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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1393

全1393件 821~840 42/70ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.573:
(7pt)

やや薄味かな?

ミレニアム・シリーズの第5作。作者が代わってからの第2作である。
前作の事件での行動が原因で刑務所に入れられたリスベットは、囚人を牛耳るギャング・ベニートに虐待されていたバングラデシュ人の女性・ファリアを助けるためにベニートと対立し、ベニートに瀕死のケガを負わせたが、看守の証言などもあって刑務所から釈放された。収容中に面会に訪れた元後見人のホルゲルから、自分の子ども時代の秘密につながるヒントを聞いたリスベットは、ミカエルにも協力を求めて、その謎を解き明かそうとする。一方、リスベットの要請で調査を始めたミカエルは、調査対象である証券アナリストを調べるうちに、何か大きな秘密が隠されていることに気がついた。さらに、ホルゲルが何者かに殺害され、しかも瀕死のベニートが病院から脱走し、リスベットを殺すべく動き始めたのだった・・・。
「ドラゴン・タトゥーの秘密が、ついに明かされる」というのが本作のキャッチフレーズで、リスベットの過去を解き明かして行くのがメインストーリーであるが、サブストーリーとしてイスラム原理主義の女性差別、優生学的な研究の忌まわしさ、サイバーテロなどが取り上げられており、社会性の強いシリーズの特徴がきちんと受け継がれている。ストーリー展開もテンポよく、スリルやサスペンスもたっぷりで、ミステリーとしてのレベルは高い。ただ、これまでの4作品に比べると、物語としての密度がやや薄まっている気がした。
シリーズファンには必読の作品である。シリーズ未読の方は、ぜひ第1作から読むことをオススメする。
ミレニアム 5 上: 復讐の炎を吐く女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ラ 19-3)
No.572:
(8pt)

もはや、様式美の世界

「沢崎イズバック!」と興奮し、狂喜乱舞する読者も多いだろう。14年ぶりになる、探偵・沢崎シリーズの新作長編小説である。
多くの読者の期待を裏切らない、まさに沢崎シリーズの作品である。ただ、それ以上のものではない。決して出来が悪い訳ではないが、想像を超えるような興奮は得られない。とてもいい意味でのマンネリというか、古典落語の名人芸を聞いているような良質な満足感が得られることは間違いない。今どき、これほどチャンドラーの世界を受け継いでいる作品は珍しい。
ストーリー展開の意外性、スリルやサスペンス、アクションなどは関係ない。ただひたすら、沢崎のセリフの滋味を味わってもらいたい。
沢崎シリーズのファン、古典的ハードボイルドのファンにはオススメしたい。
それまでの明日
原尞それまでの明日 についてのレビュー
No.571:
(7pt)

気持ちよくダマされましょう

1995年から98年までに雑誌連載された、700ページを越える長編作品。スペイン現代史という逢坂剛の得意の舞台で繰り広げられる、豪華な政治アクション小説である。
1966年、スペイン上空で米軍機同士が衝突し、爆撃機に搭載されていた核爆弾4基が放出された。うち3基は地上で回収されたのだったが、残りの核爆弾1基は海中に没したらしく、米軍の必死の捜索でも見つけることができなかった。事実を隠しながら核爆弾を探す米国、その事実を暴露し、あわよくば核爆弾を入手しようとするソ連側のスパイが、スペインの田舎町で激しい神経戦を繰り広げ、この町に住むギター製作者・ディエゴのもとを訪れてギター製作を依頼し、出来上がるのを待っていた日本人・古城も否応無く、その争いに巻き込まれて行った。
1995年、新宿ゴールデン街でバーを営む・織部は、イギリス人ギタリスト・ファラオナのコンサートで彼女のギターに心を奪われ、彼女を店に招待する。店を訪れたファラオナは、古城と自分のギターが同じディエゴの作品であることに驚き、ディエゴに会うために一緒にスペインへ行こうと古城を誘ってきた。そして翌年、核爆弾墜落から30年が経ったスペインの田舎町で、二人は幻のギター製作者・ディエゴを探し始めたのだったが・・・。
スペイン現代史、情報戦、ギター、史実をベースにした現在と過去の並行した話の展開など、これぞ逢坂剛の世界という要素がびっちり詰まった超重量級の作品である。最終盤で、極めて重要な仕掛け(トリック?)が明かされるのだが、「それは無いだろう」とはならない。気持ちよくダマされた快感が味わえる。
逢坂剛ファンには文句なしのオススメ。スパイミステリー、軽いアクション小説のファンにもオススメだ。
燃える地の果てに(上) (角川文庫)
逢坂剛燃える地の果てに についてのレビュー
No.570: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ラブコメとして、楽しめる

