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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1359

全1359件 1101~1120 56/68ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.259:
(7pt)

でき過ぎた女房の怖さ

人並み以上の野心と努力で成功を収めた不動産開発業者のトッドは、美しく聡明なサイコセラピストで主婦としての役割も完璧に果たすジョディとふたり、シカゴの高級コンドミニアムで事実婚生活を送っていた。一緒に住み始めて25年、トッドの浮気性が多少の波風は立てるもののジョディの落ち着いた対応で平穏な日々が続いていた。ところがあるとき、トッドが少年時代からの旧友の娘・ナターシャに心を奪われ、妊娠させたことから、二人の間に亀裂が生じ、その溝は徐々に深まっていった。浮気を隠しおおせているつもりでいて、秘かに子供の誕生に期待するトッド、夫の浮気を知りながら沈黙を続けるジョディ、ジョディと別れて結婚するように迫るナターシャ、三人の思惑がぶつかり合い、静かな緊張感が高まっていき、やがて悲劇のクライマックスを迎えることになる。
本作の読みどころは、美人で性格が良くて、主婦としても妻としても申し分が無く、しかも自立した女性でもあるジョディが、深い沈黙の影でじわじわと復讐心を育てていく怖さにあるのだが、もう一面から言うと、これだけ完璧な妻を持ちながら若くて奔放でわがままなナターシャに惹かれ、なおかつ女房との生活もだらだらと維持していきたいという能天気なダメ男であるトッドの浮世離れした物語でもある。トッドの視点から見れば、訳が分からない内に悲劇に巻き込まれた男のコメディーとも言えるのが面白い。もちろん、トッドは正真正銘の当事者なんだけど。
なお、著者のハリスンは本作刊行の2ヵ月前にガンで死去し、これだけ優れたデビュー作が遺作となってしまったという。もうけっして次作を読むことができないというのは、誠に残念というしかない。
妻の沈黙 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
A.S.A.ハリスン妻の沈黙 についてのレビュー
No.258:
(7pt)

古さを感じさせない、ロマンチックミステリー

アメリカ心理ミステリの随一の鬼才(扉の紹介文)マーガレット・ミラーの1950年の作品。少しも古さを感じさせない、ロマンチックサスペンスである。
独身女性医師・シャーロットの診療所に予約無しで訪ねてきた若い女性・ヴァイオレットは、望まぬ妊娠をしており堕胎をして欲しいと頼み込んできた。依頼を断ったシャーロットだったが、診療所から姿をくらませたヴァイオレットが気になり、その夜遅く彼女の下宿先を訪ねてみた。そこでヴァイオレットが二人連れの男に連れ出されたと聞かされ、さらにシャーロットは戻った自宅で強盗に襲われる。次の日、ヴァイオレットの水死体が発見され、刑事が診療所に訪ねてきた。ヴァイオレットの死とシャーロットの間には、いつの間にか悪意の糸が張り巡らされていた・・・。
当時には珍しく自立した女性であり、仕事にプライドをもつ医師であるシャーロットは、患者の夫である弁護士・ルイスと不倫関係も前向きにとらえ、健康的に生きていた。一方、ヴァイオレットは、どうしようもない暴力的な夫や小悪党の叔父たちとの田舎の貧乏暮らしからの脱出を夢見ながらあがいていた。対照的な二人女性の生き方を対比させながらストーリーは犯人探しへ、さらなる事件へと、サスペンスを高めながら進み、悲劇的なクライマックスを迎えることになる。
時代を先取った女性の心理ミステリーとして、今でも十分に読み応えがある作品だ。
悪意の糸 (創元推理文庫)
マーガレット・ミラー悪意の糸 についてのレビュー
No.257:
(7pt)

