■スポンサードリンク
ジキル博士とハイド氏
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
ジキル博士とハイド氏の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.02pt |
■スポンサードリンク
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全53件 21~40 2/3ページ
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
弁護士のアタソンが戸口についての奇妙な話に巻き込まれる。 ハイドの捜索とジキル博士。カルー卿殺害事件。古典的名作。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
表紙の裏にネタばれしてしまっているのはどうかと思う。 はじめてこの本を読み、内容も全く知らなかったけれど、裏の紹介文を読んでしまったために、読んでいる最中ずっと頭の片隅に結末が浮かんでおり、小説ならではの楽しさが半減してしまった気がする。 また、文章的にも少しくどいというかよみずらいところがあり、飛ばし読みした。 たぶんこの本は、自分の中の善と悪を感じている時に読むとより、印象深い本なのだろうと思う。 将来、自分が自らのうちに潜む善と悪にほんろうさせるとき、またこの本を読み返してみたい。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
「善」と「悪」のはざま苦しむジーキル博士。 理性ではわかっていても、「悪」の魅力にひかれるのは、 ジーキル博士だけではないであろう。 人はだれでも、「悪」をしてみたいという願望がある。 この作品を読んでいなくても、 「ジキルとハイド」という通称は 多重人格という代名詞で知れ渡っている。 これは、人の「悪」への願望のためではないだろうか。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
善と悪という人間の二面性について、鋭く切り込んだ一冊。 悪も善も、元々どちらも人の一部であり、その人を構成するものであり、人を人たらしめる大切な要素である。ジキル博士のように悪のみを(あるいは善のみを)切り離すことの、片方を下げずむことの、敵視することの危険性が、というか非実現性について考えさせられる1冊だった。結局のところ、善が悪を受け入れ(あるいは悪が善を受け入れ)、うまく折り合って生きていく必要がある。適度に中庸に、そして適当に。多くの人々は、それを当然のごとく受け入れているし、過去の人々も当然のごとくそれを受け入れてきた。 一方で、善か悪どちらかに真っ当に生きる人々がいる。ある意味で潔く、ジキル博士のように善のみで生きるのであれば、それこそ人間の模範ともいうべきものである。けれども同時にそうしたものの影では何か欲望というものが、それに対する憧れというのが、着々と育っていくと思うと、何かやり切れない気持ちになる。 ジキル博士に足りなかったものは、ハイドをジキル博士の中で生きさせる、彼を受け入れさせる余裕だろう。それを指摘するのは普通のことなのかも知れない、けれどもそれを普通のことと言わざるを得ない人間の「性質」について、悲しさを感じるのは私だけだろうか。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
普通に生きててもネタバレしてしまうほどの有名作品予備知識無しに読めた人はうらやましい自分は漫画「名探偵コナン」から10代前半にはすでにジーキルとハイドの関係性を知ってしまっていましたですから、この本は「有名なあの話は、具体的にどういった話なのか」という好奇心から読み始めました結果としては、意外とあっさりしていたという感想になりました今の時代、同じようなテーマを持った作品はありふれているのでネタバレしていることも相まって、あまりドキドキもしなかったですこの作品の内容を知らない状態で同じようなテーマを持った作品も読まずに出会えていたらな、と思います | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
一般的に“表と裏”があると良い、ないと悪いという世間のイメージがあると思います。実際わたしもそのイメージを持っていて、自分のそういう部分に気づいて自己嫌悪することがあったりと、なるべく“表と裏”をなくそうと意識していました。そのような考えの中この本を読みました。 ジーキル博士は自分の中に異なる性格(ここでは善と悪)が同居しているのを認め、そのことが許せません。そこでジーキル博士は薬により悪の人格であるハイドと言うキャラクターになることができるようになります。つまり性格一つずつを特化させることで全体のパフォーマンスを向上させようとするわけです。しかしジーキル博士はそれまでの固有の心のバランスが崩れていき、最後にはハイドという裏の性格に飲み込まれてしまいます。たとえ裏となる性格でも心のバランスのためには必要なのかもしれません。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
「人はみんな仮面をつけて生きている」 この仮面をメタファーと読むか,精神の同意語と読むか。 精神をいじれば,肉体は変わるというのは,どんな人でも経験則で知っていることなので、 自分の心の奥底には,何か邪悪なものがあるなどと思ったりするのだが、 心の奥なんてものは結局覗けないのである。 しかも、これはおはなしだからおもしろいのである。 ストーリーだけなぞると動してこんなに薄っぺらになってしまうのだろう。 同じスティーブンソンなら私は『寶島』の方がずっと好きである、 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
表紙にわざわざネタばれを記す理由が分からない。 有名作品だったら安易にネタばれして良い、という理屈はあるまい。 という訳で、未読の方でこれから本書を読もうとしている方は表紙を読み飛ばすこと。 内容は申し分ない。 最後のジーキルの告白を読むに及んでは感嘆した。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
ジキルとハイドと言えば二重人格の代名詞。 この本は内面から異形の怪人を解き放ってしまう怪奇小説だが、ジキル博士に悪を解き放ったことに関する後悔は感じられない。 ハイドに乗っ取られ自身が消えてしまうことにだけジキル博士は恐れを抱いているように強く感じられる。 完全に善と悪に別れる話より、徐々に自分が失われていく恐怖を書いたスティーブンはうまいなぁと思う。 二重人格ものの古典として読んでおいて損はない。短いし。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
