雄視する者が出てくる。ボッシュはそれを避けるために本音では犯人は葬り去らされねばならないと感じていた。
しかしそれを止めたのは刑事という生き方によって備わった反射神経だ。刑事である限り、犯罪者は法で裁かれなければならないという原理原則が身に沁み込んでいたために彼は止めてしまったのだ。

それでもボッシュは刑事を続ける。キズミン・ライダーが彼に投げ掛けた言葉、「これこそ、あたしたちがやっていることの理由」を心の支えにしながら。

見事だ、コナリー。またも心に染み入る仕事をしてくれた。
またもやハードルが高くなったが次もまたそれを越えてくれるだろう。我々の期待以上に。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(10pt)

全く力が衰えない!というか、更にレベルアップしている!

見事!としか言いようのない展開でした。
コナリー氏の本はほぼ読んでいますが、年々レベルが増している?
筆力が全く衰えることなく、益々力強いものになっているのが、もう堪りません!
(ナインドラゴンズあたりは、ちょっと落ちたかな~と、思ったりもしたのですが
あの本はあの本で役割があったのだと今は思えます)

満点をつけたことは今までなかったのですが、今までのボッシュに感謝をこめて(こんなにワクワクさせる刑事は他にいません!)
そして、コナリー氏の益々のご活躍を祈って、今日は満点!です。

ももか
3UKDKR1P

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