ハートレスな物語

闇の探偵バーク・シリーズのヴァクスが、シリーズ中断中の1993年に発表した単発作品だが、作品全体のテイストはバーク・シリーズと共通している。
ゴーストと呼ばれる殺し屋は、かつてコンビを組んで美人局をやっていた相棒で、彼が服役中に姿を消したシェラを探すために、闇の世界の奥深くへと分け入っていく。アメリカのさまざまな都市のいかがわしい街を探し回るのだが、ひとりでは成果が得られず、闇社会の情報通を頼ることになり、相応の見返りを求められる。必殺の武器である自分の両手を頼りに困難で血なまぐさい任務を果たしたゴーストは、ついにシェラの居場所に辿り着くが、そこに待っていたのは・・・。
冷酷非情でありながら純粋な恋情を抱き続ける不器用な主人公の生き様が心に響く、切ないノワール小説で、バーク・ファンには文句なしにオススメできる。ただ、あまりにも非情というか、ハートの無いストーリーなので、ハードボイルドにもロマンを求める読者には合わないかもしれない。
凶手 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 189-7))
アンドリュー・ヴァクス凶手 についてのレビュー
No.256: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

87歳、初期認知症におびえるヒーロー誕生!

最近では「ヴァイオリン職人の探求と推理」が思い浮かぶように、老人の主人公が活躍するミステリーはたまに目にするのだが、本作の主人公はなんと87歳! ほとんどの紹介記事で「ミステリー史上最高齢のヒーロー」とされている、高齢化社会を先取りした作品である。
老妻とふたりで引退生活を送っている元凄腕刑事バック・シャッツは、臨終の床にあった戦友から「あんたを痛めつけたナチ強制収容所の将校が金塊をもって逃げている」と知らされる。最初は気乗りがしなかったのだが、取り合えずその男の行方を探ろうとしたところ、周辺で不可解な殺人や不穏な事態が続発した。捜査権限はもちろんのこと、捜査活動を続ける体力もなく、あるのは「意地と皮肉」だけという老人がITに強い孫と357マグナムの助けを借りて獅子奮迅の働きを見せる。
本作の魅力は、なんと言っても87歳の主人公。ところかまわずラッキーストライクを吹かし、相手構わず強烈な皮肉を連発する一方、庭の芝生の手入れも出来なくなった体力不足と、医者に指摘された認知症の初期症状に悩んでいるところが人間的で微笑ましい。主人公のキャラの強烈さに隠れてしまいそうだが、犯人探しのストーリーもしっかりしていて、良質なミステリーとしてもオススメ。
もう年はとれない (創元推理文庫)
No.255: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

主人公もオチも、ひねりにひねってます(笑)

2010年に発表されて以来、本国スウェーデンをはじめヨーロッパでベストセラーになっている「犯罪心理捜査官セバスチャン」シリーズの第一作。すでに実績のある脚本家ふたりが書いているだけあって、主人公も、他の登場人物も魅力的で、ストーリーも波乱に富んでいて非常に楽しめる。
ストックホルムにほど近い静かな街で、心臓をえぐり出された男子高校生の死体が発見され、地元警察の要請を受けて国家警察の殺人捜査特別班の4人の腕利き刑事が捜査に乗り出した。殺された少年は家庭に恵まれず、以前の高校ではいじめに遭い、転校先でも友達が少なかったという。捜査が進むにつれ、少年の通う名門高校には隠された問題があることが分かってきた。さらに、少年の関係者が殺害され、家が放火されるという新たな事件まで発生した。
事件捜査の主役は捜査特別班のメンバーだが、ひょんなことから(ちょっと邪な動機から)捜査に加わることになった元プロファイラーのセバスチャンが、物語全体を引っかき回すところが、本作の読みどころ。かつてはトッププロファイラーとして活躍したセバスチャンだが、自信過剰、傲岸不遜、協調性ゼロ、おまけにセックス中毒で捜査関係者であろうと関係なくベッドに入ってしまうという、ねじれにねじれた人間性が影響して、他のメンバーからは総スカンをくらうのだが、そんなことには一向にへこたれず、独自の解釈で捜査の方向性をリードすることになる。
ミステリーにはいろんなタイプの主人公が出て来るが、セバスチャンほどひねくれた捜査側の人物はおそらく初めてだろう。少なくとも、自分の読書体験では出会ったことがないキャラクターである。そういう人間になるには、それなりの背景があるのだが、表面的には実に「イヤな奴」で読んでいて共感を抱くのが非常に困難だった。しかし、最後の最後に、セバスチャンの抱える鬱屈が晴らされるような展開が待っていて、読者は救われる。
ストーリーの魅力と、それ以上の登場人物の魅力。シリーズの成功が納得できるデビュー作である。
犯罪心理捜査官セバスチャン 上 (創元推理文庫)
No.254:
(7pt)

