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ワイルドファイア



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ワイルドファイアの評価: 8.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.00pt

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No.1:
(8pt)

狂信者たちの戦争

ジョン・コーリーシリーズ4作目に当たる本作は正に狂信者達の戦争とも云うべき皮膚泡立つ恐ろしい物語だ。

21世紀という現代において先進国が自国内で何千人単位という犠牲者を出したテロは2018年現在でも2001年に起きた9・11同時多発テロ以外起きていない。それは“世界の警察”を自認するアメリカにとって屈辱的なことであり、なおかつ国民レベルで世界に対する、いや正義に対する見方・考え方が変わった瞬間であった。
多くの人が直接的・間接的を問わずトラウマを患った未曾有の危機によって本書に書かれている権力者達が精神不安定の状況下でこのような世迷言のような、独善的な計画を発案し、実行に移そうとしていても何ら不思議ではないかもしれない。つまりビンラディンは人道的にやってはいけないレベルのテロ行為をやってしまったのだ。

本作のタイトルとなっている「ワイルドファイア」とはレーガン政権時代に考案された対テロ報復作戦である。「全てを焼き尽くす燎原の火」という名のこの作戦はアメリカがテロを受けた際、自動的に核ミサイルが発動してイスラム諸国の主要都市―油田及び主要港湾都市を除いた―を襲撃するという物だ。
そして本作で掲げられている<プロジェクト・グリーン>とは9・11同時多発テロを受け、アメリカが次のテロを受ける前に自身の手で核を自国のどこかで爆発させ、大義名分を得た上でイスラム諸国を襲撃するという、権力者達の狂った作戦なのだ。

そしてこの<プロジェクト・グリーン>の首謀者が石油会社を経営するベイン・マドックス。自身かつて合衆国陸軍に属し、戦争も体験し、中佐まで上りつめた男だ。
殺人を主にした犯罪を良心を痛めることなく出来、その自らの行為に関して警察やFBIに勘ぐられようが眉一つ動かさず、汗一粒も垂らさない、大木のような図太い神経を持った男だ。いや、その辺の善悪に関する感覚が麻痺しているといった方が正しいかもしれない。そしてこの男にコーリーはだんだんと惹かれていったりもする。同じ穴の狢としての匂いを感じるのだ。

さて作者は冒頭のはしがきでこの「ワイルドファイア」は作者の創造による作戦である事を述べているが、同時に類似の作戦は作られるべきだとも述べている。このコメントにはかなり幻滅した。結局デミルもアメリカ至上主義者の1人に過ぎないと解ったからだ。
本作で滔々と述べられる<プロジェクト・グリーン>が及ぼす影響は、アメリカにとって有益な事を並べ連ね、他国の事は全く頓着していないことが非常に特徴的だ。核を使うことを是とする作戦は作ってはならないと私は強く主張したい。核使用後の波及効果はシミュレーションだけでは計り知れないものがあると思うからだ。そういう類いの作戦立案を支持するデミルの姿勢は、ここに出てくるカスターヒル・クラブの歴々となんら差がないのではないか?そしてこれについてはコーリーも心中で述懐するように、一瞬この作戦を止めるのを躊躇する。もしかしたらこの小説はデミルによる、イスラムへの反逆に対する国際的指示を得るであろう開戦プランの提言なのかも、とまで思ってしまう。

思えば『王者のゲーム』で現れたジョン・コーリーの敵アサド・ハリールが中東諸国から来たテロリストであることは今となってみれば非常に暗示的だった。
そしてその作品が本国アメリカで出版されたのがなんと2000年。9・11のわずか1年前である。
テロ発生後、デミルはこの偶然性に天啓を受けたに違いない。このテロこそ自分が次に書くべき題材だと。そしてこれこそ我が残りの生涯を通じて語るべき物語なのだと。そこでデミルは『王者のゲーム』の後、『アップ・カントリー』を上梓し、自身も参戦したベトナム戦争の心の傷痕を清算している。

そしてその後は、今までどちらかと云えばシリーズキャラクターを立てず、単発物を書いていたデミルにしては珍しくジョン・コーリー物ばかりを書いており、創作姿勢が変化している。このことからもデミルはこの先ジョン・コーリーシリーズしか書かなく、ジョン・コーリーを通じてこの一連のATTFシリーズを自らのライフワークとして定めたのではないだろうかという推測が成り立つ。

