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夜の谷を行く
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夜の谷を行くの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.00pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全58件 1~20 1/3ページ
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主人公・西田啓子は、革命左派出身の連合赤軍兵士として、山岳ベースで行われた同志殺人に関与し、「総括」により金子みちよが死んだ2日後、同じ革命左派の君塚佐紀子と2人で山岳ベースから逃走した(その後、逮捕され、5年9か月服役した後、現在は一人で暮らしており、昔の仲間とも全く交流を持っていなかった。)。革命左派の幹部だった永田洋子も、2011年2月5日に死亡し、啓子は、新聞でその事実を知る。 そんな啓子のところに、昔の仲間である熊谷千代治から電話があり、連合赤軍事件を調べているというフリーライター・古市洋造が話を聞きたがっていると聞かされ、千代治からの情報などにより、久間伸郎や君塚と会うことになる。 久間は、かつての革命左派の同志で、偶々拘置所にいたために、山岳ベースには行かなかった。啓子とは、一時同棲(政治的結婚)をした関係だったが、啓子に「俺たちの子供、どうしたんだよ」と、全く心当たりがない質問をする。 君塚は、啓子に「啓子は永田の右腕だったじゃない。」と、これも全く心外な質問をする。 少しづつ明らかになる、京浜安保共闘の女性兵士が山岳ベースに集まった理由や、啓子自身の意外な過去…ラストは本当に驚きであり、是非、自身で読んで、ラストの衝撃を味わってもらいたい。 本書は、そういうサスペンス的な要素を楽しむことも当然できる作品であり、永田洋子のありようを直接に描写するものではないが、女性兵士である啓子を介して、革命左派の男たちから「フーセンババア」(調子に乗せるとどんどん膨らむから、持ち上げてリーダーに祭り上げるのにちょうどいい女)と陰で呼ばれていた永田洋子自身の苦悩も強く感じさせられた。ちょっとでも成り行きが変わっていたら、少なくとも凄惨な同志殺人にはならなかったかもしれない。 そんな、「もう一つのあり得た」連合赤軍の姿を想像させられた。 | ||||
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赤軍派について何も知らなかったので小説とはいえおもしろかったです | ||||
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読み応えがあるのに、一気に読める。 | ||||
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内ゲバ殺人へと至った革命運動のその後の生を、当事者たちの経験だけにせず、その「外部」にいた人ーーともいえないのだがーーの視点から描きなおした文学だと思う。一気に読んだ。社会運動史の研究ではきっとできない、文学の力を感じる。オチの評価は読者によってそれぞれちがうだろうな。 | ||||
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浅間山荘事件の頃、私は小学生だった。テレビで、強行突破するところも見てすごく衝撃を受けた。あの頃は赤軍派の話題ばかりだった。この作品を読み、その頃の記憶が一気に蘇った。また、家族の心情など、事細やかに描かれてため息がでた。そして、ラストはまさかの展開に驚いた。読み応えありの素晴らしい作品です。 | ||||
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連合赤軍事件の一員だった一人の女性の老後の生活と壮絶な過去の記憶を描いた作品です。作中にはあの有名な永田洋子が何度も言及されていて、読む前から興味が持てるテーマでした。事件に関する知識も必要と思い、途中でWikipediaで連合赤軍事件をいろいろ調べたりしました。小説としての完成度は高く、登場人物の描き方、ストーリー展開などは素晴らしく、純文学的要素とミステリー的要素が融合された作品だと感じました。特にラスト20ページで衝撃の事実が明かされて、読み終わった後も放心状態になるくらいでした。 | ||||