誰も信用しない、信用できない悪者たちの輪舞

シリーズ主人公のハゲタカこと、禿富鷹秋警部補が死んで終わったはずの「禿鷹シリーズ」だが、「禿鷹外伝 禿鷹V」が登場し、新たなシリーズが展開されるようだ。
警察史上最悪の悪徳刑事・ハゲタカが命を賭けて隠そうとした神宮警察署の裏帳簿のコピーは、同僚の御子柴から警察庁の特別監察官・松国を経由して警察官僚の上層部に渡されたが、上層部はこれを握りつぶすことを決めた。この決定に不満を持つ松国はメディアでの暴露を工作する。それを察知した上層部は、ハゲタカの天敵・岩動警部にコピー回収を命令する。岩動は南米マフィアの残党や新宿を根城とするヤクザを操って回収に乗り出し、ハゲタカと懇意で渋谷を縄張りとするヤクザ渋六興業を巻き込んだ壮絶な戦いが繰り広げられることになる。
シリーズお馴染の登場人物に新たに加わった強烈なキャラクターが、ハゲタカの未亡人・司津子。若い頃の岩下志麻をしのぐ和風美人ながら、ハゲタカ以上に得体がしれない不気味さを秘めている。さらに、これまでは脇役に徹していた、冴えない中年警部補の御子柴がハゲタカ譲りの図々しさを発揮してヤクザや同僚を振り回すという変身を見せる。御子柴の新たな相棒になった嵯峨警部補も相変わらずの食えない言動で、周りに疑心暗鬼を引き起こしていく。
とにかく、登場人物全員が悪人というか、腹に一物を持つ人物ばかりで、誰が正義か、何を信用すれば良いのか分からないまま暴力的なクライマックスを迎えることになる。読者は正邪の判断は保留して、スピーディーでスリリングなストーリー展開と派手なアクションを堪能するのが、本作の楽しみ方だと言えるだろう。シリーズファンはもちろん、単発で読む読者も楽しめること請け合いだ。
兇弾
逢坂剛凶弾 禿鷹V についてのレビュー
No.253: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

主人公の設定が凝っている

ウォールストリートで20年以上の勤務経験を持つ著者が自身の体験をもとに書き上げたデビュー作で、2013年のシェイマス賞最優秀新人賞の受賞作である。
最近目にすることが多い金融サスペンスものだが、花形トレーダーとして大金を稼いでいたのに不正行為で2年間服役し、出所したばかりという主人公・ジェイスンの設定が面白い。裁判所命令で金融関係には就職できず、とりあえずの現金が欲しいジェイスンは、証券会社の最高財務責任者から「事故死した若手社員の取引に不正があるかどうかを確認して欲しい」という依頼を受ける。非協力的な社員や乏しいスタッフに苦労しながら調査を進めたジェイスンは、大掛かりな不正行為の存在を発見し、FBIに協力して摘発しようとする・・・。
ミステリーとしての本筋は金融不正行為をめぐるサスペンスで、一筋縄ではいかないジェイスンの性格もあって、犯罪者やFBIなどとの虚々実々の駆け引きが面白い。しかし、本作品が高い評価を得たのは、ジェイスンが自閉症の息子・キッドと懸命に向き合って親子二人の生活を成り立たせようとする「父子の成長物語」でもあるからと言えるだろう。身勝手な前妻、その再婚相手、さらには世間の無理解に直面しながら奮闘するジェイスンとキッドに思わず声援を送りたくなる。
金融サスペンスというより、父と息子の心温まるハードボイルドとしてオススメしたい。
ブラック・フライデー (ハヤカワ文庫NV)
No.252: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

