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鵼の碑
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鵼の碑の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.83pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全22件 1~20 1/2ページ
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| これまで読んだ百鬼夜行シリーズの中で最悪の作品です。事件が起きず、独立した話が淡々と進んで、混乱してきます。 それもそのはず、鵺と言う様々な生物を継ぎ接ぎして出来ている化け物。 小説全体をその鵺に見立て、鵺を形造る生物を各章にあてて複数の人物の話を並列で進行させ、最後に纏める形になっているからです。 その形にこだわるあまり、とにかく読みにくい。誰が誰かわからなくなるし、細かな話など覚えていないまま次の章が始まる。 そして、最後にようやく出てきた京極堂の憑き物落としがあまりに超越的で、この短期間でなぜそんなことまでわかるのかと言いたくなるほど分かりすぎている。 いかにも現代左翼的な「反戦」「核反対」の著者のイデオロギーを随所に織り交ぜられるのも何だか引っかかる。 ましてやこれまでのシリーズを全く読んだことのない人には意味不明だと思うので、お勧めしません。 | ||||
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| 3つの点が下向きの三角形に配置されると人の脳は自然にそれを「顔」と認識するそうです。「シミュラクラ現象」と呼ばれています。 1つ1つの点はただの「点」でしかないのに、人はそこに何らかの関連を想像してしまうのです。 この小説を一言で言えば「シミュラクラ現象」に囚われた登場人物たちが、1つ1つの事件?と思しき出来事を「あーかも知れない。こーかも知れない。」という疑念に雁字搦めになって沼にはまってしまうものです。 思えばデビュー作「姑獲鳥の夏」から人間の認識がいかにあやふやなもので、その認識ボタンの掛け違いから「事件」や「謎」が生じ、それを憑き物落としの陰陽師である中禅寺が、蘊蓄たっぷりに「ほどく」のが、百鬼夜行シリーズの醍醐味でした。 しかし、ここにその爽快感は感じられません。終章の中禅寺がスーパーマン過ぎるのです。ある寺から依頼された古文書類を整理していただけの陰陽師が、一体いつどこでそんな裏付け捜査をしていたのか? 700頁過ぎまで、ゆらゆらと不穏な空気の中で進んでいた物語が、終章で一気呵成ターボ全開で理屈付けされていきます。彼の決め台詞「この世には不思議なことなど何もないのだよ。」正しくその通りの物語でした。 百鬼夜行シリーズに通底する「人間の認識のあやふやさ」を描いたと言えばその通り。しかし、何も起きていないし、何も無かったというオチには・・・。 今の京極先生の小説に「新本格ミステリー」を求めるのは魚屋でパンを求めるに近いのでしょう。ただゆらゆらと文章や言葉の選択に酩酊しながら、雰囲気を楽しむのが正解かも知れません。 | ||||
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| 舞台は昭和29年にはホームズシリーズの「バスカビル家の犬」も翻訳刊行されているし、作中でも夜光塗料について語られているので「猿が光ってた」と聞いたら何を塗ったの?って考えるし「石が燃えるなんて事はあり得ない」なんて騒ぐ程の事でもないのでは? チェレンコフ光なんてわざわざ持ち出す必要も全くありませんね。 巧妙な伏線もなく京極堂の「なんでそこまで知ってるの?」って解説で終わってしまって鼻緒だけが赤い装束を着る憑き物落しのクライマックス感も薄い。 姑獲鳥からのファンなので新作なら当然付き合いますが、残念ながらあの頃の様に夢中になれるシリーズではなくなってしまいました。 | ||||
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| 「不思議なものなど~」の決め台詞は作中一回の縛りではなかったか | ||||
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| 姑獲鳥の夏で強く引き込まれ、少ないお小遣いをやりくりして文庫本を買いあさり読んでいた高校~大学生時代。この頃に出ていたタイトルはどれも面白かった。 そこから10年以上「鵺の碑」というタイトルだけでなかなか発売されないもどかしさを抱えていましたが、やっと出たときはうれしかったです。 ですが読み切るのに2年かかりました。さすがにいけないと思い意地で読み切りました。それだけ読むのが苦痛、というか各章の最後の1ページだけ読めばそれで済んでしまう長々とした中身のない話。最後の鵼の章も肩透かしを食らった気分。800ページ超えの読了感は全くありませんでした。鵺を取り扱ったからってこんな哀しさ、空しさはいらなかった。 | ||||
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| 会話ばかりが淡々と続いて、普通の文庫本を読み終わった位読み進んでも、何も起きやしない。 途中でやめました。この分厚さは必要なのか? | ||||