タイトルと表紙写真からある程度想像できて、強いインパクトは無いが、それなりに楽しめる長編エンターテイメント作品である。
獣医の手島伯朗は、突然、父親違いの弟・矢神明人の妻を名乗る女性・楓から「明人が行方不明になった」と知らされた。明人が結婚したことも知らなかった伯朗だったが、楓に頼まれて明人の行方を探すのに協力することになった。矢神一族は没落寸前の資産家で、周りはうるさい親族だらけ。突然姿を現した明人の妻を名乗る女が真相を究明するのは並大抵ではなく、協力する伯朗も自分の母親と義理の父親との関係で問題を抱えており、二人の調査は遅々として進まなかった・・・。
謎の女・楓のキャラクターが強烈で、行方不明探しはオマケで、楓と伯朗の関係の方がメインの物語である。スリルやサスペンスは皆無で、伏線の張り方やオチの付け方も、ラブコメミステリーだと思えば納得できるレベルであるが、さすがに東野作品だけあって読んで損は無い。
旅行中の待ち時間や乗り物の中で、肩が凝らないミステリーで楽しく時間を過ごしたい方にオススメだ。
危険なビーナス (講談社文庫)
東野圭吾危険なビーナス についてのレビュー
No.569: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

さすがに巧みな構成力

雑誌連載を下敷きにした書き下ろし長編作品。タイトルから想像できるように、花の幻覚作用をテーマにした、軽快なミステリー小説である。
水泳のオリンピック候補に挙げられていながら挫折した大学生・秋山梨乃の従兄弟・鳥井尚人が自殺した。プロ目前のミュージシャンとして夢を持っていたはずの尚人は、何故自殺したのか? さらに、梨乃の祖父・秋山周治が殺害される事件が起きた。単純な強盗殺人のように見えた事件だったが、周治が気にかけていた黄色い花の鉢植えが無くなっていることを不思議に思った梨乃が調査を始めてみると、その花には何かが隠されているような疑問が次々に出て来るのだった。謎の黄色い花の正体は何か? 祖父の殺害犯人は誰か? 動機は?
プロローグが1と2の2つあることから、両方の事件の関係者の間に因縁があるだろうという想像はつくのだが、その因縁は最後の最後まで明かされることが無く、物語のテーマとして読者を引っ張って行く。最後の種明かしはやや強引ではあるが、ストンと収まって行く巧みな構成で読後の満足感は高い。登場人物の設定が上手いし、話の展開もテンポがよく、相変わらずのストリーテラーである。
東野圭吾ファンはもちろん、重苦しくないミステリーを読みたいというファンにはオススメだ。
夢幻花(むげんばな)
東野圭吾夢幻花 についてのレビュー

No.568:

A

A

中村文則

No.568:
(6pt)

ちょっとね〜(非ミステリー)

2007年から14年までに書いた短編13本を集めた短編集。さまざまなジャンルの作品集なので形容が難しいが、合う合わない、好き嫌いが激しく分かれる、評価しづらい作品集である。
私には難し過ぎて、読み通すの苦痛でしかなかった。
A
中村文則A についてのレビュー
No.567:
(7pt)