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リアルタイムで鉄球が山荘を壊す事件を見た世代として当時の雰囲気はよく分かる。 ベトナムへ平和を。日本の米軍基地からの出撃を阻止するためには日米安保の廃棄をせねばならない。 資本主義が戦争を作る。世界全体が共産化すれば戦争はなくなるとナイーブに考えた多くの若者達。 人間の本質、いや生物そのものがずっと生き残るために熾烈な闘争を続けてきたことを知らなかった戦後民主主義で育った人々。 彼らは余りにも人間(生物)の本性に無知で「平和,平和」と唱えていれば世界は平和になり、資本家が居なくなれば搾取がなくなり、この世はバラ色で全ての人間が幸せになれると妄想した世代。これは若者だけでなく戦争でひどい目に遭った知識人や政治家、マスコミ人も抱いた妄想だった。国連を信じて日本国憲法を墨守すれば日本は安全で侵略される心配も無いと考えた社会党や共産党の政治家や朝日、岩波、本多、筑紫。 今思えば(中国の膨張、ウクライナ戦争)共産主義になれば戦争がなくなるなどお花畑もいいところと気づく。しかし戦後の日本人は素朴に社会主義、共産主義に憧れた。連合赤軍もそういう風土があっての産物だろう。 あまりにもナイーブで余りにもお馬鹿さん。国際政治の冷徹さ、権謀術数、相手を騙すためには何でもやるというリアリズムを肌身に感じなかった。 連合赤軍で革命を目指した若者達は本気だったのだろう。現に重信は中東に行き田宮達は北朝鮮に行った。 日本社会をひっくり返すために選挙という合法手段を執らずに銃器を使うとした妄想が彼らには妄想で終わらなかった。大菩薩峠で大量逮捕された赤軍。12人同士殺しをやった森、永田。今思えば近視眼で幼稚に過ぎる行動だが当時の時勢では確実に彼らになる予備軍は沢山居た。 山岳ベースから脱走した若者がその後どうなったか? は私も興味がありました。ネットで探しても手記などは書いていないようです。現在73歳ぐらいか? なぜ連合赤軍に入ったか? 何をやったのか? そしてどうして脱走したのか? 今世の中に身を潜めて暮らしている数人は是非現心境心境を公開して貰いたいものです。相変わらず共産主義を信奉し今でも革命に憧れているのか? 桐野さんの作品は最後で希望を残した。実際の彼らは今どこで何をやっているのか? 私も知りたい。 | ||||
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12名を総括と称して陰惨なリンチにより殺害した事件を淡々と重層的に描き出しています。 淡々と重層的に描くことによって、やはり何を言おうが人間たちが起こした惨劇であり、関係した者たちにもその後に人生があったことが迫ってきます。 この作者の力量であり、小説にしかできないことかと思います。 多少、軽すぎる文体が気になりましたが。 | ||||
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hontoより移植。 三人称の語りなんですが、主人公(視点人物)にほぼ固定された、擬似一人称の語りになっています。この計算された語り口のなかで、三回、他の人から決定的な過去の挿話が、主人公に向けて語りかけられます。そして、主人公は「思い出す」。「忘れているはずはないこと」を「思い出す」。この構造が「思いだしたくない過去」の「語り直し/生き直し」に繋がっていくかのようです。それを思わせるラストは余韻を残し、大変感動的です。 文庫版解説は「事実は小説より云々」というか「事実と小説の平仄があっている」的な挿話が紹介されていて、貴重です。 TVドラマか映画にならないかな?向いてると思うんだけど、この語り口。 | ||||
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桐野夏生さんの作品はほとんどがお気に入り。 | ||||
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一日で読んでしまった。とっても面白かった。 連合赤軍山岳ベース事件で生き残った女性のその後を描いた創作。山岳ベースといえば、永田洋子だが、その永田の弁護人の大谷恭子さんが「あと書き」で、桐野さんから取材を受けときのことを明かしている。「桐野さんは、幹部ではなく、それに従い、山に行き、山に残った、無名の女性たちの話を、より聞きたがった」。この言葉が、この作品のすべてを表している。 思うに、歴史の大きな物語は記述され残される。徳川家康が江戸幕府を開いたのは誰でも知っているが、関ヶ原の戦いに従軍した一人の足軽の人生など現代の我々は知るよしもない。史書に残されない史実に迫ろうとする、創作ならではの試みである。それは、この作品の場合、どこにでもいるような初老の女性の寂しい後半生である。 桐野さんは、この悲惨な物語のラストに、ある史実から連想したと思われる、希望を埋め込んだ。その希望のある終り方が、、ゾクゾクする筆致で人間の心理を描くいつもの桐野さんのイメージと距離を感じた。ちょっと毒がぬけたような。だけど、このラストが心にズシリと突き刺さって、読後しばらくたっても余韻が抜けないのです。アマゾンのレビューを訪れて、他のファンの方の感想をつらつら読みながら、いまも余韻に浸っています。 私にとってこれは桐野さんの作品の中で最高傑作かもしれません。 | ||||
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あさま山荘事件の衝撃的なテレビ映像が今も鮮明に覚えている。今年、当事者の刑期満了で出所した事で本質を知りたいと思い読み始めた。 | ||||