カッコイイ! ニューヒーローが鮮烈デビュー

主人公は、自分の存在はもちろん、仲間達の痕跡まできれいに消すのが専門の「ゴーストマン」。もう二十数年、武装強盗に関わりながら一度も逮捕されたことがなく、世界中のどこの捜査機関にも指紋すら取られていないという。彼がここまで生き残ってきたのは、ひとりで暮らし、ひとりで寝て、ひとりで食べ、誰も信用しないからだった。
そんなゴーストマンがある日、天才的な強盗計画立案者マーカスに呼び出され、ニュージャージー州アトランティックシティのカジノで起きた現金輸送車強盗事件で逃走した犯人から奪われた現金を取り戻し、事件の痕跡を消すように命じられる。本来一匹狼で、誰の手下でもないゴーストマンだが、5年前からマーカスには大きな借りがあったため断り切れず、犯人と現金の行方を追うことになる。簡単に片づくはずの事件だったが、FBIや地元の麻薬密売組織のボスにも追われるようになり、タッタひとりで厳しい戦いに挑むことになる。しかも、カジノで奪われた金は連邦準備銀行の新札であり、48時間後には爆発する仕掛けが施されていた。刻々とタイムリミットが迫る中、ゴーストマンの孤独な戦いが続く・・・。
とにかく、ゴーストマンがカッコイイ! 鋭い知性と強じんな肉体を持ち、情に流されず、徹底的に武装強盗の任務を遂行する。その理由は、「金は問題ではなかった。高揚感。私はそのためにこそ生きているのだ。高揚感にドルマークはついていない」という。ムダな内面描写や情景描写を省いたクールな文章、クライマックスに向かって物語全体が疾走するスピード、容赦のない暴力シーンなど、すべてがゴーストマンのキャラクターを際立たせている。
特筆すべきは、これが23歳の若者のデビュー作だということ。しかも、出版前から破格の高額で映画化権が売れ、20ヶ国以上で翻訳されベストセラーになっているという。すでに、本作の続編が書かれているというので、楽しみに待ちたい。
タイムリミットもの、強盗計画もの、クライムノベル、ハードボイルドサスペンスのファンには絶対にオススメだ。
ゴーストマン 時限紙幣
No.251: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

63歳の素人探偵デビュー!

1958年生まれというから遅咲きの英国人作家ポール・アダムの本邦初訳作品。タイトルの通りにヴァイオリン職人である63歳の素人探偵が主役の静かな味わいのミステリーである。
イタリアのヴァイオリン職人・ジャンニの親友で同業者のトマソが殺害された。共通の友人で地元警察の刑事であるアントニオに協力して犯人探しを始めたジャンニは、トマソが極めて高価なヴァイオリン、幻のストラディヴァリを探してイギリスに行っていたことを突き止めた。金銭的に豊かでなかったトマソがイギリスまで行ったのは、古いヴァイオリンのディーラーかコレクターの依頼に違いないと見当をつけたジャンニは、ヴァイオリンの名器を取引する業界の知り合いに探りを入れ始め、別の殺人事件に遭遇することになった。
主人公は真っ当で誠実な職人だが、幻の名器を巡って巨額の金銭が飛び交う業界は、悪徳ディーラー、詐欺師、贋作師が跋扈し、真実と嘘の見分けがつかなくなる闇の世界だった。ジャンニは持ち前の豊富な知識と人脈を活用し、歴史の謎を解きながら一歩一歩真実に近づいていった。
63歳の素人探偵が主役なので派手なアクションシーンやサスペンスの盛上りはなく、淡々のストーリーが流れていくのだが、所々に挿入されている深い人生経験に基づいた言動がじんわりと心を温めてくれる。ミステリーとしてもレベルが高い作品だが、ヒューマン小説としても高く評価できる。古典的な探偵小説ファン、アームチェアディテクティブのファンにオススメだ。
ヴァイオリン職人の探求と推理 (創元推理文庫)
No.250: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