好都合な偶然が多いけど

1990年から91年にかけて新聞連載された長編小説。文庫本で750ページというボリューム満点の冒険エンターテイメント作品である。
「スペイン内戦で反乱軍側に参加していた日本人がいる」という情報を手に入れた通信社の記者・龍門二郎は、その正体を探り記事にしようとスペインに飛び、雲をつかむような頼りない情報をもとに取材を始めたのだが、知れば知るほど謎が深まり、さらに謎の殺し屋に狙われて我が身に危険が迫ってきた・・・。
スペイン内戦で反乱軍に参加した日本人を捜すというのが、本筋。それに加えて、龍門の母方のルーツを探るというサブストーリー、さらに、バスク独立派のテロ組織と右翼の秘密暗殺部隊の対立、さらに、内戦時に隠された金塊を巡る争い、さらには龍門の苦い恋愛、という、いくつものストーリーが重なった盛りだくさんの物語である。しかも、逢坂剛ファンにはうれしい岡坂シリーズのヒロイン花形理絵が登場し、主役・岡坂もちょこっと友情出演するなど大サービス、もう満腹をとおりこしそうなボリューム感である。したがって、いたるところで話の展開を楽にするための好都合な偶然の出会いがあるのが、ちょっと難点と言える。
スペイン内戦時と現代を行き来する物語の複雑な構成の割にストーリーを追うのが楽で、アクション、サスペンス、政治的なスリルもたっぷりと詰まっていて退屈することがない。アクション小説ファンにはオススメだ。
斜影はるかな国 文春文庫
逢坂剛斜影はるかな国 についてのレビュー
No.566: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

技巧が冴える、小咄集

2011年から16年にかけて雑誌に掲載された作品9点を集めた短編集。それぞれ独立した話だが、舞台設定や動機などで、日本人らしさという共通点があると言えば言えなくはない微妙なつながりで作品集として成立しているエンターテイメント作品である。
一つ一つの作品ごとに、きちんとした伏線と回収があり、しかも絶妙のオチが待っているという、読んでいて楽しい作品ばかり。今さらながら、東野圭吾のストーリーテラーとしての才能に感服した。
軽いミステリー作品のファン、ミステリーの初心者はもちろん、本格的なミステリーファンでも息抜き的に楽しめる、優れた作品集である。
素敵な日本人 東野圭吾短編集
東野圭吾素敵な日本人 東野圭吾短編集 についてのレビュー
No.565:
(8pt)

必要悪を、いつまで認めるのか?(非ミステリー)

2010年、吉川英治文学新人賞の受賞作。土木建設業界の談合の不可解さ、面白さをテーマにした企業エンターテイメント作品である。
中堅ゼネコンの若手社員の目を通して、政財界が一体となった土木事業の談合をリアリスティックに、しかも面白く描いている。企業や業界の論理で理不尽なことを矯正されたとき、いちサラリーマンは何を考え、何ができるのか。業界全体のことを考え、自分の会社のことを考え、自分の生き方を考えて苦悩する平社員の葛藤がリアルに伝わってくる。
物語のメインである談合の裏表は非常に緻密に、迫真的に描かれていて迫力がある。一方、サイドストーリーである主人公の恋愛、家族との関係などはかなり類型的でやや迫力不足。自由競争と談合という不正義を必要悪として認めてきた社会が変わる可能性はあるのか? その一点に絞った企業小説として読めば、非常に良くできた作品である。

鉄の骨 (講談社文庫)
池井戸潤鉄の骨 についてのレビュー
No.564:
(7pt)

砂漠を舞台にしたサバイバル小説

2017年の雑誌連載を単行本化した長編小説。サハラ砂漠を舞台に、墜落した飛行機の生存者たちが砂漠からの脱出をはかる冒険小説である。
エジプトで発掘作業をしていた考古学者・峰がミイラを発見したのだが、それは仲間内の争いで殺された盗賊で、考古学的価値があるものではなかった。失望し、エジプトでの作業を諦めて日本に帰ろうとして峰だが、フランスの博物館から招待を受け、フランスに行くことにした。ところが、峰が乗った飛行機が墜落し、サハラ砂漠の真ん中に数人の乗客が取り残されることになった。墜落現場にとどまって救助を待つか、オアシスを見たという情報を頼りに歩き出すかで乗客は分裂し、峰を含む6人がオアシスをめざして歩き出した・・・。
物語の中心は、灼熱の砂漠での壮絶なサバイバルゲーム。読んでいるだけで息苦しくなるような熱砂との戦い、グループ内での疑心暗鬼と殺人事件、それにゲリラの襲撃まで加わって、面白い冒険小説になっている。ただ、タイトルとも関連する、もう一つのテーマが中途半端な付け足しのようで、最後に息切れした感が否めない。冒険小説と、もう一つのテーマでの社会派ミステリーとに分けて、2つの作品にすれば、もっと満足度が高かったのではないかと思う。
サバイバルもの、冒険小説がお好きな方にはオススメだ。
サハラの薔薇 (角川文庫)
下村敦史サハラの薔薇 についてのレビュー
No.563: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