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| 本当にずっと待っていたシリーズの新作でしたので、中古本で安くなるまで待てずに新品で買いましたが、もう、最初の30ページぐらいでギブアップ寸前に追い込まれている状態です。 絶対に面白くはない雰囲気が最初の数十ページから如実に滲み出てしまっていて、今後は1日に何ページ辛抱して苦行の如くに読み進めるか?との葛藤が待っていますわ…。 絡新婦とか鉄鼠の檻みたいに一瞬で物語に引き込ませる何かはまるで感じられません。 多分、途中で読むのを止める様な予感がします。 | ||||
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| 事件らしい事件も起きないし、ドキドキ感もないし、榎木津も活躍しないし、中だるみだし、面白くなかった。 高評価する人が多いみたいだけど自分が変わってしまったのかな? | ||||
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| 読んでる間中ずっとつまらないです。 驚きも、感動も、気づきも、嫌な感じもありません。 結局面白いのは姑獲鳥、魍魎、鉄鼠、絡新婦の4冊だけですね。 もうこの4冊のような面白さは期待できないのでしょう。 | ||||
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| 今や大先生になってしまった京極夏彦に編集者も何も言えないのでしょう。 ―――裸の王様――である。 ここまで劣化した作品をお書きになるということは、事実上の引退宣言と受け止めました。 京極先生、今までありがとうございました。 百鬼夜行シリーズを初めて読んだ時の衝撃と感動は忘れませんので、もう書かないでくださいね。 よろしくお願いいたします。 | ||||
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| 待ちに待った新刊なのに全く面白くなかった 盛り上がりもなく落ちもそれ? 堂島大佐の存在は気になるが 京極堂シリーズはもういいかも | ||||
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| 蘊蓄があまりにも多くて、「これ本当に必要なの?」と感じてしまう。それがこの著者の持ち味なんだけど、とうとう辟易してしまった。 なので、ほとんどを飛ばし読み。最後だけ読んだ。それでも十分意味がわかる。 昔はこの蘊蓄がたのしみだったが、余りにもしつこくて嫌になった。これは個人の感想です。 | ||||
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| まぁいつものキャラが10何年ぶりに本作シリーズに出るというだけで購入しましたが、メインキャラの関与も弱ければ謎も薄くカタルシスも薄ければサブとしての薀蓄も弱い。 こうなると駄作判定になります。。。 憑物落としの相手も違うだろとw もうネタが思いつかないならキャラ本に振り切っての白黒装束対決とかでもいいかもね。それに探偵を絡ませ暴れさせたら活劇小説として面白いかも。今作は残念。 | ||||
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| ファンはなんだっていいんです。 嬉しいんです。 そこに京極堂がいて、関口君がいて、榎木津がいて何かしゃべってくれるだけでもう垂涎モノなんです。 それがファンってものです。 たとえトリックがなくったっていいんです。 600頁を過ぎて事件が何も起きなくったって、もうなんだっていいんです。 京極堂がトリックを解明するのに、どうしてそんなことまで知ってんの?って思って読み進めてたら、 「え?だって本人に聞いたから」って…。 …いいんです。 それでいいんです。 いやむしろ、それがいいんです。 『塗仏』で敦子さんが頭に蹴りを喰らったあたりから、 「おや?京極さんたらこのシリーズのキャラに、もう愛着なくなったのかしら?」と不安にはなりましたが、 そこはファンが愛でればいいじゃあないですか。 そこに彼らがいて、動いて、しゃべってくれたらもうそれでいいんです。 それがファンってものです。 | ||||
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| 正直、期待外れ。「京極夏彦氏って、こんなに文章が下手だったっけ?」というのが第一印象。 もはや推理小説とは言えず、キャラクター小説。 京極堂、榎木津、関口、木場などのキャラクターのファンであってみれば、懐かしく面白いかもしれないが(その面白さも結局、表面的な口調の違いの面白さで終わっているとしか思えないが)、そうではない読者にとっては駄弁が続くとしか見えない。 京極堂の蘊蓄も、作を追うごとに、薄くなっている。さすがの京極夏彦氏であっても、もはやネタ切れか? また、ところどころで久住の一人称の「私」が現れる。これは、この作品がもともと久住の一人称視点で書かれていたことを示すものだろうか? もしそうなら、その痕跡を十分に消去できていない(推敲が不十分の未成品)ということか? そして、何より京極堂による似非フロイト的心理解釈が、説得力が薄く、つまらない。これでは京極堂の心理解釈も、(京極堂が批判する)関口の心理解釈と大差ない。 まあ、京極堂も結局、他の登場人物同様に、小説の一部品に過ぎないということを、アイロニカルに明かしているのかもしれないが。 17年ぶりのシリーズ新作ということで非常に期待していた分、残念な作品であった。 | ||||