金融事件だが読みやすい

2012年のデビュー作「ブラック・フライデー」でシェイマス賞最優秀新人賞を受賞した実力派新人マイクル・シアーズの第2作。デビュー作と同じく、ウォールストリートで華々しく活躍していながら金融不正の罪で2年間服役して出所した元花形トレーダー・ジェイスンを主人公とする作品である。
一代で大手投資銀行を築き、大富豪として知られた銀行家が巨額の投資詐欺で逮捕され、拘置所で自殺した。遺族は、父親には30億ドルという巨額の隠し資産があるのではないかと疑い、ジェイスンに調査を依頼する。スイスに500万ドルの年金を隠してはいるものの当面の仕事にも金のやり繰りにも苦労していたジェイスンは、高額の報酬に惹かれて調査を引き受けた。自殺した銀行家の関係者への聞き取りからスタートしたジェイスンは、銀行家が麻薬組織のマネーロンダリングに加担していた疑いを深めていく。それと同時に、ジェイスン本人と家族にあからさまな脅迫が加えられるようになってきた。
投資詐欺やスイスのプライベートバンクを利用した資産隠しという金融犯罪を扱った作品だが、高度な金融知識がなくてもストーリーが理解でき、ミステリーとしてのストーリー展開もよく出来ているので、最後まで退屈することなく読みこなせる。さらに、ジェイスンと発達障害を持つ息子・キッドとの親子関係、あるいは離婚した妻、バーテンダーである父親などとの家族関係などが物語の背景として上手く描かれており、父と息子の心の交流を描いたハードボイルドとしても楽しめる。
このシリーズは好評を得ているようで、すでに3作目を執筆中だという。シリーズ作品なので第1作から読むのがベストだが、本作品から読み始めても問題なく楽しめること、請け合いだ。
秘密資産 (ハヤカワ文庫NV)
マイクル・シアーズ秘密資産 についてのレビュー
No.249:
(7pt)

少女の健気さが印象的なロードノベル

マーク・マクガイアとサミー・ソーサが熾烈な最多ホームラン数争いを繰り広げていた1998年夏、ノース・カロライナ州の養護施設に暮らすイースターとルビーの姉妹のところへ、3年前に母親と離婚し行方が分からなくなっていた父親ウェイドが訪れ、一緒に暮らそうという。しかし、親権を放棄していた彼には娘達を引き取ることは許されず、ある夜、娘達の部屋に窓から忍び込んで二人を連れ出してしまう。イースターとルビーの訴訟後見人で元刑事のブレイディは姉妹を連れ戻すために三人の行方を追い始めるが、もうひとり、三人を追ってくる凶暴な人物がいた・・・。
ストーリーの本筋は、新しくやり直したい父親と娘が車での逃避行の間に親子の絆を構築できるかというロードノベルであり、サブとしてブレイディの捜査活動と、地元の悪役のボスがウェイドに盗まれた金を取り戻すために差し向けた殺し屋の追跡が、サスペンスを加えている。
ミステリー、サスペンスとしてはさほどの出来ではないが、親子の情、アメリカ南部の情景、ソーサとマクガイアに熱狂する時代状況などが物語に深みを与えており、しみじみとした味わいがある。何より印象的なのは、12歳の多感な少女・イースターの強さと優しさである。メジャーリーグを目指しながら挫折した父親ウェイドをはじめ、悪役のボス、地元警察など周りの大人がやや間抜けなだけに、イースターの健気さが際立っていた。
ロードノベルファンにはオススメだ。
約束の道 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ワイリー・キャッシュ約束の道 についてのレビュー
No.248:
(6pt)

初期のスペインもの作品集

デビュー作「暗殺者グラナダに死す」を含む、逢坂剛の初期のスペインもの短編集。5作品が集められているが、どれも冒険活劇と呼ぶにふさわしいアクション小説である。スペイン現代史に題材を取り、作者が大好きだという「西部劇、スパイもの」のテイストが濃い娯楽作品に仕上がっている。
どの作品も工夫やツイストが効いていて面白いのだが、やっぱり食い足りない部分があり、逢坂剛は長編作家でこそ真価を発揮すると感じた。
コルドバの女豹 (講談社文庫)
逢坂剛コルドバの女豹 についてのレビュー
No.247: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

甘くて切なくて、ハーフボイルド?