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若松孝二監督の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を観た後に読んだので、映画に登場した人物の名前や、同じセリフがリンクし、胸が苦しくなりました。でも、この作品も読むことで、さらにあの事件への理解が深まったような気がします。 63歳の独り暮らしの女性の何気ない日常の描写から、40年前の凄惨な山岳ベース事件の記憶までが、ごく自然な流れで繋がっていき、どんどん引き込まれ、一気に読みました。 最後のページでハッとさせつつも、その後は無駄を省いた潔い終わり方に拍手を贈りたいです。 | ||||
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私はかねてから当事者達に犠牲者への贖罪の意識はあるのか?自らが犯した罪に対する「総括」が出来ていないのではないか?自らを正当化していないか?と疑念を抱いてきたが、この物語の主人公もそう。 あの忌まわしい過去を覆い隠し、時に自分を正当化しながらひっそり生きている。 それでも、結末で胎児と共に死に至らしめた金子みちよさんへの贖罪の意を顕にする。 そこに救いを感じる。 | ||||
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新左翼の果てをなまなましく書いて下さってます。円地さんには分からなかっただろう世界です | ||||
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文藝春秋の連載で毎月楽しみにしていました。日本赤軍事件は私が生まれる前のことで世代ではありませんが、テレビ等の報道で興味を持って自分でも本などを読み、ある程度の知識はあったつもりですが、この本を読み同志の目的が狂っていき暴力的集団となっていったのがわかりました。映像的に見れる作品なので映画化したら見応えがあると思いました。 | ||||
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事件後の人生が、学生運動などに関わらなかった人と全く違う事になった事が良くわかる。 | ||||
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連合赤軍についての知識は殆どなく読みました。 テーマがテーマなだけに、本来の読者層でない方も読まれている様子ですね。 だいぶ桐野節入ってますから、合う方にはよかったのではないかと。 正直考えさせられましたね。 これだけ大事件なら当然なのかもしれませんが、既に一般人な訳ですからね。 死ぬまで逃れられない過去ってとこでしょうか。 これ、この事件に限らず、大罪で服役した人は皆抱えている感情なのかもしれません。 吉村昭氏の著書でも殺人で服役した人が一般人として生活していくものありましたね。 タイトル何でしたか。。30年ほど前に読んだので思い出せませんが。 取り返しつかないって、こういう事だよなぁと。 本作自体はテーマも書き口も桐野氏らしくて好きでした。 | ||||
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. 私は、昭和37年(1962年)生まれなので、全共闘世代ではない。 子供の頃のかすかな記憶として、テレビで「東大安田講堂事件」(1969年)や「あさま山荘事件」(1972年)のニュース映像を視たように思うが、後から補完された部分も少なくないだろう。いずれにしろ、それは一種のスペクタクル映像として見ていただけで、その意味するところがわかっていたわけでないのは確かだ。 全共闘が敗北しさった後の私たちの世代は、「しらけ世代」とか「三無主義」などと呼ばれたし、事実そうした冷めた現実主義的個人主義に支配されていた。それは、まだ幼い頃に、時おりニュース報道されていた、過激派セクトによる「爆破テロ」「飛翔弾テロ」「内ゲバ」事件といったものによって醸成された、「反政府・政治運動」への嫌悪と軽蔑の情の故であったように思う。「左翼って、何をやってるんだ? 馬鹿馬鹿しい」一一そんな感情である。 また、「社会」や「(第三)世界」などといった大問題は、自分には縁のないものだと感じられたし、実際、いま思えば、日本がいちばん豊かな時代でもあったのだから、そうした社会問題に真剣に向き合う必要もなかった。 私は、アニメやマンガをで育ち、オタク的な趣味人として成長したし、その過程で本を読むようになり、ミステリ小説にハマり、その中で出逢ったのが、笠井潔という元全共闘の作家(小説家・評論家)であった。 私は、笠井潔の第1著作であるミステリ小説『バイバイ、エンジェル』に衝撃を受け、どっぷりとハマり、笠井潔のファンになった。彼の著作を片っ端から読む中で「左翼思想」「マルクス主義」「全共闘」といったことの知識を蓄積していきながらも、次第に笠井の言動の矛盾に反発を覚えるようになった。