途中までは良かったんだけど・・・

東野圭吾のオカルト風味のミステリー。構成や文章の巧さでかなり読めるんだけど満足感がない、ストーリーテラー東野圭吾の弱点が出た作品である。
交通事故で女性を死なせたバーテンダーが、その女性の夫に襲われるという発端から、被害女性に似た謎の女が現われてバーテンダーが虜になって行くってあたりまでは面白く読めたのだが、その女が被害女性のクーロンというか蘇りというか、人工的な存在ってあたりからしらけてきた。
東野圭吾にしては駄作、と言わざるを得ない。
ダイイング・アイ
東野圭吾ダイイング・アイ についてのレビュー
No.562: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

最後は「やられた!」

2017年、ニューヨークタイムズのトップを何週間か獲得し、映画化も決まったというベストセラー作品。登場人物は不気味だが、読後感はスッキリの都会派ミステリーである。
高名なミニマリストの建築家エドワードが建てた家は、最新テクノロジーを結集した美しい建物だったが、完璧主義者であるエドワードの目にかなった人物しか入居できず、しかも極めて厳格な規則があった。シングルマザーになるはずだったのが出産時に赤ちゃんを喪ってしまったジェーンは、その痛手を癒すべく引っ越しを計画し、エドワードの面接にパスして、この家に暮らし始めた。ある日、玄関に花が置かれていたことから、以前の入居者であるエマがこの家で亡くなったことを知り、その詳細に興味を持った。それと同時に、エドワードとの付き合いが始まり、ジェーンはエドワードにどんどん惹かれていくのだった。一方、過去の入居者であるエマも入居してからエドワードと付き合い始め、当時の恋人を捨ててエドワードになびいて行ったのだが、エドワードの妻と息子が事故死したことを知り、事故の真相を探ろうとする。
つまり、ジェーンはエマのことを、エマはエドワードの妻のことを通して、エドワードの秘密を知ろうとするというのが大きな流れで、さらに、エマは強盗にあって強姦されたという過去があり、ジェーンは健康な出産ができなかったことをトラウマとして抱えていて、それが二人の言動に大きく影響しているという、複雑な構成になっている。しかし、物語は、現在のジェーンの章と過去のエマの章が交互に出てきて、それぞれのエドワードに対する気持ちが揺れるのを丁寧に描写しているので、読み辛さはない。
そしてことの真相が明らかにされたとき、読者は「やられた!」という爽快なショックが味わえる。ミステリーとしての構成がしっかりしているし、サスペンスの盛り上がりもなかなかで、幅広いミステリーファンにオススメしたい。
冷たい家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
JP・ディレイニー冷たい家 についてのレビュー
No.561: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

ミステリーというより、青春小説としてオススメ

2007年刊行の雑誌連載の長編小説。題名通り、犬の習性がポイントとなったミステリーだが、ミステリーというより主人公の大学生と仲間たちの関係を描いた青春小説として読む方がしっくりくる。というか、ミステリーとしては完成度が低い。
主人公と仲間の4人の大学生はキャラクターもきちんと描かれ、心理の動きも丁寧に追いかけていて面白いのだが、ミステリーの肝である犯罪動機、犯行形態、犯行の背景などがちょっとご都合主義で弱い。4人以外の主要人物も類型的で残念。
ソロモンの犬 (文春文庫)
道尾秀介ソロモンの犬 についてのレビュー
No.560: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

「面白い!」の一言(非ミステリー)