道警シリーズの最新作。第7弾ともなるとマンネリの感が拭えず、今回も安定した面白さではあるが、読者を引き込む様な迫力は感じられなかった。
宝石商強盗事件に出動した津久井は、犯人逮捕の現場となったホテルのラウンジでピアノを演奏していた女性が気になった。その後、お馴染のジャズバー・ブラックバードでそのピアニスト・奈津美に再会し、お互いに惹かれ合う。奈津美は、札幌の夏の風物詩「サッポロ・シティ・ジャズ」にサックス奏者四方田純カルテットに誘われての出演が決まり、張り切っていた。ところが、公演の前日、四方田純のファンの女性の刺殺体が発見され、奈津美にも犯行に関与しているとの容疑がかけられた。
ストーリーは、強盗事件の捜査と女性殺害事件の捜査が並行して進行し、重要参考人を庇いたい津久井の苦悩を描いていく。同時に、佐伯と小島百合の大人の関係の進展、新宮の成長など、シリーズ作品ならではのエピソードが挿入されてくる。
事件、犯行、犯人に複雑さや奥深さは無く、警察の捜査としては「ちょっと、どうなの?」という面もあり、道警シリーズの初期のような警察小説としての面白さは薄れている。大人のロマンス小説、ハーフボイルドという印象を持った。
憂いなき街
佐々木譲憂いなき街 についてのレビュー
No.246: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

主役を譲ったのも、余裕の表れかな

日本でも安定した人気を誇る、コペンハーゲン警察の未解決事件専門部・特捜部Qシリーズの第5弾。今回、おなじみQのメンバーが挑むのは、アフリカの開発援助を担当していた外務官僚の失踪事件である。まじめで心優しい男性だったのに、担当するプロジェクトの進行を確認するための出張を一日早く切り上げて帰国したのち、まったく姿を消してしまったのだった。彼の事実婚相手の娘で、彼を慕っていたティルデは、情報提供を依頼するポスターをコペンハーゲン市内に張り出したが、情報は全く得られなかった。
それから3年後、特捜部Qのメンバー・ローセは偶然、そのポスターを入手し、乗り気ではないカール・マーク警部を説得し捜査を始めようとする。実は、そのポスターがローセの目に留まったのは、ロマ(ジプシー)を装った犯罪集団から逃げ出した15歳の少年マルコが、組織の追及を逃れながら一人で生き延びるための仕事としてポスター張りをしていて見つけたものだった。マルコはそのポスターを見て、自分が大変な犯罪の証拠を知っていることに気がついた。マルコは、自分の命が狙われていることを確信する。さらに、外務官僚の失踪に絡む汚職の犯罪者たちもマルコを捕まえようとする。
生粋のストリート・チルドレンであるマルコが、知恵と勇気と偶然を味方にコペンハーゲン中を駆け巡る逃走劇と、いまひとつ覇気が無いカール、病み上がりのアサド、やたらと正義感が強くなったローセというQのメンバーによる失踪事件捜査が並行して進行し、やがて悲劇と感動のクライマックスを迎えることになる。
本作では、読者の関心は圧倒的にマルコの逃走に向けられるだろう。いわば、Qのメンバーがマルコに主役を譲ったと言えるかもしれない。それでも、カールの老いらく?の恋話、ローセの意外な一面の暴露、アサドの秘められた過去の部分的な判明など、シリーズ読者には必読のエピソードも盛り沢山で、主役を譲ったのは彼らの余裕の表れといえるだろう。今回も、オススメの出来栄えだ。
特捜部Q―知りすぎたマルコ― 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.245:
(7pt)

羊頭狗肉の感あり

「刑事ヴァランダー・シリーズ」でお馴染の現代スウェーデンを代表するミステリー作家、ヘニング・マンケルのノンシリーズ作品。上下巻の表紙裏扉の惹句が「北欧ミステリの帝王ヘニング・マンケルの集大成的大作」、「現代の予言者マンケルによる、ミステリを超えた金字塔的作品」とあって、読む前から期待が高まること間違い無しだったのだが・・・。
2006年の1月、スウェーデン北部の寒村で、村のほぼ全員が殺された。ほとんどが老人の被害者達が鋭利な刃物で滅多斬りにされるという惨劇は、狂人の犯行なのか? 犯人が狂人ではないとしたら、何の動機、目的があったのだろうか? 被害者の中に、いまは亡き自分の母親の養父母が含まれていたことを知った女性裁判官ビルギッタは、自身が休暇中だということもあって現場に赴き、現地警察に疎まれながらも事件の真相を探り始める。すると、謎の中国人が浮かび上がってきた。
ここから話は一気に、1863年の中国・広東に飛び、極貧の村から逃げ出したものの広東で悪人につかまり、奴隷労働のために売られてアメリカに連れて行かれる貧しい兄弟が登場する。大陸横断鉄道敷設現場で過酷な労働を強いらながら何とか生き延び、再び中国に戻った青年・サンは、その労苦を刻んだ日記を残していた。そして、再び2006年、サンの子孫は中国経済を牛耳る大物として、これからの中国の進む道を決定しようとしていた。
村全体を虐殺するというド派手な幕開けで始まったストーリーは現代と19世紀後半、スウェーデンと中国、アメリカを自由に往来し、どんどんスケールアップして行く。ただし、ミステリーとしては、オープニングに比べて結末がちょっとしょぼくて、やや羊頭狗肉の感があった。本作品は、毛沢東の文化大革命の洗礼を受けた世代が、現在の中国をどう評価するかを問う、社会性の強い作品として読む方が正解だと思う。
北京から来た男 上
ヘニング・マンケル北京から来た男 についてのレビュー
No.244: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