そして最後は「笠井潔葬送派」を名乗って、笠井の言動をネット上で批判するようになった(かつて笠井潔は「マルクス葬送派」を名乗っていた)。 笠井潔本人とは、それ以前に面識を得ていたから、私の声は確実に笠井本人に届いていたはずだし、それでも飽き足らず、笠井が当時選考員を努めていた「創元推理評論賞」(選考委員:笠井潔、法月綸太郎、巽昌章)に「地獄は地獄で洗え:笠井潔批判」を投じたりした。 もちろん落選し、笠井本人には黙殺されたが、選評で法月綸太郎から『これを読んだ笠井委員は、怒り心頭に発して、破門を言い渡したしたそうである。』という言葉をいただき、その選評について、私は自身のネット掲示板で「笠井潔のファンではあったけれど、弟子に入った憶えはないので、破門のしようはないだろう」という趣旨のコメントを付したりもした。私は、法月や巽とも面識があった。要は、立場は違っても、彼らとは同世代のミステリマニアだったのだ(同じ関西居住でもあった)。 当時、ブームのまっただ中にあった「新本格ミステリ」界隈に、年長者の小説家であり理論家として後から食い込み、いったんはミステリ界を理論的にリードするイデオローグとなった笠井潔も、その後、自らの奢りに発した、さまざまな「舌禍事件」を経て、ミステリ界から実質的に「葬送」されてしまい、私の10年余にわたった「笠井潔葬送派」としての仕事も、おのずと終焉を迎えた。私が、ミステリという文芸ジャンルに興味を失ったのも、笠井潔が日本のミステリ界から実質的に退場したからに他ならない。 しかしながら、笠井がいなかったなら、私が文芸評論書や思想哲学書といった硬派の書物に親しむ機会も、ずっと遅れていたことであろう。私がそれらを読みはじめたのは、笠井潔と対決するには、是非ともそのあたりの知識が必要だったからであり、いわば必要に駆られてのものであった。だがまた、その結果として、「社会」や「日本の歴史」や「世界状勢」について、私の窓は開かれもした。そして、こうした意味で、今の私があるのは、笠井潔のおかげだとも言えるのである。 ○ ○ ○ で、ここまでが前置き。 私が、本作『夜の谷を行く』を読んだのは、先日、ひさしぶりに笠井潔の評論集『例外状態の道化師 一一ポスト3・11文化論』が刊行され、そこに収められた9本の書評の一つが、本作を扱ったものだったからである。 『山岳ベースで行われた連合赤軍の「総括」と称する凄惨なリンチにより、十二人の仲間が次々に死んだ。アジトから逃げ出し、警察に逮捕されたメンバーの西田啓子は五年間の服役を終え、人目を忍んで慎ましく暮らしていた。しかし、ある日突然、元同志の熊谷から連絡が入り、決別したはずの過去に直面させられる。』(本書・「BOOK」データベースより) 笠井潔にとっては「連合赤軍事件」は、作家としての原点とも呼べるものなので、この作品に描かれたものに、どう反応するのか、そこに興味があった。 前述の『バイバイ、エンジェル』もそうだが、そのあとに刊行された笠井の最初の評論書『テロルの現象学』も、理想を追求していたはずの全共闘運動が、やがて本書で描かれる「山岳ベース事件」のようなグロテスクな様相を呈したあげく崩壊していったのは「何故なのか」を問うた作品だった。そして、笠井の解答は「観念が人に憑く」というものだった。 たしかに、かつての「左翼運動」には、そういった側面が強くあった。 本作でも間接的に描かれるとおり、「理想」が理論化され「教義」となり、それへの絶対服従と献身が求められた結果、人は人以上のものになることを求め、求められる中で、「建前と本音」の極端な乖離が発生して、一部の理論的指導者が教権的怪物と化し、人間を人間として扱わない「残酷な悲劇」をひき起したのである。 しかし、本作の画期性は、これまではいかにも「男性的=観念的」に扱われてきた「山岳ベース事件」あるいは「連合赤軍事件」について、「女性の視点」を持ち込んだ点にあろう。 そして、そこから浮かび上がってくるのは、本作で描かれた女性たちもまた多分に「悪しき観念化=悪しき男性化」を被っていた、という事実だ。そのために、いま聞けば、非人道的かつ馬鹿馬鹿しいような「計画」を、大真面目に実行しようとしていたのである。 本作のラストで描かれるエピソードは、そうした「観念性」に対立する「ひとつの救済の光」であろう。 「命」は、観念の桎梏から逃れるための、たしかな希望であり、この現実世界と個々をつなぐ「へその緒」のごとき、最後の頼みの綱なのである。 . | ||||
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桐野夏生の取材力が本領発揮されています。 あさま山荘事件を題材にした小説だと知って読み始めましたが、元死刑囚が実名で出てくるなどリアリティに引き込まれました、、 抱く女もとても面白かったので、またこういった事件や歴史を題材とした作品を書いて欲しいです。 事件の詳細をちゃんと予習してからもう一度読んだらより面白くなると思いました。 | ||||
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