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| ここまで長く引っ張る話にする必要あった?というのが正直な感想です。 益田パートと関口パート、木場パートはまだ事件に繋がる話が出ているのでわかるんですが、京極堂パートは必要だったのか?というくらい、冗長すぎる会話や蘊蓄がダラダラと続いて、読みましたけど! 読まなくてもラストにほとんど関係ないです。 読後のというより、いつまで経っても終わらないグダグダ、お約束のように全員集合での京極堂のお言葉、終点が分かった時点で寂寥感というか疲労感に襲われました。 つまりナニモナイと。 一体私は何を読まされたんだろうか、と。 塗仏までは展開もスピーディで、場面転換や視点切り替えはあるけれども明確につながっているという部分が読者にも見えていて、おどろおどろしさや不気味さ、謎などワクワクしながら読み進んでしました。 ちなみに私の一押しは鉄鼠です。 が、以降の作品はなんていうかそういう魅力が見えてこなくなったように思うんです。 あくまでも個人の感想で感じ方なので、面白いと思う方はもちろんいると思いますが。 | ||||
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| 京極夏彦先生の新作を心の底から待ちわびていた。 邪魅の雫から数えると私の人生の半分ほどの期間が空いており、それゆえ期待値が高すぎたのかもしれない。 いつも通りなのはカマオロカくらいで、あとは軒並み冴えない。個性が薄っぺらい。 なんだか皆煮え切らない。そして結果もまさかのみんなあんまり関係ない。 菅丘李山や山岡小夜との関係もさらっと出てくるだけ。 物足りない。これは上・中・下巻の上巻レベル。 | ||||
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| このシリーズは限界に来たのではないかと思います。ほぼ会話文で進む、事件がおきない。よくわからない蘊蓄がずっと続く。これは、なにを読まされてるのだろうと悲しくなります。 このシリーズは鉄鼠の檻で完成しているのではないかと思います。この頃までの作品は蘊蓄も長話も物語の解決に結び付いていました。おおっ、こうくるのか感動と驚きがありました。この作品にはありません。ただの蘊蓄と長話を読まされるだけです。 | ||||
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| 京極堂シリーズ、絡新婦までは本当に好きな作品ですが…。今回も読んで空しくなりました。 シリーズを重ねる事に、キャラクターの魅力が薄れていく感じがします。 榎木津に至っては、もはや意味不明の迷惑なおじさんでしかなく(そういう意図で書かれているならそれでよいのでしょうが)、「容姿端麗」という設定がなかったら、ただの不快・迷惑な人でしかありません。初期作シリーズの、やるときはやる、カッコいい探偵はもう出てこないのでしょうか。ストーリー自体には触れませんが、過去の事件をほじくり返すのみでいつまでたっても事件が起きません。ハラハラ、ドキドキするようなスリリングな展開もなく、ひたすら蘊蓄と後出しじゃんけんのような解説が続くのみでした。残念ですが、このシリーズは私が望む方向とは別の方向に進んでいるようです。とはいいいつつ、次回作が出たらまた期待して買うんだろうなと思います。それくらいに初期作品が好きだったし、未練を断ち切れないんですよね。 | ||||
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| 新書版2段組みの小さい活字で800頁超。相変わらず長尺ではあるが、内容が面白ければ気にならないし、読むのも苦にしないだろう。ところが……。 いつまで経っても(過去は別にして)事件らしい事件は起こらず、何がストーリーの縦糸(謎の中心)なのかもさっぱり分からない。700頁くらいに至って漸く錯綜していた事柄の整理が登場人物の一人によって為され、後は京極堂による一気呵成の謎解きがあってお仕舞いである。でも本作の京極堂は、関口・益田・木場が追いかけたり振り回されたりしている事柄に無関係なポジションだったのに、いつの間にか事件関係者を見つけ出して聴き取りも済ませていた。そんな時間はなかったはずなのだが……。そもそも、事件は過去の話に終始して、本シリーズで初めて新たな死者の出ない話になった(厳密には消息不明になってしまう人物が一人いるが)。謎の中心も蓋を開けてみれば拍子抜けするようなお話。なによりお馴染みのキャラに目立った見せ場も、ついでに(主に関口の)失態もないのだ。特に榎木津は、京極堂の使い走りだけという可哀想な扱いだった。こんなことなら、わざわざ日光くんだりに勢揃いさせなくてよさそうなものである。「百鬼夜行シリーズ」の看板がなければ、箸にも棒にも掛からない凡作だと思う。 なお、これまでのシリーズ作品では大概、関口巽が語り手になってストーリーを進行させていたのに対し、本作の構成は大きく異なる。本書の目次をご覧いただくと分かるのだが、視点人物のそれぞれ異なる複数の章がさらに10くらいの節に分かれ、それらが時系列に沿って頻繁に入れ替わるので、結構読みにくい。各章の書き出しが「鳥」だったり、ストーリーテリングに当たっての京極夏彦ならではの洒落たお遊びは感じるものの、ちょっとね。 | ||||
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