スペイン愛が書かせたハードボイルド

1986年に発表され、直木賞と日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞を受賞した逢坂剛の代表作とも言える作品だが、著者自身による「文庫新装版あとがき」によると、実は作家デビュー前の1977に書いた処女作だという。著者も言う通り「処女作の持つ熱気」があふれた、粗削りで力強い恋愛ハードボイルド作品である。
小さなPR会社を経営する漆田は、最大のクライアントである日野楽器からスペインの有名なギター製作者ラモスの日本招聘関連の業務を受注した。その中で、二十年前にラモスを訪ねてきた日本人のフラメンコギタリストでサントスと名乗った人物を探して欲しいという依頼を受けた。日本のフラメンコ業界を中心に人捜しを始めた漆田だったが、楽器業界のライバル社や過激派組織などが登場し、思いも掛けない事件に巻き込まれることになった。さらに、ラモスがサントスを探している理由が、「カディスの赤い星」といういわく付きのギターを取り戻すことだったことが判明する。「カディスの赤い星」がスペインに持ち込まれたことを突き止めた漆田はスペインに渡るが、そこで待ちかまえていたのはフランコ独裁体制の終盤を迎えて対立が激化していた複雑な政治情勢だった。
前半は日本の楽器業界を舞台にしたハードボイルドだが、後半になると一気に国際冒険小説風味で派手なアクションと謀略戦が繰り広げられ、最後は過去に葬られた男女の欲望や悲しみがあらわになり、新たな悲喜劇を生むことになる。
確かに粗削りな部分やご都合主義な部分もあるが、スペインへの愛があふれた、情熱的なハードボイルド作品である。
新装版  カディスの赤い星(上) (講談社文庫)
逢坂剛カディスの赤い星 についてのレビュー
No.243:
(8pt)

やられたら、倍返しだ

稀代の悪徳刑事・禿鷹シリーズの第2弾。やくざ同士の縄張り争いに悪徳警官同士の勢力争いが加わって、今回も壮絶な暴力の応酬が繰り広げられていく。
渋谷の小さなバー「みはる」に、新宿を根城にする南米マフィア・マスダの幹部・宇和島がちょっかいを出し、ママの世津子を脅迫した。そこに現れた禿鷹は宇和島を痛めつけて放り出したが、その夜、禿鷹は3人組に襲われてしたたかに痛めつけられた。実はこの3人は、宇和島とつながりのある悪徳警官グループだった。絶対にやられっぱなしにはしない禿鷹は、さまざまな策を講じて悪徳警官たちに次々に落とし前をつけていく。
個人も組織も、時には付合っている女性さえ「とかげのように無表情な目」で冷徹に見極め、徹底的に自分の損得で行動するアンチヒーロー・禿鷹。好きと嫌いがはっきり別れるキャラクターだが、もっと読みたくなることは間違いない。日本のハードボイルドにビターな味が欲しいと思っていた読者にはオススメだ。
無防備都市 禿鷹II (文春文庫 お 13-20)
逢坂剛無防備都市 禿鷹の夜II についてのレビュー
No.242: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