横浜市で起きた、大型トレーラーのタイヤ脱輪による親子死傷事故を題材にした、社会派経済小説。読ませる、泣かせる、感動させる、一級のエンターテイメント作品である。
実際に起きた事件を下敷きにしているので、ほぼ予想通りのストーリー展開なのだが、登場人物、セリフ、エピソードが生き生きとしていて、一瞬たりと退屈することはない。
半沢直樹シリーズファンと言わず、ミステリーファンと言わず、多くの人が納得する面白さの作品だ。
空飛ぶタイヤ(上) (講談社文庫)
池井戸潤空飛ぶタイヤ についてのレビュー
No.559:
(8pt)

面白うてやがて悲しき(非ミステリー)

改めて奥田英朗の懐の深さを感じさせる、ユーモラスなエンターテイメント作品。
歌舞伎町で下っ端ヤクザとして生きている純平21歳が、親分から敵対する組の幹部を殺害する鉄砲玉を命じられる。一人前のヤクザとして認められたいと願っている純平は、喜んで役目を果たそうとするのだが、任務を果たすまでの三日間の猶予に、さまざまな人々に出会い、自分の生き方を改めて見つめることになる。さらに、軽い気持ちで付合った女がネットに「純平君が鉄砲玉として殺人事件を起こそうとしている」と書き込んだことから、さまざまな書き込みが寄せられ、周りが勝手に盛り上がってくる。そんな喧噪の中、純平は・・・。
いやぁ〜、面白い。現代の風俗を活写したエピソードとストーリー展開の面白さに、ぐんぐん引き込まれていく。あれこれ理屈を考えることなく、場面場面の面白さを堪能すればいい。
好き嫌いが分かれる作品だと思うが、愉快な物語を読みたい読者にはオススメだ。
純平、考え直せ (光文社文庫)
奥田英朗純平、考え直せ についてのレビュー
No.558:
(8pt)

誘拐のアイデアは秀逸

2002年に刊行された書き下ろし長編作品。誘拐のアイデアが秀逸な社会派ミステリーである。
政財界を巻き込んだスキャンダルの主役でバッカスグループの総帥である永渕を入院させている大病院の院長の17歳の孫娘・恵美が誘拐され、犯人は永渕が死亡すれば恵美を解放すると連絡してきた。院長と、恵美の父親である副院長は、警察や永渕に協力を求めて永渕の死亡を偽装し、恵美の解放に成功する。同じ頃、神奈川県で19歳になる男子大学生・工藤巧が誘拐され、身代金としてバッカスグループの株券を用意するようにという脅迫状が届いた。家族と警察は株券を用意して交渉に応じたのだが、犯人は現われず、工藤巧は自力で脱出し、保護された。
二つの誘拐事件は人質が無事解放されたのだが、被害者二人が捜査に協力的ではないため犯人像がまったく見えず、誘拐の動機にも疑問が残り、警察の捜査は難航していた。そんなとき、恵美と工藤巧が知り合いだという情報がもたらされ、警察は狂言誘拐を疑い始めるのだった・・・。
誘拐をテーマにしたミステリーは数々あるが、本作の身代金獲得手段、誘拐の目的達成のアイデアは斬新で、面白かった。犯行の背景となる出来事も、それなりの説得力があり、どんどん引き込まれていく。ただ、後半に近づくと堂々巡りが繰り返されて話の展開が遅くなってしまったのが、ちょっと残念。単行本上下2段組みで480ページが400ページぐらいでまとめられていたら、もっとスピード感があっただろう。
犯罪小説というより、社会派のエンターテイメント作品として、幅広いミステリーファンにオススメできる。
誘拐の果実 (上) (集英社文庫)
真保裕一誘拐の果実 についてのレビュー
No.557:
(7pt)

弱くて、狡くて、空回りする男と女(非ミステリー)