穿った見方をすれば、情報通のデミルのこと、もしかしたらこれは偶然ではなかったのかもしれない。『王者のゲーム』を著す際の取材でオサマ・ビンラディンを筆頭とするムスリム系テロリストの存在は知っていたのは必然だろうし、逆にそれを題材にして『王者のゲーム』を著したのかもしれない。そして当初はアメリカへの警鐘の意味合いを込めた作品だったはずだ。しかしそれが警鐘を超え、現実の物となってしまった。

さてデミルの創作意識への推測はここまでにして本作の内容に移ろう。
今まで『王者のゲーム』、『ナイトフォール』で私が散々不満を漏らしていたデミルの創作作法については今回も変わらない。物語の序盤でATTFの捜査官ハリー・ミューラーが<カスターヒル・クラブ>の潜入捜査に失敗して拉致されるあたりで、本作の物語の肝である<プロジェクト・グリーン>と「ワイルドファイア」の内容について早々に詳らかにする。
しかしこれは後々のジョンとケイトのベインとの対決シーンの緊張感を高めるのに、この長々としたベインの講演を読まされるよりもよかったように感じた。今回の物語の展開としてはこの手法は有益に働いていた。

そして何よりも今回はカタルシスがきちんと得られた。敵役のベインとはきちんとケリがつくし、何よりもシリーズを通してのジョンの天敵テッド・ナッシュとの決着も着くからだ。前2作で感じた、どうにも宙に浮いたような結末に比べるとやはり数段にいい。
そして主人公のジョン・コーリーは相変わらずのスタンドプレイぶり。とにかく全ての上司の命令に背く。つまり上司の命令と反対の事をすれば、真相に行き着くと云わんばかりだ―まあ、実際そうなのだが―。
そして減らず口も健在。というよりも更に輪を掛けて饒舌になっている。よくもまあ、ケイトはこんな男と付き合えるものである。物語の主人公としては痛快極まりないが、同じ仕事の同僚、部下としてはお金を払ってでも遠慮ねがいたい人物だ。
しかしデミルのジョンを描く時の筆の冴えは健在だ。もうノリノリである。随所に盛り込まれたジョークにまたも声を出して笑ってしまった―特に「カタツムリだけは入れてくれるな、アンリ」は傑作!―。

相棒のケイトもこれほど辛抱強く、またジョンに同調していとも簡単に規則を破っていたかしらという風に変わってきている。作中でも9・11以後、ケイトはセラピーを受け、変わったと述べているが、二人のコンビ振りが更に躍動感を増したように思う。

余談だが、アメリカ国内における核もしくはテロリストの脅威がテーマであることで、なんだかドラマ『24』を観ているような錯覚に陥った。とはいえ、ジョンはキーファー・サザーランド演ずるジャック・バウアーとはイメージが異なる。しかもあのドラマと違い、こちらは1泊1200ドルもする高級コテージで寛ぐ余裕すらある。

さて前にも書いたように、本作では9・11同時多発テロが色濃く繁栄されているが、興味深いのはあのテロの後、アメリカ人の心境・生活に何をもたらしたかが随所に織り込まれていることだ。
頭上を飛ぶ飛行機の機影に敏感になる、空港のみならずホテルや高層ビルでは金属探知機が常設されている、毎日どこかの葬式に出席していた、等々。これらはデミルが書かなければならなかった事実なのだろう。そしてそれはアメリカ国民にとっても読むべき話なのだろう。明日に向かうために。

また2006年に発表された本書ではイラクに大量破壊兵器があるなどと信じていないという記述があり、ニヤリとさせられる。
しかし同時に石油価格がこの<プロジェクト・グリーン>発動後、1バーレル当り100ドルまで急騰するだろうと述べられているが、実際はその予想を遥かに上回る130ドルという価格まで跳ね上がった(2008年当時)。
もちろん現実社会では核攻撃など起きてはいない、そういった状況での原油高騰であり、これはさすがのデミルも予想外だったに違いない。

とまあ、上下巻合わせて1,080ページ強のこの物語には、こんな風に書いていけばいくらでも書きたいことが出てくる。それほど本作には色んな内容が盛り込まれており、読者を飽きさせない。
私は本作を読んだ時に、ジョン・コーリーシリーズはこれで終わりではないだろうかと思った。
しかし、そうではないことに気付いた。なぜならジョンの最大の敵役アサド・ハリールがまだ残っているからだ。次にこのハリールが復活してジョンを脅かすのかどうか、楽しみにして待っていよう。

Tetchy
WHOKS60S

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