福島第一原発事故後に読んで

1995年に発表された作品だが、ミステリーとしての本筋とは別に、16年後の原発事故を予感していたようなリアリティのある話にぞくぞくした。
自衛隊から受注した大型ヘリ「ビッグB」が、最後のテストの日、遠隔操縦装置を駆使する何者かに奪われて無人のまま飛び立ち、高速増殖炉「新陽」の真上でホバリング状態になり、犯人からは「すべての原発を使用不能にすること。ただし、新陽は運転を停止させないこと」という要求が届いた。要求が聞き入れられなければ、ヘリを墜落させるという。原発が人質に取られたのである。ところが、犯人は知らなかったのだが、ビッグBには小学生の男の子がひとり入り込んでいた。子供の救出と原発の事故防止、二つの難題を解決するために、前例の無い危機管理活動が展開されることになる。
子供の救出作戦、犯人探しという本筋のストーリーの完成度の高さもさることながら、本作品では「原発は必要なのか?」という裏のテーマの重さが、読者の心に迫ってくる。原発を推進する政府、電力会社、原発メーカー、誘致する自治体、原発労働者、反対運動を進める人々・・・さまざまな視点から原発を捉え直し、「沈黙する群衆」の責任を問うてくる。
福島第一原発事故の前であれば、「原発は必要か」の部分が多少鬱陶しく感じただろうが、あの事故を経験した今では、こちらにこそ本質があるような気さえしてくる。そうした重い問い掛けを含みながら、エンターテイメントとしても優れた作品であり、多くの方にオススメしたい。
天空の蜂 (講談社文庫)
東野圭吾天空の蜂 についてのレビュー
No.241:
(7pt)

さらに凶暴に、狡猾に

悪徳刑事・禿鷹シリーズの第3作。禿鷹の凶悪さ、傍若無人はとどまるところを知らない。
渋谷への進出を狙う南米マフィア・マスダが渋谷の古参組織・敷島組の幹部を拉致殺害し、渋谷で対抗するヤクザ渋六興業のシマに放置するという事件が起こった。マスダ、敷島組、渋六興業の三つ巴の抗争に発展しそうな事態を引き起こしたのは、禿鷹だった。禿鷹は何のために、事態を複雑にして渋谷に波風を立てようとするのか? 
警察も暴力団も関係なく、組織の論理を嘲笑って身勝手な言動を繰り返す禿鷹は、誠実な社会人である一般読者にとって、実に憎たらしい存在であると同時に、日頃のうっぷんを一気に晴らすような、妙に痛快な思いを味あわせてくれるアウトローでもある。
最後にびっくりする結末が待っていたが、まだまだシリーズは終わらない。ということは、禿鷹の凶暴さがさらにとんでもない地点にまで行ってしまうということだろうか。主人公に対する好き嫌いで、かなり評価が別れる作品だが、ノワール系がお好きな方にはオススメできる。
銀弾の森―禿鷹〈3〉 (文春文庫)
逢坂剛銀弾の森 禿鷹III についてのレビュー
No.240:
(8pt)

最凶悪徳刑事に迫る、最強最悪の女刑事

禿鷹シリーズ四部作の完結編(のはずが、禿鷹外伝が誕生したため、シリーズ第4弾になった)。禿鷹の傍若無人が最高潮に達し、極めて緊迫感のあるハードボイルド作品である。
ルールも倫理も一切意に介さず、ヤクザも南米マフィアも警察組織も手玉にとって悪行の限りを尽くす禿鷹を抹殺する密命を帯びて、警察上層部から送り込まれた刺客は、禿鷹以上に凶悪な女警部・岩動寿満子だった。渋谷を縄張りとするヤクザ渋六興業と禿鷹との癒着を暴くため、岩動は権謀術策を巡らせ、さまざまな罠を仕掛けてきた。知恵と度胸で岩動に対抗してきた禿鷹だったが、権力と悪知恵で締めつけてくる岩動に、さすがの禿鷹も追い詰められ、壮絶なラストへと突っ走る。
本作ではなんといっても、禿鷹を追い詰める岩動のキャラクターが際立つところが特筆もの。ハードボイルド、ミステリーはやっぱり悪役(もっとも、禿鷹も悪役なのだが)がインパクトがあるほど面白いことを実証する作品だった。
継続性が強いシリーズなので順番に読むことをお薦めするが、本作だけでも十分満足できるだろう。
禿鷹狩り〈上〉―禿鷹〈4〉 (文春文庫)
逢坂剛禿鷹狩り 禿鷹IV についてのレビュー