2013年に発表された長編小説。文庫本には心理サスペンスとあるが、心理小説ではあっても、サスペンス作品ではない。
釧路の図書館長に赴任してきた30代の男、その妹で発達障害と天才的な署の才能を併せ持った25歳の女、地元で書道教室を開いている40代の男、その妻で高校の養護教諭を勤める40代の女。この4人を主要な登場人物として、舞台となった釧路の霧と寒風のような重苦しくて悲しい心理ドラマが展開される。25歳の女の純粋さが、周りの3人の心の弱さをあぶり出し、それぞれに卑屈さを隠す狡猾な言動とわずかなプライドでお互いを傷つけ合って行く。
どこにも逃げ道が無い重いストーリーなので、男と女の恋の話を読みたい読者にはオススメできないが、恋に育ち損ねたビターな物語がお好きな方にはオススメだ。桜木紫乃の救いの無い世界は、一度ハマるとクセになる。
無垢の領域 (新潮文庫)
桜木紫乃無垢の領域 についてのレビュー
No.556:
(7pt)

うん、確かに14歳は永遠だ(非ミステリー)

2003年度の直木賞受賞作。中学1年生から3年生になる直前までの男の子たちの成長物語を、いつもの石田衣良節で軽快に綴った8本の連作短編集。
東京の下町・月島の中学に通う同級生4人が、それぞれの危うい少年期を危ういまま乗り越えようとする友情と成長の物語は、どうということは無い物語だが、読後感は悪くない。男性の読者なら、きっと思い当たることが一つや二つはあるはずだ。女性の読者なら、馬鹿にして見ていた同級生の男子たちの顔を思い出すことだろう。そして、14歳のときからさほど成長していない自分を発見し、ほろ苦い思いに駆られることだろう。人間、14歳以上には成長できないのかもしれない、早老症のナオトを除いては。
4TEEN (新潮文庫)
石田衣良4TEEN フォーティーン についてのレビュー
No.555: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

やや甘いものの読み応えあり

2006年に発表された長編ミステリー。心臓血管外科という特殊な舞台装置に複雑な人間ドラマを上演した、上質なエンターテイメント作品である。
研修医・氷室夕紀が勤める大学病院に「医療ミスを公開しなければ病院を破壊する」という脅迫状が届いた。イタズラとして処理しようとした病院側だったが、2通目が届いたことから警察に届けて捜査が始まったのだが、金銭の要求は無く、脅迫犯の狙いは何か、どういう手段で「破壊」しようとしているのかが、まったくつかめないまま捜査は混乱するばかりだった。という、病院脅迫事件が物語の一つのテーマ。
もう一つのテーマは、氷室夕紀の指導医・西園教授は、氷室夕紀の最愛の父を死なせてしまった手術の執刀医で、彼女は手術ミス、あるいは意図的なミスではないかと疑い続けてきたという、真相究明の物語である。
二つの大きなストーリーが無理なく並行して展開し、最後にはヒューマニズムにあふれた幕が下ろされる。予定調和的といえばそれまでだが、それぞれのストーリーがしっかりしているので、読み応えがある。
心臓外科手術という特殊な世界の話だが非常に読みやすく、テンポもいいので楽しめる。ヒューマンドラマ系が好きなミステリーファンにオススメしたい。
使命と魂のリミット (角川文庫)
東野圭吾使命と魂のリミット についてのレビュー
No.554:
(6pt)

類型化され過ぎていて興ざめ

半沢直樹シリーズの第4作。巨大航空会社の再建を舞台にした、銀行エンターテイメントである。
頭取のご指名で、崩壊しかけた日本の代表的航空会社の再建チームを担当することになった半沢直樹が、非協力的というか敵対的な前任者たち、やるきのない航空会社、強権的な政治家やタスクフォース集団などに苦しめられながら、銀行の正義を貫いて行く物語。日本航空の再建と民主党による政権交代をモデルにしているのが分かり過ぎて、読んでいて苦笑する。
登場人物やその役割り、言動があまりにもパターン化されていて、薄っぺら。半沢のチームだけが正義で、それ以外はすべて悪役ってのも、どうかと思う。
ドラマの半沢直樹シリーズに夢中になれる人には満足な作品なのかもしれないが、骨太の企業小説を読みたい方にはオススメできない。
銀翼のイカロス (文春文庫)
池井戸潤銀翼のイカロス についてのレビュー