まんがで読破シリーズは膨大な原作をうまく省略し、おいしいところだけを読ませてくれるところが利点だと思う。しかし本作はあまりにも奇妙な改変を行っており、ストーリーの雰囲気がチープになってしまっている。原作はホラー小説に近いが、こちらはどちらかというとB級のSFマンガといったところか。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
題名は聞いたことはあった。 しかし実際には読んだことはなかった。 2重人格の話かなという程度の知識だった。 読んでみるとなるほど傑作である。 2重人格だけでなく、ストーリーの展開にも引き込まれるものがある。 なかなかの一冊であった。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
この本を読み終わってから僕の、僕たち人間の底にある 悪意 というものに恐怖を感じました。 僕もいつHYDEになるかわかりません。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
謎の小男が、夜の往来で老紳士をなぐり殺し逃走した。 見る人の心を捕らえてぎょっとさせ反感を起させ畸形の印象をあたえるその男ハイドは、ジーキル博士が遺言で相続人として指定している人物である。 ジーキル博士の友人であり、顧問弁護士のアタスンは、ハイドと言う人物によってジーキル博士が危うい立場に置かれているのではないかと心配するが……。 裏と表がある人物を「ジキルとハイド」と使うくらい有名なお話。 今回初めてこの有名な小説を読みました。 120年も前に書かれたお話なのですが、すじに古臭いところが無く、あっというまに小説の中にひき込まれました。 霧のロンドンを舞台に アタスン弁護士が友人ジーキルを心配し、彼に迫っていると思われる暗い影の謎解きをおっていくうちに次々と場面が展開し畳み掛けるように物語が進行していきます。 2通の手紙で物語がしめくくられるまでページをめくるのを止められませんでした。 とても面白かったです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
言わずと知れた有名なストーリーですが、ちゃんと本を読んだことがなかったので読んでみることに。 以外と新しい発見があって新鮮ささえ感じました。 自分を偽って、いい人を演じ、友達ですら気が付かない。非常に悲しいことですね。自分をさらけ出しても受け止めてくれる人は、とても大切な存在だと改めて気付かされ、なんとなく太宰治の「人間失格」を思い出しました。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
偶然本屋で見、懐かしく思い、購入し再読しました。学生の頃読んだ記憶よりも、再読し作者が改めてこの時代に人間性の善悪の問題について、触れていることに驚きました。この作者は、「宝島」でも有名です。単なる二重人格の問題だけでなく、人間がなしえる善悪の問題、惹いては人間の本能の問題など心理学にも通じる問題が随所に散りばめられている内容だと気がつきました。年齢に応じた読みができると思います。古典としては、歴史に残る本だと思います。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
いくら有名な話とはいえ、表紙の紹介文で話の筋をほとんどネタバレしてしまうのはいかがなものかと思いました。本編では、変身のことは最後まで隠されてますので。 ジーキルを「医師」と呼ぶのも、間違ってはいませんが「博士」のほうが適切だと思います。 内容については、ハイドが純粋な「悪」なのに対して、ジーキルは善と悪の混合体だというところが興味深いです。 己の欲求にしたがい奔放に生きるハイドに対して、その悪行に苦悩するジーキル。 善がある種の足かせとして描かれていて、はたして「悪」が本当に悪いものなのか考えさせられるところがありました。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
いわずと知れた名作ですね。 高名な医師、ジキル博士と「悪」の塊、ハイド氏。 最後は禁じられた実験によって体は破滅してしまいます。 ラストのほうにでてくる手記のところはなかなか読みがいがありました。 ページ数も多くなく、読みやすかったです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
本作品は、予備知識を持って望むと、 その面白さが一つ失われてしまうことになるので、 作品に関する情報を頭に入れずに読んだ方が良いように思います。 以下、そのことを踏まえた上でのレビューとなります。 訳が不自然で、原文を読むよりも質は落ちると思います。 しかし、この小説が持つ多面性は非常に大きな影響を与え評価されています。 その意味では読む価値は大いにあると思います。 人間の正負の部分は肉薄している、 あるいは隣同士と言えるのかもしれません。 ということが、著者の主張のようです。 その点に関しては、非常に納得でき、 また、その警告になっているのではないかと思います。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
昭和42年の訳なので、 こんなものなのかもしれませんが、 訳が不自然です。 しかし、内容が優れているために、 読んでいるうちに、下手な訳は気にならなくなります。 有名な話でストーリーもほぼ知っているにもかかわらず、 のめりこむように読んでしまいました。 それにしても、みんなよく知っている話だとはいうものの、 表紙裏の紹介文に、ストーリーの核心部分を、書くなっちゅうの。 まったくはじめて読む人もいるだろうに!! | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
「ジーキル博士とハイド氏」という言葉が、二重人格を表す言葉として辞書に載っていることだけを挙げても、この作品が後世に与えた影響の大きさがわかるのだが、どうも作品を語る上で、この二重人格という言葉が一人歩きしているような気がしてならない。 内面に邪悪な心を抱える人格者のジーキル博士は「自らの意志で」あるクスリを飲みハイド氏に変身するのである。単なる二重人格者とはいえないだろう。 もっとも、この作品が発表された当時の医学には多重人格という定義もなく、「自らの意志」でハイド氏に変身するというのは、やむを得ない設定だったのかもしれないが、結果的に、この設定があるから「善」と「悪」という一人の人間の持つ二面性が鋭く抉り出されることになったのではなかろうか。 物語自体は単純で約100ページと短いが内容は非常に濃い。そして「二重人格」という言葉だけで語られる作品ではない。 しかし、「二重人格」という言葉があまりにも有名すぎるため、いわゆる「怪奇小説」としてのインパクトはあまりない。有名すぎるが故の不幸か… | ||||
| ||||
|
■スポンサードリンク
|
|
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!